●リプレイ本文
海面を頭上に、差し込む日光が揺らぐ。
「海の藻屑、なんて御免だけどな‥‥」
片柳 晴城 (
gc0475)は仄暗い海の底を覗く様にして、溜息を吐く。
間違えても沈んではならない。
そう思えてくる様な、暗さだった。
それが普段からの光景なのか、戦場だからこその光景なのか。
晴城はそれに対する答えを持ち合わせていなかった。
その晴城の駆るアルバトロスの近くを航行する、ビーストソウル。
コクピット内では石田 陽兵(
gb5628)が敵戦力のデータを確認する。
タロスのみで構成された、海戦仕様の部隊。
それが後方を航行している母艦に向かって来ている。
「色付きってレベル高いなぁ‥‥」
陽兵にとってこれが初の海戦。
其処に敵機として現れたのは、明らかにエースと思われる機体が含まれている部隊。
自身の担当は、恐らくの話になるが無人機なのだが――
それでも、やはり不安というモノは残っていた。
周防 誠(
ga7131)は陽兵とは別に、闘争心を燃やす。
「海のタロス‥‥どの程度のものか、御手並み拝見といきましょう」
海中という事もあってか、未だ肉眼では姿を確認出来ていない。
が、レーダーには反応が僅かに残る。
確かに、前方に居るのだ。
操縦桿の重さを確かめる白鐘剣一郎(
ga0184)も気合は十分。
普段、身を投じている戦域が空と陸なだけに勝手は大分違うと思われるのだが――
剣一郎が乗っているのは、自身が開発に関わった機体、リヴァイアサン。
慣れない戦場でも敵機との戦いに集中出来るのは、そこから来る自信も有るからだろう。
相手が例え、どんなものでもあろうとも。
「常と戦場と機体は違えど、俺も一廉の傭兵だ」
求められるものは、その成果だ。
榊 兵衛(
ga0388)はレーダーに映る、先程よりも強く反応する影を確認する。
クニツナと呼ばれた少年は機体をその場に制止させる。
「それじゃ、そろそろ」
その言葉に従ったのはもう一機のみ。
二機のシルバーグレイの機体がその動きを止める。
他の四機は相変わらず前進をしている。
「確り頼むよ、ヤスツナ」
「了解しています」
女は眼鏡の位置を直しながら、機体の操作を始める。
その機体の手には重く鈍い光を湛えたスナイパーライフルが握られている。
目標の位置計算を終了した音が鳴ると、女、ヤスツナは迷わず引き金を引く。
水の中だというのにも関わらず、高速で進む緑色の光弾。
それを追う様に、クニツナとヤスツナも機体を前進させる。
各所で行われている戦闘の為か濁っている海中。
その中を、不敵に進んでいく。
第一射は母艦を狙った物だった。
しかし、着弾の知らせは無い。
「迎撃に専念出来るのは助かるな」
「それが我々の役目だからな」
剣一郎にリュミエールが応える。
そのやり取りを聞いた、錦織・長郎(
ga8268)は微かに笑いを漏らし呟く。
「くっくっくっ‥‥さあ、翼ある蛇『ケツァルコアトル』の出番だね」
視界は悪いが、肉眼でも確認出来る位置に敵機が居る。
長郎は操縦桿を握り締めて、前を行く機体に追従する。
「ヘマするのも嫌だし、気を引き締めて行くわよ」
どの作戦を取ってもそうだが、時期的なものも有るのだろうか。
一ヶ瀬 蒼子(
gc4104)はゆっくりと武装を展開させていく。
照準はタロスの内一機に絞られる。
敵が再び動き出す前に――
泡の軌跡を残して無数の魚雷が駆ける。
蒼子だけではなく、晴城や陽兵も同じ様に魚雷を放つ。
狙いは前に出ている普通のタロスのみ。
着弾と同時に、泡の軌跡の先がそのまま爆散する。
派手な歓迎ですね、とヤスツナは溢す。
そして、気付く。
未だ航行している魚雷が在る、という事に。
回避行動に移りながら、レーダーを見る。
傭兵達は一気に攻勢を仕掛けてきた様だった。
「後ろにも楯が在るという事でしょうね」
「それはそうだろう、元とは言え首都を落としに来てるんだから」
数はどちらも万全という事なのだろう。
クニツナはタロスの肩部分に設置された大型のミサイルポッドを展開させる。
そして、御返しと言わんばかりにミサイルを一気に射出する。
気泡の塊の中と、それを避ける様に上と下から大回りする様な形で。
新居・やすかず(
ga1891)は襲ってくる魚雷を避けつつ、反撃の一手に出る。
距離は少し有るが、相手の次の行動を遅らせなければ主導権を握られてしまう。
「強化人間か、バグアかは分かりませんが」
どちらにしろ、此処から先は通せない。
その上、この場から離れられても困る。
やすかずは徐々に速度を上げて、自身の目標――
四機のタロスの奥に居る、色違いのタロスに接近する。
勿論、それを他のタロスが許す訳が無い。
統制の取れた動きで、四機のタロスは水中用のミサイルを撒き散らす。
一つが爆発する度に、一気に海流が乱れ、その進攻を邪魔してくる。
「やはり、アレは無人機の可能性が高いね」
長郎は無人機に其々、ナンバリングしつつその動きを眺める。
そして、そのデータを各機に流す。
「さぁ、行こうか」
長郎は蒼子に呼び掛け、魚雷を発射する。
その魚雷郡に紛れて、蒼子は自身のビーストソウルを走らせる。
「行くわよ、蒼牙! あの木偶を食い千切る!」
蒼子は標的を一つに絞りつつ、ガトリングガンを唸らせる。
その様子を見て、陽兵と晴城も動き出す。
陽兵は潜航状態から、人型へとKVの状態を変化させてガウスガンを構える。
強力な磁力の力で放たれた銃弾が、蒼子の攻撃と共にタロスの連携を乱す。
更に、晴城の巡らせた魚雷がタロスを捉える。
その好機に剣一郎は機体を加速させる。
「斬り込む。 フォローを頼むぞ」
剣一郎の機体の後方、少し深度が深い所からやすかずの機体が浮上してくる。
そして、蒼い燐光が水中に散る。
蝮の女、と云われる名を冠した魚雷がヤスツナとクニツナの視界に広がる。
やすかずの機体から放たれた物だ。
ヤスツナは急速に海底へと降下しつつ、降り注ぐ魚雷郡を潜り抜け様とする。
クニツナはそれとは対照的に海面近くまで浮上して間隙を縫う。
魚雷郡を最小限の被弾で抜けたクニツナは、コクピット内部に響く警報に反応する。
前方には一気に距離を詰めてきた、兵衛の機影が確認できる。
得物は槍斧。
簡単に近付かせる訳もなく、肩のミサイルポッド内の残弾を全て吐き切る。
そのまま他のタロスの所まで潜って、連携を取ろうとするのだが――
「援護はきっちりさせてもらいますからね、ガンガン行っちゃって下さい!」
「心得た」
足下に多く張られた魚雷による弾幕の為に、クニツナは潜る事を断念する。
「仕方ないね、長い得物は得意じゃないんだけども」
兵衛は、そう吐いたクニツナのタロスに刺突を浴びせる。
魚雷やミサイルの轟音が響く中、甲高い金属音が水中に木霊する。
槍斧を受けきったのは刀身の黒い機刀。
拮抗した激突。
先に離れたのは兵衛の機体だった。
深い位置から放たれた鉛弾が、兵衛の機体を襲ったのだ。
追撃を掛けようとクニツナはブースターに点火する。
しかし、それと同時に誠は兵衛と別の角度から砲撃を加える。
薄っすらと蒼く輝く射線は、確実にクニツナのタロスを捉えていた。
「数撃ちゃ当たるってね!」
タロスの装甲に食い込む鉛弾を見て、陽兵は叫ぶ。
その叫びに応える様に、晴城はレーザーブレードを振るう。
思わぬ角度からの攻撃にタロスは受けるのが精一杯だったらしく、すぐに反撃には移行しない。
これを好機と見た陽兵は、晴城と入れ替わる様に眼前のタロスに迫る。
そして、エネルギーの流れを加速させるシステムを起動させようとするのだが――
微かな揺れと共に、一瞬だけだがコクピット内部のライトが消えかける。
フリーになっていたタロスが放った球体がその原因だ。
KVの武装で言う所の放電装置と同じ様な物。
やはり、と言った所だろうか。
簡単には仕事をさせてくれない。
「まだ、こっちのしたい事が少しでも出来るだけマシか‥‥」
晴城は、離脱しながら陽兵の目の前のタロスにガウスガンの銃口を向ける。
陽兵が緊急的にそのタロスから距離を取る。
そして、頭上に浮かんだタロスをモニターの端に捉える。
二度も同じ手は喰えない。
陽兵はブーストを掛けながら後退すると、魚雷を頭上に向かって放つ。
彼方此方で起きている爆発や衝突の影響か、海流が大きく乱れている様だ。
全速力で動くと、機体が軋む音がする。
それは陽兵と晴城にだけに言える事ではなく――
「‥‥些か厳しいものが有るね」
ある程度の衝撃や圧であったのならば、耐えられたのだろう。
満足とまではいかないが、KVは十分に動かせていた。
だが、それも戦闘の始まりまでの話。
長郎の身体に蓄積されていた、疲労やダメージは徐々にその思考や動きの精彩を欠かせていた。
長引けば長引くほどに、今作戦前から残っていた枷は重くなるばかり。
折り畳み式の機槍をギリギリでかわしながら、蒼子は水中用のディフェンダーを振るう。
長郎のオロチの動きが鈍い。
原因を確認しようにも、そんな余裕は無い。
タロスの機槍にディフェンダーを弾かれつつ、機体の体勢を維持する。
しかし、眼前には幾つもの球体。
それに当たった事の衝撃は然程厳しいものではない。
問題は、球体の放った電撃だった。
コクピット内部にも激しい衝撃が走る。
蒼子は歯を食い縛りながら、機体を浮上させる。
長郎も何とかそれをフォローする様に、二機の死角から魚雷を散らす。
タロスはその攻撃の直撃を受けながらも、反撃の一手を打つ。
気泡により白く霞んだ視界を突き破り、機槍で特攻を仕掛けてきたのだ。
蒼子はそれに気付き、急いで潜航を開始しようとする。
「‥‥っ!!」
肩部の装甲が爆ぜる。
魚雷が命中したのだった。
襲ってくる魚雷群に対し、ディフェンダーを楯に徐々に海面へと押し上げられる。
蒼子は下方を確認しつつ、通信回線に叩き付ける様に声を上げる。
「錦織さん! ねぇ、大丈夫!?」
海中の岩が崩れると同時に、微かにだが応答が聞こえる。
すまない、とだけ。
長郎のオロチは機槍の特攻をガトリングガンで勢いを殺し、回避する事は出来た。
しかし、それが限界だった。
次いで放たれた魚雷を、回避する事が出来なかったのだ。
海底近くを全速力で航行したが、機体よりも先に操縦者に限界が来たのだった。
直撃、と言う言葉が相応しかった。
「落ちろっ!」
蒼子は激昂しながらも、目の前のタロスにディフェンダーを突き刺す。
その一撃が動力部を上手く貫いたらしく、遂に動かなくなってしまった。
レーダーには長郎の機体の反応は無い。
代わりに脱出ポッドと思われる小さな反応だけが在る。
不幸中の幸い、蒼子にはそういった表現しか思いつかなかった。
リヴァイアサンのブースターが一気に点火する。
剣一郎は三本の爪をシルバーグレイの胸部に叩き込もうとする。
しかし、それは水の層を斬り裂いただけだった。
量産型の物と思われる機刀を振るい、ヤスツナは剣一郎に反撃の一太刀を浴びせる。
鈍い音が響き、剣一郎の機体の装甲がへこんでしまう。
剣一郎は一度、間合いを取る為に右方向へと離脱する。
ヤスツナはそれを追おうとはせずに、自身も剣一郎の機体から遠ざかろうとする。
そこに丁度、やすかずが攻撃を仕掛けてくる。
この時の為にヤスツナは追撃を試みなかったのだ。
回避行動を取りながら、やすかずの隙を窺う。
窺ってはみるのだが、今度は別方向からの射撃に襲われる。
どちらも突出した機体ではないものの、上手い具合に連携が噛み合っていた。
それでも冷静さを崩さずに、ヤスツナはモニター上の他戦域の情報を確認する。
「クニツナ、やはり狙いは戦力の分断の様です」
戦況は一進一退の様だが、このままでは面倒な事になる。
そう踏んだクニツナは、兵衛と誠から一時的に逃れる様にして海底近くの岩に機体を隠す。
「ヤスツナは他の三人と合流してくれないか」
「了解しました」
たったそれだけの通信。
ヤスツナは、その命令だけを受けて一気に行動に移る。
スナイパーライフルを構え、引き金を引き、緑色の光弾を撃ち出す。
離脱する様な動きと気配。
それを悟った剣一郎とやすかずは、させまいと追従する。
「流石に良い動きをする。が、簡単には逃がさん」
「いきますよ」
やすかずは剣一郎の動き出しに合わせて、水中用のホーミングミサイルを射出する。
対象に向かって一直線に飛ぶミサイルと、リヴァイアサン。
しかし、どちらも牙が届く事はなかった。
割って入ってきたのはタロス。
蒼子の攻撃を振り切って、壁の様にヤスツナと剣一郎達の間に入り込んできたのだ。
その壁にミサイルが着弾し、レーザークローが叩き込まれる。
ヤスツナは振向き様に、その壁ごと剣一郎を狙う。
機体が軋み、脳を揺さぶられる様な衝撃が剣一郎を襲った。
晴城の機体のレーザーブレードが、タロスの肩を貫く。
陽兵は晴城が離れた頃合を見計らって、ガウスガンを掃射する。
落とすまでには至らなかったが、時間の問題だろう。
接近してきたもう一機のタロスに備えながら、動き出す。
晴城も援護の態勢に入るのだが、その一機は予想だにしない行動に移った。
陽兵の機体の横を通り抜けたのだ。
追おうにも、先程のタロスが全ての兵装を展開させて晴城と陽兵の行動を阻害する。
「僕が生き残れる確率は殆ど無い。 しかし、果たしてそれが負け戦かどうか」
分からないだろう、とクニツナは言い放つ。
その声は、突然オープン回線で響き渡る。
鍔迫り合いを演じていた兵衛を弾き飛ばして、誠の張った弾幕を受け切ったクニツナ。
既に機体はボロボロだった。
その機体は黒い機刀を正眼の位置に構える。
そして、柄の部分に在るスリットに板状の物を差し込んだ。
「槍の方、之をさっきまでの鈍らだとは思わない方が良い」
そして、一気に加速する。
「榊さんに攻撃させる訳にはいきませんよっと‥‥!」
誠は向かってくる敵機にフォトンランチャーを照射する。
しかし、回避する素振りなど欠片も無い。
「天下五剣が内一振り、鬼丸國綱‥‥覚えておいて下さい」
紫色の閃光を放った刀身は兵衛の機体に届く事は無かった。
だから槍は苦手なんだ、そう言い残したクニツナの機体は爆散する。
そして――
結果、母艦は撤退を余儀なくされた。
能力者達の包囲網を潜り抜けたタロスが、艦近くで全武装を展開させながら自爆。
それが艦に与えたダメージは皆無だった。
しかし、艦を守る小隊エクラデエスには十分な被害を与えた。
この事や、能力者達の消耗を考えれば戦線から離脱する他の道はなかったのだ。
ウルシはその報告を受けながら、眉間を抑える。
「面倒な事になってきたじゃねぇか‥‥」