タイトル:【br】老夫婦マスター:真太郎

シナリオ形態: ショート
難易度: 不明
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/08/23 07:47

●オープニング本文


 マチュア・ロイシィは大統領襲撃事件で捕縛した3人の子供の尋問と調査の結果をUPCの担当官から聞いた。
「捕らえた3人の証言から彼らの組織の全貌がおぼろげながら分かってきました。まず、この子達は3人とも人間です。身体には強化処理等を施された形跡はなく、薬物に関する反応も強くはありませんので、少なくとも外科的な洗脳や薬物等による洗脳は行われていないものと思われます」
「なら何故バグアのために大統領の暗殺などするんだ」
「心理的洗脳を施されているからです」
「心理的洗脳?」
「はい。まずこの組織に捕まった子供は武器を持たされて2人一組になり、子供同士で殺し合いをさせられます」
「な!」
「殺す事を拒否した子はその場で殺されます。生き残るには相手を殺すしかありません。彼らはこれを儀式と呼んでいました。そしてこの儀式を3回〜5回生き抜いた子供はこう言われます。
『お前はもう人殺しだ。子供を何人も殺した大罪人だ。たとえ家に戻ったとしても警察に捕まり死刑になる。お前はもう二度と人間社会では暮らせないだろう。お前は既に人類の敵。人類を殺す側に立っている。そんなお前が生きて行く道は一つしかない。それはバグアとして生きて行く事だ。だが恐れる事はない。バグアはいずれ人類を征服する。その時お前達は人類の支配者だ。そう、お前達はバグアに選ばれた人類を導く新人類なのだ!』
 だいだいこんな文言だったそうです。もちろん大人ならこんな言葉に惑わされたりしません。ですが、相手が10歳に満たない子供だと話は別です。人を殺した後に何度も同じ文言を繰り返し聞かされ続ければ、程度の差はあれど、ある程度は信じ込んでしまう事でしょう」
「何という事を‥‥」
 マチュアは胸の内にたぎった怒りに歯噛みする。
「儀式を終えた子供は戦闘訓練を施された後、任務に着かされるそうです。任務の内容は主に殺人。そして任務で10人殺した者は幹部と呼ばれる様になるそうです。5人殺した者は幹部候補と名乗っている様です。そして幹部になった後もバグアに貢献すれば大幹部となり、強化人間になれるのだと話しています」
「強化人間‥‥という事はアーチェスは‥‥」
「現場から逃げた子供の事ですね。報告ではフォースフィールドを纏っていたという事ですから、大幹部である可能性が高いでしょう」
「そんな‥‥ではアーチェスはもう何人もの人間を手に掛けて‥‥」
 マチュアは愕然とした表情になると両手で顔を覆った。
 だが今はショックを受けている時でも落ち込んでいる時でもない。
 そう自分に言い聞かせたマチュアは気力を振り絞って極力頭を冷静にした。
「それで、その組織の場所は?」
「場所は分かりませんでした。任務に行くときには常に目隠しと耳栓をされていたそうですから、おそらくは末端の者には知らされていないのでしょう」
「そうか‥‥」
「ですが後一つだけ分かっている事があります」
「なんだ」
「この組織の頂点には総帥と呼ばれる人物がいて、総帥が管理運営しているんだそうです、そして総帥は『ネモ』と呼ばれているそうです」
「ネモ?」
 それはラテン語で『誰でもなく何者でもない』という意味だ。
「現在判明している事は以上ですが、今回の事件で一番問題なのは犯人が複数人の子供だった事です。これは子供の中にテロリストが紛れ込んでいる可能性があるという事ですからね。子供は何処にでもいます。町で擦れ違った子供にいきなり後ろから撃たれるかもしれない。自分の子供が学校で殺されるかもしれない。そんな風に子供を疑いながら生活する社会は正常ではいられません。そのため今回の事件は公には子供ではなく子供に扮したバグアによる犯行とされています。そして子供のテロリストがいるという事実をこれ以上広める事なく、早期に組織を潰す事が急務です」



 続いてマチュアは捕まえた3人の身元や逃げたアーチェスの足取りを追っている部隊の隊長の元を訪ねた。
「まず3人は全員が孤児である事が判明した。そのため直ぐにその孤児院を訪ねたが、残念ながら既に閉鎖された後で、院長の足取りも完全に途絶えている。次に3人を引き取ったそれぞれの里親を訪ねたが、全員殺されていた。おそらくは口封じされたんだろう」
「くっ‥‥」
「だが、件の逃げたアーチェス少年の里親は健在だった。里親の名はアゼル・ロックフィールドとシンシア・ロックフィールド。65歳と62歳の夫婦だ」
 隊長が老人の写真を2枚マチュアに見せる。
「子供の居なかった夫婦は孤児院からアーチェスを引き取って育てていたようだな。夫婦の裏を取りましたが犯罪暦もなく、怪しい人間関係もない、普通に一般市民。農業で生計を立てていて、ロサンゼルス郊外の農地の真ん中に居を構えて居る。夫婦の知り合いから聞いた話では夫婦はアーチェスを溺愛していたらしい」
 隊長が次に見せた写真には広い小麦畑の中に立つ大きな屋敷が写っていた。
「事件後直ちに軍と警官隊が令状を持って家宅捜索を行ったが、アーチェスを発見する事はできなかった。老夫婦に話を聞いたが行く先に心当たりはなく、アーチェスが関わっている組織の事も何も知らないと言われたよ。逆に『あんないい子が変な組織に関わって大統領暗殺などする訳がありません。絶対に何かと間違いです』と涙ながらに訴えられた。だがアーチェスがこの家に戻ってくる可能性があるため我々は密かに夫婦を張り続けた。そして先日、集音マイクがある会話を記録した。それを聞いてくれ」
 隊長が録音機の再生をボタンを押す。
『おばあちゃん。僕、怖いよ。僕殺されちゃうの?』
『大丈夫よ、アーちゃん。おばあちゃん達が守ってあげるわ。だから大丈夫』
『ホント? 本当に僕を守ってくれる? 僕を捨てない? 裏切らない?』
『えぇ、本当よ。だから今はまだ大人しくしていて‥‥』
 隊長が録音機の再生を止める。
「どうだ? この声は件のアーチェスか?」
 どうやらマチュアはこの声の確認のために呼ばれたらしい。
「‥‥あぁ。間違いなくアーチェスだ」
 マチュアはハッキリと肯定する。
「なら、アーチェスがあの家に居るのは間違いないな。だが問題は何処にいるかだ。前回の捜索で見つからなかった事から、かなり巧妙に隠されている可能性が高い」
「隊長さん。この件、私に任せてくれないか」
「なに?」
 隊長が懐疑的な目でマチュアを見てくる。
 どうやらマチュアがアーチェスと姉弟であるため疑われているようだ。
「頼む! アーチェスは私が長年かけて探していた大切な弟なんだ! 私が必ずこの手で連れ戻す。だから頼みます!」
 マチュアは真剣に滅多に下げない頭を隊長に下げる。
「‥‥分かった。この件は君に一任しよう」
 マチュアの瞳野奥に家族を想う真剣な心を見出した隊長は許可を出したのだった。

●参加者一覧

国谷 真彼(ga2331
34歳・♂・ST
サヴィーネ=シュルツ(ga7445
17歳・♀・JG
RENN(gb1931
17歳・♂・HD
リヴァル・クロウ(gb2337
26歳・♂・GD
天羽 圭吾(gc0683
45歳・♂・JG
黒木・正宗(gc0803
27歳・♂・GD
春夏秋冬 立花(gc3009
16歳・♀・ER
一ヶ瀬 蒼子(gc4104
20歳・♀・GD

●リプレイ本文

 ロサンゼルス郊外に広がる畑の中の一軒家に9人の傭兵が訪れる。
「マチュア君は今回の任務には外されると思っていました。一人で動かれるよりは、安心です」
 マチュア・ロイシィ(gz0354)に国谷 真彼(ga2331)が話しかける。
「私は‥アーチェスの事が絡むと冷静な判断や行動ができる自信がない‥‥。だから‥‥」
「もちろん僕達がサポートしますよ。強い鋼は、複数の手で折り返し打たれ、鍛えられる。一人だけで鍛えた者の心は硬く、脆い。覚えていてください」
「それに、少年を助けたいなら君が一番の鍵だから。それは覚悟してて」
 弱気になっているマチュアにサヴィーネ=シュルツ(ga7445)も喝を入れる。
「‥そうだな」
「あ、でもそんなに気負わなくていいですよ。ほら、私なんて私服でしょう? 失敗も戦闘も考えてないくらい自信がありますから」
 春夏秋冬 立花(gc3009)がマチュアの緊張を解こうと笑顔を浮かべる。
「あぁ、ありがとう」
 するとマチュアも釣られて小さく笑みを浮かべた。
「この前は勘違いしていてごめんなさい。けど‥‥本当に彼のことを助けたいなら最後まで油断しないこと、いいわね?」
 一ヶ瀬 蒼子(gc4104)が少し申し訳なさそうにマチュアに話しかける。
 前回は事情も分からなかったこともあり、マチュアの行動に思わず怒りを覚えた蒼子だが、事情を知った今では自分も兄妹を持つ身であるため、マチュアの気持ちもある程度理解できる。
「その事はべつに気にしていないよ。一ヶ瀬も周囲の警戒をよろしく頼む」
 蒼子の言葉を受けたマチュアが国谷、サヴィーネ、リヴァル・クロウ(gb2337)、立花を連れて玄関に向かう。
(「‥‥とは言ったものの、さてどうなるかしらね? この前のやり取りを見る限り、そうそう簡単にハッピーエンドになりそうな雰囲気じゃなさそうだけど」)
 蒼子は一抹の不安を胸に抱きながらも柿原 錬(gb1931)、天羽 圭吾(gc0683)、赤木・総一郎(gc0803)と周囲の捜索と警戒に向かった。



 説得班はまず国谷が玄関に応対に出たシンシア夫人に日本人らしい礼と節度を持って挨拶をし、リヴァルと共にアーチェスと夫婦がバグアに狙われていて命の危険がある事を説明して説得し、リビングにまでは通してもらえていた。
 そしてリビングには険しい表情をした夫のアゼルが待ち構えていた。
「どうぞ、おかけ下さい」
 勧められた席に腰を下ろした5人が自己紹介すると、夫婦はマチュアがアーチェスの実の姉と知って驚く。
「大統領の暗殺未遂事件は御二人も御存知ですね。そしてアーチェスがその事件に関わっていた事も」
 リヴァルはそう前置きして事件で捕まった他の子供の里親は殺害され、アーチェスとその里親である2人も(リヴァルの推測だが)狙われている事を説明し、次に強化人間は調整が無いと衰弱死する事を告げた。
「アーチェスが強化人間ですって?」
「そんな馬鹿な! あの子は普通の‥」
「残念ながら事実です。自分がアーチェス氏がFFを発生させる所を確認していています。そして過去の事例から強化人間は体内に爆弾を埋め込まれている可能性があり、任意で爆破される危険性があります」
「そんなっ!?」
「なんという事を‥‥」
 夫婦の顔色が目に見えて青ざめた。
「ですが爆弾は能力者のサイエンティストならば最悪の事態でも対応が可能です。幸い彼はそのサイエンティストです」
 本当に対応可能なのかは不明なのだが、リヴァルは国谷を夫婦に紹介する。
「そして人類圏なら爆破される事はなく安全です」
 これもリヴァルの憶測だが断言する。
「以上の点からアーチェス氏の身の安全のために保護させていただきたい。そして御両人も同行願いたい」
「‥‥」
「‥‥」
 リヴァルが全てを話し終えても夫婦はまだ迷っているようだ。
 おそらく唐突に色々な事柄を知らされたため、頭や心の整理がついていないのだろう。
「ご心配はお察しします。ですが、私達は彼を死なせに来たのではありません。そして彼をバグア側に留まる事こそが彼にとって最も危険なのです。それを分かって下さい」
 サヴィーネが夫婦を優しく後押しする。
「問題を先送りしてもなんの解決にもなりませんよ。大切なのはわかります。私も家族は大切ですから。ですが、貴方たちでバグアの手から守れますか? 少なくともUPCでは守れます」
 立花も更に後押しする。
「もし気持ちの整理がまだつかないのでしたら、せめて会わせてもらえませんか? 私は、マチュアさんを弟に会わせてあげたいんです」
「‥‥分かりました。アーチェスの元にご案内します」
 そして立花の言葉が遂に夫婦の心を動かした。
「ありがとうございます」
 マチュアが心からのお礼を言い、頭を下げる。
「こっちだ」
 そして夫が書斎に向かい、本棚から本を抜き、その奥の板を外し、更にその奥のレバーを引いた。
 すると書斎の机が横に動き、その下から階段が現れる。
「アーチェスはこの下の奥の部屋だ」
「こちらリヴァル。アーチェスの居場所を突き止めた。これから説得に向かう」
 リヴァルが無線で外の仲間に連絡を取る。
『了解。なら俺も説得に加わろう』
 総一郎はアーチェスが誰を殺した、誰の為に動いたとか、そういう部分は気にしていない。
 テロ屋ならテロ屋に相応しい処罰を下すべきと思っているが、今回は司法取引としての側面もあるので、そこで力になるつもりだった。
『僕も説得班に加えてください』
 錬はアーチェスに同情や親近感を抱いているのだ。
(「きっと同じ立場なら同じ事や、もっと酷い事になっていたはずだ。だから逃げないで説得してみせる。それが偽善だ言われたとしても‥」)
『じゃあ俺も行こう。ま、俺は説得じゃなくて用心のためだがな』
 圭吾は口ではこう言っているが内心では、
(「実の姉が油断すると分かった上で笑顔でトリガーを引いた少年は、もはや子供ではなく優秀な兵士だ。洗脳者更生施設というものが存在するらしいので、そこで矯正できればいいが‥‥」)
 一応アーチェスの事を気にかけていた。

 こうしてアーチェスの説得はマチュア、サヴィーネ、錬、リヴァル、圭吾、総一郎で行われる事になった。

 地下に降り、真っ直ぐに進むと、やがて前と左右にドアが見えた。
「みんな、ドアにトラップが仕掛けれている」
 その時『探査の眼』を発動していたマチュアが小声で警告を発する。
「種類は?」
「そこまでは分からない。それに内側に仕掛けられるから解除も不可能だ」
 声を潜めて尋ねる総一郎にマチュアが答える。
「では開けてくれなければドア越しに話すしかないか」
「‥‥アーチェス、いる? マチュアよ」
『マチュアお姉ちゃん?』
 マチュアが声をかけると正面のドアからアーチェスの声が響く。
「迎えに来たの。さぁ、私と一緒に行きましょう」
『嫌だよ! ここを出たら僕は捕まって処刑されちゃう!』
「処刑する? そんなことをしたら、私達も怒られてしまう。君は知らないだろうけど、戦争にはルールがあるんだよ」
『誰?』
「私はサヴィーネ。君のお姉さんの仕事仲間だよ」
 サヴィーネがアーチェスに優しく語り掛ける。
『‥そう。でも、もし処刑されなくても裏切ればきっとネモ様に殺される。僕知ってるんだよ。裏切り者の強化人間は心臓の爆弾で殺されちゃうって‥‥』
「かも知れないね。でも、まだ死んでない。つまり、その何とか様には君の今の状況は判らないということだよ」
『今はまだそうでも外に出たら爆発するかもしれない。そんなのヤダよ』
「大丈夫だ。もし爆弾が爆発しても俺達と一緒ならサイエンティストの力で治す事が可能だ」
『嘘だ! 僕を子供だと思って馬鹿にしてるでしょ。心臓が爆発して生きていられる訳ないよ!』
 リヴァルの言葉は信じてもらえなかった。
『もし死ななかったとしても、どうせ色々変な実験をさせられるんでしょ。そんなの僕は絶対に嫌だ!』
「それはアーチェスがどうしたいかによると思う。成らないとは限らないけど、人間扱いされている人もいる。規制も多いけど‥‥。生きる時間を長くする事だって出来るかもしれない」
『その声‥あの時のおねえちゃんだね』
 AU−KVを着ているため覚醒中の錬は今日も女だと誤解される。
「うん、そうだよ。名前は錬」
 けれどアーチェスの声音が少し嬉しそうに聞こえたので錬は訂正しなかった。
「それに以前、人間の下に投降した強化人間がいた。その人は、拘束されてこそいたけど、ちゃんと人間として扱われてたよ」
 サヴィーネも後押しする。
『拘束はされたんだ‥‥。じゃあ僕はやっぱり収容所に入れられるんだね』
「収容所にいるっていうのはね、ごめんなさいを形で表すための方法なんだよ。君も、お姉ちゃんに怒られたら‥ごめんなさいは、するだろう?」
『おねえちゃん‥‥僕を子供扱いしてない? 僕、おねえちゃんが思ってるほど子供でも世間知らずでもないよ』
「あ、ゴメン。そう言うつもりじゃなかったんだけど、今のは私が悪かったね」
 アーチェスが気分を害した様なのでサヴィーネは慌てて謝った。
(「まだるっこしい事してるな‥‥。説得はまずは捕らえるのことが先決だろう。多少の嘘をついて甘言で丸め込み、情報を引き出した後は適当に誤魔化してしまえばいいだろうに‥‥。依頼の度、全てに一々誠意を持って対応しようとしてちゃ仕事にならないぜ」)
 圭吾は仲間の説得術に少し苛立っていたが口には出さなかった。
「それに僕はそっちに行くならマチュアお姉ちゃんと一緒に暮らしたい。でも収容所じゃそんな事できないよね。結局僕の願いは何も叶わないんだ』
「将来の希望を叶えられるかは君の心構え次第だ」
 これまで黙っていた総一郎が口を挟む。
『どういう事?』
「司法取引だ。バグアの情報が少ない以上、君の持つ情報は取引の材料足りえる」
『へぇ〜』
「アーチェス。姉さんと離れたくない無いなら逃げるな。その為に強化人間になってまで生き抜いてきたのなら背負ってみせるんだ。姉さんと、自分のために!」
 錬が最後の一押しとばかりに声を上げる。
『‥‥でも僕はバグアの事を全然知らないんだ。となると僕はお姉ちゃんとは暮らせないよね。でも、錬おねえちゃんが今いいこと教えてくれたよ』
 アーチェスがそう言った直後、目の前の扉が爆発した。
「なっ!?」
 続いて部屋の中でマズルフラッシュと銃声が木霊し、十数発もの銃弾が最前列のリヴァルを撃ち抜く。
「くぅっ!」
 凶弾に耐え切れず倒れたリヴァルの体の下に血溜まりが広がった。
「僕はこの力を使ってお姉ちゃんと一緒に生き抜くよ」
 凄惨な笑みを浮かべるアーチェスの手には巨大なオートマティックと、巨大なリボルバーが握られていた。
「ちっ! 最悪の事態だ」
 圭吾が『制圧射撃』を行うが、アーチェスは易々と弾幕を避けて反撃。
「ぐはっ!」
 大口径から放たれた銃弾が圭吾の腹を撃ち抜き、圭吾も自らの血溜まりに沈んだ。
「説得に失敗した。至急増援を‥」
 総一郎は銃を撃ちながら無線を送ったが地下では電波が届かない。
「アーチェス!」
「援護する」
 錬がサヴィーネの『援護射撃』を受けながら『竜の翼』で室内に飛び込み、アーチェスを取り押さえようとしたが、アーチェスは錬の手を避けて銃口を押し付ける。
「バイバイ、おねえちゃん」
 重い銃弾がパイドロスの薄い装甲を易々と貫いて錬の体を次々と射抜く。
「カハッ!」
 込み上げてきた血でヘルメットのバイザーを赤く染め、錬も倒れた。
「もう止めるんだアーチェス!」
 その隙に後ろに回りこんだマチュアがアーチェスを羽交い絞めにしたが、アーチェスは手首を返してマチュアの足を撃ち抜いた。
「ぐうっ!」
 そしてマチュアの膝が崩れた瞬間、身を翻して銃底で頭を殴打。
 マチュアが脳震盪を起こした隙に両手足に銃弾を撃ち込んだ。
「ぐあぁぁーー!!」
 激痛でマチュアは気絶し、床に倒れ伏す。
「ふふっ、これでお姉ちゃんは僕のものだ」
 アーチェスはマチュアを肩に抱え上げると手持ちのスイッチを入れた。
 すると左右の扉も爆発し、そこから煙幕が噴き出してきた。
「なにっ!?」
 総一郎とサヴィーネは煙幕に向かって発砲したが、命中したかどうかさえ分からない。
 そしてアーチェスは2人の間をすり抜け、階段を駆け上がった。



 地下で説得が行われている間、国谷は心理的洗脳を受けた子供達の生活の一端を調査する事にしていた。
「すみません。彼の部屋も、見せてくれますか?」
 案内された部屋は年相応の子供部屋だったが、どこか違和感があった。
 それは室内の遊び道具にあまり使われた形跡がないからだと分かった。
「アーチェスは家よりも外で遊ぶのが好きな子なんです」
 夫人はそう語ったが、アーチェスが外で何をしているかは知らなかった。
 次にアルバムを見せて貰おうとしたが、アーチェスは写真を撮られるのを極端に嫌いで写真は数枚しかなかった。
 他にも幾つか調査した結果、アーチェスは親孝行で聞きわけがいいが人付き合いは悪く、子供らしくない面が多数あるという事が判明したのだった。

 そして立花が念のため睡眠薬でアーチェスを眠らそうとお茶の用意をしていると、ふと地下から出てくる煙幕に気づいた。
「何でしょう、この煙?」
「まさか地下で爆弾が!?」
 国谷は今のアーチェスなら屋敷ひとつ吹っ飛ばして人を殺す事くらい造作もないだろうと危惧していたのだ。
 その時、煙幕を突き抜けて誰かが飛び出してくる。
 国谷はすぐに武器を構えたが、
「ヘタに撃つとマチュアお姉ちゃんに当たっちゃうよ」
「なに?」
 アーチェスの言葉と肩に背負われたマチュアの姿が撃つ事を躊躇させた。
 その隙にアーチェスが発砲。
「くっ!!」
 両足に弾丸を喰らった国谷がその場に倒れる。
「待ってアーチェス!」
「ダメです、おばあさん!」
 夫人が駆け寄ろうとしたが立花が押し留めた。
 その間にアーチェスは外に出ると倉庫に向かって走る。
「蒼子さん、アーチェスがマチュアさんを攫って外に逃げました!」


「やっぱりハッピーエンドにはならなかったか‥‥」
 立花から無線を受けた蒼子がアーチェスを追って倉庫に行くと、そこには両手を広げて行く手を阻む夫の姿があった。
「行かないでくれアーチェス。私達はお前を本当の子供だと思っている。行かないでくれ!」
「ごめんね。やっぱり僕、おじいちゃん達よりお姉ちゃんの方がいいんだ」
 アーチェスはニッコリ笑って夫に銃を向けた。
「止めろ撃つな!」
 蒼子は咄嗟に盾扇を構えて夫の前に飛び出し、『自身障壁』を発動。
 アーチェスは構わずトリガーを引き、放たれた凶弾は盾扇をバラバラに打ち壊して蒼子の体もえぐった。
「うぁっ!」
「アーチェス‥何故‥‥」
 夫が絶望に目を見開き、ゆっくりと膝をつく。
 アーチェスは構わず倉庫に入ると、隠しておいたジーザリオにマチュアを乗せて走り去ったのだった。


 <つづく>