タイトル:モノ言わぬ者たちの願いマスター:真太郎

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/05/16 04:05

●オープニング本文


 甲高い銃撃音が木々の間を抜けて響き渡る。
 ここはアメリカ南部の森林地帯。
 この地に設置された前線基地の周囲に幾つも作られた塹壕の一つ。
 そこで、ある小隊が必死の攻防を繰り広げていた。
 しかし、この戦いは前線基地を守るための戦いではなかった。
 前線基地は先日バグアの猛攻を受け、既に陥落している。
 彼らは今、撤退戦の最中なのだ。
 そして彼らはこの地に残った最後の兵でもあった。
 彼らの小隊は味方を逃がすために殿を務め、そして逃げ遅れたのだ。
「2時の方向!!」
「よし!」
 回転式30mm機関砲が火を噴き、目の前まで迫っていたキメラの顔面へフォースフィールドの上から弾丸を叩き込む。
 彼らが今まで生き残ってこれたのは、この機関砲があったからだ。
 地面に固定し、射手と給弾手を必要とする運用の難しい武器だが、威力だけは折り紙つき。
 それを使い、弾幕を張って敵の接近をどうにか防いでいるが、周りは既に敵に囲まれており、退路も塞がれている。
 今ある弾薬がなくなれば、あっと言う間に総攻撃を受け、全滅するだろう。
 そして今ある弾薬の残数では敵を駆逐するどころか退路を確保する事さえできない。
 おそらく、ここにいる者は全員その事に気づいているだろう。
 それでも彼らは敵に向かって銃弾を浴びせ続けた。
「今ので何匹目だったかな、軍曹?」
「さぁて。20匹までは数えていましたが、その先は分かりませんや」
「伍長、給弾を止めるなよ。止めたらそこでゲームオーバーだ」
「はい!」
「曹長、弾は後どれだけ残ってる?」
「残り1箱半ですね」
「そうか‥‥。なら、もうちょっと暴れていられるな」
「えぇ、後200匹は殺れますよ」
「あはは、そうだな」
 曹長の冗談に隊長は軽く笑って銃撃を続けるが、その残弾数では後10分と保たないだろう。
 3分経ち、5分経ち、残弾が少なくなってゆくにつれ、皆口数が少なくなる。
 給弾役の伍長などは残弾数が目に見えて分かるためか、じょじょに青ざめ、カタカタと震え始めた。
(「ここまでか‥‥」)
 隊長が覚悟を決めたその時。

ザー ザザー

 今までずっと沈黙していた無線機が騒ぎ出す。
『生きてる奴はいるか? いたら返事をしろ! いや、返事はいい。手を止めずに撃ち続けていろ。すぐに救援に向かう。それまで持ちこたえていろ!』
 無線機はそう言って勝手に切れた。
「なんだ? 救援? 本当か?」
 こんな状態で救援が来るなど俄かには信じ難かった。
 しかし皆、今の通信に一縷の望みを託し、戦った。
 機関砲の弾はすぐに尽きたがハンドガンを抜いて応戦した。
 そして彼らはやって来た。
 手に手にそれぞれの武器を持ち。
 自分達では30ミリの弾丸を使ってやっと倒せるキメラを易々と切り裂き、蜂の巣にする。
 そうして彼らはものの数分で辺りのキメラを殲滅したのだった。
「能力者‥‥か。すまない、助かった、ありがとう」
「しかし能力者ってのはすげぇな」
 兵達は助けに来た傭兵達に最大の賛辞と感謝を送った。
 彼らの顔には一様に安堵の表情が浮かんでいる。
「さぁ、もうここに用はない。撤退だ!!」
 隊長の号令で兵達が撤退準備を始める。
「あんた達、できればこいつらも連れて行ってやってくれないか」 
 隊長はそう言って傭兵達に塹壕の隅を見せた。
 そこには横たわっている1人の重傷兵と、2つの遺体があった。
「あの、この人はともかく。この2人は残念ながらもう‥‥」
 それを見た傭兵の1人が困惑気味に言う。
「無理を言っているのは承知している。だが、俺はこいつら全員に約束したんだ。ちゃんと家族の所まで送り返すってな‥‥」
「頼むよ! こんな所に置いていったらキメラに喰われちまう!!」
「お願いします!!」
 一斉に頭を下げてくる兵達に傭兵達はますます困惑の色を深くするのだった。

●参加者一覧

聖・真琴(ga1622
19歳・♀・GP
新居・やすかず(ga1891
19歳・♂・JG
木花咲耶(ga5139
24歳・♀・FT
シーヴ・王(ga5638
19歳・♀・AA
九条院つばめ(ga6530
16歳・♀・AA
黒崎 美珠姫(ga7248
20歳・♀・EL
榊 刑部(ga7524
20歳・♂・AA
紅 アリカ(ga8708
24歳・♀・AA

●リプレイ本文

●高速移動艇まで20km

「‥‥絶対に連れて帰る」
 横たわる2体の遺体。
 それを見た瞬間、聖・真琴(ga1622)はほとんど無意識の内にそう呟いていた。
「残してなんか行けないよ! この人達だって命を掛けて、アイツらと戦い抜いてきた『仲間』だもん! 残しておいたら間違いなく喰われちゃう。そんな真似は絶対させないっ!!」
 そして今度はハッキリとした熱い口調で断言する。
 その瞳には厳然とした決意と、バグアに対する激しい敵意の炎が宿っているかのようだった。
「多分、戦略的には凄く無駄なことなんだと‥‥思います。でも、それを『無駄だ』と一顧だにせず切り捨ててしまえるような人間には‥‥私はなりたくない‥‥っ!」
「迷う理由はねぇです。全員、誰一人欠けることなく、家族の所へ連れて帰りやがるです」
 そんな真琴に九条院つばめ(ga6530)が少し控えめに、シーヴ・フェルセン(ga5638)は偉そうなのか丁寧なのか分からない妙な口調で同調する。
「そうですね。自らの使命を全うして、己が命を落とした戦士の遺骸を放置しておくなんて、私にも出来ません。自己満足に過ぎないかも知れませんが、せめて家族の元へ連れて帰ってあげたいと思います」
「私もつばめと同じ意見だよ。たとえ今、彼らがモノを言えなくても、それが最期まで立派に戦った人達の願いなら、叶えないはずがないよ」」
 榊 刑部(ga7524)や黒崎 美珠姫(ga7248)もつばめと同じ様な気持ちらしい。
「私ももちろん異論はありませんわ。全員家族の元に返して差し上げましょう」
「僕もつれて帰る事に賛成です」
 木花咲耶(ga5139)、新居・やすかず(ga1891)も賛成し、紅 アリカ(ga8708)も無言で頷いている。
 誰一人反対者はおらず、全員が同じ気持ちだった。
「ありがとう‥‥本当にありがとう」
 隊長は傭兵達に向かって深々と頭を下げた。
「手前ぇらも最後まで気ぃ抜くんじゃねぇです。全員帰る――です」
「おぅ!!」
 シーヴが振り返って鼓舞すると、兵達は拳を振り上げて答えてくれた。
 


●0km地点

 皆で相談のうえ、重傷兵は身体に障らないように担架で運び、遺体はシーヴとつばめが背負う事になった。
 ロープを使い、手を放しても落ちないようにシッカリと2人の背中に括り付ける。
 死後硬直はまだほとんど起こってはいないが、服越しに人肌ではありえない冷たさが伝わってくる。
(「う‥‥」)
 覚悟はしていたはずなのに、つばめの背中には思わず鳥肌が立ってしまった。
 そして肩にぐっと圧し掛かる人一人分の重み。
(「人って、こんなに重たかったんだ‥‥」)
 それは想像していたよりも、ずっと重たかった。
「ちと窮屈かもしれねぇですが、悪ぃです」
 同じく遺体を背負っているシーヴも表情に変化はないものの、その声には重い何かを含んでいるようだった。
 きっとつばめと同じように何か感じ入るものがあったのだろう。
「すみません。本当なら俺達で運ぶべきなんでしょうが‥‥」
 そんな2人に伍長がすまなさそうな顔で話しかけてくる。
「かまわねぇです。手前ぇらが運ぶより、シーヴたちで運んだ方がぜってぇ早ぇです。手前ぇらはそいつを無事に運びやがれです」
「それに、私たちだって、いつこのご遺体の仲間入りをするか分からない‥‥。他人事とは、思えないんです‥‥」
「‥‥ありがとうございます」
 伍長は兵帽を目深にかぶり、顔を見られないように伏せながらお礼を言った。
「いえ。それに私、こう見えて、体力には自信あるんですよ」
 ちょっと湿っぽくなってしまった空気を変えようと、つばめは明るく言って笑顔でガッツポーズをとった。
 そうして2人が準備している間に美珠姫はエマージェンジーキットを使って重傷兵の応急手当てをしていた。
 と言っても急場な事もあり、怪我の程度のひどい所だけを処置し、痛み止めを与え、水を飲ませる事がらいしかできなかったが、それでも重傷兵の表情は幾分やすらいでくれた。
「さあ、ここから先は僕たちの戦場です。役割を果たした彼らに代わって、僕たちは僕たちの仕事を果たしましょう」
 搬送の準備は整い、キメラに対する陣形を整えた一行は、やすかずの号令で高速移動艇に向かって移動を開始した。



●4km地点

 そして塹壕から4kmほど移動した頃。
「‥‥いるわ」
 周囲を警戒していたアリカが不意にポツリと漏らす。
「え、何が?」
 と聞き返した真琴もすぐに気づいた。
 森が深いため位置までは分からないがキメラの気配がする。
「どうする? 討って出る?」
「‥‥いえ、まだ敵の位置が分かりません。もう少し様子を見ましょう」
 先頭を歩くやすかずの意見に従い、一行はそのまま前進を続けたが、キメラの気配もそのままついてくる。
 しかもその気配はどんどん強くなっていった。
 どうやら敵の数が増えてきているらしい。
 そして5km地点まで来ると、併走しているキメラの足音や息遣いまで聞こえる程になった。
 そうなると能力者達はともかく、重傷兵を搬送している隊長と曹長が周囲を気にするあまり足元への注意が疎かになり、移動速度にも支障が出始めた。
「そろそろ危ないかもしれませんね」
「一度止まって殲滅しますか?」
「でも足を止めると‥‥一気に襲い掛かってくるかもしれないです」
「だからって、このまま敵が集まりやがるのを黙って見てるわけにもいかねぇです」
「私もこの辺りで数を減らしておくべきだと思いますわ」
「決まりだね」
 一行は移動しながらじょじょに密集すると、比較的見通しのある場所で足を止めた。
 すると、辺りに満ちていたキメラの気配の質が警戒や監視といった種類のモノから明らかに攻撃的なモノへと変化した。
「‥‥くる」
 アリカがそう呟いた直後、つばめが予想したとおりキメラは一気に襲い掛かってきた。
 敵の動きに合わせて、やすかずのアサルトライフル、咲耶のアラスカ454、美珠姫のS−01が迎撃を開始。
「援護お願いね!」
 そう言い置いて、真琴も囮となるべく『瞬天速』でキメラの群れの中に飛び込んでいった。
「いくぞオラァ! みんなにゃ、指一本触れさせねぇっ!!」
 真琴は『疾風脚』も使い、決して足を止める事なく敵中を走り回るとキメラを倒すのではなく、機動力を削ぐために足や目などを狙って一撃離脱を繰り返した。
 ほとんどの敵は真琴に集まり、銃器を持つ3人と共に殲滅されていったが、一部の弾幕を抜けたり、死角から襲い掛かってきたキメラも刑部やアリカが迎撃。2人の剣の錆となって散ってゆく。
 そして最後の1匹を真琴は足の下に踏みしだき。普段なら絶対に見せない凄惨な笑みを浮かべながらスコーピオンを敵の頭に向け、
「アンタの餌はコッチだ」
 引き金を引き、トドメを刺す。
 こうして敵の第一陣は大した被害もなく退ける事が出来た。
「殲滅完了♪ さ、急ごうよ☆」
 真琴はさっきまで凄惨な笑みが嘘の様な、明るく愛嬌のある笑顔を浮かべて皆に先を促した。
「聖さんのあの変わり様って何時見てもすごいよね‥‥」
「あれはシーヴにも真似できねぇです」
 そんな真琴を見て、美珠姫とシーヴがコソコソと語り合うのだった。



●11km地点

 その後、10km地点まで敵の気配もなくスムーズに進み、ここで重傷兵の搬送役を軍曹と伍長に交代した。
 そして11km地点で再びキメラの気配を感じるようになる。
「敵の第二派か‥‥」
「さっきで全部かたづいたわけじゃなかったんだ」
「どうしますか?」
「‥‥今はまだ様子を見ましょう。また増える様ならさっき同じように殲滅します」
「了解」
 一行がキメラの気配を探りつつ前進を続けると、やはりキメラの気配はどんどん強くなってゆく。
「そろそろ頃合かな」
 やすがずがそう結論付けた直後。右後方の木々の間から突然火球が撃ちこまれてきた。
「くっ!」
 間一髪、その火球は刑部がバックラーで防いだが、皆が虚をつかれたのは確かだった。
 その隙に周囲からキメラが一斉に襲い掛かってくる。
 今度はこちらの体勢が整う前に戦闘状態に入ってしまった。
「指一本‥‥触れさせませんっ!」
 さっきは遺体と兵隊を守る事に専念していたつばめもS−01を抜いて応戦。
「簡単に近づけると思うな、でありやがるです。吹き飛びやがれ」
 シーヴもコンユンクシオを抜いて接近してくるキメラに『ソニックブーム』を放つ。
「オラオラァ!」
 真琴も今回は突出はせず、その場で防衛に専念し、相変わらず両手に装着したルベウスはトドメと防御に使い、足技主体でキメラを蹴散らしてゆく。
「その程度の早さで私を傷つけられるとお思いですか?」
 真琴の隣では武器を蛍火に持ち替えた咲耶が近寄ってくるキメラをまるで舞うような独特の動きで翻弄しながら斬り払ってゆく。
 そうして傭兵達もすぐに体制を立て直したのだが、今回は何処からともなく撃ち出されてくる火球にも気を配らなければいけないため、先程よりも動きに精彩を欠いていた。
「力無き者を護ってこそのサムライ! この方々には指一本触れさせない!」
 兵士達に向かって放たれる火球は刑部がバックラーで防いでくれているが、何時までもこのままという訳にはいかない。
「火を吐くキメラは少なくとも二体以上いるわ。3時に1匹。6時から7時に移動中のが1匹。後は‥‥」
 アリカがクロムブレイドと菖蒲の二刀を左右の手に構え、巧みにそれぞれを攻防に使い分け、接近してくるキメラを切り裂きながら火球を放つキメラの位置を探っていた。
 しかし火球を放つキメラは他の個体より動きがよく、位置は分かっても命中させられない。
(「なかなか素早いな。だが動き自体は意外と単調だ。なら‥‥」)
 やすかずは膝立ちになってアサルトライフルを構えるとピタリと動きを止め、キメラに向かって引き金を引く。
 その直後、予め予想しておいたキメラの回避ポイントにアサルトライフルの銃身をすっとスライドさせ、再び引き金を引いた。
 一射目の弾丸を回避したキメラは予想通りの位置に移動、二射目の弾丸がキメラを撃ちぬく。
「キャウン!」
 キメラはなぜか体の一部をピンク色に染めて、激しく身悶えている
「ペイント弾です。鼻がいいのが逆に災いしましたね」
 やすかずは口元に微笑を浮かべ、今度は実弾でトドメを刺す。
 そして同じ要領で残りのキメラも片付けていった。
 こうして一行は敵の第二陣をも退けたのだった。



●18km地点

 ぐしゃぐしゃと地面に積もった腐葉土を踏みしだく足音が重い。
 さすがに兵達と遺体を背負っているシーヴとつばめに疲れが見え始めた。
 しかも重傷兵の容態も悪化し始め、大量の汗をかきながらうなされるようになった。
「もう少しで家族の元へ帰れるんですから‥‥。苦しいかも知れませんが、耐えて下さい」
 今の重傷兵には聞こえてはいないかもしれないが、刑部はそう励ましながら顔の汗を拭いてやる。
「あと2kmだ。みんながんばれ!!」
 隊長が兵達を鼓舞し、力の限り行軍を続けていたのだが、
「‥‥きた」
 戦闘中以外はほとんど無言のアリカがポツリと告げる。 
 敵の第三派だ。
「そんな、あと少しだっていうのに‥‥」
「どうにかして振り切れないでしょうか?」
「いえ、追いつかれて後ろから襲われた方が厄介です。ここで迎撃しましょう」
「こいつらを殺れば次はもうねぇです。一気に蹴散らして進んでやりやがるです」
 シーヴは疲労のためか普段より重く感じるコンユンクシオを構えようとしたが、その手を刑部が軽く押さえた。
「御二人はここで兵士達を守っててください」
「そうそう、あいつらの相手は私達がするからさ」
 真琴もそう言ってシーヴとつばめに笑いかける。
「ここは私達お任せを」
「ぱぱっと片付けてきちゃうからね」
 見ると、他のみんなも笑っていた。普段は無表情のアリカですらわずかに微笑みながら頷いている。
「‥‥わかりやがったです」
 無表情さならアリカと張り合えるシーヴも目尻を少し下げ、剣を収める。
「皆さん‥‥気をつけて」
 つばめはS−01を握ったまま心配そうな顔でみんなを見た。
「うん。じゃ、いくよ。みんな援護よろしく!」
 真琴は瞳を金色に輝かせ、手の甲から肘まで真紅のトライバルを浮かばせながら囮となって敵を翻弄するため敵中に飛び込んでいった。
 


●20km地点

 高速移動艇の前に8人の傭兵と、4人の兵士と、一人の重傷兵と、そして2体の遺体がある。
 誰一人欠ける事なく、みんなで辿り着いたのだ。
 靴も服もどろどろ、身体はへとへと、なのに、みんなの顔には達成感に満ちた笑顔が浮かんでいた。
「着いたぁ〜〜〜!!」
 真琴が叫ぶと、兵隊も『うおぉ〜』っと雄叫びような声を上げて喜んだ。
「ありがとう! 本当にありがとう!!」
 隊長などはやすかずの手を強く握り、今にも泣き出しそうな程だ。
「いえ‥‥。それよりもあの人に早く治療を」
「おぉ! そうだった!」
 やすかずがちょっと困り顔でそう言うと隊長は兵を集め、重傷兵を高速移動艇に担ぎ込んでいった。
 重傷兵の容態はかなり悪化していたものの、高速移動艇には簡素ながら治療設備も搭載されている。
 病院に搬送するまでは持たせられる筈だ。
 遺体もシーヴとつばめと共に高速移動艇に積み込まれ、いよいよこの地を離れるときが来た。



●移動艇内

 高速移動艇が浮き上がり、どんどん地上から遠ざかってゆく。
 皆がそれぞれのシートで身体を休めている中、つばめは一人、遺体の前で何かをしていた。
「つばめ、何してるの?」
「‥‥この人達を綺麗にしてあげてるんです」
 不思議に思った美珠姫が声をかけると、つばめは振り返らず作業をしたまま答える。
 つばめはミネラルウォーターとタオルを使って遺体の顔や体などを出来る限り拭いていた。
 遺体があまりにも血と泥で汚れていたため、つばめにはどうしてもそのままにしておく事ができなかったのだ
「‥‥私がこんなことをする必要はないのかもしれません。でも‥‥」
「ううん、そんな事ない。きっとこの人たちもつばめが綺麗してくれて喜んでるよ」
 そうして拭き終わると、不思議な事に遺体の顔は拭く前よりも安らいでいるように見えた。
「‥‥あれ。おかしい、な。なんで‥‥涙が、出るんでしょうか‥‥?」
 涙を流す理由なんて何もないはずなのに、それなのに、なぜか訳もなく胸の奥がきゅっと痛み、何かが込み上げてきたのだ。
 それが自分でも不思議なのだろう。つばめは戸惑った顔のまま涙を流し続けている。
「つばめは優しい子ね」
 そんなつばめを美珠姫は優しく抱き締めてあげると、つばめは素直をしがみついてきた。
 つばめはそのまま静かに涙を流し続け、美珠姫はつばめが泣き止むまで優しく抱き続けてあげるのだった。