●リプレイ本文
●???
アルフレッド=マイヤーは戦えない。
自身の、あまりの非力さを理解しているからだ。
それ故に、彼は戦わない。
「だから」
男は呟いた。
「君達は僕と戦えないのさ。マトモにやったらね」
けらけらと、暗い空間――脱出ポッドの中に笑い声が木霊する。
その視線の先には、モニターに映し出された傭兵達の姿があった。
●アルフレッド=マイヤー
「‥‥長い通路だね。誘い込まれてるんだろうけど、他に選択肢はないか」
赤崎羽矢子(
gb2140)が、僅かに眉をひそめつつ、呟く。体中に走る痛みを、その程度しか外に表さないのは、流石の一言に尽きる。
通路、と書けば単純だが、ここが敵地である以上、そこを通るというのは神経をすり減らす。
まして、所々に罠があるならば尚更だ。
赤村 咲(
ga1042)は、自ら記したマップをもう一度確認する。
(そう‥‥誘い込まれている。くねるように入り組む道は攻め辛いが‥‥何より、逃げ辛い)
ここまでの道を考えれば、終点は近いはずだ。
「やっと、アイツをぶっ殺せるのか」
誰にも聞こえぬ程に小さく呟いたのは、湊 獅子鷹(
gc0233)だ。
この基地の別ルートを北柴 航三郎(
ga4410)と歩んできた獅子鷹は、少し前に航三郎と別れ、こちらに合流した。
それまでに破壊した罠の数は、百に迫る。
獅子鷹にとって、あの時一度だけ会ったマイヤーこそが、けじめだ。
そしてそれは、彼に限った話ではない。
「――プレアデスさんと連絡が取れました。通信障害は一時的だったようですね」
鐘依 透(
ga6282)は無線を片手に、皆へと伝える。
理由は不明であったが、途切れていた連絡は復旧したようだ。
そこで、九条院つばめ(
ga6530)は僅かに首を傾げる。
(一時的な通信障害‥‥このタイミングで‥‥?)
少女は、この先に待ち受ける敵の強かさを理解していたつもりだった。故に、気にかかる。
果たして、この通信障害は偶発的なものなのか。疑念はあるが、確証はない。
「さぁて、準備が整ってきたか。‥‥ようやく最後だ」
漸 王零(
ga2930)はニヤリと口角を吊り上げた。
事ここに至れば、と彼は考える。
「奴を倒せばこっちの勝ち‥‥単純でいい」
単純。
果たして、そうだろうか。
(図式は、確かに単純だけど‥‥)
遠石 一千風(
ga3970)もまた、違和感を覚えていた。
不安、と言い換えてもいい。
『格納庫、いえ、少なくとも感知できる範囲にHWはありません』
と、夏 炎西からの無線が入る。
(光学迷彩HWがあると踏んでいたが‥‥元から配備していない? それとも、既に脱出に使用した? 誰が?)
咲の脳裏に、疑念がよぎった。
同様の疑念は、透も抱いていたらしい。
「‥‥そうです。光学迷彩を施したHWが、外にいる可能性があります」
プレアデスへと伝えられたその情報は、しかし、警戒程度のものに留まる。
現時点で、その判断は正しい。
この時点で航三郎は、炎西のサポートの下に、動力炉への道を探している。
「――ここだ」
通路だけを透かせば、幾重にも絡んだ網目に見えるだろう。
その中で目的地に辿りつけたのは、彼のマッピングと炎西のバイブレーションセンサーの賜物である。
格納庫が空振りであった以上、基地制圧のために動力炉は抑えたい。
(HWがない‥‥彼女はもういないのか?)
不意に、航三郎の脳裏にある女の姿がよぎる。
ブリジット=イーデン。マイヤーの助手だ。
炎西のスキルで判明するかとも考えたが、振動だけで人物までは特定できない。
頭を振り、意識を動力炉へと集中させる。
基地の心臓部であるここを抑えるのは、基地を制圧する上で重要だ。
その意図は正しい。
●遠い日の記憶
『アルゲディ様』
『どうした』
『マイヤーを殺すのは難しいって仰ってましたよね?』
『ああ』
『不可能ではないんですね?』
『戦いの場に引きずり出せれば、な。それが一番難しい工程だが』
『何でです?』
『奴は戦わない。だから、俺達は奴と戦えない』
『‥‥戦う気がない相手とは戦えない?』
『少し、違う。奴は、自分が戦えないことを知っている。だから、戦わないためにあらゆる準備をしている。言うなれば、それは舞台だ』
『舞台‥‥』
『そうだ。だから、奴を殺すならば、その舞台を破壊するのさ。舞台に乗るのではなく、破壊する。それこそ、劇場ごと、な』
『思惑をひっくり返すんですね』
『ああ。畢竟、知恵比べで勝つしかないのさ』
●『偽物』
『や、ようこそ』
目の前に現れた白衣の男に、傭兵達は一瞬絶句する。
それでも行動できたのは、経験のなせる業だったのだろう。
咲と透が、それぞれに閃光手榴弾を投擲する。直後、轟音と閃光が空間を圧した。
この行動の目的は敵の機先を制することと、その後の味方の行動に繋げることだが、結論から言えば、この威嚇にさほど効果はなかった。
白衣の男は、くすくすと笑っている。
だが、その間に咲と透は部屋のクリアリングを行なっていた。部屋には、男以外存在しない。
それに続き、王零と獅子鷹が踏み込む。
僅かに遅れて、つばめと一千風が。最後に、羽矢子がゆっくりと入ったところで、男はようやく笑いを止めた。
『改めて、ようこそ』
強烈な違和感。
危機感、焦燥感、あるいは敵を目の前にした際の緊張感。尽く、欠けている。
『この部屋は、残念だけど僕の研究室じゃないんだ。殺風景で悪いね』
「壊れる心配がないんだ。汝も安心だろう?」
『あはは。そりゃ言えてるねぇ』
王零の皮肉に、男はもう一度笑った。
「それで、汝一人というわけではないのだろう? 包囲された状況から、どう逃げる」
『そうだね、どうしようか』
魔剣の切っ先を向けた王零の挑発を、男はどこ吹く風と受け流す。
そののほほんとした様子とは対照的に、透は必死に室内のあちこちに目を走らせていた。
床や壁に、秘密の通路を示す継目がないかを探しているのだ。
だが、捜索に集中できるならばともかく、目の前に敵を置いた状況で、果たして『秘密の通路』とやらを探し出せるものだろうか?
一方で、動力炉の航三郎もまた、絶句していた。
「何だ‥‥これ‥‥」
彼の目に映っていたのは、悪意の塊とも言うべきもの。
自爆のカウントダウン。
自爆それ自体は、止めようがない。だが、エネルギー供給はどうにか操作できそうだ。
幸い、残り時間には猶予があった。航三郎は、努めて冷静に事態を皆に連絡しようとし――
激しい頭痛が、能力者たちを襲う。
「これ‥‥は‥‥!?」
ある意味では、懐かしい痛みだ。以前は、KV搭乗中によく味わった――CWの怪音波。
「通信妨害は、これが‥‥」
呻きながら、つばめは理解した。
『正解ー。ま、実際は、その電源を入れた余波みたいなもんだけどね』
楽しそうに、白衣の男が応える。
『大丈夫大丈夫。効果は頭痛と通信の妨害だけさ』
「何がしたいんだ、てめぇ‥‥っ!」
歯を食いしばり、獅子鷹が吼えた。
戦う様子もなく、こちらの様子を笑っているだけのこの敵は、端的に言って不快だった。
何より、隙だらけの構え。
踏み込んで、刃を振るう。それだけで、全てが終わるように見える。
それは、王零も抱く感想だった。
「いくら何でも、お遊びが過ぎるぞ、マイヤー」
『楽しいでしょ?』
「何が‥‥何が楽しいんだ!」
男の答えに、透は思わず叫ぶ。
「自分の命まで玩具のつもりか!? そうやって‥‥チャールズさん達も弄んで‥‥!」
『心外だなぁ。僕はチャーリーを助けてあげたんだよ。僕も楽しんだのは否定しないけど。ま、Win−Winの関係って奴だね』
「何が目的なの? まさか、改造した強化人間の力を、自分のものにできる‥‥とか?」
怒りに言葉を無くす透に代わり、羽矢子が問う。
折からの不調に頭痛が相まって、気を抜けば倒れそうだ。
『あはは。面白い考えだね。でも、そりゃーないよ』
不意に、頭痛が消え去った。
『僕は、一人じゃ何もできない。だから、君達が羨ましかった。でもね‥‥君達は、逆に自分達だけで、色々とできすぎたんだね』
「どういう、意味です?」
つばめが問う。
『簡単なことさ。外のエクスカリバー級に、噂のG5弾頭を使わせれば済んだ話なんだ。これはね』
けらけらと、男は笑った。
そう。
基地の攻略に、G5弾頭を用いるという選択肢は、十分に考慮されるべきだった。
それがなかったということは、つまり――
『――皆さんッ! 動力炉の‥‥自爆のカウントダウンが、既に始まっています!』
ジャミングが途切れたことで、ようやく航三郎からの通信が入った。
『お? 思ったより早かったねぇ。じゃあ、僕もこの辺で』
「逃しは‥‥しないぞ!! マイヤー!」
くるりと踵を返した男を、反射的に王零が追う。
あるいは、そこに焦りがあった可能性は否定できまい。
不測の事態とはいえないまでも、ここまで無防備な敵に対して後手に回る状況。それを打開するための手法として、『力』の他に切れるカードを、彼らは用意できなかった。
王零の動きに合わせて、獅子鷹もまた動く。ちょうど、白衣の男を挟み撃ちにする形だ。
時間にすれば、一秒にも満たぬ刹那。
だが、その瞬間に、一千風は確かに見た。迫り来る刃を目にして、男は呆れたように笑ったのだ。
「いけない――!」
ぞわりと、悪寒が背筋に走る。これは、彼女にとって忘れがたいあの青年の、悪意ある策に覚えたものと同じ感覚。
アレは、やはり偽物なのだ。
自分達に倒されることが前提の、格好の囮。
偽物であるとは、考えていた。それは、この場の全員がそうだろう。
それならば、アレが本命でないならば、かかずらう必要さえも無いのだと、何故考えなかったのだろう。
結局のところ、どこかでこう考えていたことは否定できまい。
偽物を倒せば、本物に辿り着ける。
それ自体は、正しい考えなのだろう。
そう。正しいが故に、それらは術中であった。
彼らは、考えるべきだった。
一時的に通信が妨害されていた、その理由を。
小規模な基地であるにもかかわらず、通路という名の空洞があれ程にくりぬかれていた理由を。
何より、アルフレッド=マイヤーというバグアの性質を。
●敗北
白衣の男に、王零と獅子鷹とが刃を閃かせ、呆気無い程に男の胴体が切り裂かれた。
血煙が舞い、糸の切れた人形のように男は倒れ――笑い声が木霊する。
『本当に倒しちゃうんだもんね。怪しいと思わなかった?』
その声は、部屋のあちこちから響いてくる。
「‥‥やっぱり、偽物か!」
羽矢子の声に、苦痛が混じっている。偽物が倒れると同時に、先程に倍する頭痛が傭兵を襲っていた。
『そうだよ。何で倒しちゃうの? 明らかに罠じゃないか』
けらけらと響く笑い声の合間に、鈍い金属音が聞こえてくる。入り口が閉まっているのだ。
(マズいッ!?)
閉じ込められる。
その可能性を意識していた羽矢子だけが、間一髪のタイミングで反応できる。
が、動けない。頭痛と、何より仲間を残すことへの躊躇が、瞬速縮地を使わせなかった。
「姿を見せろ! このチキンが!」
『やだよ〜。僕ぁ臆病だからね。それに、僕と君等が会ったら、命はないよ?』
「へぇ、誰の命がないって!?」
獅子鷹が怒りで頭痛を振り払い、如来荒神を構え直す。
『僕のさ』
「ふ‥‥っざけんな!」
派手な金属音と火花を散らし、大太刀の刃が壁に食い込んだ。
壊せない厚さではない。
(とにかく、脱出しなければ‥‥か)
その切れ目に、咲がSMGの弾丸を撃ち込む。
王零が、一千風か、透が、つばめが、脱出口をこじ開けるべく続いた。
『んふふ、逃げられないよ。君等はチェスやショーギでいう『詰み(チェックメイト)』にはまったのさ』
うぞうぞと、不快な擦過音が聞こえる。
それは壁のあちこちから聞こえ――果たして存在した『秘密の通路』から一斉に入り込んでくる。
「‥‥甲虫キメラ! このタイミングで‥‥!?」
つばめが呻く。
防御と足止めにのみ特化したこの虫は、その性質故に、有効な対処法は地道な殲滅しかない。
そしてその耐久力は、上級クラスでさえ一撃では葬れない。
脱出しなければならないという状況に対して、この虫は極端に邪魔だった。
ブゥン、と羽音、いや、最早爆音が部屋を圧する。
次々とまとわりついてくる虫に対して、透は歯噛みする。
数が多すぎるのだ。
「く‥‥そぉ‥‥!」
――つまり、あの偽物こそが、『地雷』だった。
そして同じ頃、航三郎は一人苦しんでいた。
「応答‥‥してくださいっ! 誰か‥‥!」
無線への呼びかけは、しかし報われない。
この頭痛をもたらすものが、ジャミングの元凶であることは理解している。
そして、恐らく、動力炉を操作すれば、それが止まるであろうことも予想はできた。
無線で連絡が取れるならば、動力の遮断は非常に有効な手段であったはずだ。
お互いの無事を確認できるならば。
『君には切れないよねぇ』
不意に、覚えのある声が聞こえた。
「きさん‥‥!」
くすくすと響く笑い声に、航三郎はぎりりと奥歯を噛み締める。
『僕を殺したいんだったら、切ればよかったのさ。ま、もう手遅れだけど』
「なんが‥‥今からでも‥‥!」
『させると思うの? この僕が?』
あはは、とマイヤーは笑った。
『言ったでしょ、手遅れだって。ま、止めはしないけどね』
「くそ‥‥!」
気づいてはいたのだ。
二度目の頭痛が襲った瞬間、動力炉が全ての操作を受け付けなくなったことを。
無理にアクセスすれば、即座に自爆するように、変わってしまったことを。
『ブリジットを人質にすれば、僕も流石に止めたけどね。君等が選んだかどうかは知らないけど』
ブゥン、と耳障りな羽音が響いた。
甲虫キメラ。
その瞬間、仲間が陥った状況もまた、航三郎は理解した。
「くそ‥‥くそぉ‥‥!」
長時間の無線不通は、外にいるプレアデスに救助を決意させるに至る。
突入したプレアデス隊のKVが、中にいる傭兵達を回収した直後、動力炉が崩壊を起こす。
間一髪で脱出した彼らの目に、文字通り粉々に砕け散る基地の有様が映った。
縦横に走った通路は、このためのものなのだと理解したものもいたが、今更だ。
その幾万もの破片に紛れ、岩に擬態した脱出ポッドが飛び去っていく。
そして、それらは流星となって、地上へと降り注ぐ。
「うーんこの解放感」
白衣の男が、ぐっと伸びをする。
「逃げ切ったから、僕の勝ちだね」
彼は空を見上げてけらけら笑うと、どこかへと歩み去っていく。
アルフレッド=マイヤー。
彼はこれからも、どこかで『研究』を続けるだろう。
そして、その足取りを追う術は、最早ない。
彼が飽きるまで、どこかの誰かが、悪魔の囁きで人生を狂わされていくのだ。
その『無尽蔵の』好奇心が『尽きる』まで。