タイトル:麗しの殺人鬼マスター:東雲 ホメル

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/10/27 02:15

●オープニング本文


 ‐‐全てが嫌になった‐‐
 
 何処に行っても、地元の有力者である父の影が見え隠れする。
 例えば、そこにあるレストラン、あそこにあるスーパー、駅前にある高級ホテル‥‥
 全部、父の会社の経営しているものだ。
 父に罪は無い、人間として尊敬もしている。
 だが、僕は誰からも僕として見られていない。
 皆、あの有名社長の息子としか見てくれていない。
 僕のアイデンティティは一体何なのか。
 そんな思考を繰り返す内に全てが嫌になった。

「おや、エーリッヒ・オーウェン」
 行きつけの図書館、その一番窓際の席が僕の特等席。
 そこにいつも通り座って少し古い作家の小説を読み耽っていると声をかけられた。
「フィーか‥‥」
 彼女はフィオナ・コール。
 僕が唯一心を許した存在、親友と呼べる存在。
 少し変わり者だが、良い奴だ。
「そういえば君、大学の講義中から元気が無かったけど、何かあったのかい?」
「人生について悲観的になったのさ」
「そうか、それはそれは‥‥」
 彼女は聞くだけ聞いて僕の隣に座り、既に興味は無いと言わんばかりに本に夢中になっていた。
 彼女はいつも眼鏡をかけていて、髪はピンで留めていておでこを出している。
 常に眉間にしわを寄せていて、無愛想。
 大学内でもトップクラスの地味さを持つ女性だ。
「そうそう、エーリッヒ・オーウェン。君はどうやらモテルみたいだな」
「どういう事だい?」
「学校には君のファンクラブが存在した」
「それは初耳だな‥‥」
 私も今日初めて知った、と彼女はそう言うとその話題に興味が無くなったのか本に夢中になった。
 正直僕にとってもどうでも良い話だった。
 全てが嫌になって、現実から逃げようとしている僕には。

「すみません、そろそろ閉館時間なのですが‥‥」
 窓の外を見ると外はすっかり暗くなっていた。
 いつの間にか、フィーは帰ってしまっていたらしい。
 館内には僕と職員の二人だけだった。
 職員の人に頭を下げ、そそくさと図書館から出た。
 腕時計を見ると、もうとっくに閉館時間は過ぎていた。
 僕はもう一度だけ図書館に向かって頭を下げた。

 郊外に建っている僕の家への帰り道。
 悲観的な思考を巡らせていた僕に思わぬ出来事が振りかかった。
 人通りの少ない裏路地を近道として、歩いている時だった。
 少し先の街頭の下に人が倒れている。
 しかも、赤い水溜りのようなものがその人の周りに広がっている。
 近くに裾がボロボロになっている漆黒のフード付きコートを着た人間が見える。
 手には血のようなものが付いた大き目のナイフ。
 普通なら逃げ出してしまうような、恐ろしい光景だった。
 しかし、人生に悲観的になっていた僕は逃げ出さなかった。
 むしろ、その現場の狂気に吸い寄せられるように近づいていった。
「殺人鬼さん、僕を殺してくれませんか?」
 僕はそう声をかけた。
 ボロコートの殺人鬼は僕に背中を向けたまま、ビクッと身を竦ませた。
「僕は人生に疲れた、それに僕は君の顔を見てるんだよ?今ここで殺してくれ」
 もちろん、顔なんか見ていない。
 薄暗かったし、何より殺人鬼は深くフードを被っていたのだから。
 それでも、僕は嘘をついた。
 早く、現実から逃げたかったのだ。
 殺人鬼は大きく溜息をつき、振り向きこう言った。
「エーリッヒ・オーウェン」
 
 心臓が跳ね上がった。
 名前を呼ばれたからではない。
 僕の顔は、父の取材などに来たテレビなどで地元一体に知られている。
 だから、僕の名前を知っていたって不思議ではない。
 僕はその声、顔に驚いたのだ。
「‥‥なぜ君が?」
 僕の目の前に居たのは、フィオナ・コール。
 いつものピンと眼鏡は無く、顔に返り血を浴び、それ以上にこの世のものとは思えないほど美人だった。
「趣味だ。」
 彼女は言い切った。
 そうだった、最近通り魔が多発しているというニュースを見たな。
「それに、私にはまだ君は殺せない。心の準備が必要だ。殺すためのじゃない、伝えたい事があってね‥‥」
 穏やかに微笑む彼女を前にして僕は状況が理解できなかった。
 それと同時に今まで感じた事のない感情が僕の中に芽生えた。
「‥‥分かった、でも君の心の準備が出来たら殺しに来てくれるんだね?」
「あぁ、エーリッヒ・オーウェン。近い内に殺しに来る」
 そう言って彼女は立ち去ろうとして、止まった。
「最近、私以外の殺人鬼が居るらしい。しかも、人間じゃない。そいつらに殺されないよう注意してくれ」
 私も君に全てを伝えてから、君に死んでもらいたい。
 彼女は最後にそう付け加えて、去っていった。

「どういう訳か、次の日から彼女は大学に来なくなった」
 数人の傭兵を目の前に、僕は事の顛末を語った。
「探してきて欲しい。昼間の内なら僕も探せるんだけど、流石に夜は彼女以外の殺人鬼が出るらしいし」
 彼女はそいつらを人間じゃないと言っていた。
 おそらくキメラだろう。
「僕は彼女以外に殺されるつもりはない‥‥もちろん報酬は充分過ぎる位出すさ」
 彼女の行方も捜索できて、キメラの駆除も出来る。
 僕だけの為じゃなく、皆の為になる。
 そうすれば、また父の評判は上がるだろう。
 それが僕の出来る最後の親孝行のようなものだ。

●参加者一覧

白鐘剣一郎(ga0184
24歳・♂・AA
ホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416
20歳・♂・FT
木場・純平(ga3277
36歳・♂・PN
Cerberus(ga8178
29歳・♂・AA
桐生 水面(gb0679
16歳・♀・AA
ドリル(gb2538
23歳・♀・DG
キリル・シューキン(gb2765
20歳・♂・JG
九条 緋方(gb3510
18歳・♂・DG

●リプレイ本文

 ‐‐エーリッヒ・オーウェン‐‐
 ふと「彼女」にそう呼ばれた気がした。
 行きつけの図書館。
 いつもの窓際の席で座ったまま、本を両腿の上に開きながらうたた寝をしていたらしい。
 秋も深まり、少々肌寒くなっていた最近ではあったが、今日はそれ程でもない。
 風も穏やかで太陽の光も、エリックの座る窓辺に優しく降り注いでいる。
 彼女、フィオナ・コールが姿を消して何日になるだろうか?
 昼下がりの日の光を浴びながら、今日も今日とてエリックは図書館で彼女を待つのであった。

 白鐘剣一郎(ga0184)は黙々と考え事をしながら歩く。
 考え事とは依頼の事、だけではなく依頼主エリックの事。
 彼の言い分は白鐘にとって「死」を逃げ場にしているだけだった。
 どうして死を逃げ場にする、そんな台詞が頭の中を駆け巡っている。
 そんな白鐘の後ろをドリル(gb2538)が歩く。
 辺りを見回して「何か」を探している。
「ファンクラブってサークルみたいなものかな?」
 そう呟いて大学の構内を見回す。
 キリル・シューキン(gb2765)と九条 緋方(gb3510)もそれに習い辺りを見回している。
「聞いた方が早いだろう」
 白鐘は近くに居た、日系の女子学生に声をかける。
 エリック様の事なら任せてください! との事だった。
 いきなり正解だった様ですねと、ドリルは苦笑する。
「フィオナ・コールの事ですか? 確かにあの子、エリック様とやけに親しかったわね‥‥」
 女子学生はその黒い髪をいじりながら、突然不機嫌そうに答える。
「あの子の事は、知らないです‥‥ 興味有りませんし」
 授業が有るので、そう言って女子学生は去っていった。
 ドリルやキリル、九条も同じ様に近くの女子学生に聞いて回ったが何の手掛かりも出なかった。
「後は、名簿の住所録だな‥‥」
 白鐘達は学生課の有る建物を目指した。

 一方、ファミリーレストラン「オーウェンズ」。
 今現在、木場・純平(ga3277)の眉間には深い縦の皺が寄っている。
 特に怒っている訳ではない。
 情報の選別をしているのだ。
 エリックに聞いたフィーの手口はナイフによる刺殺。
「‥‥明らかに毛並みの違う事件が二件程有るな」
 ホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416)が木場の横で呟く。
「報道されてる事件は全部で十件やろ?」
 テーブルを挟んで木場の目の前に座っている桐生 水面(gb0679)は一応の確認を取る。
「つまり、不確定ではあるが残り八件はフィオナが起こした物の可能性が高い」
 木場はなるべく断定を避けるように慎重に答えた。
 時間帯も夜から早朝にかけてバラバラだった。
 唯一毛並みの違う二件の他は全く同じ手口。
 ナイフの様な鋭利な刃物で急所を一突き。
「遅くなったな、地図だ」
 Cerberus(ga8178)がコンビニから戻る。
 そして早速、買ってきた地図を広げ見る。
「それじゃ、早速それぞれの事件現場に印を付けていこうか」
 Cerberusはペンを取り出し、地図上に印を付けていく。
 印は虚しい事に、規則性の無い、全くバラバラの位置に付いていく。
 分かった事はそれ程広範囲で起きている事件ではないという事だった。
 それともう一つ、おそらくキメラの仕業と思われる通り魔。
 これは二件とも誰も通らない様な路地で起きている。
 しかも、二つの通り魔事件の現場は二、三百メートル程しか離れてないのだ。
「手口は明らかにキメラやね。 この辺りに潜んでるんとちゃう?」
 桐生の意見に他の三人も頷いた。

 大学の門から真っ直ぐ伸びる大通りを南下。
 途中で複雑な路地に入り込み、ようやく着いた。
「意外と簡単に手に入って良かったですね」
 ドリルが住所と地図を見比べながら目の前の二階建てのボロアパートを確認する。
「此処か‥‥」
 白鐘はボロアパートの二階部分を見つめる。
 目指すべきフィオナ・コールの部屋は201号室。
 ギシギシと音を立てながら、ボロアパートの階段を踏みしめながら上る面々。
 先を行っていた白鐘が階段を上がってすぐの廊下の奥の方に立っている。
 彼の目の前には扉、確かに、201とある。
 全員が目で合図を送り、大きく頷く。
 コンコン、と乾いたノック音がボロアパート二階の廊下に響く。
 ‥‥返事は帰ってこない。
 白鐘はドアノブに手を掛けてみる。
 すると、あっさりとドアは開いてしまった。
「意外と普通の部屋ですね」
 ドリルはそう言って四人の最後尾で部屋に入る。
 そう、何の変哲も無い十帖位のワンルーム。
 ボロアパートだから学生でもこんなに広い部屋が借りれるのだろう。
「これは、これは‥‥丁寧に‥‥」
 白鐘は正面の壁に掛けられた、それは見事な絵画の裏に「何か」を発見した。
 壁に埋め込まれたナイフケース。
 何本も、何本も丁寧に、神経質そうに閉まってある。
「何本か無いな‥‥しかも、はめ込み穴からして小型の物だ」
「おやっ!」
 白鐘が気付いた瞬間、ドリルはフィーの机の上に手帳の様な物を発見した。
 何となしにページを捲る。
 そして最後のページ、今日の日付。
 そこにはたった一行の日記というか、書きなぐった文字が。

 ‐‐彼が待っているはず‐‐

 そろそろ閉館の時間も近づいていたが、エリックはもう少し此処に居る事にした。
 職員はいつもの人だ。
 エリックの滞在を少しは許可してくれるはずだ。
「もう少し、もう少しだけ」
 その素晴らしく端正な顔立ちの御曹司は読んでいた本を閉じて呟いた。
 ある一つの思考を繰り返しながら。
 もう一度。
「もう少しだけと」
 そうして少しするとエリックの携帯にCerberusから電話が掛かってくる。
 一旦合流しよう、との事だった。
 
 すっかり暗くなった辺りを見回して、路地から出て来る影。
「血の匂いがする‥‥それと彼の周りには余計なのが付いてるわね」
 警察も動き回ってる。
 はぁ、と溜息をつき走り始める。
 あの豪邸に向かって。
 彼の住んでいる豪邸に向かって。

「すまん、遅くなった」
 白鐘達が図書館前に着いたのはエリックが図書館から出て、無事閉館してから十五分後。
 ホアキン達が着いた五分後の事である。
「成果はどうだった?」
 木場が問いかける。
「彼女、今日動きます。 間違いなく今日です」
 エリックには聞こえないよう、木場に小声で告げるドリル。
「推測だが、キメラは一体。 手負いの可能性もある」
 ホアキンは全員に伝える。
「何で、一匹で手負いって推測できるん?」
 桐生が不思議そうに聞く。
「通り魔の一人がキメラだとして、明らかに事件数が少ない。 何かしらの制約が付いているんだ」
「だから、あまり活動できない。 二体以上だったら手負いにしても事件数は多くなる」
 そういう事か? と、白鐘はCerberusに言う。
 無言で頷く後ろでエリックはまだ何かを考えているようだ。
「まずは、キメラの犯行が起こったと思われる周辺を探してみよう」
 そう言ってホアキンはさっさと歩き出すのだった。

「無用心にも程が有る」
 エリックの部屋の窓に腰を掛けて漆黒の髪を揺らす人物。
 こんなに豪邸なのに、どうしてこうして。
 こんな簡単に潜り込めるんだろうか?
 確かに私はこういうのは得意では有るけれど。
 しかし、侵入が簡単過ぎて恐い位だ。
 ‥‥まぁ、良いか。
 私はお別れを「残しに」来た。
 ただそれだけ。
 さて、それじゃ‥‥これ置いて逃げましょうか。

 案の定、目の前に現れたのは手負いの人型のキメラだった。
「今から見るのは貴様が見てきたくだらない現実の裏側にあるものだ。しっかり見ておけ」
 Cerberusはそう言って、ホアキン、桐生、木場と共にキメラに向かっていった。
 因みにエリックの護衛は白鐘、ドリル、キリル、九条の四人だ。
 人型のキメラは恐ろしい程の長さの爪を振り回して暴れている。
 しかし、手負いのキメラ如きに遅れを取る能力者ではない。
 あっという間にキメラは倒されてしまった。
「僕も貴方達の様に強かったら‥‥」
 エリックは誰にも聞こえないような小声で呟いた。
「囮を使う必要も無しやったね」
「縄張りに入られて興奮したんでしょう」
 桐生が言った独り言にドリルが答える。
 目標の内のキメラの討伐を終えた、傭兵達。
 そこへ緊急の連絡が入った。
 エリックの携帯が鳴っている。
「はい‥‥」
 電話に出ているエリックを守るように辺りを警戒する傭兵達。
「え!?」
 エリックの素っ頓狂な声がそこら中に広がった。
 
 エリックの部屋に警備の人間が駆けつけた時。
 丁度、彼女が窓から逃走を図る瞬間だった。
 チラリと警備の人間の方を振り返った、その美しい顔は絶世のものだったと言う。
 エリックの机の上に手紙が残されていたようだった。
 
 ‐‐警察も動き回っている。 君の周りにも厄介なのが居るみたいだし‐‐
 ‐‐どうやら君は部屋に不在らしいから、手紙でも残していくよ‐‐
 ‐‐本当は今日伝えるべき事を伝えて、君を殺してしまいたかった‐‐
 ‐‐けれど、今日はどうにもタイミングが悪い。 警備の人間が来た‐‐
 ‐‐大丈夫、また近い内に来るよ‐‐ 
 ‐‐そうそう、寒くなってきたから君のマフラー借りていくよ‐‐

「親愛なる、エーリッヒ・オーウェン様へ‥‥か」
 行きつけの図書館のいつもの席。
 エリックは手紙を読みつつ、今日も穏やかな空を眺めた。
 結局、フィーが何を伝えたかったのか僕には良く分からなかった。
 けれど、これで生きる意味を見つけた気がした。
 歪んだ理由かもしれない。
 だが、今の僕には充分な気がする。
「フィオナ・コール、僕は待ってるよ」
 エリックは携帯を取り出してメールを打ち始める。
 もう少し生きてみます、とだけ。
 宛先は今回の依頼で関わった傭兵達の携帯だった。