●リプレイ本文
セレスタ・レネンティア(
gb1731)は屋敷の庭を見渡す。
少し離れた場所に有る樹上からの視点。
此処からなら問題無くキメラを狙撃する事は可能だ。
「キメラは八体‥‥良く見えます」
スナイパーライフルを片手に無線で仲間に連絡を入れる。
「了解しました」
山崎・恵太郎(
gb1902)がそれに応えると、屋敷の門を睨む。
あの奥にはキメラが蔓延っている。
「それでは行きましょうか」
結城悠璃(
gb6689)はそう言いながら、草叢の陰から躍り出る。
それに続くようにして残りの全員が屋敷に向かって走り始める。
真っ黒な空に一つだけ浮かんだ、満月がそんな彼らの姿を照らしていた。
一瞬だったが、空気がざらついた。
能力者か。
「早いじゃないか‥‥」
「え?」
自分の独り言に目の前の少女はこちらを見た。
いや、実際は見えていないはずだ。
「何でもない」
そう短く答えて、車椅子を押し、今度は足早に廊下を進む。
どうしてこの少女を生かしておくのか。
親はバグア派の人間だったかもしれないが、この子はどうだろうか。
先程の態度からすると違うだろう。
人質に使えると思ったからだ。
「貴女のお名前は?」
「まず自分から名乗るもんじゃないのか?」
確かに、と小さく呟いた後に少女は口を開く。
「私の名前は‥‥」
翠の肥満(
ga2348)が門を蹴破り、屋敷の敷地内に進入する。
突然の侵入者に異形の、骸骨の様なキメラがゆっくりと動き出す。
「‥‥ターゲット確認、これより殲滅する」
梶原 暁彦(
ga5332)は銃口を敵に向け、発砲する。
一体のキメラの腕を吹き飛ばしたが、それでもそのキメラは前に進んでくる。
外見からも想像出来るように脆いのだが、それと同時に痛覚が無いらしい。
しかし、それに臆する事無くレールズ(
ga5293)は玄関へと向かう。
黒い刀を振り下ろし、レールズを迎え撃とうとする骸骨キメラ。
「此処は俺達に任せて、君達は生存者の確認を!」
サルファ(
ga9419)は小気味良い金属音を響かせてその黒刀を篭手で弾く。
セベクを横に振るい、キメラとの距離を取る。
その隙を見て、梶原、サルファ、恵太郎以外の残り四人が玄関へと向かう。
追おうとするキメラだったが、セレスタの狙撃とその場に残った三人に牽制され、それは出来なかった。
「さ、来いよ。 楽にしてやる」
サルファの不敵な言葉に反応したのか、カチカチと歯を鳴らす骸骨キメラ達。
それは怯えではなく、怒りを表すものだという事を恵太郎は感じた。
表情も何も無い、骸骨キメラの全身から強烈な殺気が滲み出していたからだ。
ドアを開け中に入ると、静けさだけがその場を支配していた。
柊 沙雪(
gb4452)は屋敷内の雰囲気に違和感を感じる。
生存者が居たならば物音の一つでもしていいだろう。
「一階には生存者は居ない雰囲気ですね」
レールズもそれを感じ取ったのか、頭を掻く。
「とにかく二班に分かれて動いてみないかい?」
翠の肥満の提案にそれぞれが頷いて、二人一組のペアで行動を開始する。
二班に別れたと言ってもいつでも駆けつけられる距離を保っての行動。
無線もONの状態で外部に残った仲間にも連絡が取れるようになっている。
あくまでも慎重に行動するのだ。
レールズと悠璃が生存者の捜索を開始して数分後の事だ。
小さな物音に注意しながらゆっくりと廊下を歩いている時。
廊下の途中に有る、ドアの前に差し掛かった時だった。
中で何かが倒れる音がした。
レールズは白銀の槍を構え、悠璃は刀に手を掛けドアノブを握る。
無言で頷き合った後、タイミング良く中に進入する。
広い空間、大きなテーブル、そこは食堂だった。
何事も無く侵入に成功した事に拍子抜けした部分も有るが、まだ油断は出来ない。
悠璃はテーブルの陰、自分の死角になっている所を見る。
レールズもそれに倣いテーブルの陰を見ると、先程の音の正体がそこに倒れていた。
黒いスーツの男。
レールズは近付こうとする悠璃を手で制し、無線に向かって言葉を投げかける。
「生存者発見しました‥‥今から確認します」
事前の情報によると今回この屋敷を襲った者の中に強化人間が居たという情報が有ったからだ。
その強化人間が好んで使うキメラの特性を考えての確認なのだ。
「大丈夫ですか?」
少し呻いた後、ゆっくりと起き上がる。
目立った外傷は無い。
「待ってください、貴方のお名前は?」
レールズは警戒を緩めずに聞く。
悠璃も刀に手を掛けたままだ。
しかし、倒れていた男は何も言わずにこちらに近付いてくる。
「もう一度繰り返します‥‥名前を言ってください!」
レールズが槍を構え、男を威圧した瞬間だった。
ほんの刹那に男の両腕がゴムの様に伸び、刃となってレールズと悠璃を襲う。
レールズの肩を掠め、悠璃はそれを刀で受ける。
どちらも間一髪だったが、傷は軽いもので済んだ。
「一筋縄ではいきませんか」
悠璃が呟く。
目の前の男の正体は影キメラ。
悠璃は刀を抜き、影キメラの出方を窺いながらジリジリと前に出て行く。
それに合わせて影キメラがその擬態を解き、体を揺らめかせる。
悠璃の刀の間合いに入った瞬間だった。
影キメラは一気に間合いを詰め腕を鞭の様にしならせて悠璃を打とうとする。
しかし、後方から飛び出してきたレールズの槍がその腕の付け根に風穴を開けた。
腕は細かい砂になって崩れ落ちたが、本体は生きている。
素早く後退し、様子を窺っている。
レールズは攻撃の手を緩める事は無く、追撃の一撃を放つ。
もう片方の腕が落とされ、更に悠璃の斬撃が頭の部分を刎ねる。
最終的にはレールズの突きで蜂の巣にされた影キメラは呆気なく崩れ去ってしまった。
「影キメラが生存者になっている可能性が有る。 気をつけるんだ」
梶原の声が無線から響いたのはその直後だった。
「おっとっと‥‥」
骸骨キメラの攻撃を受けて恵太郎は後退する。
然程強くは無い。
面倒なのは骸骨キメラの持っている黒い刀なのだ。
最初に倒した骸骨キメラの刀が突如、姿を変え恵太郎を襲ってきたのである。
勿論、急襲されたとは言え想定外の出来事ではなかった。
事前情報でその存在を知っていた強化人間、ディゼル。
彼女が好んで使うキメラの内の一つが影キメラなのだ。
焦る事無く、影キメラをゲイルナイフの一撃で迎撃し態勢を整える。
その間にセレスタの狙撃によって影キメラは葬りさられた。
「最悪の状況ですが、切り抜けられないという事は有りません」
セレスタが無線を介して、全員に呼びかける。
そういう事だ。
油断さえしなければ、この場は難なく切り抜けられるのだ。
梶原は銃ではなく、今度はシュナイザーに装備を換えて敵に対峙する。
踏み出すと同時に骸骨キメラが刀で薙ぎ払ってくる。
一瞬、小さく後方に跳びギリギリの所でかわしたつもりだった。
しかし、若干刀が伸びた。
薄くスーツを裂いただけだったが、今のは危なかった。
刀を振り抜き硬直した骸骨キメラに詰め寄り、腰骨を爪で切り裂く。
左から右に払われた右手の爪は更に返され、刀を持っている腕を落とす。
影キメラが姿を変えて襲ってくる前に、サルファがその刀を叩き割る様に大剣を落とす。
後方の骸骨キメラに向き直り、構え、上から縦の斬撃を見舞う。
それは目の前の骸骨キメラの左腕を付け根から奪ったが、同時にサルファは敵の中に飛び込む形となった。
左から刀で斬りつけられるが、それを左手の篭手で弾き、右手の大剣を振るい牽制する。
右からの攻撃に対しては上手く回避行動を取り、距離を空ける。
そして持っている大剣を骸骨キメラの群れの中に投げつける。
骸骨キメラはそれぞれの方向に飛び退く。
「外し‥‥た、とでも思ったか?」
サルファがにやりと笑う。
正面の骸骨キメラの頭蓋には大きな風穴が開く。
左に着地した骸骨キメラは腰骨を境に上と下に分離される。
右の骸骨キメラは吹き飛ばされ、バラバラになって崩れ落ちる。
それぞれ、セレスタ、梶原、恵太郎の攻撃で葬られたのだ。
落とされた刀が姿を変えて人型になる。
残り骸骨キメラが三体、影キメラが五体。
とりあえず、梶原は無線を手に取り屋敷内の仲間に連絡を入れる。
玄関から真っ直ぐ奥に進み、幾つか角を曲がるとすぐに階段を見つける事が出来た。
すいすいと進む翠の肥満は屋敷内の間取りを覚えていたのだ。
音を立てずに、慎重に階段を上る。
逃走した形跡が無いという事は、いつディゼルに遭遇するか分からないのだ。
二階に上がり、廊下を見渡すように確認する。
電気も点いておらず、月明かりに照らされた廊下。
(「異常無し、ですか‥‥」)
沙雪がそう思い、もう一度、今見ている側と逆の方を見て固まる。
廊下の角から黒い影、何者かが歩いてくる。
月明かりに照らされた、その銀髪には見覚えがある。
その深く血の様に紅い瞳には見覚えがある。
「‥‥どうも。 奇遇ですね、こんな所で遭うなんて」
沙雪の言葉で、逆側を向いていた翠の肥満もその存在に気付く。
(「いつの間に‥‥?」)
翠の肥満には全く気配が感じられなかった。
沙雪も視界に入らなければ全く気付かなかっただろう。
翠の肥満はライフルを構え、引き金に手を掛ける。
「見逃してはくれませんよね?」
沙雪の問いかけにディゼルは短く答える。
「さぁな?」
瞬きする暇も無かった。
ディゼルは沙雪の目の前に現れ、片手斧を一閃。
少し反応が遅れていたら、真っ二つだった。
後ろに跳んだ沙雪はその銀髪を揺らし、深紅に染まった瞳でディゼルを睨む。
翠の肥満は即座に引き金を引き、自分達とディゼルの間に弾幕を張る。
「強化人間だ!」
ONになっている無線に叫ぶ。
何やら応答が有ったが、銃声でかき消される。
ディゼルは後ろに跳び、片手でバク転、バク宙をしつつ距離を取る。
ディゼルが着地したと同時に沙雪は先程のディゼルと同様に一気に間合いを詰める。
翠の肥満は上手く沙雪に当てずにディゼルを狙撃し続ける。
ディゼルは左手でナイフを腰のホルダーから抜き、翠の肥満に向かって投げる。
そして、懐に迫っていた沙雪に対し斧を一振り。
翠の肥満も沙雪も攻撃を避けきる。
沙雪は空を切った斧を持つ手首を狙い、二刀小太刀を抜刀する。
「まずい!」
叫んだのは翠の肥満だった。
沙雪の視界はディゼルの黒革の手袋を付けた左掌によって遮られる。
ふわりと体が浮き、次の瞬間衝撃と共に息が出来なくなる。
「‥‥はっ‥‥!?」
空気と血の塊が口から吐き出され、体が硬直する。
沙雪は自分の肋骨が何本も折れる音を聞く。
膝蹴りが沙雪の体に刺さっていたのだ。
ディゼルはそのまま沙雪を壁に叩き付ける。
動かなくなった沙雪を見て翠の肥満は舌打ちをする。
「ちぇっ! キメラ以外に手強いのが居たもんだ!」
翠の肥満は思考を巡らせる。
倒れた沙雪を回収し、ここから離脱する方法を。
その時だった。
階段をレールズと悠璃が駆け上がってきたのだ。
「能力者は毎回毎回‥‥面倒だな‥‥どっから湧いてくる?」
心底面倒そうにディゼルは溜息をつく。
「直ちに武器を捨て投降しなさい‥‥と言ってもしないですよね?」
レールズの言葉にディゼルは片手斧を腰のホルダーにしまう。
「貴女がディゼルさんですか?」
目を細め悠璃はディゼルに問いかける。
過去の報告書を読んだ時に資料の中にたった一枚だけ有った写真の人物だ。
ディゼルは何の反応も示さずに、背を向けようとする。
「エーリッヒさんの‥‥」
悠璃はそこから先を口に出来なかった。
膝から崩れ落ちる。
「見逃してやろうって言ってるんだ」
悠璃の鳩尾に軽く拳を叩き込んだのだ。
一瞬だが、エーリッヒと言う名を聞いてディゼルの感情が表に出た。
悠璃から引き剥がそうとレールズの槍がディゼルを襲う。
瞬時に側面に回り込み、後ろ足で床を蹴り強力な突きを繰り出す。
それをひょいとかわして、ディゼルは今度こそ背を向けて廊下の奥に消えていった。
「あの子供に伝えておけ、またすぐに会えると」
その一言を残して。
何体目かの骸骨キメラを盾で押さえ、ナイフで斬り飛ばす恵太郎。
刀に擬態した、影キメラは梶原の掌底で霧散する。
サルファは左下から右上に斬り上げ骸骨キメラの首を落とす。
刀はその前にセレスタの狙撃、一射、二射で砕ける。
「キメラの殲滅を確認しました」
セレスタが何度目かの移動を終え、隠れながらも屋敷の庭を確認する。
そしてスコープから目を外し、屋敷に向かう。
「それではこれより屋敷内の探索に加わろう」
梶原がそう言いながら屋敷に向かおうとする。
すると無造作に屋敷の玄関が開き、中からディゼルが出てくる。
「あれは‥‥」
無線でその存在を確認した強化人間だろう。
セレスタが狙撃ポイントに戻り、即座にスナイパーライフルを構え、恵太郎と梶原も武器を構え、警戒している。
「藪から出てくるのが蛇ならばまだしも、な」
仲間を制しながらも、サルファも警戒し武器を構えた。
良い心掛けだ、と言わんばかりにディゼルは一瞥する。
そして能力者の間を堂々と通り過ぎて行く。
相手に戦う意思が無い、かつ今回の依頼の優先事項はディゼルには無いのだ。
ディゼルが去った後、面々は梶原の言うように屋敷内の捜索を開始する。
少女が気がつくと、誰かに抱きかかえられているのが分かった。
「御無事で良かったです」
さっきの女性、ディゼルじゃない。
とにかく助かったのだろうか。
ディゼルは何処に行ったのだろうか。
すぐ戻る、と言って何処かに行ってしまった所までは覚えている。
「またすぐ会える、って言ってましたよ」
翠の肥満はディゼルに言われたままに伝える。
そして未開封のフルーツ牛乳を片手にすぐに考え込む。
(「しかし、何故この子は殺されなかったのだろうか?」)
レールズも沙雪に肩を貸しながら同じ事を考えているのだろうか、難しい顔で黙っている。
「一人、生存者を確保した」
梶原の声が無線から響く。
二階は素通りして三階を探索していたらしい。
結局、生存者はこの少女と三階に隠れていたお手伝いの中年の女性が一人のみだった。
少女は両目に巻かれた包帯を撫でる。
その隙間から、凄く細い、一筋の光が見えた様な気がした。
少女の首に巻かれた古びたネックレスには少女の名前が刻まれている。
少女は戦場でジャン・サーフェスに拾われた、孤児。
ネックレスはその時に一緒に拾われた物だという。
少女の名前はレゼル・サーフェス。