タイトル:宇宙の王女と地の機兵マスター:瀬良はひふ

シナリオ形態: イベント
難易度: 普通
参加人数: 7 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/02/02 15:59

●オープニング本文


 ――エクスカリバー級巡洋艦、『アロンダイト』。
 その艦橋に、フィリップ=アベル(gz0093)の姿があった。
「博士、ご気分はいかがです」
 白衣の男に、誰かが声をかける。
「おかげ様で、ルーク艦長」
「宇宙は、海とはまた別の酔い方をします。当艦のクルーも苦しみました。‥‥無論、私も」
 冗談なのかどうか、涼しげな表情のままスティーヴン・ルーク艦長は言う。
 UPC北中央軍で駆逐艦の艦長をしていたというこの男は、その外見とは裏腹に闘将、猛将の類なのだとフィリップは営業のリカルド・マトゥラーナ(gz0245)から聞かされていた。
「実際に体験すると、きついですね」
 そう答えつつ、男は未だにやや青白い顔を無理に微笑ませる。
「‥‥しかし、当艦が試験機の母艦とは」
 艦長は独白するように呟いた。
 MX−S、コロナ。その初期生産型、つまりは試作機がアロンダイトには搭載されている。

 アロンダイトは、通常のエクスカリバー級とは趣がかなり異なる。
 多くの武装を削減・変更し、KVの係留装置も全廃。
 その代償として得た機能が、KV母艦としての機能だ。最大で8機を搭載する、いわば往時の航空戦艦の再現である。
 だが、そもそもそういった母艦機能を敢えて排除して設計されたのがエクスカリバー級だ。
 つまり、アロンダイトは設計思想を無視した異端の艦であり、他のエクスカリバー級とは運用法が大きく違ってしまうのである。
 自然、それは他艦との連携の取り辛さを生じ、艦隊を構成するには不適格となる。
 ならばと輸送艦隊の護衛に用いようとすると、KV母艦としての能力が宝の持ち腐れとなってしまう。
 結果的に、限りなく失敗作に近い艦となってしまったのがアロンダイトという巡洋艦であった。
 そのため補給や配備の優先度は極めて低く、艦の打撃力の主体となるKV隊すら未だに決まっていない有様であった。
 そして、哨戒という名の穀潰しに甘んじていたアロンダイトにKVがようやく配備された、と喜んだのも束の間。
 それは前述の試作型のコロナであり、実地試験中のみの配備、という但し書き付きだったのである。

「しかしルーク艦長、よろしかったのですか? その、別の会議まで貴艦で‥‥」
「リカルドの頼みは断れません。お気になさらず」
「はぁ‥‥」
 フィリップは、内心でリカルドの人脈の広さに舌を巻く。
 佐官とはいえ、決して階級が高くない人物にも顔が利くとは、どういう手管を用いているのだろう。
 ともあれ、フィリップはそれ以上の会話を止め、艦橋を後にした。
 民間人が長々と艦橋に留まるのは好ましくない、と判断したからだ。
「問題は‥‥俺が再び酔わないか、ということだな」
 自嘲するように笑い、フィリップはあてがわれた船室に戻る。
 彼がこの艦でこなす任務は、コロナの試験だけではない。
 別の会議、つまり、MC−01、ソルダードのバージョンアップに関する意向聴取がそれである。

 ソルダードのバージョンアップについては、概ね2つの方向性が定まっている。
 1つは、機体の性能を底上げする案。
 具体的には、攻撃と命中を向上させる。
 もう1つは、特殊能力を改良する案。
 具体的にはアクティブ・スラスターを改良し、効果を上昇させる。それに伴い、燃費も多少悪化する。
 このどちらがバージョンアップとして望ましいか、能力者に意見を聞くのが今回の会議だ。
「理想は、どちらも、なのだろうが‥‥」
 フィリップは、呟いて苦笑する。
 どういう意見が出るにせよ、調整には苦慮することになるだろう。
 今はそれに備えて、少しでも体調を戻しておくべきだ。 
 そう考え、フィリップは目を閉じる。
 思った以上に疲れていたのか、間もなく彼の意識は沈んでいった。

●MX−S コロナ(試作型)のテストフライトに関する依頼
 本文:
 メルス・メス社より、ラストホープの能力者様方へ上記に関して依頼します。
 初期生産型のMX−Sに搭乗し、実際に操縦した上での感想をお聞かせください。
 機体は4機があり、エクスカリバー級巡洋艦『アロンダイト』に搭載されております。
 試験当日は、カンパネラ周辺宙域にて試験標的を目標に簡単な演習を行う予定です。

 備考:
 MX−S コロナについて。
 性能に関して、これまでの開発からの大きな変更はなし。
 外見に関しては、排熱・変形機構との兼ね合いから変更がある。
 スカートアーマーを背部に移し、翼状の放熱フィンとした。これによる防御力の変化はなし。

 以上。

●MC−01 ソルダードのバージョンアップに関する依頼
 本文:
 メルス・メス社より、ラストホープの能力者様方ヘ上記に関して依頼します。
 MC−01のバージョンアップに関して、下記の2案のうち、どちらが望ましいかについて意見をお聞かせください。

・機体性能向上案
 攻撃と命中を、それぞれ+20程底上げする。
 →地味だが確実な効果が望める。

・特殊能力向上案
 アクティブ・スラスターを改良する。以下に改良案を提示する。
 フレキシブル・スラスター
 実戦データ収集による制御系の最適化、及び駆動部の再設計によってより柔軟な機動を実現した。ただし、練力消費も上昇。
 A:練力30を消費し、1ターンの間命中・回避を+50し、更に方向転換に行動力不要。
 B:練力30を消費し、1ターンの間攻撃に+100。
 →強力な効果だが、継戦能力が下がる。

 また、上記の他に有望な案があれば伺います。
 ただし、それも含め、ご意見にお応えできるとは限りません。

 以上。

●参加者一覧

/ 鳴神 伊織(ga0421) / UNKNOWN(ga4276) / メティス・ステンノー(ga8243) / 桐生 水面(gb0679) / 赤崎羽矢子(gb2140) / 美具・ザム・ツバイ(gc0857) / 綾河 疾音(gc6835

●リプレイ本文

●宇宙遊泳
 エクスカリバー級巡洋艦、アロンダイト。
 この艦の最大の特徴である、最大で8機のKVを搭載するハンガーに、銀色の見慣れぬKVが4機並んでいた。
「おー、これがコロナかー」
 ゆらゆらと浮かぶ身体を手すりで支えながら、桐生 水面(gb0679)が感嘆の声を上げる。
 目の前にあるのは、MX−Sコロナ。より正確には、その初期生産型だ。要するにこれはテスト機で、本来ならここからデータを取って微調整の後、本格的な生産に入る‥‥のだが。
 ともあれ、彼女は以前から本機に携わっているだけに、感慨もひとしおといったところか。
「しっかしまぁ、シンプルな色だーな。趣はあるけどよ」
 首を捻ったのは綾河 疾音(gc6835)である。
 そこへ、艦内通路を軽い足取りで蹴りながら、赤崎羽矢子(gb2140)が現れる。
「テスト機だから、じゃない? カラーリングは正規品になってからってね」
「あー、なるほど」
 頷く疾音の隣に、羽矢子が見事に慣性を打ち消して降り立つ。
 無重力には随分と慣れているらしい。
 そんな羽矢子の後ろから、美具・ザム・ツバイ(gc0857)と鳴神 伊織(ga0421)が続いてくる。
「ほう、これがコロナか」
 機体を見るなり、美具が嬉しげな、新しい玩具を見つけたような笑みを浮かべた。
 ただ、彼女の目は機体本体というよりは、ハイロウの方へと向けられているようだ。新技術に目がないのかもしれない。
「装備は‥‥整っているようですね」
 伊織の視線は、機体に搭載された装備に向いている。
 見慣れぬ物が多いところを見れば、いわゆる推奨装備が載せられているのかもしれない。
「ディフェンダー、レーザーライフル、アサルトライフル‥‥やね」
 水面が手すりから身を乗り出しつつ、応じた。
「アサルトライフルは店売りのかもね。他のは見たことない、かな」
 両手の人差し指と親指で窓を作りながら、羽矢子も観察する。
 アクセサリも、見慣れぬ物がいくつか載っている。
「相変わらず、察しがいいというか‥‥だな」
 そこへ、コロナの足元で整備員と何やら打ち合わせをしていたフィリップ=アベル(gz0093)が上がってきた。
 傭兵たちとは対照的に無重力には慣れていないらしく、その挙動はどことなく危なっかしい。
「おー、博士や。また手伝いにきたでー‥‥って顔色悪いけど、平気なん?」
 挨拶に手を挙げた水面の表情が、心配げに曇る。
 事実、フィリップの顔色は青いを通り越して白い。
「ああ、いわゆる宇宙酔い、でな。症状は治まったんだが、疲れが抜けない、というやつだ」
「そんなに酷いかね? 俺はすぐ慣れたけども」
「‥‥美具に聞くな」
 疾音が隣の美具に水を向けるも、彼女はそっけなく顔を背ける。彼女も、宇宙酔いの実感は乏しいのだろう。
「ま、あたしらはKV飛ばしてるから、平衡感覚は鍛えられてるしね。博士もそうすれば?」
 羽矢子がくつくつと笑いながら提案した。
 フィリップは苦笑して肩をすくめたのみだ。
「‥‥それにしても、慌ただしいですね。コロナの試乗と、ソルダードのバージョンアップを一緒に、とは」
 伊織が、ふと呟いた。
「それについては、色々とな。MX−0もそうだったが‥‥いや、とにかく、急な依頼ですまなかった。そう人数は多くないから、遠慮せずに頼む」
「オグデンから動けぬ姉妹からの頼みよ。ま、任せるがよい」
 どこか達観したようなフィリップを気にすることなく、美具が胸を張った。
 その隣で、疾音もひらひらと手を振る。
「いやー、俺もロハで宇宙旅行できるし? 気にしない気にしない」
「ロハどころか、お小遣い付きやで?」
 にしし、と笑う水面。
「ま、薄謝だがな」
 肩肘を張らない皆の反応に、フィリップは僅かに救われたような、そんな笑顔を浮かべる。
 研究一筋の彼とはいえ、KVの開発・販売となれば、関わりたくない政治劇にも足を突っ込まざるを得ないのだろう。
 今回も、そんな一幕が人知れずあったに違いない。
(それこそ、色々、なのでしょうね)
 心中で伊織が息をつく。
「さて、それじゃーいっちょ乗ってみますか!」
 ぐっと身体を伸ばしながら、羽矢子が明るい声を出す。
 そのまま軽く床を蹴ると、身を捻って天井で方向転換し、コロナのコックピットへと滑り込んでいく。
 見事な遊泳に、ハンガーの整備員も驚いたようだ。鍛えられている云々の以前に、彼女は天性の空間認識能力を持っているのだろう。
 それに続いて、伊織と美具もそれぞれに乗り込む。
 都合3機にパイロットが乗り組み、残りは1機。
 どこか羨望の眼差しで、その1機を見つめていた水面に、フィリップが声をかけた。
「‥‥せっかくだ。乗るといい」
「えっと、ええんかなぁ?」
「機会を無為にするよりは、いいだろうさ」
 その言葉に綻ぶような笑みを浮かべ、水面は勢いよく床を蹴る。
 向かった先にいた整備員から宇宙用のパイロットスーツを受け取ると、そのまま更衣室へ。程無く、着替えを終えた水面がコロナへと泳いでいく。
「紳士だねぇ、博士」
 笑いを噛み殺しながら、疾音がからかうように言った。
 フィリップは肩をすくめ、さらりと流す。
「‥‥データは、多いほうがいいだろう?」
「へへ、そーゆーことにしとくよ」
 と、ハンガー内に黄色の警告灯が灯り、退避勧告が流れる。
 いよいよ、4機のコロナが宇宙へと飛び立つのだ。
 2人の男はいそいそと管制室へと退避し、しばし後、滑るようにコロナが発艦していった。

●流星
 宇宙での機動を見るのは、どこか幻想的だ。
 慣らし運転なのだろう、虚空を飛び回る4つの機影を見ながら、フィリップはそんなことを思う。
「ああ、音がないからか」
 同様のことを思っていたらしい疾音が、隣でポンと手を叩いた。
「真空では、音も衝撃も伝わらないからな。‥‥何か、映画でも見ているような気分だよ」
「ふーん、博士もそんなこと思うんだな」
「意外かね?」
「ま、ちょっとね」 
 疾音は、そう言って笑う。
『そろそろいいかな?』
 と、羽矢子機から通信が入った。
「慣らしは済んだか? なら、フィールドから出ない範囲で、好きにしてくれ」
『了解』
 うきうきとした気分を抑え切れない様子で、羽矢子が通信を終える。
 他の機体も、動きを見るかぎり同様らしい。機動のキレが随分と増している。
 やれやれ、とフィリップは苦笑した。

 羽矢子機は通信を終えるや、近場のデブリ帯へと向かう。
 戦闘機形態のまま、トップスピードに近い速度を保ちつつ、突入。同時にETPを起動したようで、ハイロウが発光し始める。
 見る間に大きくなる岩塊に怯まず、ギリギリまで近づき、急旋回。
 翼の先が岩と擦れそうな程に近い距離を、超高速ですり抜ける。
「‥‥うん。いい反応だ」
 満足気に一人微笑み、羽矢子は次々とデブリをかわしていく。
 S−02よりも更に小型の機体は、その機動性と相まって随分と小回りが利く。かといって、ディスタンのように最高速度が低いわけでもない。
 良好な加速性と、エミオンスラスターによる機体制御。
 そこに羽矢子の操縦の腕が加われば、ほとんど素体に近いこのテスト機でも、HW程度ならば造作なくあしらえるだろう。
 とはいえ、それ相応のGは自身に降り掛かっている。
 KVの枠からはみ出るものではないにせよ、慣れない者は機体に振り回されてしまうかもしれない。
(たとえば、博士とか)
 思わず、愉快な想像がよぎる。
 そんな機体を手足のごとく扱う全能感に少しばかり浸りながら、羽矢子は最後のデブリをすり抜ける。
 ふと振り返ってルートを確認してみれば、随分と危険なコース取りをしていたらしい。
 そう感じなかったのは、謳い文句通りの機動性ゆえ、だろうか。
「よし、確かめよう」
 からりと笑って、羽矢子は機体をUターンさせると、再びデブリ帯へと突入していく。

 同刻、別の宙域では伊織機が試験標的を相手に、人型形態での兵装のテストを行なっていた。
「ハイロウは頭上‥‥つまり、射撃兵装のように扱うわけですか」
 ふむ、と伊織は僅かに首を傾げる。
 可動範囲は広い、と以前聞いていたが、要するに万人共通の使い方ができるようにしたのだろう。
 使用法の一つとして想定されていた、ハイロウ自体を武器として振り回す、というのは、確かに使いようによっては大きな効果を発揮するだろうが、リスクも大きい。
 ただ、頭上で固定されているわけではない。
 その気になれば、機体の左右にも動かすのは可能のようだ。もっとも、機体との干渉を考えると、そうそう使える手段でもあるまいが。
「まぁ‥‥とりあえず、やってみますか」
 考えるのは、後でもよい。
 ひとまず思考を脇に置くと、伊織は機体を動かす。
 標的との距離は100。距離を詰めつつ、レーザーライフルとアサルトライフルを撃ち込む。全弾命中。
 この程度は当然として、機体を横に滑らせる。
(追従性は流石、ですね)
 思った通りに動く機体に、微かな笑みが浮かぶ。
 ついでETPを起動し、逆方向へ。機敏さを増しつつも、標的に据えられたロックオンは揺らぐ気配すらない。
 そのままジグザグに迫りつつ、ハイロウが光の輪を浮かべた。
 プラズマの円刃が標的に飛び、深く食い込む。そこに飛び込んだ伊織機がすれ違いざまにディフェンダーを一閃、駆け抜け、振り向き、更に一閃。
 標的に蓄積されたダメージがコックピット内のディスプレイに表示される。今の攻撃で、耐久が概ね半減したようだ。
『――標的は、MX−0と同程度のデータなんだが』
 フィリップから、少しばかり呆れたような通信が入った。
 コロナは、決して火力の高い機体ではない。
「では、次で撃破としましょう」
『‥‥お手柔らかに頼むよ』
 珍しく冗談めかせて言う伊織に、フィリップはくくと笑いを漏らした。

 美具機は、試験宙域の一角を所狭しと飛び回っている。
 それをモニターしているのは、水面だ。
『見せてもらおうかのう、メルスの新鋭機の性能とやらを』
 楽しげに通信を飛ばしながら、美具はブーストを発動させて機体を一気に最高速まで持って行くと、そこからロールしつつ急旋回をかける。
 機体自体は難なくそれに追従するが、乗り手へのGが厳しい。それでも不敵な笑みを浮かべ、美具は更に無茶をさせる。
 ETPを用いて強引に機体を制御しながら人型へ変形し、急減速。息つく間もなく再度戦闘機形態へと変形し、ブースト発動。トップスピードへ。
「‥‥無理するもんやねぇ」
 そんな美具機をモニターしながら、水面は困ったように笑う。
 以前のものから外見が変更されたこともあり、変形は何度か試してもらおうとは考えていたものの、ここまでのテストは流石に想定外だ。
 とはいえ、今のところ機体にさして問題は起きていない。あるとすれば、ブーストの多用で練力の減りが大きいことくらいか。
 試験はもうしばらく続くことを考えれば、そろそろ控えたほうがいいだろう。
『美具さーん、そろそろブーストは打ち止めやでー』
『‥‥む、少し使いすぎたかのう』
 名残惜しそうに、美具は機体を揺らす。
 思った以上に動けるだけに、もう少し遊びたいところではあるのだろう。
(その気持ちは、分からんではないかなぁ)
 うんうんと、水面は一人頷く。
 実際に乗ってみて分かったことだが、コックピット周りもサイファーの色が濃い。
 そのサイファーを愛機としている水面にしてみれば、実に馴染みやすい機体ではあった。美具がいなければ、あるいは自分もあれくらいはしゃいでいたかもしれない。
『なら、次はスキルを‥‥ETPは今のでやったからのう。DIMMCを試したいが』
『では、私が御相手しましょう』
 標的を撃破し終えた伊織が、こちらの宙域に合流してきた。
『コーティングの試験なら、せやねー、実弾とレーザーの2種類あるわけやし、それぞれを3回ずつ相手に撃ち込む‥‥とか?』
 水面の声に、2人が同意する。
 通信を聞いているだろうフィリップが何も言ってこないところをみると、特に問題はないらしい。
 DIMMCを使う以上、危険があるはずもない、という自信の現れなのかもしれない。
『‥‥参ります』
『いつでも』
 まずは、伊織機の射撃だ。
 DIMMCを発動した美具機に、弾丸とレーザーが次々と飛んでいく。
 だが、それらはほとんどが機体の手前で弾かれ、僅かに数発の弾丸が装甲表面に小さな傷をつけたのみだ。
『ほう?』
 美具の弾んだ声が響く。
 多少のアクセサリで強化されてあるとはいえ、それだけでこのフィールド出力が出るならば及第点であろう。
『次は美具じゃな』
『遠慮無く』
 笑みを浮かべながら、美具は照準を伊織機に合わせ、引き金を引く。
 DIMMCを発動させた伊織機には、それらは尽くがフィールドで弾かれた。
「おー‥‥」
 データを採っていた水面は、伊織機と美具機それぞれのDIMMCの出力に思わず声を上げる。
 サイファーのFCと比して、美具機は約2割、伊織機は約3割増の出力となっている。
 消費対効率で見ればまだまだFCには劣っているものの、機体・装備・スキルのそれぞれが無改造でこれならば、目はありそうだ。
 排熱も、考慮したという設計者の言葉に偽りはなかったようで、最大出力時でも十分に余裕がある。
 戦闘時の被弾を考慮したとしても、これならば問題はあるまい。

『‥‥さて、そろそろ時間だ』
 ひと通りの試乗が済んだ辺りで、フィリップが通信を入れる。
 決して長いとは言えないテストではあったが、各々に得るものはあったようだ。
 順次、アロンダイトへと帰還してくるコロナを眺めながら、疾音がぐっと伸びをした。
「見ているだけは、退屈だったんじゃないか?」
「んー、いや、そーでもないよ?」
 気遣うようなフィリップの言葉に、男は天井を仰ぐ。
「ま、これはこれで楽しいもんさ。地上とはまた、見え方が違うしな」
「ふむ。確かに、真空中は大気の屈折がない分、距離感が掴みづらい」
「‥‥あー、そーゆーんじゃねーんだわ」
 気分の問題だよ、と心中で付け足しながら、疾音は笑った。

●機兵の分岐
 アロンダイトのブリーフィングルームに、能力者達が集まっている。
「本当は、光輪も振り回す予定だったんじゃが‥‥」
 多少不満気なのは美具だ。
 光輪「コロナ」の使用法が、思ったものとは違っていたことで、試験の当てが一つ外れていたからだ。
「まぁでも、あれが無難ちゃうかなぁ」
 苦笑しつつ、水面が宥める。
 現状でも、ハイロウは大きな弱点だ。この上で、当初の想定の一つであった『振り回す光輪』を実現した場合、兵器としての実用性に疑問符がついてもおかしくない。
 そのことを理解はしているようで、美具は口を尖らせつつもそれ以上は言わない。
「とりあえず、コロナは置いといてだ。こっからは俺の時間だろ?」
 ずいと身を乗り出したのは疾音である。
 これから始まるのは、ソルダードのバージョンアップに関する意見聴取、である。
 彼にとって、今回の依頼の本命はこれだ。
「‥‥綾河さんの時間かどうかはともかく、意識は切り替えませんとね」
 伊織が静かに釘を刺すと、疾音が愉快に呻いた。
 彼女自身はVUに含むところはないようだが、せっかくの機会であるので話し合いに参加はする、といったところか。
 それは美具も同様らしい。
「で、博士はまだかの?」
「んー、試験データのまとめもあるだろうしね。もう少しかかるんじゃない?」
 答えたのは羽矢子だ。
 コーヒーの入ったチューブパックを咥えながら、ふわふわと宙に浮かんでいる。
「宇宙は楽しいけどさ、飲み物とかが全部こうなのはなー」
 手元のチューブパックをつつき、疾音が残念そうに呟いた。
 固形物はともかく、無重力での液体の扱いは実に味気ないものだ。
 料理のできる彼としては、中々寂しいものがあるのだろう。
「しかしまぁ、なんでわざわざ宇宙で会議までやるんだろうねぇ」
「確かに、コロナのテストを兼ねるとはいえ‥‥」
 羽矢子の声に、伊織も首を傾げる。
「あー、ほら、いい考えが降りてくんじゃね?」
「‥‥ゆんゆんと?」
 疾音がくるくると指を回し、羽矢子は何かを受信するフィリップを想像してくすくすと笑った。
「まぁ、それはないじゃろうが‥‥ふむ、美具には理由は思いつかんのう」
(案外、折角だから一緒に、とかいうだけの理由なんやろなぁ‥‥)
 水面の脳裏に、メルス・メスの某営業マンの笑顔が浮かぶ。
 十分にあり得る、と少女は一人で頷いた。

「すまない、待たせたな」
 ようやく、フィリップが現れた。
 遅れを取り戻すように、早速話し合いが始められる。
「スキルか能力上昇の二択ってのは物足りないね」
 開口一番、羽矢子がズバリと言ってのける。
「値段の割に性能は高いし、伸び代は少ないかもしれないけど、まだやりようはあると思うんだ」
「んー、うちもどっちか片方、ってのはちょっとなぁ」
 水面が賛同の声を上げた。
 もっとも、その指摘はフィリップも想定していたものである。
 やはり、という表情で瞑目する男に、思わぬ意見が聞こえたのはその時だ。
「俺は、別にスキルは今のままでもいい、かな」
「ほう、何故じゃ?」
 疾音の意見に興味を引かれたのか、美具が問う。
「いや、俺はテンペスタの性能が上がるなら考えたけど、アレ、今でもギリギリなんだろ?」
「そうだな。M−MG60と合わせてのスキルだし、改良の範囲では収まるまい」
 フィリップの返答に、だよなー、と疾音はため息をつく。
「だから、俺としてはさ、スキルは今のままでいいんで、硬くして色々装備できるようにしたらどーかなーってさ」
「防御と装備を上げる、と?」
「そーそー」
 伊織の言葉に、男は頷く。
「うーん‥‥装備は、あたしも確かに欲しいんだけど」
 羽矢子が指を顎に当てた。
「気になるとこやねぇ‥‥。ただ、上げるゆーても、改良ってのを考えるとなぁ」
 ちら、と水面がフィリップを見やる。
 その視線に気づき、白衣の男は口を開いた。
「‥‥さっき指摘されたが、MC−01の改良の余地は少ない。無論、装備と防御を上げるのは不可能ではないが‥‥」
「正直、アルバトロスの二の舞は勘弁して欲しいのよね」
 頭を抱えながら、羽矢子が深いため息をつく。
 どうやら、彼女個人としては苦い思い出と見える。
 改良するにしても、方向性が大事ということだろう。
「まぁそれはともかく、あたし個人としては、スキル改良と回避の上昇をお願いしたいわけよ。ボリビアにロイヤルガード仕様が配備されてもいるし、そっちも納得させられる成果も必要でしょ?」
「ああ、レアル・ソルダードだったか。そんなのもあったのう」
 美具が思い出したとばかりに手を打つ。
 確かに、改良の内容がそちらにも及ぶことを考えれば、影響は考えるべきかもしれない。
「向こうの事情は分からんけど、うちとしてはスキルと回避ってのは賛成や。攻撃性能は元々高いんやし、スキルとの相性を考えると上げるなら回避のほうがよさそうやね」
「そうですね。相性を考えるなら、スキル強化で攻撃と命中は実質上がるわけですし、それならば低めの回避を補填する‥‥と」
 水面の賛同に、伊織もまた同意を示した。
 ふむ、とフィリップも腕を組む。
 スキルを強化するのであれば、回避を上げられるとしてもたかが知れているが、それでも、相対的にはそれが最も効果が高いかもしれない。
「あー、でも、俺はやっぱり装備だなぁ。やっぱ、固定兵装が結構くるんだわ。そっちが改良できないなら、せめて‥‥ってな」
「あたしも捨てがたいんだけどね、それは‥‥」
 疾音の言葉に、羽矢子が困ったように頭をかく。
 とはいえ、玉虫色を望めない以上は、どれかに絞るしかない。
「乗り手にもよるじゃろうしな。その辺りは、腹をくくるしかあるまいよ」
 美具が言う。
「うー、結局そーやねんなぁ‥‥。うちの意見は、部外者のもんって言われると否定でけへんし‥‥」
 乗り手云々という指摘に、水面は机に突っ伏す。
 そんな少女を慰めるように、伊織が口を開いた。
「とはいえ、外からだからこそ分かること、もあります。‥‥どんなことも、良し悪し、ですよ」
 まぁ、私が言えた義理でもないでしょうが。
 その言葉は飲み込んで、伊織は涼し気な視線をフィリップに向けた。
 どうするのか、とその目が問うている。
「‥‥回避の向上は、努力はしてみよう」
「ふむ? スキル向上と回避の底上げ、ということじゃな?」
 美具の確認に、白衣の男は静かに頷く。
「‥‥ま、妥当なとこかねぇ? 残念っちゃ残念だけども」
 疾音が頬をかきつつ、苦笑した。
 すまんな、とフィリップが目で詫びると、男はひらひらと手を振る。
「あー、そだ! 名前さ、折角だから考えてきたんだ」
 あからさまに明るい声を出して、疾音が話題を変えてくる。
「ソルダード∞(インフィニダ)! ああ、インフィニダはInfinidadってスペルで、スペイン語の無限って意味な?」
「おー、なかなかかっこええやん?」
 水面が感心したように目を丸くした。
 その反応に、男は得意げに胸を張る。
「だろ? へへ、妹に聞いたかいがあっ‥‥おっと、何でもねーよ?」
 つい余計なことまで言いそうになり、慌てて言い繕う。幸い、深く突っ込む者はいなかったようだ。
「名前、ね。あたしは武装って意味のスペイン語、Armadas(アルマダス)を付けて、A・ソルダードってのを考えてたけど‥‥」
「なるほど。武装機兵、ですか」
 伊織の声に、羽矢子は頷く。
「そそ。せっかく固定の武装もあるしね」
「ぐ、強敵が現れたなー‥‥」
「あはは。ええやん、どっちも素敵やと思うで?」
 ぐぬぬ、と渋面を作る疾音の肩を、水面がぽんぽんと叩いた。
「ま、名前についても考えておこう。‥‥では、話し合いはこれくらいかな」
 フィリップの言葉で、皆は一斉に立ち上がる。
「色々慌ただしい依頼で、すまなかったな。カンパネラまで、しばし宇宙旅行を楽しんでくれ」
「別に構わんよ。何か事情があるのじゃろうしな」
「ああ、宇宙用KVのノウハウはメルス・メスにはないからな。‥‥念には念を入れたかったのさ」
 気遣うような美具に、白衣の男はそう答える。
「‥‥リリース前に、きちんとした宙間機動データが欲しかった、ということでしょうか」
「――まぁ、そういうことだ。ある程度の宇宙用データは各社で共有されているが、それだけでは足りないのも事実なんだ」
 伊織の指摘は正しかったらしい。
 僅かに申し訳なさそうに、フィリップは視線を落とす。
「ということは、うちらのデータはすぐに反映される‥‥?」
「そうなる。既にデータは本社に送信したから、明日にでも機体のOSがアップデートされるはずだ」
「随分と駆け足だね。もしかして、発売日は近い、とか?」
 羽矢子の問いには、曖昧な笑みが返ってくるのみだ。
 彼女自身がそれが図星だったことを知るのは、遠い話ではない。もっとも、近いというには近すぎるものではあったのだが。
「ま、俺はそのお陰で宇宙旅行ができたしな。あんまり深く考えなくてもいーんじゃない?」
 両手を頭の後ろで組みながら、疾音があっけらかんと言う。
 気を使っているのか、それとも本心なのか。
 それはともかく、フィリップは多少気が楽になったようで、ありがとう、と笑顔を浮かべた。