●リプレイ本文
●初日
「本日より3日間、美空たちがUPC全将兵たちの生命線なのでありますね。うー、全身が震えてしまうのでありますよ」
最初は呆れて軽ーい気持ちで引き受けた美空(
gb1906)だが、詳しい話を聞かされて事の重大さに気持ち一新させ、今はやる気で満ち満ちていた。
「なかなか大変そうな気ががしますね‥。とりあえず、味が悪くなったと言う話にならなければ良いのですが‥‥」
結城 有珠(
gb7842)が三角巾を頭に被り、エプロンを身に付けながら不安そうに呟く。
他の者も三角巾にエプロン姿だが、翠の肥満(
ga2348)だけは何故か執事服姿だ。
しかもサングラスは付けたままなので、ホストの様にも見える。
「ふふっ、これで女性客の視線は全員僕のイケメンぶりに釘付けですね。‥‥逆ナンされたりせんかなぁ〜。まぁどれだけ逆ナンされても、僕にはおりむんがいるけんどねー♪」
翠の肥満が顔をにやけさせながら本音をボロボロこぼす。
「ここのメニューはどれも一通り作った事あるけど、さすがにこの量を作った事はないなぁ〜。でも百人単位で食べてもらえるっていうのなら、腕の振るい甲斐もあるってもんさ♪」
新条 拓那(
ga1294)が張り切って調理器具を手に取る。
「私も正直料理は得意ですけどー。食堂で料理作ったりしたこと無いのですよね‥‥」
エイミ・シーン(
gb9420)も調理に取り掛かろうとするが、業務用の大きな調理器具を前にして少し戸惑い気味だ。
美空の料理の腕は決して悪くないが、一部の傭兵の間では『フードハザード』の名で噂される程の味音痴である。
「味噌汁の味付けはこれでいいでありますか?」
なので味付けだけはレシピ通りにして、味見を有珠に頼んだ。
「ん‥‥はい、ちょうどいいです」
「そうでありますか。味噌の量はコレだけと‥‥」
美空が有珠のお墨付きを貰った分量をメモる。
「では‥お味噌汁は煮立たないように‥。保温用の器具があると思いますのでそれを使いましょう」
有珠は覚醒して味噌汁の鍋を持ち上げて保温器かけると、次は出汁の仕込みを始めた。
「‥量が多いのが大変ですが‥何とかがんばりましょう‥」
調理係の4人が仕込みをしている間に洗い場担当の陽山 神樹(
gb8858)が掃除を行う。
「お腹空かせた職員さんのためにピカピカにするぞー!」
接客担当の翠の肥満は『太郎さん』が出現しそうなポイント付近に【OR】装着式小型ビデオカメラを監視カメラ代わりに設置した。
「まぁ現れないのが一番いいんですが」
「中華粥はこんな感じでしょうか?」
「洋食用のスープの仕込み終わりました」
そして洗い場担当だが仕込みを手伝っていた石動 小夜子(
ga0121)が粥を作り、同じく調理を手伝っていた接客担当のリゼット・ランドルフ(
ga5171)がスープを作り終えたところで朝食の準備が整った。
「うわっ! もうお客さんがいますよ」
入り口の外には既に夜勤明けの警備員や整備員などがおり、鍵を開けに行ったエイミが驚く。
そして開店。
「いらっしゃいませ、お客様。UPC食堂へようこそ」
「えっ?」
「なんだ?」
「ここ‥食堂だよな‥‥」
入ってきたお客が執事服姿の翠の肥満を見て思いっきり戸惑う。
「何時ものおばちゃんはどうしたの?」
「ここの方々は休暇をとっていまして、今は私達が臨時で従業員を務めています」
リゼットが食中毒の事は伏せ、少しぎこちない笑顔を浮かべながら説明する。
「そうなんだ。じゃ俺は洋食で」
「俺も洋食」
「俺は粥で」
リゼットは普通だったので安心した客が次々と食券をカウンターに置いてゆく。
こうして食堂はスタートし、朝でもカウンターの前には列ができる程のお客が来ていたが厨房では手際よく料理が作られ、問題なく捌けていた。
返却口でも順調にトレイが回収でき、洗い物も食器洗い機で十分対応できている。
「お袋にこれプレゼントすれば喜ぶかな‥‥」
なので神樹が軽快に食器が洗われる様子を眺めたり、
「手早くは無理ですけれど‥色々と洗い方の研究をしてみましょう」
小夜子が同じ型の食器を纏めて洗って一気に濯いだり等、早く洗える方法を試す余裕さえあった。
「ご馳走様」
「はい、ありがとうございました〜」
そして9時半になり、最後のお客が店を出て行いった所で一旦店じまい。
8人が残り物で朝食をとり、食べ終わるとさっそくお昼の仕込を開始。
「えーっと‥普段の拘り方だと間に合わない恐れがありますし。少し手を抜いて‥‥」
つい色々と拘ってしまいそうになる自分を抑えつつ、テキスト通りにハンバーグを作ってゆくエイミ。
「‥‥フム、今のところ、異状なし」
料理のできない翠の肥満は掃除をしながら太郎さんモニターをチェックする。
「さぁ、お昼も頑張っていこー!」
そして全員で気合を入れて臨んだランチタイムだが、昼の忙しさは朝の比ではなかった。
なにせ客数だけでも単純に3倍で、食事を用意する手間も掛かる。
なので、カウンターに並ぶ客の行列は時間が経つ毎に長くなり、食堂の忙しさも加速度的にUPした。
「ハンバーグ2、焼肉1!」
「こっちはカレー1、うどん1、焼き魚1」
カウンターからはリゼットと翠の肥満が間断なく注文を厨房に伝え、厨房からもカウンターに料理が届く。
接客係は客の応対をしつつ料理の受け渡しもしなければいけないため、足は常に動いている状態になり意外と辛い。
しかも注文の順番も覚えておかねばならないため頭も疲労する。
(「思ったよりも辛い仕事ですね‥‥」)
そんな中、常に笑顔を浮かべ続けるのは至難の技で、すぐに疲れた表情が浮かびそうになった。
「お待たせしました、ハンバーグ定食で御座います。さぁ次の方、ご注文は?」
しかし翠の肥満は(少なくとも女性客を相手にしている時は)難なくこなしている様に見える。
(「私も負けていられません」)
リゼットも自分を奮い立たせて笑顔を浮かべる。
「お待たせしました、焼肉定食です」
「あれ、俺が頼んだの焼き魚だけど‥」
「え?」
食券を確認すると確かに焼き魚だ。あまりの客の多さに注文を間違えてしまったらしい。
「御免なさい! 直ぐに取り替えますね」
「あ、いいよ焼肉でも。値段は一緒だし」
「そうですか。ありがとうございます」
「その代わり俺とデートしてくれるかな。君って可愛いし」
ほっと安心するリゼットだが客には下心があった。
「ハンバーグ2お待ちー!」
「はーい」
しかしリゼットは完全にスルーして料理を受け取り行く。
正直、この忙しい中ナンパの相手などしていられない。
「お客様、まだ何か注文がおありですか?」
そしてリゼットの代わりに拓那がカウンターに出ると、目が据わった笑顔で丁重にお引取り願った。
厨房では美空のアイデアで拓那が焼肉、有珠が焼き魚とうどん、エイミがハンバーグとラーメン、美空がカレーとプリンと担当を分配させたため、かなり効率よく料理を作る事ができていた。
「‥一定のクオリティで出し続けるのが、一番大変ですね‥」
有珠は基本的に作り置きできる物は保温状態から皿に移し、麺類は注文から茹で始めていたが、間断ない注文の対応に目の回る忙しさで少し弱音を零す。
「途中で息抜きに接客もしたかったんですけど、そんな余裕全然ないですー!」
エイミが忙しく手を動かしながら悲鳴を上げた。
洗い場では早々に食器洗い機では追いつかなくなり、小夜子と神樹がスポンジ片手に洗い物に追われていた。
食べ終わったトレイは次々と返ってくるため、すぐに回収しないと返却口が一杯になって置けなくなってしまうのだ。
返却口からトレイを回収して洗い、乾燥の済んだ物をすぐに厨房へ送る。
それを何度も何度も何度も繰り返す。
手は常に泡まみれの水まみれでどんどんふやけてゆくが拭う暇さえない。
「こんなに忙しいなんて‥‥はっ! 一日目で弱音吐いてどうすんだ!!」
果ての見えない皿洗いに心が挫けそうになった神樹だが、直ぐに自分を叱咤して手を動かした。
そして最後のお客が店を出る頃には終業時間を30分もオーバーした3時になっていた。
「お、終わったぁー‥‥」
「こんなに忙しいとは想定していなかったであります‥‥」
エイミと美空がテーブルに突っ伏す。
が仕事はまだ終わった訳ではない。これから夜の仕込みを始めなければならないのだ。
「‥これ、お昼です。余った材料で作ったものですが、どうぞ食べて下さい‥‥」
有珠がまかないで作ったチャーハンをテーブルに並べる。
「あぁ、ありがとう。有珠ちゃんも疲れてるだろうに、悪いね」
「‥いえ。疲れていますが、夜がんばるためにもしっかり食べてないといけませんから‥‥」
有珠のチャーハンを食べた一同は交代で休憩をとりつつ夜の仕込みを始めた。
そして夜は昼と同じメニューでお客の数は減った事から少しだけ余裕を持って仕事ができ、この日の業務は無事に終了。
「皆さん、お疲れ様でした」
小夜子が笑顔で皆を労ってくいれるが、彼女の顔にも濃い疲労が浮かんでいる。
「小夜ちゃんもお疲れ様。食堂のおばちゃん毎日これだけの重労働でおいしいご飯を作ってくれてたんだなぁ‥‥。もう足向けて寝らないよ」
拓那は椅子に座って全身を弛緩させた。
「明日も早いんですから掃除してさっさと帰りましょうや」
翠の肥満を筆頭に手分けして掃除している間に売り上げの計算も行う。
「‥‥なんだかプリンがたくさん売れてますね」
「たぶん、私達の姿を見に来ただけのお客さんが頼んだんじゃないでしょうか?」
「そういえば厨房を覗き込んでくるお客さんが多かった気がするであります」
そうして全ての仕事が終わり、皆が疲れた体を引きずって家路につく。
有珠は家に帰ってお風呂に入ったらベットに直行。
「朝起きて着替えて集合時間10分前につく様にしないと‥‥」
目覚ましを合わせて目を閉じた途端、眠りに落ちた。
●2日目
5時40分くらいから皆ぞろぞろと出勤してきたが、神樹だけは6時を過ぎても姿を現さなかった。
「寝坊でしょうか?」
「昨日の激務で嫌になったとか?」
皆で勝手な予想をして待つが神樹は来ない。
「とりあえず朝の仕込みは始めるであります」
そして神樹が現れたのは開店直前ギリギリだった。
「ごめんごめん! 寝坊しちゃったよ!」
「遅いよ陽山さん!」
「もうお店を開けますから、早くエプロンを」
「すまない。お詫びに今日は全力で食器洗いをするぜ!」
神樹はエプロンを装着すると親指を立てた。
「うおおぉぉぉ! 全部ピカピカにしてやるぜ!!」
そして神樹が全力を出し過ぎて店じまいには真っ白に燃え尽きたり、
リゼットが疲労で手元の食券が複数に見えて、プリン大量引き渡し事件を起こしたりといったトラブルはあったものの、2日目も無事終了。
●3日目。
「オィース!」
神樹は遅刻はしなかったが、何故かヒーロースーツで出勤してきた。
「おはよう‥ございます」
全員が胡乱な目で挨拶を返すが神樹は気づかない。
「あの‥それが陽山さんの普通着なんですか?」
「え? 何の事?」
「その服がです」
「‥‥うおぉ!! 俺、何でヒーロースーツなんて着てるんだ!?」
神樹はようやく自分の姿に気づいて慌て、急いで着替えに行った。
「もしかして寝ぼけてたのかな?」
「凄い寝ぼけ方だよね」
神樹の痴態に皆思わず笑みを浮かべた。
だが疲労しているのは神樹だけではない。
「全身疲労感でダルダル〜‥‥」
常に笑顔でいるため表情が笑顔で固まってしまったリゼットの目には濃い隈が出来ている。
「うぅ‥、私もだるだるです‥‥。でも最終日ですし頑張らないと‥‥」
エイミは重い体を気力で起こして仕込みに取り掛かる。
仕込が終わると気が抜けたのか拓那がうとうとし始めた。
「拓那さん?」
「‥ぁ! 寝てないよ! 全然疲れてないからね!」
そう言って強がるが疲労しているのは明らかだ。
朝の仕事が終わると、有珠は休憩のつもりで椅子に座った途端にうとうとし始め、エイミはぐてーっと伸びた後そのまま寝込んでしまう。
それでも皆で交代で休憩を取りながら昼の仕込みは終える。
お昼には小夜子と神樹が相次いで皿を割った。
「しまったー!! バイト代が減るーー!!」
「ごめんなさい、すぐ片付けます」
皆、本当に疲れているのだ。
そして夕食時、翠の肥満の仕掛けたカメラが遂に『太郎さん』を捕らえた。
「む! 太郎さんが来店しました」
「え? 太郎さんですか」
小夜子が顔を青ざめさせ、一同の間に緊張が走る。
「‥では、私がこれで瞬殺して‥」
「それではお客様まで驚かせてしまうであります!」
超機械を構えた有珠を美空が慌てて止める。
「僕がエレガントに接客しますよ」
翠の肥満は『先手必勝』と『隠密潜行』を発動し、素早くこっそりGに接近すると懐に忍ばせたマジックハンドで摘み上げようとした。
しかしGはスルリとマジックハンドをすり抜ける。
『ワレ任務二失敗セリ‥ガクッ』
翠の肥満が床に突っ伏しながらハンドシグナルで仲間に知らせる。
「平和な厨房守るため! 今日を貴様の命日にしてやるぁ! とーっ!」
そして厨房内に進入したGを今度は拓那がハリセンで迎撃するが、Gはちょろちょろと逃げ回る。
「くぅっ、太郎さんめ、素早い!」
しかし拓那の奮戦むなしくGは攻撃を避けきるとカウンターに逃げた。
そして
「あ、めまいが‥」
プチっ
リゼットが足で踏み潰すという最も原始的な方法で倒したのだった。
「‥‥ぁ」
運悪くその瞬間を目撃してしまった小夜子が連日の疲れと相まって眩暈を起こし、よろめく。
「小夜ちゃん!」
だが床に倒れ落ちる前に拓那が間一髪で抱きとめた。
「あの‥‥今足下にゴ‥」
「ちょっとヨロめいてしまいました。うふっ」
それを見ていたお客にリゼットが笑って誤魔化そうとする。
いや、確かに笑顔だが、背中から『細かい事は気にするな』的黒い雰囲気が滲み出ていた。
更に手元でバキッと音を立てて真っ二つになった割り箸が『この事は絶対に公言するな』と語っている。
「は‥はい‥‥」
その客は怯えた様子ですごすごとカウンターを後にし、二度と来店しなかったという。
その後、皆で力と気力を振り絞って最後のお客を送り出し、店を閉めた直後。
「やったぁーー!!」
「終わったぁーー!!」
「みんなありがとうーー!!」
「私達、やり終えたんですね!」
「俺、実は何度も挫けそうになったんだ‥‥」
「あはは、それ私もー」
誰からともなく歓声をあげ、皆で互いを労い合っていた。
思わずそんな事をしてしまうぐらい大変だったのだ。
「ハハハッ、バイト料が楽しみじゃ!」
「俺も俺も! おばちゃんからバイト代たんまり貰わないとな!」
翠の肥満と神樹が嫌らしく笑いあう。
「凄く大変でしたけど。お客さんが美味しいって笑顔で帰ったならよかったかな?」
そしてこのエイミの言葉はここにいる全員が感じている事だった。