●リプレイ本文
全員が、良い気分などではなかった。
作戦は成功した。しかし、ある意味では失敗ではある。
帰還する彼らの心の中には、怒り、憎しみ、悲しみ、無力感が渦巻き、胸中をかきむしっていた。
帰還する際、シア・エルミナール(
ga2453)はこの任務に参加した時の事を思い出していた。
‥‥作戦開始時刻、ブリーフィングルームに集合した能力者たちは、それぞれ自己紹介を行った。
「シア・エルミナールです。皆さんよろしくお願いします」
「霞澄 セラフィエル(
ga0495)です。どうかよろしくお願い申し上げます」
「俺はファルロス(
ga3559)だ。よろしく頼む」
「キャル・キャニオン(
ga4952)よ。今度の任務、必ず成功させましょうね!」
「私はリーゼロッテ・御剣(
ga5669)です! みなさん、がんばりましょう!」
「へっへっへ、植松・カルマ(
ga8288)ッスよぉ。ま、ひとつよっしく」
「水流 薫(
ga8626)です。こういう話を聞くと、けっこうわくわく‥‥あ、いや、B級ホラーっぽくて、恐いですよね?」
「あ、えっと‥‥狭間 久志(
ga9021)‥‥です。お役に立てるかわからないけど、せいいっぱいがんばります」
この時に水流が言った「B級ホラーっぽい」という言葉。それが当たらずとも遠からずだったのは、この世の皮肉か、神の悪戯か。いや、今となってはそんな事などどうでもいい。あのようなおぞましいもの、悪魔ですら創造はしないだろう。する筈が無い。
作戦内容は、すぐに決定した。
能力者たちは、二班に別れる。対ヘルメットワーム戦に、KVに搭乗し交戦するA班がリーゼと霞澄。
そして、A班がヘルメットワームを引き付けた隙に、島内を探索するB班。これは残りのメンバー‥‥ファルロス、植松、水流、狭間、キャル、そしてシアで構成される。
B班はKVで着陸し、七時間以内に島内を探索。施設及び要救助者を確認し対応を検討。施設より救出・脱出する。
然る後、B班はA班に連絡後、KVで再び搭乗。キメラ及び施設の破壊・掃討。
かくして、八名の勇敢なる能力者たちは、己の登場するナイトフォーゲル‥‥防衛する白銀の翼とともに、悪石島へと赴いていた。
ヘルメットワームとの交戦は、リーゼと霞澄が行う。リーゼロッテの駆るF―108ディアブロ、霞澄の乗るPM−J8アンジェリカ。十分な武装が施されたそれらは、ヘルメットワームに対しても互角に戦えるだろう。
他の六名は、ファルロスがH−114岩龍、キャルがXA−08B阿修羅、植松がF−108ディアブロ、水流がR−01、狭間がG−43、そしてシアがS−01。
だが、B班はあくまで地上戦闘がメイン。これらは今回使わないかも知れないと、皆は思っていた。
「敵機確認! ヘルメットワーム四機!」リーゼからの連絡が、後方に待機していたシアたちの機体にも入った。悪石島から飛び出す様子が、リーゼと霞澄には聞こえているのだろう、すぐさま、反転し、戦いをいどまねば。
ディアブロとアンジェリカ、リーゼロッテと霞澄を追い、ヘルメットワームは海原へと向かっていった。そして、手薄になった悪石島へと、残りの6名は降り立った。
「おい、あいつを見てみろ」
捜索を開始して、しばらく経った頃。ファルロスがそれらしき施設を発見した。
「あれは‥‥」「どうやら、間違いなさそうッスよぉ〜? どうするッスかぁ〜?」
狭間の言葉を、植松がさえぎった。間違いなく、件の施設に違いなかろう。
「当然、入り込んで内部を探索すべし! ‥‥ですよね?」
「ええ、それしかないでしょうね」
水流の言葉に、キャルは力強くうなずいた。シアも、その事については別段感じ取るものは無けれども、しかしそれでも不安だった。不安がいつも以上にみんなの神経にかみつき、不安を感じさせている。それがなぜか、不安だった。
手に携えたアーチェリーが、妙に頼りない。こんなんで本当に勝てるだろうか、と。
施設内部は、無人だった。が、獣臭や気配が多く、「無人にした原因が、まだ生きていそう」だと感じさせる。
そうこうしているうち、彼らは地下へと続く通路を発見した。その奥のほうからは、わずかだがうめくような声が聞こえる。そして、獣臭もきつくなりつつあった。降りていくべきだろうが、まだ一階を完全に調べきってはいない。
「!」
ふと、聞こえ、感じ取った。なにかがちらりと、見えたような機がしたのだ。
次の瞬間。
「来たぜ! きやがれ!」
ファルロスによって、なんとか命を救われたシアだったが。
そこにいたのは、飛び出す機械化されたゆるくも新たな存在だった。多くの人々を悩ませる、頭の痛い存在。
それがまさに、たったいま飛び出してきたのだ!
ヘルメットワームの一機が、ディアボロの攻撃で破壊された。それと同じくして、アンジェリカもまた一撃を食らわせ、もう一機が破壊し残骸を振り舞いた。
「さすがに厳しかったですが、どうやら‥‥」「簡単に相手できそうな相手ですねっ!」
そうだ、確かに簡単だった。もう一機のクワガタを思わせるヘルメットワームが、コミカルさをも感じさせる動きで、ディアボロとアンジェリカとを翻弄する。
「「!」」
距離を縮めた両者は、空中で変形、至近距離からミサイルを叩き込んだ。
指揮官用のヘルメットワームが、一般兵士用のそれとともに、ミサイルの直撃を受け、大爆発をおこした。
「‥‥セフィさん、大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫。‥‥行きましょう!」
霞澄は微笑んだ。が、それと同時にいやな予感をも感じていた。勝利はしたが、後味の悪い何かがある。それを如実に感じ取ったのだ。
そこにあるキメラと、こうも早くするとは思わなかった。が、現にこうやってしている。
四体のキメラ、剣歯虎のように、長い牙を伸ばした凶暴そうな獣。その名もガードビースト。それが四匹、皆の前に立ちはだかったのだ。施設内の広間に、能力者たちを追い詰めたそいつらは、周囲をぐるりと取り囲んだ。
「みんな、いくぜ!」
だが、それは能力者たちにとっては脅威ではない。数秒で恐怖にパニくるのを押さえ込み、数秒で覚醒し、獲物に襲い掛かったのだ。
十字を背負ったファルロスが、小銃シエルクラインより弾丸を放つ。それに全身を貫かれたガードビーストへと、とどめのダメ押しに水流がショットガンによる追い討ちを食らわせた。
二匹目のビーストは、植松をかみ殺そうと飛びかかる。が、
「へっへっへっへへーッ! 光!合!成! ブっとばすぜええええっ!」
赤くなった眼球に、全身に流れるエネルギーの文様。それとともに直剣イアリスを横薙ぎにして、二匹目のビーストの胴体を切断した。
「はーっ!」
三匹めもまた、別の方向から襲い掛かる。が、それは狭間が有する武器‥‥両手の剣、氷雨と蛍火の強烈な一閃に十字に切り裂かれ、絶命した。
最後のガードビーストは、躊躇するような動きを見せたものの、意を決し飛び掛る。が、やはり仲間の後を追う運命であった。
「当たれっ!」
アーチェリーボウからの一矢が、ガードビーストの眉間へと突き刺さる。が、それでも牙を突きたてようとする獣に、キャルのパイルスピアがきまった。
「たあああっ!」
先端が、キメラの命を貫き、それと同時に勝利を皆にもたらしたのだ。
「へっ、なんだなんだぁ〜? ずいぶんとあっけねえ奴らッスね〜? こんな程度じゃあ、楽勝ッスよぉ?」
戦い終わり、植松が砕けた口調でおどけて見せた。だが、どうにも嫌な予感は消えることが無い。
「なんだか嫌な予感がしますね‥‥最悪の事態も覚悟して‥‥いや、必ず助けましょう」
狭間の言葉が、重く響いた。しかしそれは、あとになって皮肉となる。
全員が、言葉を失っていた。
地下にあるのは、巨大な研究室。プールのような貯水池、おそらくは細菌培養などの培養槽なのだろうが、そこにはおぞましい肉塊めいたものが鎮座し、うごめいていたのだ。
肉塊には、大きく太い触手が無数に生えていた。そして、その先端には何かが付いていた。丸く、見覚えのある何かが。
「‥‥あれは‥‥!」
その場にいる者全員が、強烈な吐き気と嫌悪感とを覚えた。それは、人の頭、人間の頭部だったのだ。中には、白骨化したものすらあった。
「ね、ねえ。これは、まさか‥‥」
キャルが口を開こうとしたが、それ以上は言えなかった。わざわざ口に出すほどのものではない。
こいつは、人間を生きたまま取り込む巨大なキメラなのだと。
「きゃあっ!?」
シアが、叫び声をあげた。彼のすぐ近くにあった取り込まれた人間が、いきなり動いたのだ。
「‥‥こ、これ、を‥‥本部に、そ‥‥そして、妻と、娘に‥‥」
シアへと、その人物は何枚かの紙を差し出した。粘液に汚れべとべとしていたが、思わずそれを手にする。それを見届けた哀れな犠牲者は、安心しきった表情で事切れた。
「‥‥ムカつくッスね。なんだよ、このクソふざけたものはよぉ!」
あまりに、酷すぎる光景。植松のすぐ近くには、まだ年端も行かない子供と、優しそうな老婆の顔があった。それらは半分が溶け、なくなっていた。
「人間を、生きたまま取り込んで、そして‥‥」
水流が、己の考えを口にするが、ファルロスがそれを制した。
「言うな! ‥‥わざわざいう事じゃあねえ」
「こっちにも、手記があったわ。早く‥‥出ましょう」
吐き気を押さえ込みつつ、シアは言った。それ以上口を開くと、自分も何をしでかすか、何を吐き出すか分からなかった。
その後、階上を調べたが、人間の生存者はいなかった。そして、回収した手記より、あの肉塊が巨大なキメラである事が判明した。
どうやら一種の生体コンピューターで、老若男女を問わず拉致した人間を触手に取り込ませ、その脳髄からあらゆる記憶や知識を取り込み、情報として蓄える。そのようなものらしい。
捕らわれた人間は、しばらくは生きているが、知識を吸収されるごとに徐々に体を溶かされ、最後には頭部だけになる。恐ろしいのは、頭部だけになっても死なない事。その状態でも意識はあり、溶かされる感覚を感じつつ、生殺しの状態に置かれるのだ。
痛みはない。が、自分が何かに浸食され、「自分以外のものにされる」という恐怖がある。自殺しようとしても、脳へと直接自殺防止の命令を下すため、それもできない。
件の連絡‥‥「救出には来るな」「市民は生きている」。不可解な内容の連絡は、これを伝えたかったのだと皆は理解した。
霞澄とリーゼロッテにより、ナパームで施設の焼き払いを確認した後、皆はKVで帰還した。
「‥‥任務は完了しました、ですが‥‥」霞澄が、沈痛な声でつぶやく。記録映像を見た霞澄とリーゼは、あまりのひどさに何度も眼を背けていた。あの場所にいたら、気絶していてもおかしくはなかったろう。
「これは勝利と言えるのでしょうか? 私たちは、助けるべき人たちを、助けられませんでした‥‥」
リーゼが言った。悲しみを多分に含んだ口調だった。
「‥‥そうですね、確かに敗北です。けど」
シアは、言葉をつむいだ。おそらくは、他のみんなも同じ事を考えているはずだ。
「けど、彼らの犠牲を無駄にする事。それが真の意味での敗北です。最後に連絡をくれたあの人は、必死でバグアの悪だくみを阻止せんと、最後の力を振り絞って連絡してくれました。他の犠牲者の方々も、二度とあんなものを作り出させて、同じ犠牲者を出すなと言うはずです」
「ま、簡単に言えば、こういう事ッスね」
植松が、幾分静かに、しかし凄みを含めた口調で言った。
「‥‥バグアの奴ら、全員ブチ殺してやる。あいつらをマジに、この地球から一人残らず叩き出してやる。絶対にな!」