●リプレイ本文
早朝、依頼の帰りに本部に顔を出したリゼット・ランドルフ(
ga5171)はリサ・クラウドマン(gz0084)の依頼に興味を引かれた。
「パン屋さんが奥さんの出産で病院へ、ですか‥‥。困ってる人は放っておけませんね。パン屋さんにも少し興味がありますし」
そう思ったリゼットは一路パン屋へ。
「これってあそこの奥さんの事じゃないの?」
同じく本部で依頼の確認をしていた百地・悠季(
ga8270)が軽く驚く。
「ギリギリまで引っ張ってからねえ‥‥」
そのパン屋は悠季の旦那が営んでいる喫茶店の加工用仕入先であり、悠季がそこの奥さんと同じく身重な事もあって、色々ご贔屓にとか話した事があるのだ。
「これは店主が帰って来るまで安心運用しておかないとね」
という事で一路パン屋へ。
その頃、リヴァル・クロウ(
gb2337)も同じ依頼を目にしていた。
(リサを放っておくわけにはいかない。事態が収拾させるか)
しかしリヴァルは料理の経験がそれほど深くない上、先日のプロトスクエアとの戦闘の報告書で恋人のリサを怒らせていた。
(行くの吝かではないが、もしリサと2人っきりだった場合、少し‥いや、かなり気まずい。ここは他にも助っ人を‥‥)
本部にいる者達に目を向けると、知り合いの少女が目に入った。
「九条院! ちょうどいい所で会った。今日時間はあるだろうか?」
「え?」
いきなり声をかけられて驚く九条院つばめ(
ga6530)に事情を説明する。
「いきなり何事かと思いましたけど‥‥そういうことだったんですね」
つばめは納得の笑みを浮かべた。
「急なお産なら店主さんが慌てるのも仕方がないですね。元気なお子さんが生まれることをお祈りしつつ、私たちでお店の方、頑張って切り盛りしましょうか」
「それは共に手伝ってくれると解釈してよいだろうか。すまない、感謝する」
そして2人もパン屋へ。
悠季がパン屋に着くと、リサは開店準備をしている所だった。
「リサ、手伝いに来てあげたわよ」
「百地さん、うわぁ〜ありがとうございます。一人でどうしようかと途方にくれていた所だったんですよ〜」
悠季が声をかけるとリサは心底安堵した様子で破顔した。
「ふふっ、ここの奥さんとは顔見知りなのよ。さ、そろそろ業者が斤単位で買いに来る頃だと思うから準備しておきましょう」
「はい」
そうして準備しているとリゼット、つばめ、リヴァルも到着する。
「リゼットさん、つばめさん、ありがとうございます。ホントに助かります」
「いえ、パン屋さんの経験はありませんけど、精一杯頑張りますね」
「傭兵兼学生の身としては、今までアルバイトなんてやったことなかったから‥‥ふふ、ちょっと楽しみです」
リサの歓迎を受けたリゼットとつばめは微笑を浮かべた。
「人数が揃ってきたわね。じゃ、パンを作れる人は作り始めましょう。経験のない人は食パンを袋に詰めてくれる」
「はい、これエプロンです」
悠季が指示を出し、リサがエプロンを配る。
「ありがとう、リサ」
「いえ」
エプロンを受け取ったリヴァルが礼を言うが、リサは返事も表情も物凄く素っ気なく、すぐに奥の調理場に引っ込んでしまった。
「あの‥‥クラウドマンさんと何かあったんですか?」
つばめが心配そうに声をかける。
「まぁ‥‥少し‥な」
リヴァルは暗澹たる気分でエプロンを身につけた。
(ん〜‥‥これは仲を取り持ってあげた方がいいでしょうか?)
リゼットがそんな事を思っていると時刻は6時になり、本日最初の客が来店する。
「あ、いっらっしゃいませー」
つばめは咄嗟に笑顔を作った。
「何時もの食パンを‥‥ん? 今日は店主はどうしたんだ?」
「それが‥‥」
つばめが事情を説明する。
「ほぉ〜、それはおめでたい。いや、まだ産まれてなかったな。では、頑張って‥‥と言うのも変か。ともかくよろしく伝えてくれ」
「はい、伝えておきます。お買い上げありがとうございました」
お客は食パンを4斤買っていった。
一方、調理室では
「まずはそのまま昼食になりえる主食系を中心に作るわよ。菓子系はその後に余裕が出てからね」
悠季の指示でパン作りが行われていた。
最初の焼き上げは食パン、バターロール、クロワッサン、チーズパン、焼きそばパンとホットドッグ用のパン。
「あの、サンドイッチが欲しいってお客さんが来ているんですけど‥‥」
しかし焼き上がりに関係なく客は訪れるため、困り顔のつばめが調理室にやってくる。
「サンドイッチならすぐにできるわね。少し待って貰うように伝えて」
「はい」
悠季に言われてつばめが引っ込む。
「じゃあ、焼き上がるまでリサさんとリヴァルさんにはサンドイッチとフレンチトーストを作っててもらいましょう」
「そうですね」
リゼットがリヴァルに気を効かせて提案すると、リサも賛同してくれた。
「了解だ。リサ、指示してくれ」
「まず6枚切りのパンの耳を落として下さい。そして‥‥」
2人は共同でサンドイッチを作るとつばめに渡した。
「要領は分かりましたよね。じゃあ私はフレンチトーストを作りますから、サンドイッチはお願いします」
「あ、あぁ‥‥」
しかしいきなり作業を分担させられたので会話らしい会話もできず、リヴァルは寂しさ抱えたまま黙々とサンドイッチを作り続けた。
そして最初のパンが焼き上がった頃。
「リサさーん。手伝いに来たよー」
弓亜 石榴(
ga0468)と石動 小夜子(
ga0121)がやってきた。
「うわぁ〜、ありがとうございます。助かります」
「ふふ‥出産なんてお目出度い事ですもの、その間お店を留守番するのも良い、ですよね」
リサが歓待すると小夜子はにっこり微笑んだ。
「無償で手伝ってあげるけど‥リサさん今回の御礼に、後で素敵なエロ衣装を着てくれるんだよね♪」
「無償は無償です。エロ衣装なんて着ませんよ」
リサは眉を潜めて石榴に冷たく告げると店内に戻っていった。
「あれ、なんか今日のリサさんトゲトゲしてる? やっぱりリヴァルさんがリサさんより先に敵に(ピー)して(にゃ〜ん)して(パオーン)までしちゃったから拗ねてるんだね」
「そ、それは違うと思いますけど‥‥。でも、仲直りはして差しあげたい、です」
「それなら私も協力します。お節介かもですけど、上手くいってほしいですし、ね」
話を聞いていたリゼットも加わる。
「うんうん。2人とも良い子だね〜。良い子には後で素敵な贈り物をあげなきゃ♪ じゅるり」
石榴がにやけ顔でヨダレを拭う。
ちなみに石榴の言う『素敵な贈り物』とは主に相手に恥ずかしい格好をさせる事である。
「と、ともかく、御二人とも朝食がまだでしょうから、一緒に休憩していただきましょう」
小夜子は一計を案じて実行に移した。
しかし
「朝食はカ○リーメイトと缶コーヒーで済ませたので休憩は不要と判断する」
リヴァルはまったく空気を読んでない返事をしてくれた。
「それじゃあ力が出ないから、ちゃんと食べた方がいいですよ。焦げて商品にならないパンもありますし、2人でどうぞ」
なのでリゼットがやや強引に2人を休憩させた。
「そうか‥‥」
「じゃあ、手早く食べてきますね」
「いえいえ、ごゆっくり〜」
そう言いつつ石榴がうっかりわざとリサのスカートを捲り上げ様としたが、
「弓亜さん‥‥」
さすがにここで更にリサを怒らせるのはまずいと小夜子が止める。
休憩室に来た2人は早速パンを食べ始める。
「‥‥うん、焦げていても旨いな」
「そうですね。焦がしたのはリヴァルさんですけど」
(ぐ‥‥)
無難な話題を振ったつもりだったが、リサの言葉にはトゲがある。
「リサ! た、確かに、戦闘中の過失であっても問題はあった。すまなかった」
リヴァルは思い切って真正面から素直に謝る作戦に出た。
「やましい気持ちはなかったと?」
「勿論だ」
「でも、気持ちいいとは思ったんですよね?」
「せ、戦闘中の出来事であるため、その様な気持ちは抱かなかった」
一瞬どもってしまったためリヴァルの額に汗が浮かぶ。
「戦闘中でなければ抱いたという事ですか?」
「そもそも戦闘中でなければあの様な行為はしない」
「それは‥‥私にも、ですか?」
「‥‥え?」
一瞬何を聞かれたのか分からないリヴァル。
「な、なっ、なんでもないです! い、今のは聞かなかった事にして下さい!」
リサは大慌ててそっぽを向いたが、耳が赤くなっているのが見て取れる。
「わ、分かった」
そんなツンデレっぽいリサが新鮮で、リヴァルの胸は変に高鳴った。
「‥‥」
「‥‥」
先程とは別の意味で気まずい雰囲気が漂う中、2人は食事を終える。
「じゃ、仕事に戻りましょう」
「そうだな」
リサはまだ素っ気ないが、もうトゲはない。
「あれ、顔が赤いよリサさん。これはラッキースケベなリヴァルさんが早速子作‥」
「そんな事してません!!」
石榴にからかわれて怒る声にも照れが伺える。
(これは‥許して貰えたのだろうか?)
リヴァルにはイマイチ判断をつかない。
(ふふ‥クラウドマンさんとクロウさん、仲直りされたみたいですね)
しかし傍で見ている小夜子にはハッキリ分かった。
(雨降って地固まるの喩もありますし、もっと仲良くなって、パン屋さん夫婦の様に、お子さんが出来る位にとか‥‥)
更にそんな事まで思った自分に自分で照れた。
その後、他の者達も朝食をとりつつパンも順調に焼き上げ、店内には一通り商品が並べられた。
しかし時は既に8時前。朝食や昼食用にとパンを買い求める客が次々と来店してくる。
「ありがとうございました! またのお越しをお待ちしています!」
レジではつばめが常に笑顔で接客し、レジで作業していてもパンを入れる袋の類の準備や、トレイやトングの片付けが素早くできる位置に修正する工夫も凝らした。
それでも慣れない内はレジを間違えないよう慎重を期したため時間が掛かり、レジ待ちのお客の列がだんだんと長くなってくる。
「袋詰めは私がやるから、九条院さんはレジお願い」
なので石榴がヘルプに入り、2人で客をさばいていった。
調理場ではパンの減り具合に合わせて小夜子、リゼット、悠季、リサが手分けして生地を作り、リヴァルが黙々と焼いていた。
「ねぇ、リサ。もしかしてリヴァル、オーブン担当にされて怒ってる?」
言葉もなくジッとオーブンを見つめるリヴァルを見て心配になった悠季が小声でリサに尋ねる。
「いえ、たぶん楽しんでいると思いますよ」
「そうなの? そうは見えないんだけど‥‥」
「リヴァルさんって熱中するとそれしか見えなくなる時があるんです」
リサの言う通り、表情にはまったく出ていないがリヴァルはパンの焼き加減、パンの膨らみ具合を眺めている内に、その新鮮な光景を見る事が徐々に楽しくなっていた。
なので、新しい物を見て好奇心一杯の子供の様な雰囲気を漂わせてもいたのだが、それを感じ取れたのは付き合いの長いリサだけだった。
そうしてお店を切り盛りしている間に時刻は9時半になり、客足も少し落ち着いたが、10時を過ぎると今度は買い物で外に出た主婦が次々と来店し始める。
しかも主婦層は主食用と菓子系の両方を買い求めるため共に減り、次の焼きを何にするか予測が立て辛くなった。
更に12時になると、ビジネスマンも来店して忙しさは倍増。
人気のパンは瞬く間に減って、オーブンは常にフル回転。
レジの前には朝とは比較にならない列ができたため、石榴もレジに常駐。
リヴァルが焼きの合間に商品の陳列行なければならない程の客入りだ。
客の中には朝に来店した者から『可愛い店員さんがいる』と聞いて来た者もいたのだが、そんな事に気づく余裕もなく働き続ける。
そして13時半頃になると、ようやく客足が緩やかになってくれた。
「パン屋って、力仕事の重労働だったんですね‥‥」
リゼットが椅子に座ってぐったり脱力する。
「つばめ、レジを代わるから昼食とって休憩して」
「はい、じゃあお願いします。実はお腹がペコペコだったんです」
「ふふっ、お腹がすいてるのに目の前にあるパンが食べられないって辛いわよね」
「ははっ、そうですね。本当に辛かったです」
つばめはレジを悠季に任せ、嬉しそうにパンを選び始めた。
それからは来客も減って余裕が出てきた事から、小夜子は持参した黒豆や甘納豆をパン生地に練りこみ始めた。
「あれ、何を作ってるんですか?」
「豆パン、です。売り物になれば良し、ならなくとも皆さんの食事にすれば良いかな、と思いまして」
「へー、豆を入れるなんて変わったパンですね」
「俺も初めて見る」
リゼットとリヴァルは初見らしい。
「そうなんですか? 豆パンが知られていないのは意外でした‥。世界は広い、です‥‥」
「石動さん、そのパンの作り方を教えて貰えませんか?」
「ふふっ‥パン生地に豆を混ぜて焼くだけなので、凄く簡単ですよ」
リゼットは小夜子に教わりながら一緒に作った。
「ランドルフさんは何か作ってみたいパンはないんですか?」
「パウンドケーキの種類を増やしてみたいかも。チョコパウンドケーキとか、マーマレードを生地に入れたりとか」
「ふふっ、それも素敵、です。ぜひ作ってみましょう」
そしてチョコやマーマレードのパウンドケーキも作られ、豆パンと共に皆で試食。
とても美味しかった事から店にも並べられ、順調に売れていった。
やがて5時頃になると主婦や学校帰りの生徒などで再び客足は増えたものの、既に仕事に慣れた7人は難なく客をさばいてゆく。
そして更に時が過ぎ、もうすぐ閉店の8時になろうとしていた。
「パン屋さんのお子さん、無事に産まれたでしょうか‥‥」
「終わったら病院行ってみようか」
小夜子が何気なく呟くと、話題が自然と子供の事になる。
「本当に店を開けててくれたのか‥‥」
「あ、店長さん」
ちょうどその時、リサが帰ってきた店長に気づいた。
「君か。本当にありがとう! 感謝する! え〜と‥‥」
店主はリサの手をとってブンブン振ると互いに名前すら知らない事を思い出す。
なので改めて自己紹介した。
「それで、具合はどうだったの?」
唯一顔見知りの悠季が尋ねる。
「あぁ。サラも子供も無事で、むちゃくちゃ可愛い女の子が産まれたよ」
「そう、それは良かったわ」
「おめでとうございます♪」
悠季が安堵の笑みを浮かべ、皆が口々に祝いの言葉を述べる。
「次はきっと百地さんやリサさんの番だよね♪」
「あら、リサもなの?」
「わ、わっ、私はまだですよ!」
石榴の冗談を真に受けた悠季に尋ねられ、リサは真っ赤になった。
「お子さんのお名前を、伺ってもいいでしょうか?」
「実はまだ考え中なんだ‥‥そうだ! アンタの名前を貰ってもいいかな?」
「えぇ! 私のですか?」
リサは困り顔だったが是非にと頼まれたため、子供の名前は『リサ』に決定。
「ふふ‥‥お子さんのこれからの人生に幸いがありますように」
小夜子は新しく産まれた命に祈りを捧げるのだった。