●リプレイ本文
早朝、朝焼けの空の下、新人カメラマンであるニケ・ラックマン率いる撮影隊はヴィクトリア駅に向かっていた。
ヴィクトリア駅はロンドン、ウェストミンスター地区に位置する駅で、今回そこが待ち合わせ場所とされている。
ロケ車からニケが降りるとまだ人通りの少ない駅前の広場に傭兵達は居た。
事前に写真を提供してもらっていたので傭兵達だとすぐに確認できた。
「おはようございます、新人カメラマンのニケ・ラックマンと申します」
傭兵達に向かって挨拶をする、ニケと撮影隊の面々。
「ガチガチだなー、ニケちょん」
そう言って、ラウル・カミーユ(
ga7242)は笑いを堪えている様だった。
「初の大仕事ですし‥‥えっと、それでは早速始めましょう! お願いします!」
その号令を皮切りに撮影準備が始まる。
ロケ車の中でメイクと着替えを一足先に終えた香原 唯(
ga0401)が、近くで機材のチェックをしているニケに話しかけた。
「ニケさん、あなた自身が今まで取ってきた写真って拝見できますか?」
「え? 良いですけど、特定のモデルを撮ってきた訳じゃないですし‥‥ジャンルはバラバラですけど‥‥」
ニケは自身の鞄からファイルを取り出し香原に渡す。
「私も見て良いですか?」
香原の後ろから準備の整った、水上・未早(
ga0049)が声をかけてきた。
「確かにジャンルはバラバラですけど‥‥人を中心として撮ってらっしゃるのですね」
香原は少し感心した様に写真を眺めている。
「この空をバックにした写真‥‥この人良い笑顔です。これが本当に平和な空だったら‥‥」
水上はそう言って、早朝の青空を見上げた。
「将来、期待してもいいですか?」
いつの間にか、ハルトマン(
ga6603)も香原の横から写真を眺めている。
「いえ、私はまだまだですよ」
ニケは苦笑いしながら、カメラのチェックと称し三人がパイプ椅子に座りながらファイルの中の写真達に夢中になっている姿を映した。
少し離れた所で衣装スタッフと衣装の貸し出し、コーディネートについて話し合っている朧 幸乃(
ga3078)やラウル。
ガスマスクをスタッフ達に脱がされそうになって必死に抵抗する紅月・焔(
gb1386)達を見ていると傭兵というイメージからかけ離れたものを感じたニケだった。
「それではまず皆さんの傭兵としての姿を撮りたいのですが‥‥まず水上さんと紅月さんのお二人から撮影を始めましょうか」
近くの古いビルの屋上に移動した一行は早速撮影を開始した。
まだ白んでいる青空をバックに右膝を立て手すりに寄り掛かる様に座りこむ紅月。
ラフに着こなした黒いシャツ、その上に赤いジャケットを羽織り、手にはリストバンドを付けている。
その視線は空を見上げている様に見える‥‥様にしたかったのだが‥‥
ガスマスクのおかげで視線など殆ど分からなかった。
「良いじゃない! これで子供の好奇心と大人の猜疑心が惹き付けられてインパクトになるじゃない!」
ひたすらそう言って、紅月はガスマスクを外さなかった。
「それじゃ、私は此処に立ってればいいんですね?」
その座ってる焔の右隣に手すりに寄り掛かり立ってる水上が確認する。
「えぇ、ばっちりです」
水上はトップはシャツ一枚、ボトムに対Gスーツを着用。
ジャケットは手すりに掛けて、彼女の左手にはヘルメットが携えられている。
彼女の視線はちゃんと空を見上げている様に写った。
紅月の目線が実は水上に向いていたことを誰も知らない。
「次に朧さん、お願いします」
同じく古いビルの屋上。
「えっと、そこの貯水タンクの上に座ってもらえますか?」
ニケが指定すると朧は貯水タンクの上に飛び乗った。
「此処‥‥ですね?」
そう言って、朧は貯水タンクから足を出し座り込む。
「そうです、目線カメラにもらえますか?」
これまた青空をバックにカメラを微笑みながら見下ろす朧。
そんな彼女の傭兵としてのファッションは黒いランニングの上にフライトジャケットを羽織ったシンプルなもの。
しかし、そのシンプルさの中に腕輪や指輪、イヤリングなどのアクセサリが目立って見える。
「‥‥何か、慣れませんね‥‥」
朧は写真を何枚か撮り終わった後、少し照れたように笑った。
そんな朧を紅月は熱心に眺めていた。
「さて次はこのカフェです。ハルトマンさんと香原さん、ラウルさんもお願いします」
移動した一行はヴィクトリア駅から程近いセントジェームズ公園近くのオープンカフェに来ていた。
「こういう感じで良いですか?」
椅子の上に体育座りをしながらハルトマンは言った。
頭にゴーグルをして、肩から袖に掛けて白いラインの入ったジャージを着た彼女。
ミニスカートの下には黒いスパッツ、黒のアンクルソックス、白いスニーカー。
こんなキュートな傭兵も居るという現実を机に立て掛けられた銃と腰のホルダーに収められたハンドガンが物語っていた。
ニケはうんうんと頷きながらラウルの位置を確認した。
「任せて、任せて〜」
ニケに対しばっちりウィンクをしてラウルはカフェの端に有る木陰に立っている。
彼は一服中という感じで煙草に火を点けるポーズをとっている。
黒のカットソー、モスグリーンのミリタリーコート、濃いグレーのカーゴパンツをクールに着こなすラウル。
ニケはそんな彼の姿に少し男として敗北感を感じていた。
一方香原は、ラウルの隣に立ち鉄くずを弄っている。
その姿は正にサイエンティストであった。
ブレザーの上に羽織った、トレンチコートが何処かの探偵を彷彿とさせるのはご愛嬌といったところだろうか。
「どうかしましたか?」
香原がニケの視線に気付き微笑みながら問い掛けてきた。
その微笑みは良い意味で傭兵のものとは違っていた。
「いえ‥‥それじゃ、皆さん。なるべくそのままでお願いします」
ヴィクトリア駅から程近いセントジェームズ公園の林道の中。
太陽は先程よりもずっと高い位置に有るが、少し雲が出てきたようだ。
「‥‥大丈夫でしょうか?」
水筒の中の飲み物を飲みながら不安そうに朧は呟いた。
朧は、貸し出されたグレーのパーカーと薄いピンクのTシャツ、フリルショートパンツに身を包んでいた。
「大丈夫だろう‥‥」
そう答えた紅月の視線はお約束というか、空ではなく長く伸びた朧の脚に向いていた。
しかし、今度だけは勝手が違う。
なぜなら紅月はガスマスクがキャストオフされて視線がバレバレだったのだ。
「‥‥どこみてるんですか」
「あ、ばれちゃった?」
そんな彼は朧とお揃いの薄いピンクのTシャツとタイトなジーンズを着ていた。
「まさかこんなにイケメンだったなんて‥‥」
レフ板を持った女性スタッフが紅月に見とれている。
「歩道の向こう側から歩いてくる感じでお願いします」
ニケが声を掛けると二人は他愛の無い会話をしながら林道の上を歩いて行った。
「美味しいですねー」
満面の笑みでクレープを頬張っているのはハルトマン。
白い長袖に黒のスカートで、首に茶色のマフラーを巻き黒のハイソックスとスニーカー姿で本人の持っているキュートさが更に際立っている。
更に口に頬張ったクレープがまたキュート。
「お待たせしました」
人通りの少ない古い町並みに迷い込んだ様に見える可愛らしい少女に後ろから声を掛けた女性。
紅葉柄でカジュアル志向の小紋という、着物姿の水上である。
傭兵スタイルの時よりも更に落ち着いて見え、髪を結い上げている事で妖艶さが漂っている。
「おぉ、ヤマトナデシコ‥‥!」
ニケは思わず、シャッターを切っていた。
キュートさと妖艶さはロンドンの古い町並みに上手く溶け込んでいて、予想以上の絵になっていた、とニケは言う。
「はぁ〜い、お待たせ♪ ニケちょ〜ん」
そう言って、カフェで待機中のニケの後ろから現れたのはラウルである。
「随分遅かった‥‥ ですね‥‥」
振り返ったニケは自分が思っていた声の主と振り返った先に居た人間が一致しなかった。
上は、襟無しの白い長袖ブラウスの上にチュニック丈の深い茶色の半袖オフタートルニット。
下は茶でアンティークゴールドのベルト、黒の細プリーツラップロングスカートと黒ショートヒールブーツ。
ニケは目を疑った。
確かに最近のメイクの技術は凄い、それにラウル自身の端正な顔立ちも分かる。
しかし、ここまで変身すると本当は女性なのではないかと疑いたくなったのだ。
「う、ラウルさん、本当に男ですか?」
そう言って、椅子から立ち上がったのは香原だった。
「セ、セクシーですね‥‥だから私の衣装こんなんなんですね‥‥」
香原が衣装スタッフと打ち合わせした時には好みの色を聞かれただけだった。
凄い短い、とだけ言ってその黒いワンピースの裾をイエローオーカーの革ブレスレットを付けた手で確かめる。
ラウルは早速椅子に座り、ティーカップを持ちその魅惑的な脚を組んだ。
ニケは香原にも同じ様な格好をしてもらうように頼み、カメラのシャッターを切った。
「それでは皆さん、お疲れ様でした」
機材の片付けや衣装の回収などを終えたスタッフと、モデルになってくれた傭兵達にニケは労いの言葉を掛けて回る。
「私みたいな普通な人間が居て大丈夫だったんでしょうか?」
水上が少し恐縮したようにニケに言った。
「いえ、ヤマトナデシコを撮る事が出来ました。それだけでも満足です」
「‥‥大和撫子」
後日、創刊された件のファッション誌は飛ぶ様に売れ、ラウルの女装がロンドン中で相当な噂になったそうだ。