タイトル:寺に住む尼僧マスター:塩田多弾砲

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/03/01 21:52

●オープニング本文


 九州・宮崎県、東諸県郡国富町。その郊外に位置する仏閣『命国寺』。
 そこは、貴重な仏像が祭られている事で有名な寺であった。
 その名も『命国千手』。
 命国寺の本尊であり、無病息災、全ての苦しみから全ての人々をもれなく救う、千手観音菩薩。この寺の本尊として祭られている仏像は、命国千手観音というもので、霊験もあらたか。付近の住民はもちろん、県外、本州からも参拝に赴く者は多かった。
 いつしかそれは、「命国千手」と呼ばれ、付近の人々にとっては無くてはならないものに。
 しかし、今は戦時下。そして、戦時下では信仰の対象といえども、それを動かすことはできない。そんな手間も暇も人間も、あるわけがない。
 結果、戦時下でもその仏像は、戦闘区域内にて置かれたままになっていた。

 ヘリが、国富町上空を飛ぶ。
 UPC軍がこの近辺に出没するヘルメットワームを警戒し、パトロールに出動した時のこと。
 上空から、命国寺の付近をヘリで飛行し、哨戒活動をしていた二人の隊員がいた。
 そのうちの一人、宇垣泰助隊員は国富町の上空を飛びつつ警戒していた。ここ最近、この地域では動物らしき動く影が目撃されるというのだ。それも、獣のみならず、人影も。
 ひょっとしたらバグアのキメラか、あるいはバグア兵か。あるいは逃げ遅れたか逃げるのを拒んだかして、このあたりに隠れ住んでいる者か。
 この地域は、かつて宇垣が幼少時に生活していた場所だった。近くの寺には夏祭りの時には両親とともに赴き、綿あめを買ってもらったものだ。成長し、引越し、そして戦争が起きてから。再び赴く機会はなくなってしまったのだが。
 両親は戦火に巻き込まれ、もう居ない。親戚の多くはバグアによって殺され、従姉妹も行方不明になっている。彼らのためにも、早く戦争を終わらせ、両親とともに暮らしたこの場所に平和を取り戻したい。
 そんな事を考えつつ、宇垣はヘリを操縦していた。ヘリは、爆音とともにローターを回転させ、空より地上を捜索している。
「何もいないな」同席していた佐藤が、油断無く視線を流しつつ呟いた。
「ひょっとしたら、ヘリのせいでキメラも逃げちまったのか?」
「だったら、地上から探す方がいいかもしれんなあ‥‥ん?」
 国富町の上空、郊外へと北上する道にて。
 二人の隊員はそこに見たのだ。向かっていく車の姿を。
「バグア兵か? しかし、それにしては‥‥」
 宇垣はいぶかしんだ。そのトラックは、民間の商店などで用いられる小さなもの。それに、その荷台には何か積まれているが、見たところ少なくとも武器や装備に関係あるものではなさそうだ。
 だがそれでも、怪しい存在である事に変わりは無い。
「こちらはUPCだ! トラックを運転しているそこのお前! 広い場所まで徐行し停車しろ! 従わない場合は発砲する!」
 それに従ったトラックの近くに、ヘリは着陸。運転手を見たら、それは驚くべき人物だった。

「……尼さん?」
 運転していたのは、尼僧だったのだ。
 剃髪し、真衣、袈裟、帽子を着用した、まだ若き女性。年のころは、20歳前後くらいだろうか。右目の周囲に、小さいがひどい火傷の痕があるのが見えた。左目の下には、美しい泣きぼくろが付いている。
 意表を付かれた宇垣だが、すぐに厳しい口調で問い詰めた。
「……一体、どういうつもりだ? いくら尼さんとはいえ、このあたりは戦闘区域のはずだ。危険地帯に入り込むには、それなりの理由があるんだろうな?」
「……はい、その通りです」
 宇垣の言葉を受けて、尼僧は静かに、その口を開いた。
「わたくしは、音葉と申します。決まりを破ったことは重々承知。ですが、それでもどうしても行なわねばならない事があったのです」
 トラックを見て、そして、彼女はトラックで進もうとしていた方向へと顔を向けつつ、言った。
「わたくしは、助けたいと思ったのです。命国千手を」
 つまり、命国千手の仏像を運び出したいと。
 可能ならば、宇垣も運び出したいところだった。彼もまた、幼少時にはよくこの周辺で遊び、そして命国千手には何度も参拝したのだから。
「なあ、尼さん。あんたの気持ちも分からないわけじゃあないが、仏像よりも生きている人間の方が大事だろう? 仏様を取り戻しに行って、ホトケになって戻ってきた、なんてのはしゃれにもならんぜ?」
 音葉へ、宇垣は言い聞かせるようにして言葉を伝えた。が、音葉は首を横に振る。
「それは、分かっております。ですが、わたくしには事情があるのです」
 その事情とは何か。それを尋ねようとした、その時。
「キメラだ!」
 周囲を見張っていた佐藤の声が、その場に響いた。

 佐藤は、アタックビースト一体と交戦。飛び掛られて噛みつかれていたが、宇垣が発砲し射殺。が、佐藤が負傷したと確認し、ヘリへと運んだ。
 そして、その時にあの尼も見失ってしまった。一旦基地へと引き返し、すぐに取って返したが、その時にはトラックはおろか、あの音葉という尼僧も見つけられなかったのだ。
 宇垣は佐藤を病院へと送り届けたものの、当初は怒り心頭だった。
「あのアマ、何を考えてやがるんだ! くそっ、どこの娘だかしらんが、絶対に許さんからなっ!」
 しかし、あの音葉という尼僧の事を思い出していくうちに、宇垣はやがて思い出していた。
「待てよ、あの顔の傷とほくろ‥‥どっかで‥‥あっ!」
 思い出した。あの尼僧・音葉は、宇垣が知っている人物だったのだ。
 
「で、俺の依頼ですが。あの尼僧を助け出して欲しいんです」
 UPC本部。君たちの前に宇垣が居た。
「あの尼さんは、俺の知っている奴に違いありません。俺の顔を見ても何も言わなかったのは、おそらくなにか理由があるんでしょうが‥‥。ともかく、あの尼さんをこのまま放ってはおけないんです!」
 あの尼さんは、かつて生き別れた従姉妹の、宇垣清美だというのだ。バグアが侵略開始し、地球の各地で戦火が上がった頃。彼らはそれに巻き込まれ、生き別れてしまったと。
「最後に彼女を見た時には、ちょうど顔のあの部分に火傷を負っていました。おそらく、記憶喪失にでもなっているんでしょう。あの周辺に現在キメラが居るとしたら、それこそ危険です。どうか、助けてやってください。お願いします!」

●参加者一覧

十六夜・朔夜(gb4474
20歳・♀・ST
相賀翡翠(gb6789
21歳・♂・JG
有村隼人(gc1736
18歳・♂・DF
メナード・フェアルーセ(gc4017
22歳・♀・CA
ユリア・ミフィーラル(gc4963
18歳・♀・JG
天羽 恵(gc6280
18歳・♀・PN

●リプレイ本文

 土の匂いと、木々の匂い。
 タイヤの音から、車が舗装されていない道路に入り込んだと、十六夜・朔夜(gb4474)は悟った。視覚を持たずとも、他の感覚がそれを補って余りある。
 十六夜は今、相賀翡翠(gb6789)の運転する車両・インデースに乗っていた。乗り心地は悪くないが、どこか不安を禁じえない。
 同乗するは、フランス出身の陽気な傭兵、ユリア・ミフィーラル(gc4963)。美しい金髪を持つ彼女が動いているのを、音と振動でこれまた感じ取った。
「居ないわねえ。少なくとも、キメラらしい姿は、今のところ見られないわ」
「先行してるジーザリオの方からも、そういう連絡はねえみたいだ。ったく、とっとと出てきやがれ。キメラめ」
 ユリアと相賀が、言葉を漏らす。その口調からは、苛立ちが強く感じ取れる。
「まあまあお二人さん。こういう時には、焦りは禁物どすよ?」
 十六夜が、やわらかい口調で諭した。焦りは、つまらぬミスを呼び、ミスは、大きなトラブルを呼ぶ。
 今は、冷静に事を進めるのみ。インデースは、地面を踏みつつひたすら進んでいた。
 命国寺へと。

 ジーザリオ、有村隼人(gc1736)が運転する頑強なジープは、インデースに先行して、命国寺へと迫りつつあった。
 同乗するは、女性が二人‥‥メナード・フェアルーセ(gc4017)に、天羽 恵(gc6280)。
 その肌と服装から、「白」を連想させるのがメナードなら、天羽は髪の色と、漂わせる冷徹な雰囲気から、「黒」を想像させた。
「少しでも早く、現地に着きたいものです‥‥ん?」
 突然、有村がブレーキを踏んだ。ジーザリオが、キッというブレーキ音とともに止まり、車内の三人がつんのめる。
「有村、どうした?」
 天羽が、警戒して声をかける。
「あらあら、どうしました?」
 そして、1テンポ遅れてメナードも問いかけた。
「前方の、あそこを‥‥」
 寺へと続く道路。50mほど先に、何かが蠢いている様子が見えたのだ。
 それがゆっくりと、警戒するように道路へと出てくる。姿を現したのは、大型犬か狼のような、獰猛そのものな姿の獣。
 そいつは一体だけでなく、二匹、三匹と藪から出てきた。が、ジーザリオに気づかなかったのか、気づいても脅威と感じなかったのか、その獣‥‥キメラ・アタックビーストの群れは、そのまま藪の中へと消えていった。
「‥‥行った、みたいだな」
 天羽とメナースは、武器を握り締めてキメラの襲撃に備えていた。が、敵が去るのを見て、静かにため息をつき、緊張を解いた。
「‥‥急がないと、あいつらの一匹が音葉さんを襲ったら‥‥」
 有村はそこまで言って、口を閉じた。そんな想像など、したくもないし当たって欲しくもない。だが、それが実現する可能性は窮めて高い。
 するべきことは一つ。急いで向かうべし。

「命国寺」
 車が入ってこられるのは、拝殿のところまでだった。広場があり、拝殿の隣に副殿もある。拝殿の後ろに、石段が延びており、小高い丘の上にある本殿へ続いているようだ。
 トラックが、副殿の前に停まっている。人の気配もない。周囲には、人の気配は無さそうだ。
「本殿へは、歩いて行くしかないようだな」
 周囲を見回しつつ、相賀が言葉をもらす。だが、ひょっとしたら本殿でなく、拝殿のどこかに尼さんがいるかもしれない。
「行く前に、探しておくべきか」
「でも、誰も居ないみたいだけど‥‥」
 ユリアもまた、警戒の目を周囲に向ける。
「‥‥その前に、皆さん。武器を」
 十六夜の言葉に、全員が顔を上げた。
「‥‥ほんのわずかですが、聞こえました。拝殿の中に何か居ます」
「‥‥音葉さんじゃ?」
 ユリアが自分の考えを口にしたが、十六夜はかぶりをふった。
 その理由は、すぐにわかった。カチカチッという音が、本殿の中から聞こえてきたのだ。
 そして、音の主が、本殿の中から次第に姿を現してくるのを、能力者たちは目の当たりにしていた。
 
 それは、甲殻に覆われたカニにも、角のない甲虫にも似た姿をしていた。せわしく動くその姿は、さながら腐肉にたかるシデムシが、巨大化したかのよう。
 全部で10匹近くはいるだろうか。六本足をいやらしく動かしつつ、そいつらは目前の能力者たちへと迫る!
 能力者たちは、一秒で現状を把握し、一秒で攻撃担当の者が進み出て、他の者は後ろへ下がり、一秒で心を戦闘態勢のそれへと変化させる。
 一番近くに居たのは、相賀。敵キメラ、スピードビートルが、その大顎をもって肉を食いちぎらんと迫り来る。
 が、既に彼には幸運が味方してくれていた。なおかつ、彼は覚醒した金色の姿となりて、両の手には頼もしい「バラキエル」「黒猫」の二丁拳銃の感触。
「のんびりは‥‥させてくれねぇか」
 接近するキメラに対し、彼はつぶやくと‥‥両手の拳銃を構え、流れるような動きで撃つ、撃つ、撃つ撃つ!
 弾丸が、スピードビートルへと襲い掛かった。回避力に優れたキメラではあるが、GooDLuckと拳銃の威力、そして覚醒した相賀の技量の前には敵ではない。
 甲殻を打ち抜かれ、一匹は果てた。そして、後ろの二匹目もまた果てる。
「‥‥刹那」
 青き瞳と化した天羽が、得物の鞘を払い、その一撃を食らわした。
 名刀・雲隠。その錫色の刃が、キメラの甲殻を切り裂く。響く切断音は、勝利の証。
 だがそれでも怪物の群れは、刃の怖さを理解できず近づいてくる。
(少し、離れてもらいましょうか‥‥)
 そして、そんな怪物どもを恐れる事無く、有村もまた立ちはだかる。
 其の手にあるのは、超機械「シャドウオープ」。黒色の宝珠にも似たそれを、有村は構える。
飛び掛らんとする一瞬。迫り来た昆虫モンスターへと、宝珠より黒きエネルギー弾が放たれた。
また一匹が倒れた。其の様子を見たユリアは、確信した。
どうやら、ここの残りが掃討されるのも時間の問題ね。

「音葉さん、ですね?」
 メナードが、彼女へ問いかける。
 スピードビートルを殲滅した一行は、拝殿と副殿とを調べ、そこに人が居ない事をつきとめた。
 階段を上り、本殿にたどり着くと、そこで一行が目にしたのは。
 一部が焼け焦げた、本殿の建物の姿。そして、その前にたたずむ、尼僧の姿。その特徴は、宇垣が言ったそれと完全に一致する。顔に泣きほくろと、火傷のあと。
 十六夜とユリア、メナードが尼僧へと進み出て、他の三名は周囲を警戒しはじめた。今のところキメラの姿は見当たらない。
「あなた方は‥‥?」
「うちらは、頼まれてあなたを迎えに来た者どす。うちの名前は十六夜・朔夜、宜しゅう」
微笑んでみせた十六夜。覚醒したため視覚が回復し、音葉が会釈したのを見て取った。
「あたしはユリア。ユリア・ミフィーラルよ。同じく、あなたを助けに来たの」
「メナード・フェアルーセと申します、よろしくお願いします」
三者三様の挨拶が終わり、十六夜が口火を切った。
「貴女が守りたいのは仏像自体や無く、貴女に残された思い出、違う?」
「‥‥なぜ、そう思われるのですか?」
「人が何かに自分を懸ける時、其処には必ず理由がある。其れは人其々違いはあれど、『大事な何かを守りたい』と言う想いが在る筈やから」
 わずかに、息を呑む音。
「あの、それで‥‥どうして、こちらの仏像にそれほどこだわるんですか?」
 次にメナードが、言葉をかける。
「わたしには神やホトケにすがるという気持ちはよくわかりませんし、あなたにどのような事情があるのかもわかりません。ですが、宇垣さんのように、あなたの身を自分のことのように案ずる方もいらっしゃいます。危険なことは我々に任せて一度戻っていただけませんか?」
「宇垣? ‥‥宇垣、どこかで聞いたような‥‥」
 音葉の顔が、神妙なそれに変化している。
「宇垣さんって人、覚えてないかな? あなたの従兄弟さんで、保護するように依頼を出してくれたのもその人なんだけど‥‥」
 ユリアの質問にも、音葉はかぶりをふった。
「‥‥いえ。申し訳ありませんが、私は、少し前の事を思い出せないのです。この、顔の火傷を負った時から」
「どういう事でおます?」

 やがて、十六夜たちは聞いた。
 音葉は、少し前にバグアの襲撃で火傷を負った時から、前の記憶が途切れてしまっていたのだ。倒れていたところを保護され、疎開先で僧に助けてもらい‥‥自らは、尼となった。
 だが、この命国寺の、この千手観音。これをひどく大切にする気持ちがどうにも湧き上がり、それが何なのか自分自身分からないという。唯一覚えているのは、「ここが大切で、ここの何かは絶対に持ち帰らねばならない」という事。それが仏像だと思い、危険を犯してまでこうやって来たのだが‥‥。
「ですが、見ての通りこの仏像は持ち帰る事はまず不可能です。確かに大切なものではありますが、何か違うような、そんな気がして‥‥」
「それじゃあ、ひょっとしたら仏像そのものでない可能性も?」
 そこまで言った、その時。
「キメラだ!」
 相賀の声が、響いた。

 アタックビーストが10匹。そして彼らの親玉のように、後方に控えているキメラが、三匹ほど。そいつらは、炎そのもののような赤色をしていた。見た目はライオンのよう。しかし、ライオンと呼ぶにはあまりに凶暴で凶悪な面構え。それはまさに、ファイヤービーストと呼ぶにふさわしい。
 キメラどもが、うなり声とともに接近してくる。
 だが、音葉の前に立ちはだかるは、有村、相賀、天羽という戦士、十六夜、メナード、ユリアという、三人の女傑。
 キメラが威嚇するように咆哮する。が、それに威嚇などされず、彼らは行動を開始した。
 鋭いまなざしと金色の瞳に変わったメナードが、防御陣形を張る。そして、有村、相賀、天羽が再び武器を用いてそいつらに切りかかった。
「こなくそっ!」相賀の二丁拳銃が容赦なく火を吹き、
(この一撃、大きいですよ‥‥)有村の大鎌「紫苑」の刃が獣を切り裂き、
「ここは絶対に、抜かせない‥‥! 疾風!」天羽の雲隠がアタックビーストを切り捨てる。
 が、雑魚を片付けたそこへ、ファイヤービーストが狙いを定めたかのように襲撃した。放たれた火炎の熱が、有村の髪をわずかにだが焦がす。
(熱っ!)
 が、キメラへと弾丸が叩き込まれた。
「危ないっ!」
ユリアが携えた小銃、DF−700で発砲し、援護射撃を行なったのだ。更に急所に、強弾による一撃を叩き込んだため、さしものキメラもたたらを踏む。
(隙あり‥‥!)
 心で叫んだ有村は、ファイヤービーストの首へと紫苑を切りつけ、そのまま首を切り飛ばす! 鮮血という赤を流し、キメラが果てた。
 だが、二匹目のファイヤービーストが、多数のアタックビーストを引き連れて正面から迫ってきた。
 それらに注目した一同だが、後ろのほうにまでは考えが至らなかった。
「? 危ないっ!」
 十六夜が気がついた時には、そいつは脇からすぐ近くに接近していた。そして、炎による攻撃をそこから放つ!
 建物の一部や、周囲の木々がくすぶり、燃えた。それが放つ熱は、すぐ近くに、十六夜とメナードに守られている音葉にまで伝わってくる。
「火‥‥火事 ‥‥炎‥‥」
「音葉さん? どないしました!?」
 その様子が、普通でない。音葉は、頭をかかえてしゃがみこんでしまったのだ。
 目を見開き、恐ろしげな表情を浮かべつつ、何やらぶつぶつと呟いている。
「火‥‥火‥‥父さま、母さま‥‥」
「? これは、一体?」
 疑問に思ったが、すぐにそれを引っ込めた。十六夜は和弓「月ノ宮」を構え、すぐ近くに迫り来るファイヤービーストへ矢を放つ。
 見事に、矢はキメラの肩口へと突き刺さった。
 ひるむ怪物へと、黒き風が迫る。
「刹那‥‥!」
 天羽という風は、雲隠で切りつけるが、それはファイヤービーストの太い足の一撃で防御された。
 が、それはフェイント。二の腕に有していた煙菅刀の一撃が、不意をついた。
「円閃‥‥!」
 更なる雲隠での一撃が、キメラへと致命傷を与える。斬!と、周辺に刃の奏でる音が響き、キメラへと引導をわたした。
「‥‥とりあえず、こんなもんか?」
 相賀が、荒い息を整えんと、肩を上下しつつ呟いた。だが、殲滅したわけではない。キメラに相違ない遠吠えが、聞こえてきたのだ。
「音の様子からして、近くみたいどすね」
 十六夜が、耳をそばだてつつ言った。早く逃げなければ。だが、十六夜が、そして他の皆がそう言おうとした矢先。
「‥‥みなさん、命国千手の台座部分に来て下さい。ようやく‥‥思い出しました」
 落ち着きを取り戻した青葉が、そう言い出したのだ。
「?」
「思い出した? 一体、何を?」
「話せば長くなります。詳しくは、ここから脱出してからです」
 やがて、本殿内の命国千手、その台座部分にて。そこに巧妙に隠された、隠し扉。そこから青葉は、二つのものを取り出した。
「それは、なんですか?」
 メナードの問いかけに、青葉は答えた。
「これは、私の両親です」
 それは、二つの骨壷だったのだ。

 青葉とともに、能力者たちは脱出した。
 そして、帰り道。彼女はあの場所で、仏像を運び出そうとしていたのかの理由を知った。
 過去に、青葉こと宇垣清美は、疎開命令が出る直前。両親をバグアにより目前で殺されていた。両親の遺体を火葬にし、そしてその遺骨を骨壷に納めたものの‥‥寺の墓地に納骨する前に、再びバグアの襲撃を受けた。
戦火の中、両親の骨壷を手にして、ようやくここに、命国寺本殿にたどり着いた。そこで偶然知ったのだ。本尊の命国千手の台座部に隠し場所がある事を。
 とりあえず、ここに骨壷を隠しておこうと考え、それを実行。しかし、外に出た時に再三バグアの襲撃を受けて、森で火にまかれた。命からがら助かったが、彼女はその際に顔に火傷を負い、記憶を失ってしまった。
 その後、保護され、疎開先で知り合った僧侶の下で尼僧となったが、「命国千手に何か大切なものを置いてきた」‥‥と、部分的に思い出すようになっていた。
 かくして、禁止されていると知りつつ、命国寺に赴いた‥‥というわけだ。
「仏像を持ち出そうとしたのは、記憶が混乱し、『持ち帰るべきは仏像』と思い込んでいたため、なのですか?」
 青葉は、十六夜の言葉に頷いた。
「ですが、先刻にあの怪物の火と、その熱を目の当たりにして‥‥記憶が戻りました。私が持ち帰るべきは、仏像ではなく‥‥そこに隠した両親の遺骨だと」
 そして、青葉は頭を下げた。
「皆様。お騒がせして申し訳ありません。ですが、これでようやく、大切なものを運び出すことができました。心より感謝いたします」

 後日。
 青葉は宇垣と再会。互いの事情を伝え合い、親戚として再会できた。
 そして、青葉の両親の遺骨もまた、非戦闘地域にて埋葬される事になったという。
 戦争が起こした、知られざる悲劇。このような悲劇を、新たに起こしてはならない。そう思う一同であった。