●リプレイ本文
競技場のアチコチから『ジャンケンポン!』『あいこでしょ』という掛け声が響き、その後に『ピコッ』という、ちょっと間の抜けた音が続く。
時々『バキッ』という鈍い音が混じるのは、ピコピコハンマーが能力者の腕力に耐え切れずに折れた音だろう。
しかし、それは予め予想されていた事態だ。替えのピコピコハンマーは山と用意してある。
そうした歓喜と悲哀と絶叫を孕んだ熱気に包まれて『第1回T・K・J大会』の第1回戦は行われていた。
なお、愛紗・ブランネル(
ga1001)、エメラルド・イーグル(
ga8650)、レティ・クリムゾン(
ga8679)、テミス(
ga9179)、最上 憐(
gb0002)の5名は運良く抽選でシード権を引き当てたため、既に2回戦への出場が決定していた。
第1試合
ゴールドラッシュ(
ga3170) VS ジジ(
gb0629)
完全に賞金目当てで参加したゴールドラッシュと何時の間にか知らないうちに選手になっていたジジとの対戦は3回目のジャンケンにゴールドラッシュがチョキで勝ち、ピコピコハンマーをジジの頭に打ちつけた。
「よっし、ビクトリー!」
「痛い‥‥ぃ。背‥‥縮む‥‥ぅぅ」
まぁ、ジジは背が低すぎるため、ピコピコハンマーを握っても精一杯伸びをしなければ相手の頭に届かないぐらいなので、この結果も当然と言えた。
第2試合
鳥飼夕貴(
ga4123) VS ロジャー・ハイマン(
ga7073)
この対戦は、今大会もっとも長い14回にも及ぶジャンケンの末、鳥飼の勝利で幕を下ろした。
しかも驚くべき事に、そのジャンケンの勝敗の内わけは、あいこが6回、鳥飼の勝利が8回。
この結果を見ると、ロジャーはジャンケンは弱かったが、防御だけは一流だったと言えるかもしれない。
「あ〜残念‥‥」
「俺のほうがちょっとだけ運が良かっただけだよ」
第3試合
ジュエル・ヴァレンタイン(
ga1634) VS 飛田 久美(
ga9679)
「ふっふっふ、随分と楽しい催しじゃああ〜りませんか。優勝賞金はいただくぜっ!」
やる気満々でテーブルについたジュエルだったが、相手が女の子と分かると、あっと言う間に渋面になった。
「お、俺に女の子を殴れってか‥‥?」
そして
「きゃぁ、怖いぃ!!」
と言って怖がったり、
「女の子相手にそんなに強く叩かないでよね!」
と、怒って見せたりする久美に、かなりやり辛そうにしていたものの、結局はジュエルが勝利を収めた。
「ふぇぇぇん、いったぁーーーい‥‥」
「か、顔には当たってないよな?」
第4試合
ナレイン・フェルド(
ga0506) VS 七瀬 帝(
ga0719)
「童心に返ってめいっぱい楽しんじゃいましょ♪」
と言って本当にわくわくとした顔で工藤悠介と一緒に会場入りしたナレインを
「はーーーはっはっはっはっは! ラストホープが誇る、美形スナイパーの七瀬帝だよ。どうかよろしくお願いするね」
やたら騒々しく高笑いして登場した帝が一方的に打ちのめして勝負が決する。
「あら残念‥‥もう終わりなの? もっと、遊びたかったわ〜」
「はーーっはっはっはっはっは!! 幸運の女神が僕に微笑んでくれたようだね!! ふふ、僕の美しさは神をも虜にするんだね!はーっはっはっはは!!」
そして勝った後も帝はやはり無意味に騒々しかった。
第5試合
鯨井起太(
ga0984) VS 女堂万梨(
gb0287)
今大会の優勝候補の一人である鯨井起太と、見るからに気の弱そうな女堂万梨との勝負。
対戦する前から誰の目にも勝敗は明らかであった。
しかし、この後誰もが予想し得なかった大番狂わせが起こった。
最初のジャンケンで万梨はパー、起太はグー。
起太はすぐにヘルメットに手を伸ばしたのだが、その手がつるりと滑ってヘルメットは床に落下。頭上で『ピコッ』と間抜けな音が鳴る。
「えっ?」
「えっ?」
殴った方も殴られた方も何が起こったのかが分からず目が点になる。
「‥‥ご、ごめんなさい、ごめんなさい」
そして何故か勝った方の万梨に平謝りされて、起太はようやく自分が負けたのだと悟ったのだった。
「‥‥不覚、としか言いようが無いね。ホントそう言うしか無いよ‥‥」
第6試合
リュイン・カミーユ(
ga3871) VS 鷺宮・涼香(
ga8192)
母国フランスのものとは少し形態の違うジャンケンに戸惑っていたリュインだったが、最初のジャンケンであっさりと涼香を下して勝利を掴んだ。
「え? もう終わり!? あぁ〜‥‥せっかくお賽銭も奮発したのに‥‥私のお賽銭、返して‥‥。でも御神籤ひいたら、勝負運『凶』だったものね‥‥」
負けた直後はガックリと落ち込んでいた涼香だが、
「あ! あれカメラ? お父さんお母さんにおじいちゃんと門下生の皆さん、見てるー!?」
カメラを見つけた途端、一直線に走っていって目の前で愛想を振る、立ち直りの早い涼香だった。
第7試合
工藤 悠介(
ga1236) VS クロスフィールド(
ga7029)
一族そろって傭兵家業のクロスフィールドとナレインと一緒にお祭り気分でやってきた悠介との対戦は、ジャンケンだけは悠介の方が強く、最初は善戦したのだが、クロスフィールドがジャンケンに勝った途端、一撃でやられてしまった。
「残念だったな、悪いが賞金は俺のものだ」
「随分早く終わってしまったな‥‥。まぁ、しょうがないな。ナレインも負けたみたいだし、ナレインと一緒に観戦にでも回るか」
そう思ってナレインのところへ戻ると、ナレインは妙にご機嫌な笑顔を浮かべて待っていた。
「クスッ悠介ちゃん、あなたがハンマー持ってる姿‥‥可愛いかった♪」
第8試合
要(
ga8365) VS 音影 一葉(
ga9077)
「相手を倒すのではなく、反射神経の勝負なのですよね。それなら勝ち目は十分にありますね‥‥」
そんな理屈をこねてテーブルについた一葉と、みんなと楽しく過ごすためにやって来た要との対戦は、要がいきなり6回連続でジャンケン勝つ事から始まった。
「こ、これって、運が良くないとそもそも勝てないんじゃ‥‥」
そこで一葉は自分がジャンケンに弱い事に気づき、反射神経だけでは勝てないのだと知る。
しかし、7回目はあいこ、8回目でようやくジャンケンに勝ち、みごと要の頭にピコピコハンマーを打ち付けた。
「力も早さも私の方が下でしたけど‥‥判断力は完勝でしたね」
「んー負けちゃいましたぁ‥‥。くやし〜」
悔しそうにはしているものの、一葉との対戦を楽しめた要は満足そうな顔をしていた。
第9試合
鯨井昼寝(
ga0488) VS クロスエリア(
gb0356)
鯨井起太の双子の妹の昼寝と、クロスフィールドの妹のクロスエリアの対戦は昼寝の一方的な攻撃で幕を閉じた。
「そんなぁ、ちょっとは手加減してよ」
不満気に頬を膨らませていたクロスエリアだったが、ふと隣で行われている対戦が目に入る。
そこによく見知った人物、クロスフィールドがいる事に気づき、にんまりと笑顔を浮かべて近寄ってゆく。
「あ、クロフィー、久しぶりだね」
「な、どうしてお前がここにいるんだ?」
そしてもしクロスフィールドが優勝したら賞金を分けてもらおうか、などと考えるのだった。
第10試合
白鐘剣一郎(
ga0184) VS クレイフェル(
ga0435)
白鐘剣一郎とクレイフェルの対戦は両者が共に優勝候補という事もあって注目のカードだった。
そして両者の対決は『すごい』の一言でしか片付けられないものだった。
なぜなら、両者の手の速さが半端ではないのだ。
選手は全員能力者なので、みな達人級の速さで対戦を行っているのだが、この2人に関しては神業級の速さである。
観客として集まった一般市民には2人の手の動きが見えているかどうかすら怪しかった。
そして2人の対決は5度にわたるジャンケンの末、本当に僅差で剣一郎が勝利を手にしたのだった。
「辛うじて、か。だが良い戦いだったな」
「うう‥‥昔からいざっちゅー時には、運悪いんよなぁ‥‥」
剣一郎は満足気な笑みを浮かべ、クレイフェルは本当にしょんぼりとした顔でうなだれている。
「ハンマーやのうて、ハリセンやったら負けへんかったのに‥‥。今からハリセンに替えてやり直したらあかん?」
第11試合
カルマ・シュタット(
ga6302) VS サルファ(
ga9419)
「よろしく‥‥悪いが、勝たせてもらうぞ‥‥! 賞金が俺を呼んでいるんだ! T・K・J大会の王者に俺はなる!」
と息をまいてテーブルに着いたサルファだったが、あいこの後のジャンケンに負け、一撃でカルマのピコピコハンマーの餌食になる。
「負けてしまったか‥‥く、くやしくなんかないんだからな!?」
「これで優勝賞‥‥いや優勝に近づいたな。第一回T・K・J王に輝くのはこの俺だ」
サルファに触発されたのか、カルマもそう豪語して競技台から降りる。
「家に帰って、寝よう‥‥」
そして敗れたサルファはがっくりと肩を落としたまま会場を後にしたのだった。
続く第2回戦第1試合。
ゴールドラッシュ VS レティ・クリムゾン
完全に賞金しか眼中にないゴールドラッシュは
「おおりゃああああああ!!」
と気合いの入りまくった一撃を繰り出してくるものの、やはりチョキだけで勝ち抜ける程この大会は甘くはない。
冷静に相手を観察していたレティのピコピコハンマーを喰らい、呆気なく敗北した。
「――命中。私の勝ちだ」
「そ、そんなバカな‥‥あたしの賞金が‥‥!!」
ゴールドラッシュは絶望を顔に貼り付けてその場にガックリと膝を着いたのだった。
第2回戦第2試合
ジュエル・ヴァレンタイン VS 鳥飼夕貴
「また女の子か‥‥。俺、女を殴るのは趣味じゃないんだけどな〜‥‥」
「優しいのね。でも今だけは俺の事を女と思ってもらわなくても結構よ。全力できなさい」
開始早々はいい勝負を続けた2人だったが、夕貴が手を滑らせ、ピコピコハンマーを取り落としたところで流れが変わり、次のジャンケンでジュエルが勝利を収めた。
「あ〜あ、また女の子殴っちゃったよ‥‥。俺って罪な男だぜ‥‥」
「負けちゃったね、罰ゲームは何?」
第2回戦第3試合
七瀬 帝 VS 愛紗・ブランネル
「んーと、今回ははっちーの代理として参加だよ★ でも‥‥愛紗ちっこいから、手が届かなかったらどうしよ?」
「はーーっはっはっはっはっは!! これはこれは! なんと愛らしい対戦相手だろう〜。でも勝負の世界は厳しいんだ。手は抜かないよ!!」
そう豪語していた帝だが、愛紗のその愛らしい姿とは裏腹な、ちょこまかと素早い動きから繰り出される鋭いジャンピングアタックを頭に受け、敗北した。
「わーいやったね☆」
「はーーはっはっはっは!! 勝負では負けたが美しさでは負けないよ!!」
何やら訳の分からない事を言い、マントを翻して競技台から降りた帝にレポーターが駆け寄ってくる。
「帝選手、ズバリ今回の敗因はなんですか?」
「はーーーはっはっはっはっは!! もちろん手加減してあげたからだよ。僕が女子供相手に本気になるわけがないだろう!」
「でも、さっき対戦前に手は抜かないと言ってましたよね。それに1回戦ではナレイン選手を容赦なく叩きのめしていましたけど‥‥」
「はーーーはっはっはっはっは!! すまないが僕はこれから大事な用があるんだ。これで失礼するよ。はーーーはっはっはっはっは!!」
帝はレポーターを置き去りして、高笑いをしながら会場を去っていった。
第2回戦第4試合
リュイン・カミーユ VS 女堂万梨
1回戦では幸運の女神の見初められた万梨だが、やはり対戦相手には恵まれない。
今回のリュインも強敵だ。
リュインはジャンケンはあまり強くないため、攻撃は何度もできるのだが、リュインは楽々と防いでいる。
そして万梨がジャンケンに負けた直後、彼女の運は尽きた。
「我に勝とうなど100万年早い。まぁ100万年も待てんがな!」
「痛いです‥‥でも、ホッとしてるかも‥‥」
頭を押さえて涙目になっているものの、万梨の顔には何故か安堵の表情が浮かんでいるのだった。
第2回戦第5試合
クロスフィールド VS 最上 憐
この年齢差が3倍はありそうな2人の対戦は、傍目には勝負というより、ピコピコハンマーを振り回す憐に付き合ってクロスフィールドが遊んであげている様に見えたかもしれない。
そして勝負は4回目のジャンケンでクロスフィールドが勝ち、憐の頭を軽くピコっと叩いて終わった。
「‥‥ん、負けた。お腹空いたから何か食べて帰る」
憐はそう言うとクロスフィールドにバイバイと手を振る。
しかしクロスフィールドは手を振る返さず、そのまま見ていた。
それが不満だったのか、憐は少し表情を曇らせ、再びバイバイと手を振った。
クロスフィールドはしばらくはまたそれを見ているだけだったが、結局は根負けしてバイバイと振り返した。
「‥‥ん」
憐はちょっとだけ満足そうな顔をすると、クロスフィールドの背を向けて競技台から降りて駆けて行った。
「はぁ〜‥‥」
そんな憐の後ろ姿をクロスフィールドは妙に疲れた顔で見送るのだった。
第2回戦第6試合
鯨井昼寝 VS 音影 一葉
2人の実力は意外にも近く、勝負は両者1勝1敗から始まった。
好敵手に出会えた喜びで昼寝の口元に微かな笑みが浮かぶ。
「意外とやるわね。楽しくなってきたわ」
「そちらこそやりますね‥‥遊びとはいえ少し本気でいきますよ」
一葉も不敵に笑ってそう返したものの、ホントはそれほど余裕はなく、額から一筋汗が流れ落ちる。
そして3回目のジャンケンで昼寝はパー、一葉はグー。
一葉は瞬時にヘルメットに手を伸ばしたのだが、それを被るよりも一瞬早く、昼寝のピコピコハンマーが彼女の頭を捕らえていた。
「オーケー、私の勝ちね」
「いたた‥‥馬鹿になったらどうするんですか‥‥全く‥‥」
第2回戦第7試合
白鐘剣一郎 VS テミス
勝負が始まる前からテミスは剣一郎に圧倒されていた。
剣一郎はただ自然体で立っているだけなのだが、そこにまったく隙がうかがえないのだ。
それでも勝負は水物。テミスは剣一郎に果敢にピコピコハンマーを打ち込んでゆく。
しかし、彼女のピコピコハンマーは剣一郎の頭を捕らえる事はできず、逆に7回目のジャンケンで負けた瞬間。彼女の頭上で『ピコっ』と間抜けな音を立てたのだった。
「負けちゃった‥‥。でも不思議とあんまり悔しくないです。あの、次も頑張ってくださいね!」
「ありがとう、がんばるよ」
剣一郎はうれしそうに言うとテミスに笑いかけた。
その笑顔があまりにも魅力的だったので、テミスは思わず頬を赤らめるのだった。
第2回戦第8試合
カルマ・シュタット VS エメラルド・イーグル
「‥‥次は貴女ですか‥‥しかし勝負は勝負‥‥負けませんよ」
エメラルドとはかつて共に花見をした仲だが、カルマは手を抜くつもりは毛頭ない。
そして、この勝負は今大会中2番目に多い9回のジャンケンが行われた。
そして驚くべき事にエメラルドは
「あなたのじゃんけんのクセは全て見切りました」
「次はパーを出します。もしかしたらグーかも知れませんが」
「私はこれから全部グーを出します」
などといった大嘘をまったく表情を変えず真顔で言いいながら、この9回全てパーを出したのだ。
そんな心理戦に翻弄されたカルマだったが、最後はどうにかエメラルドの頭をピコピコハンマーで捕らえる事に成功した。
「ふ〜危なかった。けど、俺の勝ちだな!」
「なかなかままならないものです‥‥」
第2回戦も終わり、皆が一息ついた時、不意に会場の照明が落とされた。
「さぁ! 無事第2回戦も終了しました。ここで、激しい激戦の末、ベスト8まで勝ち残った勇者達をそれぞれ紹介したいと思います」
剣一郎にスポットライトが当たり、その姿を暗闇の中から浮かび上がられる。
「刹那を見切って敵を打つ。人呼んで天馬の剣士、天都神影流・白鐘剣一郎」
「『ここまできて頂点狙わないなんて嘘でしょ?』 そんな自信満々なセリフが頼もしい! 鯨の隊長、鯨井昼寝」
「愛紗ははっちーとは大の仲良し♪ ジャンケンマスター目指して頑張ります。小さき微笑み、愛紗・ブランネル」
「英国の産まれのジェントルメン。笑顔の眩しいNice Gye、ジュエル・ヴァレンタイン」
「美しい花には棘があった! だが温室の薔薇ではなく、野に逞しく咲き誇るアザミ。紫水晶の瞳は勝利を狙い続ける。銀盤の麗人、リュイン・カミーユ」
「相手の隙は一瞬たりとも見逃さない! インターセプトの称号は伊達ではない! カルマ・シュタット」
「生粋の傭兵家。狙った獲物は逃さない必中のスナイパー。皮肉屋・クロスフィールド」
「スナイパーを差し置いてダークファイターが台頭する。今回の台風の目になるか! Faithful Bullet、レティ・クリムゾン」
そして順々にスポットライトが当たって行き、8人全てが暗闇の中に浮かび上がる。
「いずれも歴戦のつわもの達。いったい優勝するのは誰なのかっ!? 緊迫の第3回戦。いよいよ開始です!!」
第3回戦第1試合
ジュエル・ヴァレンタイン VS レティ・クリムゾン
「また女かぁ〜‥‥。いい加減にしてくれよ。俺は女の子は殴りたくないんだ!!」
「ふん! 女だと思って油断してると痛い目みるよ」
この試合、ジュエルは何故か動きに精細を欠いていた。
ピコピコハンマーを手にする前に既に相手にヘルメットを被られている。
ピコピコハンマーを掴み損なって床に落とす。
そんなミスが続いた。
「どうした? そんなに入れ込んでは勝てる勝負も勝てなくなるぞ? ああ、先に言っておこう。私は次にグーを出す、と」
そんなレティの挑発に乗せられたわけではないのだろうが、4回目のジャンケンに敗北した彼は頭にピコピコハンマーの洗礼を受けた。
やはりジェントリな彼にとって、日に3人もの女性の頭を叩くなど耐えられるものではなかったのだろう。
「あ〜あ、負けちまったかぁ〜‥‥。ま、しゃあねぇか。これも運命ってやつだ‥‥」
ジュエルはこの敗北を甘んじて受け入れた。
第3回戦第2試合
愛紗・ブランネル VS リュイン・カミーユ
リュインは相手が幼い子供だからといって決して愛紗を侮ってはいなかった。
先の帝との対戦で愛紗の実力が本物である事はちゃんと見抜いていたからだ。
だから開始早々のジャンケンに勝利したリュインはフェイントまで入れた全力のピコピコハンマーを繰り出したのだ。
「言うだけ『瞬即撃』っ!」
そのフェイントに効果があるのかどうかは甚だ怪しかったが、愛紗はその攻撃を軽々と防いでみせた。
そして続く2回目のジャンケン。
リュインはパー。愛紗はチョキ。
リュインは素早くヘルメットに手を伸ばした。
自分では間に合うと思っていた。
しかし、リュインの頭からは『ピコッ』と間抜けな音が響く。
「わーい☆また勝ったぁ〜!」
勝利に喜ぶ愛紗を前にして、リュインはふっと鼻で笑い。
「鋏で切れる軟弱な木の葉なぞ、我の方から願い下げだ!」
そう言い捨てて足早に会場を去っていった。
悔しさで歪んだ顔を誰にも見られないように‥‥。
第3回戦第3試合
クロスフィールド VS 鯨井昼寝
『ピコッ』
一瞬の出来事だった。
最初のジャンケンでクロスフィールドはパー。昼寝はチョキ。
ジャンケンの勝敗がついた、本当にその直後。
クロスフィールドの頭には昼寝が繰り出したピコピコハンマーが命中していた。
刹那の時間。まさに電光石火。神速の一撃だった。
クロスフィールドはヘルメットを被る事さえできず、掴んだだけの状態で敗北したのである。
「‥‥バカな!?」
クロスフィールドは目の前で起こった現実が認められず、呆然と呟く。
「あなたは確か一流のスナイパーだろう。でも、たたいてかぶってジャンケンポンは己の動体視力と反応速度によって、半ば実力勝負にまで持ち込むことができる競技。それがTKJ。これはもはや格闘技と言っても過言ではない。そして格闘技であるならば、あなたよりも私の方に分があるのよ」
「くそっ!!」
クロスフィールドは手の中にあったヘルメットを床に叩きつけると荒々しくその場を立ち去った。
第3回戦第4試合
白鐘剣一郎 VS カルマ・シュタット
カルマは剣一郎とは共に任務をこなした事もあり、彼の実力はある程度承知していた。
「‥‥正直やりづらいですが、勝たせてもらいますよ」
だが、それを承知でカルマは剣一郎に挑んでいった。
まず先制したのはカルマだった。
剣一郎はグー。カルマはパー。
「チェストォ!」
カルマは気合のこもった一撃を放ったものの、剣一郎の頭には僅かに届かない。
「惜しかったが、まだだ」
剣一郎は不敵に笑うとヘルメットを元に位置に戻す。
その後は2連続であいこ。
2人は一旦間を置いた。
「やるな。こうでなくては」
剣一郎の口元が楽しげに歪む。
どうやらカルマとの対決が純粋に楽しんでいるらしい。
「俺は次にパーを出す。さて、どうする?」
それはカルマも同じらしく、不敵に笑って剣一郎を挑発する。
そして4回目のジャンケン。
剣一郎はパー。カルマはグー。
「破っ!」
今度は剣一郎の気合のこもった一撃がカルマの頭を狙って振り下ろされる。
カルマもヘルメットに手を伸ばしているが、この時の剣一郎に打ち下ろしは、今大会一番の速さだった。
『ピコッ』
カルマはヘルメットに触る前にピコピコハンマーを頭に受け、敗北した。
「負けたか‥‥。こうなったら俺の代わりに優勝してくださいね」
そう言ってカルマが剣一郎に手を差し伸べる。
「あぁ。ここまできたら、さすがにもう負ける気はない。優勝してみせるよ」
剣一郎はカルマの手を取るとガッチリ握手した。
こうしてベスト4が揃い。いよいよ優勝も目前に迫ってくる、第4回戦が始まった。
第4回戦第1試合
レティ・クリムゾン VS 愛紗・ブランネル
共にシード枠より勝ち上がってきた2人だが、レティはともかく、幼く愛くるしい愛紗がここまで勝ち残るとは誰が予想できただろう。
そしてこの結果を誰が予想できただろう。
なんと、愛紗はたったの一撃でレティを下したのだ。
「わーい☆3度目の勝利〜♪ あと1回で優勝だよ、はっちー」
「‥‥」
無邪気に喜んでいる愛紗と、完全に茫然自失になっているレティ。
ジャンケンの結果は愛紗がグー。レティがチョキ。
レティはもちろん油断などしていなかった。
愛紗を子供などと思って侮ってもいない。
普段身をおく戦場で出会った敵と同じと思って相手をした。
それでも愛紗のジャンピングアタックの方がレティの防御よりも遥かに速かったのである。
そう、愛紗はその愛らしい容姿とは裏腹に、恐るべき身体能力を有しているのだ。
「負けたよ。次も頑張ってくれ」
それを悟ったレティは素直に愛紗の勝ちを認めたのだった。
「うん☆」
第4回戦第2試合
白鐘剣一郎 VS 鯨井昼寝
この2人の勝負はあいこから始まり、次いで昼寝がパー。剣一郎がグー。
「潰すッ!」
昼寝は最速かつ最大威力でピコピコハンマーを振り下ろすが、剣一郎はガッチリとガード。
その際、ピコピコハンマーは昼寝の一撃に耐え切れず折れ砕け、新しいものに交換される。
そして次の勝負は昼寝がパー。剣一郎はチョキ。
「間に合えッ!」
「破っ!」
辛くもガードが間に合ったが、ヘルメット越しでも響くような衝撃が昼寝の頭を撃つ。
ハッキリ言って強敵だ。
それも今までで一番の。
(「はははっ、楽しい‥‥。楽しくってたまらない!」)
ゾクゾクとした戦慄が昼寝の背中を走り、ふつふつと身体の奥から闘志が沸いてくる。
それと同時に昼寝の顔には自然と不敵な笑みが浮かぶのだった。
そして不敵に笑っているのは剣一郎も同じだった。
2人とも純粋にこの勝負を楽しんでいる。
周りの景色や観客などは一切目に入っていない。
見えているのはお互い挙動のみだ。
続くジャンケンは昼寝がパー、剣一郎がグー。
(「もっと速く! もっと鋭く!」)
さっきよりも速さの増した一撃が繰り出されたが、剣一郎は再びガード。
「それでは打たれる訳にはいかないな」
剣一郎がヘルメットの下から顔を覗かせ、楽しげに言う。
次はお互いパーであいこ。
「どうしたの、なんだか息が上がってるじゃない?」
これは昼寝の挑発だったが嘘でもなかった。
確かに、今までまったく息を切らさなかった剣一郎の息が少し乱れていたのだ。
これは、それだけ昼寝が剣一郎にとって好敵手である何よりの証拠だった。
そして6度目のジャンケン。
昼寝がパー、剣一郎はチョキ。
「頂く!」
剣一郎の神速の一撃が迫る。
昼寝もヘルメットでガードを試みるが、
『ピコッ』
剣一郎のピコピコハンマーはヘルメットに阻まれる前に昼寝の頭を捕らえた。
「‥‥不覚、としか言いようが無いわね」
そう言いながらも昼寝の顔はどこか晴れ晴れとしている。
全力は出し切った。そんな表情だった。
そして決勝戦の始める前に、まず3位決定戦が先に行われた。
3位決定戦
鯨井昼寝 VS レティ・クリムゾン
2人とも連戦になるが、その表情に疲れは見られない。
相手の隙を一瞬たりとも見逃さぬよう、完全に集中している。
そうして始まった3位決定戦。
最初のジャンケンは両者共にグーであいこ。
続くジャンケンは昼寝がパー、レティがグー。
「喰らえッ!」
「間に合えっ!」
両者の手が伸び、ピコピコハンマーとヘルメットが交錯する。
レティの手は速かった。ヘルメットは彼女の手の中にあり、後は被るだけ。
『ピコッ』
しかし、昼寝の手はそれよりも一瞬速く、昼寝の繰り出したピコピコハンマーはヘルメットとレティの頭に挟まれるような形で打ち付けられていた。
「‥‥見事だな。私の負けだ」
賞金には少し未練はあるものの、レティは昼寝との勝負は満足のゆくものだった。
「だが楽しいイベントだった。また機会があれば勝負したいな」
「私は挑戦者はいつでも待っているわよ」
2人は微笑みあい、握手を交わした。
決勝戦
白鐘剣一郎 VS 愛紗・ブランネル
「さぁて会場の皆様。26試合行われた『たたいてかぶってジャンケンポン』も残すところ後1試合のみ。27人の勇者の頂点に立ち、優勝を手のするのは、天馬の剣士、白鐘剣一郎か? それとも、小さき微笑み、愛紗・ブランネルか?」
アナウンスが流れている間、愛紗はニコニコと笑顔で周りの人達に愛想を振りまき、剣一郎も自然体のまま微笑んでいる。
2人の姿に緊張は見られない。
「さぁ! 運命の決勝戦‥‥いよいよ開始です!!」
しかし、試合開始の合図と共に、2人の表情はキリリと引き締まる。
そして会場の皆が息を潜めて見守る中、最初のジャンケンは剣一郎がパー、愛紗がグー。
それぞれの手がそろぞれの得物に神速の速さで伸びる。
愛紗がヘルメットを掴むのと剣一郎がピコピコハンマーを掴むのはほぼ同時だった。
しかし、そこからの剣一郎の打ち込みの速さは愛紗の防御を僅かに上回った。
『ピコッ』
愛紗の頭上で可愛らしい音が鳴る。
「いった〜い‥‥」
そして、愛紗の可愛らしくも痛々しい声がシンと静まり返っていた会場に響く。
「決まったぁ〜〜〜!! 優勝を手にしたのは天馬の剣士! 白鐘剣一郎〜〜!!」
「うおぉぉぉぉーーー!!!」
司会のリサがマイクに向かって叫ぶと、会場からも歓声が巻き起こる。
剣一郎は笑顔を浮かべると会場の人々に片手を上げて答えた。
すると、会場のアチコチから再び歓声があがり、会場のボルテージはますます上がっていった。
「おめでとうございま〜す」
そして、何時の間にか競技台のすぐ傍にいた鷺宮・涼香が剣一郎に自作の紙ふぶきを巻いていた。
一方、敗れた愛紗は
「よくやった‥‥よく頑張ったぞはっちー」
競技台の隅で少し涙を浮かべながら、パンダのヌイグルミを慰めていた。
そんな哀れを誘う光景に、何時の間にか出来ていた会場の愛紗ファンから
「よくやった〜」
「おしかったね〜」
「泣かないで〜」
と、慰めの声が投げかけられた。
閉会式。
大会実行委員長からお立ち台に立つ 白鐘剣一郎 愛紗・ブランネル 鯨井昼寝 の3人に賞金が手渡させる。
「おめでとうございます! それでは3人に今の気持ちを聞かせてもらいましょう。まず鯨井昼寝さん」
リサが昼寝にマイクを向ける。
「優勝以外はビリと一緒ね。次の機会があればこの借りは必ず返すわ」
「だったら賞金はあたしにちょうだ〜い!!」
「いや、俺だ! 俺が貰う!」
昼寝がそう言った途端、ゴールドラッシュとリュインが騒ぎ出した。
そんな2人の事を無視したところを見ると、昼寝も賞金はちゃんと自分の懐に収めるつもりのようである。
「次は準優勝の愛紗・ブランネルさん。今の気持ちをどうぞ」
「ジャンケンマスターへの道は遠かったね、はっちー。次はがんばろうね」
「最後に、白鐘剣一郎さん。どうぞ!」
「我ながら良く優勝出来たものだ。最善を尽くしたのは皆も同じだと思うが、それだけに運もまた実力の内と実感させられたな」
剣一郎は少し照れくさそうに言って締めくくった。
そして会場は拍手に包まれ、第1回T・K・J大会は盛況のうちに終了した。