●リプレイ本文
ハイウェイを走る、二台のジープ・ジーザリオ。
それらに分乗するは、七名の男女。内六名は能力者たち。
「そろそろ、危険地帯に入りますよ‥‥?」
能力者の一人、リゼット・ランドルフ(
ga5171)が、非戦闘員に声をかけた。
「ええ、皆さんも気をつけて」
ハツがリゼットへと返答する。それとともに、ジーザリオは日南市へと入り込んだ。
「‥‥失礼、だが‥‥」
「はい?」
「‥‥探すだけ、ならば、‥‥来なくても‥‥調査だけなら、できる、ということだ‥‥」
クアッド・封(
gc0779)が口にした言葉の意味を、ハツは理解した。来なくてもいい、と。
「‥‥おっしゃる事は、わかります。ですが‥‥」
決意めいた口調で、老婆は言った。
「ですが、直接行きたいのです。そうすることが、私には必要な気がしまして」
その言葉を、時間をかけて味わうかのように、しばらく沈黙したのち‥‥クァッドは口を開いた。
「‥‥なら、行こう、か」
その言葉どおり、ハツは同行する事になった。
もちろん、彼女は細心の注意を払うように言い聞かせたうえでだ。
ジーザリオは二台。そのうち一台は、クァッドが運転している。彼の車の中には、後部座席にハツとリゼットが、助手席に群咲(
ga9968)が同乗していた。
クァッド車と並走するもう一台はニコラス・福山(
gc4423)が運転し、Figure(
gc6273)が助手席に、御鑑 藍(
gc1485)が後部座席に乗っていた。
今のところ、キメラらしい姿は見えない。しかし、予感だけは感じていた。これから何かと遭遇するだろうという、そしてそれは確実に起こるだろうという、確信めいた予感だけは。
クァッド車に乗るリゼットは、窓から周囲の景色を見つつ思った。ささやかな生活の一部として、ラーメン屋があり、ラーメンを作る人々、食べる人々の存在もあったに違いない。バグアはそれすらも、無残に奪い取ったのだ。
それ以上の悲しみ、もう与えるわけには行かない。
「必ず、私が‥‥いや、私たちが守ります」
いつしかリゼットは、自分の口からそんな言葉が出てくるのを聞いていた。
「ん?」
ニコラスは、空を仰ぎ見た。
一行は、市内に入り込んだ。が、電柱が倒れたり、建物が崩れたりしており、遠回りしなければならない状況になっていた。
皆がキメラに警戒しつつ迂回路を調べていた時、ニコラスはハツの近くにいた。そして、空に何かを見た。鳥らしき影を。
「あれは‥‥?」ひょっとして飛行型キメラだろうか。
「あらあらボク、どうしたの?」
ハツの声に、ニコラスは我に返った。
「ぼ、ボク? いや、なんでもないです」
「そう? それにしても、子供なのに偉いわねえ。みなさんと一緒に、大変なんでしょう?」
「いや、こう見えても自分は‥‥」子供じゃあなく、れっきとした大人なんですよ。結婚もしているし。
と、反論しかけたニコラスではあったが、言いかけて止めた。
ハツの言葉を、聞いたのだ。
「‥‥こんな子供まで巻き込むなんて、早く終わらないかしら。こんな戦争‥‥」
そうだ。彼女は子供が死ぬのを、その眼で嫌と言うほど見ている。誤解とはいえ、その言葉に悪意はない。ハツの顔を見て、ニコラスは思った。
「‥‥ま、たまにはいいか」子ども扱いされるのも悪くない。たまには。
迂回路を取り、二台のジーザリオは目的の店舗へと到着していた。
「へえ、ここが『大樹軒』? けっこう良さそうなお店じゃない」
と、車から降りた群咲は、看板へと目を向けて感心したようにつぶやいた。
「ええ、本当に‥‥そう、ですね‥‥」
藍が、群咲の言葉に静かに相槌を打った。長い黒髪と紫色の瞳が美しい少女だが、その態度はどこかおどおどしている。
「皆さん、申し訳ないですね。こんな遠回りするなんて、思ってもいなくて」
「気にしないで、ハツさん。さ、とっとと終わらせちゃいましょう?」
「ええ、早く終わらせて、おいしいラーメン作りましょうよ」
リゼットと群咲とが、用心深く店の扉を開いた。藍が、おそるおそるといった様子で中を覗き込む。
「‥‥何も、いない、ですよね‥‥?」
少なくとも、生き物の気配は無い。腐臭が漂うのは、おそらく食材が腐ってしまったためであろう。
しばらく様子を見るも、何も起こらず何も出てこず。
やがてニコラスが進み出ると、大声で呼びかけた。
「へいおやじ! ラーメン一杯頼む!」
沈黙が続く。だが、それは微妙な空気を仲間達に対し漂わせる結果となった。
「‥‥あー、ほら。店に入る時の挨拶?」
ニコラスは微妙な空気を払拭せんと試みたが、それは失敗に終わった。
かくして、捜索が開始された。
最初に群咲、次に藍、ハツ、そしてリゼットの順で店内へと入っていく。
「‥‥思ったより、散らかって、ない、ですね‥‥?」
「ええ。あれから十年くらいは経っているはずですが‥‥本当に、変わってないですよ‥‥」
藍の言葉に、ハツが答えた。
鍋や釜は、中身がほぼ蒸発してしまっている。水道も止められているため、当然水など出てこない。
群咲は静かに、そして慎重に、寸胴鍋を動かし始めていた。
「ハツさん。確認するけど、この寸胴と、具を作る鍋のセット。それにお玉に中華包丁も必要だったわね?」と、群咲。
「はい。それに、どんぶりも残っていましたら、それも出来るだけお願いします」
リゼットが、どんぶりの棚を調べていた。
「食器類はこちらですね。‥‥いいデザインのどんぶりですね、大丈夫、まだ十分使えそうです」
リゼットの言うとおり、いくつかは完全に割れてしまっていたが、半分以上のどんぶりは無事だった。
「‥‥あら?」
リゼットを手伝い、藍が棚からどんぶりを外に出したところ。棚の奥に、紙の束を発見した。
それは、数枚のチラシをホチキスで止めたもの。チラシの裏面には、レシピらしきものが細かく書き込まれている。
「これは‥‥?」
「ねえ、こっちにも大学ノートがあったわよ?」
群咲も、寸胴の裏にノートを発見した。それは麺の作り方・ゆで方のコツが色々書かれているようだ。
「ええ、どんぶりの棚の奥と、鍋置き場の後ろ。見返すのにちょうどいいからと、そこに置いていたのです」
ノート二冊を手にしたハツは、頷きつつ中身を確認した。そして、笑みを浮かべる。
「冷蔵庫の中と、店の奥。それに戸棚の中もお願いします」
幸いノートには、通し番号が付けられていた。どうやら、全部で何冊あるかは判明しそうだ。
「‥‥二十冊、ですね‥‥?」
「ええ、見たことの無いものもありますが、ひょっとしたら分かるかもしれません」
藍にハツが応える。そして、群咲は脱力し‥‥気合を入れた。
「まあいいわ。あとたったの十八冊、見つけて見せようじゃないの!」
「今のところ、異常はなし。キメラの姿も見られない、か」
Figure、金髪青眼を有するストライクフェアリーの美青年は、抜け目無く油断無く周囲へと視線を向けていた。その手には、檜扇‥‥に似たものが握られている。
先刻から、空気も気配も変わらず。動物どころか、動くものの存在すら見当たらない。
が、それでも予感だけは消えずに漂い続けていた。どうも気になるのだ。
空気が重く、雰囲気も重い。果たして何が起こるのか。
「それにしても‥‥ラーメンか」
日本食でも、有名な料理。群咲さんは「ラーメンはソウルフード」と言ってたけど、UPC基地の食堂で出されているラーメンは、あまりうまいとは思えなかった。この店のはどれだけ美味なのか。もしも食べられるなら、ぜひ口にしてみたいものだ。
「‥‥Figure‥‥」
クァッドの呼びかけに、彼女は我に帰った。
「どうした?」
「戦闘準備だ」と、ニコラスがすばやく応える。彼が指差したその先には、飛翔する三羽の鳥‥‥空を舞うキメラの姿があった。
キメラ・ハーピーは大空を舞いつつ、獲物を狙い降下しつつあった。女面鳥身の怪物は、その牙をむきだして獲物を、こしゃくな人間どもを食いちぎろうと迫る。
だが、今回の獲物は十分に武装し、対処もしている。
「私に任せろ。二人はハツさんたちに知らせて!」
通りに進み出たFigureは、ハーピーに対して身構えた。急降下する悪夢へと、彼女は手にした檜扇をかざし‥‥その力を解き放った。
「喰らうがいいっ‥‥『扇嵐』!」
接近したハーピーは、予想外の攻撃を喰らった。獲物と思っていた女性の目前に竜巻が発生したのだ。
超機械『扇嵐』が発生させた強力なつむじ風。は、もろにハーピーを直撃した。空中をきりきり舞いし、一羽は地面に、一羽は電柱に叩きつけられる。
残る一羽は、空中高く吹き飛ばされるが、なんとか体勢を立て直し再び降下しつつある。
その牙だらけの口を広げ、噛みつかんとするが、それは成し遂げられなかった。店内から外に出てきたリゼットが、そいつを迎え撃ったのだ。
「エアスマッシュ!」
射程外への、敵への一閃。リゼットが振るった剣の一撃、射程が伸びたその一撃が、ハーピーへと襲いかかり、切り裂いたのだ。それは、醜い女怪の生命をも切り裂いた。
一羽のハーピーが倒れた。が、まだ二羽が残っている。叩きつけられたとしても、戦闘能力まではまだ失われてない。
しかし、戻ってきたクァッド、そして群咲にリゼット、藍とがそこに駆けつける。
二羽のハーピーが飛び掛ったのと、クァッド、リゼットとがその前に立ちはだかったのはほぼ同時だった。
リゼットの金髪が漆黒に変化し、左手の甲に蝶の模様が浮かぶ。その手が握るは、太刀・獅子牡丹。
「!」
すれ違う一瞬、ハーピーの片翼が切り飛ばされ、そして飛行能力を失った。地面に転がった怪鳥へと飛び掛り、リゼットはそのまま止めを刺す。二羽めの命が、刺し貫かれて消え去った。
クァッドの手の、機械剣β。レーザーナイフの刃が、ハーピーの首を捕らえ切り飛ばす。アスファルトの上に、首とともにキメラの命が転がった。
「さあ、早く! また何か来る前に済ませちゃおう!」群咲がせかす。
ジーザリオに、鍋釜とどんぶりをはじめとした食器を積み込まれている。ニコラスを除く全員が、その積み込み作業を手伝っていた。
ノートもまた、十数冊が発見された。ハツはそれを、用意してきたバッグへと大切にしまいこむ。
「‥‥まずいな。どうやら、新手の到着だ」
通りを見張っていたニコラスが、ありがたくないものを発見した。通りのかなたから、今度は四足の獣が接近しつつある。六頭いるそいつらは、見た目は犬に似ていた。
しかしそれは、犬などではない。大きさからして大型の肉食獣ほどはある。それは醜く口元をねじまげ、牙をむき出していた。友好的な反応など、まず期待はできそうにない。
「ちっ、しょうがない。まずはあいつらをなんとかするのが先みたいだね」
群咲が、寸胴鍋を床に置いた。
「私がハツさんを守る、皆はキメラを!」
ニコラスは、老婆とともに店内に戻り、物影へと隠れた。それを背にして、五人の戦士が六匹の悪魔へ向かい立つ。
鋭い爪が付いた武器・キアルクローを手にした群咲、片刃の直刀・翠閃を携えた藍、獅子牡丹を握ったリゼットと機械剣βを持つクァッド、扇嵐を持つFigure。彼らの手に輝く武装が、敵の血を求めるかのように鈍く光る。
かみ殺そうと襲い来る、キメラという名の殺人獣ども。
それに対し群咲は、両腕を鈍い赤色に光らせ、迫り来る獣を見据えた。そして、キメラが目前まで迫った次の瞬間。
「喰らいなっ! こんちくしょうがっ!」
風を切り、空気を切り、空間そのものを切り裂かん勢いで、群咲のキアルクローが振り下ろされた。鋭き爪がこしゃくな怪物の身体へと食い込み、切り裂き、生命をも切断していく。
斬、という音とともに、獣の鮮血による花がそこに咲き、そして命が散った。
藍もまた、覚醒した。紫の瞳と黒髪が、蒼色のそれに変化したのだ。それだけでなく、蒼色の髪からはやはり蒼色雪のような光が舞い、頭に猫の耳を思わせる幻影が現れる。携え、構えた武器‥‥翠閃からも、蒼雪の光があふれ舞い上がりつつあった。
「‥‥っ!」
そして、駆けた。疾風のように、藍は超高速で駆け抜けたのだ。凶悪なるキメラの目前へ、蒼色の美少女が電光石火で移動していた。
だがキメラもまた、その程度で躊躇などしない。鋭い牙を、藍の柔らかな肌へとめがけて噛み付こうと襲い掛かり‥‥。
刃のくちづけを受けた。藍の翠閃による、カウンター攻撃が決まったのだ。顎から頭部を切断され、二匹目のアタックビーストが沈黙した。
これで、四体五。しかし、すでに勝負はついていた。
それに気づかぬ四匹のキメラどもは、邪悪の牙と爪による一撃を食らわさんと、更なる攻撃を仕掛けてきた。
獅子牡丹がキメラを両断し、翠閃の刃が一閃する。機械剣βのレーザー刀身が切り裂き、キアルクローがキメラの身体を抉る。そしてそのたび、花が咲き散る。キメラの命の花、邪悪な殺人獣の花が。
全てのキメラが沈黙するのに、そう時間はかからなかった。
「うん、うまい!」
周囲に、うまそうな匂いが漂う。細麺と白濁したとんこつスープ、うまそうな煮豚が入ったどんぶりの中身を、群咲は何杯も空にしていた。
任務は滞りなく終了した。メモは全てが回収され、そして調理器具も持ち帰ることができた。
そして、それらを洗浄後。お礼という事で、ハツはラーメンを振舞ってくれたのだ。その中には、雛子の姿もあった。
「おいしい‥‥です‥‥」
「これは確かに、おいしいです。今までに食べた事が無いわ」
「ふうん、良い味だ。基地の食堂とは雲泥の差だね」
藍とリゼット、Figureも舌鼓を打っていた。
「うーん、中々いけるね。で、この隠し味ってのは結局なんだったんだ?」
「ああ、ニコラスちゃん。それはね‥‥」
ハツが説明する。が、それは細かな調理のコツ、それにスープの詳細な作り方、日によって異なる麺の作り方、煮豚に味玉の作り方といった、様々な調理方法だった。
「でも何より」と、ハツは最後に付け加えた。「食べてくれる人への愛情。これに勝る隠し味はありません」
やれやれ、非論理的だな。とはいえ、それがこういう優れたものを作り出したのは事実。興味深い事だ。
ニコラスはどんぶりの麺を食い終わると、替え玉を頼んだ。
「これで、お店と同じ味が出せれば良いんですが」
「‥‥同じ味が大事、なのではないさ」
ハツの言葉を聞き、クァッドが言った。
「‥‥貴方が動く事で、何かは変わる。そんな風に、世界は出来てると、俺は思うよ‥‥頑張ってくれ」
そうだ。動かなければ、世界を動かせない。動いたからこそ、今回こうやって状況を変化させられた。大事なのはその事。クァッドの言葉に、ハツは感謝するように微笑んだ。
「‥‥おい、しい‥‥」
雛子から、かすかに声が聞こえてきた。それは、夜明け前の薄暮にも似た、薄いが希望を感じさせる声だった。