●リプレイ本文
狩りに行った人間が戻って来ない。
それだけの理由。
だが、この事に関してはそれ以上の理由は無かった。
「情報では‥‥キメラは居ない筈だったのですが‥‥」
般若の面を被った、水雲 紫(
gb0709)は遠目から聖堂を観察しつつ、呟く。
魔女・ククリのやろうとしていた事を考えれば――
キメラを聖堂の周辺に潜ませておくのは、一種の保険の様なものだったのだろう。
「完全に信用はしてなかった、て事だな」
湊 獅子鷹(
gc0233)は傷の具合を確かめながら紫の隣に立つ。
そう言ってしまうと、ベルフラウに始末されてしまったククリは道化。
どちらからも信用されていなかった、という事になる。
「‥‥何、ヤラ、事情、ハ、掴め、マセンガ‥‥」
二人の間にぬっと現れた巨体、ムーグ・リード(
gc0402)。
連絡が来ない以上、現在の状況、更には当初の目的の達成すらも分からないのだ。
だが、彼女が戻って来ない上に、キメラの出現。
何かしらのトラブルが有ったと考えるのが妥当。
そういった理由で、今回の作戦が展開されたのだった。
誰かの無線から漏れる声を聞いて、秋月 九蔵(
gb1711)は聖堂を眺める。
「まるで白雪姫だな‥‥けったいな城に居るもんだ」
外の目視出来る敵が三。
中の熱源が五。
一つがベルフラウだとすれば、敵は七。
九蔵はそれを、童話に例えてみせたのだ。
「どっち道、早く動かないとな」
麻宮 光(
ga9696)は手にした、リボルバー式の拳銃に弾を込める。
そして、ペンダントを握り、祈る様にする。
「さぁ、行きましょう」
AU−KVを装着した、二条 更紗(
gb1862)。
突入開始位置へと移動し始める。
スピードと多少の強引さ、それが彼女達に求められるもの。
更紗の駆動音に、もう一つ駆動音が重なる。
月城 紗夜(
gb6417)が、静かに息を吐く。
吐き切った頃には、その身体は全速力で駆けていた。
細い枝や蔦、そう言った物が筋肉の繊維の様に集まっている。
アルウラネは人間に近い、その構造で動いている。
それは指弾と呼ばれる。
小さく、硬い、植物の種を飛ばして迫り来る脅威に対抗する。
「流石、キメラってか?」
軽口を飛ばし、回避の為に九蔵は止まる。
すると、足元の土が爆ぜる。
軌道からして、牽制、と言うか時間稼ぎの様なものだろう。
種子の弾丸は次々と飛んできては、土を抉っていく。
「面倒な奴らだな!」
飛び出した須佐 武流(
ga1461)が間隙を縫う様に進む。
そして――
「オォォッシャァアア!」
三体の真ん中に位置するアルウラネを前蹴りで蹴り飛ばす。
派手に転がり、聖堂の入り口の近くまで飛ばされたアルウラネ。
「殲滅、シマス‥‥」
それを見た、ムーグが銃の引鉄を引く。
獣の様な銃声が響き、左側に位置するアルウラネを退かせる事に成功する。
勿論、それに因って出来た隙を逃す者は居なかった。
「頼んだぜ‥‥」
獅子鷹は標的にされない様、近くの木々に身を隠しつつ銃に依る支援を行う。
傷は痛むが、少しでも力になれれば、それで十分だった。
一方、数の少なくなった弾丸を扇で払いつつ、紫が三体目のアルウラネに近付く。
その紫を追い越して、紗夜が聖堂に向かって行く。
紗夜の背中を横目で見やり、すぐにアルウラネに視線を戻す。
既に九蔵の攻撃を受けている筈なのだが、その様子は無い。
月詠を抜き、切っ先をアルウラネの腹部に向ける。
美しい刀身は、赤と黒のツートーンのコートを裂き、深々と突き刺さる。
再生。
傷口が気味の悪い音を立て、見る間もなく塞がっていく。
「さぁ、削り合いといきましょう? どちらが先に黒に染まるか‥‥ね」
さして驚く様子も無く、紫は般若の面越しに、口元を歪ませ、笑う。
起き上がったアルウラネに高速で肉薄する紗夜。
回収目標の事を考えれば、一々まともに相手はしていられない気分だった。
勿論、相手したとしても負ける気など、微塵も無いのだが。
紗夜のAU−KVが輝き、その手に持った刀が唸りを上げる。
聖堂の内部に無理矢理にでも突入するべく、取った行動だった。
が、しかし、それを器用にかわし、その場に留まる。
「ちっ」
舌打ちをした、紗夜の背後。
武流が声を上げる。
「面倒な事考えるより、倒しちまった方が早ぇ」
飛び蹴りをかまし、着地する武流。
「その様だな‥‥まったく面倒な事この上ない」
淡く光る刀身の刀を握り直し、集中する。
一刻も早く目の前の木偶を排除する為に。
その後方、少し離れた所で多くの薬莢が宙を舞う。
再生するならば、それを上回る火力。
ムーグがケルベロスの引鉄を引き、その隣で光がラグエルの引鉄を引く。
左右に展開するアルウラネの再生は、辛うじてこの攻撃で抑えられている。
刀をアルウラネの腹部に突き刺したままの紫はアルウラネを楯にする様にしている。
誤射の可能性は十分に有るのだが――
これならば再生を抑えながら、敵の体力を削る事が出来る。
紫にも体力の限界と言うものは在るのだが。
一方、その反対側に位置するアルウラネが種子を飛ばし、攻撃を再開する。
が、それもすぐに中断する事になる。
更紗だ。
AU−KVの脚部に練力を流し込み、疾る。
刹那でアルウラネの下に辿り着いた更紗。
「刺し、穿ち、貫け!」
頭部と腕をスパークさせ、紫色に染まったその瞳がアルウラネの胸部を捉える。
深く、深く、突き刺さり、普通であれば即死に至る様な突撃。
しかし、アルウラネは倒れない。
それらの様子を見て、光が業を煮やしたかの様に動く。
「援護を頼む!」
「分カリ、マシ、タ‥‥」
「あぁ、任せろ!」
その言葉に、ムーグと獅子鷹が応える。
月詠を抜き、光は更紗の下に向かう。
その間に、紫の目の前のアルウラネは動かなくなってしまっていた。
その背後より、九蔵が零距離ショットガンの弾丸をお見舞いしたからだ。
紫との根競べでギリギリまで体力を削られていたお陰である。
「‥‥もうお終いですか‥‥? 私は未だ立っていますよ」
さも残念そうに、紫は呟く。
絶妙なタイミングでアルウラネから離れた紫。
アルウラネの元々の硬さもあって、流れ弾や貫通した弾に当たらなかった様だ。
しかし、その消耗は激しいものがあった。
更紗の槍がアルウラネの頭部を掠める。
味方の支援を受け、徐々に弱らせる事に成功している。
後は削り切るのみ。
飛び出た光は手を返し、斜め上に斬り上げる。
その斬線は、アルウラネの腕を捉え、落す。
直ぐに再生が始まらない。
「後、一押し!」
更紗が気を吐く。
距離を取り、そして跳ぶ。
重みを乗せたその一撃は完全に再生し掛けている胸にもう一度突き刺さる。
アルウラネがそれに耐え切れず、鳴こうとするが――
背後を取った光がその首を落としてしまったので、それも叶わなかった。
更紗は枯れていくアルウラネを一瞥し、武流と紗夜の方を向く。
援護が両側に集中していたとは言え、十分にアルウラネを弱らせていた。
「あと少しだ!」
武流は軽く助走をつけ、紗夜を追い越す。
次の瞬間、アルウラネの顔面が小気味良い音を立て、潰れる。
所謂、三角飛びの要領で武流はその顔面を蹴って宙を舞う。
空中で反転しながら地面を駆ける紗夜の姿を確認。
その全身の輝きも確認する。
「退けぇ!」
両手で持った、鬼蛍が風を斬り、唸りを上げる。
全力で振り抜いた、刃はアルウラネの胴体に食い込み――
轟音を立てる。
今度こそ、聖堂への道が開かれた。
吹き飛んだアルウラネは、そのまま絶命してしまったらしく、動かない。
その様子を確認した、後方のムーグは銃を下ろし、急いで聖堂へと向かう。
獅子鷹も少しずつ近付いていく。
そして、破られたドアを潜った面々は絶句する。
その正面、祭壇の上方。
大きな十字架に磔にされた血塗れのベルフラウの姿。
両掌には木の杭が打ち込まれ、足には植物の蔦の様な物が巻き付けられている。
「助けに来ましたよ。 マリア・ソフィア・マルガレーテ・カタリーナ姫」
と、九蔵は言ってみたものの、どうにも白雪姫には似つかわしくない状態だった。
ゐの一番に飛び出そうとしていた紗夜だが、趣味の悪さに立ち止まってしまっていた。
「何じゃ、早いのぉ‥‥もう少し、遊んできたらどうじゃ? ガキ共」
並んだ長椅子の最前列。
頭の後ろで手を組みながら座っている、女の姿が見える。
ベルフラウを『鑑賞』していた女は仕方ないと言った風に立ち上がる。
「ほれ、踊れ。 その木偶とアホみたいに踊れ」
女が指を鳴らすと、天井からアルウラネが三体落ちてくる。
それにハッとした紗夜は一瞬で考える。
この距離なら、一気にベルフラウに辿り着けるかどうか?
(「行くか」)
仲間に目で合図を送り、一歩進む。
そして、思い切り床を蹴り、全速全開で進もうとするが――
「まぁ、落ち着け」
一発の弾丸が紗夜の左肩に吸い込まれる。
「っ!?」
深手ではないものの、痛みで足が止まる。
いつの間にか抜かれた銀の装飾銃。
その装飾よりも更に美しい、尋常ではない程に整った顔。
女は嗤う。
「何企んでんのか知らないが、邪魔しないでもらおうか」
武流はそう言って、歯軋りをする。
女は少し考えた後に、言う。
「邪魔するつもりは無い‥‥ただ、お前らの仕事が早いからのぉ」
そう言って、もう一度、指を鳴らす。
アルウラネが両腕を構える。
「‥‥ソノ、動き、ハ、先ホド、見マ、シタ‥‥」
ムーグはその巨体から想像できない連射でアルウラネの動きを封じる。
更に光と九蔵の銃も火を吹き、屋内の為か先程よりも効率が上がっている。
「このまま一気に行く」
更紗が正面のアルウラネに接近し、槍を振るう。
両側から迫ってくる敵に対しては、それぞれ武流と紫が対応に向かう。
紗夜も正面に向かうが、積極的に攻撃には参加していない。
機を窺っているのだ。
そんな様子を見て、欠伸を漏らした女は頭上を見上げる。
ステンドグラスの天窓。
赤や青、緑に黄色。
様々な光が淡く注ぐ中、また、もう一度だけ指を鳴らした。
硝子の破片が落ちる音。
射撃を止めずに、ムーグは視界に入った物に疑問を抱く。
天窓から何かが投げ込まれた。
大きくて、長い、白銀に光る何か。
他の面々もそれを確認したが、一瞬、女が受け取ったものが何なのか理解できなかった。
それも一瞬の話だったのだが。
紗夜は手製の火炎瓶を投げつけ、正面のキメラに当てる。
これで怯めば、後は何なりと料理して一気にベルフラウの回収に向かいたい所だった。
が、FFの効力の為に火は僅かばかりの効力しか発揮しなかった。
「くそっ!」
悪態をつきながらも、刀を振るう。
女の持つ白銀の塊に、焦りを感じずにはいられなかった。
「‥‥避ケテ‥‥!」
ムーグが叫ぶ。
その『白銀の砲身』の向く先。
射線上とその近辺に立つ、更紗、紗夜、光、九蔵は咄嗟に横に跳ぶ。
ムーグは女を制しようと引鉄を引くが――
「遅いんじゃよ、独活の大木が」
甲高い音と共に、光の筋が射線上のアルウラネとムーグの巨体を貫く。
「っ!?」
見えなかった。
としか言い様が無い。
ムーグは地面にその膝を突き、血を吐く。
「どうじゃ? お前等が早く此処に着いたお陰で出力調整は間に合わなかったがな」
酷く愉しそうに嗤う女。
急所も外してあるぞ、と付け足す。
「まぁ、そこの木偶は知らんけどな」
枯れたアルウラネの残骸を指差す。
「武流!」
光の言葉に武流が反応する。
アルウラネを壁に蹴り飛ばし、跳ぶ。
真正面の更紗も、長椅子に身を隠していた紫も、後方の九蔵も動く。
アルウラネが種を飛ばさない様に、紫は何とか斬り伏せ、その場に押さえつける。
「彼女の回収は任せます! 時間程度は稼ぎましょう」
そう言って、紫はアルウラネとの力比べに入る。
武流が蹴り飛ばしたアルウラネは、光と九蔵が出来る限り弾丸を放って、壁に張り付ける。
ベルフラウ回収の障害は女一人。
女は右から来た武流の蹴りを白銀の大砲で受け、正面の更紗は銀の装飾銃で制する。
「威勢が良いのぉ、小童に、小娘」
武流を弾き、女は更紗との間合いを一気に詰める。
「っ!!」
更紗の槍をかわし、その頭部に膝蹴りを喰らわせる。
勢いで倒れた更紗。
しかし、大したダメージではない。
立ち上がろうとする更紗だったが――
頭部にズシリと何かが押し付けられる。
「良い気味だな?」
白銀の砲身。
それを更紗の頭に押し付けて嗤う女の横を紗夜が駆け抜ける。
「お?」
序でに、九蔵の投げた閃光手榴弾が炸裂する。
動きが止まった女の隙を衝いて、更紗はそれを力尽くで退かし立ち上がる。
そんな更紗に背を向けて、ゆっくりと振り返る女。
目は殆ど見えていないのだが。
その時には既に紗夜が、ベルフラウを解き放った後だった。
更に次の瞬間には、紗夜はベルフラウを担いだまま、入り口まで移動した。
「‥‥イ、行キ、マショウ‥‥運転、クライ、ナラ‥‥」
ムーグは立ち上がり、女から目を離さない様に出て行く。
紗夜もそれに続いて、出ると獅子鷹にベルフラウを預ける。
「頼む」
「絶対、死なせねぇよ」
少しした後、車のエンジン音が聖堂から遠ざかっていく音が聞こえた。
「何じゃ、もう終わりか‥‥つまらんの‥‥」
鼻で息を吐くと、女は歩き出す。
帰る、と一言。
ヒールを鳴らし、更紗の横を通り抜ける。
途中、紫や光、九蔵の方を向いて一言。
「良かったの、遊んでもらえて‥‥そこの木偶にな」
鼻で笑う。
「おい、ところで名前は何て言うんだよ? 鉄の靴作る時に彫っといてやるからよ」
九蔵が壁に張り付いたまま枯れてしまったアルウラネを尻目に聞く。
「ヘンゼル‥‥お菓子の家のアレじゃ」
とだけ言って、ヘンゼルは出て行ってしまった。
紫はアルウラネの残骸を見下ろす。
漆黒の蝶を周囲に舞わせながら。
黒い残骸を見下ろす。
ゆっくりと息を吐くと、ずっと気になっていたモノの方を向く。
聖堂の片隅、適当に投げ捨てられたモノ。
既に冷たくなってしまった、魔女。
光はその前にしゃがみ込む。
胸に衝き立てられた、ベルフラウの剣の痕。
痛々しい、などと言うものではなかった。
「我々もある意味魔女だな。 人為的に身に着けた力を行使する、という点では‥‥」
紗夜はポツリと呟く。
武流も、更紗も、九蔵も。
何も言わずに、その亡骸を眺める。
ベルフラウの一命を取り留めた、という知らせが獅子鷹から入ったのは少し後になってからだった。