●リプレイ本文
大きな黒猫を連れた女の子が廃工場に入っていったという情報を入手した傭兵達はすぐにその廃工場に急行した。
「女の子を連れ去るとは、懲らしめねばならんか‥‥」
鈴原浩(
ga9169)は相手を殺さずに捕らえる事で、只の暗殺者ではなく、命を救える人の親としての強い自信を得たいと考え、この依頼に受けていた。
「ケットシーは子供拐って何するつもりなのかしら?」
「キキさんは幼さを武器とするバグアのヨリシロに選ばれたのではないでしょうか」
赤崎羽矢子(
gb2140)の疑問にギン・クロハラ(
gc6881)が自身の推測を語る。
「でも、お母さんの話だとキキさんは何日も前からエサを持っていってたみたいです。ヨリシロとして拐うなら何日もかける必要はないですし、エサも必要ないと思います」
しかしトゥリム(
gc6022)が別の疑問を提示する。
猫型キメラに何故か興味がわいたトゥリムは軽く過去の報告書を閲覧して調べ、ケットシーが殺人を行っていないと分かるとこのキメラは本当に悪なのかと疑問を抱いていたのだ。
「私も‥あの猫が子供を誘拐するとは思えない、です‥‥」
ケットシーと実際に話したり戦ったりした事のある友人からケットシーの事を頼まれている石動 小夜子(
ga0121)は何とか保護してあげたい考えていた。
「そうだね。俺も何か事情があるんだと思うよ」
新条 拓那(
ga1294)も小夜子の意見に賛同する。
「どんな理由であれ少女がキメラに拐われたのは事実です。何としてでも助けなければなりません!」
しかし過去の生い立ちからか、キメラは滅すべき存在と考えているクロハラは頑なだ。
廃工場に到着すると鈴原とトゥリムは最上階から、残りの者は1階から手当たり次第に捜索を開始。
クロハラがまず『バイブレーションセンサー』を発動したが何も感知できなかった。
「おーい、いい加減出て来てよー。何か要求があるなら言ってくれー。隠れてばっかじゃ何もわかんないぞー?」
新条が倉庫部屋に呼びかけても反応はない。
その頃、鈴原とトゥリムは4階の一室で屋根に上がるための折り畳み梯子を発見していた。
「もし屋根の上に逃げられたら危険だな」
鈴原が梯子を力任せに引っ張ると止め金具が壊れ、外れた梯子が床に落ち、ガシャンと大きな音が工場内に響いた。
その後にクロハラが『バイブレーションセンサー』を発動すると、2階の一角で2体の動体反応をキャッチ。
「感あり! 場所は2階の隅の部屋。大きさから、おそらく例のキメラと少女だと思います」
無線機でその事を全員に知らせる。
そして現場に一番近かった小夜子と新条が真っ先に駆けつけて部屋を開ける。
「うわっ!」
「ニャ!?」
すると室内には驚く少女キキと大きな黒猫ケットシーがいた。
(こんな所まで追ってきやがったニャー! こうニャったら‥‥)
焦ったケットシーは
「にゃ〜ん♪」
その場にゴロンと寝っ転がって無害な猫を装った。
更にゴロゴロと転がったり、伸びをしたり、顔を洗ったり、体をペロペロと舐めたりと、目一杯愛想を振りまく。
「か‥可愛い、です♪」
「うんうん。思わずもふりたくなっちゃうよ〜♪」
猫好きな2人は完全に目を奪われ、相好を崩してメロメロだ。
(ちょろいニャ。これで奴らは我が輩を唯の猫と思ったはずニャ〜)
ケットシーは内心でほくそ笑んだが、2人はもちろんケットシーだと確信している。
「やっぱりブッチャの毛皮が目的なんだ‥‥」
キキがケットシーの前に立ちふさがって2人を睨みつけた。
「え?」
「いったい何を‥」
「確かブッチャの毛皮はフカフカのもふもふだけど、絶対に殺させたりしないんだから!!」
キキはケットシーの首を抱えて室内に垂れ下がっていた通気孔内に押し込むと自分も中に潜り込んでいった。
「え〜と‥‥今明らかに、女の子“が”ケットシー“を”引きずってたよね?」
「そう‥‥ですね」
「どーも何か、俺らの認識と真相にはズレがあるような?」
新条が頭を悩ませていると羽矢子とクロハラも部屋にやってきたので、2人にも今の出来事を語って聞かせた。
「とにかく、もう一度行方を追ってみます」
クロハラが再度『バイブレーションセンサー』を発動すると、3階を越えて4階まで登ろうとしている2人を感知する。
「鈴原、目標は通気孔を使って4階に向かってる。それと‥」
羽矢子は骨伝導マイク型無線で鈴原と連絡をとり、新条達に聞いた事の顛末も伝えた。
『了解。どうにかして真相を確かめてみる』
「では私達も追いましょう」
そしてクロハラに先導されながら4人も4階に向かう。
しかし、クロハラ、羽矢子、小夜子の順で4階への階段を登り、最後に新条が階段に登りだした途端、階段が重みに耐えかねて倒壊した。
新条はカルーセル、ダイバースーツZ、ツーハンドソード、等々、色々な物を身につけ過ぎていて総重量があまりに重すぎたのだ。
「うわっ!」
「拓那さん!」
咄嗟に小夜子が手を伸ばすが届かず、3階に落ちた新条は床を突き破って2階まで落ちていった。
「拓那さーーん!! 大丈夫ですかー? 返事してくださーーい!」
「あぁ‥‥無事だよ、小夜ちゃ〜ん!」
小夜子が身を乗り出して3階に開いた大穴に呼びかけると、新条の元気な声が返ってきた。
「‥‥よかった、です」
小夜子がほっと胸を撫で下ろす。
「俺は他に4階まで登れる所がないか探してみるよー。みんなは先に行ってくれー」
一方、鈴原は通気孔の配置を読みとり、キキ達は屋根への梯子のある部屋にやって来ると予想してトゥリムと共に急行していた。
すると鈴原の予想通り、通気孔からケットシーとキキが這い出てくる。
「先回りされてるーー!! 戻ってブッチャ!!」
2人を見て驚いたキキは再びケットシーを通気孔に押し込めようとした。
(本当に女の子がケットシーを庇ってるな‥‥)
報告を聞いた時は半信半疑の鈴原だったが、これでは信じざるを得ない。
「待ってキキちゃん! 俺達はその猫を殺しにきた訳じゃない、迎えに来たんだ」
「え?」
鈴原が呼びかけるとキキは逃げるのを止めてくれたが、その目はまだ懐疑的で警戒している。
「おじさん。ブッチャの飼い主なの?」
「いや、飼い主じゃないけど、俺達は、ブッチャが安全に暮せる場所に連れて行きたいんだ。キキちゃんも、その方が良いだろ?」
「お父さんがここはもう安全だよって言ってたよ」
「ここはキキちゃん達には安全な所だけど、ブッチャには安全じゃないんだ。ブッチャはキメラだから街の人達が怖がるんだよ」
「嘘だー! キメラって怖い化け物の事だもん! ブッチャはキメラなんかじゃないもん!」
キキは警戒心を強めてケットシーに抱きついた。
(困ったな。どう説得したものか‥‥)
「ケットシー、お前はこのまま逃げ回っていてもどうにもならない事ぐらい分かっているだろう」
鈴原が頭を悩ませていると、トゥリムがケットシーの説得を始める。
「お上にも慈悲はある、素直に投降すれば悪いようにはしない」
そう言いつつレーション「タンドリーチキン」の封を開ける。
「腹が減ったろう、ほれ」
そして右手にチキンを持って少し近づいた。
(馬鹿にするニャー! 我が輩はキメラ四天王のケットシーニャ! そんなエサに釣られたりしないのニャ!)
心の中で憤懣を漏らすケットシーだが腹は減っているため、その目は自然とチキンに釘付けになってしまう。
「毒なんか入って無いよ」
そんなケットシーの様子に脈ありと感じたトゥリムが一口かじってみせると、ケットシーの口からポトリと涎が垂れる。
「ふん! キキは大金持ちなのよ。そんな物で釣られたりしないわ」
キキはポケットから1000C紙幣を取り出してババーンと掲げて見せた。
「これだけあればチキンなんて食べ放題だし、1年は遊んで暮らせるもんねー♪」
自信満々に豪語してエッヘンと胸を張るキキ。
確かに5歳児に1000Cは大金だが、それでは1年暮らすどころかタンドリーチキンすら買えはしない。
(こいつ金銭感覚0ニャ‥‥)
ケットシーも貨幣価値くらいは知っているので呆れ顔になる。
今が好機と見て取ったトゥリムは盾を仕舞い、更にレーション「タンドリーチキン」の封を開け、
「ふっふ〜♪ 素直になりなよ〜♪」
両手に一個ずつチキンを持って踊るように見せびらかした。
「ニャ〜‥‥」
するとケットシーの足がふらふらと進み出てくる。
(今だ!)
その瞬間、鈴原は『瞬天速』でキキとケットシーの間に割って入ってキキの身柄を確保しようとした。
しかし『瞬天速』の強力な踏み足に痛んでいた床が耐えきれず踏み抜いてしまう。
「しまった!」
「え?」
思わずトゥリムの視線が鈴原の方に向く。
(隙ありニャー!!)
その隙にケットシーは力を振り絞って跳躍すると、トゥリムの顔面を思いっきり蹴飛ばした。
「あうっ!!」
肉球の柔らかさと蹴りの衝撃を感じながらトゥリムが吹き飛び、その手からタンドリーチキンがこぼれる。
「ニャ!」
ケットシーは2本のチキンを空中でキャッチ。キキの元に戻ってその身を抱えて跳躍すると、鈴原の頭を踏み台にして更に跳躍。
「お、俺を踏み台にしたっ!?」
天井に開いた穴に身を踊らせ、屋根の上に逃げた。
(ニャハハ、マヌケな人間共ニャ〜)
ケットシーが上機嫌で戦利品にかぶりつく。
「ぶー! そんな食べなくても買ってあげるのに‥‥」
しかしキキは少し不満そうだ。
(ん? 我が輩、どうしてこいつまで連れてきたんだニャ?)
ケットシーは傍らにいるキキを見て首を捻ったが、自分でもその理由が分からなかった。
「面目ない‥‥」
「餌付けには自信があったんですけど‥‥」
駆けつけてきた羽矢子とクロハラに鈴原とトゥリムが頭を下げる。
「いいさ。屋根の上ならもう逃げ場はないしね」
「2人はまだ屋根の上にいて、チキンを食べてるみたいですね」
クロハラが『バイブレーションセンサー』で感知した情報を聞き、4人は鈴原のワイヤーアンカーを使って屋根に上がった。
「わっ! 屋根まで追ってきたよぉ〜‥‥。どうしようブッチャ‥‥」
キキが不安そうな表情でケットシーに抱きつく。
(どうやらここいらが潮時みたいだニャ‥‥)
ケットシーは心中で嘆息すると敵を見据えた。
「ケットシー、子供を騙して食べ物巻き上げた挙句、人質に取って立て籠るとか四天王も落ちぶれたもんだね。アズラエル達に恥ずかしくないの!?」
羽矢子がビシッとケットシーを指さす。
「我が輩はコイツが餌を持ってくるから喰ってやってただけニャ〜。ここに来たのもコイツが連れてきただけで人質でも何でもないニャ〜。勝手に勘違いするニャ」
ケットシーは羽矢子の言葉を鼻で笑った。
「えっ! ブッチャ‥って、しゃべれたの?」
キキが心底驚いた顔でケットシーを見つめてくる。
「当たり前ニャ。我が輩はキメ‥」
「凄い凄い凄ぉーーい!!」
キキは瞳をキラキラさせながら抱きついた。
「ブッチャかしこーい♪ 頭い〜い♪」
そして満面の笑みで頭を撫でてくる。
(‥‥コイツ本当に物怖じしない奴だニャ〜)
てっきり気味悪がられると思っていたケットシーは半分呆れ、半分関心した。
(完全に懐いてるわね‥‥)
羽矢子はキキの様子を見て渋面を浮かべる。
「キキさん。私達はケットシー‥ブッチャさんを退治しに来たのではありません。信じて下さい」
小夜子は武器を仕舞ってキキに訴えた。
「キキ、ブッチャは帰らなくちゃいけないの。キキだってお家に帰ってお母さんと一緒にいたいでしょ?」
羽矢子も一旦剣を仕舞うとキキの説得を試みる。
「我が輩に帰る所なんてもうないニャ」
しかしケットシーが横槍が入れてきた。
「そうそう。ブッチャは私と暮らすんだもんねー♪」
「我が輩はキメラ四天王のケットシーニャ。人間とは暮らせないニャ」
嬉しそうに言うキキにケットシーはキッパリと言った。
「えっ? なんで? どうして?」
「人間はキメラの敵で、我が輩の主人を殺した奴なのニャ。決して相容れる事はないニャ」
「じゃあ‥‥キキも、敵なの?」
キキが今にも泣きそうな顔で不安そうに尋ねてくる。
「お前は‥‥よく分かんないニャ」
ケットシーはそう言い残してキキの元を離れた。
「ブッチャー!」
「行っちゃダメだ」
キキは追い縋ろうとしたが、鈴原が今度こそ確保する。
「ケットシー、きちんと保護する事を約束しますから降参して下さい。もうこの地域の戦闘は終わりましたもの‥勝敗が決すれば従うのも、王者の度量ではないでしょうか」
「違うニャ。王者は最後まで抗うものニャ。降伏はあり得ないニャ」
ケットシーは小夜子の訴えを退けて戦闘態勢をとる。
「いい覚悟ね」
羽矢子もスラリと剣を抜いて構えた。
しかし目の端には涙を浮かべているキキの姿が見える。
「いくニャー!」
だがケットシーが襲いかかってくると『高速機動』を発動し、カウンターで剣を脳天に叩きつけた。
すると、鈍い手応えと共にケットシーはあっさり倒れた。
「え?」
まさか一撃で倒せるとは思っていなかったので罠かと思ったが、動く気配はない。
剣で突ついても反応なし。
首根っこを掴んで持ち上げると完全に伸びていた。
実はケットシーはトゥリムからチキンを奪った時に全ての力を使い果たしており、もう戦えるだけの力は残っていなかったのだ。
そして羽矢子もキキの前ではケットシーを殺す事はできず、剣の刃ではなく腹で斬っていた。
「子供が泣くのは見たくないからさ。キキに感謝するんだね」
こうして捕らえられたケットシーはUPCに護送される事になり、護送車が来るまでの間、新条はケットシーにココアとクッキーを振舞い、ここまでの顛末を話してもらっていた。
「そうかー‥‥お前も苦労したんだなぁ。もし、これに懲りて悪さを辞めて、尚生きていたいのなら、俺は応援するよ?」
そして敗残後のケットシーの生き様についつい同情的になるのだった。
「ブッチャ〜〜‥‥」
「きっとまたブッチャさんに会えますよ。そう、キキさんがもう少し大きくなったら」
一方、キキはずっと泣きっぱなしでクロハラが懸命に慰めていた。
(こんなキメラもいるんだ‥‥)
ケットシーとキキの間に何か友情の様なものを感じ取ったクロハラはケットシーに対してだけは少し認識を改めていた。
なのでケットシーの元に向かい
「ブッチャ‥‥さん? カニ缶、食べます? ‥‥多分、傷んではいないと思うのですが」
いつの間にか荷物に紛れ込んでいたけど自分では食べる気がしないカニ缶を差し出した。
「ふん! 貰ってやるニャ」
ケットシーは憮然とした顔で受け取り
カリカリカリカリ
「開けられないニャー!」
爪では蓋が開けられず癇癪を起こした。
「ご、ごめんなさい」
代わりにクロハラが開けてあげる。
そして無心に食べているケットシーの頭を撫でるとフカフカのもふもふで
「ふふっ」
思わず笑みが浮かんでしまうのだった。