●リプレイ本文
●フルーツポンチ
「缶詰が、一杯です、ね。これなら、簡単そ、う」
雨衣・エダムザ・池丸(
gb2095)が缶詰を一つ手に取り、安心した様に言う。
「本当は果物もちゃんとしたものを使いたかったんですけど、さすがに100人前作るのは大変なので、今回は缶詰です。でもバナナとキウイフルーツはちゃんと切ってもらいますよ」
リサ・クラウドマン(gz0084)がダンボールの一つを開け、中からバナナとキウイフルーツを取り出す。
「じゃあ、雨衣‥‥。包丁の使い方‥‥教えます‥‥」
「は、はい。よろし、くお願いしま、す」
「刃には気をつけて‥‥持って‥‥」
「は、はい!」
ルアム フロンティア(
ga4347)から包丁をおどおどと受け取る雨衣。
「押さえてる手を切らないように‥‥指は丸めて‥‥ゆっくり‥‥慎重に‥‥切って‥‥」
皮を剥いたバナナをまな板に置いて丁寧な指示を出すルアム。
「もう切る、んです、か?」
「うん‥‥」
「はい‥‥」
初めて握る包丁に緊張しながら雨衣はルアムの指示通りに切っていった。
「うん‥‥上手‥‥」
「ほんと、うです、か?」
「うん‥‥均等に切れている‥‥」
そう言ってルアムは柔らかく微笑む。
すると自然と雨衣の表情も緩み、身体のかかっていた余計な力も少し抜けてくれた。
「私はキウイフルーツを切っていますから、そちらが終わったら手伝ってください」
ルアムが雨衣の指導をしながらリサと共に食材を切ってゆき、それを缶詰と混ぜ合わせてフルーチポンチを完成させた。
そして手の空いた3人はそれぞれ他の料理の手伝いに向かった。
●豚汁
3人の乙女の持つ白刃が煌き、次々と食材が捌かれてゆく。
「にんじん終わったわ。次は大根ね‥‥。もぅ! 切っても切っても全然減らないわ!」
髪をまとめて三角巾をしている皇 千糸(
ga0843)がうんざりした顔で言う。
「サトイモ終わりました‥‥。ふぅ、材料を切るだけでも一苦労です‥‥」
エプロンをしてサトイモの皮を剥いていた大曽根櫻(
ga0005)の顔にも疲労が浮かんでいた。
「まだ白菜と椎茸と葱、お肉が残ってますわ。御二人とも頑張ってくださいませ」
2人を励ますヒカル・マーブル(
ga4625)は皮を削いだゴボウを笹掻きにして酢水に浸けている。
「櫻様。手が空いておられましたら、お湯が沸いたようですので出汁を作ってもらえますか?」
ゴボウを終え、白菜に取り掛かったヒカルが櫻に頼む。
「はい、分かりました」
湯で満たされた業務用寸胴鍋で櫻は鰹と昆布で出汁をとり、しょう油、料理酒、みりんを適量入れてゆく。
そして、ふと気がついた。
「あの〜、お味噌は赤と白どちらにいたしましょうか? 私の家は赤なんですけど‥‥」
「どっちの味噌が用意してあるの?」
「ご丁寧に2つとも用意してあります」
千糸の質問に櫻が2種類の味噌を見せる。
「こういうのって家によって違いますし、好みもありますから‥‥」
「間を取ってミックスというのはどうでしょうか?」
「‥‥そうね。両方入れて、みんなにも味見してもらって意見を聞きながら味を調えていきましょう」
ヒカルの提案を受けて千糸が意見を纏める。
豚汁班には料理に慣れた者が多いため、順調に作業が進んでいた。
「あの‥‥手伝いに‥‥来ました‥‥」
そこに、フルーツポンチを作り終えたルアムと雨衣がやって来る。
「ありがとう、助かるわ。じゃあ、ルアムさんは葱を‥‥ああ、ルアムさん確か葱アレルギーだったわね。それじゃあ、お肉を切って。雨衣さんは椎茸お願いできるかしら」
「はい‥‥」
「がんばりま、す」
2人は千糸を指示を受け、そろぞれの食材を切り始める。
雨衣のまだ少しぎこちないが、もう十分包丁が使える様になっていた。
こうして全ての食材を切り終わり、後は煮込んでアクを取り、味噌で味付けるだけになった。
●カレー
こちらも豚汁と同様に大量の野菜との格闘が行われていた。
朧 幸乃(
ga3078)が持参したゴーグルをかけて玉葱を刻み、既にメイド服を着てエプロンをしている赤村菜桜(
ga5494)が鼻歌まじりにニンジンを切り、リヴァル・クロウ(
gb2337)が黙々とジャガイモの皮を剥いている。
「量が多いから大変です‥‥」
「‥‥ふぅ。やっと玉葱切り終わったよ‥‥。リヴァルさん‥‥ジャガイモ、剥くの代わるから‥‥炒めてもらてえるかな‥‥」
幸乃がリヴァルに話しかけても返事はない。
「クロウさん?」
菜桜も呼んでみたが、やはり気づいてくれない。
どうやら完全にジャガイモの皮むきに没頭していて、それ以外のものが目に入らなくなっている様だ。
ある意味もの凄い集中力であるが、完全な無表情で目線も動かさず、ただ黙々と手を動かしている姿は近寄り辛い雰囲気を醸し出していて、ちょっと危ない人の様にも見えた。
「‥‥なんか、ちょっと怖いですね」
「‥‥リヴァルさん」
「ん? なんだ? どうした?」
幸乃がリヴァルの肩を軽く揺すって声をかけると、リヴァルの顔に表情が戻り、ようやく気づいてくれる。
「玉葱が切り終わったんで、炒めてもらてえるかな‥‥」
「あぁ、了解した。ではジャガイモは頼む」
「うん‥‥」
リヴァルは幸乃に包丁を渡すとコンロの方に向かうが、その途中で菜桜が自分を少し怯えた目で見ている事に気づいた。
「どうかしたか?」
「い、いえっ! なんでもないです! 私、お肉切りますね」
「あぁ、頼む」
リヴァルはまるで逃げるように離れた菜桜を不思議そうに見送り、底深なフライパンを手に取る。
「ふむ‥‥。さすがに凄い量だな」
そして今度は山の様な玉葱群を炒める作業に没頭し始めた。
その後、リサも手伝いに加わり、無事にカレーも出来上がった。
●開場30分前
会場ではヒカルによるメイドと執事に関するレクチャーが行われてた。
みんな既に衣装は着ており、
リヴァルは英国風のフォーマルな黒い執事服。
櫻は胸元に丸いカッティングフォルムの入ったブラウンのメイド服。
雨衣は水色のドロシーメイド服。
リサはオーソドックスな長袖、ロングスカートの黒のヴィクトリアンメイド服。
千糸も黒のヴィヴィアンメイド服だが、こちらは半袖、ミニスカートで、フリルもより多く使われている。
ヒカルは持参した胸元の大きく開いた赤いメイド服。
菜桜も持参したピンクのストロベリーメイド服。
そして、ルアムも持参した戦闘用メイド服に各所にリボンを加え、エプロンドレスを付けてアレンジしたメイド服だ。
なぜ、男性のルアムがメイド服を着ているのかというと、190cmの彼に合う執事服がなかったからである。
なので、何故かルアムの荷物に紛れていた戦闘用メイド服を着る事になったのだ。
そしてルアムの代わりに幸乃が執事服を着て、男装の麗人となる事となった。
●開場1分前
「うふふ、メイド服を着用する必要のある依頼に参加するのが夢だったんです〜。楽しみですね、ヒカルさん」
「はい。今日は目一杯楽しみましょうね」
本当に楽しそうに笑っている菜桜に微笑み返すヒカル。
だが、リラックスしているのはこの2人だけで、他の7人はかなり緊張していた。
「うぅん‥‥ヒラヒラしてなんだか落ち着かないわ」
普段は和服の千糸はミニスカートが気になるらしい。
リヴァルは自分の執事服姿が気になるらしく、落ち着かない様子だ。
ルアムも自分のメイド服姿が気になるらしく、陰鬱な顔をしている。
雨衣などはガチガチになっていて、今にも倒れるんじゃないかと心配になる程である。
●開場
扉が開かれ、ぞろぞろと兵士達が入ってくる。
『いらっしゃいませ〜!』
9人が一斉に唱和して出迎え、5人づつ20のテーブルに分かれた兵士達の元に、まずカレーが配られてゆく。
「お待たせ‥‥しました‥‥」
カレーを持ってきたルアムを見た兵士達は、まずその背の高さに驚いたが、すぐにその美貌の方に目を奪われる。
そう、メイド服を着て化粧を施したルアムはどこか陰のある寧ろな美女にしか見えなくなっていたのだ。
「すげぇベッピンのメイドさんだぜ‥‥」
「メイドさ〜ん、俺の彼女になってよ〜」
「あ、あはは‥‥」
自分にチヤホヤしてくる兵士達にルアムは正直ウンザリした気分になったが、ヒカルに兵士達の夢が壊れるから男だと明かさないように言われているので、仕方なく愛想で柔らかく微笑しながら接客を続けた。
でも内心ではこの慰問が一刻も早く終わってくれる事を願っていた。
「お待たせしました‥‥」
幸乃が割り当てられたテーブルは若い女性兵や女性仕官が集まっており、幸乃が来た途端にキャーと黄色い悲鳴が上がった。
「あの‥‥女性の方ですよね」
「はい、そうですよ‥‥」
「やっぱり〜。でも、とっても綺麗でカッコイイですっ!」
「ありがとうございます、お嬢様‥‥」
男装中の事ではあるが、褒められて悪い気はしない幸乃がニッコリ微笑み、ヒカル教わったとおりの作法で御礼を言うと、再び黄色い歓声が上がる。
こうして幸乃は望むと望まざるとに関わらず、次々と女性兵達の心を鷲掴みにしていった。
「お疲れ様です。カレーをお持ちしました。あと飲み物も用意できますが何がよろしいですか?」
メイド服を着て給仕をする菜桜は本当に楽しそうだった。
「はい、飲み物持ってきますね〜」
パタパタとスカートを翻せながら飲み物を取って戻ってくる。
「どうぞ」
「ありがとう。それで、その‥‥一つお願いがあるんですけど‥‥」
「はい、トッピングですね。チーズ、ソース、ミルクが用意してありますが、どれをお持ちしましょう?」
「いえ、そうじゃなくて‥‥。あ〜んって食べさせて欲しいんです」
「えっ?」
予想外のお願いに、菜桜の頬がぽっと赤く染まる。
「ダメ、ですか?」
「‥‥いえ、その‥‥。分かりました」
その兵士があまりにも残念そうな顔をしたので、菜桜は思わず引き受けてしまう。
「じゃ、その‥‥。あ〜ん」
そして、口を開けた兵士に食べさせてあげた。
「あの‥‥おいしいですか?」
「はいっ!! 最高ですっ!! ありがとうございました!!」
菜桜は恥ずかしかったけれど、その兵士が本当に嬉しそうな顔をしてくれたので、自分も嬉しくなって微笑んだ。
「あの‥‥ヒカルさん。お帰りなさいませ、御主人様って言ってもらえませんか?」
「はい、構いませんわよ‥‥。お帰りなさいませ、御主人様☆」
『うおぉ〜〜!!』
ヒカルがそう言ってニッコリ笑うと兵達の間から歓声が上がった。
どうやら日本の間違ったメイド観は世界にも広まっている様である。
「次は、おはようございます、旦那様。で、お願いしますっ!」
「あら、旦那様ですか? 少尉さんってマニアックですね〜。はい、ではいきますよ。‥‥おはようございます、旦那様♪」
『うひょ〜〜!!』
「ありがと〜、ヒカルさん!! 俺もー死んでもいぃ〜!!」
しかも、メイドアイドルとして活躍中のヒカルは兵士達の要求に応えてくれるため、いやが上にも盛り上がった。
カレーの次は豚汁
「お待ちどう様〜。私の愛情たっぷりの豚汁よ。存分に召し上がれ」
最初は慣れない格好に戸惑っていた千糸だが、やがてこの格好だと動き易い事に気づてからはテキパキ働ける様になった。
緊張している新兵が入れば手を取り、
「貴方の手は多くの命を救い、人類の明日を掴む手。それを忘れないで」
そう言って励ます。
メイド服を着ての接客なんて初めて千糸だったが、兵士達が喜んでくれるこの状況をけっこう楽しんでいた。
「お、お待たせ、しまし、た」
雨衣が配膳に行ったテーブルは厳つい風貌が揃った兵士達のテーブルだった。
雨衣は緊張でぎこちない笑顔を浮かべながら、豚汁を配ろうとしたのだが、手を滑らせてガチャンと落としてしまう。
「ご、ご、ご、ごめん、なさ、い‥‥」
幸い器が倒れる事はなかったが、雨衣は完全にパニック状態になってしまった。
「おっ! 大丈夫かちっちゃいメイドさん。汁が手にかかったりしなかったか?」
「は、は、はい。だいじょう、ぶで、す‥‥」
「そっか、よかったよかった」
兵士の一人が笑いながら雨衣の頭を撫でる。
「あぅ‥‥」
「おら〜! お前らの顔が怖いから、メイドさん怖がってるだろうが」
「そりゃないッスよ。俺達より隊長の顔の方が怖いじゃないッスか」
「ガハハっ! それもそうだな」
(「顔は怖いけ、ど‥‥優し、い人達、だ」)
てっきり怒られると思っていたのに逆に優しくされた雨衣はほっとして自然と微笑んだ。
「どう、ぞ」
「おぅ、サンキュー」
なので他の人に配る時はもう失敗する事はなかった。
でも何故か配る度に雨衣はみんなに頭を撫でられた。
おそらく可愛いメイド姿で一生懸命に働く姿が保護欲を誘い、ちょうど撫で易い位置に頭があるのが原因だろう。
それが証拠に雨衣はどのテーブルに行っても頭を撫でられ、可愛がられた。
最後はフルーツポンチ
「お待たせいたしました。フルーツポンチでございます」
「お飲み物は何がよろしいですか?」
「承知いたしました。只今お持ちいたしますので、少々お待ち下さいませ」
可愛いメイド姿で誰よりも礼儀正しく丁寧な接客をする櫻は特に仕官クラスに人気だった。
なので、
「君、恋人はいるのかな?」
「私と付き合ってくれないか?」
「俺の彼女になってくれ!」
「この花を受け取ってください」
こう言ったセリフで誘惑される事が度々起こった。
「私の息子の嫁にならないか?」
年配の仕官からこんな誘いまで受ける程である。
もちろん櫻は全ての誘いを丁寧に断った。
こうして用意した料理は全て綺麗に無くなったが、慰問会の最中、リヴァルは裏方に徹して1度しか接客に出なかった。
なぜなら1度女性兵のテーブルに行き、
「あれ、幸乃様じゃないの? あ〜あ、幸乃様に来て欲しかったなぁ〜」
キッパリハッキリダメ出しされたからである。
「あの‥‥リヴァルさん。幸乃さんの執事服姿がハマリ過ぎているだけで、決してリヴァルさんが似合っていないわけじゃないですよ。私はリヴァルさんもカッコいいと思います」
リサがそう言って慰めてくれた事が唯一の救いである。
「ありがとう、リサ。その‥‥」
リサもその服似合っている
と続けたかったが、恥ずかしさが先立って結局は言えないリヴァルだった。
兵士達が投票用紙をそれぞれお気に入りになったメイドや執事の持つ投票箱に入れて会場を出てゆく。
その際、ほとんど者が笑顔で
「おいしかった」
「また来てく欲しい」
といった言葉を残してくれた。
その言葉だけで9人は嬉しくなると同時に、ここに来た甲斐があったと誇らしく思えたのだった。
そして投票結果は
カレーが43票
豚汁が51票
フルーツポンチが6票
カレーと豚汁が殆ど僅差だったため、他の前線には2つとも配られる事が決まった。
だが、他でも一番喜ばれたのは、やはりメイド服であったという。
<おしまい>