●リプレイ本文
●地下は大きなゴミ置き場
KV対KVの闘技場を作るためにはまずスペースを確保しなくてはならない。書類上は
カンパネラ地下階層‥‥演習場よりもさらに地下、普段は閉鎖され、立ち入り禁止となっている「旧研究階層」が割り当てられているが、当然ながらすっきりとした空間が広がっているわけはない。長年に渡って体の良い荷物置き場と化していたからだ。
途方もなく巨大で広大な空間が、とんでもなく巨大で雑多なガラクタにほぼ占領されている。小さな物は手のひらサイズ、大きいものは戦闘機サイズまで。見事に大小様々なアイテムが広い空間を埋め尽くしている。
「学園地下に闘技場を作るって噂は前々から聞いていたけど、まさかこんな場所があったなんて‥‥そして、なんという無駄な使い方をしていたんだ」
呆れてしまうというよりはここまでくると感心してしまいそうになるのか、山崎・恵太郎(
gb1902)は平坦な口調で言った。
「それでもねぇ、これでもすこーしだけ片づいたのよぉ」
ケイト・ラングリス(gz0130)はのんびりと言った。だがどこら辺が片づいたのか、さっぱりわからない。多分、『ここ!』と示されてもうなずけない程度の事なのだろう。
「ケイトせんせ〜!」
突然、巨大ぬいぐるみがケイトに向かってダイブした。否、それは竜の着ぐるみを着た状態の大槻 大慈(
gb2013)であった。
「おぅ〜えぇっと、誰でしたっけ?」
「ええぇぇぇ! いくら久しぶりだからってそれはないぞぉ、ケイトせんせ〜」
ぬいぐるみ、ではなく着ぐるみから顔だけだした大慈は泣きそうな顔になる。あわててケイトは両手を広げ大慈を抱きしめた。ぐぇっと悲鳴があがる。
「冗談でぇ〜す。大慈の事は忘れないですぅ」
苦しげで悲しげな音を喉からほとばしらせる大慈の右手が真剣にケイトの腕を高速タップする。その傍らには、何事もないかのように涼やかな顔をして広大なスペースを見つめるアンジェラ・ディック(
gb3967)がいた。
「要するに邪魔になった産廃の後片付けよね」
「いえぇ〜す、その通りですぅ」
やっと大慈を離したケイトが即答する。
「これを速やかに終わらせない限り闘技場の開催は遅れる訳だし‥‥さっさと行わないとね。コールサイン『Dame Angel』、旧研究階層における清掃開始よ」
アンジェラはアイスブルーの瞳を片方だけつぶり、小さくウィンクしてみせた。
とりあえず片端から荷物をどけて目的となるユニット15体を搬送する通路を作らなくてはならない。
「‥‥」
獅子河馬(
gb5095)は先ほどから無言で淡々と作業に徹していた。両手で抱える程度の大きさの荷物をまずは移動させ、空いたスペースを少しずつ広げてもっと大きな物を移動させていく。これを繰り返していくのだが、小山ほどもあるガラクタは少しも減った気がせず、15体のユニットには少しも近づけない。
「‥‥」
それでも自分の思いを殺し、愚痴をひくくつぶやくこともせず、獅子河馬は正に黙々と作業を続けた。
「‥‥わたくし、なんだか飽きてまいりましたわ」
あまりにも作業の進捗がはかばかしくなかったからか、リティシア(
gb8630)はすっかり嫌気がさしてしまっていた。何度も何度も同じ作業を繰り返しても、スペースはほんの少しずつしか移動せず、肝心のユニット撤去までにはどれ程この作業をし続けなくてはならないのか見当がつかない。
「どうしましょう。これ以上自制心が続くか自信がありませんわ」
リティシアは小さくつぶやく。
それから何時間経ったのか。獅子河馬はひたすら黙々と作業を続行し、リティシアも効率はかなり低下していたが、作業を投げ出さずになんとか膨大なるゴミ出し作業を続けていた。
「ようやくユニットの運び出し作業が出来るわね」
事前に簡単な操作を習っていたアンジェラはすぐに機体の1つに飛びつき、ぎこちなくしか開かない開閉装置をこじあけ、コックピットに潜り込んだ。機体の腹には大きく白い文字でC1と描かれている。中は当然空調など効いていないため、もわっとした生ぬるい空気が充満していたがアンジェラが飛び込んだ為に空気も速攻で入れ替わっていく。
「かなり古い機体の筈だから期待していなかったけど、かなり現代のKVに似ているわね」
エンジン始動の釦、各種メーター、安全監視装置の数々、通信機器‥‥どれも完全に同じではないけれど、おおよそ想像出来る範囲内におさまっている。
「こちらC1、お先に移動していい?」
アンジェラは早速釦を幾つも連打して、とりあえず通信装置を使えるようにするとこの広大なフロアのどこかにいるだろうケイトに向かってお伺いをたてた。
「汎用ではない機体に搭乗し、それを動かせるっていうのはちょっといい気分だな。掃除なのだとわかってはいても、こういうのはやっぱり嬉しい」
ユニットB3に乗り込んだ恵太郎はコックピットの中で独白した。メカニカルな事への関心は普通だし、特別変形ロボットなどに思い入れがあるわけではない。だが、こういう
レアな体験が嫌いな者などいないとも思う。
「これの開発チームって、ロボットヒーロー物とか好きだったんだろうなぁ」
目を輝かせて大まじめに構想を練る大人達を想像すると、ちょっと笑えると恵太郎は思う。そんな事を思いながらもユニットは順調に移動を続け、無事にB3は所定の場所に固定された。
「よし、あと2つか‥‥」
暑いコックピットをすり抜けて、恵太郎は機体から滑り降りるようにして床に着地した。きっと背中は埃で真っ黒になっているだろうが、今は無視して走る。
「やっとAユニットにまでたどり着いたか〜なんか感無量だな」
喜々としながら大慈はAユニットの移動を手がけていた。既に5つ目となるA5がゴミの大海を割って出来た小さな道をゆっくりと移動していく。ユニットを全部ここから出してしまえばかなりのスペースを確保することになるだろう。ジリジリと進むA5ユニットはあと少しでこの広すぎるゴミ置き場を後にすることが出来る。
「可変釦‥‥あれだよな」
大慈は操縦盤のもっとも目に付く位置にある青く点灯している釦をじっと見つめた。あれを押せば何かが起こる。一体何が起こるというのだろう。そしてこのユニットはどう動くというのだろう。
「今、試さなかったらきっともう一生、こんな機会はない‥‥かも」
釦がドンドン大きくなって視界いっぱいに広がるような気がする。ドクンドクンと鼓動が耳鳴りの様だ。ええぇい! もうどうとでもなれ!
「お〜い、リティシア! その可変ボタン押してみろよ。どうなるか気になるだろう?」
大慈は通信機をONにして叫ぶ。
「ちょっとぐらいならいいかな?」
ポチッとリティシアは釦を押した。途端、搭乗していたB5ユニットが停止した。
「わあああああ!」
「きゃあああ!」
同時に大慈も釦を押したのだろう。A5とB5はコックピットがくるりと反転し、天地が逆さまになる。
「‥‥っ!」
何の操作もしていないC5まで同じくコックピットが反転し、搭乗していた獅子河馬も声にならない悲鳴をあげる。逆さまになった3つのユニットは車輪を収納し、胴体部分から長いアームがするすると伸び、すると移動したばかりのA4ユニット、移動中のB4ユニット、移動C4ユニットが引き寄せられるように動き出す。
「うわわわわわ、俺はさっさと片付けたいだけなのに!」
B4ユニットから、恵太郎の悲鳴が通信機から全ユニットに伝わっていく。
「だ、誰だ! だから余計な釦はいじるなとあれほど‥‥!」
同時にアンジェラの怒声もC4ユニットの通信機から続いて響く。当然、それだけで済む筈もない。3、2、1と順番にユニットが引き寄せられ、その辺のゴミまで一緒になり妙な15ユニット合体が出来上がった。
「あらあら〜って、この合体ってどうやって解除するのでしょうか?」
どこかにいるのだろう脳天気で間延びしたケイトの声が通信機から響く。
それからあちこちに掛け合い、当時の開発資料を漁りつくし、ようやく合体解除コードを見つけたのは深夜遅くだった。その後、全てのユニットを所定位置に移動させた頃にはもうすっかり朝になってしまっていた。
「どうしてこんな事に‥‥」
「‥‥」
疲れ切った恵太郎の横で獅子河馬も座り込んで動けない。
「ごめんなさい」
リティシアは何度目かの詫びをつぶやく。
「変な汗かいたぁ〜。ケイトせんせ〜、一緒にシャワー浴びようぜ」
大慈も疲れ切ってはいたが最後の力を振り絞って軽口を叩く。
「おーそれはグッドアイデアですぅ〜皆さんでひとっ風呂ですねぇ〜」
「ちょ! 冗談だってば〜〜」
慌てて大慈は首を横に振る。
「だめだめ。ケイトにはこの報告書をまとめて貰わなくっちゃね」
大慈に抱きつこうとしたケイトを背後からアンジェラが軽く羽交い締めにして止める。デスクワークは好きではないのか、途端にケイトはうなだれた。
「でも皆さん、今夜はとても助かりましたぁ。それにとても楽しかったですぅ。是非、混浴露天風呂に行きましょう〜」
ケイトはチェック用紙を胸に抱え手を振ると、ハイヒールの音を響かせながら地上へと戻っていく。
「なんだかんだ、働いたな」
「そうですね。わたくしも一生懸命頑張りましたわ」
「俺も色々物色したし‥‥っておっと」
恵太郎、リティシアに続き、つい大慈の口が滑る。
「私達達も戻りましょう」
「‥‥」
アンジェラの言葉に獅子河馬もうなずいた。
開始から10時間後、15ユニット全ての移動が終了し巨大なゴミ出しは完了した。