●リプレイ本文
「さて‥‥お兄やん頑張っちゃうかな‥‥」
紅月・焔(
gb1386)はその煩悩で濁った‥‥いや、寧ろ煩悩で冴え渡った目を光らせる。
それもガスマスクの所為で見えていないのだが。
その横で最上 憐(
gb0002)が何かを我慢している。
「‥‥ん。演習。演習。ご飯の前に。演習」
カレーでも思い浮かべているのだろうか。
口元に指を当ててボーっとしている。
「エクセレンターの雪待月と申します。本日はよろしくお願いします」
丁寧な挨拶で集まったメンバーに挨拶をする雪待月(
gb5235)。
憐とは逆で彼女は小食らしい。
特に他意は有りませんが。
「雪さんっ」
ティリア=シルフィード(
gb4903)が雪待月を呼ぶ。
ティアさん、と小さく手を振って微笑む雪待月。
見た目こそ似てはいないが、まるで姉妹の様な雰囲気だ。
「白兵戦に特化した小隊か。確かに陸戦では怖い小隊だよな。特にこういう場所なんか」
ランディ・ランドルフ(
gb2675)はそう言いつつ、武装の確認を行っている。
その背中からは自信の様なモノが漂っている。
勿論、油断はしていない様だが。
ピン、と弓の弦の張り具合を確かめ納得した様に頷いたのは、天城・アリス(
gb6830)だ。
腰には弓と同じ様に演習の為に貸し出された刀が下げられている。
「作戦の最終確認お願いします」
アリスが弓を置き、全員に軽く頭を下げる。
そんなアリスの姿を見て、焔は残りの女性陣を眺める。
そして地味にテンションを上げていた。
白昼の倉庫群に異質な音が木霊する。
ランディのAU−KVの駆動音だ。
「バハムート、火気管制、駆動系オールOK」
声に出して一つ一つのシステムの作動を確認しながらランディは進む。
両側に建った倉庫の間をゆっくりと。
明らかに囮、と言う事は誰にでも分かる。
普通だったら、こんなに分かり易い囮に引っ掛かる者は少ないだろう。
が、わざわざ引っ掛かりに来る人間が居た。
「‥‥ん。来る」
無線越しに憐の声が響く。
「うおぉぉぉ!!! 見敵滅殺!!!」
ランディの視界が一瞬暗くなる。
頭上からの攻撃、高所から飛び降りての踵落としだ。
ランディは憐の無線での連絡も有ってか、その奇襲に上手く反応し、盾を頭上に向けて構える。
ズドン、という嫌に重い音が響く。
盾とバハムートの上からでも伝わる衝撃は、生半可な物ではない。
踵落としの主、鳴は盾を足場代わりに器用にバク宙の要領で跳ぶ。
流れる黒髪の鳴の目はいたって冷静だ。
声の主は別に居た。
鳴の下を低い姿勢のまま駆け抜けてきたのはリュミエールだった。
突撃槍はランディの左胸の位置に的確に突き出される。
しかし、間一髪でランディは後方へと高速で大きく跳ぶ。
更に追撃を許すまいと銃を抜き放ち、牽制を試みる。
ランディだけではない、焔も遠距離からライフルのトリガーを引く。
舌打ちをしながらリュミエールは左へ、鳴は右へと跳ぶ。
建物と建物の間の路地に入り、そのまま出て来なくなってしまった。
「ランディさんはそのままA5ブロックに向かってください」
雪待月は倉庫の屋根の上を移動しながら、軍用の双眼鏡を覗く。
その指示通りにランディは左の通路に入っていく。
その移動の音に釣られてリュミエールは移動を開始する。
そして鳴も動き出そうとするが、すぐに動きを止める。
路地から出ようとすると焔のライフルに狙い撃ちにされてしまうのだ。
リュミエールは振り向き、何かサインの様な物を送る。
(「一人で全員叩き潰すつもりでやる、お前もそのつもりでやれ」)
「あたし一人で出来るもんっ、あなたも頑張ってね☆ですか」
何故か、可愛く解釈する鳴だった。
「囮の姿、目標の姿、共に確認できました」
ティリアが二刀小太刀を抜き、物陰から機を窺う。
リュミエールが四方を倉庫に囲まれた四角い区画に出てくる。
ダンボールや、何かの荷物が積まれている区画だ。
ランディは唐突に振り返る。
「ほう‥‥良い度胸だっ!」
リュミエールは勢いそのままに突貫。
演習用の突撃槍なのにも関わらず、空気を裂く様な音を立ててランディを貫かんとする。
そうはさせまいと、ティリアがリュミエールの背後に一気に躍り出る。
そして、斬線を斜め十字に交差させ斬る。
確実に背後を取り、その斬撃は届くと思われた。
「「甘ぇんだよっ!」」
リュミエールの背後のティリア、の更に背後。
霞と雫がそれぞれ、斬撃を放つ。
「‥‥っ!」
それを何とか回避しながら、ティリアは叫ぶ。
「雪さん!」
物陰からゴム弾が高速で射出される。
追いついてきた、雪待月だ。
そのゴム弾はリュミエールの突撃槍の腹に着弾し、その勢いを殺す事に成功する。
ランディは、その威力の死んだ突撃を盾で防ぐと、銃を構える。
銃口を避ける様にリュミエールと霞、雫は分散する。
「「ちっ‥‥隠れてないで出てきやがれ! すぐにお寝んねさせてやるからよ!」」
可愛らしい外見からは想像出来ない、乱暴な口調。
彼女ら、二人の覚醒による変化だ。
その様子を見ていた、ティリアが一言。
「君達みたいな弱い相手に姿なんか見せる必要は無いんじゃないかな?」
「「あぁん!?」」
霞と雫の武器は小太刀だが、その小柄さ故に殆ど普通の人の持つ刀くらいの長さに見える。
その得物を引き摺り、火花を散らせながらティリアに接近してくる。
上手く引っ掛かった、とティリアは動き出す。
リュミエールから霞と雫を引き離しにかかったのだった。
「霞、雫! 馬鹿者、罠だ‥‥っ!!」
リュミエールが叫ぶと同時に矢が足元に刺さる。
後ろに下がりながら、矢の発射場所を探す。
しかし、既にそこに人影は無い。
矢を撃ったのは、アリス。
しかし、撃った後はすぐさま移動を開始していたのだった。
(「囲まれている‥‥旗色が悪いか」)
霞と雫はティリアに挑発されて、熱くなってしまっている。
フレアーとベルフラウ、鳴の姿も未だに到着する気配は無い。
鳴は何処かで足止めを喰らっているのだろう。
などと一瞬だけだが、リュミエールは余計な思考に陥った。
哀しい音色が聞える。
いつの間にか目の前に姿を現した憐は、鋭く鎌を振り抜く。
演習用に殺傷能力を無くした大鎌。
その不意を衝いた一撃を鼻先を掠めながらも、かわす。
憐は切り返し、もう一撃加え様とする。
リュミエールは右足で、後ろではなく、前へと地面を踏み抜く勢いで地面を蹴る。
鎌の刃の間合いの内側へと入りつつ、そのまま突撃槍で憐を沈め様としたのだ。
が、相手は憐だけではない。
ランディの銃撃がリュミエールの左太股にクリーンヒットする。
足が硬直し、次の一歩が踏み出せない。
「‥‥ん。これで。終わり」
切り返された鎌がリュミエールの胴体を薙ぐ。
槍を間に挟み、何とか致命傷となる攻撃を防いだがそれまでだった。
首元前方にアリスの刀、後方に雪待月の刀が当てられる。
「‥‥すまん、キリマンジャロに登るのはどうやら私の様だな」
リュミエールは無線のスイッチを入れながら呟く。
小隊の隊長を一番最初に落とした。
その事でエクラデエスの勢いが落ちる。
そう思われた。
長方形の鉄板に柄を付けただけの演習用の大剣。
それがベルフラウの振るう得物だ。
焔はライフルから十手刀に持ち替え、ベルフラウの足止めを行っていた。
ベルフラウと焔の揺れる赤い髪、お互いを睨む赤い視線。
勿論、焔は同じ揺れるでもベルフラウの髪ではなく胸に釘付けだったのだが。
この観賞会を長く続けたい、その一心でベルフラウの足止めを行っていたのだ。
恐るべし、この男の煩悩の力。
そこに桜と黒が割り込んでくる。
「こんっちくしょー!」
フレアーはレイピアを全力で突き出す。
焔はそれを受け流すが、予想以上の威力によろめいてしまう。
しかし、そんな事はどうでも良くて。
受け流した事により、そのままの勢いで密着してきたフレアーの存在の方が重要だ。
焔にとっては、の話だが。
「鳴さん」
「失礼します」
フレアーは密着しながら、焔を押す。
更に後ろに現れた鳴は焔を羽交い絞めにする。
「着痩せするタイプか‥‥」
謎の一言を吐き、十手刀を逆手に持ち後方を突く。
「ぐ‥‥!」
くの字に体を折り、腕の力が緩む鳴。
確かに、女性陣の観賞が主な目的だった訳だが、敵の奇襲に備えていなかった訳ではない。
そのまま、前方に転がる様にフレアーと鳴の間を横に擦り抜ける。
三対一の劣勢の中、焔は上手くやっていた方だった。
しかし、それも限界に近付いていた。
フレアーが体勢を立て直し、追撃を試みた瞬間だった。
フレアーの体に矢と銃弾が突き刺さる。
「!?」
目の前の敵に集中しすぎていた。
そう思い、何とか足を踏ん張り踏み止まる。
刹那、桜は大鎌によって刈り取られる羽目になる。
「‥‥ん。 二人目」
「残り四人ですね」
「作戦は順調だ、このままの調子で行こう」
「霞さんと雫さんは私とティアさんが引き付けておきますので」
無線が飛び交う。
焔は何とか命拾いをした様だった。
「隊長さんには退場してもらったよ」
ランディが鳴とベルフラウに告げる。
フレアーは目を回して、動かない。
それと同じ様に二人には特別何の反応も無い。
「そうですか」
と、鳴が言っただけだった。
次の瞬間にはベルフラウの強力無比な一撃がランディを襲う。
後方に飛び退きながらその攻撃をかわしたランディだったが、流石に鳴の追撃には反応し切れなかったらしい。
腹に彼女の全力の正拳突きが叩き込まれる。
AU−KVごと体が少し浮く。
油断した訳ではなく、移動先を読まれ、そこを狙われ、完全に後手に回っただけだった。
しかし、それは鳴にも言える事だった。
アリスが刀を抜き、斬撃を浴びせる。
金の瞳は確実に鳴の動きを捉え、斬線真っ直ぐに刀身は鳴の体に食い込む。
「‥‥後は、任せました‥‥ベルフラウさん‥‥」
鳴は痛みに顔を歪めながらその場に倒れこむ。
残りはベルフラウ、ティリアと雪待月が引き付けている霞と雫の三人だ。
半分になり、隊長も居ない。
それは明らかな劣勢だった。
が、ベルフラウは笑った。
今まで無表情だった彼女が笑ったのだった。
そして、異常なまでの殺気を放つ。
空気が変わる。
リュミエールが最初に倒れても、誰も焦らなかった理由。
それがベルフラウに有ったのだった。
覚醒の為に赤く発光していた瞳が、更に強烈な光を放つ。
「エクラデエス最強は私ではない‥‥ベルフラウ・ジークフリードこそが真の最強だ」
誰に聞かれた訳でもなく、休憩所で一人、リュミエールは呟く。
最強が必ずしも隊長の座に就く訳ではない。
ベルフラウは確かに強いが些かコミュニケーション能力に問題が有った。
「それに一番の問題は‥‥」
ベルフラウがどうしようもない程の戦闘狂だったからだ。
ランディが苛烈な攻撃を加える。
当たってはいるのだが、全て決定打にはならない。
急所を上手く外されているのだ。
憐が鎌を一閃。
それに合わせ、ベルフラウも大剣を横に払う。
互いに武器が弾かれて、後方に押し込まれる。
此処で問題なのは、ベルフラウの利き手は右手だという事。
今、彼女は左手で大剣を振り、憐は両手で大鎌を振り抜いた。
ベルフラウは自分を追い込み、逆境を楽しんでいたのだ。
そこへ背後から焔が十手刀で肉薄してくる。
振り向きざまに大剣を一閃するが、焔はそれをかわし、再度攻撃を加える。
わき腹を掠め、ベルフラウの動きを止める。
ランディが銃を使い、ベルフラウを更にその場に張り付ける。
アリスが刀から弓に持ち替え、弓を引く。
キリキリと弦を引き、一気に離す。
矢を叩き落そうと大剣を振りかぶったベルフラウだったが、それは叶わなかった。
憐の大鎌が再度ベルフラウを襲う。
その場に張り付けられ、矢に気を取られていたベルフラウの腹部に大鎌がめり込む。
無言でその場に崩れ落ちる、ベルフラウ。
更に、その左肩にアリスの放った矢が命中する。
ベルフラウはそれでも立ち上がろうとする。
「ベルフラウ、実戦ならば既に戦えない体になっているぞ」
耳に付けた小型の無線からリュミエールの声が聞える。
狂気の笑いを浮かべたベルフラウの表情がみるみる内に無表情になる。
そして何かを考えた後に胸の谷間から白いを布を取り出す。
白旗、という事らしかった。
「「おぉい! いつまで逃げてんだよ! 正々堂々と勝負したらどうなんだ?」」
適当に戦闘をこなしつつ、逃げる様に動くティリアに苛立ちを覚える霞と雫。
その動きも作戦の内だとも知らず。
「ティアさん」
雪待月が霞と雫を牽制しながら頷く。
ティリアもそれを見て頷く。
予定の場所だ。
荷物でごちゃごちゃしている場所。
ティリアが今までの動きと一転。
双子の片割れ、霞に攻撃を加える。
鍔迫り合いの形になり、そのまま一気に押し切る。
そして、雪待月が荷物の棚を銃で撃つ。
すると、上手い具合にティリアと雪待月と霞の三人と雫の間に荷物が倒れてくる。
分断。
簡易的だが、そういう状況を作ったのだ。
そこからは早かった。
ティリアは雪待月のサポートを受けながら二刀で次々と攻撃を加える。
赤と青の陽炎が揺らめく。
霞は舌打ちをしながら、凌いでいたが、やがて無理が出始める。
右腕、左腕、右腿、左腿と四肢にダメージを与え、痛みで集中力を削いでいく。
ティリアが攻撃を受けそうになると雪待月の銃が火を噴き、霞を動けなくする。
そして、その内に霞はその場にへたり込んでしまった。
疲労がピークに達した様だった。
頭の先に二刀を突きつけ、ティリア、雪待月の二人は霞を何とか降参にまで追い込んだのだった。
一方の雫は動けないでいた。
何故なら、ベルフラウ達を倒した残りの四人が武器を突きつけていたからだった。
「‥‥ん。終わった。お腹空いた」
憐は鳴が何処からか持ってきた山盛りのカレーを頬張る。
大量に有るが、彼女の食いっぷりからするとすぐになくなるのは明らかだった。
「素敵な演習でした。 お姉様方の様な人達と戦えて良かったです」
AU−KVを脱いで、ランディは挨拶をする。
「お姉様は止めてくれないか? そんな感じじゃないだろう」
リュミエールは苦笑して小隊の面々を見回す。
黒く、動き易さを重視した隊服を着込んでいる彼女達。
お姉様と言うより部活の先輩と言った方が正しい感じだ。
「しかし、良い経験をさせてもらった。 ありがとう」
「いえ、こちらこそ良い経験になりました」
リュミエールの言葉に雪待月が頭を下げる。
お互いにとって良い経験になったのだろう。
爽やかな雰囲気が流れる中、焔の手にはベルフラウの胸の谷間から出てきた白い布が握られていた。
最後まで、煩悩に塗れた男だった。