●リプレイ本文
枕崎市・坊岬沖。
どこまでも続く大海原。美しい青色が広がっている。
その青色のどこかに、深遠に何かが潜む。その名はバグアの、ヘルメットワーム。
しかし、それに挑戦する八名の勇士がいた。彼らはナイトフォーゲルという名の翼に乗り、深海を進軍する名状しがたき海の怪物を探り出し、必要ならばそれを叩く。
「こちらA班、篠崎 公司(
ga2413)。各機応答せよ」
「ジュエル・ヴァレンタイン(
ga1634)、感度良好!」
ナイトフォーゲルRN/SS−001リヴァイアサンを駆る、戦士二名。
「B班、ファルル・キーリア(
ga4815)。同じく感度良好」
「アーク・ウイング(
gb4432)、聞こえてます」
「イーリス・立花(
gb6709)、感度良し」
金髪の女性スナイパー、小さなサイエンティスト少女、日独ハーフの女性傭兵で構成された別働隊が、返答してきた。
彼女たちの乗機はそれぞれ、ナイトフォーゲルKF−14改、RN/SS−001リヴァイアサン、RB−196ビーストソウル。それら鋼鉄の力は、やはり剣のように海原を切り裂き、深遠に潜む悪魔を探さんとしていた。
「C班、三島玲奈(
ga3848)。聞こえてるわ」
「赤崎羽矢子(
gb2140)、聞こえてます」
「鯨井昼寝(
ga0488)、同じく」
RN/SS−001リヴァイアサンを駆る猛きグラップラー、GF−Mアルバトロスに乗り込んでいる陽気なスナイパー、同じくGF−Mアルバトロスを愛機とする赤髪のビーストマン。やはり三名の女性で構成された別働隊。
これら三班は、各々のナイトフォーゲルに搭乗し、水中を進んでいた。探す相手はバグア、挑む相手はヘルメットワーム。
「A班の方は今のところ異常は無い。そちらはどうか?」
篠崎の問いに、B班のアークとC班の赤崎から応答が来る。
「B班も同じですねえ。この地点は、次に爆発するだろう海域のはずですから、可能性は高いと思ったんですけど」
「C班も、今のところ収穫はゼロ。海底の足跡や、爆発した痕跡は発見したけど、手がかりらしきものはまだ発見してないわ」
「了解した、くれぐれも連絡を絶やさないように。こちらも何か発見したら、すぐに連絡する。交信終了(オーバー)」
通信を切り、彼は少しだけ気を緩ませ‥‥そして、気を引き締めた。
「計測器の投下、および設置は完了したぜ。今んとこは異常ナシだ!」
ジュエルの声が通信機より伝わってくる。
「それより篠崎、あんたはこのAMOやら、幽霊船弾とやらを知ってるんだろう? 今回も、バグアがそいつらを使った破壊工作だと思うのか?」
「ええ、その可能性は高いと思われます。ただ‥‥」
「ただ?」
「問題は、それが何か、だけではなく、それを用いて何をするかです」
陽動か、何かを海底に仕掛けるためか、あるいは仕掛けた何かを隠蔽するためか。
この、自爆するヘルメットワームが、なぜこんな事をするのか。それを見抜かぬことには‥‥おそらく解決はしないだろう。
「‥‥見抜いて、みせます」
バグアが何をたくらんでいようと、それを止めてみせよう。篠崎の決意が、言葉となってコックピット内に響いた。
「今のところ、異常は無しっと‥‥」
B班、周辺を探索したファルルは、一息ついた。
「何か目論見があるのか、それとも単なる陽動なのか。今のところ何も分からないけど、このまま済ませることは絶対にできないからね。何としてでもバグアの目的を明らかにしないと」
と言うアークの言葉が、コックピット内に響く。B班が受け持った周辺の海域、およびその海底には、全くと言ってよいほどに何も無かった。
「通過点と目される場所にも、何も無かったですね。‥‥バグアの目的、一体何なんでしょう」
アークに続き、ため息をつくイーリスの声が響いてくる。
現在、ソナーにも何の反応が無い。
「ファルルさん、アークさん。バグアの今回の目的‥‥どう思います?」
イーリスが、続けて問いかけてきた。
「そうね‥‥現時点では、別の目的があって、カモフラージュのために爆発させている‥‥とも思えないし。周辺に破壊するための何かがあるわけでもない。となると‥‥」
「あのですね、イーリスさん。できればアーちゃんの事を呼ぶ時は‥‥」
「ああ、そうだったわね。ごめんなさい、アーちゃん」
アークからの抗議に、イーリスが答えた。
「はい。で、アーちゃんもちょっと分りません。とりあえず、残骸を回収してから、それがなぜ、どのように爆発してるかを調べる必要があるかと」
サイエンティストらしい考え方だと、ファルルは思った。
「先刻、ジュエルさんにお願いした、地殻変動測定器の設置と、そこから得られた情報を受け取りましたが‥‥何も怪しい点はありませんでした」
「‥‥くっ」
イーリスの言葉もまた、謎を解く助けにはならない。
となると、あの前世紀の戦艦、ないしはその残骸が目的か? 無関係とは思えないが、それすらも違う気がする。
「いったい、目的は‥‥?」
C班の鯨井は、いらついていた。
敵を感知したら、即座に戦闘態勢をとり、インヴィディアを用いて威力を高めたミサイルで一気に敵を破壊する腹積もりだ。
ワームそのものが問題じゃあない、問題があるのは、周囲の状況。
そして、三島から噂に聞いていた巨大砲が再び用いられるとしたら、後手に回るなど愚策であり論外。‥‥ではあったが、肝心の敵そのものの影がいまだ発見できていない。
血気にはやる鯨井のリヴァイアサンの隣を、三島のアルバトロスが並行していた。彼女もまた、発見したら即座に攻撃するつもりであった。徐々に距離を狭め、近接信管の存在を調査するつもりだ。
リヴァイアサンの別隣には、赤崎のアルバトロスが。彼女は敵を発見したら、行き先の確認、そしてその前に回りこんで足止めし、先に進ませないようにして破壊しようと考えていた。
しかし、三島と赤崎もまた、鯨井と同様にいらつきを感じていた。やはり、敵の影すら見当たらない。
いらつきながら、三島は自分の考えをコックピット内にて反芻していた。
「予想と‥‥違うのか?」
音響探査、もしくは旧海軍の沈没艦。それらが敵の目的かと思われた。
が、どうも腑に落ちない。探査するようなものもいまだ発見されていないし、過去の幽霊船弾に用いるような船もまた、周辺には無い。
いや、この付近には一つあるはず。過去に民間の大型旅客船が、嵐によりこの付近にて沈没しているのだ。船そのものは現在は魚礁として利用され、ダイビングスポットにもなっている。
「二人とも、前方を」
赤崎の声で、三島は我に帰った。
「‥‥あれは?」
そこには、何も無かった。
「ちょっと、何も無いじゃない」鯨井が、抗議の声を上げる。が、赤崎はそれに対して反論した。
「だから、ですよ。この付近には、沈没した旅客船が魚礁として残ってるはずなのに‥‥」
「‥‥確かに、何も無いですね‥‥」三島は、疑問をつぶやいた。
だが、何も無い地点へと接近し、そこをカメラの目視で確認したところ。二つの発見があった。
一つ、そこには、かつて何かがあった「痕跡」。そしてそれは、吹っ飛ばされて消滅しているという事実。
一つ、周辺に散らばる、鉄骨やらなにやらの残骸。その中に、三島はかつての仲間から聞いた存在の片鱗を見つけた。
「‥‥そう、間違いないね。賭けてもいいけど、こいつは私たちの狙ってる敵の仕業に違いないわ!」
鯨井が言い放つ。
三島が見つけたのは、AMOの脚部とおぼしき鉄塊だった。
それに気を取られ、仲間からの連絡が入った事に気づくまで、三島は少々時間がかかってしまった。
「アーク‥‥じゃなくてアーちゃん。連絡は?」
「はい、しました。篠崎さんたちも、三島さんたちも、すぐにこちらに来るそうです」
イーリスが、アークに確認する。
彼女たち三人は、目標をついに発見したのだ。それは予想通り、海底を歩いていた。
だが、各KVのセンサーがそれらをとらえ、接近したところ。それは、移動先を変更した。自らの意思があるかのように、彼女たちのKVへ方向を変え、自分から接近してきたのだ。
移動速度も速くなっている。超遠距離のKVの水中カメラで確認したところ、移動方法を「歩行」から「潜航」に変えていた。
「頼むわよ、私の可愛い子。あいつらの事を逐一録画しといてね」
イーリスが、コンソールを愛しげに撫でる。愛機ビーストソウルが、自分の愛情を受けてうまく働いてくれると良いのだが。
アークのリヴァイアサン、ファルルのKF−14改。それらにも同様に、イーリスは祈った。
次第に接近してくるそいつを見る限りでは、確かに報告で聞いた、ヘルメットワーム・AMOに相違ない。しかし、どうもおかしい。
あちらから何も撃ってこないし、編隊も組んでいないのだ。じきにこちらの射程距離に入る。そうなる前に、向こう側は編隊を組んで、できるだけ撃たれずに済むようにするはず。なのに、それをしない。
「‥‥もう少し、接近させて調べてみる?」
ファルルが、イーリスへと連絡を入れる。そうすると返答し、イーリスは戦闘態勢を維持し、機体の距離を保ちつつその場に停止した。アーク、ファルルの機体もそれにならう。
何か起これば、すぐに散開して反撃させられるようにする。ただ、待った。
敵のヘルメットワーム数機は、更に接近しつつある。カメラの映像は、そいつらの外観を徐々に、鮮明に映し出しつつあった。
イーリスは可能なら、脚部に当てようと思っていた。が、それはかなわないだろう。なぜなら、それは後方へと流れていたからだ。
まるでタコのように、そいつはヘルメットワームの本体を前にして、足を後ろへと伸ばして、水の中を泳いでいる。
「‥‥?」
イーリスは、訝しく思った。ヘルメットワーム中の一体、そいつは、表面に大きな破損が認められた。それを、塞いでも、修復してもいない様子。まるで、壊れかけているのをそのまま放置しているかのよう。
「イーリスさん、アーちゃん撃ちます! このままじゃ、奴らに接近されて、近距離で爆発されちゃいますよー!」
かわいらしい、しかし切羽詰った声がイーリスの耳に届いた。
「彼女の言うとおりよ。このまま接近を許したら、爆発した時にダメージを食らうわ!」
ファルルもまた、アークに同意する。
「わかったわ、お願い!」
アークのリヴァイアサンから、対潜ミサイルR3−Oが発射された。
それは吸い込まれるように、ヘルメットワーム、ないしはその一体に命中し‥‥。
爆発を起こした。
イーリスたちが気絶するくらいの、大爆発を。
「大丈夫か?」
イーリスが気づくと、そこは海上。そして、ブラックアウトしていた画面が回復し、A班とC班が自分たちを助けてくれた事に気づいた。
「ここ‥‥は‥‥?」
「見てのとおり、海の上だよ。レディ」ジュエルの声が、イーリスの耳に届く。
「連絡受けて急行したら、ものすごい爆発があってね。その衝撃波が海中に伝わり、しばらく動けなかったのよ」と、鯨井。
「それで、機体が回復するまで待った後、急行したら‥‥あなた方のKVが漂っていたわけです」篠崎が、それに補足した。
「‥‥そうだ、ファルルさんとアーちゃんは?」
「二人とも、無事よ。大丈夫、意識も回復してるし、何事も無いわ」
「そう‥‥ですか。良かった‥‥」
言いつつ、イーリスはコックピット内のモニターへ手を伸ばし、愛しげにその表面を撫でた。
「あの、それで‥‥」機体へ感謝の言葉を言う前に、三島が話しかけてきた。
「イーリスさん。奴らと交戦して、何かわかりましたか?」
彼らが作製し、提出した報告書。
それを手に取ったUPCの関係者たちは、重い気持ちになった。
まだ分らない事が多すぎるし、判明していない点もある。が、推測、そして判明できた点もまた、多々あった。
このヘルメットワームは、過去の事件。いわゆる「幽霊船弾」と同じ類のものと見て間違いないようだ。平たく言えば、動く爆弾のようなもの。目標を感知したら接近し、爆発してダメージを与える兵器。
いうなれば、バグアはヘルメットワームそのものをもちいた「歩行する爆弾」を作っていたのだろう。または、沈没船ではなくヘルメットワームそのものを用いた「幽霊船弾」と言い換えてもいい。
イーリスらのKVが録画した映像から、用いられているヘルメットワームの状態が、破損・腐食している事が確認された。
「海中での一連の爆発は、これの起動・運用テストだったようだな」一人が、重い口調で言った。
「少なくとも、わかった事をまとめると‥‥」
それは、破損したヘルメットワームを用いている。
それは、脚部を持ち、歩行が可能。ただし、攻撃用の武装は持っていない(使わなかっただけかもしれないが)。
それは、強烈な爆発を起こす、歩く爆弾。
そしてさらに、それは海底の残骸や航行中のKVや船舶などを感知すると、それらに接近し、爆破しようとする。
「‥‥十分とは言えないな。だが、少しは光明が開けては来たか」一人が言った。
「あるいは‥‥更なる闇の幕開けかもしれん」別の一人が、それに続き言った。
これが、海中で使用されるのみならず、別の場所で使われたとしたら? そもそも、こいつらには「脚」がある。という事は、陸上を歩けると言う事。
幽霊船弾は、それがどんなに強力でも、陸上には上がらなかった。が、これが陸に上がったとしたら? そして、陸であの強烈な爆発を起こされたら?
さらに、これの実戦での運用が成功し、大量に投入されたとしたら?
「‥‥更なる敵の攻撃に、備える必要があるだろう。関係各局に、連絡をしておくように」その言葉とともに、対策会議は終わった。
そう、これは始まりに過ぎない。
バグアの新たな侵攻。それが近々行われるだろうという、嫌な予感。
慄然たる不安が、その場にいる全員の胸中に去来した。それは、消える事は無かった。