●リプレイ本文
「ええっ、リーシャンテさんが来られない!?」
ハロウィンパーティ会場の設営準備のため集まった傭兵たちは、伝言を届けに来たUPC職員の言葉に顔を見合わせた。
聞けば、仕事の傍ら今回のパーティー準備をはりきって進めていたリーシャンテは、頑張りすぎがたたって風邪をこじらせてしまったのだという。
「彼女は『どうしても行く』って言い張ったんですけど‥‥我々で引き留めたんですよ。熱も40度近くあって、とても起きられる体じゃないですから」
と、申し訳なさそうに事情を説明するUPC職員。
「ちょっと残念ですね。UPCの受付嬢と仕事ができると聞いて楽しみにしてたのに‥‥」
今回が初任務となる萩原 ユウ(
ga3753)が肩を落とす。
「仕方ないよ。こうなったら、彼女の分までボクらが頑張ろう!」
オアシス・緑・ヤヴァ(
ga0430)の言葉をきっかけに、気を取り直した傭兵達は改めてパーティー準備の段取りについて打ち合わせを始めた。
「まあ暗い話題が多いですから‥‥たまには‥‥良いと思いますが‥‥それじゃ‥‥始めますか?」
中性的な美貌ゆえ、よく女性に間違われる神無月 紫翠(
ga0243)が、物静かな口調でいった。
(「ハロウィンか‥‥正直あまり馴染みが無いな」)
つい最近まで対バグア戦の最前線で戦っていた村田シンジ(
ga2146)は、未だ生々しい戦場の記憶と今回の依頼のギャップに、やや戸惑いを隠せなかった。
だが世界中がこんな状況だからこそ、こういった催しが重要である事は分かるつもりだ。
(「で、こういっては何だが俺は子供をあやしたり、笑顔を振りまくという事が不得手だ。
だったら何でこの依頼を受けたという事になってしまうが、まあ何とか対応してみよう」)
「今回の依頼の趣旨は、パーティを通じて市民、兵士を慰労し、士気向上を企図するものである!」
元日本の防大生ということもあってか、まるで正規軍軍人のような生真面目な口調で、相田 志朗(
ga3692)が一同に告げた。
ちなみにテントやテーブルなど会場自体の設営は、非番のUPC職員たちがボランティアで手伝ってくれるという。
となると、傭兵達の役目は必然的にお菓子など飲食物、それに仮装や衣装の準備ということになる。
「では、私は皆さんとお菓子作りを担当しましょう」
アイロン・ブラッドリィ(
ga1067)がおっとりした口調でいった。
銀野 すばる(
ga0472)、虎錦真三郎(
ga3790)も同様にお菓子作り班を希望した。
「さて‥‥パーティーのお手伝いって言うことだから〜ボクは何をしようっかな〜? 取り敢えずはカボチャをくりぬいたりとかしてみたいね〜☆」
張り切って包丁を準備するオアシス。
中身をくりぬいたカボチャ提灯、いわゆるジャック・オー・ランタンはハロウィンの定番アイテムだ。
元々はカボチャではなく蕪が使われていたらしいが、まあそれはともかく。
会場には、UPC側の手配により予め材料となるカボチャ(今回は提灯というより主にかぶり物用だが)が大量に準備されていた。
「かぼちゃ帽子用にくりぬいたかぼちゃをお菓子の材料にするという話もあったけど、食用に向かない可能性もあるから、念の為お菓子作りに向いていそうな種類のかぼちゃも用意した方がいいんじゃないかな?」
すばるの提案を受け、志朗がラスト・ホープ農協へ食用カボチャの買い出しに向かう。実は彼には、カボチャ以外にも農協に用事があった。
その他お菓子の材料などを買い出し班が調達にいっている間、手空きの者はせっせとカボチャの中身をくりぬき帽子作りに励んだ。
「オレは帽子製作のほうに回ります」
ユウも加わり、たちまちテーブルの上に積み上げられるカボチャ帽子の山。
「リーシャンテさんにも、ぜひ被って頂きたかったですね‥‥きっとお似合いだったでしょうに」
その光景を想像し、アイロンがクスクス笑う。
すばるはすばるで、自分が配る分のカボチャ帽子の上にこっそり飾りのドリルをつけた。ドリル好きの彼女にとっては、それがカッコいいと思えたのだ。
専ら会場警備にあたるつもりだったシンジも、結局成り行きで帽子作りを手伝うことに。
こうしていると、今世界が異星勢力と戦争を繰り広げている事など忘れてしまいそうだ。
(「こんなアットホームな雰囲気、とても皆傭兵とは思えん」)
初めは違和感を覚えていたシンジも、いつしか口許に微笑を浮かべて穴を開けたカボチャから中身を掻き出していた。
やがて買い出し班が食材を抱えて戻ると、帽子作りと並行してお菓子作りも始まった。
キャロットクッキーとパンプキンクッキー、それにカボチャのタルト。
お菓子の方もカボチャ尽くしだ。
(「‥‥アレを試すいい機会だ」)
真三郎は以前別の傭兵仲間に不評だった極辛唐辛子入りクッキーをお菓子に混ぜ、(もちろん子供は避けて)大人の客に食べさせて驚かせようと目論んでいたのだが――。
「ちょっとあんた、何やってんの? いくら『トリック・オア・トリート』のハロウィンだって、我々が市民にイタズラしちゃいかんでしょうが!」
作業を見守っていたUPC職員が駆け寄り、隠し持っていた唐辛子を没収されてしまった。
最初は帽子作りに専念していたオアシスは、そのうちお菓子作りの方にも手を出した。
前に知り合いに作ってもらった和風カボチャお菓子に挑戦したくなったのだ。
(「確かアレは‥‥かぼちゃをあんこ代わりにしたおまんじゅうとかいう感じだったっけな〜」)
それをアレンジして、簡単なホットケーキミックスを使ったかぼちゃあんまん。
「(かぼちゃはあらかじめ蒸かしておいて裏ごししておいてっと‥‥ここで甘みも調整しておくね)」
ボールにホットケーキミックスを水を入れて、スプーンで混ぜる。
大体混ざったら手でこねて耳たぶくらいの固さにし、それを適当な大きさに分けた後円形にのばしてさっき作って置いたかぼちゃあんを入れて丸く形成。
その後は皿にのせて15分くらい蒸し器で蒸せば完成である。
「美味しくできたかな〜?」
ユウは出来上がったカボチャ帽子を試しに被ってみた。なかなかいい具合だが、小さな子供が被るには、ちょっと重いかもしれない。
そこでオレンジ色のニット帽を大量に買い込み、覗き穴を開けカボチャを模した子供用の帽子も作ることにした。
日が暮れて彼方の超高層ビル街にも明かりが灯る頃、いよいよ一般市民や軍人たちを招いたハロウィンパーティーが始まった。
「トリック・オア・トリート!」
予め島内のTVやラジオ、ネットなどで告知を見た市民達が、思い思いの扮装に身を包んだ子供連れで広場へと集まってくる。
辺りが暗くなると、紫翠はより雰囲気を出すため、ジャック・オー・ランタンのいくつかに蝋燭を取り付けて火を付けた。自らは黒のドレスととんがり帽で魔女に扮し、子供たちから「男? 女? どっち?」と訊かれたらクスクス笑ってごまかす。
すばるもまたキュートな魔女風の衣装に身を包み、会場を愛用のローラーシューズで走り回りながら子供達にカボチャ帽子やお菓子を配り回った。時折、小さな子供を肩車やおんぶして走り回ってやると彼らはキャアキャアいって喜んだ。
(「こういった催事はあらゆる人間が楽しんでこそだからな」)
そう思ったシンジは、子供、大人の分け隔て無くお菓子を配った。
子供達の相手はあえて他の仲間に任せ、己は思い切って道化を演じることにする。
広場の中央で得意のジャグリングやアクロバットを披露すると、子供ばかりか大人たちからも一斉に喝采と拍手が上がった。
志朗はこの日のために考えていた、とっておきのコスプレを行っていた。
大人一人がすっぽり入る、巨大なカボチャそのまんまの着ぐるみ。
L・ホープ農協から借りてきたその着ぐるみを着込み、というか乗り込み、生ける巨大カボチャと化してそのまま広場をゴロンゴロン転がり回る。
その迫力たるや、小さな子供など泣き出して逃げ出すほどだ。
――だが、そこに思わぬ敵が立ちふさがった。
「なんだ、コレ? 変なヤツー」
「キメラだ、キメラ! よーし、やっつけちゃえ!」
そう。この手のアトラクションになると何故か必ず現れる「着ぐるみを見ると蹴りを入れてくる悪ガキ」軍団である。
ただでさえ目が回るところを、数名のガキどもから気合いの入った蹴りを嫌というほど浴び、これでは体が保たんとお色直し。
次なるコスチュームは、L・ホープ保健所が農協、青果市場と共同して製作した食生活見直しキャンペーンの試作マスコット、その名も「キャプテン・ベジタブル」である。
頭はカボチャ、緑黄色野菜を意識した緑色の全身タイツにオレンジ色のパンツとマント。
本来は野菜だとかなんとか色々持つ予定だったらしいが、とりあえずマントに「野菜を食べよう」とだけ書かれている謎アイテムとなってしまった。
それでも子供達に食生活改善をアピールして一石二鳥――と思ったが、甘かった。
「おい、また変なヤツが出てきたぞー!」
「こいつもキメラだ! きっとオレンジ・ジャックの仲間だ!」
「よーし、やっちゃえやっちゃえ!」
さらに十数名に増えた悪ガキ軍団につきまとわれてボコボコにされつつも、健気にお菓子配りと会場警備を続ける志朗。
能力者の鑑ともいうべきその姿には、見る者をして涙を禁じ得ない。
その頃、唯一の楽しみだった唐辛子クッキーを禁じ手とされてしまった真三郎は、ひたすら仲間の手伝いや会場のゴミ拾いなど、地味な裏方に徹していた。
「大人には受けると思ったんだがな‥‥まあいい。私は裏方仕事が好きなんだ」
何はともあれ――。
夜の9時を回る頃、無事ハロウィンパーティーは幕を下ろし、招待客達はみなカボチャ帽子を被り、お土産のお菓子の包みを手にしてそれぞれの家路についたのであった。
「どーも、お疲れ様でしたー!」
スタッフ一同、傭兵とUPC職員合同で開かれた打ち上げ会で挨拶を交わし、お互いの苦労をねぎらいあう。
「みんなの笑顔を守るのもオレたちの使命ですよね! よーし、明日もこの調子でがんばるぞ!」
憧れの受付嬢には会えなかったといえ、初任務を成功させたユウが興奮の醒めやらぬ様子で拳を握りしめた。
オアシスは余ったカボチャ帽子、それにお菓子をラップにくるみ、
「これ、明日リーシャンテちゃんのお見舞いに持ってってあげよーよ☆」
と、仲間達に笑いかける。
(「明日‥‥か。みんな、明日には死ぬかもしれない連中ばかりなのにな」)
地球上の各地で、バグア軍と人類側との戦いはいよいよ激しさを増している。
来年の今日、こうして集まった者たちのうち、果たして何人が無事に顔を合わせることができるのだろうか?
それでも今この瞬間を心から楽しむ面々を、少し離れた席から眺めつつ――。
(「だが、これが俺達の強さ‥‥かも知れんな」)
そう思いながら、シンジは手にした酒をグイっと一口呑んだ。
<了>
代筆:対馬正治