タイトル:取り戻すべき種マスター:塩田多弾砲

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/06/11 21:52

●オープニング本文


 宮崎県児湯郡都。
 ここに、工場があった。
 南日本有機産業株式会社。山岳地帯の都農町、東に荒崎山を臨む場所に、大きな工場が存在していた。
 そこは以前、良質な有機肥料を製造していた。が、バグアの侵略により会社関係者は撤退。放置されたまま現在に至っている。
 しかし、ここに危険が眠っているのを、UPCは知ることとなった。

 昨今の情勢より、バグアと戦い続けた結果。彼らを巻き返しつつあった。
もちろん、まだ全面的に状況が安全になったわけではないが、それでも確実に解放への道が見えてきたのは事実。UPCは、そして人類は、それを実感していた。
 そこから、民間よりとある要望が寄せられるようになってきた。かつて戦場に残したものを取り戻すため、現地へと赴きたいという嘆願。
 UPCはそれより、物資回収の任も請け負う事になった。可能な限り、回収を許可するようにしたのだ。

 今回の回収する対象は、「肥料」。
 この南日本有機産業の工場へと赴き、有機肥料のデータ、および資料の回収が行なわれる運びとなった。
 以前より同社の肥料は、劣悪な環境でも収穫が見込めると、農家からはもっぱらの評判。
 しかし、折からのバグアの襲撃を受け、現在会社関係者たちはほとんど死亡している。
 残るは、現社長と数名の部下のみ。彼らはまず、本社事務所に赴いてデータ回収を行う事に。
 本社は、日向灘を臨む東部農の町内にあるため、そこでのデータ回収は容易に終わった。が、資料の半数は、都農町の山奥の工場に保管されていた。
 会社の社長と社員数名は、UPCの兵士たちを伴い、工場へと赴いていた。

 肥後ムサシは、幼少時は自分の名前が嫌いであった。
 しかし最近は、亡き父から授けられたこの名に愛着を感じていた。男勝りの女社長になったのは、先代の予想外だったろうが。
 彼女‥‥ムサシは、決意していた。父の残し、築き上げた肥料の技術とデータとを、復興のためにと役立たせんと。
 バグアが撤退した後、どのように復興させるか。ヘリに揺られつつ、彼女は未来へと思いを馳せていた。きっと、うまくいく。いや、うまくやってみせる。
 窓を見ると、そこから遠目に工場の様子が見える。
「社長、注意してください」
 だが、操縦席からのパイロットの問いかけが、彼女の思考を中断した。
「どうしました?」
「先発隊からの連絡がありません。こちらから何度か連絡を入れたのですが、応答が無いのです」
  
 工場上空に到着すると、そこに発見したのは破壊のあと。
 先行したヘリが破壊されている様子が、空から見てとれた。煙が上がっている様子から、まだ襲撃を受けてそう時間は経っていないだろう。
 ムサシの予感が、嫌なものになっていく。そして彼女の予感は、こういう時にはなぜか当たってしまうのだった。
「社長、どうしましょう。このままでは我々も危ないですよ」
 同行していた部下が問いかけた。危険はある。しかし、それが何かまではわからない。
 だが‥‥何か問題が起きたのなら、先発隊も無事ではないかもしれない。となると、すべきことは一つ。
「パイロットさん、降りてください」
「社長!?」
「先発隊の人たち、怪我をしているかもしれないでしょ。ならば、助けないと」

 懐かしさと共に、ムサシはその場所に降りた。肥料の臭いが、今も漂っている。
 が、別の臭いも漂っていた。‥‥死の臭いが。
「父さん‥‥」
 あの時と同じだわ。バグアが、父さんや会社の皆を襲い、皆殺しにした時の臭い。あれが漂っている。
 護身用にと支給された拳銃のグリップを握り、ムサシは汗をぬぐった。最低限の戦闘技術は講習を受けて身につけているものの、あくまで最低限。もしも襲われたら、ひとたまりも無いだろう。
 自分を過信するな。父親の遺した言葉の一つ。自分に自信を持つと同時に、自分を信じすぎるな。
 兵士たちに守ってもらいつつ、周囲へと注意深く視線を走らせる。現在いるのは、工場の中庭。広いそこは、ヘリが数機着陸できる広さがある。
 北側には、工場棟が。そしてその内部には、会社の事務所が併設。
 工場棟に向かって右側には、実験施設。そこは、新たな肥料の開発が行なわれていた場所。四階の建物になっており、この内部にも回収すべきデータがあるはず。
 向かって左には、大きな倉庫。こちらには作物の種や種モミ、ことによると多くの作物が残されているかもしれない。それらを発見し回収できたら、人々に対し役立つだろう。
 それに、倉庫に隣接し農業に用いる車両や装置やらが保管されている車庫もあるはずだ。畑を耕すならば人力で鍬を用いれば可能だが、それをサポートする機械があるならそれに越した事はない。
 今のところ、どこにも人の気配は無い。動くものの姿も無い。
 そう思った束の間。
「!」
 潜んでいた危険が、襲いかかってきた。

「最初に見えたのは、工場の出入口から逃げてきた兵士のみなさん。そして、それを追ってきたキメラでした」
 君達を目の前に、ムサシは語る。
「兵士のみなさんが銃で攻撃しても、キメラはすばやく動き回避して、そして‥‥喉笛に噛み付きました。わたしたちがそれを見て躊躇していると、奥の方から数匹のキメラがまた出てきて、こちらへと襲い掛かってきたのです」
 そのキメラの姿はと問うと、ムサシは困ったような顔をした。
「それが‥‥一言で言うと『リス』みたいでした。と言っても、人間と同じくらい、あるいはそれ以上に大きいリスですが。けれど、それはすばしっこく動き、気がついたら目前へと迫られていたのです」
 兵士が銃で応戦したものの、彼は逆襲され餌食にされた。が、皮肉にもそのおかげで逃げる時間を稼ぐ事ができ、ムサシたちは事なきを得た。
「ひょっとしたら、先発隊の誰かも生き残っているかもしれません。皆さんにお願いします。キメラを倒して、あの工場から種や種モミ、資料や農業用具を回収するのを手伝ってください。頼れるのは貴方たちだけなのです」
 そう言って、彼女は深々と頭を下げた。

●参加者一覧

緑川 めぐみ(ga8223
15歳・♀・ER
猫屋敷 猫(gb4526
13歳・♀・PN
兄・トリニティ(gc0520
24歳・♂・DF
滝沢タキトゥス(gc4659
23歳・♂・GD
トゥリム(gc6022
13歳・♀・JG
久川 千夏(gc7374
18歳・♀・HD

●リプレイ本文

 西日本有機産業株式会社、本社工場。
 そこへ至る道は、陸路はかなりの時間がかかる。ムサシ社長曰く、町や住宅街に近いと、どうしても悪臭などでクレームが付いてしまうからという。
 そして、今回の来訪者達は空路でそこに向かっていた。UPCの大型ヘリに乗る六人は、出発前に交わしたムサシとの会話を思い出していた。

「見取り図は、それで良かったですか?」
 ムサシが問いかける先には、二人の少女の姿が。
 巫女装束に身を包んだ、元気いっぱいの少女。猫屋敷 猫(gb4526)。
 銀糸のような髪を持つ、エクセレンターの美少女。久川 千夏(gc7374)。
「うんっ! これだけ分かるのなら十分ですよ!」
「ええ。スムーズに探索するため、情報が必要でしたからね。回収対象のリストや優先順位も、これで本当に構いませんね?」
 千夏は手元の書類を確認しつつ、ずれたメガネを戻した。メガネの奥に、美しい蒼色の瞳が知的にきらめいている。
「ええ、構いません。人命を優先してください。種も、飼料も、施設や道具も、また作り出せば良いだけのこと。けれど、人の命はそうはいきませんからね」
「まー、心配しなさんな。この俺がアンタ等を守るから、あくびでもしてて待っててくれよ。ちょちょいっと片付けてやるさ」
 軽い口調で請合った世史元 兄(gc0520)に、ムサシは頷いた。
「ええ、皆さん。頼りにしています」
「自分も、最善を尽くします。ムサシさん」
「‥‥(こくり)」
 滝沢タキトゥス(gc4659)は世史元に続き請合い、トゥリム(gc6022)は二人に続き無言のまま頷いた。
「それでは皆さん、参りましょう」
 黒い装束に身を包んだ、可憐なる少女‥‥緑川 めぐみ(ga8223)の声が響き渡る。
「これから、めぐたちは工場に向かいます。ムサシさん、どうか吉報をお待ちください」

 それから数時間後。
 彼ら能力者たちは、現場へと向かい空を急いでいた。

 ヘリが着陸し、整備の行き届いた機械のように能力者たちは展開した。
「今のところ、キメラの姿は見えないな。となると、どこから出てくるか‥‥」
 世史元は武器‥‥SES搭載直刀「壱式」を手にしつつ、用心深く呟いた。
 彼の言うとおり、今のところキメラの姿は見えない。そして、生存者の姿もまた見えない。生命体の気配が微塵も感じられないのが、かえって不気味だった。
 猫と千夏とは、提供された見取り図の内容と、目前の状況とを照らし合わせ、現状を把握していた。北側の工場棟と事務所。右側の実験施設。左側の大型倉庫。
 この中で、キメラが潜んでいる場所は? そして、先発隊が隠れている場所は?
「それじゃあ、皆‥‥」
「行きましょう。みなさん、慎重に行動を」
 滝沢がうながし、めぐみは厳しい表情で目前の施設へと目を向けた。

「索敵行為行います。バイブレーションセンサー使用しますので、一旦動かないで下さい」
 めぐみの言葉に、全員が動きを止める。
 彼女たちは、まず最初に向かったのが実験施設。
 大型倉庫は吹き抜けになっているが、隠れる場所は無い。もしも生存者がいたなら、隠れられるのは工場棟と実験施設。
 だが、実験施設の方が部屋数が多く、隠れやすいとはいえ、こちらの方が危険であった。キメラが隠れているとしたら、こちらにも隠れる余地があるわけだから。それを裏付けるかのように、強い悪臭が漂ってくる。
「範囲内に振動を感知。注意を‥‥この建物内部、玄関ホールおり50m付近の地下に歩行音。二足歩行。数、2‥‥いや、3から4」
 めぐみの能力が、発見した。この建物内部に、生存者が存在すると。
 しかし、それに続き。新たな存在を感じ取った。
「階上に、四足の歩行音。数‥‥3体。大きさは‥‥キメラ?」
 それ以上の説明は不要だった。他の者たちの耳にも聞こえてきたのだ。
 猛獣の唸り声、獲物を引き裂き、殺戮する事を望む咆哮が。

 世史元と滝沢が矢面に立ち、その後ろにめぐみ、猫、トゥリムと千夏が控える。そして、階段から降りてくるそいつらへと、注意を向けていた。
 そいつらは、しなやかにして強力な筋肉を有し、床に爪を立てて階下へと降りてきた。鋭い鉤爪に、太くたくましい四肢。顎には鋭く太い牙を生やし、息とし生ける存在に死を与えんかのような凄まじさを見せ付けている。牙と爪には、乾ききった赤黒い跡が付いていた。
「‥‥リス‥‥ではないな。むしろ、トラ?」
「全く‥‥情報を鵜呑みにしないで正解だったな」
 世史元がそいつの印象を述べ、滝沢が感想を述べた。実際、そいつの姿は虎、ないしは前世紀の古代生物、剣歯虎に酷似していたのだ。「虎」は三匹。その大きさは、動物園の虎以上、牛や小さめの象くらいはあった。
 そいつらは、玄関ホールに展開し、能力者たちを逃がそうとしない。むしろ、嬉しそうな顔をしているようにも見える。
「‥‥虎のくせに、なまいきだね」
 トゥリムが、呟いた。
 そして、それとともに。虎のキメラ、サーベルタイガーは襲い掛かってきた!

 一匹目の「虎」は、距離を詰めんと床を蹴り、飛び掛らんと迫り来る。
 が、それは反撃を食らう形で終わった。
「‥‥『鳳仙花』!」
 世史元が、「虎」に向け、数本の苦無を刀で弾き飛ばしたのだ。放たれた刃は宙を切り、そいつに命中した。手裏剣は眼と顔面、鼻面に突き刺さり、そいつは混乱する。
 が、痛みもなんのその。そいつは世史元の命をもって己の苦痛を軽減せんと飛び掛ったが、
「!」
 それがそいつの最後となった。
 世史元の壱式の刃が、見事にカウンターで深く突き刺さっていたのだ。
 仲間の仇を討たんと、二匹目の「虎」が突進する。が、その前に立ちはだかるは、蒼き瞳の滝沢。
 装備するは、左腕に盾「スキュータム」、腰には剣。ホーリーベル‥‥白銀の刀身、聖なる鈴の鍔、そしてエミタを有した剣の鞘を払い、彼はクールな口調で言い放つ。
「なあ、知ってるか? 迂闊に飛びつく莫迦は‥‥」
 が、二匹目のサーベルタイガーは、彼の言葉など歯牙にかけない。その牙と爪で、新たなる恐怖と苦痛と死とを与えんとするが、ホーリーベルの刃が一閃される方が先だった。
「‥‥早死にするんだぞ!」
 猛獣の身体に、聖なる鈴の刃が深く食い込み、切り込み、切り裂く。怪物の身体からほとばしる血が、滝沢に勝利の確信をもたらした。
 三匹目の剣歯虎が戦うは、白髪で蒼目の猫巫女。が、虎は巫女のすばやい動きに翻弄され、幻惑されている。
「『円閃』っ!」
 直刀の強き一撃が、虎に切り付けられ叩き込まれた。キメラの肉体に食い込む刃の感触が、猫の手から伝わってくる。
 獣があげる悲痛の叫びは、能力者たちに悟らせた。この戦いが、時間の問題だという事を。
 
「では、他の皆さんは」
「そうだ、全て食い殺された」
 やつれた隊長が、めぐみに対して返答する。
 三匹のサーベルタイガーをしとめた能力者たちは、すぐに次の行動へと移った。先刻にめぐみが聞いた音、すなわち、50m先の振動元へと向かった。
 そこは、実験棟の地下、機材倉庫。そこに皆は避難していたのだ。扉は固く、中から閉めれば外からは入ってこれない。そこに、四名の生き残りは籠城する事となった。
「三人は、あのサーベルタイガーにやられてしまった。あとの三人は‥‥リスに食われた」
 悲痛そうな表情から、その様子がいかにひどかったか想像できた。
「わかりました。さ、皆さん。もう安心です。すぐにヘリのところまで案内しますわ」
 めぐみの穏やかな口調に、生存者達はいくばくかの安心感を覚えたようだ。
 だが、刻まれた恐怖の感情はぬぐえまい。今こそ、それを植えつけた元凶を取り除く時。
「行きましょう、なのです」
「‥‥ん」
 猫の呟きとともに、トゥリムがこくりと頷いた。

「‥‥リスのくせに、なまいきだね」
 ライオットシールド。盾を構えたトゥリムは、身体がほとんど隠れてしまっている。
 が、その紫の目が赤紫に輝き、まるで仏蘭西人形のような髪と肌だったのが、死人のような灰色になっていた。
 もう片手には、レーションのパック。
 そして、彼女の後ろには、仲間達。
 今、彼女達は工場内に居た。工場棟の内部は広く吹き抜けになっており、各所に機械装置が置かれて仕切られている。
 そしてあちこちに飼料や肥料がうずたかく積まれ、放置されていた。そこから放つ悪臭は、まさに地獄そのもの。先刻の先発隊によると、放置された肥料が発酵し発生したガスによるものだという。
 その内部を、巨大なリスがあちこち歩き回っていた。それを見ていると、自分たちが小さくなり、ペットのリスが入っている籠を覗き込んでいるかのよう。
 おりしも能力者たちは、飼料の山に顔をつっこみ、何かをばりばりと噛んでいるリスの群れを発見した。幸い、気づかれては居ないようだ。
「僕からのおごりだ、味わうがいい」
 タンドリーチキンのレーション、ないしはそのパックの封を切り、トゥリムはそれを投げた。汁気のある鶏肉と、香辛料の香りとが、悪臭漂う工場内に霧散する。
「最後の晩餐だ‥‥なんてね」
 とたんに「リス」の一体が、それに気づき飛びついた。そして、別のリスがそれを横取りせんと飛び掛る。漁夫の利で三体目が横取りしようとするも、四体目が同じくつかみかかってくる。
 暴れまわるリスのために、粉状の飼料が巻き上がり、周囲の視界を濁らせた。
 が、それをものともせず。リスを討伐せんと能力者たちは突撃した!

 ライオットシールドで、トゥリムは近くのリスをまずは弾き飛ばした。それは、他の固体に比べれば小さめ‥‥たったの2mしかない。
 弾かれた仲間を見て、リスはようやく侵入者の存在に気づいた。牙をむき出し、餌にしようと飛び掛る。
 が、そのすばやい動きは、封じられていた。
「どこかの迷宮に潜む、危険な首狩りウサギのようにはさせません」
『あなたの、心を、縛り付けていく。けして離したくないと、願い、歌う』
 超機械「ライジング」。エレキギターを模したそれを奏で、めぐみは、黒き令嬢は「呪歌」を歌った。キメラを縛り、キメラの動きを封じる歌を。
 さすがに、リスどもは仲間割れをやめた。が、時既に遅し。
 戦士たちが、リスへと一撃を加えんと突進してきたのだ。
「やーれやれ、やっぱりバグアの趣味は最悪だな。もっとこーキュンって来る可愛さがあるもんだ、リスってのは」
 続けて「纏え蛍火」の言葉を唱え‥‥世史元の刃が、向かってくるリスに突き出された。
「なのに、こいつらはただ醜くおぞましい。だから‥‥」
 先刻の虎同様、世史元の壱式に、敵を貫いた感触が伝わってくる。
「‥‥だから、倒せる! 何の躊躇いも無くッ!」
 続けて、もう一匹。蛍の光に包まれた身体で、世史元はおぞましき化け物リスを片付けたことを実感した。
 世史元に続き、猫もまた動く。
「『疾風』っ‥‥『迅雷』っ! はーっ!」
 月詠の刃が、キメラを切り苛み、プリトウェン‥‥メトロニウム合金の盾が、リスの攻撃を防ぐ。
 見難く歪み、邪悪な様相すら浮かべているリス相手には、容赦などしない、するつもりもない。心臓を貫かれ、そいつもまた引導を渡された。

「くっ、こうも視界が悪いと‥‥状況が把握できないわ」
 後方で、めぐみ、トゥリムとともに控えている千夏は、高揚感とともに不安を抱いていた。
 キメラを一網打尽にし、殲滅する作戦は順調。しかし、巻き上がる飼料や粉のおかげで、それが見えづらい。
「‥‥後ろ!」
 トゥリムの指摘に、千夏は後方を向く。そこには、二匹の巨大なリスが。
 こいつには、めぐみの「呪歌」がかかっていない。そして、気がつくと目前にまで接近。
「しまった!」
 牙がすぐ近くの空間を掠めた。地面に転がり、必死になってその攻撃をかわす。が、二撃目まではかわしきれる自信はない。拳銃で撃とうとするも、転がった拍子に手元から離れてしまった。
 やられる‥‥! そう思った刹那。
「おおっと、お前の相手はこっちだ。来い、化け物!」
 リスの注意が、声の主へと向けられた。その先には滝沢が、剣と盾に血痕をこびりつかせて雄々しく立ちはだかっている。
 すぐに、巨大リスは新たな敵へと向かっていった。リスのすばやさと、牙の鋭さは恐ろしげではあったが、滝沢はそれに微塵もひるまず、「シールドスラム」で己が力を倍増させた。
「吹き飛べ! すぐに切り落としてやる!」
 ホーリーベルの刃が、リスへと襲い掛かり、その命を切り裂いた。

「‥‥?」
 千夏を助け起こしためぐみだが、違和感を覚えていた。
「ありがとう‥‥めぐみさん? どうしました?」
「千夏さん。めぐはいささか、嫌な予感がします」
 先刻から、何か響くような音。それを探知していたのだ。別のキメラかと思ったが、バイブレーションセンサーを用いても、この状況では不正確だろう。
 しかし、嫌な予感がする。それは膨らみきって、すぐにでも爆発しそうな風船を思わせた。
 皆の戦闘が終了したのを見計らって、再び周辺を見回すと‥‥その原因がわかった。
「皆さん、すぐに建屋から避難してください」
 その言葉と共に、新たなリスどもが現れた。そいつらは飼料倉庫からやってきた奴ららしい。仲間の仇を討たんと、こちらへと向かってくる。
 だが、能力者たちが外へと逃げ出したと同時に‥‥キメラにとって予想外の事態が発生した。
 天井が、崩落したのだ。
 いかに敏捷なキメラといえども、それを回避する事は不可能。気がつくと、そいつらは潰れていた‥‥。天井や鉄骨の下敷きになって。

 幸か不幸か、工場の建屋は老朽化が進み、崩落直前だったのだ。能力者たちの激しい戦いにより、天井の一部が崩落。今回の結果となった。
 もっとも、トゥリムはちょっと不満。このおかげで、リスキメラが潰れて、食肉のために回収する目論見がパーになってしまったのだ。
 だが、キメラ掃討は事実。状況確認後、ムサシ社長たちによる回収作業が再開する運びとなった。
「‥‥日向灘ですか。天然記念物、アカウミガメの産卵地ですね」
 ヘリに乗りこみ、帰還時。窓から外の様子を見つつ、めぐみは日向灘へと視線を向けつつ呟いた。
「‥‥早く、戦争はなくしたいですね。それと‥‥」
 いい食事を、皆が取れるようにしたいです。
 それは、ヘリ内部に乗っていた全員に聞こえた。それを聞き、皆は改めて決意した。
 この戦争を、早く終わらせたい。そして、平和な世を再びとりもどしたい、と。

 その後。
 飼料や肥料の多くは、やはりだめだった。しかし、データや資料はほぼ無傷で、これらをもとにすれば再び肥料を作り出せるだろう‥‥との事だ。
「皆様、本当にありがとうございました」と、ムサシは何度も礼を述べた。
 戦争終結、平和への一歩が踏めた。それを実感する一同だった。