●リプレイ本文
沁(
gc1071)はマガジンに弾薬を込める。
一つ、二つ、三つ。
暗く狭い通路を一行は歩く。
「さて、分かれ道です」
麻生は十字に交わった通路の真ん中に立ち、振り返る。
その背後の道は見える限り、天井が落ちて完全に通行不能の状態。
となれば、進む道は二つ。
「左か、右か、運命の分かれ道ってか?」
ヤナギ・エリューナク(
gb5107)は鼻で笑った後に左右の通路を確認する。
こっちかな、と右の通路を指差す。
「ならば此方は我々が行こう」
逆の方向。
月城 紗夜(
gb6417)は少しだけ進み、同行者を待つ。
そんな紗夜の姿を見て、麻生は肩を竦め歩き出す。
社 朱里(
ga6481)が麻生の隣に続く。
「麻生君、よろしくねー♪」
そんな朱里の言葉に、麻生は笑って頷く。
「さて‥‥頼りにしてるぞえ?」
秘色(
ga8202)は先を行こうとするヤナギと鈴木悠司(
gc1251)に声を掛ける。
「うん、張り切っていこう!」
悠司は手元の地図から、視線を秘色に向ける。
四つ、五つ、六つ。
そんな三人の背中を見送りながら、沁は紗夜達の後を追う。
「クメッキーとあさぶん、後はあっちーかな?」
「何がですか?」
渾名だよー、と元気に答える朱里に苦笑する麻生。
渾名、そんなに付けたいのかな?
麻生はそう思いながらも、少し真面目に考える。
考え始めた所で紗夜が溜息を吐く。
麻生の緩い態度に呆れた訳ではない。
「渾名を決めている所、済まないが――」
それは後にしてくれ。
そう言って、己の得物を抜く。
ぼとり、びたり。
そんな奇妙な音を立てて、何かが天井から複数降ってくる。
1m程の蛇だった。
間も無く、その内の一匹が四人に向かって跳ぶ。
紗夜の刀がその蛇を捉える。
一刀で切り伏せられなかったが、だいぶ苦しい様だった。
然程強い力を持っていない事は、その時点で明白。
朱里の蒼い刀身が閃いて、跳び掛ってきたもう一匹を床に落とす。
その様子を見て、沁はハンドガンを構える。
構える時の僅かな音に、紗夜と朱里は身体を壁に平行にして射線を確保する。
乾いた音が響いた頃には、二匹の蛇は絶命していた。
「大した強さではないが――」
「‥‥数が多い‥‥」
紗夜と沁の言う通り、本作戦の問題は敵の強さではなく、数に有ったのだ。
「拙いですよねぇ、囲まれたら」
こんな風に、と麻生は苦笑しながら溜息を吐く。
沁はゆっくりと背後を振り向き、その光景を目の当たりにする。
いつの間にか、犬や蛇の大群が其処に。
「少し進んだ所に大きい通路が有った筈だけれども」
朱里は予め見ておいた地図を頭に思い浮かべる。
「それではお三方、此処は無理矢理にでも進みましょうか」
悠司の爪が跳びついて来た犬の喉元を的確に襲う。
耳と尻尾を揺らし、一息吐く。
(犬型のキメラかぁ)
獣人、しかも犬である悠司は、少し複雑な気分になる。
とは言え、相手は見掛けだけなので本物の犬ではなく、唯の化け物なのだが。
加減をする訳も無い。
静かになった通路をヤナギは進む。
電源も所々落ちていて薄暗いが、目を凝らせば何とか先の方まで見る事が出来る。
「見〜っけた」
蛇の群れを見つけたヤナギは、剣を握り直し、ニヤリと笑う。
更に進もうとするヤナギを止めたのは秘色だった。
そして即座に前に出て、刀を振り上げる。
びちゃりと両断された蛇が床に落ちる。
ひゅ〜、と口笛を吹きヤナギも剣を足元に突き立てる。
いつの間にか迫って来ていた蛇の頭。
そこに深々と剣が突き立てられていた。
此処まで殆ど一本道。
迷う事無く進んで来た。
そのお陰で、無駄な労力を使わずに済んでいた。
「おっしゃ、もういっちょ頑張ってみますか‥‥っと!」
跳び掛ってきた犬を避け、ヤナギは前に進む。
「片付け再開じゃの」
秘色が犬を斬りつけ、悠司に目配せをする。
大きく頷いた悠司は爪をその犬の眉間に突き立てる。
「うーん、上の配管にもいっぱい居るなぁ」
耳をピクリと動かし、悠司は呟く。
広い空間の一角。
瓦礫の影から飛び出してきた犬。
殆ど一瞬で、紗夜達の目の前に現れる。
「ちっ」
紗夜は舌打ちをして、犬を弾き飛ばす。
犬は一旦下がり、そうして又も一瞬で肉薄してくる。
犬の突進を上手くかわし、その側面に回ると、刀を深く突き立てる。
暴れる犬から離れ、跳び掛ってきた蛇の対応に回る。
後方で、沁は朱里の援護に回る。
沁の放った弾丸は、犬の頭を潰し、蛇の身体に吸い込まれる。
その隙に、朱里は間合いを詰め、大きく一歩踏み込む。
それに反応した蛇が跳び掛るが――
逆手で抜かれた刀が蛇の首を綺麗に落とす。
「逆手抜刀、ですか‥‥見事なものですね」
「そうかな? って後ろ!」
呑気に微笑みながら頷く、麻生の背後に迫る犬。
反転して一刀、二刀。
麻生は朱里の逆手抜刀を忠実に再現して見せた。
「流石にいきなり、とはいきませんか」
「当然だ」
のた打ち回る犬に止めを刺しながら紗夜は溜息を吐く。
当然とは言ったものの、紗夜は少し驚いていた。
剣聖、と呼ばれる所以。
それが今やってのけた様な事なのだろう。
見ただけで、それを自分の物にしてしまうセンス。
紗夜も朱里も、剣道に然程詳しくないであろう沁にも分かる事だった。
「それじゃ、紗夜さん、あっちー、沁さん行こうか‥‥どうかした?」
徐に犬や蛇の残骸の傍にしゃがみ込んだ沁。
しばらくじっとしていたが、立ち上がり首を振る。
「‥‥何でも無い‥‥」
「悠司、そっち行ったゼ!」
ヤナギと秘色の間を手負いの犬や蛇がすり抜けていく。
数は複数と言えども、流石に弱った敵。
悠司にとっては、さして問題の無い仕事だった。
爪を薙いで、犬を壁に叩きつける。
「悪いけど、此処に居られちゃ邪魔だしね」
続く蛇の頭を、爪で叩き潰す。
そうして、どんどん数を減らしていく敵。
だが、少しするとまたも援軍が到着する。
「散らかすだけ、散らかしおってからに」
触手が憎い、などと思いながら秘色は刀を振り下ろす。
斬線は向かってきた犬の鼻の頭を斬り裂く。
犬が怯んだ隙に、秘色はゆっくりと近付き、引き金を引く。
左手に持ったショットガンの銃口が超至近距離で跳ねる。
それと同時に犬の身体も大きく跳ね、床に転がる。
「躾のなっておらぬ犬っころには容赦せぬ」
犬が動かなくなったのを確認し、少し先に居るヤナギを見る。
丁度、蛇の口の中に銃を突っ込んでいる所だった。
「ハッ! 間抜けな面になってんゼ?」
言うや否や、ヤナギは引き金を引く。
一つ、二つ。
そうして絶命した蛇の口から銃口を引き抜き、ヤナギは大きく息を吐く。
普段、飄々としているヤナギにも流石に疲れが見えていた。
「‥‥うーん、あっちはどうなってるんだろう?」
悠司は取り合えず無線で紗夜達と連絡を取る事にした。
『今の所、問題は無いな』
紗夜がそう答える後ろ。
あっちーがどうのこうのと聞こえるあたり、確かに問題は無いのだろう。
「そっか、うん。こっちも問題無いよ」
疲れは出てきているものの、未だ十分戦える。
悠司は無線を切り、後方を確認する。
追手は無い。
「‥‥この先、居る様じゃの」
呻り声が疎らだが、聞こえる。
敵の屍を踏み越え、三人は回廊の奥へと進んでいく。
何匹目、いや何十匹目の敵だろうか。
朱里は夢幻刀を投げつつ、思う。
長時間、戦闘を続けている為、消耗も馬鹿にはならなかった。
しかし、その甲斐有ってか襲ってくる敵の数は大分減っていた。
「未だ本体と戦っている奴らから連絡は無いのか?」
紗夜は蛇の躯を踏みながら、麻生に問う。
「えぇ、残念ながら」
肩を竦め、紗夜の問いかけに答える麻生。
後方の沁に向かおうとする蛇を斬り捨て、頭を掻く。
麻生にも疲労の色が見えていた。
「‥‥代わりにあっちが‥‥」
沁の指差す方向、広い空間の突き当たりから、ヤナギや秘色の姿が見える。
更に遅れて、悠司も出てくる。
「いつの間にか近くまで来てたみたいだね」
額の汗を拭い、朱里は手を振る。
それに気付いた、秘色達が近付いてくる。
蔓延った犬や蛇を蹴散らしながら。
「どうやら、大分片付いてきた様じゃの」
秘色はこの空間に居る、最後の敵を屠り、疲れた様に呟く。
「所々、潰れちまってて一本道になってたけどうするよ?」
戻ってみるか?
そう言って来た道を指差す、ヤナギ。
掃討が完了したか、どうか。
手間だが、そうするのが一番な様に思われた。
「えぇ、そうするのが一番なのでしょうが――そうもいきそうにないですね」
麻生が呆れた様に天を仰ぐ。
それと同時に、苦笑する悠司。
先程まで能力者だけだった空間に、二匹、三匹と犬が姿を現す。
更に蛇も天井の配管の間から落ちてくる。
「さて、もう一仕事だね」
そう言って、悠司は目の前に現れた犬と対峙する。
噛み付いてくる蛇の牙を、紗夜は刀で防ぐ。
それを振り払いつつ、床に落ちた蛇に追撃の一撃を加える。
他の敵に不意を衝かれない様、無理せず朱里に次の一手を任せる。
その間に、傷を癒す為に竜の血を使う。
朱里は飛び込んできた犬を、今度は普通の居合いで迎撃する。
返す刀で犬を斬り伏せ、止めは沁の銃撃に任せる。
更に代わって前に出る麻生の援護に氷雨、雲隠を投げ、相手を牽制する。
こうして、難無く敵を蹴散らしていく。
その後方、秘色とヤナギが苛烈に攻めを展開する。
狭い通路と違い、刀が十分に振れる空間。
秘色は赤く光る刀身を横に一閃する。
千切れ飛ぶ犬を尻目に次の獲物へと斬りかかる。
勿論、一体の敵に固執せずに次々と戦っていかなければ、完全に包囲されてしまう。
ヤナギもそれを理解しつつ、臨機応変に戦い続ける。
一瞬で間合いを詰めてくる犬の攻撃を受け流し、白い爪をその脇腹に叩き込む。
そこで敵が倒れれば善し、倒れずともそれらの対処は悠司に任せる。
悠司は更に迅速に処理をしていく。
一気に敵に接近し、身体を回転させ、爪を打ちつける様にする。
転がる死骸を見送り、敵の援軍が来ないか注意深く耳を澄ませる。
そうして、暫く戦った後だった。
「えぇ、そうですか。えぇ、此方も丁度片付いた所ですよ」
麻生が無線で本体を叩いていた能力者と連絡を取る。
死屍累々とした部屋の中。
ようやく静けさが戻ってきていた。
其々辺りを警戒しながらもその場に座ったり、壁に寄りかかったりしていた。
麻生が、本体が無事に討伐された事を伝える。
「と言う事は、此方の片付けも終了‥‥じゃな」
秘色の言う様に、本体が片付けられたという事は、その仔はもう新たに生まれないという事。
「そうですね、戦闘中にそこまで大量の仔を生むとは思えませんし」
「これで終わりかなっ」
悠司が大きく伸びをし、立ち上がる。
「念の為、艦内をもう一度見て回ってから帰ろうよ、あっちー」
「それがいいナ‥‥っと、あっちー?」
朱里の提案に賛同しつつ、ヤナギは首を傾げる。
渾名、だとすぐに気付いたヤナギは笑いながら、もと来た道に入る。
それに秘色、悠司も続いて歩き出す。
「さて、我々も行くぞ」
三人を見送った後、紗夜が言う。
部屋の隅で何かを探す様にしていた沁は、その言葉に振り返り、頷く。
紗夜が先に進み、朱里と麻生がそれに続く。
最後に沁もその場を後にしようとし――
もう一度、振り返る。
「‥‥手掛かりは無し、か‥‥」
そんな言葉を残し、沁は紗夜達の後を追った。