●リプレイ本文
●出発
ガタガタと荷台を揺らしながらトラックの一団が街道を通過してゆく。
輸送車の護衛任務のため、それぞれの車両に乗り込んだ傭兵達はデトロイトを出発。今はランシングの町を目指していた。
「幸香様。この辺りはまだ味方の勢力圏の奥ですから、それほど警戒しなくてもよいと思いますよ」
最後尾を走るジープBの後部座席に乗り、出発直後から双眼鏡を取り出してキョロキョロしていた乾 幸香(
ga8460)に同乗している木花咲耶(
ga5139)がやんわりと話しかける。
「そ、そうですよね。でも私、こういう任務初めてなんで、ちょっと緊張しちゃってて‥‥」
能力者になるまでは争い事とは無縁の生活を送っていた幸香が堅い笑顔を浮かべる。
「そんなに緊張しなくても大丈夫なのですよ〜。みんながついているのです。さ、これでも食べて落ち着くですよ〜」
そんな幸香にハルトマン(
ga6603)が笑顔で手作りクッキ−を差し出す。
「ありがとうございます」
素直に受け取って食べると、クッキーのほどよい甘みが口の中に広がってゆき、幸香の顔に自然な笑みが浮かんだ。
「あ、おいし〜」
「ありがとうなのです。みんなもどうぞなのです」
ハルトマンが咲耶や2人の兵にもクッキーを差し出す。
「俺達もいいんですか?」
「ありがとうございます」
こうしてみんなでクッキ−を食べ、談笑している内に幸香の緊張もほぐれていった。
「お〜い、俺にもくれ」
前方の3号トラックの屋根にわざわざ上って哨戒をしている雷(
ga7298)が片手を挙げてクッキーを要求してくる。
「は〜い、いくですよ〜。えいっ!」
ハルトマンはクッキーを袋に包むと雷に向かって思いっきり投げた。
「サンキュー。お、ホントにうめぇなコレ」
「ほむ! みんなだけ食べてずるいです! 私にもクッキーぷり〜ず!!」
その様子を2号トラックから見ていた赤霧・連(
ga0668)も窓から顔を出し、ぶんぶん手を振って催促してくる。
「なんだか後ろは楽しそうだなぁ〜」
1号トラックに乗っている御凪 由梨香(
ga8726)が羨ましそうな顔をしていると、隣からにゅっと何かが突き出てきた。
「クッキーはないけど、チョコレートならどうぞ」
「え?」
見ると運転手の女性兵士がにっこり笑ってチョコレートを差し出している。
「ありがとう」
由梨香は遠慮なく貰って食べ始める。
「うふふ。なんだか修学旅行かピクニックみたいね。たまにはこんなのもいいわ〜」
「いつもはこんな感じじゃないの?」
「全然違うわ。周りはほとんど男ばっかりだし、会話はほとんどないかな。あっても下品な話ばっかりよ」
「へ〜、下品なってどんなの?」
「ん〜、これってアナタみたいな可愛い女の子に聞かせてもいい話かなぁ?」
「え、可愛い? やだなぁ〜あたしそんな可愛くないよ〜」
「ふふ、そういう反応が可愛いのよ」
相手が女性だという事も手伝い、由梨香はすぐに運転手と打ち解け会話を弾ませる。
そうして一行は楽しげに会話しながら進んでいたのだが、
「お前達、常に気を張っていろとは言わんが抜きすぎるな。ちゃんと周囲の警戒もしたまえ」
あまりに浮かれすぎた雰囲気を引き締めるため、先頭を走るジープAに乗車しているゼシュト・ユラファス(
ga8555)が無線機に向かって静かに告げる。
すると、ぶーぶーと文句を言う者もいたが、大半の者は静かになった。
しかし、10分と経たない内に、またざわざわと雑談が始まるのだった。
「まったく、今回の任務をピクニックか何かと勘違いしてるんじゃないだろうな」
まるで引率の先生にでもなった様な気分でゼシュトが言う。
「きっと今の内だけでしょう。もっとバグアの勢力圏に近づけばみんなしゃきっとしますよ」
隣に座っている辰巳 空(
ga4698)が小さく微笑みながらフォローを入れる。
「そう願いたいな」
ゼシュトは半信半疑だったが、ランシングの町を抜け、グランドラピッズに向かう頃になると雑談も減り、皆周囲を警戒し始める。
そして一行は何事もなくグランドラピッズに到着。
一旦、町の中心部を流れるグランド川の岸辺で休憩をいれる事になった。
●ランチタイム
「ジャジャ〜ン♪ お弁当なのですよッ☆」
連がさっそくみんなのためにと作ってきたお弁当を配り始めた。
しかも仲間だけでなく兵士達にも配ってゆく。
「俺達の分もあるのか?」
「ほむ、もちろんなのですよ〜」
「ありがたい。こんな事なら毎回ついて来て欲しいよ」
兵士達もほくほく顔で連のお弁当を受け取る。
フタを開けると中はサンドイッチだった。
内容はベーコン、レタス、トマト、タマゴ、ツナ、チキンマヨ、カツ、と種類も豊富なうえボリュームも満点だ。
「ずいぶんと豪勢ですねぇ〜」
「とてもおいしそうなのですよ〜」
「日本茶、コーヒー、紅茶を用意してきました。皆様、ご希望をどうぞ。お煎れいたしますわ」
連のお弁当に併せて咲耶がポットセットでお茶の用意を始める。
「コーヒーをくれ」
「私は日本茶で」
「あたしは紅茶がいいな」
「はい」
バラバラな注文にもにっこり微笑み、一つ一つ丁寧に煎れてゆく咲耶。
「うめぇっ! おまえさんはいい嫁になれんぜ!」
真っ先にペロッと食いあげた雷が親指を立てながら連を褒める。
「ただ、ちょっと量が少ねぇかな」
「こんなにあるのにまだ足りないの?」
由梨香が信じられないといった顔で雷を見る。
「あの、私こんなに食べられませんので、少しどうですか?」
「いいのか? じゃ、遠慮なく」
幸香の半分近く残っていたサンドイッチも雷は瞬く間に食べた。
こうしてにぎやかにお弁当を食べ、お茶を飲んでいると、気分はもう完全にピクニックだ。
「でもやっぱりミシガン湖の畔で食べたかったな〜」
由梨香がもぐもぐさせながら素直な気持ちを口にする。
「ほむ、やっぱりそうですよネ。私も湖で食べるつもりでしたし、ちょっと残念です」
こうして女性陣には少し量が多かったお弁当も雷や兵士達が残らず食べ切り、一行はサウスベンドの町を目指して出発した。
●湖畔
グランドラピッズから南西に進路を取って進んでゆくと、いつしか前方にキラキラと輝くものが見え始める。
「遂にミシガン湖まで来たか」
「残りは後100kmといった所ですね」
「あぁ。だが、ここからが本番とも言える。気を引き締めていくぞ」
とゼシュトが隣の空に言った直後。
「あ、湖見えた! うわぁ、凄いね。大きくて綺麗だよ〜」
後ろの1号トラックから由梨香の歓声が上がる。
「もふ!? みんな〜ミシガン湖に着いたですよ〜」
連も無線機で叫びながら窓から身を乗り出し、後ろの車両の人達に身振りも加えて伝えた。
ここまでは比較的静かに周囲を警戒していた一行だったが、また俄かに騒がしくなる。
「はぁ‥‥」
思わず溜め息をつくゼシュトを見て、空が小さく苦笑いを浮かべる。
ただ、空自身はこういう雰囲気は嫌いではなく、不必要なほど騒ぐのでなければむしろ好ましく思っていたのだが。
そして溜め息をついていたゼシュトも、
「ふむ、実にいい‥‥掃き溜めとは豪い違いだ」
湖が間近に見える距離まで来ると、思わずその美しさに目を奪われていた。
「綺麗ですね〜。こんな綺麗な景色を見ていたら、依頼の最中である事をついつい忘れてしまいそうになっちゃいますね」
「本当に美しい景色ですわ。できればこのまま眺めていたいところですけど‥‥」
咲耶は名残惜しそうにしながら双眼鏡を手に取り、周囲の警戒に戻った。
他の者もそれぞれ双眼鏡や視認で哨戒を始める。
「これでワームの目撃情報がなかったら、気兼ねなく景色を楽しんでられそうなんだけどなぁ〜‥‥」
由梨香が湖を眺めながらつまらそうに言う。
「ねぇ、ワームって見た事ある?」
「私はないけど、なんでも楕円形の円盤で空にふわふわと浮かんでいるらしいわよ」
「へぇ〜」
由梨香は生返事をしながら双眼鏡で空を見る。
すると、なにやら丸いものが見えた。
「ん?」
双眼鏡を調節すると、楕円形の物体が空をゆっくりと飛行しているのが見える。
「わ、ワ、ワっ! ワーム発見っ!!」
由梨香は慌てて無線機を掴むと、どもりながら叫んだ。
「なにっ! 位置は?」
「よ、4時の方向!!」
皆が一斉に双眼鏡で4時の方向を見た。
まだ距離は遠いようだが、確かに楕円形の物体が空中を移動している。
(「まさか本当にワームが出てくるとは‥‥。どうする? 迎撃はやはり不可能だろう。となると、やはりジープを囮にして本隊を逃がすか。ジープの兵は助からんだろうが、物資と8人の能力者が助かるのだ。それぐらい安いものだ」)
ゼシュトはそう算段を立てると、実行に移すため、ジープBの3人にトラックの荷台に移る指示を出そうとした。
「ほむ。あれってホントにワームですか?」
「わたくしも何か違和感を感じますわ」
「ワームにしては小さい気がするのですよ」
「なに?」
しかし連、咲耶、ハルトマンの疑問を耳にし、もう一度確認してみる。
確かにゼシュトもワームにしては小さい気がした。
それに形状が完全に楕円形だ。
普通のワームならプロトン砲やフェザー砲などが付いているので完全な楕円ではないはずである。
「‥‥亀?」
じっとワーム(?)を観察していた空が呟く。
「えっ、亀?」
「亀ですか?」
それを聞いた一同は再び双眼鏡でワーム(?)を観察した。
言われて見れば、確かにそれは頭や手足を引っ込めた亀に酷似していた。
「亀だな」
「亀ですわね」
「間違いなく亀です」
皆の意見も亀で一致する。
「ワームではなく亀型キメラか。まったく紛らわしい‥‥。だがキメラなら迎撃は可能か‥‥」
ゼシュトは怒りをあらわにしながらも、頭の中では冷静に次の手を考えていた。
「おい、無線を回せ! 各自武器を構えつつ警戒を強めるよう伝えろ! 片時も亀から目を離さず、他の注意も怠るなとな」
その指示はすぐに伝えられ、皆それぞれの武器を構えながら警戒を続ける。
(「まだ距離は遠い。見つからずに済めばいいが‥‥」)
そのゼシュトの願いは叶わなかった。
キメラは飛行する方向を明らかにこちら側に変えたのである。
●戦闘開始
「大丈夫ですよ、任せて下さい?」
連が頼もしいセリフをなぜか疑問系で言いながらにへらと笑う。
そしてトラックの窓に箱乗りすると、髪を純白から漆黒に変えながら矢を3本持ち、後方のキメラに向けてクロネリアを構える。
玄を引き絞り一本目の矢を放った直後、両手が神業な動きを見せ、残り2本の矢もほぼ同時に放ってみせた。
3本の矢は真っ直ぐキメラに向かって飛び、甲羅を貫いて深々と突き刺さる。
キメラは甲羅の中に収めていた頭を出すと、絶叫を上げ、真っ直ぐこちらに向かって突き進んでくる。
「迎撃しろ!」
まず一番射程の長いハルトマンがアサルトライフルで『鋭覚狙撃』による射撃を行ったが、甲羅に浅く傷をつけただけだった。
その間にもキメラはどんどんと接近してくる。
キメラが射程に入った者から次々と攻撃するが、ゼシュトや雷の攻撃は全て甲羅で弾かれ、幸香の攻撃も甲羅を浅く傷つけるのみ。
兵士もジープに備え付けの機銃を放つがフォースフィールドを破る事さえできない。
由梨香のシュリケンブーメランは完全に射程外。
空も朱鳳を抜いて『真音獣斬』を放とうと構えているが、キメラはギリギリ間合いの一歩外だ。
そんな中、和装なうえ、咲耶の白くて繊細な指には似つかわしくない無骨なアラスカ454だけは甲羅を貫通。キメラを大きく揺るがせた。
しかしキメラはまだ健在。
大きな口を開くと咽の奥に赤い光を灯らせ、次々と火球を吐き出してきた。
「キャー!!」
火球はジープBの周りに命中し、ジープを激しく揺らす。
幸い3人に怪我はなく、ジープも無事だ。
「火球を吐けるのか」
ゼシュトは再び思考を走らせる。
「ジープBはそのままキメラを引きつけ、トラックが安全圏に離脱する時間を稼げ」
「りょ、了解です」
由梨香は涙目になりながらも無線に応える。
ジープBは少しスピードを落とし、キメラと接近。機銃が火を噴き、フォースフィールドがチカチカと瞬く。
ハルトマンもアサルトライフルを正射。大したダメージは与えられないが、キメラの気を引く事には成功した。
「物の怪め!私達がお相手つかまつりますわ!」
咲耶が啖呵をきりながらアラスカ454を撃つが、揺れるジープの上で反動の大きいアラスカ454で上手く当てる事は難しく、全て外れた。
キメラから再び火球の反撃を受けるが、今度もなんとか回避。
しかし、いつ命中してもおかしくはない。
ハルトマンや幸香の攻撃は命中するが決定打にはならない。
頼みは咲耶のアラスカ454だけだが今は弾切れでリロード中。
3度キメラの口腔が赤く染まった、その時。
「破っ!」
鋭い気合の声と共にキメラの背中に不可視の斬撃が叩きつけられた。
空の『真音獣斬』だ。
空達の乗るジープがトラックを安全圏まで送り、戻ってきたのだ。
しかもボンネットの上には3号トラックから乗り移った雷の姿もある。
『真音獣斬』を受けたキメラは地面に墜落した。
ジープAはそのままキメラに突進。
雷が全身とコンユンクシオから赤いオーラをなびかせながらキメラに向かって跳躍。
「安全一番・運送第一! 食らえ、奥義!! 雲双慈虚ぉ!!」
そのままの勢いでコンユンクシオをキメラの首に叩きつけた。
キメラは断末魔の悲鳴をあげる間もなく、その首を宙を舞わせたのだった。
●手紙
前線基地に到着した一行はたくさんの兵士達の大歓迎を受けた。
もちろん歓迎されているのは傭兵達ではなく、トラックに詰まれた物資なのだが。
トラック周辺はすぐに人ごみで一杯になり、傭兵達はだんだんと居場所がなくなってくる。
なので傭兵達は数は少ないが手紙を配って歩く事にした。
幸香の割り当ては1枚だけ。
(「この手紙の受け取り主はきっと届くのを心待ちにしているでしょうね。家族からか、恋人からかは分かりませんけど、手紙は読むだけで幸せになれるものですからね」)
手紙の受取人はすぐに見つかった。
「手紙? あぁ、ありがとう」
受け取った兵士は心当たりがないのか訝しげ顔をしていたが、すぐに封を切って読み始める。
きっとすぐに笑顔に変わるだろうと、期待して見ていた幸香だが、
「俺に弟か妹ができるだぁ? 40過ぎにもなって何がんばってるんだよ親父ぃ〜〜!!」
兵士の顔には呆れと苦笑しか浮かんでいない。
(「なんか、想像してたのとはちょっと違うけど、無事に届けられてよかった。この人も幸せに‥‥なってますよね」)
その件に関してはちょっと自信はなかったが、待望の物資を手に入れて喜んでいる兵士達を見ていると、幸香の顔にも自然と笑顔が浮かぶのだった。