●リプレイ本文
息を潜め、身を隠す。
こんな時、もう少し経験を積んでいたのならばどうだったろう。
もう少し落ち着いて隠れている事が出来たのだろうか。
いや、正確に言うと思考は至って冷静かつ的確な判断が出来ていると思う。
ただ少し手が、足が震えている気がする。
音を立てたら狙撃される可能性が残っている。
幸い、あの巨人は少し離れた所に居る。
しばらく此処でじっとしていようか。
「しかし、演習場所がバグアに知られていたとしか思えないな‥‥」
唐突過ぎる襲撃はあっという間に仲間の命を奪ってしまった。
何処から情報が漏れた?
上の方か、それともこの演習に参加していた者か?
腰のホルダーに入れていた無線機から小さく、最低限の音量で声が流れる。
「もし生存者が居たら、その場に待機だ。 今から敵を排除する」
低い男性の声。
救援か、それとも罠か。
どちらにしろ返事は出来ない。
傍受の可能性が残っている。
ホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)が無線をしまう。
応答は無い。
傍受の可能性に気付いたのか、それとも既に手遅れなのか。
ともかく一刻も早く敵を排除しなければ。
暗視スコープを装着し、暗くなった森の中を見渡す。
未だ夕方ではあるが、木々の生い茂った森の中は既に暗い。
柊 沙雪(
gb4452)はそれに倣い暗視スコープを着ける。
(「救援要請の情報‥‥狙撃手が人間なら良いですが‥‥強化人間なら少し厄介ですね‥‥」)
そして一人の強化人間を思い出す。
いつかの依頼で対峙したディゼルという強化人間を。
沙雪は余計な物を振り払う様に、敵を排除する為の思考を張り巡らせていく。
高村・綺羅(
ga2052)はネスカートと同じ疑問を抱いていた。
(「演習中とはいえ、何か出来過ぎている感じがするね」)
疑念を深めながらも長弓の弦を軽く引く。
巨人キメラを森の外縁部に誘導する為に弾頭矢を用意してきたのだ。
ネスカートからの情報で巨人の位置を特定しようと思っていた彼女だがその必要は無かった。
「明らかに何かが通った後ですね」
美環 響(
gb2863)が見つめる方向。
美環 玲(
gb5471)が同じ様に見つめる方向。
木々が薙ぎ倒されていたり、切り倒されている。
そして、人間にしては大き過ぎる足跡。
その足跡が向かう先に巨人キメラが居る事は明白だった。
絵画の様な響と玲の姿。
「それでは‥‥幸運を祈るよ」
ホアキンは隠れる様にその方角へと向かう。
それに結城悠璃(
gb6689)と綺羅も続く。
悠璃は自身のアサルトライフルを握り締め、集中力を高める。
彼は今回が初任務だ、しかし他の傭兵に気後れする事は無い。
空は既に紫がかり始めていた。
巨人は雄叫びを上げる。
口の周りの包帯が何本か引き千切れ、空気が鳴動し、木々が揺れる。
視野に入る敵は全て倒した。
しかし、何かまだ居る。
キメラ特有の勘という物なのだろうか、姿の見えない敵を探し続ける。
大分近い所まで来ている、その事に危機感を感じつつも仲間の到着を信じるネスカート。
何処かに潜んでいるであろう、敵の姿も見えてはいない。
状況は少しずつ悪くなっている。
潜んでいると思われる敵の目や応援の指示も有る。
下手に動く事は出来ない。
巨人がこちら側に向き直り、一歩、一歩とこちらへ向かって歩み始めた時だった。
巨人の胸の部分で何かが爆ぜた。
「こっちだよ」
綺羅の放った弾頭矢だ。
低い地鳴りの様な唸り声を上げながら、綺羅達の方を見る。
もう一度弾頭矢が炸裂し、更に銃弾が巨人の着ている鎧に跳ねる様に弾かれる。
ホアキンと悠璃も綺羅に続き攻撃を仕掛けたのだ。
巨人はその鋸刀を振り上げながら、ネスカートの方から離れ始めた。
誘導班はそれを見るや否や、来た道を逃げる様に引き返す。
途中振り返り、遠距離からの攻撃で敵の目を引きつける。
勿論、巨人の目だけではなく潜んでいると思われる敵の目も合わせて引きつけているのだ。
綺羅が移動しながらも周辺に気を配り、巨人以外の攻撃も警戒している様子からそれは伺える。
そして確かに、巨人と誘導班の後方に上手く身を隠しながら狙撃のタイミングを計る敵の姿が有った。
誘導班が森の入り口近くまで戻ってきた時。
少し開けた場所に戻ってきた時。
暗くて殆ど視界が無い状態の中、狙撃手はスナイパーライフルを構える。
「さて‥‥誰から狙おうかね‥‥」
ゆっくりと冷静に品定めをする様に標的を選ぶ。
構え、トリガーに指を掛ける。
玲の探査の眼は、朱金色に染まった片目はそれを逃す事は無かった。
巨人と誘導班の後方に潜んでいた狙撃手。
その更に後方に位置していた響、玲、沙雪の追跡班がついに狙撃手の姿を捉えたのだ。
玲は響と沙雪に敵の大まかな位置を教えるとむんっと可愛らしく気合を入れ弓を引く。
響も同じ様に弓を引き、狙いをつける。
暗視スコープで熱源を確認した沙雪は、黒リボンを結びながら走り始める。
狙撃手の指がトリガーを引くか引かないかのタイミングだった。
一射目の弾頭矢が爆ぜる。
そのすぐ後に二射目の弾頭矢も爆ぜる。
完全に命中こそはしなかったが、爆風で狙撃手の手が止まる。
「な、何だ!?」
狙撃手が振り返った瞬間。
沙雪の二刀小太刀が狙撃手の手にした銃の銃身を裂き、そして狙撃手の身体を裂いた。
狙撃手はその場に崩れ落ち、そのまま事切れてしまった。
どうやら強化人間ではなく、バグア派の人間だったらしい。
「狙撃手が気付かずに接近を許した時点で終わりですよ」
沙雪は真紅に染まった瞳で一瞥する。
「終わったようですね」
響と玲が周辺を警戒しながら近寄って来る。
「これ以上、敵も居ないみたいですし‥‥あら‥‥」
そして玲が落ちている銃を見て納得する。
本当に微妙な差だが普通のスナイパーライフルではない。
それならば、普通の人間が能力者にダメージを与える事も可能だ。
「それじゃ‥‥」
響が何も無い空間から無線機を出現させる。
「ネスカートさん」
一言、無線に投げかける。
鋸刀が地面を削りながら横に振り抜かれる。
巨人の身長から考えて、有効範囲は相当なものだ。
森の外まで来た誘導班は苦戦を強いられる事になった。
障害物が無くなった事により、巨人の動きが良くなっていたのだ。
森の中とは違い、月の光によって薄っすらとその姿は確認できるが、威圧感はかなりのものだった。
しかし、戦いようが無い訳ではなかった。
ホアキンは右手に銃を構え巨人の顔にペイント弾を当てる。
これで更に位置を確認し易くなった。
巨人はその事に腹を立てたのか、雄叫びを上げながらホアキンに向かって鋸刀を振り下ろす。
その強烈な一撃を、ホアキンは左手に持ったイアリスで受けつつ後退する。
ホアキンに気を取られている間に綺羅は後ろから素早く足元に近づき、機械剣を握る。
その瞬間、発生した光の刃で巨人のアキレス腱を切り裂こうとする。
しかし、傷は若干浅かったのか巨人は悲鳴を上げただけで、綺羅に対し拳を落としてきた。
綺羅は覚醒して高まった集中力で、拳を見切り、とっさに右に跳び、転がる様に回避する。
地面を割り、深くまで突き刺さった拳。
アレに当たったら、鋸刀ではないにしろ致命傷を負いかねない。
そう直感した綺羅は一度距離を取る事にする。
追撃を加えようと巨人が唸るが、悠璃のアサルトライフルに弾幕を張られ思うように動けない。
巨人は自分で割った地面から岩を引き摺り出し悠璃に投擲してそれを中断させる。
全体的な動きは緩慢だが、攻撃力と防御力、そして攻撃スピードは異常なまでのものだ。
ホアキンは三人でどこまで耐えられるか、少し気が重くなった。
「お待たせしましたわ」
無線機から短く流れる玲の声。
そして、巨人の頭部で弾頭矢が何発か炸裂し轟音を響かせる。
追跡班が追いついてきたのだ。
悠璃がファングを装備しながらその蒼い瞳で巨人を睨む。
巨人が怯んでいる。
この好機を逃す理由などどこにも無い。
ホアキンは一気に詰め寄り、巨人の顔面に向けてイアリスを振るう。
斬線は一部の狂いも無く、衝撃波を生み出す。
その一撃を受けて、巨人は少し後ろによろめく。
綺羅は左足、沙雪が右足を斬りつけ離脱。
巨人は何とか反撃しようとするが、またも悠璃に邪魔される。
悠璃は地面から跳び上がり腕の動き出しに合わせてファングを叩き込んだのだ。
巨人は咆哮する。
玲は弾頭矢を巨人の前方から足元に放つ。
それが巨人の体勢を崩す決定打となった。
執拗な足への攻撃で、既に踏ん張りが利かなくなっていたのだろう。
ダメ押しと言わんばかりに綺羅が巨人の背中を二連撃で切り裂く。
そのまま前に倒れこむ巨人。
腕を着いて、何とか立とうとするが、能力者の面々はそれを許さなかった。
「汝の魂に幸いあれ」
響が弓ではなくレインボーローズを構え、優雅に微笑む。
次の瞬間、彼の手にはイリアスが握られている。
響は巨人に一気に詰め寄り、鎧と鎧の隙間から剣を突き立てる。
更にホアキン、沙雪、悠璃と攻撃は続き、巨人は完全に地面に沈む。
銃撃によって欠けた鎧、弾頭矢によって焦げた肉、斬撃よって失われた血液。
何かしようと黒くなった包帯で巻かれた顔を上げる巨人。
黒く腰まで伸びた長い髪を、太めの三つ編みにしたネスカートが立っている。
刀を抜き、彼女は実践で初めて覚醒する。
演習に参加していた能力者はネスカート以外生存している者は居なかった。
綺羅はその死体を全て回収し、その前に立つ。
「‥‥戦って死んでいった仲間に哀悼の意を」
それに倣いホアキン、沙雪、響、玲、ネスカートは黙祷を捧げる。
少し離れた場所では悠璃が花を添えていた。
動かなくなった巨人と、狙撃手に。
「どうか、安らかな眠りを‥‥」
微風に吹かれて、その花は小さく揺れる。
キメラやバグア派の人間と言えども命が有るのだ。
そして悠璃は振り返り、ネスカートに声をかける。
「ご無事な様で何よりです、フィオ‥‥キリサメさん」
少し寂しげな笑顔を見せる。
「‥‥? ありがとう」
ネスカートはその表情の意味を読み取る事は出来なかった。
ホアキンは横目で、そんなネスカートを見る。 いつだったかの依頼で見た事が有る顔。
直接の面識は無いが、資料か写真で見た事は有ったはずだ。
(「しかし、何故能力者なんかに‥‥」)
そこには麗しの殺人鬼、フィオナ・コールの横顔が確かに有った。