●リプレイ本文
●女子更衣室
「まさか、仲居さんの真似事をする事になるなんて、依頼を受けた時には思いもしませんでしたね」
乾 幸香(
ga8460)が宿で借りたお仕着せの着物に着替えながら苦笑する。
「まあ、浴衣以外の着物を着る機会なんて滅多にある事じゃありませんから、気分を変えるのにはいいですよね」
髪も綺麗にうなじが出るようにアップにまとめた幸香が鏡で自分の格好を確かめる。
「そうですね。それに温泉旅館の仲居さんって、一度はやってみたいものですよね」
そう言う水無月 春奈(
gb4000)は風呂掃除で汚れても良いよう、今は白Tシャツとパンツに浴衣を羽織っただけの軽装だ。
「はい。たまにはこの様なお仕事も良い、ですよね」
普段から巫女服をよく着ているため和服に慣れている石動 小夜子(
ga0121)が微笑む。
そんな小夜子の後ろに忍び寄る影が‥‥。
「取った〜!」
弓亜 石榴(
ga0468)が素早く小夜子の帯を解く。
「弓亜さん! 何を?」
「よいではないかよいではないか〜♪」
「あーれ〜〜」
帯を引っ張られた小夜子がその場でくるくる回り、しなだれる様に崩れ落ちる。
いわゆる『御代官様ごっこ』だ。
「2人とも‥何やってるんですか‥‥」
リサ・クラウドマン(gz0084)が呆れ顔で2人を見る。
「いやホラ、こーゆーのって一度は経験してみたいかなーと」
石榴がまったく悪びれた様子もなく答える。
「弓亜さんに乗せられてしまってつい‥‥」
小夜子は恥ずかしそうに赤くなった頬を押さえた。
「さあ、遊ぶのはこれぐらいにして、依頼主の女将さんの顔に泥を塗るようなまねだけはしないようにがんばりましょう」
女性陣は幸香の言葉で気持ちを切り替えると更衣室を後にした。
●客間掃除
「いいですか? 掃除の基本は高いところから低いところへ、箒やハタキを使って埃を舞い散らせるよりも、拭いた方が綺麗になるのです。もちろん窓を開けて風向きも考えましょうね。ほら、部屋が綺麗になると心も洗われるようでしょう?」
客間の掃除は昂宮榎乃(
gc4849)が率先して実演を行っていた。
「洋服やリネンなどを片付けるときも、折り目や縫い目に気を配ると綺麗になりますよ」
「なるほど‥ありがとうございます。後は教えていただいた通りにこなして行けるでしょうか?」
「そうだね。コレは一回覚えれば後は同じ作業の繰り返しだもんね」
小夜子の疑問に石榴が答える。
「では、わたしと昂宮さんはこの1の間から掃除を始めますから、石動さんと弓亜さんは14の間からお願いしますね」
「分かりました」
「じゃ、手早くヤッちゃおう、石動さん」
石榴が小夜子を伴って部屋から出てゆく。
「それでは始めましょうか」
「えぇ。ここは家族が使う部屋だし、特に念入りに落ちがないようにしないといけないですね」
「なら、私は子供達のためにお菓子を置いておきましょうか。子供っていいですよねぇ、ふふふ」
手分けして掃除を始めた4人は榎乃の指導もあってか予定よりも早く全ての部屋の掃除を終えたのだった。
●風呂掃除
「まぁ、変な物はないと思いますけど、一応男女で分かれて掃除しましょうか」
春奈の提案で、男湯は新条 拓那(
ga1294)とリヴァル・クロウ(
gb2337)が、女湯は春奈とリサで掃除する事になった。
「うわぁー広いですねぇ‥‥。これって2人でやって終わるんでしょうか?」
「まぁ、後で客間係の人達も手伝いに来てくれるでしょうし、それまでやれるだけやっておきましょう」
リサと春奈はそう示し合わせて掃除を始めた。
「露天♪ 温泉♪ かけ流し〜♪」
春奈が鼻歌を口ずさみながらデッキブラシでタイルを擦る。
「ふふっ、なんですかその歌」
「即興で作った温泉の歌ですよ。ぽかぽかあったか良い気持ち〜♪」
くすくすと笑うリサに笑顔で答えて続きを歌う春奈。
そうしてほのぼのやっていた2人だが、もちろん掃除ははかどらない。
「さすがにちょっとペースを上げましょうか」
「そうですね。とりゃーー!!」
春奈が気合いを入れて露天風呂を囲っている岩を磨き始める。
でも気合いを入れすぎたのかブラシが岩を滑った。
「あ!」
とっさに踏ん張ろうとしたら、今度は足がつるん。
「え? キャーー!!」
完全にバランス崩した春奈は湯船にドボーンと落っこちたのだった。
「春奈さん! 大丈夫ですか?」
「ん〜、びしょびしょです〜」
春奈は全身から湯を滴らせて情けない表情をリサに向けた。
「結構広いなぁ〜。ぱぱっとやらないとこれ、風呂入りながら掃除する羽目になったり‥なんてね」
新条がデッキブラシ片手に広々とした内風呂を眺めて苦笑するが、実は笑い事ではない。内風呂だけでも30人は楽に入れる広さがあるのだ。
「露天風呂、内風呂、水周りの順で掃除し、各備品の補充した後。脱衣所清掃を行おう」
「分かった。その手順でいこう」
だが露天風呂も20人近くが入れる広さがあり、周囲の庭園も結構な広さだった。
「あはは、外も広いねぇ〜」
新条が乾いた笑い声をあげる。
「‥‥とにかく始めよう」
周囲の掃き掃除をし、湯を抜いた湯船の中にブラシを掛け、風呂周りの岩を磨き、露天風呂の掃除は終わったが‥
「こ、腰が‥‥」
「ひ、広すぎる‥‥」
慣れない仕事で2人は既にヘトヘトになっていた。
なにしろキメラ退治の後に更に重労働しているのだ。疲れない方がおかしい。
「次は外より広い内風呂かぁ‥‥」
新条が思わず弱音を漏らした。
「このペースではリサを手伝うどころか3時に終わるかさえ怪しく‥‥」
「いや、ここでくじけちゃダメだよリヴァルくん。今は終わると信じて頑張ろう!」
「そうだな‥。やるか!」
2人は互いに励ましあって内風呂の掃除を始め、半分が済んだ頃
「客間の掃除は終わったんですけど、何か手伝える事ありますか?」
榎乃が手伝いに来てくれた。
この時、2人には榎乃の背中に後光が見えたという。
「すまん、備品の補充と脱衣所の清掃を頼む」
「はい、分かりました」
「ありがとう榎乃くん! ホント助かるよー」
「ははっ、任せてください」
2人は心の底から榎乃に感謝し、3人でどうにか3時までに掃除を終わらせたのだった。
●夕食
男性陣が夕食の間に来ると、女性陣が先に座って待っていた。
「やぁ、お疲れ様。そっちはどうだった? はは、こっちは大変だったよ」
「こっちも大変だったよ。でも時間内に終わったし、これなら夕食を堪能する時間があるかなー」
「ふふ‥一足先に食事が出来るなんて、何だかお得な気分、ですね。どんなお料理が出るのか、ちょっと気になります‥」
疲れ顔で声をかけてきた新条に石榴と小夜子が答える。
「リサ、お疲れ様。風呂掃除は大変だっただろう」
リヴァルがリサの隣りを確保して話しかける。
「えぇ、ホントに大変で‥‥。でも途中から客室掃除係の3人にも手伝って貰えましたから」
「でも5人でも大変でしたよね。普段は泊まりに来るだけですから、お仕事とはいえ、こういう準備を毎日こなしている旅館の人にはやっぱり頭が下がりますね」
リサの言葉を受けて幸香が素直な感想を述べる。
そうして雑談をしていると襖が開き、一同の前に夕食が運ばれてきた。
「わぁー! 豪勢〜♪ じゃ、早速いただきまーす」
石榴の感嘆の声を合図に、ちょっと早めの夕食が始まった。
「綺麗に作られているな」
「はい。美味しいだけじゃなくて、前菜も御造りも作りが凝ってて凄く綺麗です」
リヴァルとリサが料理に出来栄えに感心する。
「これだけおいしい食事なら、宴会の席でお酒と一緒に頂けたらもっと美味しかったんでしょうね。ちょっと残念です」
幸香が仕事が控えているのでお酒を呑めない事を残念がる。
「このお鍋、鶏肉も野菜も美味しいけど、何よりこの出汁が最高だね♪」
「ホント美味いよね。味噌ダレ‥でもないし、何だろ?」
石榴がパクパクと鍋をつつき、新条が出汁の味に首を捻る。
「レシピを伺いたいところですけれど、こういうのって秘伝だったりするのでしょうかね?」
「味と見た目と食感から材料や作り方はある程度想像できますけど‥‥。やっぱり忠実に再現したいですから、レシピは教えて貰いたい、ですね」
作り方に興味がある榎乃と小夜子は後で板長に尋ねる事にした。
「デザートはマンゴープリンですか。ん〜、これも美味しいです。やっぱりプロの料理は一味違いますね」
全ての料理に舌鼓を打った春奈が満足顔を浮かべる。
全ての料理が残さず食され、全員のお腹と心が幸せに満たされて楽しい夕食は終わりを告げた。
●宴席
会社の慰安旅行組の宴会場の前で石榴、新条、リヴァル、春奈が御膳を持って待っていると、襖の向こうから女将の挨拶が聞こえてきた。
「絡まれないコツはさっと持っていって、出して、下がる。如何に絡む間を潰すかが勝負だ」
「そうだね。後は料理をひっくり返さないようにするのと、お客さんの前での作法に気をつけてれば大丈夫だよ。もし酔ってセクハラしてくるお客が居ても、まあその場は笑って納めて、後で素敵なコトを起してあげればいいから♪」
その間にリヴァルと石榴がアドバイスをする。
そして宴会が始まり、4人でテキパキと料理を運ぶ。
「こちら、次のお料理です。さっき自分たちも頂きましたが、中々の味ですよ。堪能していって下さいね」
更に客の要望に応じて各種の酒も渡していった。
比較的行儀の良い客層であったため仕事は順調に進んだ。
ただ、変装せずに仲居をしていた春奈をIMPだと見抜いた客がいて騒ぎになりかけたが
「し〜っ。今日はそっちのお仕事じゃないので、内緒です」
可愛い仕草と笑顔でその客を黙らせ、後でこっそり握手とサインをする約束をして事なきを得ていた。
家族旅行組の担当は小夜子、幸香、榎乃、リサ。
10代の子供が2人いる家族が二組そろった食卓は想像以上に賑やかだったが、面倒事は起こらず仕事は順調に進んだ。
(「ふふ‥仲睦まじくて羨ましい、です。私もいつか、幸せな家庭を築くのでしょうか‥‥」)
小夜子は目の前の団欒から自分と新条の未来図を夢想して顔を赤らめる。
「このお鍋の野菜ってここで採られた物なのかしら?」
「はい。全てこの土地で採れた季節の野菜を使用しております」
「じゃあこのお出汁は?」
「それは昆布と鶏がらの出汁に秘伝のタレと味噌を‥」
夫人達からの質問に幸香が板長から聞いておいた知識で丁寧に答えてゆく。
「ねぇお兄ちゃん、プリンもうないの?」
「ごめんね、プリンはもうないんだ。でも代わりにチョコあげるね」
榎乃はプリンをねだってきた子供にチョコを上げた。
弟・妹持ちで長男の榎乃は小さな子供が可愛くって仕方がないのだ。
(「ふふ、可愛いですね。この戦いの世の中、家族そろって旅行だなんて‥。楽しんでいってくださると嬉しいですけれど」)
そして宴会も無事終わり、後片付けも済ませると傭兵達にもう仕事は残っていない。
そう、待望の自由時間になったのだ。
●温泉
仕事が終わってすぐ新条は榎乃に卓球に誘われたため、新条と相部屋になった小夜子は部屋で一人ドキドキしていた。
(「二人で眠るなんて初めてですし、緊張します‥。あ、お布団はきちんと離して休みましょう、ね‥」)
そして、ぴったり並んでいた布団をずらそうとした時
「石動さん、お風呂行こー♪」
「キャ!!」
いきなり現れた石榴に驚き、心臓を跳ね上げた。
「えっ? ぁ、はい! 温泉ですね。はい、すぐ、準備します」
小夜子は羞恥で顔を赤らめて焦りながらも風呂道具を用意する。
「そうそう、女将さんが女湯は壊れちゃったから男湯を臨時で女湯にしてるって言ってたよ」
「そうなんですか?」
女湯には【点検中】と書かれた(偽の)看板が掛かっていたので、小夜子は騙されて男湯に入る。
「あ、忘れ物しちゃった。石動さんは先に入ってて」
そう言って石榴は脱衣所を抜けだし、小夜子だけを温泉に入れた。
そして小夜子の荷物を持ち出し、看板を外して物陰に隠れる。
程なくして榎乃が新条を連れて男湯に入っていった。
そしてすぐに榎乃だけ出てきて石榴と合流する。
「ありがと昂宮さん。グッドタイミングだったよ♪」
「このぐらいお安いご用です♪」
榎乃と石榴は互いに親指を立て、とってもいい笑顔を浮かべる。
そう、石榴と榎乃は新条と小夜子を混浴させようと企んでいたのだ。
その頃内風呂では
「さ、小夜ちゃん!?」
「え? 拓那さん!?」
新条と小夜子が目を丸くして驚き合っていた。
「あの‥弓亜さんは‥」
と尋ねたところで事の真相が判明する。
「また石榴ちゃんの仕業か‥」
「そうみたい、ですね」
2人で苦笑を浮かべ合う。
「えぇ〜と‥‥入ってもいいかな?」
「は‥はい。でも‥あまり、こちらを見ないようお願いします‥‥」
「うん」
新条がゆっくり小夜子の隣りに浸かる。
「‥‥ここって湯船が広くていいよね」
「はい‥。手足を伸ばして浸かれるのは久々ですもの‥ゆっくり出来ますね」
最初は緊張していた2人だが話をしている間に緊張もほぐれてきた。
「拓那さんもお疲れですよね。あの‥‥お背中、流ししましょうか‥‥」
そのためか小夜子が大胆な申し出をしてくれた。
「えっ? それじゃあ‥‥お願いしようかな」
新条は恐縮しながらも小夜子の好意を受け、2人で普段はできないスキンシップを行ったのだった。
一方、春奈はリサを酒で酔わせてリヴァルと混浴させようと企み、酒瓶を持ってリサの部屋を訪れたのだが
「リサさん、美味しい地酒を貰ったんで飲‥あれ?」
部屋には誰もいなかった。
その頃リサはリヴァルと一緒に売店で土産物を見ていた。
「キメラ退治に仲居の仕事と、慌しい一日だったな」
「そうですね。でも一人の休日のはずがリヴァルさんと過ごせる休日になりましたから、ちょっとキメラに感謝です」
「だったら‥‥今度二人でまた来るか」
「‥はい」
リヴァルが少し照れながら誘うとリサも照れながら頷き、手を握ってきた。
「きっとリヴァルさんですね。せっかくリサさんと混浴できたのに、間の悪い人ですね〜。でもいないのなら仕方ないです」
やや拍子抜けした春奈が露天風呂に行くと、脱衣所に幸香がいた。
「あ、水無月さんも今からお風呂で‥‥」
幸香の目が春奈の持つ酒瓶に向けられる。
「水無月さん‥まさか未成年なのに温泉に浸かりながら飲むつもりですか?」
「あ! こ、これは違いますよ。あの‥‥よかったら乾さん飲みます?」
春奈がリサに飲ませる予定だった酒瓶を幸香に差し出す。
「え? えぇ〜と‥‥じゃ、遠慮なく」
幸香は少し迷ったものの、酒は嫌いではないので貰う事にした。
「ふぅ〜‥‥やっぱり温泉はいいですね。日頃の疲れもこれで吹っ飛びそうです」
「ん〜‥‥ホントにいい湯です。それに良い星空ですね〜」
そして温泉に浸かった2人は手足を伸ばして全身で湯の熱さを感じ、空を仰いで湯煙に煙る夜空を眺め、日頃の疲れを癒したのだった。