●リプレイ本文
うーん、と唸って翡焔・東雲(
gb2615)は身体を起こす。
外が騒がしい気がする。
こんな時間に、何か有ったのだろうか?
「任務が終わってゆっくり出来ると思ったら‥‥これだ」
窓の外を見ると、パトカーが走っていくのが見える。
こんな夜中に?
翡焔は溜息をつきながら、念の為に着替え始めるのだった。
そう言えば、他の傭兵もこのホテルに泊まってたな、などと思いながら。
怪我を負ってはいるが、じっとしていられない。
幾つもの悲鳴とサイレンの音を聞きつけたロジー・ビィ(
ga1031)の正直な気持ちだった。
そして自分が此処に居て、更には無理をしてまで出てきて良かったとも思う。
「連続殺人事件、ですか?」
はいっ、と敬礼をしながら小さな街の警官は答える。
「目撃者が居るなら、少しでも情報が有るだろうと思ってな‥‥キメラだそうだ」
引っ張って来て良かったと、腕を組み舌打ちをする月城 紗夜(
gb6417)。
流石ですっ、と警官はもう一度敬礼する。
「バグアの襲撃ですか」
別件で疲れていると言うのに。
ミンティア・タブレット(
ga6672)は溜息をつく。
事態はあまり芳しくない。
が、それでも自分達が居る。
それがどういう事なのか。
「それじゃ、私は北部へ向かってみます」
瓜生 巴(
ga5119)は通りの向こう側を指差しながら歩き出す。
「私達はこっちから行きましょうか」
ミンティアは瓜生とは逆方向に向かって歩き出す。
それに倣う様にロジーも歩き出す。
「公僕、出来るだけポリ車を出しておくんだな」
紗夜は警官にそう言うと天宮(
gb4665)の方に向き直る。
行くぞ、という合図らしい。
「えぇ、分かっています」
温和な口調で応えた天宮の声は、AU−KVの駆動音が響く中でもはっきりと聞こえた。
紗夜はその言葉に頷き、天宮を引き連れて巡回に出る。
「俺達もキメラ退治頑張るから、一緒に頑張りましょうねっ」
平野 等(
gb4090)は敬礼をして、能力者達の出発を見送っている警官に声をかける。
そして、すぐさまロジーとミンティアの後を追い走り出して行く。
紅蓮(
gb9407)は落ち着いた様子で辺りを見回す。
こういった緊急の任務は前に一度経験していたらしく、変に焦る事は無かったようだ。
しかし、気がかりな事が無い訳ではない。
人型のキメラと同時に目撃された黒髪の少年の事だ。
話せるものなら、話したい。
そして、聞いてみたい。
人を殺す理由を。
そんな事を聞いても無駄だろう。
そう思った、紅蓮が天を仰いだ瞬間だった。
ソレは建物の屋根の上から降ってきた。
「随分なお出ましだな」
後から追ってきた翡焔は、軽口を叩きながらも照明弾を空に向かって撃つ。
その光の中、地面に静かに降り立った影はニヤリと笑う。
紺色の中華服を着た、そのキメラの額には奇妙な御札が貼られている。
キョンシー風のキメラは血塗れの手刀を構え、ジリジリと三人に迫る。
その姿を見て、瓜生は光の漏れ出す手でエネルギーガンを抜く。
街中なので通じるかどうかは置いといて。
「瓜生です。 キメラと交戦開始、数は――」
三、とだけ伝えてエネルギーガンの引鉄を引く。
紅蓮もそれに合わせて機械本を開き、叫ぶ。
「ダンタリオンッ!」
キョンシーはそれらの攻撃の直撃を喰らうが、怯む様子など微塵も見せずに迫ってくる。
「キョンシーって御札貼ったら動かなくな‥‥つか、逆に速ぇー!?」
翡焔は二刀で手刀を受け流しながら、声を上げる。
キョンシーの胴に前蹴りを入れ、自分も後退し、距離を取る。
後退させられたキョンシーの後ろから、もう二体のキョンシーが飛び出てくる。
が、瓜生がエネルギーガンを使い、上手くその二体の勢いを殺す。
「体力だけは無駄に有りそうですね」
瓜生は呆れながらも、立ち上がるキョンシーにもう一度攻撃を加える。
照明弾が街の空を照らし出す。
続いて、無線から途切れ途切れに瓜生の声が聞こえる。
「三、と言っていたな」
巡回中、街の東部に戻ってきた紗夜は照明弾の上がった方向を見る。
あちらは街の北部。
「どうやら、あちら側だけではないようです」
天宮は冥府の鎌を構える。
一つの影が猛スピードで二人の間に割って入る。
「油断なぞ無いっ!」
紗夜が蛍火を抜き打ち、影の、キョンシーの首を刎ねようとする。
その斬線を下から手刀を振り上げてずらし、キョンシーはその場に屈み込む。
そこへ脳天目掛けて天宮が鎌を振り下ろす。
ざっくりと肩口を切り裂かれたキョンシーはそのまま跳ねる様に後退する。
しかし、未だ倒れるといった気配は無い。
「ふん、まぁいい‥‥敵は駆逐するだけだ」
紗夜は跳ぶ。
そして、蛍火でキョンシーの放った手刀に因る一撃をいなす。
いなされた手刀は地面に突き刺さり、盛大に罅を入れる。
そんな事はお構い無しに、紗夜は初蝶で斬り込む。
「ちっ」
紗夜が舌打ちをすると共に、地面に突き刺さっていた手刀が勢い良く振り上げられる。
それは直撃はせず、AU−KVの装甲の表面を少しばかり裂いただけだった。
追撃が来る前に、天宮のライフルから放たれた銃弾がキメラの動きを少しばかり止めていたのだ。
確かに強敵だが、二人が連携すれば勝てない相手ではなかった。
「これはこれは、能力者の方達でしょうか?」
それは相手がキメラだけだったらの話だったのだが。
「少年、ですか‥‥」
天宮はふと警官の言っていた情報とやらを思いだす。
声のした方を見ると、黒服で黒髪、黒目の少年が嫌に優しげに微笑みながら佇んでいた。
等のイアリスがキョンシーの腕を斬り飛ばす。
ミンティアがエネルギーガンに因る知覚攻撃を見舞う。
そうして漸く、キョンシーは動かなくなった。
「いやー、二人が居て良かったぁ! でも、弱点とか有ったらもっと楽だったんだろうなぁ」
「確かこのキメラ、昔流行ったゾンビの類。 映画か何かで見たわ。 弱点は血とか、尿とか‥‥」
弱点までは再現して無いわよね、とミンティアはこめかみを押さえる。
ですよね、と笑いながら等はイアリスを構え直す。
「次から次へと」
ロジーは傷口を押さえながらもエネルギーガンの引金を引く。
銃口の先に居た、二体のキョンシーは左右に跳び、建物の壁を伝い、此方に向かって来る。
「っと、危ない」
等がミンティアの前に立ち、キョンシーの蹴りを受ける。
その衝撃に耐えながらも何とか反撃の一刀を浴びせるが、やはりダメージを与えている実感が湧かない。
その分、少し精神的に苦しいのかもしれない。
一体倒すのに、結構時間が掛かっている事も有るのだろう。
ロジーと等、ミンティアさえも焦り始めていた。
「ははっ、こりゃー拙いや」
等は右上から左下へと斬線を描きながら、またも笑う。
「分かり易い弱点が有れば楽になるんですけど」
「弱点、ですか」
血と尿の他の弱点はないか、ミンティアはエネルギーガンを乱射しつつ思考を巡らせる。
翡焔の二刀がキョンシーの首と胴体を斬り離す。
何とか、二体目のキョンシーを倒した翡焔は息を整えながら振り向く。
「こっちも何とかって感じだな」
紅蓮は疲れた顔で頬を掻く。
その後ろには紅蓮と瓜生の知覚攻撃を四肢が動かなくなるまで受け続けたキョンシーが倒れている。
翡焔はやれやれ、と嘆息しながらもそのキョンシーの首を斬ってやる。
三体のキョンシーは何とか倒した。
未だ居るのか、どうなのか。
「あっち行ってみる?」
二刀をしまい、翡焔は通りの奥を見る。
「だな、脅威は全部潰しておきたいしな」
紅蓮は機械本を閉じ、頭を掻きながらも歩き出す。
瓜生も野球帽を被り直し、歩き出そうとする。
「まぁ、そんな必要無かったみたいだな」
「ですね」
通りの奥、丁度突き当たりに建っている建物の屋根の上。
三つの影が月の光を浴び、此方の様子を窺う様に立っている。
またキョンシーだ。
しかも一般人と思われる人間の死体を軽々担いでいる。
紅蓮は嫌なモノが込上げて来る様な気分を覚える。
「これがキメラ‥‥か‥‥」
紅蓮は分かりきった事を言う。
それでも改めて実感する。
キメラは根本から人類の敵なのだ、と。
キョンシーは高速で跳び、高速で迫ってくる。
それを迎撃する様に瓜生がエネルギーガンで先頭の一体を狙い撃つ。
紅蓮は更に押し込む様に同じ目標に攻撃を集中させる。
「あたしらをあんまなめんなよ!」
翡焔は動きの止まった一体をすり抜ける様にキメラに対して左横に回る。
そして首、左腕、腿を切り裂く。
深く入ったが、やはりそれでも倒れる気配は無い。
瓜生が追い討ちを掛け続けて、それでやっと倒れた。
残り二体。
「残りは貴様だけだが?」
紗夜は刀に付いた血の様な物を払い、少年を睨む。
「えぇ」
嫌に落ち着いている奴だ、そう思いながら警戒は解かない。
「流石、能力者の皆さんと言った所でしょうか‥‥どうやら、僕をこの罪から救ってくれそうです」
「どういう事でしょうか?」
天宮が罪という言葉に引っ掛かりを感じて、少年に問う。
「絶望して死ぬ、それが人として生まれた存在の、僕の贖罪になるからですよ」
歪んでいる、などと言うレベルでは無い。
少年はそれでも微笑を絶やさない。
「‥‥死が」
天宮は顔を顰める。
普段温和な性格の彼からは想像出来ないほど低い声が響く。
「死が償いになるものか」
天宮の背中の黒い14枚の羽が揺れる。
「理解できなくても大丈夫ですよ、救いは必ず有ります」
少年は優しい目で天宮と紗夜を見る。
「罪など惰弱が生み出した幻想だ、贖いなど有りはしない‥‥甘ったれるな」
蛍火が月光を薄く反射する。
その輝きに照らされた紗夜の瞳は真っ直ぐに少年を睨みつけている。
「無駄話はここまでにしましょう」
息を大きく吐いた少年は手に持っていた刀を抜く。
そして鞘を投げ捨て、呟く。
「ドウシヨウモナイホド、ゼツボウサセテクダサイネ?」
ロジーは地面に片膝をついて、咽る。
「ロジーさんっ!?」
等がキョンシーを押し込み、振り返らずにロジーに声をかける。
「そろそろ限界ですかしら‥‥」
時間を掛け過ぎたか、そもそも重傷を負った身体で戦うのには無理が有った。
「一体倒せたんだから、あと少し!」
等はキョンシーの突きを寸での所でかわし、キョンシーを蹴り上げる。
ロジーだけではない。
連携しながら、補い合いながら戦っていたとは言え、等やミンティアの体力も無尽蔵ではない。
傷や疲れは彼らの体力を確実に奪っていた。
「弱点、弱点‥‥血や尿以外の弱点‥‥分かり易い特徴と言えば‥‥」
ミンティアはキョンシーを一体倒した事でほんの少しだけ考えに余裕が出た。
キョンシーの分かり易い特徴と言えば、顔面に張り付いている御札。
「まさか」
ミンティアは等を襲っている一体にエネルギーガンを乱射する。
その動きが止まったと同時に叫ぶ。
「御札!」
へ、と等はへらりと小さく笑い何も考えずにキョンシーの御札を切り裂く。
それは明らかな異変だった。
キョンシーがピクリとも動かなくなったのだ。
「そのまさかでしたわね」
ロジーが歯を食いしばりながらも立ち上がる。
動く敵の顔面を狙う事はかなり難易度の高い芸当ではあるが、動きの鈍った敵ならどうだろうか。
高速で動き回る、残りの一体に攻撃を集中させる。
キョンシーの右脚はボロボロになってしまっているが、未だ動き回れる様だ。
「弱点が分かっても元気が良いのは変わらないのかー」
等は苦笑しながらも、間合いを詰める。
「なら、一気に押し込んでしまえば良いですわ!」
ロジーは引鉄を引き、キョンシーを攻撃する。
しかし、それはあっさりとかわされてしまう。
「押し込む、ですか」
キョンシーが着地した先に、ミンティアが攻撃を加える。
一歩、二歩と後退し、キョンシーは壁際まで追い詰められる。
キョンシーが前に進もうとした瞬間だった。
「俺は男だからね!」
ギリギリ限界まで高められた瞬発力の成せる業だった。
等はキョンシーが踏み出す前にイアリスを斬り上げる。
顔面ごと御札を真っ二つにされたキョンシーは沈黙する。
「へへっ」
得意気に笑い、ロジーとミンティアに駆け寄る等だった。
「御札ぁ!?」
翡焔は手刀をギリギリで受け止めながら声を上げる。
腰に下げた無線からはノイズ混じりにミンティアの声がする。
「逆じゃ‥‥ねーの、っとぉ」
手刀を払い、距離を取る。
「検証はされているみたいですし、やってみましょう」
瓜生は盾でキョンシーを弾き飛ばし、エネルギーガンの照準をキョンシーの足元に合わせる。
「片付けは早い方が良いだろう?」
紅蓮が機械本を開き、何やら呟く。
「助かる!」
「ありがとうございます」
まずは一体。
瓜生は集中して一体に攻撃を加え続ける。
「俺のフォローにも限界が有るからな!」
その間、もう一体の方は紅蓮が牽制する。
瓜生の攻撃を受け続け、キョンシーは少しずつ動きが鈍くなっていく。
それでもまだまだ手強い状態ではあるのだが、翡焔は躊躇無しに飛び込んでいく。
そして、手刀を受け、空いたもう一刀で御札を切り払う。
「どうやら、本当みたいですね」
難しい事では有るが、分かり易い弱点だった。
「よし、それじゃ、こっちもさっさとやっちまうか」
紅蓮は自身の力を強化しながら、マフラーのずれを直す。
「貴方は分かってるのですか? 死んで償うというのは罪からの単なる逃避です」
天宮は大鎌を振るう。
「それでは原罪はどうやって償うのですか?」
生まれた事が罪だというのに。
少年は盲目的なその考えを改める様子は無いようだった。
紗夜が刀で斬り掛かろうとも、天宮が大鎌で斬り掛かろうとも、少年は表情を崩さない。
微笑んだまま。
正攻法では勝てないと踏んだ、天宮は一つの策に打って出る。
深手を負ったフリをして一度、戦線から離れ、奇襲をかけるというものだった。
考えている暇は無かった。
天宮は細心の注意を払いながら、間合いを詰め、大鎌を大きく横に薙いだ――
相手が悪かったとしか言い様が無い。
第三者の紗夜でも追い切れなかった。
いや、正しくは少年が納刀する所までは見えた。
その後だ。
何がどうなったのかも分からず、少年の前に天宮は倒れる形となる。
「全力を出すとこれですか‥‥失望ではなく、絶望したかったのですけどね」
そこで初めて少年の表情が変わる。
子供ががっかりしたような表情。
「貴方達は僕とは違う考えを持っている様ですし」
少年はその場を去りながら、こう残す。
「僕が手も足も出ないくらい強くなってもう一度僕と戦ってくれる事を願いますよ」
仲間を放って置ける筈もなく。
一人で勝てる相手でもなく。
紗夜は天宮を抱えながら、その背中を見送るしか出来なかった。
街にキメラが居ない事を確認した仲間が戻ってきたのは、それから少し後だった。