●リプレイ本文
潮の香りが漂い、海辺へ、港町へと赴いている事を実感する。
おりしも今日は晴れ。快晴の蒼天の下、牧歌的で長閑さすら感じる漁村と学校の校舎とが、訪問した能力者たちの目前に広がっていた。
が、能力者たちは、目前の長閑さはかりそめに過ぎないことを知っていた。あの校舎にて、憎むべきキメラが兵士たちを惨殺した。そしておそらく、キメラはこの周辺にひそみ、新たな得物を狙わんと隠れている。
その事を思い出し、ミア・エルミナール(
ga0741)は気を引き締めた。
「まったく、地元民にとっちゃあ迷惑な話だ」
「ええ、本当にそうですね」ミアの隣に立つ、美しき金髪と紫水晶のような瞳の美女が、彼女の言葉に相槌を打った。美女の名は、クラリッサ・メディスン(
ga0853)。
「現時点で被害の拡大を防ぎませんと、どれくらいの被害が出るか分かりませんものね。これは早急に片付けなくてはいけませんわ」
「まったくざます。しかも学び舎で殺人を行うなど、子供の教育に良くないざますね」
いささか個性的な語尾とともに、キャル・キャニオン(
ga4952)は憤慨した。ブラウンの髪と整った顔立ちが、育ちのよさを連想させる。
「さて、それじゃあ‥‥ここからは打ち合わせ通りに行くぜ」
落ち着いた、大人の男の声。声の主は、それにふさわしい姿の男だった。長身でたくましい体躯と、強面の顔。しかし小ぎれいな服装をしているせいか、彼からは粗野で不潔なイメージはほとんど伝わらないし感じさせない。
「まずは、校庭と学校周辺を調査。そしてその後に、二班に分かれて校舎内と外周を調査。間違いないな?」
木場・純平(
ga3277)の言葉に、仲間の開拓者たちはうなずいた。
太陽が照りつけ、青空には雲が静かに流れている。
校舎周辺と校庭には、取り立てて何も発見はされなかった。いや、あるにはあったが、それはキメラがいかに残酷かを示すためのものでしかなく、キメラそのものの現在位置を知らせるものではない。
かくして一行は、作戦通りに二班に別れ、調査を続行していた。
そのうちの片方‥‥外周調査班は、木場とキャルの他に三人。
「‥‥どうやら、足跡の様子から、国道ぞいの商店街に向かったと見て間違いなさそうですね」
ダークファイターの美青年、抹竹(
gb1405)
「こちら外周班です‥‥ええ、キメラらしき痕跡を発見しました。これより商店街に向かいます」
世話好き、几帳面なフェンサー、ハミル・ジャウザール(
gb4773)。
「どうやら、少なくとも一匹はこっちには潜んでいる、か。腕が鳴りますね、水滸伝の武松の様にブッ飛ばすとしましょうか」
金髪のフリーターにしてグラップラー、五十嵐 八九十(
gb7911)。
「ああ。ぶっ飛ばしてやろう。だが、虎型キメラ以外にも何かが潜んでいるかもしれない。警戒を怠るなよ」
五十嵐へと、同じグラップラーの木場が言葉をかける。
「すでに、校門の施錠は完了したざますよ。ではみなさん‥‥行くざます」
キャルが促し‥‥五人は歩き出した。
「ええ、わかったわ。あたしたちは引き続き、校舎内を探索する。それじゃ、気をつけて。交信終了(オーバー)‥‥ハミルさんたちは、海岸通りぞいの商店街に向かうそうよ」
ハミルからの連絡を、ミアはトランシーバーで受けていた。
「じゃあ、私たちも調査を続けましょう」と、クラリッサ。
こちら校舎調査班もまた、ミアとクラリッサの他に三人。
「それにしても‥‥学校とはまた、面倒な場所に陣取られたものです」
長く美しい黒髪を持つ、狐面を付けた隻眼の美少女。水雲 紫(
gb0709)。彼女は時折面をはずし、空気そのものを感じ取るかのように周囲を仰ぐ。その片目には、痛々しい傷痕が残されていた。
しかし、今は黒髪が金髪と化していた。金髪の周辺には、漆黒の「蝶」が舞っている。何かを訴えかけるかのように、あるいは誘うかのように、黒蝶はひらりひらりと宙を舞っていた。
「‥‥今のところ、特に変わった様子はなさそうですね」
今の彼女は、罠や待ち伏せを見破る力が強まっている。「探査の眼」が発動しているのだ。
「一階には、隠れてないのかしら」
そんな水雲の言葉に相槌を打つのは、クラリッサもかくやの金髪と、緑宝石の瞳を持つ美少女。小柄ながら、たおやかな雰囲気をかもし出している。
少女の名は、シャーリィ・アッシュ(
gb1884)。彼女は、全身にAU−KV「ミカエル」を着込んでいた。
「どうやら、居なさそうね。二階に上がりましょう」
「ちっ、厄介なキメラだぜ。かくれんぼでもしているつもりかよ」
嵐 一人(
gb1968)、女性とも身間違えられそうな整った顔つきと、長い髪の熱血漢。彼もまた、シャーリィと同じように、「リンドヴルム」という名のAU−KVを着込んでいる。
きわめてクールに努めつつ、彼は探すべき敵の姿を追い求めた。
「まあいい。すぐに追い詰めてやるぜ、トラ野朗!」
道路には、当然ながら人影も、通る車の姿も無い。
が、ここには現在も新たな何かが訪れ、死をもたらしている。
五人は、商店街の周辺を散開し、調査を続けていた。まだ新しい血痕、そして、まだ新しい、野良猫と思われる獣の死体を発見していた。
「少なくとも、奴の一体はここにいるはず‥‥どこ? どこにいる?」
シャッターが下りた民家の中をのぞきこむ抹竹。手の十手刀が、妙に頼りなく感じてしまう。
「こちらハミル、今のところ異常ありません」
抹竹のすぐ近くで、ハミルがトランシーバーで連絡を取った。
「‥‥ここはクリアのようです。次に行きましょう、抹竹さん」
ハミルがそう言おうとした、次の瞬間。
『出た! キメラだ!』
五十嵐の声が、トランシーバー越しに聞こえてきた。
「!‥‥いますね。あのあたり‥‥かなぁ、と思います」
水雲が、曖昧な言葉でミアへと伝える。B階段の陰からそっと覗くと、その視線の先には、何かの大きな影が見え‥‥そして消えた。
校舎内の探索を受け持つ五人は、校舎の端にあるB階段から二階へと上がっていた。A階段は、図書室のすぐ近くへと続いているため、もしもそこにキメラが陣取っていたら危険だろう‥‥と、考えての事だった。
が、二階に上がったとたんに、臭いが強まった。校舎内に漂う死の臭いが、死臭がきつくなったのだ。
それとともに、水雲の「探査の眼」が捉えたのだ。討つべき、敵の存在を。
それは二階奥、図書室の近くにあるA階段付近から聞こえてくる。B階段の影に隠れつつ、ミア、そして仲間たちは、足音の主が階上へと上がっていくのを見た。
「気づかれて、いないようですね」と、小声で言うクラリッサ。
「どうします? このまま三階にあがって、攻撃しますか?」
「ああ、俺はその意見に賛成だ。とっととぶっ飛ばしちまおうぜ!」
同じく小声で、シャーリーと嵐が提案した。
が、その提案に返答しようかとしたミアだが。
『こちら木場! キメラを発見、交戦中だ! 注意しろ!』
トランシーバーから、外周班からの連絡が来たのだ。
「!」
そして、それを聞きつけたかのように。
B階段の三階へ続く踊り場へ、死の牙を持つ獣が降り立った!
「くそっ! なんてデカイやつだ!」
木場はぼやいた。穴の開いたシャッターが降りているスーパー、そこに入りこもうとした矢先に、そいつ‥‥サーベルタイガーが、中からとび出してきたのだ。
そして、そいつの瞬発力は驚異的だった。巨大トラのようなキメラ。そいつの口から飛び出した鋭い牙は、サーベルタイガーのそれを彷彿とさせる。そいつは、唸り声とともに木場に飛び掛った。
素早い、まるで瞬間移動したかのように、一瞬で間合いを詰めて来た。かわしきれない、木場がそう思った次の瞬間。
「はあっ!」
キャルのアサルトライフルの掃射が、キメラへと襲い掛かる。すんでのところで、木場は後方へと転がり‥‥戦闘態勢をとった。キメラもまた、側面に被弾。後方へと下がり距離をとる。
木場は、グローブをはめた両手を握り締めた。感触が、頼もしいそれに変わる。
「木場さん、援護はまかせるざますよ!」キャルもまた、頼もしく木場へと言い放った。
「ああ、頼む!」
刹那、木場は瞬天速でキメラへと間合いを詰めた。
「!?」
明らかに、キメラの顔に驚愕の表情が浮かんだ。
明らかに、キメラの顔には嘲笑が浮かんでいた。
「来やがれ! 酒の切れた酔っ払いは強ぇぞッ!」
その顔と相対していた五十嵐だが、彼もまた挑むようにニヤリとする。こいつが、商店街の奥まった場所からいきなり出てきたので、彼は距離をとろうと後ずさったのだ。
が、キメラは驚くべきスピードで駆け寄り、跳躍し、五十嵐の後方へと降り立った。追い詰められたのが、追い詰めた状況になったわけだ。
両側面は壁と店舗。空を飛ぶかハイジャンプでもしない限り、逃れる術はない。
鼠を追い詰めた猫のように、キメラはにじり寄ってきた。襲い掛かろうと、身体をしならせた次の瞬間。
「おや‥‥おいでなすってやがるじゃねえか!」
言葉とともに、強烈な弾丸の一撃が、キメラの背中から襲い掛かり、突き刺さった。
両手に拳銃・ラグエルとバラキエルを構えた抹竹の姿が、そこにはあった。
その後ろには、クロックギアソードを携えたハミルもいる。
そう、一人だけならばやられていただろう。だが、今は仲間がいる!
「虎退治、開始といきますか!」
ニーズへッグファング、二本の爪を持つ武器を手に、五十嵐はキメラへと襲い掛かった!
威嚇するように、キメラは咆哮していた。
が、五人は散開してキメラの襲撃をかわすと、教室へと入り込み、数秒で戦いの体勢をとった。
ミアの武器は、戦斧ダバール。クラリッサはエネルギーガンを、水雲は直刀・月詠と、盾扇とを手にしている。
AU−KVを着たシャーリィの武器は、長大なバスタードソード。同じくAU−KVを着た嵐もまた剣を抜き、構えていた。
「天剣ラジエル、この鋭さと恐ろしさを、身をもって教えてやるぜ!」
教室内へと入り込んだキメラを囲み、嵐は挑むように言い放つ。
既に、クラリッサは味方の武器に練成強化を施していた。これで、かなり状況は有利になっていた。
が、囲まれてはいたが、キメラもまた油断無く周囲の五人を見据え‥‥水雲へ狙いを定め、飛び掛った!
「!」
避けきる暇も無かった。水雲は押し倒され、その喉笛へと牙を突き立てられ‥‥そうになった。
ガッ。
硬い音が、教室内に響く。すでに彼女の身体は、自身障壁により硬化し、防御力が高まっていたのだ。
「キメラにっ‥‥押し倒される趣味はないんです‥‥よっ!」
噛み付かれる前に、彼女の武器がキメラの脇腹に深く貫通し、肉を切り裂いていた。
それだけでなく、接近した他の能力者たちが、次々に攻撃を仕掛けてきたのだ。
「彼女からっ‥‥離れなさいっ!」
竜の咆哮、シャーリィの放った力が、巨体のキメラを弾き飛ばした。
シャーリィの攻撃が強烈な事もあったが、クラリッサはキメラへと練成弱体をしかけておいた。弾かれた獣は教室内を派手に転がり、壁にぶち当たって動きを止めた。
なんとか体勢を立て直し、キメラは立ち上がった。が、既に嵐によるラジエルの一撃が、その身体を深く切り裂く。
キメラは咆哮し、反撃せんと爪と牙で襲い掛かった。が、そこにミアの攻撃が来る。
「はーっ!」
タバールによる流し切り、ミアの一撃が決まったのだ。致命傷を負ったキメラは反撃せんとするが、それまでだった。
「これで‥‥とどめ!」
紅蓮衝撃による、ミアの最後の攻撃。それが、キメラの邪悪な命をも切り裂いた。
「限界‥‥突破!」
キメラに組み付いた木場は、そいつの喉元へ拳を叩き込んだ。
キャルは油断無く、その様子を見ている。少しでも木場をサポートし、そして可能ならば更なるダメージをキメラに与えんとしていたのだ。
覚醒し、さらなる力を発揮する木場。鋼鉄の腕と指とが、キメラの喉笛を締め付ける。キメラは泡を吹き、苦しそうなうめき声を上げた。彼の両手にはめたグローブ、クラッチャーは、十分にそのパワーを開放していた。
それでも、キメラは死力を振り絞り、なんとか木場を振り払う。が、すかさずキャルのライフルより弾丸が放たれた!
弾丸がキメラの身体を貫き、そして命までをも貫いた。苦しげな声を上げつつ、キメラは倒れ‥‥動かなくなった。
抹竹とハミルは前から、五十嵐は後ろから、それぞれキメラを挟み込み、じりじりと接近していく。
吼えて威嚇し、何とか接近を阻もうとするキメラ。そいつがハミルに目標を定め、飛びかかるのと、ハミルが疾風で駆け出すのとは同時だった。
キメラの牙と爪、ハミルの剣とが交差し、互いに鋭き切っ先で切り裂かんとする。剣でその攻撃を受け止めたハミルだが、それでも重たい一撃は彼の手をしびれさせた。
「一気に畳むとしますか‥‥そちらの動きに合わせます!」不敵に微笑みながら、五十嵐は二人へと目配せした。
「了解!」
「行きます‥‥」
それに答える、ハミルと抹竹。そして、同じタイミングで駆け出した。
瞬天足にて走りこんだ五十嵐は、キメラへと急所突きを放つ! クローがキメラの身体を貫くと同時に、迅雷にて駆け込んだハミルが、回転しつつ切り込む!
円閃の一撃は、キメラの前足を切断した。
「悪いな、こう見えても接近戦が本職なんだよ!」
とどめが、抹竹のラグエルとバラキエルから放たれた! 両断剣、エミタが活性化した、赤く輝く二丁拳銃より発射された弾丸。それらがキメラの命を打ち抜き、三途の川へと叩き込んだのだ。
断末魔の声とともに、最後のキメラは果てた。
「皆、本当にありがとう。感謝する」
三体のキメラを倒した後、更なる調査が行われた。が、キメラの姿は発見されず、任務完了となった。
死体や後始末は、処理班が行う事になっている。そして坂本は、全てが終わった後で、皆をささやかな宴に招待した。犠牲者を弔うためにと、酒盛りに付き合って欲しいと願い出たのだ。
かくして能力者たちは、坂本とともに酒を飲み、犠牲者たちを悼んだ。
「にしても、お前さんはいい飲みっぷりだな」
五十嵐は、遠慮なく酒をぐいぐいやっている。水のように飲み干す彼の様子を見て、坂本は呆れつつも感心していた。
「いやあ、酒は俺の友ですからね。坂本さんもどうぞ」
「ああ、これはすまん‥‥おっとっと」
五十嵐が注いだ酒を、坂本もまた飲み干す。
「トラ退治した大酒飲みなだけに、まさに『大トラのあんちゃん』だな。さ、もっと飲んでくれ。お前さんも、みんなもな」
その晩、宴は深夜まで続いた。
飲みつつ、皆は思った。
弔いの酒盛り、このような事を起こさないように、バグアのキメラを殲滅すると。バグアを地球から、退散させようと。