●リプレイ本文
砂塵を巻き上げる風が、まるで壁の様に吹いていた。
車はその壁を抜けると、難無く街中へと侵入していく。
黒木 敬介(
gc5024)の思う様に、お世辞にも視界は良くない。
それに廃墟群だからなのか、もしくは逃げ込んだキメラの姿が見えないからか。
何とも言い難い雰囲気が、其処には在った。
それを感じ取ったのか、八尾師 命(
gb9785)は辺りをキョロキョロと見回す。
「な、何だか不気味ですね〜‥‥何か出てきそうですよ〜‥‥」
不安を煽る雰囲気に呑まれてしまったのだろうか。
敬介は、そんな命に「大丈夫だよ」と優しい言葉を掛けると車のドアを開ける。
外の空気を吸い込んでみると、やはり気持ちの良いものではなかった。
敬介に続いて、車外に出たユーリ・ヴェルトライゼン(
ga8751)も目を細める。
キメラの姿が見えない事に、自身達が誘い込まれたのではないのかという疑問も有る。
カララク(
gb1394)にも、似た様な感覚が有った様だ。
「‥‥妙だな。 仕掛けてこないとは‥‥」
既に自身の得物を抜いて、仲間とは別の方向を確認しながら車外に出てきた。
先に降りた敬介の顔が少々険しく見えるのは、その疑問や感覚が彼にも有ったのであろう。
もう一方の車に乗った四人も、外へと出てくる。
桂木穣治(
gb5595)は、また別の色の警戒心を持っていた。
競合地域と、バグア占領地域の境界線近く。
確かに追ってきたキメラの動きが無い事は不気味だが、それ以上に此処は最前線なのだ。
周囲への警戒は、特別に必要な場所だったのだ。
「寂しい所ですね‥‥早めに片付けて、すっきり道を通しておきたい所です」
本当に薄い黄土色のヴェールの張った、街の奥を見据えてみる。
特に何が見えるという訳でもない光景に、五十嵐 八九十(
gb7911)は呟く。
捨てられた街に生気など欠片も無かった。
「ま、今回はさっさと終わらせて、金貰って終わりにしようぜ」
そんな不安や不気味さは何処吹く風と、秋月 九蔵(
gb1711)が声を上げる。
能力者、傭兵として生きていれば良く有る事。
生きている人間が居なかったのが、ある意味では救いなのかもしれないとだけ思う。
車の荷台からAU−KVを引いて降りてきた、天宮(
gb4665)は九蔵の言葉に頷く。
取り合えず、此処にこうしていても仕方が無いのだ。
「参りましょうか‥‥」
その一言で、八人は車を離れ廃墟の奥へと歩を進める事にした。
既に死んでしまった街の、その体内へと。
二班に分かれた八人は、其々別のルートから街の中心部に向かう事にした。
一つ建物を挟んで、連絡を取り合いながら進む。
これならば合流に然程苦も無いだろうという考えの基だった。
「これだけ瓦礫ばかりだと足を取られそうですよ〜」
命の言う様に、ゴロゴロと転がった瓦礫は面倒な物。
戦闘になれば、安定しない足場で戦う事になる。
ひょいひょいと進んでいる敬介も、鬱陶しいのか溜息を吐く。
そして、他のそれよりも大きな瓦礫に飛び上がって周りを見渡す。
「注意してくれ。 悪い予感がする‥‥」
自身達の進んで来た方向、後方を確認しながら、カララクは言う。
敬介は「はいはい」と言った感じで返事をすると、瓦礫から降りて再度進みだす。
敬介の少し後ろを進むユーリが、違和感を覚えたのはそんな時だった。
落ちている瓦礫の断面が新しいのだ。
気が付いてみれば、彼処の建物に大穴が開いている。
近くに潜んでいる、ユーリはそう踏んだ。
その旨を班の仲間、他班の仲間に伝える。
天宮はそれを聞くと落ちている瓦礫をざっと見渡してみる。
精度は低いが、自前のアナライザーに映った景色。
瓦礫がある一定の方向に飛び散っている様に思える。
大型の何かが建物を突き抜けて無理矢理進行した様な痕跡。
仲間に声を掛けて詳しく調べたかったのだが――
爆破された様に前方の壁が崩れ去る。
「ハッハー! トリガーハッピーに行こうぜ」
九蔵が声を上げて、粉塵の中に向けて銃口を構える。
間違いない、追っていたキメラだ。
瓦礫を踏み砕きながら、猛スピードで鋼色の大型の蠍が姿を現す。
穣治はその姿を睨みながら、青い瞳を煌かせる。
「滅多に出さねぇ本気をくれてやらぁ!」
そう叫ぶと、穣治の周囲に浮かんだ映像紋章の配列が瞬時に書き換えられる。
戦場の読者、穣治はその本を開き電撃を撒き散らす。
九蔵も射程に入った蠍に対し、全弾を掃射してその行動を阻害する。
しかし、その勢いは止まらない。
八九十と天宮は、その突進に巻き込まれない様に進路横に回避する。
蠍は地面を抉りながら、その勢いを殺し、無理矢理に方向転換を試みる。
鋏や尾が周囲の建物を破壊していく。
「見つけましたよ!」
八九十は、無線に叩き付ける様に叫ぶ。
その緊急的な連絡に、ユーリ達も合流するため動こうとする。
が、すぐに足を止めて後方を振り返る事になる。
仕方が無い、と言った感じでカララクは即座に閃光手榴弾を放った。
視界を真っ白に染め上げる光は、上手く蠍の動きを止められた様だった。
既に敬介とユーリは、蠍との間合いを詰めにかかっていた。
殆ど同時に蠍に斬りかかる二人。
その斬撃が飛ぶと、蠍は大きな鋏を交差させて守りを固める。
ユーリが振るった光刃は、溶ける様に甲殻に食い込んでいく。
鋏の大きさもあって、そのまま斬り落とす事は出来なかったが物質的な攻撃よりも効果的である事は間違いなかった。
敬介は自身の描いた斬線を見て、やはり浅いと思う。
しかし、特に気にする訳でもなく次の一手に備えて刀を構える。
後方では、命が人形型の超機械を目の前に構える。
すると蠍の体に電撃が走り、更に蠍は怯む。
しかし、後退する姿勢は未だに見せない。
蠍は円を描く様にその場で回転運動を行い、尾で周囲の物を一気に薙ぎ倒していく。
ユーリも敬介も避け切れずに、揃って瓦礫の中に叩き込まれてしまう。
蠍はぱらぱらと降る小石を体に浴びながら、追撃行動に移る。
二人が埋まった瓦礫に向かって、尾を高速で伸ばす。
そうはさせまいとカララクは、銃の引き金を何度も引く。
鉛弾がFFを貫いて、蠍の装甲とも呼べる表皮の上で弾ける。
それに気を取られたのか、蠍は尾を止め、更には足も止めてしまった。
その好機に飛び出したのは、敬介だった。
多少ダメージは残っていたが、動きが鈍るほどではない。
命は即座に蠍の防御力を落とすべく、人形を翳す。
何の変化も見られないが、確かに減った彼女の練力は蠍を弱らせる。
全速力で振り抜かれた刃は、蠍の表皮を先程よりも大分容易に斬り裂いた。
蠍は未だ動けない。
すぐ後から走ってきたユーリが蠍の体の上に飛び乗り、更に高く跳躍する。
毒が有っては面倒な事になる。
そういった理由で、尾を落とす事にしたのだ。
命の支援のお陰で大分斬り易くなっている事は証明済み。
ユーリは気合を吐いて、極限まで濃縮されたレーザーの刃を一閃した。
白色の鎌の刃を蠍の体から引き抜くと、天宮は斜め後方に跳ぶ。
体が大きい為か、此方の攻撃を当てるのは容易い。
天宮が蠍から離れ、着地するのを確認すると、穣治は本を開く。
激しい発光と共に、蠍の体が跳ねる。
肉の焦げた臭いに、下がる天宮と替わって眉を顰めながら八九十が走る。
蠍はそれを嫌ってか、八九十目掛けて尾の刺突を浴びせた。
寸での所、と言った感じで八九十の足元に尾の先が刺さる。
一度風圧に足を止めるも、追撃が来る前に動き出す。
九蔵の援護射撃のお陰もあってか、懐に潜る事は然程難しくはなかった。
後方では、再度天宮が前に出てくる気配がする。
この好機に、八九十は全力で拳を握り締める。
息を小さく吐き、鋏と腕の関節の間に爪を捻じ込む様に突き出す。
翼の紋章が舞い、いとも簡単にFFは千切れ、瞬時に二撃目が飛ぶ。
鈍い音を聞きながら、天宮も鎌を大きく振り被る。
鎌の切っ先は蠍の頭を捕らえ、更に傷を負わせる。
二人が間合いを取れば、追おうとする蠍だったが、それも叶わず。
九蔵の制圧力が何とか蠍を上回っていたのだ。
しかし、蠍は弾丸の雨が止むと同時に加速を始める。
大型故の馬力か、一気にトップスピードに入る。
標的は邪魔な雨を降らす九蔵。
それに気付いた九蔵は、得物を散弾銃に持ち替えて真正面からそれに対峙する。
蠍は砂塵を巻き上げながら、地面を振動させる。
穣治の電撃も効いてはいるのだろうが、それで勢いが死ぬ事はなかった。
「さぁ、チキンレースだ‥‥さぁ早く来い」
ギリギリまで引き付けて、その引き金を引く。
飛び散った鉛弾は、確かに蠍の頭を捕らえるがやはり動きが止まる事はなかった。
回避も間に合わず、九蔵は弾き飛ばされてしまう。
地面に落ちた九蔵に駆け寄った穣治は、怪我の具合を確かめる。
どうやら、重傷とまではいかないがかなりの衝撃だったらしく息をするのもままならない感じだった。
回復を行いながら、穣治は顔を上げる。
如何いう訳か、蠍は突進後に自身の勢いに耐えられなかったらしく正面に在った瓦礫に突っ込んでしまった。
再三の攻撃に弱ってきているのだろう。
何にせよ、体力が無尽蔵では無い事は分かった。
九蔵が立ち上がって、銃を構え直すのを確認すると、穣治は蠍を睨み電撃を飛ばす。
それに合わせて、八九十と天宮が肉薄する。
その二人の背中を越して、九蔵の放った弾丸が飛ぶ。
ようやっと振向いた蠍の体は電撃で跳ね、脳天に鉛が食い込む。
奇妙で、そして苦しそうな声を上げて、蠍は後ずさりする。
しかし、鈍った動きでは距離を取る事も難しく、結局八九十と天宮の接近を許してしまった。
二人はもう一度全身全霊を込めて、蠍の体に其々の得物を叩き込んだ。
無線から嫌な報せが響いたのは次の瞬間だった。
「全弾くれてやる。 避けてくれるなよ‥‥!」
カララクは吼えると、可能な限り引き金を高速で引く。
普通のそれとは違う弾丸が、蠍の関節や傷口に減り込み、紫色の血飛沫を上げる。
表皮の一部は剥がれ落ち、内部の肉は命の超機械により焼かれている。
もう一押しで、片付けられる。
そう思い、ユーリと敬介は止めを刺そうと前に躍り出る。
もう一つ、銃声が響き渡る。
カララクのものではない。
敬介はユーリの左肩口の肉が抉り取られている事に気付く。
倒れながらユーリは、正面の廃屋の屋根部分に彼女を視界に捉える。
銃を構える金髪の女。
その目は不気味なくらいに碧い。
そんな彼女の存在に、誰も気付きすらしなかった。
「あわわ、一旦態勢を立て直しましょう〜」
命は焦りながらもユーリの無事を確認する、その場から少しずつ退く。
カララクも舌打ちをした後に、後方をちらりと見ると――
悪い予感というものは、悉く当たるもの。
「当たって欲しくはなかったが‥‥」
頭の先から足の爪先まで真っ白な女が、此方に迫ってきている。
その手に握られているのは、身の丈よりも長い刀。
狙いは勿論、命だろう。
未だ蠍に止めは刺していないが、このままでは命が危ない。
そう思って、振り返り様にカララクは銃を構える。
が、そんなカララクを追い抜かす様に敬介が跳ねる。
刹那の技、とも言うべきか。
相手に、ヤスツナにとっては十分に奇襲となった。
「新刀八双流‥‥流星斬り!」
間合いは未だに詰まっていないが、それでも敬介は空を両断すべく刀を振るう。
ただただ速く、その一心で振り抜いた。
ヤスツナは敬介の仕掛けた高速の奇襲に対応出来なかった。
しかし、彼女にとってはそれだけだった。
「能力者の中には、個人で私達強化人間を凌ぐ実力者が居ると聞きましたが」
凶暴に光る赤い瞳が、巻き上がった砂塵の中で敬介を捉える。
「雑なのですよ、速度だけではどうにもならない」
太刀筋だけを見れば、師は良かったのだろう。
ヤスツナの右手が高々と振り翳される瞬間、敬介は急いで刀を返すが――
遅かった。
左肩口から、右脇腹に掛けての裂傷は最早立っていられるものではない。
血飛沫を浴びながら、ヤスツナは先程の攻撃で駄目になった眼鏡を捨てる。
二人目の獲物を見据えて、更に加速しようとする。
「やれやれ‥‥」
ヘンゼルは屋根の上に突っ立ったまま、金糸の様な髪を掻き揚げる。
敬介を斬り伏せたヤスツナの、更に後方。
恐らく、蠍を黙らせたのだろう四人の能力者。
命はそれに気付いてか、退こうとはしなかった。
その後方で、蠍が再度動きだそうとするのだが、目の前にはユーリが立ちはだかる。
ヘンゼルが行動を起す、それよりも早くにユーリは駆け出す。
目の前のキメラは既に、虫の息だ。
鋏による攻撃を潜り抜けて、ユーリは蠍の脳天に光刃を衝き立てる。
反応は皆無。
蠍は既に動ける程の体力を残していなかったのだ。
ヘンゼルはようやっと動こうとするが、カララクがそうはさせなかった。
射線は既に、彼女を捉えている。
牽制の為に何発か発砲する。
その音を聞きながら、命は電撃を弾けさせる。
予想以上の出力に、倒れはしなかったもののヤスツナの膝が折れる。
そこで初めて、ヤスツナは背後の気配に気付く。
自身の悪い癖が出てしまった様だ。
振向きながら、刀を構え直す。
「‥‥これは使いたくなかったのですがね」
視界の端には、黄金に明滅する何かが映っている。
それともう一つ、大鎌だ。
防御は間に合わず、その大鎌の切っ先が胸を裂く。
ダメ押しと言わんばかりに穣治の電撃、そして八九十の蹴りが突き刺さる。
その衝撃でヤスツナの身体は瓦礫の上を転がり、そして止まる。
ここぞとばかちにユーリが詰め寄ろうとするが――
鉛の雨が恐ろしい数とスピードで降り注ぐ。
地面に着地したヘンゼルは、その金色の髪を靡かせて走る。
そして、一気にヤスツナの身体を担ぎ上げると、そのまま逃走を図る。
「おぅ! 久し振りだな、元気にしてたか?」
九蔵がその顔を見て、声を上げるとヘンゼルは走りながら銃を構える。
「よぉ、豚。生きておったか」
逃がすまいと、九蔵は銃を構えてその足元を狙う。
直撃とまではいかなかったが、その腿に傷を負わせる事は出来た。
ヘンゼルは体勢を整えながら、ヤスツナをその場に下ろすと白銀の二丁拳銃を構える。
「死に場所は選びたいからのぉ!」
珍しく本気なのだろうか、彼女は身体を回転させながら全弾を撃ち尽くすまで引き金を引く。
能力者の足は其処で止まる。
「まっ、豚共にしては上出来じゃろ」
そう言って、小さな鉄の塊を投げ捨てる。
次の瞬間には、七人の視界が白く染まっていた。
視界が晴れると、二人の強化人間の姿は無かった。
作戦は一応の所、成功した。
しかし、重傷者を抱えたままでは此処に留まる事は出来ない。
八人は基地へと帰る事を余儀なくされたのだった。