●リプレイ本文
●願い事を叶えてあげる
八人の傭兵が訪れた時、そこには、車椅子の老人と付き添いの看護婦がいた。
「はじめまして、十六夜冬香です。おじいちゃんの思い出の場所へ、冬たちがご案内するですよ」
過去の怪我のせいか、それとも病の為か。
車椅子の依頼人に十六夜 冬香(
ga2033)はちょこちょこっと駆け寄って挨拶をする。
「お爺さんの車椅子はボクが押すね。ゆっくり押すけれど、痛かったりしたらすぐに言ってね◇」
特徴的な甘い語尾の藤・友護(
ga1973)が看護婦に代り車椅子の背に回る。
普段の口調は『俺』なのだが、粗野な自分の口調があまり好きではないから、友護は覚醒時のような丁寧な口調を心がける。
常時覚醒する事はできなくとも、口調を気をつけることはできるから。
そして友護の口調にゆっくりと頷く依頼人を見て、篠原 悠(
ga1826)の表情は暗くなる。
(「じーちゃんの護衛か‥‥先が長くないって事は‥‥いやいや、考えたらあかん」)
嫌な予感を振り払うように悠は首を振り、目が合った依頼人を安心させるように微笑を返す。
「僕はお爺さんの願い、叶えさせてあげたい。形見のペンダントも一緒に‥‥」
そして依頼人の握り締めている家族の形見だというペンダントを痛々しい想いでみつめ、ノエル・アレノア(
ga0237)は呟く。
細身でまだ幼いアレノアだが、依頼人の願いをかなえるべく準備は万全。
移動は昼間に行うが、夜空を見るいうことから目的の丘の上では夜間。
懐中電灯と仲間達と連絡を取り合う為の無線も人数分ラスト・ホープで手配済みだ。
「俺たちが協力して、叶えられる夢なら喜んで協力するさ」
「思い出の場所へ送り届けるアル」
劉黄 柚威(
ga0294)と烈 火龍(
ga0390)も頷く。
「ご老人の願いを護るため、私は剣を持つ」
依頼人と同じようにかつてキメラに故郷を追われたクラリス(
ga1604)は、ツーハンドソードを握り、気を引き締める。
「あ〜、んじゃあ往くか」
火の点いていない煙草を銜え、アイン・リューゼス(
ga1352)が皆を促し、皆、看護婦に別れを告げて目的地へと向かいだした。
●警戒は常に
前衛三人、後衛二人、そして依頼人のガードに三人。
前衛と後衛は依頼人からそれぞれ十メートル離れた位置を保ちつつ、廃墟と化した街を進む。
「‥‥居やがったぞ」
前衛として先行していたアインがニヤリと笑う。
彼の黒い瞳は、小型キメラの存在を確かに捕らえていた。
「避けれそうか? 接触を避けられるようなら避けたい」
柚威はキメラの数と場所を確認し、思案する。
むろん、前衛として先行している三人がキメラを避けるのは容易だ。
問題は後方から来る依頼人と、それを守る仲間達。
瓦礫の山で遊ぶかのように居座るキメラは、車椅子の通れる道からはやや外れている。
柚威としては依頼人の身を無暗に危険にさらしたくはないが、自分の足で逃げる事のできない人を守りながら、避けることは可能だろうか?
「障害物が多いから、隠れながら進む事は可能だと思います」
アレノアも避ける事を提案する。
ここは廃墟と化しているとはいえ、市街地。
完全な形で残っている建物は少ないが、十分身を隠せるだろう。
「了解。後衛とガード班にはいま連絡をつけた。別なルートで迂回する」
隠密潜行を使い、覚醒の影響で金色に輝く瞳のアインが無線を切る。
「ねえ、おじいちゃん。おじいちゃんは、どのあたりに住んでいたのです?」
ガード班の冬香が依頼人に尋ねる。
思い出深い街が廃墟と化し、家族を失った苦しみ。
そんな依頼人の気持ちが少しでも紛れるように、冬香は家族に接するかのように依頼人に振舞う。
依頼人の子供が亡くなったのは、きっと冬香と同じ歳くらいなのだろう。
言葉数少なく、けれど冬香を見つめる依頼人の暖かな眼差しがそれを物語っている。
「いまの月は半分よりさらに欠けてるはずだから、星はかなり綺麗に見えるんじゃないかな◇」
瓦礫で移動しづらい道で、車椅子に衝撃ができるだけ伝わらないようにと気遣いながら、友護は空を指差す。
空は快晴。
雲ひとつない青空は、きっと夜になれば輝く星々で一杯になるだろう。
(「悲しいけど、街の光も無くなっちゃってるからね」)
街の明かりは夜を安全に照らすものだが、その光は星を見るには不適当。
廃墟と化したこの街には余分な明かりはなく、より一層星の光が映えるだろう。
「あれは‥‥なにかね?」
依頼人が、遠くの瓦礫の山を指差す。
それは、光の加減か、キメラのようにも見えた。
「大丈夫ですよ。あれは、ただの瓦礫です。もし敵が現れたとしても、私達が必ず貴公を守り通します。もう少しで丘に着きますから、頑張りましょう」
形見を握り締め、震える依頼人をクラリスは励ます。
「先行班がキメラを見つけたみたいやな」
後衛の悠が無線を受け、烈を振り返る。
キツイ眼差しの烈は周囲に気を配りながら頷く。
「迂回ルートに変更アルか。いまの所こちらにキメラの気配はないアルが、挟み撃ちは避けたいところでアル」
出会い頭の戦闘も避けたいが、後方からの奇襲も危険。
前衛ほど危険は少ないと思われるが、油断はできない。
だが、
「あ、もしもし、じーちゃん? なあなあ、奥さんってどんな人やったん? うちみたいに美人やった?」
いきなりお友達モード発動で楽しげに無線で話す悠に、烈は思わずぽかんとしかける。
けれど悠は口調こそお友達口調だが、その顔は真剣。
依頼人の気を紛らわせるべく、悠なりの気遣いなのだ。
苦笑しつつ、烈は悠の分まで周囲に気を配る。
―― ゆっくりと日が翳りはじめる。
●丘の上〜襲撃!
その丘は、本当に見晴らしがよかった。
けれどそれは、同時に敵にも発見されやすいという事。
夕暮れの中、数匹のキメラが一直線にこちらに向かって飛来してくる。
その姿はコウモリに良く似ていた。
「きやがったな」
アインが銜えた煙草をくっと噛む。
「ご老人には指一本触れさせん!!」
クラリスが依頼人を背に庇いながら剣を構え、飛来するキメラを剣で振り払う。
「飛行タイプですか」
即座にも依頼人の護衛に回ったアレノアの両手が金色に発光し、その両手から流れるように身体中に光のラインが漲る。
「小さな的を狙うのには自信がある。‥‥逃がさない」
深い緑の髪と瞳に変わり、頭部に突起を生やした柚威の小銃が火を噴く。
狙い違わず小型キメラの皮翼を射抜いた。
「当たらなければどうということないアル」
皮翼を射抜かれ、平衡感覚を失った失ったキメラは烈の敵ではない。
噛み付こうとしてくるキメラの攻撃を鮮やかに避け、疾風脚により強化された烈の強烈な一撃がキメラの身体を一蹴する。
「クラリスちゃん、お爺ちゃんをお願いだよ!」
伊達眼鏡の奥の瞳を緊張で揺るがせながら、友護も前に出、そのままキメラを二丁拳銃で迎撃する。
「この張り詰めた感覚も堪らない」
爛々と輝く金の瞳は王者たるライオンを思わせる。
アインの狙い定めた狙撃が、別のキメラの頭部を射抜いた。
「あたしを敵に回したこと、後悔させたる!」
見た目はそのままに、けれど覚醒した悠の銃もまた、狙い違わずキメラを撃ち落す。
「飛べないなら、ボクと戦おうね?」
スナイパーたちによって次々と撃ち落され、けれど飛べずとも即死には至らず、攻撃を繰り出すキメラにアレノアの疾風脚が決まる。
そうして、アルビノのような容姿に覚醒した冬香の矢が、最後の一匹を無言で撃ち落す。
●星に願いを
「おい、ジイさんは無事か?」
アインがはっとして友護をみる。
「無事なんだよ◇」
薄紫のフレームを抑え、友護が即座に答える。
依頼人はクラリスの背に庇われて終始震えていたものの、無傷だった。
「好きなだけここに居るといい‥‥あんたが満足するまでな」
柚威は乱れた髪を赤いリボンで括り直し、依頼人を労わる。
既に日は暮れ、空には星が溢れていた。
「皆と一緒に星を見ましょう」
クラリスに促され、依頼人はゆっくりと空を見上げる。
その瞳に涙が溢れた。
「‥‥許してくれ‥‥」
形見のペンダントを握る指に力がこもる。
「自分を責めないで下さい、お爺さん」
アレノアは依頼人の肩に手を添える。
‥‥どのくらい、そうしていただろう?
じっと夜空を見つめていた依頼人の瞳が、ゆっくりと閉じられる。
その寝顔は願いを満たされ、安らかだった。
悠は依頼人をぎゅっと抱き締める。
「うち、戦う理由が見つかったよ。助ける為やない。守る為に戦うんや。じーちゃんみたいな人が、これ以上増えへんように‥‥」
エミタに適応した為に流されるまま能力者になってしまった悠には、ずっと戦う理由が見つからなかった。
けれど今、強く思う。
絶対に、これ以上悲しみを増やしてはいけないと。
「小さな幸せさえも奪う‥‥なぜ、こんな時代になってしまったのか‥‥。この満天の星に誓おう。必ず平和な世界を取り戻すと」
辛い気持ちを押し殺し、柚威は夜空を見上げて誓う。
―― 流れ星が一つ、満天の星空に流れていった。