●リプレイ本文
●暗闇の世界へ‥‥
カンパネラ学園の地下保管庫。そうは言ってもここは数限りなくあるだろう保管庫の1つであり、どちらかといえば『保管』よりは『廃棄』に近い機材が置かれているらしい。
「一体、どのような使い方をしたら検査機器が爆発などするのですかしら。説明は受けたのですが、やはり面妖な事ですわ」
鮮やかな緋色の和装姿をした鷹司 小雛(
ga1008)は優雅な所作で皆と歩調を合わせ廊下を歩いている。手入れを怠らない美しい黒髪は服装とのコントラストでそれ自体がアクセサリーであるかのように背に流れている。
「学園の保健室というものは稀にあのような爆発が起きたりするものなのですのね。おばあさまの言うとおり、世間はとっても広いのですわ。こちらでの日々は私にとって、得難い貴重な経験をさせて下さいますわ」
真夏の太陽の下の海の様に美しい緑の瞳を輝かせ、ヴェロニク・ヴァルタン(
gb2488)は感嘆の溜め息をついた。祖父母の愛を一心に受け大切に育てられたヴェロニクだが、そのせいか少し世慣れていない様だ。
「不審な爆発の後始末だとしても、カンパネラ学園教職員の方のご依頼ではお断り出来ないわね。私も少し時間がありましたら校内を散策していたのだけど、これも不思議なご縁だわ」
面倒を押しつけられたのだが、鷺宮・涼香(
ga8192)は不快に思っている様子ではない。それよりは予想もしていなかった学園内部への侵入を面白がっているようだ。楚々とした外見に反し、実は剛胆なのかもしれない。
「‥‥ここらしい、です」
ポツリとセシリア・ディールス(
ga0475)はつぶやき足を止めた。セシリアの前には何の変哲もない扉があるが何の表示もない。依頼人であるケイト・ラングリス(gz0130)から詳細な道順を聞いていなければ華麗にスルーしているところだ。預かってきた鍵を鍵穴に射し込み、セシリアは扉を開けた。予想通り、その向こうには深淵のような暗闇が広がる。
「やっぱり真っ暗だね‥‥ほんと、ケイト先生から無理矢理せしめてきてよかった」
レミィ・バートン(
gb2575)は両手に1本ずつ、2本の懐中電灯のスイッチを入れる。照明の灯る明るい廊下でもダイナミックな光の筋が2本現れ、真っ暗な保管庫の中へと吸い込まれていく。
「綺麗なおねーさんのお願いは断るべからず! これが世界の常識だよ! とゆーワケで、頑張っていこー! おー」
レイチェル・レッドレイ(
gb2739)は懐中電灯を持った右手を元気良く掲げると、意気揚々と保管庫の中に入っていった。キメララットがいるかもしれないと言う情報はレイチェルも当然知っている筈だが、躊躇する様子は全くない。
「目印代わりに1つ、ここに置きます」
芝樋ノ爪 水夏(
gb2060)は癖のない長い黒髪を背へと無造作に払い、持参してきたランタン2個のうち1個を扉のすぐ内側に置いた。学園指定のジャージ姿なのは、保管庫の中で制服が汚れてしまうのを防ぐためだ。水夏のカンテラが足元を照らす中、皆レイチェルの後を追って中に入っていく。
「もう‥‥もう、ボクは生きた心地がしません。ケイト先生‥‥」
ここまでの行程で既に半泣き状態の様であった神鳥 歩夢(
ga8600)は、健気にこぼれ落ちそうになる涙を指でぬぐった。同行してきた者達はもうさっさと保管庫に入っていて、まだ廊下にいたのは歩夢だけだ。彼女達の傍に寄るのは多大な精神力を必要とするが、彼女達を見捨てて逃げるわけにもいかない。大きな溜め息をつくと、歩夢は上品な仕草で無味乾燥な扉を閉めた。
●相容れぬ存在
沢山の光の筋が真っ暗な保管庫の中を照らしていく。けれど暗闇の全てを照らすことは出来ず、機材を持って移動する辺りだけがぼんやりと闇から浮かび上がっている。機材はそれなりの重量があったが小さな車輪がついていたので、力を合わせて押したり引いたりすれば動かすことは出来た。
「運ぶべきシロモノがこの程度の重さで助かりましたわ」
ヘッドライトで足元を照らしながら小雛は筋力にものを言わせ、懸命に検査機器を押していた。小雛が力を込めるとその時だけ機材の動きが早くなる。
「さっき爆発して煙吹いてた機械とほとんど同じなんだね。これじゃさ、せっかく運んでもまたドカーンってなっちゃうかもしれないよね」
屈託なさそうな笑顔を浮かべながら、レイチェルは跳ねるように歩いていく。手にした懐中電灯で進んでいく機械の少し前を照らしているが、力仕事はしていない。
「レイチェルったらこんなに埃っぽいところで‥‥本当に元気よね。ねぇ、ちゃんと警戒しているわよね?」
レミィは笑顔のまま探るような視線を機材を挟んで反対側にいるレイチェルへと向ける。レミィもレイチェルも保管庫に潜んでいるだろうキメララットを警戒し、アーミーナイフを手にしている。
「ところどころに置いた灯りが役に立ったわね。誘導灯みたいで綺麗だし」
涼香が置いた灯りを辿っていけば保管庫の出口に辿り着く。こんな場所では光で出来た命綱の様に頼もしく見えてくる。
「結構広いですね。それにしても、よく分からない物がたくさん置いてある」
水夏は機材を押しながらも光に浮かぶオブジェの様なモノ達を視界に捕らえていた。大多数は何に使うか分からない大型の機材であったが、中には円筒形や楕円の大きなガラス製品のような物もある。
「足元に! 何か、何かいますわ!」
つま先を何かがかすめた。涼香が置いた灯りの1つが派手な音を立てて転がっていく。大きな声で叫ぶとのほぼ同時にヴェロニクはソレをヒールの踵で激しく踏んでいた。弾力のある何かはヴェロニクの足を避けて俊敏に逃げていく。
「ボクが防ぎます! 皆さん、下がって下さい」
最後尾から検査機器を押していた歩夢がヴェロニクの傍に駆け寄った。『覚醒』のためか一瞬前までとは態度が一変している。ちょっと‥‥格好いい。
「‥‥そこですか」
セシリアは素早く手にしていた懐中電灯を検査機器にくくりつけ、歩夢より更に突出した。既に『覚醒』していたセシリアの瞳は赤く、顔と腕にも赤い網目の様な紋様が浮かび上がっている。
そのセシリアの足に何かが襲いかかった。けれどその攻撃は少しもセシリアを損なわない。
「わたくしのリィナは控えめで可愛い子ですけれど、とても有能ですわ。覚悟なさいませ」
小雛が検査機材を庇うように立ち、セシリアから離れていこうとする小さな影へとその刃を振るう。ナイフは白い光そのものの様に闇に閃き、赤く染まった左目は正確に標的を捉え差し貫く。
「1つ‥‥」
腕を振り、反動で屠ったキメララットをナイフから振り放ち捨てる。
「私はキメラを倒すことよりも機材の搬出を優先するわ」
必死に力を込め涼香は検査機材を押し運ぶ。その瞳は赤に染まっている。ぐんと機器が移動する速度が速まった。
「ボクが‥‥こんな時こそボクが頑張るんだ」
レイシールドを振るい、歩夢は飛びかかるキメララット2体を受け止め振り払った。メトロニウム合金の盾は重く、ずしりと歩夢の腕に負荷が掛かるが今の歩夢には耐えられない程の重みではない。
「出来れば殲滅させたい、ですから」
セシリアの持つ超機械から電磁波が解き放たれ、そのエネルギーに焼かれてキメララットがまた1体力無く倒れる。
「噂は本当だったんですね。しかも沢山‥‥お願いします。早く運び出してください。私もキメララットを食い止めます」
威嚇するように刀を振るい、水夏は迫り来るキメララットへと刀で切りつけた。1体が切られ、傍にいた数体が飛びかかる機会を窺うようにジリジリとにじり寄る。
「これは大事なものだから、きみたちのオモチャにしておくわけにはいかないよ」
レミィもナイフで切りつける。キメララットたちは警戒を強くしたのか、襲っては来ない。けれど久しぶりの来訪者を襲う事を諦めるでもなく、距離を保ちながら追ってくる。
「襲ってこないならおいとまさせていただきますわ、ネズミさん。私、こう見えましても田舎育ちで身体は丈夫ですのよ」
眼鏡の奥でヴェロニクの目が冷ややかに周囲のラット達を睨め付ける。
「しつこい子は嫌われちゃうぞっ? こういう時は引き際が肝心なんだからねっ!」
飛びかかってきたキメララットを薙ぎ払い、レイチェルは軽口を叩く。
「もう一息ですわ。検査機器の進路を確保してくださいませ」
盛り上がった筋力を使い、小雛は必死に機器を押す。
「微力かもしれないけど、私も力を貸すわね」
涼香も渾身の力を振るい、一気に機器の加速度が増す。水夏が置いたランタンの光がグッと近づいてきた。
「扉を開けます」
水夏が扉を開けて外に出る。そして同行していた者達と一緒に検査機器が運び出されるとすぐにそのドアを閉めた。キメララットが扉にぶつかる音が幾つも聞こえてくる。
「こんなに沢山いるなんて聞いませんよ」
ふーと溜め息をついた後で水夏が言う。
「でもこれで任務完了だね」
「えぇ‥‥これをケイト先生のところまでお持ちすれば終わりですわ」
「あ、そっか〜」
ヴェロニカに指摘され、もう終わったような気分でいたレイチェルは肩をすくめた。
●突然の延期
「あらぁ。早かったのね。でも助かったわ」
検査機器を見るとケイトは目を瞠ってそう言った。
「お礼はハグ一回で!」
レイチェルはケイトの返事も待たずに抱きついた。
「うふっ、可愛いこと」
抱きつかれたケイトもギュッとレイチェルを抱きしめる。
「で、で、では! 確かに運びましたから」
そそくさと、半ば逃げるようにして歩夢は保健室から飛び出していく。廊下を早足で歩き階段を降りきるとようやく安堵のため息が出た。
「カンパネラ学園恐るべし‥‥もしこの服装でなかったら、即死でした――」
残された者達のうち、水夏が口を開いた。
「ケイト先生、出来たらシャワー室の使用許可をいただけないですか? 頭の先からつま先まで、埃だらけなんです」
シャワーの後にジャージから制服に着替えたいという水夏の心情は十分に理解できる。
「私もですわ。ブーツだけは先ほどザッと水で流したんですけれど、身だしなみを整えないとなりませんわよね」
ヴェロニクも改めて自分の服装を見る。真新しいカンパネラ学園の制服はすっかり白っちゃけてしまっている。
「言われてみればその通りね。えぇ、シャワーを使ってさっぱりするといいわ」
ニッコリと白衣の小悪魔は笑顔を浮かべる。
「それも魅力的だけど、そろそろ入学式の式典だからあたしは行くよ。あ、そうだ。もしよかったら、みんなで一緒に行かない?」
戸口へと向かって歩きだしていたレミィは足を止め、振り返る。
「私は聴講生なのだけど、それでも入学式には参加出来るものなのかしら?」
涼香は軽く小首を傾げる。記念の式典なのでもし咎められないのなら見学してみてもいいかもしれないと思う。
「それがねぇ‥‥」
レイチェルと抱き合っていたケイトが顔をあげた。
窓から見える風景は先ほどとあまり変化はない。
「本当に‥‥式典は延期、ですか」
窓の方を向いたままつぶやくセシリアにケイトはうなずいた。
「色々と調整がつかなかったみたいなのよ。来賓が出席出来ないとか、まぁ色々ね〜」
ケイトの口調には残念そうな様子はない。
「他にお手伝いできることがありますかしら? わたくしは聴講生ですから多少なりとも時間の融通はききましてよ?」
「まぁ、嬉しいこと。じゃさっそく‥‥」
「え、あ‥‥あん、そんな‥‥」
小雛は自ら運搬した検査機器の人体実験第一号の栄誉に浴するハメになりそうであった。