タイトル:【Pr】calmマスター:東雲 ホメル

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/05/03 15:18

●オープニング本文


 ――フィオナ・コール ○○大学

  ――該当するデータは見つかりませんでした

 ――フィオナ・コール シリアルキラー

  ――該当するデータは見つかりませんでした

 ――フィオナ・コール ネスカート・キリサメ

  ――該当するデータは見つかりませんでした



「実に恐ろしきは財力、と言ったところか‥‥エーリッヒ・オーウェン」
 何処のデータベースにアクセス(強引なものも含め)し、検索しても欲しい情報は見つからなかった。
 完全にこの世から消された、という事だ。
 フィオナ・コールとしての自分は最早存在しない。
 今、こうして此処に居るのはネスカート・キリサメとしての自分だ。
 その事について特に不満は感じていない。
「まぁ、私の与り知らない所で物事が動いていたのは気に入らないが」
 それもこれも例の「約束」の為だと考えれば、エーリッヒの取った行動は利口だったと思う。
 大事な約束。
 どうして大事なのかは――忘れた訳ではない。
 元から分からないのだ。
「さて‥‥既に此処に用は無いな」
 椅子の背に掛けた白いコートを羽織り、立ち上がる。
 そして、のろのろと偶然見つけたネットカフェを出る。
「風が、強いな」
 春だからだろうか。

「マソウ、ですか?」
「魔剣とか何とかってよく言うだろう? それの親戚みたいなもんさ」
 ネスカートに刀の稽古をつけながら、ライカは言う。
「あぁ、魔の槍でマソウですね。 理解しました」
 高速の突きの軌道を木刀の腹を使って僅かにずらしながらネスカートは頷く。
「そうさ、その魔槍型のキメラってのが出たらしくてな、興味湧いて依頼受けたんだけど――」
「何かのっぴきならない用事が出来てしまって、私に代わりに行って欲しいと」
 話が早いさ〜、などと気の抜けた言葉と裏腹に激烈な打ち込みが飛んでくる。
 ネスカートは木刀を弾かれ、喉元に切っ先を突きつけられる。
「駄目か?」
「良いですよ」
「そうか、駄目か――って、良いんか」
 意外そうな顔をするライカに向かってネスカートは淡々と続ける。
「どうしてその様な顔をするのですか? 頼んできたのは貴方の方でしょう」
 そりゃそうだ、とライカは切っ先を外し、木刀で自分の肩を軽く叩く。
「とにかく助かったさ。 任務の詳細は後で流しておくから、すぐ準備するさ」
 のらりくらりとライカは歩き始める。
 その後姿と自分の腕時計を見て、ネスカートは一つ分かった事が有った。
「任務の出発は今夜ですか」
「せぇーかぁーい」

 ライカ・クモガスミの頼みを聞いて少しだけ後悔している。
 一通り準備を終え、ライカから送られてきた任務の詳細を確認している時だった。
「ハンドラー製薬‥‥」
 今回の作戦場所だ。
 正確に言えば、ハンドラー製薬の保有する倉庫群が作戦場所。
 其処にどこからか迷い込んだ、魔槍型キメラが陣取ってしまって困っているというのだった。
 それは、製薬会社の人間からすれば迷惑この上ない事だが、個人的にはどうでも良かった。
 問題は、製薬会社の名称。
「エーリッヒ・オーウェンの会社の傘下だったな‥‥」
 運命論者になりたくなる。
「‥‥しかし、風が止んだな」

●参加者一覧

御影・朔夜(ga0240
17歳・♂・JG
須佐 武流(ga1461
20歳・♂・PN
シャーリィ・アッシュ(gb1884
21歳・♀・HD
ジャン・ブランディ(gb5445
35歳・♂・FT
愛梨(gb5765
16歳・♀・HD
結城悠璃(gb6689
20歳・♂・PN

●リプレイ本文

 嘘、の様だった。
 前日まで激しく吹き荒れていた風は、今ではほぼ無風。
 小さな木の葉も揺らす事は無かった。
 倉庫群の一角。
 目的は不明――
 迷い込んだだけかもしれない。
 そうではないかもしれない。
 五つの影が佇んでいた。
 特に何をするでもなく、唯、ひっそりと。
「魔槍型キメラ‥‥どういう動きをしてるんだ? というか、まず生物なのか?」
 須佐 武流(ga1461)は声を潜め、誰にともなく聞く。
 遠めから見ても、どうにも生物には見えないらしい。
「キメラと言うからには生物でしょう」
 ポツリと答えたのはネスカート。
 双眼鏡から目を外し、一つ。
「『起きている』のは三体です」
 三体ねぇ、とブランディ(gb5445)は顎を擦る。
「どうするよ、大将?」
「‥‥魔槍、か。 さて、どれ程のモノか見せてもらおう」
 大将と呼ばれた人物は、指先から放たれる黒炎で咥えた煙草に火を点ける。
 そんな御影・朔夜(ga0240)の言葉を聞いて、各々が頷き合う。
 次の機会を待つには、時間が惜しい。
 そう考えるや否や、跳ぶ。
 倉庫の屋根から魔槍型キメラが陣取っている場所の付近。
 結城悠璃(gb6689)、走る。


 数十分前。
「よぉ、嬢ちゃん。 元気にしてたか?」
 ブランディが声を掛けると、ネスカートは無表情のまま右脇腹を擦り、答える。
「えぇ、お陰さまで‥‥お嫁に行けるかどうか怪しい傷跡が残りましたが」
 元からか、などと付け加え、自身の左肩口から右脇腹にかけて一直線に指でなぞる。
 ネスカートにしては珍しく、ブラックジョークを飛ばした。
(「何か‥‥なんとなくだけど、雰囲気変わった?」)
 悠璃は首を傾げながらも、ネスカートの様子を窺う。
「槍のキメラねぇ‥‥私は薙刀だから、槍対薙刀って訳ねっ」
 豪快に笑うブランディの横、愛梨(gb5765)は拳を握り締める。
「やってやろうじゃないの!」
 その拳を高く突き上げ、自身の得物を手に取り、気合を入れる。
 それとは対照的にシャーリィ・アッシュ(gb1884)は呟く。
「しかし、纏まった数のキメラを偶然発見する、というのは考え難いですし――」
 顎に当てていた指を外し、顔を上げる。
「誰かに与えられた、と考えるのが妥当に思えますね」
 尤もな考えだった。
 群れるのであれば、もっと多くの数であろう。
 かと言って、逸れたにしては不自然な数である。
「取り敢えず、打ち合わせ通りで行くか?」
 須佐が確認する様に声を上げる。
「えぇ、タイミングについてはお願いします」
 シャーリィは頷きながら、そう答え、自身のAU−KVをその身に纏う。
 どういう訳か、魔槍型のキメラを持っている人間は睡眠が『必要』らしい。
 ハンドラー製薬の敷地に侵入してから、交替制で定期的に睡眠を取っている。
 これを利用しない手は無いのだ。
「それじゃ、頼むよっ」
 愛梨もシャーリィと同じ様にAU−KVを装着する。
 そして、エンジンに火を点ける。
 強襲と奇襲、二手に分かれての今作戦だった。


 妙な話、無風状態の中で見張りをしていた魔槍の担い手は微かな風を感じる。
 ほんの一瞬、刹那の刻。
 須佐の脚がその脇腹を捉える。
 一人目が中空を舞う。
 勿論、加減は十分にしてある。
 それに反応するかしないかの間に、二人目の周囲に黒炎が発生し、出足を完全に制する。
 三人目が動き出した頃に、ネスカートの刀の峰がその身体を抜き打つ。
 その間に、悠璃とブランディは残る二人の下へ向かう。
 異質な気配に咄嗟に飛び起きたが、悠璃の二刀はその腕を逃さなかった。
 魔槍が地面に落ち、甲高い音を響かせる。
 ブランディの爪は飛び起きたもう片方の魔槍の担い手の腿を掠ったのみだったが――
「取り敢えずは、成功と言った所でしょうか」
 混乱に乗じて、奇襲組は一気に距離を詰めてきていたのだ。
 シャーリィは拳を担い手の顔面に叩き込む。
 が、届かない。
(「FFが働いている‥‥?」)
 反撃の為に担い手は魔槍を掲げるが、愛梨の清姫の柄がそれよりも先に魔槍に届く。
 直前、愛梨のAU−KVの両腕がスパークし、その力を増す。
 吹き飛ばす、とまではいかなかったが、担い手の足元に魔槍を叩き落す事が出来た。
 作戦の第一段階は成功したのだった。
「しかし、FFが働いているとは‥‥」
 今度はバスタードソードを構える、シャーリィ。
「人間としての個体に働いたのではなく、自分の身体の一部に対し働いた」
 そう考えるのが妥当では、とネスカート。
 自身の得物を身体の一部とする表現は良く有る。
 もし、得物の方に意思が有ったとしたら、その逆も言えるのではないのだろうか。
「どの道、面倒な事になりそうだぜ‥‥?」
 須佐は頬を掻きながら、呆れた様に言う。
 自分が蹴り飛ばした相手が立ち上がったのだ。
 加減は確かにした。
 確かにしたのだが、こうもあっさりと立ち上がられるとは思っていなかった。
 朔夜も忌々しげに眉を顰める。
 炎の壁を飛び越え、魔槍の担い手が現れたからだ。
 となると、先程ネスカートが抜き打った輩も――
「立つんだなぁ」
 変に感心して、ブランディは苦笑する。
 倒れているのは、奇襲成功時に悠璃に腕を斬られた者と愛梨に魔槍を叩き落とされた者。
「随分、衰弱している様ですね‥‥」
 倒れている人間の止血をしながら、落ちている魔槍の方を見る。
「こっちも」
 愛梨も声を上げる。
「持ち手に影響力の有る能力、何かを犠牲にして身体能力を強化しているのでしょう」
 シャーリィは一歩、前に踏み出す。
 AU−KV越しでも、肌を刺す様な独特の気配。
 もう一歩、進むか進まないかの瞬間。
 殺気と共に三人の魔槍の担い手は全力で地面を蹴る。
「うおっ!」
 直線的な攻撃に、須佐は後ろに軽く跳び、着地と同時に更に後方へと跳ぶ。
 反応出来ない訳ではないが、予想外のスピードだった。
「あっぶな‥‥」
 愛梨は清姫を使って、その突撃の軌道を変えた。
 受け切った、という訳ではないが、特に支障も無い程度だ。
「大丈夫ですか?」
「怪我をしている様に見え――いえ、問題無いですよ」
 魔槍の担い手とネスカートの間に割って入った、悠璃が確かめる。
 言い直すネスカートに疑問を抱かない訳でもないが、そんな事を気にしている暇は無い。
 押さえ込んでいるが、到底人間の膂力とは思えない力で二刀に対抗しているのだ。
 その槍に向かって、白い爪が叩き込まれる。
 鈍く、重い音が響き、弾き飛ばされる様に魔槍の担い手は飛び退く。
 黒い液体の様なモノを撒き散らしながら。
「成る程、生物で在る事は間違いないようだな‥‥」
 朔夜の業火が更に『皹入り』を襲う。
 声を上げたのは『人間』の方だった。
「オォォォ‥‥死ねぇぇぇぇ!!」
 炎の壁を一直線に突っ切り、全体重を乗せた突きを朔夜に繰り出す。
 上手く避けたつもりだが、突きは朔夜の左腕を掠め、少量だが血飛沫を飛び散らせる。
 その間も、冷静に相手の様子を窺う朔夜。
 火傷の痕が酷い。
 なのにも拘らず、敵は走ったのだ。

「ハッ!」
 魔槍に対して、シャーリィは鋭い斬撃を放つ。
 しかし、剣先が届くかどうかの所でその手を止める事になる。
 相手は穂先を外し、全くの無防備な状態になったのだ。
「っ!?」
 寸での所、とは良く言ったものだった。
 一瞬、動きの止まったシャーリィの腹部に衝撃が走る。
 AU−KVを纏ったその身体が、軽く宙に浮いた。
 何とか転ばずに体勢を整えると、絶句する。
 自分を蹴ったと思われる方の脚が赤黒く変色しているのだ。
 明らかに折れていると思われるのだが――
 何事も無く、立っている。
「どういう事‥‥?」
 流石の愛梨も、それ以上は何も言えない。
「恐らく‥‥痛覚が消されているのでしょう‥‥」
「‥‥槍を手放す、と言うか投げるって事はなさそうね」
 激しい金属音と共に、ネスカートが転がってくる。
「もう一つ‥‥脳に因るリミットが働いていない様です」
 立ち上がり、土埃を払いながら、指差す。
 その先には、両腕の血管から赤い血の吹き出ている魔槍の担い手が居た。
「悠長な時間は無いって事ね!」
 短く息を吐いて、愛梨は駆け出す。
 そのようで、とだけ呟いたシャーリィもそれに続く。
 相手も脚を折ったとは思えない程のスピードで動く。
 しかし、動きが鈍っているのも確かだ。
 威力の弱まった突きの軌道を、愛梨は確りと見極め、自身の間合いに踏み込む。
 柄で槍を跳ね上げ、斜めに返す刃で穂先を地面に落す。
「持ち手に食い込んでいるのでもなければ‥‥これでっ!」
 龍が咆哮するが如く、凄まじい勢いでバスタードソードを下から上へと斬り上げる。
 ミシリ、と音を立てて担い手の指の何本かが折れ、魔槍が吹き飛ぶ。
 すると、電池が切れた様に、担い手はその場に崩れてしまった。

 綺麗な斬線を描きながら、ネスカートは刀を振るう。
 その斬撃を魔槍の担い手は軽く跳ぶ事で回避する。
 そして、上段に構えた槍をそのままネスカートの眼に打ち込む。
「眼帯じゃあ、本当に嫁に行けなくなるぜ?」
「万全の状態でも予定すら立たない気もしますが」
 ネスカートの頭をグッと下に押さえ、ブランディは爪を横に薙ぐ。
 更に悠璃が詰める。
 順手に持った左の一刀目は、返ってきた刃の根元に。
 逆手に持った右の二刀目は、それと全く同じ箇所に。
「予定はあくまで予定、ですからね」
 悠璃は振り返らずに苦笑する。
 呻きながら後退する魔槍の担い手。
 既に肉体の耐久度、と言う意味で限界だったのかもしれない。
 筋肉繊維が切れ、至る所から出血していた。
 その様子を見て、悠璃は左手も逆手に持ち変える。
「壊れ‥‥ろっ!」
 刹那で、間合いを詰めた悠璃が大きく後から二刀を振るい、刃を前で交差させる。
 もう一度、槍の刃部分の根元を捉えた攻撃は、其処に皹を入れる事に成功する。
 壊れはしなかったものの十分な成果だった。
 何故なら――
「オォォォォッ!!」
 ブランディは吼えると同時に、爪を全力で穂先に当てる。
 それで勝負は決した。
 魔槍は、キメラは、その攻撃で破壊され、絶命したのだった。

 予想以上とは言え、許容範囲外ではなかった。
 特に、この二人にとっては。
「時間は掛けられない様だ。ならば――」
「あぁ、ちょっと本気でいくか‥‥」
 朔夜は咥えていた煙草を焼き払い、二つの銃を取り出す。
 須佐は首を鳴らし、その場で軽く跳ぶ。
 何度目かの跳躍の後、着地と同時に走る。
 一歩、一歩、地面を踏み抜きながらの加速。
 尋常のそれではなかった。
 皹入りは何とか反応し、素直に槍を突く。
 その穂先はそのままいけば、須佐を捉える予定だった。
 しかし、予定は予定。
 須佐は槍の柄の上に乗り、垂直に跳ぶ。
「そろそろ片を付けさせて貰おうか」
 それを追おうと、皹入りが屈んだ瞬間だった。
 銃弾の嵐が皹入りを襲う。
 頬を掠め、腕を掠め、腿を掠める。
 動きを止める為、少しずつ外したのだった。
 完全に隙を見せた、弱りかけに対しては然程難しくない事だった。
 親バグア派の人間の生死になど、特に興味は無い朔夜だが、今は聞かねばならない事も有る。
「余所見は厳禁、だな」
 須佐は空中で身体を捻り、反転しながら、右脚を振り抜く。
 強烈な一撃。
 皹の入った槍に耐えられるものではなかった。
 魔槍が折れる嫌な音と共に、人間の方は倒れた。


「ありがとうございます、これで弊社も通常通りに営業出来ます」
 製薬会社の代表と名乗る男が頭を深く下げる。
「この後、弊社の親会社の社長が直接御礼を言いたいとの事で、会食の席を設けましたので‥‥」
「おぉ、いいねぇ。 皆で飯ってのは賛成だ」
 ブランディがその提案に豪快に笑う。
「んー‥‥まぁ、親バグア派の人達に聞きたい事も有ったんだけどね」
 全員の意識が混濁していて、それ所ではなかったのだ。
 愛梨は少し考えた後に、にっこりと微笑んで親指を立てる。
「良いよっ、行こう!」
 因みに、残った魔槍型のキメラは朔夜が詰まらなさそうに全て焼き払ってしまった。
「今後、この手のタイプのキメラが増える様な事が有ったら‥‥精神的に厳しいですね‥‥」
 会食の事はさて置き、シャーリィは少し憂鬱な気分になる。
「まぁ、今は任務も終わったって事で‥‥」
 頭を掻きながら、須佐は苦笑する。
「では、此方へ。 車の御用意がしてありますので」
「あっ、待ってください! 何処か移動するんですか?」
 フルートを片手に外から戻ってきた、悠璃。
「親会社の社長さんと、会食だってさー」
 愛梨がもう一度親指を立て、歩き出す。
「親会社の、社長さんと?」
 それぞれが移動し始める中、悠璃はちらりと、ネスカートを見る。
「今は未だその時ではないな‥‥」
 その呟きが聞こえた、須佐は徐に振り返る。
「ネスカート‥‥お前‥‥?」
「あぁ、すみません。 私は用事が有りますので、此処で」
「あ‥‥」
 悠璃と須佐は顔を見合わせ、首を傾げる。
 彼女に似つかわしくない、ふてぶてしい笑みに違和感を覚えつつ。

「風が、出てきたな‥‥」
 外に出た、朔夜の紫煙が一行の声と共に瞬く間に風に散っていく。