●リプレイ本文
●昆布
目的の砂浜に到着した新居・やすかず(
ga1891)とメイプル・プラティナム(
gb1539)の目の前には荒波吹き荒ぶ日本海が広がっていた。
辺りには人の気配はまったくなく、肝心の昆布型キメラの姿も見えない。
「やはり海中にいるようですね。用心して進みましょう」
「はい。ところでなんだかすごく今更な気がしますけど、キメラって食べても大丈夫なんですよね‥‥?」
「どうでしょうか? 僕も食べた事がないんで‥‥」
2人はジリジリと海に向かって移動してゆく。
そして砂浜の半ばまで来た瞬間、不意に海から凄い勢いで3枚の昆布が走ってきた。
「3体ですか。この数なら対処できそうですね」
敵の数が多い場合は一旦後退して、キメラが海に帰る背後を突き、また引く漸減作戦も視野に入れていたやすかずだったが、このまま迎撃する事にした。
やすかずはクロネリアに矢をつがえて引き絞り、左右にいる昆布に撃ち放つ。
矢は昆布を貫いたが、まったくスピードを落とす事なく迫ってくる。
やすかずは次の矢をつがえると今度は足となっている根を狙って撃った。
すると、先程とは比べものにならないくらい昆布の動きが鈍る。
「メイプルさん、この昆布の弱点は根本かもしれません。根本を狙ってみてください」
「分かりました」
メイプルは体勢を低くし、正面の昆布の根本を狙ってイアリスを横薙に斬り払った。
しかし昆布は巧みに身体をくねらせ、その攻撃を避ける。
「えっ? こ、昆布なのに素早い!」
そして根っこを砂浜に食い込ませて踏ん張ると、葉の部分を大きく振り回して攻撃してきた。
「キャ!」
メイプルは葉っぱに弾き飛ばされて吹っ飛び、砂浜に倒れ落ちる。
そこに別の昆布の葉が伸びてきてメイプルに絡み付き始めた。
「わっ! 冷たい! それにぬるぬるしてる。うわ〜ん! 気持ち悪〜い」
そして徐々に葉っぱが締まってきて身体が圧迫されてゆく。
「メイプルさん!」
やすかずはメイプルは傷つけないよう慎重に矢を射ると昆布の拘束が僅かにだが緩んだ。
「えぇーい!」
その隙にメイプルは中から昆布を斬り裂いて脱出する。
「このまま一気に捌いちゃいます! 藻類断刹剣! 白金‥‥一閃ッ!」
そして妙な技を叫びながら根と葉の境目を分断し、さらに根にも一撃加える。
すると、葉は完全に動いを止め、根もしばらく震えていたがすぐに動かなくなった。
「やはり根が弱点ですか」
やすかずはすぐに残りの2体の根を狙って矢は放つ。
根を貫かれた昆布はしばらくもがいていたが、やがて動かなくなった。
「せめて‥‥おいしくいただかれてください‥‥」
そんな昆布の姿が哀れに見えたのか、メイプルは祈るように手を組んで悲しげに呟いた。
●竹の子
その竹林は、とある寺の松林の中にあった。
他は全部松なのに、そこだけ竹が生えており、違和感と怪しさいっぱいの一画は立ち入り禁止のテープで囲われていた。
「さっさと竹の子を取ってキメラを退治してしまいましょう」
何故か不機嫌そうな文月(
gb2039)がテープを跨いで敷地に入ると、さっそく筍が伸びてきた。
ガンッ
しかし筍は文月の纏うミカエルを貫く事ができず、そのまま曲がって伸びていった。
「なるほど、竹ってこうやって成長するのか‥‥。それにしても意外と柔いですね。仮にもキメラなんだからもっと硬いかと思ってた」
文月が平然としているので翁 天信(
gb1456)も続いて敷地に足を踏み入れる。
ぶすっ
すると、すぐに筍が伸びてきて翁の尻に突き刺さった。
「‥‥いってぇーーー!! むちゃくちゃ痛いし硬ぇ〜!! 誰だ柔いなんて言ったの‥‥」
『お前だよ』
皆が一斉につっこんだ。
翁がそんなコントをしている間にも文月は生えてくる筍を薙ぎ払って進み、竹林の中心に到着した。
「ここですか」
そしてさっそく手にしたスコップでざっくざっくと地面を掘り始める。
「あーちゃん、筍採集量で賭けよう。負けた方が勝った方のいう事を一つだけ聞くという事で」
耀(
gb2990)を『あーちゃん』と呼ぶレイヴァー(
gb0805)がそう提案すると
「よし、受けて立ちます」
レイヴァーを『アルさん』と呼ぶ耀はあっさり受けた。
そして勝負を始めた2人だが
「キャ!」
「あぅ!」
「いたっ!」
「にゃー!」
耀がさっそく筍にちくちくと突き刺されてぴょんぴょん飛び跳ねていた。
対するレイヴァーは『疾風脚』を発動させ、軽々と筍を避けると同時に蛇剋を振るって狩ってゆく。
翁も筍を狩っていたのだが、
「うむ、美味い!」
いきなり皮を剥いて喰っていた。
そして瞬く間に1本食べ終え、今度は青々と茂る竹の方に目を移す。
「この竹って正月飾りに使えそうだし、何本か持って帰りませんか?」
「あ! だったらボクはこの竹で流し素麺したいです!」
翁の提案に耀がすかさず乗っかってきた。
「お! 真冬の流し素麺‥‥乙ですねぇ〜♪」
翁もすぐにその気になり、依頼されてない竹まで収集し始めた。
(「いきなり筍を食べる。勝負を始める。依頼とは関係ない竹まで取って、さらに流し素麺‥‥。いったいなんなんでしょう? このミカエルも穴掘りするために買ったんじゃないのに泥だらけになって‥‥」)
文月は思いっきり雑念を交りで不機嫌オーラも全開で放ちながら黙々と掘り続けていた。
そして穴の深さが1m程になった頃、横からも竹の子が生えてくる様になったが、文月はそんな事などまったくに意に介さずに睨みつけ、振り払い、握り潰しながら掘り進んでいった。
一方、耀はようやく筍を避けるコツを掴み、現在5本目。
そんな耀を横目に見ながらレイヴァーは10本目の竹の子を狩ったところで手を少し休めた。
(「これだけ集めれば‥‥あまり圧勝しても、聊か面白みに欠けますしね」)
そうして気を抜いた瞬間、レイヴァーの背後で筍が急成長し、運悪くコートに引っかかってしまう。
「ぇ‥‥ちょ、嘘ぉぉ!?」
そしてレイヴァーはそのまま天高く舞い上がっていった。
折角集めた竹の子を見事にぶちまけながら‥‥。
「そんなベタなっ‥‥じゃなくて! タ、タスケテーッ」
「だ、だいじょう‥‥ぶっ‥‥あ、あはは‥‥ご、ごめんなさあはははは!」
レイヴァーを心配しつつも大爆笑する耀はちゃっかりとレイヴァーの落とした竹の子を回収、一気に0対15と差をつけた。
結局これが決定打となり、この勝負は耀の勝利に終わった。
微笑みながら『ちょんまげカツラ』と『ナイト・ゴールドマスク』を渡す耀と、屈辱的な顔で受け取るレイヴァー。
「‥‥今日一日コレをつけて、語尾は『にゃん』でお願いします、にゃん♪」
「くっ‥‥負けは負けだからな‥‥何でも来いにゃん」
「ププッ! なんかマヌケです〜」
「笑うな! ‥‥にゃん」
「あははっ!」
屈辱的な仕打ちであったが、楽しそうな耀の笑顔を見ると自分が負けて正解だったと思うレイヴァーだった。
その頃、文月は根が絡まりあった様な姿の敵の本体を掘り当てていた。
「お疲れさん♪ 後は任せてゆっくり休むといいと思うよ」
「これは私の獲も‥‥いえ、疲れてはいませんので横取しな‥‥私にまかせてください」
そこに竹を背負った翁が加勢にきたが、文月は邪魔するなオーラを漂わせながら丁寧に断りをいれた。
「‥‥し、失礼しました」
翁は冷や汗をかきながら引き下がる。
文月は月読を逆手に持ち、満面の笑みを浮かべると『竜の爪』を発動し、足元のキメラ本体を滅多刺し始めた。
根が千切れ飛び、体液が噴きだしてもまったく容赦せず、完膚なきまでにボロボロにした。
「ふぅ〜。終わりました」
そして事を終えた文月は何か憑き物でも落ちたかの様にスッキリとした顔をしていた。
●クワイ
『キシャー』
植物らしからぬ唸り声が響き、垂れ流された強酸で酸化した土壌は雑草すら枯れる。
そんな荒涼とした湿地帯の中心でクワイ型キメラはそびえ立っていた。
「‥‥思っていたよりずっと大きくて強そうですね」
草むらから双眼鏡で観察するリサ・クラウドマン(gz0084)が緊張した声音で呟く。
「リサ、初の実戦という事で緊張していると思うが大丈夫だ。君は俺が必ず守る。それにすごいフィオナも付属として付いてくる」
「‥‥すごいとか言いつつ、私ってば付属品扱いされてる〜」
リヴァル・クロウ(
gb2337)の言い様にフィオナ・フレーバー(
gb0176)は不満気に口を尖らせたが、本気で気分を害している訳ではない。
この2人はその程度の軽口は言い合えるぐらい親しい仲なのだ。
「ありがとうございます、リヴァルさん。でも私だって能力者の端くれです。多少の怪我なら『ロウ・ヒール』で治せます。だから大丈夫です!」
リサは小さくガッツポーズを作ったみせたが、その顔はやはり緊張で強張っている。
「そうか。だが、無理はするなよ」
「はい」
「じゃあ、そろそろクワイ狩りを始めよっか。リヴァル、言わなくてもわかってるね!?」
「あぁ」
「リサさんはリヴァルの援護を道を作るよ」
「はい」
「タイミング合わせて‥‥3‥‥2‥‥1‥‥GO!」
3人はそれぞれの武器に『練成強化』かけた後、フィオナの合図で草むらから飛び出した。
するとクワイ型キメラは触腕を動かし、3人に向かって酸を吹きかけてくる。
「キャ!」
「リサ!」
酸の落下軌道からリサに直撃すると見て取ったリヴァルは咄嗟にコートを脱ぎ、リサの前で広げた。
酸はコートに命中し、2人とも無傷で済んだが、コートは2度と着る事ができそうにないくらい酷い有り様になった。
「す、すみません、リヴァルさん。あの‥‥コートがボロボロに」
「気にするな。君を守れたならコートの1着や2着惜しくない」
「リヴァルさん‥‥」
戦闘中にも拘らず、思わずいい雰囲気になりかけた2人だったが、
「リヴァル〜。なんでリサさんだけ助けてるのよ〜! 私も助けてよ〜!」
必死に酸を避けているフィオナが不満気な叫び声を上げたため台無しになる。
「頑張って避けたまえ、すごいフィオナ」
リヴァルは完全に棒読みでフィオナに告げると走る速度上げた。
「うわ! ヒドっ!」
フィオナは仕方なく自力で避けながらリヴァルの後に続く。
「俺が先に仕掛ける、フィオナは続けて援護を頼む」
「了解」
「最後はリサ、君が決めろ」
「はい! ‥‥‥‥‥‥えっ!?」
反射的に返事をしてしまったがリサはすぐに疑問の声を上げる。
フィオナは超機械の射程距離に入った所で足を止め、『練成弱体』をキメラにかけた。
リサも足を止め、超機械αでクワイ型キメラの触腕の根元を狙って電磁波を発射、触腕を潰してリヴァルを援護する。
「ほらっ。たまにはいいとこ見せてみなさいよ」
フィオナはリヴァルに『練成超強化』の虹色の光を飛ばす。
続いてリヴァルも『紅蓮衝撃』を発動、SMGを乱射する。
数十発の弾丸は葉を散らし、幹を穿ち、触腕を断ち切り、瞬く間にクワイ型キメラをボロボロにした。
戦闘で必要なのは実績と言う名の自信である。そのためのお膳立ては整えた。
「今だリサ」
リヴァルはクワイの前から退き、リサのための射線を開けながら叫ぶ。
「は、はい!」
リサは超機械αを構え、慎重に狙いをつけて電磁波を発射。
半分以上幹が抉られていたクワイ型キメラはその一撃で真っ二つに折れ、地面に倒れた。
「‥‥」
「よくやったなリサ」
キメラが倒れた後も超機械αを構えたまま警戒しているリサの肩をリヴァルがポンと叩く。
「え‥‥倒せたんですか?」
「あぁ、初戦という条件を無視しても十分な成果だ」
「そ、そうですか‥‥終わったんですね」
リサはふぅ〜と息を吐いて肩の力を抜き、安堵の笑みを浮かべた。
それから3人は『合金軍手』を嵌めてクワイの塊茎の回収を始めたのだが
「‥‥コレ。妙におっきくない?」
「はい、15cmはありそうですね」
その塊茎は普通のものより格段に大きかった。
「これは本当に食べられるのか?」
ともかく3人はあるだけの塊茎を取って持って帰る事に決めた。
●流し素麺
コーンコーン
と竹を切る音が響く。
それぞれの食材を手に入れて集合した9人は、何故か吹きっ晒しの空の下、流し素麺の準備をしていた。
「よ〜し! 完成〜♪」
翁が素麺台を作り終え、昆布キメラで出汁をとった麺つゆも作って準備完了。
「流しそうめんなんて久しぶりですー。真冬にやるのは初めてですけど‥‥」
「じゃ、流しますね〜」
リサが素麺を流してゆく。
「ん、おいしいです」
「冬の素麺もなかなかオツな物ですね」
「あーちゃんは届くかにゃん。届かなかったら取ってあげるにゃん」
レイヴィーは背伸びをして手を伸ばしている耀の器に素麺を入れてあげた。
「わぁ〜ありがとうアルさん♪」
「おい、フィナナ。少しは俺にも廻せ」
「ちゅるる。ん? なにリヴァル? 早く食べないとなくなっちゃうわよ」
「そうか。そっちがその気なら」
リヴァルはフィオナの器に箸を突っ込んで6割の麺を強奪した。
「あ! 器から取るのは反則よぉー!」
「お前がこっちに廻さないからだろうが!」
「あの〜、麺はまだありますから喧嘩しないでください。じゃ、次流しますね」
「は〜い‥‥っていうか、お豆腐が流れてきてますっ!?」
「住職さんのご好意でいただいたものです」
メイプルは咄嗟に箸で掴んだが、持ち上げる前に崩れ落ちた。
「次いきます」
次はおにぎりで、流れている間に米粒に分解してゆく。
「勿体無い!」
翁はなんとか摘んで食べたが、その殆どは流れてしまった。
「次で〜す」
次は白菜や大根の漬物が流れてきた。
「あ、今度は楽に掴めそうです」
そんな風に皆が流し素麺を楽しんでいた時、
「アルさん‥‥実はもう一つだけ、聞いて欲しい事があるのですが。というよりお願い事、なんですが‥‥」
不意に耀が真面目な顔でレイヴァーに話しかけた。
「なにかにゃん?」
「‥‥まず、今だけその『にゃん』を止めて貰えますか」
これではどうしてもおちゃらけた雰囲気になってしまう。
「分かったよ。それでなに?」
どうやら真面目な話の様なのでレイヴァーも真剣な顔で聞く。
「あの‥‥これからも、いってきますとただいまを‥‥聞かせてください」
「うん。これからもあーちゃんにいってきますとただいまを言う。ずっと、必ずね」
なぜ耀が今更そんな事を言うのかレイヴァーには分からなかったが、笑顔でそう答えてあげた。
「はい、ありがとうござます」
耀も笑顔でお礼を言った。
ただ、その瞳は少しだけ潤んでいた。
(「戦いの生活。明日が必ずでない事をわかってます。それでも。大切な人達が戦場から生還すること‥‥それが耀にとって何より叶えて欲しい望みです」)
数日後、耀は『いってきます』と言って旅に出た。
レイヴァーは止めず、『いってらっしゃい』と見送った。
なぜなら耀は必ず帰って来て『ただいま』と言い、自分には『おかえり』と言わせるはずだから。