●リプレイ本文
『それでは! 第1回紅白対抗棒倒し大会、開始です!!』
と、意気込んだリサだったが、横からちょいちょいと肩を突つかれる。
『え、選手の紹介が抜けている。あっ! これは失礼しました。え〜‥‥。それでは選手の紹介をさせていただきます。まずは紅組から。チャージャー、聖・真琴(
ga1622)選手。体操着にブルマで登場です。その若々しく健康的な姿に、観客席の一部の男性の目が釘付けです』
「えと‥‥透夜さん‥‥おかしく‥‥ない?」
「あ、あぁ‥‥。おかしくないよ。その‥‥に、似合ってる」
自分の前に来て、顔を赤らめながら、もじもじと自分の姿を見せる聖を透夜は素直に可愛いと思い、こちらも少し顔を赤らめる。
「えへへ、ありがとう♪ どうしようか悩んだんだけど、着てきてよかったぁ〜」
『どうやら釘付けなのは観客席の男性だけではないようですね』
『次はチャージャー、月影・透夜(
ga1806)選手。突撃機動小隊【魔弾】に所属する凄腕パイロットであり、御神影月流真槍術の使い手でもあります。御影流を棒倒しにどう生かして来るのか見物です』
「やるからにはこの勝負勝ちに行くぞ、ラーメンもかかっているしな」
『そして観衆の前なのに恋人の聖・真琴選手といきなりラブラブするバカップルでもあります』
「えっ!? いや、バカップルって‥‥」
『次はアタッカー、フィオナ・フレーバー(
gb0176)選手。なんとチアリーディングを着ています。ですが彼女はチアリーダーではありません、選手です。もしかしてあのままの格好で競技に参加するつもりなのでしょうか? 紅組サービス満点です』
「みなさ〜ん、紅組応援よろしくねっ!」
『次はアタッカー、鷺宮・涼香(
ga8192)選手。長い黒髪をポニーテールにし、赤いハチマキを巻いてやる気十分です。どうやら両選手ともそれぞれ紅と白のハチマキを巻いているようですが、彼女のハチマキだけは可愛いフリルがあしらわれています。きっと彼女のお手製なのでしょう。よく似合っています』
「なんだか体育祭みたいでうきうきしますね。皆さん頑張りましょう!」
『次はディフェンダー、文月(
gb2039)選手。彼女も体操着にブルマです。紅組なにげにブルマ率が高いです。ですが、そんな事よりも注目すべきは彼女が現在最も期待と注目を集めているカンパネラ学園の生徒さんだという事です。さすがに今日は『リンドヴルム』を着てはおりませんが、その不利をどう補って戦ってくれるか注目です』
「頑張っていきましょう。紅組必勝です!」
『紅組最後はUNKNOWN(
ga4276)選手。なんとスーツにコートを着ています。しかも今から社交界にだって出れそうなほど頭の先から爪先までバッチリ極めています。本当にこの格好で棒倒しをするつもりなのでしょうか? 何を考えているのかさっぱり分かりません』
「ふっ‥‥ゲームといえども、手加減はなし、だ。我らは傭兵同士であるし、な」
『ですが見た目の奇抜さなら白組だって負けていません。白組アタッカー、鳥飼夕貴(
ga4123)選手。なんと緑に染めた日本髪に白塗り厚化粧。それだけでもすごいのに、小麦色で引き締まった筋肉を覆うチューブブラっぽい水着にビキニパンツと‥‥。私も自分で言っていて何がなんだかよく分からなくなってきましたが、とにかく物凄い格好ですっ!!』
「とりあえず、引き締まった筋肉フェチな女性に楽しんでいただきましょうか」
『次はアタッカー、メアリー・エッセンバル(
ga0194)選手。ガーデン部隊をまとめる隊長です。それだけでその実力は十分に計り知る事ができるでしょう。ジャージ姿で頭にハチマキをキリリと巻き、入念な柔軟体操を行っております。気合は十分の様子です』
「やるわよ〜。戦闘抜きで楽しく思いっきり体を動かして戦える機会なんて、そうそう無いしね」
『次はアタッカー、みづほ(
ga6115)選手。ペガサス分隊に所属する書記のお姉さんですが、腕の方ももちろん一流です。ですが、今日はなんだかあまり覇気が感じられません。体調が悪いのでしょうか? ちょっと心配です』
(「人数が半端だったので、区切りを良くしてほしいと言われて来たけれど、まさか棒倒しをさせられるとは思わなかったわ‥‥」)
受付ギリギリで助っ人参戦したみづほはイマイチやる気が出ないでいた。
しかし、
「――どうしたかね? 『みずほ』」
相手チームにいるUNKNOWNから、明らかに『ず』と発音されている名前で呼ばれて気分が一転した。
(「勝つ! 少なくともあの男にだけは絶対に勝つ!!」)
『次はアタッカー、不知火真琴(
ga7201)選手。八咫烏に所属するエースアタッカーの1人です。今年の夏は屋台やプール、海に野外ライブ、そして大阪・日本橋と各所で活躍中の不知火選手でありますが、この競技場ではどんな活躍を見せ、そしてどんな思い出を作るのでありましょうか? 色々な意味で目が放せません』
「最近ちょっと色々あった所ですし、今回は思いっきり暴れさせて頂きますっ」
『次もアタッカー、リヴァル・クロウ(
gb2337)選手。白組はチャージャーを排し、ディフェンダー以外は全員アタッカーで構成された完全に攻撃型の布陣を組んでいるのですが、その作戦を考えたのはこのリヴァル選手だそうです。彼はさしずめ白組の指令塔といったところでしょうか』
(「棒倒し自体では俺は大した戦力にはなりえないだろうが、なんだろう? 妙な高揚感と、絶対に勝ちたい。そんな気持ちがある」)
『そして最後はディフェンダー、シーク・パロット(
ga6306)選手。2m5cmとメンバーの中では頭一つ飛び抜けた長身の持ち主です。紅組ディフェンダーの文月選手と比べるとかなり対称的ですね。その体格とパワーで持って紅組の大きな壁として立ちはだかります』
「皆は猫を信じて戦ってくれているのです。負けないのです。信頼こそパワーなのです」
『さて、選手紹介も終わったところですし、そろそろ競技を始めたいのですが‥‥。選手の中には靴を履いている人が何人かおられる様ですが、この競技は裸足で行うのが原則となっておりますので脱いでもらえますか。それとUNKNOWN選手、タバコはやめてください』
「安心しろ、火はついていない」
『そういう問題じゃありませんっ! それに靴も脱いでくださいっ!』
「断る。脱ぐと私のダンディズムが崩れてしまうからな」
『むむ‥‥。係員の皆さ〜ん。UNKNOWN選手の靴を脱がしちゃって下さーい』
口をへの字に曲げたリサの合図で駆け寄ってきた係員がUNKNOWNを取り囲む。
「ふっ」
しかし、UNKNOWNを悠然と立ったまま、楽しげに口元を歪ませた。
そして襲いかかって来た係員の手をまるで舞うようにヒラリヒラリと避けてゆく。
『係員さーん!!』
だが、リサの合図で係員の数がさらに増量。
結局、20人の係員が10分にも及ぶ大捕り物の末、UNKNOWNの靴を脱がした。
タバコについては絶対に火はつけないという制約で免除されたものの、UNKNOWNはかなり不満気だ。
「屈辱だ‥‥。これならばまだふんどし一丁の方が‥‥」
『UNKNOWN選手、脱いじゃダメですよー。脱いだら退場処分にしますからねー』
おもむろにズボンのベルトに手をかけたUNKNOWNにリサが釘を刺す。
『はぁ〜‥‥。なんだか余計な時間がかかってしまいましたが、ただいまより紅白対抗棒倒し大会を始めたいと思います。選手の皆さん、準備はいいですか?』
紅組の面々が円陣を組み、その真ん中に透夜が手を出す。
「さあ、目一杯楽しもう。それで勝てたら最高だ」
残りの5人も次々に透夜の手の上に自分の手を重ね、
「「「「「勝つぞー紅組〜〜! ファイトーー!! おぉーーー!!!」」」」」
予め決めておいたセリフを唱和して気合を入れた。
「ねぇ、私らもアレやらない?」
「あ、うちもやりたいです!」
そんな紅組の様子を見ていたメアリーの意見に同調した不知火がみんなを集めて円陣を組ませる。
「さぁボス。こっちも気合の入った掛け声頼むわよ」
「えっ! 俺が掛けるのか?」
メアリーに指名されたリヴァルが意外そうな顔で自分を指差す。
「いや〜、だってリヴァルさんが私らのボスだからね〜」
メアリーが面白そうにニヤニヤと笑う。
リヴァルは白組で集まっての作戦会議中の流れで、なんとなく指揮官的立ち位置になったため、メアリーにボスという愛称を付けられていたのだった。
「だが、俺はそういうのは‥‥」
「ほら、時間がなくなりますです。早く早く!」
渋るリヴァルを不知火が煽る。
「うぅ‥‥。し、仕方ない‥‥。あ〜‥‥、なんだ、俺は諸君らとともに勝利の栄光を勝ち取ることを切望して‥‥」
「固いし長いよボス。もっと簡潔に」
「くっ‥‥」
夕貴にダメ出しされたリヴァルは羞恥を捨てる覚悟を決め、叫んだ。
「勝利と栄光を我らに!!」
「「「「勝利と栄光を我らに!!」」」」
リヴァルに続いてキレイに唱和した5人だったが、唱和した直後に吹き出し、爆笑した。
「あははっ! いい掛け声だったわよボス。さぁ、始めましょう!」
メアリーはまだ笑ったままリヴァルの背中を叩き、持ち場につく。
(「くっ‥‥やはりなれないことはするものではないな‥‥なんと恥ずかしい‥‥」)
リヴァルは羞恥で顔が真っ赤になったが、不思議と気分は悪くない。
それどころか妙な高揚感が身体の内に宿っているのを感じた。
「棒倒しは初めてなのです。‥‥この棒を支えればいいのです?」
「そうだ。これが倒された時に我々の敗北が決定する。如何にこの棒を死守するかも勝負の要だ。全力で守り通して欲しい」
ハテナ顔のシークにリヴァルが妙に力の入った解説をしてくれる。
「分かったのです。頑張って棒を守るのです」
そうして選手達の準備が整った事を確認したリサが審判に合図を送る。
『それでは! 第1回紅白対抗棒倒し大会、開始です!!』
パーン
審判がピストルを鳴らし、いよいよ大会がスタート。
会場に『クシコスポスト』のメロディが流れ出す。
「お、なんか耳馴染みな曲が流れてきたな」
「ふふふ。これ、私がリサさんにリクエストしておいたんですよ。やっぱりこういう時に盛り上がる曲って言えばコレじゃないですか!」
透夜の隣を並走していた涼香が得意気な顔で答える。
「確かに運動会ならこの曲だよな。テンションが上がるというか雰囲気が変わるな」
「この曲を聴くと、何が何でも走らなきゃいけない気がしてくるの!」
そうしてディフェンダー以外の選手が敵陣地に向かって一直線に走る中、一人だけ悠然と歩いている者がいた。
『おぉ〜っと、UNKNOWN選手歩いている。まるで公園の小道を散歩しているかの様に悠然と歩いています。ですが、歩いているはずなのに速い! 速いです!! 走っている鷺宮選手やフィオナ選手よりも先に進んでいます。
いったいこの人の身体能力はどうなっているのでしょうか? ほとんど化け物です!』
「UNKNOWN、よくあんな格好で動けるな‥‥味方でよかったよ。敵だったら‥‥全員で一斉に潰していたな(いろんな意味で)」
自分の斜め後ろを信じられない速さで悠然と歩くUNKNOWNを透夜は複雑な気持ちで見た。
そうして両者が駆けている間に敵味方の距離はどんどんと迫り、今や目と鼻の先となった。
「来るぞ、真琴。用意はいいか?」
透夜は十分に加速がつけたところで聖の方を向いて呼びかける。
「いつでもいいよ透夜さん」
「せぇ〜の、飛んでいけ!」
透夜は走りながら伸ばしてきた聖の両手を掴み、思いっきり勢いをつけて投げ飛ばした。
目標はこちらに向かって一直線に向かって来ているメアリーだ。
「よ〜し! メアリーさん、勝負!!」
透夜をカタパルト代わりに使って加速した聖はそのままの勢いでメアリーに勝負をしかける。
(「あらら、真琴さんの方が先に前に出てきちゃったか〜。透夜さんを狙うつもりだったんだけど、仕方ない。まずは真琴さんを相手にするか」)
メアリーは猛スピードで突進してくる聖の動きを冷静に見極め、足元を狙ってくる聖に対して右に重心を置きつつも左にサイドステップを踏むと見せて、本命は上を狙った。
伸びてくる聖の手をジャンプでかわし、聖の頭に手を置いて跳び箱の要領で飛び越える。
「よっと!」
「あら? あらららら」
前に向かって勢いのついていた所に下方向にベクトルをかけられた聖はあわや転倒しかけたが、それはどうにかバランスをとって耐える。
そこから急ブレーキをかけてターンした聖はすぐにメアリーの後を追ったが、相手は自分と同じグラップラー。追いつくのは無理そうだった。
「透夜さん! お願い!」
「任せろ!」
透夜はメアリーの真正面に立ち、わずかに腰を落として迎え撃つ体勢を整えた。
そんな透夜の姿を見て、メアリーは心の中で笑みを浮かべる。
そして両者は真正面から激突。
透夜はメアリーに押し倒される形になったが、逃げられないようにガッチリと身体を捕まえた。
「よしっ! 捕らえた」
「ナイスッ! 透夜さん」
喜ぶ聖と透夜。
しかし、
「ちょっ、透夜さん! どこ触っているんですかっ!!」
「えっ?」
メアリーが透夜の腕での中でそんな事を叫んだため、透夜の手が一瞬緩みかける。
だが、
「無駄よメアリーさん! 私の透夜さんは私以外の女の子に絶対そんな事したりしないわ!!」
聖は自信満々にそう言い放った。
ただし、目ではちゃ〜んと2人の様子を観察してはいたけれど‥‥。
「そ、その通りだ」
透夜も緩みかけた手に力を込め直し、しっかりとメアリーを捕まえる。
ただし、その声はちょっとどもっていて、汗が一筋流れてはいたけれど‥‥。
「透夜さん、メアリーさんは頼むね〜」
「あぁ、任せろ」
聖は目標をメアリーから不知火に切り替え、そちらに向かって全速力で駆けてゆく。
「あ〜あ、失敗したわ〜‥‥。これじゃあ私ただの捕まり損じゃない‥‥」
メアリーが憮然とした顔で呟く。
「まったく‥‥よくあんな手を使う気になったな〜」
「ふっ‥‥大好きな人以外の男性には、多少触られたって平気ですからっ」
メアリーが変なところで自信満々に言い放つ。
「好きな人の前じゃ触る所かまともに顔すら合わせられないのにな」
「そ、それは言わないで‥‥」
透夜につっこまれたメアリーは顔を赤らめながら縮こまった。
夕貴と共に敵の棒を目指していた不知火は嬉々とした表情で自分に迫ってくる聖に気がついた。
「鳥飼さん、先に行っててくださいです」
「ん? 了解。敵は手ごわいよ。気をつけて」
夕貴も聖に気づき、不知火の意図も察して先に行ってくれる。
「待ぁぁてぇぇーーー!!」
と言われたので不知火は素直に足を止めた。
「お! あれ?」
まさか本当に止まるとは思っていなかった聖はトトトと足並みを崩しながら自分も止まる。
「聖さんが来たって事はメアリーさんは失敗したのですね」
「うん。透夜さんが捕まえてくれてるよ♪ さぁ、次はあなたの番だよ、不知火さん」
「うちはメアリーさんほど甘くないですよ〜」
「それはどうかな〜」
2人は互いに不敵に笑い合うとそれぞれ戦闘態勢に入る。
そして、不知火はいきなり聖に背を向けると全力疾走で逃げ出した。
「‥‥え?」
一瞬何が起こったのか分からなかった聖は思わず呆けてしまったが、すぐに状況を理解して不知火を追いかける。
「待てこらぁーーーーーっ!! いきなり逃げるなぁ〜〜!! 正々堂々と戦えぇぇーーー!!!」
「逃げるのも兵法の内ですよ〜。悔しかったら捕まえてみろです〜♪」
「ムキィぃーーーー!!!」
こうして聖は、味方が棒に辿り着くまで自分が囮となって聖を引きつけるという不知火の術中にはまった。
そうしたチャージャーのブロックから免れた他の白組アタッカーや最初からチャージャーの妨害のない紅組アタッカーは真っ直ぐ棒に向かっていた。
そして最初に棒に辿り着いたアタッカーは、意外にも助っ人参戦したみづほだった。
「私に喧嘩を売るつもりですか‥‥?」
ディフェンダーの文月は自分では怖くしているつもりの表情を作りながら精一杯のガンをみづほに飛ばして威嚇する。
(「うわ〜。なんかすごい目で睨まれる‥‥。私ただの助っ人なのに、なんだか申し訳ないわ‥‥」)
そう思っても勝負で手を抜くわけにはいかない。
「ごめんなさいね」
みづほは軽く謝りながら跳躍し、文月を軽く飛び越えて棒に取り付いた。
「くっ‥‥」
棒を通して文月の腕や身体に人一人分の体重が重く圧し掛かる。
だが、この程度ならまだ十分に耐えられるレベルだ。
そう、今はまだ。
そして次に棒に辿り着いたのは最後まで悠然と歩いてきたUNKNOWNだった。
「簡単には登らせないのです!」
ディフェンダーのシークは自らの巨体を活用し、腕を高く、腰を低くし、身体を張って棒を守る体勢を取った
対するUNKNOWNは軽く跳躍し、シークの身体を踏み台にして棒の高所に取り付こうとした。
だが、それを読んでいたシークは肩を下げてバランスを崩させ様とする。
しかし、UNKNOWNもシークの行動は読んでおり、足に置いていた支点を背中に添えていた手に移して易々と登り、あっと言う間に棒の頂点に上って立つパフォーマンスまで見せ付ける。
シークももちろん振り落とそうと棒を揺するが、どんなバランス感覚をしているのかUNKNOWNはまったく危なげなく棒の頂点に立ったままでいた。
そして優雅にコートを翻すとライターを取り出し、タバコに火をつけようとして、
『UNKNOWN選手! 火をつけちゃダメですよっ! つけたら即刻失格にしますからねっ!!』
リサに止められ、しぶしぶポケットにライターを戻した。
次に棒に辿り着いたのは夕貴だった。
文月は今度もガンを飛ばして威嚇したのだが、緑色の日本髪に顔は厚い白塗りでチューブブラにビキニパンツのマッチョな男が全力疾走で迫ってくる姿は普通に怖かった。
「ひぇぇぇ〜〜」
なので、威嚇するどころか文月の方がびびってしまう。
「とうっ!」
夕貴はそんな文月の手前で跳躍し、易々と棒に取り付く。
そして、みづほと共にゆさゆさと棒を揺すり始めた。
「つっ‥‥。この程度では私の心もこの棒も折ることはできませんっ!」
文月にかかる加重は倍増したが、それでも文月は全身に力を込めて踏ん張り、耐え続けた。
その頃、透夜に捕まっているメアリーは透夜と雑談を交わしながらも冷静に戦局を観察していた。
そしてリヴァルが棒に到達するまであと少しという所で行動を開始した。
雑談で透夜の警戒心を緩めておいたメアリーは一瞬の隙をついてジャージの上を脱ぎ、透夜の拘束から逃れた。
「よしっ! 上手くいった」
そのままランニング姿で棒を目指そうとしたのだが、いつのまにか手が背中の方に回され、そのまま地面に引き倒されていた。
「あれ?」
「槍を持っていなければ御神影月流真槍術は使えないと思ったのか? 御影流はそこまで甘くはないぞ」
透夜がメアリーの腕をガッチリ極めながら不敵に笑う。
「あはは‥‥。ねぇ、ちょっと力緩めてくれない? コレ結構痛いんだけど‥‥」
「ダメだ。緩めたらまた逃げようとするだろう」
透夜は極めている腕にちょっとだけ力を込めた。
「イタッ! 痛たたたっ!! に、逃げないからこれ以上は許してぇぇーーー!!」
一方、聖から逃げ回っていた不知火もチラリとリヴァルの方を見て、彼がもう少しで棒に取り付けそうなのを確認すると足を止め、聖に向き直った。
「おっ! やっと真正面からやりあう気になってくれたみたいね」
「はい。うちももう逃げ回る必要はなくなったんです」
「それじゃあ、かかって来ぉ〜〜い! 絶対に通しゃしにゃいにょぉ〜〜〜♪」
聖はむちゃくちゃ嬉しそうな顔で笑うと腰を落とし、両手を軽く左右に広げた。
対する不知火も軽く腰を落とし、冷静に聖の隙を窺がう。
両者ともクラスはグラップラーでスピードはほぼ互角。
となると、勝負を決するのはパワーとテクニックであろうか。
そうして睨み合うこと数秒。先に動いたのは聖だった。
体を低くしたまま基本に忠実なタックルを仕掛けてくる。
それに対して不知火は足を捕まれる直前にバックステップでかわし、さらにサイドステップにダッシュを加えてすり抜けようとした。
しかし、バックステップはうまくいったものの、不知火伊が聖の横をすり抜けようとした際に聖は地面に手をつき、後ろ回し蹴りの要領で右足を伸ばして不知火の進行方向を塞ぐ。
「っ!?」
いきなり蹴りが飛んでくるとは思っていなかった不知火だが、間一髪バックステップで聖の足は避ける。
しかし、聖を抜く事には失敗し、二人は再び向き合った。
「ちょっと! チャージャーは打撃は禁止のはずですよ! 今のは反則じゃないですか!?」
「ううん、今のは蹴りじゃなくて足でかにバサミをかけしようとしただけだから、反則じゃないよ〜」
「そんな言い訳通用しないですよ!! そうですよね、リサさん」
しれっとした顔でそんな事を言う聖に不知火は猛抗議したが
『‥‥え〜、大会実行委員によりますと、今のはセーフだそうです。なので、そのまま試合を続行してください』
「そ、そんなぁ〜〜‥‥」
リサにはあっさり裏切られて、世にも情けない顔になる。
「リサさんナイスっ! じゃ、続けていくよ不知火さんっ!」
「ちょ! ちょっと待って!!」
まだショックから立ち直っていない不知火に体制を低くした聖が迫る。
聖は不知火の数歩手前で地面に手をつき、そこから腰を浮かすと見せかけて、そのまま不知火の腿にタックルした。
「しまった!!」
まんまと聖のフェイントに引っかかってしまった不知火はどうにか踏ん張ろうとするが叶わず、聖に押し倒されてマウントを取られてしまった。
「にゅふふ〜〜、覚悟はいいかにゃ〜〜?」
聖が不知火の上に圧し掛かったまま両手の指をわきわきと動かして不気味に笑う。
「覚悟って‥‥、それはもしかして‥‥。待って!! それだけは勘弁して‥‥」
「これでも喰らえぇ〜〜〜〜にゃははははははは」
青ざめ、怯えた表情の不知火がセリフを言い終わる前に聖のくすぐり攻撃が不知火のわき腹や脇の下に入る。
「あはははははっ! あはっ! あははっ!! や、やめ、やめて! あははははははっ! やめてぇーーー!!」
こうして不知火はこの世の生き地獄を味わった。
そうして不知火が地獄の責め苦を受けている頃、涼香とフィオナが棒に到達した。
「お邪魔します、っと!」
涼香は礼儀正しく敵陣地の乗り込むと、ハチマキをひらひらとたなびかせながら跳躍してシークの身体に取り付き、よじ登り始める。
フィオナも同じくシークの身体に取り付いて涼香の後に続く。
シークは身体を振って2人を振り落とそうとするものの、相手は女の子である。
しかもフィオナはチアリーディグを着ている。
つまりスカートを履いているので、あまり動くと捲れ上がってしまうのだ。
温厚で心優しいシークはあまり強い挙動ができず、結局棒に取り付かれてしまうのだった。
「え〜いえ〜い!」
「倒れろ〜倒れろ〜!」
そんなシークの気も知らず、涼香とフィオナがゆっさゆっさと棒を揺する。
2人が揺さぶる度にシークの腕や身体に加重がかかり、額には玉の様な汗が浮かんだ。
一方、文月の方にもリヴァルが迫っており、またガンを飛ばそうとしたのだが、彼女にはもうそれだけの余力はなく、棒を支えているだけで精一杯の状態になっていた。
「よし! いける」
そしてリヴァルが棒に取り付き、揺すり始める。
「くぅ‥‥」
文月は歯を喰いしばり、痺れる腕と身体で必死に支え続けたが、限界はすぐ目の前にまで迫っていた。
「も‥‥もうだめ‥‥」
そう思って気持ちが折れると、あっと言う間だった。
ふらりと揺らいだ文月の体は遂に棒を支える事ができなくなり、棒は地面に向かって一直線に倒れてゆく。
「あっ!」
文月は慌てて棒を支え直そうとしたが、一旦倒れ始めた棒を支える事などできるわけもなく、棒はみづほ、夕貴、リヴァルと共に土煙を上げながら地面に倒れこんだ。
パンパーン
試合終了を告げる銃声が鳴る。
「あ‥‥」
「やった♪」
棒が倒れる様を見ていた透夜の手が緩み、メアリーの顔に歓喜の笑みが浮かぶ。
「え‥‥負けちゃったの‥‥?」
「あはは! 聖さん! くくくっ! し、試合お、終わったんですから、あはははっ! て、手を止めてぇぇ〜〜!!」
聖が呆然としたまま不知火をくすぐり続けている。
「猫達の勝利なのです!!」
まだ棒を支えたままのシークが笑顔を浮かべて叫ぶ。
「むむー。なんだろう、すごく悔しい」
「ふー、負けちゃったわね。ん、やっぱ強いわ、白組は」
棒を滑り降りてきたフィオナが悔しそうに顔を歪め、涼香は笑顔で白組に対して拍手を送った。
そして閉会式。
満面の笑みを浮かべて賞金の金一封を大会実行委員長から手渡しで貰ってゆく白組の6人。
「さぁボス。今日の勝利に対して一言」
「え? いや、俺から言う事は特にない。この勝利はみんなで掴み取ったものだろう。それが全てだ」
「でも、うちはリヴァルさんの作戦があったから勝てたところもあると思うのですよ」
「それに棒を倒す最後の一押しをしたのもリヴァルだったしね」
「私も一番の殊勲者はリヴァルさんだと思います」
不知火、夕貴、みづほがリヴァルを持ち上げる。
「よーし、それじゃあ殊勲者のリヴァルさんをみんなで胴上げしましょう!」
「いや待て! 殊勲者と言うならここは猫だろう。彼が持ちこたえてくれたからこそ勝利なのだから」
にじり寄ってきたメアリーにリヴァルはそう言って矛先をかわそうとする。
「謙遜する事ないのです。猫は棒を持って立ってただけなのです。一番はやっぱりリヴァルさんなのです」
「これで決まりね。みんな〜リヴァルさんを胴上げよ〜」
「ま、待て!」
メアリーを筆頭にして5人は嫌がるリヴァルを無理矢理胴上げした。
『わっしょい♪ わっしょい♪』
そんな楽しげな白組の様子を紅組の面々はしんみりとした様子で眺めていた。
「うぅ‥‥面目無い‥‥。私が支えきれなかったばっかりに‥‥」
文月が悔し涙を目の端に浮かべて呟く。
「いいえ。文月さんはよくがんばりましたよ。きっとみんなの中で一番がんばってました」
そんな文月を涼香は優しく抱き締めて慰める。
「負けたのは悔しかったけど、私は楽しかったです」
「そうそう。勝てば嬉しいし、負ければ悔しいけど‥‥こぉ言うのって、勝ち負け関係なく楽しいよねぇ〜☆」
フィオナと聖が笑い合う。
「文月は楽しくなかったか?」
「‥‥いいえ。私も楽しかったです。次にやる時は負けませんよ」
UNKNOWNの問いに、文月は涼香に抱きついたまま顔を上げ、笑顔で答えた。
「さぁ〜♪ 元気も出てきたし、みんなでら〜めん食べに行こぉよ」
「俺達の奢りだけどな」
「あはは‥‥。ま、そぉなんだけど。それでもきっとおいしいよ♪」
透夜のつっこみに聖は苦笑を浮かべたが、その苦笑はすぐに笑顔に変わる。
そして胴上げを終えてこっちにやって来た白組と合流して町に繰り出したのだった。
所変わって、競技場近くにある某ラーメン屋に、大会を終えた12人+1人が集まっていた。
このラーメン屋は司会をしていたリサお勧めの隠れたうまいラーメン屋で、リサは案内するために一緒について来たのだが、何故かリサもそのまま一緒に店内にまで連れ込まれてしまっていた。
「試合は勝っても負けても恨みっこなし! って事で、みんな今日はお疲れ様でした〜!!」
『お疲れ様でした〜!!』
メアリーの掛け声に唱和して、他のみんながそれぞれ手に持ったグラスを掲げる。
グラスの中身は飲める者、飲みたい者はビール。他の者は烏龍茶。シークだけは自分で持ってきた牛乳だ。
「ラーメンは紅組の奢りだから〜、みんな好きなの頼んじゃっていいからね〜」
不知火がそう言うと、白組からは『おぉ〜』という歓声や拍手がおこり、紅組からはブーブーとブーイングがおこる。
「へ〜、メニューは結構種類があるんだね。どれにしようかな?」
メニューを見て悩む夕貴は、さすがにもう大会中の格好ではなく普段の服(それでも露出は高め)に着替えている。
「私はミソチャーシュー野菜たっぷり、麺は硬めでお願いします。メアリーさんは?」
「ふっふっふ、では野菜タンメン大盛り1丁頂きます!」
みづほが遠慮なく細かい注文をつけ、メアリーが大胆なメニューを頼む。
「リヴァル〜。あなた分は私が裏メニューの超特盛りとんこつラーメンを奢ってあげるね〜。もったいないから全部食べないとダメだぞ〜」
顔は笑ってるけど目が笑っていないフィオナが無理矢理リヴァルの注文を決めた。
もちろんリヴァルは嫌がったが問答無用で注文は通す。
「リサさん、お疲れさまぁ〜♪ 司会よかったよ〜。でも一緒に出来たら、もっと楽しかったのにね」
「はい、そうですね。でも司会してても楽しかったですよ。なんかハチャメチャでしたからね〜。それであの〜、本当に私も奢ってもらっていいんですか?」
本来なら部外者のはずのリサが申し訳なさそう聖に尋ねる。
「いいのいいの。今更1人増えたって同じだし、大勢いた方が楽しいし。私もリサさんとは仲良くなりたいからね〜」
「じゃ、遠慮なくご馳走になりますね。実は最近、仕事で嫌な事があって落ち込んでたんですけど、これで元気になれそうです。あ、私、とんこつチャーシュー大盛り、麺固めでお願いしまーす。あ、あと煮卵も入れてください」
一旦了承が得られれば、本当に遠慮なくご馳走になるリサだった。
そして各自にラーメンが行き渡り、談笑と共に食べ始めた頃、各テーブルに人数分の餃子が出てきた。
「あれ? ねぇ、餃子注文したのって誰〜?」
「俺だ。今回は赤組が作戦を知りながらあえて花を持たせてくれたという寛大な配慮に感謝する。この餃子は俺があまりにも勝利に固執した作戦を行った謝罪の意味を込めて奢らせてもらったものだ。気にせず食べて欲しい」
リヴァルは椅子から立ち上がって堂々と言ったのだが、皆の反応は少々困惑気味だった。
「あのな、リヴァル。俺達はべつに総アタッカー作戦が卑怯だとか思ってないし、気にしてもいない。だからその事で謝罪とかはいらないぞ」
透夜がそう言うと他の紅組メンバーもうんうんと頷く。
「いや、しかし‥‥」
「まぁまぁ、みんな聞いて〜」
透夜の言葉を受け入れられないらしいリヴァルの隣にフィオナがやって来る。
「リヴァルって思考がひねくれてるからさっきみたいな言い方してるけど、本当はとっても楽しかったから、みんなに何か奢りたくなったんで、この餃子を食べてください、って事よね、リヴァル」
「ぅ‥‥ま、まぁ、そういう意味合いもない訳じゃあない‥‥」
リヴァルはフィオナから顔を反らせるとボソボソと呟いた。
「そういう訳だから、みんなリヴァルに奢られてあげて。その方がリヴァルも喜ぶだろうしね。それに‥‥」
フィオナの表情が不敵なものに変わる。
「この人、賞金1万C貰ってますから餃子の10個や20個奢ったって痛くも痒くもないですよ〜」
そして妙に意地悪い口調で言った。
「そっか。そぉいう事なら、リヴァルさん、餃子ご馳走になるね〜」
「ありがとな」
「よ、太っ腹〜」
「お、この餃子おいしい」
「うん、うまい」
「ありがとうございます、リヴァルさん」
「ご馳走になるのです」
「リヴァルさん、ありがとね」
「ありがとうございます、おいしく頂かせてもらいますね」
「リヴァルさん、ありがとうございます」
「ありがとうございます。ここは餃子もおいしいんですよ」
「べ、べつにそんな感謝されるような事じゃない‥‥」
みんなから感謝されたリヴァルは顔を真っ赤にして席に座りなおした。
「リヴァルさん、顔が真っ赤ですよ」
「リヴァルさんって照れ屋さんだったんですね〜」
「あ、そうです。リヴァルさんの顔が赤いうちにみんなで記念写真取りましょう」
「涼香さん、それナイスアイディア!」
「おい! それは嫌がらせか? 嫌がらせのつもりなのか!?」
「いえいえ、そんなつもりぜ〜んぜんないですよ〜。あ、店員さ〜ん。シャッターお願いしま〜す」
「はい、いいですよ」
嫌がるリヴァルを連れてみんなで店の入り口前に集まる。
「皆さんもっと寄ってくださ〜い。はい、いいですか? イチたすイチは〜?」
『に〜!』
カシャ
そして数日後。
リサの元に一通の手紙が届いた。
差出人は鷺宮・涼香。
中身は、あの日にとった写真の数々だ。
そして、その時の集合写真は今もリサのデスクの上に飾られていて、それを見る度にリサはその日の事を思い出して笑みを浮かべるのだった。
<おしまい>