タイトル:地獄の島:前編マスター:塩田多弾砲

シナリオ形態: シリーズ
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/07/09 09:34

●オープニング本文


 宮崎県、日向。
 日向灘・島浦島。
 バグアから各地を取り返し、少しずつ復旧が進む昨今。日向灘に浮かぶ島浦島にもまた、平和が取り戻されつつあった。
 日向灘の海岸から、すぐ東に向かった場所にある島浦島。ここは九州に向かう北西側に港町である島浦町が存在し、そこから南下、島の南西付近には大きなフェリー港が作られている。島の中心部は山岳と森林地帯で、真北から東側一帯、そして南側には人家や施設は作られていなかった。
 ここもまた、かつてはバグアが攻め込み、戦場と化していた。が、今は違う。
 今は少なくとも、バグア兵やヘルメットワーム、キメラの姿は残っていない。バグアの残滓が無いものか、危険な何かが残されてはいないかと、少人数のUPC調査隊が調査を行っている最中だった。
 まだ生存しているキメラが放置されていたら、徘徊するそれらが襲撃してくるかもしれない。この島に未発見の兵器があったとしたら、それが起動して攻撃を仕掛けてきたら。その被害は計り知れない。予想されるそれらの危険へ対処すべく、調査隊は十分に調査用危機と武装とを整え今回の任務に当たっていた。

 やがて、この調査隊が。
 ある日、危機におちいった。

 きっかけは、とある日の調査中。
 調査隊は、三班に分かれて異常が無いかを調査していたが、北側のA班が島浦町の北部を調査中。あるものを発見したのだ。港町の北側には、市立の小学校、および給食センターがあるが、当然そこには今、通学する児童は居ない。だが、A班が学校内部を調査中‥‥そこに、子供の姿を発見したのだ。
 遠くからで、人影が学校校舎の窓からしか見えなかった。が、内部に入り込もうとしたとたん、いたるところにぬめりのある足跡を発見したのだ。それはまるで、ヒレのようにも、水かきのようにも見える足跡。それがぺたぺたと、あちこちについていた。
「それで、自分たちは校舎内に入り込もうとしたのですが」と、A班の班長、相沢は後に報告する。
「いきなり、校舎窓から机が降ってきたんです。それが合図になったように、机や椅子があめあられと降ってきまして、隊員の一人がそれに当たり負傷しました。自分は一時避難すべきと判断し、校舎から離れました」
 幸い、机を頭に受けた隊員は軽傷で済んだ。が、引き上げる際に彼らは見ていた。
 小さな人影めいた何かの群れが、校舎内に数多く潜んでいる事を。

「その頃俺は、島の中央部分を調査していました」と、B班の井口班長。
「数分前、部下が得体の知れない何かを発見したと報告したのです。場所は、島浦町の島野神社境内。そこから東側は森林地帯になっておりまして、以前にレクチャーで聞いていた住民達の話によると、ここから先は人間は必要でもなければ向かっていかないとの事です」
 なんでも部下の報告によると、森の奥で何かが動いたのが見えたため、双眼鏡でそれを確認しようとしたところ、得体の知れない「それ」を発見したというのだ。
 最初は、野生の獣か何かだろうと思っていた。が、それは木々の陰に隠れて見えないが、獣などではなく、巨大な甲殻類らしきシルエットをしていたのだ。
「間違いなく、キメラだと思われます。全容はわかりませんでしたが、その写真を撮ってあります」
 写真は遠距離撮影されたもので、それを引き伸ばしたためピンボケで粒子も粗かったが、だいたいは読み取れた。
 そこには、確かに怪物めいた影が映っていたのだ。

「私も、それを見ました」C班の班長である海野が進み出た。
「自分たちは、島の南西部付近を調査していました。ちょうどフェリー港がある場所ですね」
 島浦町の中心部から南西部のフェリー港へは、陸路ではトンネルで行き来できる。トンネルは島浦町から南東方面に延びており、トンネルを通り過ぎると右手にフェリー港、そしてさらに進むと左手に市立中学の校舎がある。
 だが、海野は校舎から異様な雰囲気を感じ取った。
 血の臭いが、漂ってきたのだ。周辺を見ると、そこかしこにずたずたになった動物の屍骸があった。
「調べたところ、動物の屍骸は死後数日から数週間ほどのようでした。それが、爪か何かで引き裂かれたかのようにずたずたになって、そこら中に散乱していたのです」
 部下とともに、海野は銃を構えて中学校の校舎へと入っていった。その内部から漂い出てきたのは、強烈な血の臭いと腐敗臭。
 まるで悪臭そのものが、侵入者を追い返そうとしているかのよう。だが、海野は校舎内を見て考えを改めた。
 悪臭は、警告し忠告してくれていたのだ。危険だから近づくな、と。
「内部には、様々な動物の屍骸が散乱していたのです。その中には‥‥キメラらしきものの死体も見受けられました」
 巨大な体躯のキメラ・サーベルタイガー。それが数匹ほど、やはりずたずたになって横たわっていた。体中の肉はむしりとられ、さながら猛獣や腐肉喰らいが凄惨な晩餐を楽しんだ後の様相。
「そして、校舎の北側の壁が、内側から壊され、森林地帯へ開けていました。木々がなぎ倒された跡もあり、どうやら何かがここから北へと向かっていったものと思われます」

 そして、C班はすぐにB班に合流せんと島浦町に戻り、そこでA班の惨状を知った。
 三班はただちに九州方面へと連絡を入れて、命令を受けてその時点でヘリに乗り込み、帰還した‥‥何かが潜んでいる事は明らか。それに対し、隊員の命を危険に晒すわけには行かないために。
 北の校舎に潜む、未確認生命体の群れ。それを殲滅するために、後日攻撃部隊が派遣された。
 
「‥‥が、その攻撃部隊の連絡が途絶えたのだ。それが昨日の事」
 攻撃部隊は、UPCの隊員20名。完全武装した彼らは、ヘリにて島の北部へと着陸し、その小学校へと向かっていったのだ。攻撃部隊の中には、案内役として相沢、井口、海野も参加していた。
『こちら攻撃部隊。殲滅作戦を開始します』
 部隊長、江本からの連絡とともに、作戦が開始された。

 だが、殲滅作戦が開始して暫く経つと。
『こちら攻撃部隊! 校舎内にてキメラの群れと交戦中に、何かが‥‥』
 緊急連絡とともに、悲鳴、更には破壊音。それきり、連絡が途絶えたのだ。
 その「何か」が何なのか。現時点では全くの不明。だが少なくとも、攻撃部隊20余名を何者かが襲ったのは間違いない。
「君達には、この攻撃部隊の救出を最優先してもらいたい。まずまちがいなく、複数のキメラがこの島には潜み、そしてそのうちの一種と交戦中に、別の一種が襲い掛かってきたに違いあるまい。そこで、君達能力者の卓越した戦闘能力を用いて、まずは何が起こったのかを調べてきて欲しいのだ」
 頭をふりつつ、攻撃部隊司令官は言った。
 何が起こっているのか、はっきりとしていない。だが、すぐにでも行動しなければならない。
「予想からして、相当危険なキメラと思われる。十分に注意して事にあたってくれたまえ」

●参加者一覧

ドクター・ウェスト(ga0241
40歳・♂・ER
須佐 武流(ga1461
20歳・♂・PN
UNKNOWN(ga4276
35歳・♂・ER
ハミル・ジャウザール(gb4773
22歳・♂・HG
功刀 元(gc2818
17歳・♂・HD
御剣 薙(gc2904
17歳・♀・HD
巳沢 涼(gc3648
23歳・♂・HD
綾河 疾音(gc6835
18歳・♂・FC

●リプレイ本文

 静かだった。
 閑静、という意味での静寂ではない。まるで生命の存在そのものを許さぬかのような、重々しい静けさが、島を支配していた。荒れ果てた夜の墓場にとどまるほうが、まだ遥かにましだろう。‥‥この島に上陸する事に比べたら。
「‥‥今のところ、この周辺には動くものは見当たらないようだ」
 傭兵の青年、須佐 武流(ga1461)が周辺を見回し、用心深く呟いた。
 彼の言うとおり、周辺には確かに何かが走り回る、あるいは動き回る様子は見られない。
 だが、それ以外にも強い違和感が漂うのを感じる。空を見上げたハミル・ジャウザール(gb4773)は、海鳥が島の上空を飛んでいないことを発見した。
「まるで‥‥島の上空を飛ぶのを嫌がっているみたいだ」
 それだけでない。彼らの嗅覚は、島に漂う三種類の「におい」を嗅ぎ取っていた。
「潮の匂いが漂ってきますー‥‥けど‥‥」海からの風を受け、功刀 元(gc2818)は鼻から空気を吸い込んだ。
「けど‥‥それに混じって漂うこの臭い‥‥。これは、血‥‥?」
 功刀の恋人、御剣 薙(gc2904)が、鼻をひくつかせつつ厳しい視線を島へと向ける。
「それだけじゃあねえな。プンプン臭ってきやがるぜ。悪そのもののくせえ臭いがな」
 功刀の親友、巳沢 涼(gc3648)もまた、同じように邪悪なる予感を嗅ぎ取った。
「なんか、むっちゃ危険フラグを踏んじゃってるって感じじゃあねーか。‥‥い、いや、怖くなんかないからなっ‥‥多分」
 綾河 疾音(gc6835)は、落ち着きの無い様子でUNKNOWN(ga4276)の陰に隠れ、辺りに視線をさまよわせていた。
「‥‥とりあえず、少し離れてくれないか。それに、震えているぞ」
 淡々とした口調で、UNKNOWNが綾河へ言葉をかける。
「こ、怖くなんかねぇよ! べべべべ別に震えてねぇし! むっむむむむむ武者震いだし!」
 ガタンッ。
「ひぃぃぃぃっ!」
「落ち着け。箱が崩れただけだ」
 UNKNOWNの言うとおり、粗雑に積まれていた木箱が、潮風を受けて崩れただけだった。
「けひゃひゃひゃひゃ、それじゃあ、行くとするかね〜」
 ドクター・ウェスト(ga0241)の奇妙な笑い声が、再び訪れた静寂を打ち破る。
 果たして、この島で待ち受けるのは何者か。能力者たちは多かれ少なかれ不安を感じつつ、島への一歩を踏み出した。

 彼らの上陸した港。そこからは小学校まではそれほどかからない。
 八名の能力者たちは、周囲を十分に警戒しつつ校舎へと向かっていた。
 功刀の「パイドロス」、御剣の「アスタロト」、巳沢の「バハムート」。バイク形態に変形したそれぞれのAU−KVに、UNKNOWNと綾河、須佐とミハル、そしてウェストが乗っている。
「‥‥ふむ〜」
 バイクの背に揺られつつ、ウェストは考えにふけっていた。
 ウェストの脳内では、警戒とともに「期待感」があった。この任務でキメラの細胞をサンプルとして確保しておきたい。科学者として、深遠にして高尚なる我が道を向かうためには、どんな卑怯卑劣な事も行う所存。研究者とはそういうものだ。浅ましい? 凡人には理解できまい。
 UNKNOWNとハミルは、「探査の目」を用いて常時周囲を警戒していた。加えてUNKNOWNは覚醒し、GooDLuckも使っているのだ。怪しい何かが出てきたら、すぐに発見するだろう。
 さらに、三名がAU−KVを、さらに須佐とUNKNOWNの二名が黒鎧「ベリアル」を装着し武装している。何かが起こっても、対処はできるだろう。
 それより、問題はキメラ。
 小学校のキメラは、数が多いだろうが、それほど脅威ではない。むしろ注意すべきは、キメラを食らった別のキメラ。そいつがどういう存在なのか、どう対処するべきか。それに注意しておかないと。
「‥‥着いたぜ、ミスター・ウェスト」
 不意に掛けられた巳沢の言葉が、ウェストの思考を中断させた。
 目前には、荒れ果てた小学校の校舎があった。

「クリア、良いですよ」
 少しだけ先行したハミルが、問題なしと合図を送る。彼の「探査の眼」、鋭い鑑識眼が、校舎内を走り安全を確認したのだ。
 続いて、人型形態に変形したAU−KVの三名が、そしてウェストに綾河、UNKNOWNに須佐と続く。
 内部からは、ひどい臭いが漂い出ており、能力者たちをうんざりさせた。須佐が、顔をしかめつつ周囲へと眼をやる。辺りはじめつき、不快なこと極まりない。
「この臭いはなんなんだ。血の臭いだけじゃあないな。まるで、何かが腐ったような‥‥」
「それに、水棲生物のような生臭さもあるな」
 UNKNOWNがそれに付け加えた。
 正面玄関から廊下を進む一行だが、今のところ生物には遭遇してない。まるで、たちの悪いオバケ屋敷。いや、まるで邪悪な魔物が潜む魔界のよう。
 魔界を切り開く勇士たちのごとく、魔王を討ち取らんとする勇者達のごとく、彼らは一歩づつ歩を進めていく。
 静寂が、全員の耳に痛く、心臓の鼓動を上げる。互いの息遣いと足音以外、聞こえるものは無い。
 しかし、気配だけは感じる。何かが接近してくる気配だけが、精神に食い込んでくる。
 何かが接近あるいは潜んでいる予兆はなくとも、実感としてそれが感じ取れる。
 そして。

 ガタッ。

「ひぃぃぃぃぃぃっ!」
 綾河が叫び、それと同時に全員が身構える。廊下の奥、そこから現れたのは小さな人影。
 だがそれは、子供程度の大きさ。それが、よろよろとした足取りで接近してくる。
「キメラです!」
 ハミルが叫ぶと同時に、そいつは前のめりにぱったりと倒れ‥‥それっきり動かなくなった。
「‥‥少なくとも、生臭さの原因だけはわかったな」
 暫くして、UNKNOWNが口を開く。が、それに相槌を打つ者はいなかった。

「ふむ〜、これは興味深いな〜」
 サンプルを採取しつつ、ウェストはそのキメラの詳細を検分していた。
「このタイプ‥‥通称『川太郎』と呼ばれるタイプであるな〜。『河童』を模しており、その姿に違わず水中・水辺で活動するように製造されたキメラ‥‥けひゃひゃひゃ、これは面白い‥‥」
 自前のメスで、死体の一部を切り取り、血液や神経組織などを採取する。嬉しそうにおぞましい行為を実行するウェストの様を見て、薙は顔をしかめた。
「あの、ウェストさん。それで‥‥どうなんですか?」
「ん〜? どう、とは?」
「ですから、そいつはなんで死んだのか、って事です。生き残りの要救助者に撃たれたのか、あるいは他のキメラにやられたのかとか」
「ああ〜、そういうコトか〜。この死体の様子からして〜‥‥」
 そう言って、ウェストは川太郎の死体をひっくり返した。
「見たまえ〜。ここに深い傷痕が確認できる〜。この痕跡から判断するに〜‥‥」
 一息おいて、彼は言った。
「哺乳類や獣の爪や牙とは、異なる形状の何かに引き裂かれたものと思われるね〜」

 一行はさらに、小学校内部を捜索。
 だが、その結果は芳しくないものだった。
「‥‥死体が無いドッグタグが数個、損壊した人間の遺体が約五名分。内一体はUPC隊員・相沢と確認。川太郎の死体が七体、瀕死の状態の川太郎が合計三体。それに‥‥」
「それに、この記録用ビデオカメラだけですねー」
 UNKNOWNの言葉に、功刀が付け加える。先刻と同じく、生きているキメラが二体発見されたが、それらもまた同様に瀕死の状態であった。しとめ、調べたところ‥‥最初に見つけたものと同じ痛手を被っていた。
「‥‥このビデオカメラ、バッテリーが壊れているな。液晶画面も割れちまってる。持ち帰るしかあるまい」
「そうだな、今後の手がかりになるだろう。調べてみる価値は大いにありそうだ」
 須佐が頷き、ハミルが促した。
「そうですね‥‥。それじゃあ‥‥次、行きましょう」
「ああ、さっさと回って、早いところ済ましちまおう。でないと‥‥」
 綾河が、小さく呟いた。
「でないと、助けられるものも助けられなくなっちまう」

 先刻と同じく、バイク形態で皆を乗せ、一行は島の南側‥‥中学校へと向かっていった。
 が、その途中で。彼らは見たくないもの、発見したくはなかったものを数多く発見してしまっていた。
「‥‥遺体確認。損壊状態がひどく、外見からの判別は極めて困難。ドッグタグ、及び持ち物から、UPC兵士と判断‥‥畜生!」
 須佐は、わざと冷淡に状況を口にしていた。これに感情を込めたら、怒りと不快感でどうにかなりそうな気がしたからだ。しかし、その試みは失敗した。
「損壊した遺体」と、それらを呼ぶのは間違いであった。損壊した遺体「の一部」と呼ぶべきだろう。例えるなら、悪童が少女から人形を奪い、面白半分に手足や頭をもぎ取りぶちまけたかのよう。
 不快にも感じ、恐怖と嫌悪も強く感じた。が、それらが収まり落ち着くと、彼らは己が心に別の感情が沸き立つのを感じた。
「怒り」
 生命をもてあそび、苦しみを与え、それを喜ぶ存在に対しての「怒り」。
 このUPC兵士たちに、このような冒涜を行ったキメラ。そいつがなんであれ、必ず報いを受けさせてやる。

「中学校、校舎内にて遺体確認。‥‥生存者、ゼロ」
 ハミルの言葉が、重く心にのしかかる。
 一縷の期待とともに、皆は中学の校舎内を探索した。が、その望みは無残にも打ち砕かれ‥‥彼らは更なる絶望、そして無力感を味わうはめになった。
 こちらの遺体は、中学校の校舎内、教室の一角にて発見した。籠城した痕跡が残っているが、長くは無かったようだ。幸いと言うべきか、残された遺体には損壊は見当たらなかった。
 発見し、検分しているハミル、UNKNOWN、須佐は、無念さを覚えかぶりを振る。
 遺体の顔から、それはUPC兵士・海野隊員だとUNKNOWNは判断した。
「どうやら‥‥生存者はもう絶望的と見るべきか」
「遺体は、あちこちに散乱してるしな。人数も大体合っている、となると‥‥ん?」
 そこで、須佐は気づいた。
 遺体が、何かを握り締めている事に。
「どう‥‥しました?」
「これは‥‥メモ帳か? ひどいな、血が染み込んじまって読めないよ」
 遺体の手から、須佐はそれを取り上げ、ハミルに見せた。
 確かに、それは小さなメモ帳。しかしそれは、生前に流しただろう血がたっぷり染み込んでしまい、中のページに何が記されているのかまったく判然としなかった。
 しかし、最後のページだけはかろうじて判明できた。それも血で汚れ、ほとんどが読めた状態ではなかったが。

『‥‥隊長が、死亡‥‥(判読不能)‥‥全員森林内部で‥‥全滅。森内部に奴らが‥‥(判読不能)‥‥に入ったら、確実に死亡‥‥』
『‥‥やつら、キメラが‥‥、我々はこの部屋に立てこも‥‥。やつの、‥‥(判読不能)‥‥仲間が助けを求めに‥‥(判読不能)‥‥連絡が途絶えた。おそらく‥‥(判読不能)‥‥意識を失う前にこの記録を‥‥』
『‥‥願わくば、妻と息子に一目だけ‥‥』

「‥‥海野さん、とか言ったな」
 最後のメモを読み終わった須佐は、暫くの沈黙の後に、重々しい口調で口を開いた。
「あんたの残してくれた情報、絶対に無駄にしない」

 そこからそれほど遠くない部屋では、ウェストがキメラの死体からサンプルを採取していた。死体は腐敗が進んでおり、悪臭が漂うとともに大量の黒蝿がたかっている。
 周囲にもいくつかキメラの死体が転がっており、それらの周辺にも例外なく黒蝿が飛び回っていた。報告どおり、北側の壁には穿たれた大穴と、そこから見える森の風景。
「むふ〜、サーベルタイガーを彷彿とさせるキメラの遺体とはね〜。これは研究のしがいがあるぞ〜」
 ウェストの奇妙な喜びようには、正直、味方である仲間達も引いてしまうものがあった。だが、奇妙ではあっても味方であり仲間には違いない。
「‥‥遺体の様子からして、先刻の川太郎と同じ痕跡があるね〜。それに‥‥」
 肉をむしりとったのは、鋭い牙だ。それもかなり大きな。
 ウェストが続けて言ったその言葉が、皆の心に突き刺さる。
「‥‥でも、さっきの川太郎もそうだったけどー、一体何がこいつをこんなにしたんだろうー?」
 功刀が、生じた疑問を口にして頭をひねった。
「さあね元くん、でもひょっとしたら‥‥」
 がたん。
「!」
 薙はそれ以上、言葉を続けられなかった。
 再び、がたんという音が響いてきたのだ。それも、校舎の玄関先から。
 
 全員が、中学校の校舎へと集まった。武器を構え、全員が駆けつけた先には‥‥三名の生存者が居た。
「おい、しっかりしろ!」巳沢が叫び、駆けつける。
 三人とも、まるで執念だけで生きているような状態だった。互いに互いを支えあい、全身のあちこちを即席の包帯で固く縛っている。
「早く! 救急キットを!」
「‥‥に、逃げろ‥‥あいつらが、来る‥‥」
 巳沢が抱きかかえた兵士の一人は、それだけ言うと事切れた。
「しっかりしろ! 今助けてやるぞ! おい!」
 だが、一人目の兵士は二度と目を覚まさなかった。
「何があった? 教えてくれ!」
 須佐が、二人目の兵士に問いただす。が、彼が口にしたのは奇妙な単語。
「虫‥‥でかい虫が、何匹も‥‥」
 そこまで言うと、彼もまた沈黙し、二度と眼を覚まさなかった。
「お、俺たち以外‥‥皆、殺された‥‥た、助け‥‥」
 三人目もまた、そこまで言うと昏倒した。だが、弱々しいがまだ息はある。
「彼をすぐに船まで!」
 薙が、吼えるように叫んだ。
 だが、そこまで言うと。北の森から、いやらしい虫の羽音めいた音が響いてきた。
 それは、耳障りで不快な音。先刻からキメラの死体にたかっている蝿のそれに似ているが、蝿などよりもずっと力強く、ずっとおぞましい音。それは、否、それらは、徐々に接近してくる。
 戦うべきか? いや、救助が先だ。それに、この状態で戦うのは分が悪い。どんな相手かわからないのだ。散り散りになったらそれだけ不利になる事はまちがいない。
 ならば、とるべき行動はただ一つ。
「‥‥退散するべき時、だろうな」
 UNKNOWNのつぶやきに、全員が同意した。

 海野を含めた三名の遺体、そして昏睡状態の兵士とを、彼らは運び出し‥‥島より退散した。
 しかし、手当ての甲斐なく。救出した兵士‥‥UPC、井口隊員は、昏睡状態のまま眼を覚ます事無く‥‥搬送先の病院で亡くなった。
「諸君、良くやってくれた。残念な結果に終わってしまったが‥‥少なくとも、彼らの死を無駄に終わらせるわけにはいかない。これより、諸君らが回収してきた破損したビデオ、汚れたメモ、それに井口隊員の所有していたカメラより、情報を得て検討したいと思う」
 今回の任務を依頼した司令官が、悲痛な面持ちで皆へと言った。
「いずれ、本格的な殲滅作戦の依頼をする事となるだろう。その時には、あらためて頼みたい‥‥。このような怪物どもに、引導を渡せ、とな」