●リプレイ本文
潮の香りが満ちる漁港にやってきた傭兵達。
辺りにはまったく人気はなく、まるで廃港のような有り様だ。
「潮風に吹かれながらいただく紅茶もまた格別なものなのですが‥‥」
細い目で海を眺めながら、ナナヤ・オスター(
ga8771)が本気か冗談か分からない事をしみじみと言う。
「そういう事はキチンと依頼を終わらせてからにしてください」
辰巳 空(
ga4698)がそんなオスターの様子に不安を感じて手綱をしっかりと締める。
「じゃあ、お茶は依頼を解決してからにしましょうかね」
「はい。無事に終わったらお茶を用意して、一緒に皆さんにお配りしましょう」
港というロケーションでは完全に場違いなメイド服のヒカル・マーブル(
ga4625)がオスターの意見に同調する。
「ところでソフィア。それはいったい何なのか説明してくださらない?」
ロジー・ビィ(
ga1031)がソフィア・シュナイダー(
ga4313)の持ってきた缶を指差しながら困惑顔で尋ねる。
「これは工業用の瞬間接着剤ですわ。これをやどかりさんのお家にちゅうっと注入して出れなくして差し上げますの」
「なるほど。でも、どうやってそんなにたくさん集めたんですか?」
「ULTの倉庫に行ってお願いしたら、皆さん快く用意してくださいましたわ」
オスターの問いに笑顔で答えるソフィア。
しかし本当は『ヤドカリさんをシバキ倒すのに必要なんですわ!』と言って、ほとんど強引に持ってきたというのは乙女の秘密だ。
「これだけあれば注入だけだと余ると思いますので、ヤドカリさんの前にも撒いて差し上げようと思ってますわ」
「それで、肝心のヤドカリの奴は何処にいるんだ?」
「志倫さん。あれじゃないかしら」
夫の堂島・志倫(
ga8319)の袖をつんつんと引っ張りながら堂島・アルティオーネ(
ga8321)が指差したのは、整然と並ぶコンテナ郡の片隅に1つだけ不自然な位置でポツンと置かれているコンテナだった。
「どれどれ〜」
ヒカルが双眼鏡を取り出して覗き込むと、コンテナからはみ出している大きな鋏が見えた。
「当たりみたいですね〜」
ヒカルは隣にいる空にも双眼鏡を手渡す。
「‥‥報告どおり昼間は寝ているようだね。ではみんな、作戦通りお願いします」
「は、はい!よろしくお願いします。あ、あの‥‥あたし‥‥初めてなんです‥‥」
「えっ?」
草加 真緒(
ga8724)が緊張でカチコチになりながら妙な事を口走り、皆を唖然とさせた。
コンテナの近くまで移動した一行は改めてキメラの様子を観察する。
キメラは完全にコンテナの中に潜り込んでおり、外から見えるのは蓋のようにコンテナの入り口を覆っている鋏だけ。
「コンテナに篭るヤドカリ! ‥‥見れば見るほどシュールな光景ですねぇ。ある種の芸術とすら思わせられますよ」
マイペースを崩さず、やはりある意味場違いな感想を漏らすオスター。
「このヤドカリさん。オペレーターの言うように食べられるんでしょうか‥‥」
何故か少し興奮した様子で胸を高鳴らせながらロジーが呟く。
(「ロジー様。もしかしてお食べになるつもりなのかしら」)
そんなロジーの呟きを聞いて驚いたヒカルも
(「‥‥美味しいんでしょうかねぇ?」)
つい釣られて想像してしまうのだった。
「では、そろそろ始めましょう」
「はい。その前に皆さん。素手での作業は危険ですものね! これを使ってくださいませ」
ロジーが予め用意しておいた手袋を受け取った一同はワイヤーでコンテナを固定する作業を開始した。
オスターをキメラの監視に置き、身の軽い空、ヒカル、真緒がコンテナの上に乗って作業し、堂島夫妻とロジー、ソフィアが地面への固定作業を進める。
できるだけ音を出さないよう注意しているが、固定作業はどうしてもある程度の音が鳴る。
「‥‥このまま‥‥動かないでいてくれればいいんですが」
いつもは楽天家のオスターもさすがに緊張しているのか、表情は変わらないものの、キメラを注視しながらそう呟く。
そうして戦々恐々と作業を進めていた、そんな時。
ギシリ‥‥
コンテナの中から音が鳴り、一同の間に緊張が走った。
全員が完全に動きを止め、息も潜める。
ヒカルなどはコンテナの上でちょうど片足を上げた時だったので、かなり辛い体勢だ。
皆が無言のまま不気味に時が過ぎていったが、何かが起こる気配はない。
「‥‥さっき、動きましたよね」
そんな沈黙に耐えられなくなったのか、体勢の維持が辛くなってきたのかは分からないが、ヒカルが傍にいた真緒に聞く。
真緒は首を縦にコクコクと振って答えた。
「‥‥今は動いてないですよね」
コクリと頷いて再び肯定。
「足、下ろしても大丈夫でしょうか?」
そう聞くと真緒は困り顔で首を傾げた。
「下ろしていいですよ」
キメラを見張っているオスターに身振りで安全の確認を取った空がヒカルに告げる。
それを聞いたヒカルはほっとした様子で足を下ろした。
「あの、このまま作業を続けても大丈夫なんでしょうか?」
「分からない。でも今は動いていない以上、作業を続けるしかないですよ」
「‥‥そうですね」
その後、皆が不安を抱きながら進めた作業も無事終了。
コンテナは地面に完全に固定された。
「ヤドカリさん簀巻の出来上がり、ですわね♪」
それを見たロジーが妙に晴れやかな顔をしながら、うれしそうに言う。
「ではでは、いよいよ接着剤をちゅうっと注入いたしましょう♪」
ソフィアは妙にうきうきとした様子で接着剤のフタをポンと開けた。
すると、辺りにはたちまち強いシンナー臭が漂いだす。
「うっ‥‥」
その匂いを嗅いだ何人かが顔をしかめる。
そんなみんなの様子などお構いなしに、ソフィアは鼻歌まじりに接着剤の注入を開始しする。
ガコン
注入開始とほぼ同時に、今まで動かなかったキメラの爪が少し動いた。
再び一同に緊張が走る。
「志倫さん、今の音ってヤドカリが起きた音では‥‥」
「おそらくそうだろうな」
「でもどうしていきなり?」
「たぶん、この匂いのせいでしょう。さすがのキメラもこの匂いの中で寝ていられるほど鈍感ではなかったらしいね」
オスターの仮説を証明するように、コンテナの入り口を覆っていたキメラの爪が退けられ、中に収められていた頭が出てくる。
「ソフィア! キメラが動き出しましたわ。注入は中断して配置についてくださいませ!」
「えぇ!? でも、まだ半分も注入してませんわよ! それに、まだ地面にも撒いていませんわ」
そうしている間にもキメラは上半身を完全にコンテナから露出させ、目をきょろきょろと動かして辺りを探り始めた。
辺りに人間がいる事を確認したキメラは動き出そうとしたのだが、コンテナは完全固定されているため当然動けない。
6本の足は地面のコンクリートを引っかくだけで、まったく前に進んではくれなかった。
「ヒカル様! 今の内にヤドカリさんの足元にも接着剤を撒いてくださいませ!!」
どうにか一本は注入しきったソフィアが残りの缶の一番近くにいたヒカルに頼む。
「は、はい! えぇ〜〜い!!」
ヒカルは慌てて返事をすると、缶を手に取り、一気にキメラの足元にぶちまける。
すると匂いが強くなったためか、キメラはますます激しく暴れだした。
「OKですわ!」
「空、行きますわよ‥‥っ!」
ヒカルがそう叫ぶのを合図に、空とロジーがキメラの気を引くように前面に躍り出る。
そして左右に別れ、キメラの爪の射程ギリギリの位置についた。
じっとキメラの動きを見つめながら隙をうかがう空。
誘いの1歩を前に踏み出すと、キメラは思惑通り、空めがけて爪を繰り出してきた。
空はその爪が伸びきった所をエアストバックラーで受け止めると同時に全身のバネを使ってその威力を完全に殺す。
その直後に『瞬速縮地』を発動。一気にキメラの爪の根元まで踏む込むと朱鳳で関節を狙って斬り上げた。
「破っ!!」
腕に伝わる重い衝撃。
朱鳳はキメラの左腕の半ばまで喰い込んだが、切断するには至らなかった。
「一撃で切り落とす事はできなかったか‥‥しかし!」
空は素早く朱鳳を切り返すと、1撃目とまったく同じ所に斬撃を見舞う。
左爪は鮮やかな程の切断面を残して地面に落ちていった。
ロジーは意外と素早く繰り出されてくる右爪を巧みなステップで避けながら攻撃の機会をうかがっていた。
そして遂に待っていた角度の攻撃が来る。
ロジーはバスタードソードで爪を受け流すとキメラの懐に滑り込み、関節めがけて力の限りバスターソードを叩きつけた。
1撃目は関節に命中するが、切断できる程ではなかった。
2撃目は関節を反れて甲羅に食い込む。
3撃目を叩きつけた時点で右爪は胴体から千切れて跳ね飛び、鈍い音を立ててコンクリートに落下した。
「ふぅ‥‥思ったより硬かったですわね」
オスターはソフィアが接着剤の注入に使っていた穴を強弾撃でさらに広げ、そこから柔らかい本体を狙い撃っていた。
「一発目、命中。ニ発目、命中。三発目も命中か‥‥ふむ、なかなか調子がいいな。〜♪」
鼻歌まじりで真面目にやっているのかどうか分かり辛いスタイルながらも、オスター確実にキメラにダメージを与え続けていた。
堂島夫婦はキメラの死角から右腹を攻撃していた。
まず志倫がクロムブレイドで斬りつけるが、甲羅を傷つける事はできてもダメージはほとんど与えられない。
「アルティ!」
「はい!」
しかし志倫がつけた傷跡に、今度はアルティオーネがイアリスを突き立て、中をえぐる。
夫婦ならではの阿吽の呼吸で行う見事な連携攻撃だ。
そうして2人はジリジリとキメラにダメージを与えていた。
一方、左腹を担当したヒカルは自分の非力さを呪っていた。
キメラは止まっているので関節を狙うのは容易だが、やはり大ダメージを与えるには力が足りない。
なので、その力不足を補うため、ヒカルはソフィアと共闘するはずだったのだが‥‥。
「もう! ソフィア様ってばいったい何処に行ったのよーー!!」
肝心のソフィアはこの場にいなかった。
そのソフィアはといえば、何故かコンテナの上に立ち、潮風に吹かれ、髪をなびかせながら不敵に笑っていた。
「うふふ‥‥。シュナイダーあっくすフォーーム!!」
バトルアックスを高らかに掲げながら『紅蓮衝撃』を発動。
不気味に揺らめく赤いオーラを全身に纏うとキメラに向かって猛ダッシュ。コンテナの端からキメラの頭を目掛けて跳んだ。
「ダイナミックチョーーーーップ!!」
高らかに叫びながらバトルアックスをキメラの脳天目掛けて振り下ろす。
カッコイイのか間抜けなのかは判断に迷う攻撃であったが、威力は絶大だ。
ソフィアは攻撃はキメラの顔の3分の1を削り取っていった。
後方でずっとキメラの様子をうかがい続けていた真緒は、ソフィアの攻撃で出きた絶好の機会を見逃さなかった。
「今だ! ここで終わりにする!!」
『瞬天速』を発動させ、弾丸のようなスピードで一気にキメラに肉薄。
「いやぁぁーーーー!!」
そのまま渾身の力を込めて、傷ついたキメラの顔にメタルナックルを叩き込んだ。
グシャリと鈍い音をたてながら真緒の拳が肘までキメラの顔面に埋まる。
「はぁ、はぁ‥‥」
半ば放心状態で荒い息を吐く真緒がゆっくりと拳を引き抜くと、飛び出た体液が彼女の身体を濡らす。
そして原型がなくなるほど顔面を破壊されたキメラはしばらくピクピクと動いていたが、すぐにその活動を停止したのだった。
陽も少しづつ暮れ始め、皆が帰り支度を始めた、ちょうどその時。
ぐつぐつぐつぐつ
真緒が何故かドラム缶でお湯を沸かしていた。
「あの‥‥真緒様。いったい何をされてるんですか?」
「ヤドカリを茹でるためのお湯を沸かしています」
ヒカルの当然の疑問に真緒が当然な顔をして答える。
「えぇぇ!? 真緒様! 食べるつもりなんです?」
「え? ヒカルさんは食べないんですか?」
「あ、あたしはあんまり食べたくはないかなぁ〜って思いますけど‥‥」
「でも食べないとお仕事終わらないじゃないですか?」
「はぁ?」
「真緒さん、私達は食べる事まで依頼されてませんよ。退治するだけでいいんです」
「え? でも、オペレーターさんがそんな感じの事を言ってませんでしたか?」
「確かにそんな感じの事は言ってたが、そういう意味じゃあない。べつに喰わなくてもいいんだ」
「え? えっ? えぇ!! あの! あたし、今回の作戦ってキメラを食べるまでが任務だとばっかり‥‥うわぁ〜恥ずかしぃーー!!」
空や志倫に勘違いを指摘され、真緒は普段はアルピノのため白い肌を羞恥で真っ赤に染める。
「でも、別に食べてもよいのではなくって?」
「ロジー様! やっぱりお食べになりたいのですか?」
「オペレーターもああ言っておられましたし、興味はありますわ」
「でしたら、わたくしが調理いたしましょうか? 美味しくできるかどうか分かりませんけど‥‥」
「いや、アルティが料理するなら間違いないだろう」
「そうですか‥‥。ではお願いいたしますわ」
ロジーは何故か少し残念そうな顔をしながらアルティオーネに任せた。
30分後。
「お待たせしました〜」
アルティオーネのお手製、ヤドカリの右爪の塩茹でが完成した。
見たところ、肉身は白いし、おいしそうな匂いもしている。
第一印象はそれほど悪くない。
試食するのは、
自分の勘違いのせいでこうなったと思っている真緒と、
最初から興味津々だったロジーと、
嫁の料理は世界一だと信じて疑わない志倫と、
何を思って参加したのかイマイチ分かり辛いオスターの4人だ。
「私は止めた方がいいと思うのですが‥‥」
「ですよね‥‥」
空とヒカルは気の毒そうな目で4人を見守っている。
「わくわく」
ソフィアは完全に他人事の顔で、おもしろそうに見ている。
そんな様々な思いの渦巻く中、4人は一斉に料理を口に運んだ。
「‥‥」
一瞬、全員が無言になる。
試食した4人の表情を一言で表すと『微妙』。
「一応、カニっぽい味はするな」
「そうですね。ちょっと固くて筋張ってますけど」
「オペレーター嬢の言う事も当てのなりませんね」
志倫、真緒、オスターが順に感想を述べる。
ハッキリ言って不評だ。
見守っていた残りの4人も『やっぱり』という顔になる。
しかし
「きっと味付けが悪いのですわ!」
唯1人、ロジーだけは違った。
「あたしがもう一度料理し直しますので、みなさんお待ちになっていてくださいませ」
そして破壊的とも言える料理の達人、ロジーの手によって再び調理されたキメラが3人の前に並ぶ。
「さ、召し上がってくださいませ」
運命の時。
誰もが奇跡を望んでいた。
しかし奇跡は起きず、3人の尊い犠牲者が病院送りとなる。
数日後、3人はどうにか無事に退院したものの、医者にはあまり変な物は食べないようにと注意されるのだった。