タイトル:闇に蠢く獣の末路マスター:真太郎

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/10/19 00:08

●オープニング本文


 その獣は自分を創造した主人に忠節に尽くし、主人亡き後も主人の命に従って、ある者を守っていた。
 しかし、その守るべき者も今は亡く、それと同時に守るべき命もなくなった。
 そのため、それ以後その獣は自らの本能に従って生きる様になる。
 だが、その獣は主人によって施された強化処理の影響で、定期的に適切な処置を受けないと肉体が変質してしまう体になっていたのだ。
 もちろん、その獣はそんな事など知りはしない。
 ただ本能に従って獲物を狩り、それを喰らって生きた。
 獲物を喰らう度にその体は獲物の遺伝子も取り込んで更に変質した。
 体が肥大し、四肢が増え、器官が無用に増え、硬化と軟化を繰り返し、どんどんと歪んだ存在へと変貌してゆく。
 その獣は元々は高い知性も持ち合わせていたが、体の変貌と反比例して知性はどんどんと薄れていった。
 そして、その獣はただ自分以外の生物を喰らうだけの化け物に成り下がったのである。





 その日、元はヒューストン解放戦線の前線司令官であったが、現在ではヒューストンの防衛司令官となったルイス・バロウズ中佐は作戦会議室に傭兵達を集め、久しぶりに自らブリーフィングを行った。
「まず、この映像を見て下さい」
 ブリーフィングルームのスクリーンに、ある町の風景が映し出された。
「ここはヒューストンの郊外にある町です。ヒューストンが解放されて以後、この町から入植を始めていたのですが、今は住人の全員が避難しています」
 しばらくは無人の町の映像が流れていたが、やがて画面中央に妙な物体が現れた。
 それは一見すると黒い球体であった。
 黒い球体がゆっくりとしたスピードで移動しているのである。
 やがて黒い球体は農場の厩舎に接近していった。
 厩舎との比較で、その球体がかなりの大きさである事が分かる。
 そして黒い球体が厩舎とぶつかり、あっさりと厩舎が黒い球体に飲み込まれる。
 その際、黒い球体はわずかに揺らいだが、その形状はほとんど変化していない。
 黒い球体は厩舎は完全に飲み込むと停止し、しばらく停止した後、厩舎を通過した。
 そして黒い球体の通過した後にはバラバラに砕けた厩舎の残骸が残り、厩舎にいた家畜の返り血が飛び散っていた。
「この時点ではこの黒い球体が何なのかは分かりませんでしたが、我々は何らかのキメラであると考え、調査と攻撃を仕掛けました。その映像がこれです」
 映像が黒い球体の周りを多人数の兵士で取り囲んでいるものに切り替わった。
 黒い球体には強力なサーチライトを照らされ、光の当たっている部分だけは少し闇が薄れているが、それでも中心部がどうなっているのかまでは確認できない
 兵士達が攻撃を仕掛けたが、黒い球体は揺らぎもせず、銃弾がどの程度の効果を上げているのかさえ分からない。
 逆に黒い球体からは稲妻や火炎弾や真空刃などが撃ち出され、兵士達が次々と負傷してゆく。
 やがて能力者と思われる物が黒い球体に接近し、何かを投げた。
 すると、黒い球体が突如丸くえぐれ、中心部の様子が見えるようになる。
 黒い球体の中心には得体の知れなく生物の姿があった。
 一言で言えば、様々な生物をつなぎ合わせて作られた肉塊。
 肉塊の中央部には一応、獣のものと思われる頭部があった。
 その頭部の周りを甲殻、触手、触腕、口腔、角、眼球、複眼、節足、多脚、翼、尾、等、ありとあらゆる生物のパーツが組み合い、絡み合っている。
 だが、その姿が見えていたのも一瞬の事で、すぐにその生物から噴き出した黒い霧の様なものに覆われて見えなくなった。
 そこで映像が終了する。
「今のが今回みなさんに退治していただくキメラです」
 ルイスはスクリーンに先程の生物の静止画を映し出す。
「現在このキメラに関して判明している事は‥実はそれほど多くありません。まず移動速度はかなり遅いです。それから、常に半径5m程の黒い球体を周囲に展開しています。黒い空間内ではまったく視界が通りませんが無味無臭で害はなく、閃光手榴弾であれば一時的に払う事ができます。攻撃手段は火炎弾、雷撃、溶解液、真空刃、毒針、触手、触腕、と多種多様ですが、これらは距離を置いた場合であり、接近時にはどんな攻撃を繰り出してくるかは不明です。翼が生えている様ですが、あの巨体ですから飛ぶ事はおそらく不可能でしょう。判明している事は以上です。そして、ここからは私の推測なのですが‥‥」
 ルイスが一旦口を閉ざす。
「このキメラはヒューストンで小野塚愛子を助けたガルムと呼ばれる個体ではないかと私は思うのです。確かに形状はまったく違うのですが、この黒い球体はガルムが小野塚愛子を助けた時に使用した闇によく似ています。そして、この生物の中心部にある顔は、私にはイヌ科の獣の顔の様に見えるのです」
 ルイスがスクリーンのキメラの中心の顔の部分を指し示す。
 確かにルイスの言うようにイヌ科の獣の様にも見えるが、ハッキリとした映像ではないので判別は難しかった。
「あ、いや‥‥つまらない事を言いましたね。ともかく、このキメラをこれ以上野放しにはできません。早急に退治をお願いします」

●参加者一覧

石動 小夜子(ga0121
20歳・♀・PN
鳴神 伊織(ga0421
22歳・♀・AA
新条 拓那(ga1294
27歳・♂・PN
九条院つばめ(ga6530
16歳・♀・AA
周防 誠(ga7131
28歳・♂・JG
依神 隼瀬(gb2747
20歳・♀・HG
沁(gc1071
16歳・♂・SF
エシック・ランカスター(gc4778
27歳・♂・AA

●リプレイ本文

 ズン ズン
 重い足音を響かせ、黒色の球体が無人の町をゆっくりと移動している。
 傭兵達は街中で最も建物が密集した場所に陣を構え、そこから球体を様子を伺っていた。
 球体は想像以上に大きい。
 この球体の中には変容した肉塊のごときキメラが収まっているはずである。
「このキメラ‥ガルム、なのかな?」
「あれがホントに愛子ちゃんの連れていたガルムなら‥。きっと、主を失って、絶望した姿なのかもしれないね‥‥」
「もし主人を喪ったせいでこうなったのなら、可哀想、ですね‥‥楽にしてあげなければ」
「そうですね。あれが本当にガルムなら、貴方のご主人様はもうこの世にはいないのだと‥‥教えてあげなければいけません」
 依神 隼瀬(gb2747)の言葉に新条 拓那(ga1294) 、石動 小夜子(ga0121)、九条院つばめ(ga6530)がそれぞれの想いで応えた。

「作戦開始です」
 周防誠(ga7131)の合図で前衛B班の新条と小夜子とつばめが先行して建物等の遮蔽物に隠れ、前衛A班の鳴神 伊織(ga0421)と依神が付近の建物に身を潜め、後衛の沁(gc1071)が最後尾に位置どる。
「さあ、闇を払いますよ」
 配置が完了したところでA班のエシック・ランカスター(gc4778)と後衛の周防が球体にサーチライトを照射した。
 すると光の当たった部分だけ球体が欠け、球体が動きを止める。
 そして向きを変え、光に導かれる様に移動を始めた。
「よし、そのままこっちに来い‥‥」
 2人は誘導する様に光を照射し続けていたが、不意に球体から飛来した真空刃がエシックのサーチライトが真っ二つにした。
「なっ!?」
 続けて迸った紫電が周防のライトを破砕する。
「くっ! この距離でも届くとは‥‥まいったね」
 周防はすぐに建物の陰に隠れ、オルタナティブMを抜く。
「おーい、こっちだ化け物ー!」
 新条が道の中央に飛び出して超機械γで電磁波を発射する。
 黒い球体への効力の確認も兼ねた攻撃だったが、電磁波は球体をすり抜けただけで変化はなく、何か効果があったのかさえ分からない。
 そして球体からは雷撃が返って来た。
「うわっ!」
 新条は咄嗟に『疾風脚』で建物の陰へ飛び退く。
 だが、球体は更に新条の隠れた建物に向かって幾つもの火球を撃ち込んできた。
 火球が命中する度に壁が砕け、瓦礫と火の粉が飛び散る。
「いてて!」
  新条は姿勢を低くして避けたが、火球の欠片と瓦礫が体にバチバチと当たる。
「こっちです!」
 今度は小夜子が物陰から小銃「S−01」を撃ち放って気を引く。
 球体から毒針が発射されてきたが、小夜子はすぐに身を隠し、針は壁に突き立った。
「ふぅ〜‥‥助かったよ、小夜ちゃん。ったく、何から何まで全部盛りかよ、あの化け物! おまけに何かな、あの黒い影? 流石にちょっと泣けてくるよ」
 その間に小夜子の所にやって来た新条がげんなりした顔で毒づく。
 だが、新条の努力の甲斐あって、球体は傭兵達に陣の方に移動してくれている。
「さあ、そのままこっちに来なさい」
 牽引役を引き継いだ伊織が小銃「スノードロップ」で牽制攻撃を行いながら徐々に後ろに退がる。
 球体は伊織を追いながら真空刃や雷撃を撃ってくるが、伊織は発射の瞬間と間合いを読んで避けた。
 そして、遂に球体が陣の中央にまで引きこまれる。
「今だ!」
 その時を狙って依神が『竜の尾』を発動。青白い電波のようなものが球体に命中する。
 しかし球体は揺らぎもしなかった。
「くっそー! やっぱりダメか‥‥」
 霧を払えるかと思ってダメ元でやってみたが、やはり効果はなかったようだ。

「閃光手榴弾いきます!」
 周防は球体の移動速度から到達時間を予測してピンを抜いておいた閃光手榴弾を投擲し、閃光で闇を払った。
 すると闇の中から様々な生物が絡み合った様な異形のキメラの姿が露になる。
「あれがあのガルム‥か? 俄かには信じられませんね」
 周防には目の前の肉塊とガルムの姿がどうしても結びつかなかった。
「このキメラ‥‥中佐も言っていたけれど、確かにガルムのようにも見える‥‥。でも、ガルムには一種気品のようなものがあったけれど‥‥これは混沌そのもの。おぞましささえ感じます」
 つばめは肉塊の中央にある獣の知性の消えた濁った瞳を見て、そんな感想を抱く。
(「変わった、キメラ‥‥。こいつになら、あるかもしれない」)
 自分の過去と関わりのあるキメラを探している沁は目の前の異形のキメラに深い興味を示した。
「今です! 集中攻撃!」
 エシックの合図と彼が放ったS−01の銃声でつばめが我に返る。
「いずれにせよ、ようやく落ち着いたヒューストンをこれ以上かき回されるわけには行きません‥‥!」
 つばめは気合を入れなおすとキメラに向かって駆け出した。

「瞬雷!」
 沁は機械巻物「雷遁」の封を解いて広げ、伊織と依神の武器に『練成強化』を施した後、牽制の初撃を放つ。
 放たれた電磁波が命中するとキメラの気が沁の方に向き、体のやや上部から突き出た角に紫電が走る。
「電撃きます!」
 だが、キメラから電撃を放たれる前に周防のオルタナティブMが火を噴き、4連射された弾丸は複数あるキメラの足に1本を撃ち抜いてへし折った。
 キメラは体勢を崩し、放たれた電撃は沁を反れて後ろの建物に当たる。
 その隙に伊織と依神が接近するが、キメラの体からは何本もの触手が2人に向かって伸びてきた。
「このっ!」
 依神は薙刀「昇龍」を振るって迫る触手を断ち切ったが、触手は次々と伸びてくるため足を止められてしまう。
 伊織は盾を構え、最小限の動きで触手を避け、避けられない触手のみ鬼蛍で斬り払って前に進んでいたが、キメラが火炎を吐いてきたため退がらざるを得なくなった。
「これじゃあ近寄れないよ‥‥」
「この手数で攻めてこられると厄介ですね」
 2人の眼前でキメラが再び黒い球体に覆われてゆくが、周防が再び投擲した閃光手榴弾が闇を払う。
「‥‥万電」
 沁が『電波増幅』も付加して全力で放った3条の電磁波が触手を焼き払うと同時に動きを鈍らせた。
 そして弱った触手もエシックが撃ち倒してゆく。
「さぁ、今のうちです」
「感謝します」
「行くぞー!」
 その隙に伊織と依神が迫ると、キメラは新たな触手を形成して伸ばしてきた。
「破っ!」
 伊織は『猛撃』を発動し、刃が霞む程の素早く鋭い剣戟で斬り払う。
 その間に依神がキメラに肉薄して『竜の爪』を発動。薙刀の柄尻を両手で掴んで旋回。遠心力を最大限に上乗せした一撃をキメラに叩き込む。
「でえぇい!」
 刃が皮膚に喰い込み、そのまま横一文字に大きく斬り裂いた。
 そこに伊織が踏み込み『両断剣・絶』を発動。依神が刻んだ傷跡をなぞる様に一閃させる。
「勢っ!」
 剣の紋章が吸収して眩い光を放つ鬼蛍はまるで薄絹を断つかの様に剣閃が走り、滑らかな断面の深い傷をキメラに刻んだ。
 だが、その鋭すぎる剣技が災いした。
 切り裂いた傷跡から大量の体液が噴き出してきたのだ。
「!?」
 伊織は咄嗟に盾を掲げて後ろに退がったが、下半身は大量に体液を浴びてしまう。
 すると急に足が痺れて立っていられなくなり、その場に膝をついた。
 今浴びた体液には麻痺効果があったのだ。
 そしてキメラは動けなくなった伊織に糸を吐きかける。
「くっ!」
 伊織は盾で身を庇い、刀を振るって糸を断ち切ったが、次々と吐きかけられる糸は徐々に絡みつき、身体の自由を奪ってゆく。
 やがて伊織の身体は完全に糸で覆われ、繭状にされてしまう。
 キメラは更に繭に毒針を打ち込み、蟹の様な鋏で繭を持ち上げると大口を開く。
「食べる気か!?」
「瞬雷!」
 エシックが駆け出し、沁がキメラの口を狙って電磁波を放つ。
「伊織さんを放せ!」
 キメラが怯んだ隙に依神が大上段に構えた薙刀を鋏の関節に振り降ろして切断。
 落下した繭をエシックがキャッチする。
「伊織さん、今助けます!」
 エシックはすぐに『キュア』を発動しようとしたが、キメラが火炎を放射してきた。
 エシックが咄嗟に繭を抱え込むと炎が背中を焼く。
「ぐあっ!」 
 激痛がエシックを襲うが、美しい伊織が焼かれる光景を見るよりは100倍マシだ。
「このぉ!」
 依神が炎を突っ切ってキメラに迫る。
 炎に炙られたバハムートが高熱を帯び、依神の皮膚も焼けたが気にしていられない。
「うりゃあ!」
 依神は薙刀を振り上げ、炎を噴射口を斬り裂くと、刃を返して振り下ろし、糸の発射口も斬り裂く。
 その間にエシックは『活性化』で火傷を治しつつ繭を抱えてその場を離れ、建物の影で『キュア』を施して伊織の治療を始めた。


 A班とはキメラの逆側にいるB班は毒液と電撃に苦しめられていた。
 毒液は避けるのは容易いが、地面に落ちるとすぐに気化して毒霧になったため容易にキメラに近づけないのだ。
 そして電撃は避ける事が難しく、当たると感電して軽い麻痺を起こした。
「毒霧は俺がなんとかするから2人はその隙に仕掛けてくれ」
 新条は小夜子とつばめにそう告げると隠れていた建物から飛び出す。
 するとキメラが電撃を放ち、新条に直撃したが、新条は構わず進み、毒霧の手前でツーハンドソードを大きく振りかぶった。
「うりゃあ!」
 そして分厚い刀身で風を起こし、毒霧を舞い上げる。
「今だ!」
「はい!」
 新条が開けた毒霧の穴を通って小夜子とつばめがキメラに迫る。
 キメラは蟹にも蜘蛛にも似た節足を振り上げ、突き降ろしてきたが、つばめは身を翻して避け、
「勢っ!」
 そのまま隼風を薙ぎ払って一閃。甲殻にひびが入る。
「闘っ!」
 更に身を翻しつつ振りかぶった槍で袈裟切り。鱗が重なった様な箇所がバラバラに砕ける。
「破っ!」
 振り下ろした状態から手首を返して突き。つるりとした軟体部に抉れ、体液が噴き出した。
「甲殻部はダメージが薄いですね。やっぱり狙うなら軟体部か脆い部分でしょうか」

 一方、小夜子も節足を避けて跳躍すると、蝉時雨を毒液を発射口に突き入れた。
 発射口から毒液が噴き出して小夜子の右腕に掛かったが、小夜子は構わず刀を抉り、キメラの身体を蹴って飛び退る。
「くっ‥‥」
 地面に着地した小夜子は顔をしかめ、力が抜けて刀を取り落とした右腕を左手で掴む。
「小夜ちゃん!」
「‥平気です。これでもう毒液は使えませんよね。次は闇の発生器官を潰せればいいのですけど‥‥」
 小夜子は心配して駆けてきた新条に気丈に笑いかけると左手で刀を拾った。
 右手は酷く痛んで高熱を発し、身体にも倦怠感があるが、毒はいずれエミタが中和してくれるはずだ。
 そしてキメラに目を向けると、先ほど刀で貫いた辺りの肉がずるりと剥がれて地面に落ちた。
「あれは‥‥やはり後付けの部位なので衝撃で剥がれたのでしょうか?」
「それは分からないけれど、ダメージを受けているのは確かだ。このまま畳み掛けよう」
「はい」
「閃光弾いきます!」
 周防が再び閃光で闇を払うと、キメラは角に紫電を纏わせ電撃を放とうとする。
 しかし周防は角を狙撃して砕いて電撃を阻害し、更に節足の関節にも弾丸を撃ち込んで足を1本へし折った。
 そしてキメラがバランスを崩した隙に3人が懐に飛び込む。
 新条の大剣が軟体部を大きく切り裂き、小夜子の刀が体内深くまで突き入れられ、つばめの槍で放たれた『急所突き』が鱗を砕く。
 攻撃を繰り出すごとに皮膚が弾け、肉が裂け、体液が飛び散り、傷つきボロボロになった器官がキメラの身体から剥がれ落ちてゆく。
 すると歪だったキメラの身体の輪郭が徐々に整ってきた。
 まだ色々な器官が付随しているが、その体はしなやかな獣のソレだった。
「‥‥やっぱり、このキメラはガルムだ」
 つばめが確信する。

 オォォォーーン

 ガルムが始めて声を上げ、周囲に無数の真空刃を撃ち出し始める。
「やめろ! どんなに暴れたってお前の主人は還ってこないんだ! だからもう、そんなに苦しむな!」
 新条は裂傷を負いながらも接近し、大剣で節足を断ち、折れた足が宙を飛ぶ。
「先程は不覚を取りましたが、この一撃で‥終わりにします!」
 更に、エシックの『キュア』で拘束を解かれ、麻痺と毒の治療も受けた伊織が走り込んで『両断剣・絶』を一閃。
 パックリと切り開かれた傷口から血飛沫が上がり、どろりと内蔵がはみ出す。
 もちろん伊織は一閃した後すぐに距離を取っている。
「お前の役目は終わってる‥いい加減眠れ!」
 そして周防が血と内臓にまみれたガルムの頭に狙いを定めて引き金を引く。
 しかし、不意にガルムの身を浮き上がり、銃弾が外れた。
「飛んだ!?」
 見ると地面には大量の肉塊が残されており、ガルムはスマートになった身で背中から生えた鳥と虫の羽を使って飛んでいた。
「余分な肉が取れて軽くなったんだ」
「雷撃‥‥」
 依神は長弓「フレイヤ」を引き絞って矢を放ち、沁が電磁波を放ったがガルムはヒラリと避け、火弾と真空刃を乱射してくる。
「どうにかして地面に下ろさないと‥‥」
 周防は羽を狙撃して穴を穿ったが、揚力を奪うほどの傷は負わせられない。
「小夜子!」
「はい!」
 新条の合図で小夜子が新条の大剣に飛び乗り、
「でぇぇい!」
 新条が力任せに小夜子を空に放り上げる。
 そうして宙を舞い、ガルムの背中に飛び乗った小夜子は刀を一閃させて全ての羽を散らす。
「貴方が相手では、小野塚さんを看取った彼女は優しすぎてきっと戦う事が出来ないから‥私が替わりに」
 そして小夜子は祈る様に刀を構え、ガルムの心臓を刺し貫いた。

 ウオォォォーー!!

 ガルムは雄たけびをあげながら地面に落下。
 激突の直前に小夜子は離脱して新条に抱き止められる。

 グルルル‥‥

 心臓を潰され、地面に激突して四肢が砕かれてもガルムはまだ生きていた。
 そして何処か虚空に見据え、低い鳴き声を漏らす。
「もしかして、ワニキアや愛子ちゃん探してるの‥?」
 依神にはその姿が誰かを探しているように見えた。
 だがガルムの息は徐々に荒くなり、苦鳴を漏らしだす。
「‥‥もう良いんだよ、ガルム」
「向こうで‥‥もし、小野塚さんに会えたら。『助けられなくてごめんなさい』って――伝えてくれますか‥‥?」
 依神はガルムの瞳を閉ざし、つばめがその命を刈り取ったのだった。





 作戦終了後、周防は『蘇生術』で出来る限り怪我人を治療した後にガルムの元に向かうと、沁が電撃の発生器官だった銀色の角を採取していた。
(「コレクションでしょうか?」)
 周防はそう思って邪魔はせず、自分も死体から爪と毛の一部を採取する。

 そして後日、小野塚 愛子の死んだ場所の近くにそれを埋めた。
 死んでいった、少なくとも自分は好敵手だと思っていた相手への、せめてもの手向けとして。
「まぁ‥ワニキアはあっちで一人でもやってけそうですが、小野塚さんは少々さみしいんではないかと思いましてね」
 周防は自嘲気味に笑うと、墓碑のない小さな墓に背を向けたのだった。