タイトル:死が棲む館マスター:塩田多弾砲

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/09/07 01:21

●オープニング本文


 憎むべきバグア軍が放つ「キメラ」。
 その化け物の有する危険性は、並大抵のものではない。知らぬ間にすれ違っただけでも、殺されておかしくない状況を数多く生み出している。
 そして今宵も、バグアの悪夢が手を伸ばしていた。

 わにつか県立自然公園。そこからほど近い場所。
 そこには、一軒の洋館が建っていた。
 十年ほど前までは、そこは使われていた洋館だが、今では来る者はいない。なぜならそこは、すでに廃墟と化していたのだ。
 作られたのは、大正時代。裕福な貴族の避暑地として作られたが、持ち主ないしはその家族は昭和・平成と進むにつれ、次第に避暑に来る機会が減っていった。1990年代に入り、バグアの襲来・襲撃によってその家系は絶たれた。以後、持ち主のいないままに、屋敷はそのまま放置されていた。
 しかし、一人だけ親類縁者が存在していた。処分するにしろ利用するにしろ、まずは現地に赴き、確認する事は必至。
 かくして、東条美奈子他、数名の関係者たちは屋敷へと赴いた。
 洋館の周辺は、当然ながら手入れも行われておらず、草木が生え放題。人の気配などまったくない‥‥と思われた。
 しかし、違っていた。人か否かはともかく、生き物の気配があったのだ。
「?」
 訝しみつつ、美奈子たちは不動産業者とともに屋敷へと歩を進める。それ以来、彼女たちの消息は絶たれた。

 UPCの部隊長である、西郷丙四郎。彼はこの事件の調査を志願した。上層部は調査の命令を下し、彼は現場へと向かっていった。
 洋館の場所は、県立自然公園からすぐ。森林の中。かつては避暑地として建造されたものの、1960年代に入りしばらくは放置されていた。ふたたび人の手が入ったのは、1980年代の半ば。ここを会社の社屋にしようとつとめ、持ち主は拡張工事を行い、広く大きな、まるで迷路のような規模の建物になった。
 当時は近くの町も開発・発展が著しく、洋館近くにも大型幹線道路が通る予定だった。車での行き来ができれば、このあたりはますます発展する。しかし、そう見込んだものの開発はなかなか進まず、さらに悪いことに世界中にバグアが襲来。さまざまな要因が重なり、結果、会社は倒産し、洋館はそのまま放棄された。
 放棄されて20年以上がたち、洋館はほとんど廃墟と貸していた。まだ最初の5年ほどは、管理人が存在し管理や維持を行っていたが、彼らも逝去し、現在はまったく手が入れられてない。
 UPC部隊は、事前にそのような情報を得ていた。そして十分に装備を整え、洋館へと向かった。
 そして、彼らもまた同じ運命をたどった。唯一、丙四郎のみが逃げ帰った。
 彼は、全身を何かにたかられ、食われたかのような咬傷を無数に負っていた。そして、右腕を完全に食いちぎられていた。
「やつは‥‥やつらは‥‥黒い‥‥人‥‥の姿‥‥畜生、大勢で‥‥美奈子を‥‥」
 SOSを受けやってきた救援部隊に助けられた丙四郎は、彼らに助けられ、それだけつぶやいた。そして、そのまま意識を無くし、数日後に病院で亡くなった。

「以上が、この事件に関する情報だ。あの館には、何かがいる。それをなんとか突き止めてもらいたい」
 司令官が、苦渋の表情をこらえつつ、君たちに説明した。なんとか無念をこらえてはいるものの、それでも本心を隠しきれてはいない。
「軍としては、あの館にミサイルを数発ぶちこんで、中にいるやつらごと破壊してやるつもりだ。だがその前に‥‥何が、部下を、そして人々を殺したのか。それを調べてもらいたいのだ」
 洋館から一番近い町は、今は人がいない。そのため、目撃証言は得られていない。
 しかし、子供が遠目からバグアのヘルメットワームとおぼしき飛行物体を目撃したらしい、このあたりを通りがかった者がバグアらしき者たちが洋館近くで何かをしていたかもしれない、といった、真偽の程がしれない情報が得られている。
「‥‥今回の犠牲者、東条美奈子は‥‥私の後見人。もっと言ってしまえば、私の娘のようなものだった。そして、西郷くんは‥‥美奈子の婚約者だった。娘と、息子になるはずだった若者の命を奪ったバグアは、決して許せん! ‥‥できれば、この手でやつらを八つ裂きにしてやりたいところだが、この体では無理なのは見てのとおりだ」
 車椅子の老人は、無念そうなうめき声をあげた。
「‥‥だが、あの屋敷を破壊する前に、美奈子の遺品を持ち帰ってほしい。おそらく‥‥遺体は食われてしまっている事だろう。だが、もしも持ち帰れるのならば、おそらく首からロケットを下げていることだろう。安物だが、今は亡き妻の形見だった。婚約記念にと美奈子に与えたが‥‥まさか、妻の後を追う結果になるとはな。
 こちらで、用意できるものは全て用意しておく。これが職権乱用だと言う事も承知だ。だからこれは、私の個人的な依頼と思ってくれてかまわん。館をミサイルで攻撃・破壊する前に、私の娘の遺体を確認し、遺品を取り戻し、そして‥‥バグアの手先どもをできるだけ殺してくれ」

●参加者一覧

アグレアーブル(ga0095
21歳・♀・PN
瞳 豹雅(ga4592
20歳・♀・GP
夜十字・信人(ga8235
25歳・♂・GD
リュドレイク(ga8720
29歳・♂・GP
クリム(gb0187
20歳・♀・EP
クリス・フレイシア(gb2547
22歳・♀・JG
レヴァン・ギア(gb2553
26歳・♂・DF
神崎 真奈(gb2562
18歳・♀・SN

●リプレイ本文

 生い茂る緑から漂うは、むせ返るような臭気。
 木々の枝は、陽光そのものを呪い、生命を与える太陽をもぎ取らんと空を穿つ無謀なる腕を思わせる。
 屋敷の玄関には、当然ながら客を出迎える主の笑顔などはない。玄関そのものがまるで、巨大な頭蓋骨が鎮座しているかのよう。周りに木や草花が生い茂っているというのに、屋敷とその周囲は「生命」とは異なる雰囲気を漂わせていた。
 人はもちろん、動物の気配すら全く感じさせない。飛び回っているのは、虫のみ。
 屋敷から離れていない場所に、黒い塊があった。それは、動物の死体。腹の部分が食い破られ、そこには黒蝿がびっしりたかっていた。強い腐敗臭から、殺されて数日後、といったところか。
 凄惨な場面を直視しながら、赤髪の美少女・アグレアーブル(ga0095)は微動だにしなかった。死体を見た後、屋敷の扉へ、そして手元の地図へと視線を動かす。緑色の瞳が、事実と真実を看破するかのように鋭く視線を投げかけていた。
「‥‥扉は、食い破られているようね。どうやら、昼間には屋敷に戻り、夜になると個々から出て、周囲を襲う‥‥といったところかしら」
「そのようですね。で、どうします?」
 瞳 豹雅(ga4592)、金色の瞳を持つ忍術使いが問うた。
「作戦通り、このまま玄関から中に入って‥‥ってな事になるだろうけど」
「うむ。軍としては、直ぐにでもミサイルを撃ち込みたい所だろうがな」瞳の言葉に続き口を開いたのは、夜十字・信人(ga8235)。白い肌に、アグレアーブル同様の赤髪を備えた美少年。
 見たところは、扉や窓はみな閉まっている。しかし、ところどころには穴が開いていた。大きさとしては、犬猫がようやく通り過ぎることができる程度。そしてそのどれもが、内側から外へと「何かが食い破ったように」穴が開いていた。
「‥‥間違いは、無いようですね。俺たちが殺す獲物の、出入りしている出入り口だと思いますよ」
 穴を指差したリュドレイク(ga8720)の指摘に、神崎 真奈(gb2562)は首をふった。
「やーれやれ。まったく、館も災難だな。虫の化け物に入り込まれるとは」
「‥‥それじゃあ、そろそろ行きますか。俺はどうも日光が苦手なんでね、早いところ日陰に入りたいよ」
 レヴァン・ギア(gb2553)の声に促され、一行は屋敷内部へ入り込むべく前進した。

 借りた鍵を用いて、玄関から入る。玄関ホールから内部へと進もうとした、その時。
 バキッ。
「!!」
「‥‥いや、大事無い」
 何事かと、皆は緊張した。が、それはクリム(gb0187)の仕業だと知り、即座に緊張は解けた。彼女が、腐った床板を踏み抜いてしまったのだ。
「ふう‥‥びっくりしましたよ。気をつけて下さい‥‥ねっ」クリムの手をとり、クリス・フレイシア(gb2547)は彼女を引っ張り上げた。
幸い、足はくじいてはいない様子。しかし周辺は湿気た空気が漂い、いかにも虫やネズミなどの害獣が喜びそうな環境を作り出している。
 顔には出さずとも、クリスはげんなりしていた。この状況と雰囲気だけでも気がめいるのに、相手は虫、またはそれに近い存在。虫の類が嫌いな身としては、その事を予想するだけでベソをかきそうになっていた。
「? ‥‥見てくださいよ、こちらの方。足跡があるのに‥‥」ふと、クリスはある事を見つけた。
 周囲に、破損した跡が無い。だが、人のものらしい足跡が二階に向かう階段へと続いている。
 転じて、何かの動物‥‥具体的には、巨大な虫のそれらしい足跡が、一階奥へと続く扉へと続いていた。こちらの足跡は、穴が開いた閉まったままの扉に続いている。扉には直径50センチ程度の穴が食い破られるようにして開けられ、足跡の主がそこから更に奥へと向かっているだろう事を予測させた。
「‥‥アグレアーブルさん、私はこっちを調べてみるわ。ひょっとしたら、生存者とは言わなくとも、遺体が残っているかもしれないからね」
「なら、俺も。これが美奈子さんの足跡とは限らないけど、あるいはこちらに何かがあるかもしれません」
「私もこちらに行こう。優先すべきは美奈子殿の遺品回収。彼女がこちらに赴いたのならば、遺体はこちらにあるのかもしれないしな」
 瞳、リュドレイク、神崎が名乗り出た。
「了解しました。では、私たちはこちらの足跡を調べてみましょう。皆さん、良いですか?」
 アグレアーブルが問う。
 僕はできれば、瞳さんたちと同行したいんだけど‥‥というクリスの言葉は却下された。これ以上、戦力を分断したら、逆にこちらが危ない。かくして、二班に分かれた一行は、館の奥へとそれぞれ足を踏み入れ始めた。

 館は、改築に継ぐ改築、増築につぐ増築で、まさに迷路のよう。どうも戦後に、成金で豊かになった当時の持ち主が、社屋やなにやらに用いるためにと金をつぎ込んではこの有様になったらしい。そのため、手元に渡された地図も、迷路そのものだった。
 隣の建物には、二階からならば室内から行けるが、一階からは一端中庭に出て、再び入りなおさなければならない。不安であった。これから行く先に、何があるのか。一同は不安を隠しきれない。
 もっとも、それは館に限らないが。
「‥‥失礼、夜十字さん」
「言ったろう、俺のことは亡霊、もしくはよっちーと呼んでくれ、と。個人的には後者を推奨する」
「では、よっちーさん。ひとつ伺いたいのだが‥‥『探査の目』は、どうやって発動するのだったか?」
どうにか発動はできたものの、先頭がクリムである事に、クリスは若干の不安を否めずにいた。
「‥‥ったく、大丈夫か? こんな事で、虫が大挙して攻めてきたら‥‥」
「ええっと、できればその事は言わない方向で」
 レヴァンの言葉を、クリスは無理やりさえぎった。どうせ嫌でも遭遇するのだろうから、できるだけその単語は聞きたくない。
 中庭を抜け、再び中に。地図によると、そこから先には曲がりくねった廊下がある場所。それを抜け、いくつもの通路を抜けた先には、吹き抜けの巨大な図書室が。
「‥‥?」
 クリスはふと、周囲の異変に気づいた。
「におう」のだ。蟻酸めいた臭い、腐臭めいた臭い、そして、血の臭い。不快な臭気が鼻腔を侵食する感覚を、クリスは味わっていた。

 足跡をたどる瞳ら三人は、その先にあるものを予測していた。そして、半ばそれが的中した事を後悔していた。
 二階へと上がり、ラウンジに出て、そこから別の棟の建物へと続く渡り廊下を歩くと、再び一階へと降り立った。
 そこは、大食堂。そして隣接するは、大き目の台所。
 だが、台所へと続く大扉を見て、リュドレイクは「見た」。何かが動くのを、何かがうごめいているのを。
 それは、まだ離れているこちらには気づいていない様子。何かを行っているようだったが、おそらくはおぞましい行為に相違あるまい。幸い、足跡は台所を避け、大食堂からまた別のところへと向かっている。
 台所に入ることは、自殺行為。そう判断した瞳と神崎、リュドレイクは、足跡を更に追った。
 やがて、台所からうごめく「何か」。そこから影より分離するかのように数体が飛び出し、三人を追ってかさこそと廊下を歩き始めた。

「におい」が、強い。そして「におい」の元が、いま目の前に現れた。
 吹き抜けになった、巨大な空間。それは、図書室。
 自分たちが小さくなって、巨大な蟻塚の内部に入り込んだ‥‥ともすれば、そんな錯覚すら覚えてしまう。
「‥‥いる。ここからでは見えないかもしれないが、この部屋の中に、たくさん潜んでいる‥‥」
 入り口から入り込んだ五人だが、クリムの言葉に警戒した。見たところ、まったく気配はないし、何か怪しい存在の姿かたちは無い。
 この部屋には、天井からの天窓以外に窓が無い。天窓から差し込む光にしても、薄暗く周囲を見渡せるほどではない。
 壁は全てが本棚になっており、小さな体育館くらいの広さがあるだろう。そして図書室の奥には、オブジェが置かれていた。黒い巨人のようなオブジェが。
「‥‥やっぱり!」クリスはつぶやいた。
 予想が、どんどん当たる。それも、嫌な予想ばかりが。
 オブジェが、動き始めた。まるで、巨人が腕を振り上げたかのように。しかしそれは、巨人ではない。何かが寄せ集まり、巨人に擬態していただけ。
 そしてそれは、活動を開始したのだ。‥‥皆が予想していた通りの事が。
「そいつ」が、図書室のそこかしこから湧き出てきた。剃刀のような顎、鋼鉄のような甲殻、邪悪な複眼、せわしく動く触覚。這い出てくるのは、影そのものが実体化したような、黒光りする鎧をまとった貪婪な「虫」。
 蟻酸めいた「におい」が、限界に近いくらいに強烈になっている。それを発していた存在が‥‥牙をむいて獲物へと向かってきた。

 瞳とリュドレイク、神崎は、ベッドルームへと赴いていた。
「これは‥‥」
 見目麗しい美女。依頼人から写真を見せられて、参加した者たちは全員がそういった感想を抱いていた。
 それが、今では見る影も無い無残な様相へと変えられていた。それを見た神崎は、ひそかに思った。
 ‥‥例えあの老人に「娘の遺体はどうだった?」と問われても、この先絶対に答えることは無いだろう。あまりにも‥‥ひどすぎる。
 だが、全身の肉をむしりとられ蹂躙されていても、奪われまいとするかのように、片方の腕には何かを握っていた。命を奪われ、心を汚され、陵辱されても、唯一奴らに‥‥この館に棲む化け物に奪われなかったもの。
 瞳は、それを取り上げた。
「‥‥任務、完了。戻りましょう」
 美奈子から託されたようだと、瞳、リュドレイク、そして神崎は思った。手に握ったロケットが、やたらと重く感じられた。
 
 暗黒から這い出てきたかのような、化け物。それはまさしく「アリ」、バグアが作り出したおぞましき怪物に他ならない。そのどれもが、アリと呼ぶには大きすぎる。30cmから1mくらいの大きさのアリが、部屋を占拠していた。
 キメラアントの群れは、総数がどのくらいあるのかが分からなかった。いや、分かりたいとは思いたくない。それは「群れ」ではなく「絨毯」だった。床はもちろん、壁や天井にも、存在するだけでそれは空間を侵食し、陵辱し、汚濁させていた。大量のアリの群れが、得物を得たとばかりに訪問者へと襲い掛かる。
 が、訪問者たちは既に、それに対抗する術を有していた。
「行けえっ!」覚醒し、銀髪碧眼となったレヴァンが、ワイズマンクロック‥‥高性能機雷を放った。黒き邪悪な絨毯へと吸い込まれた機雷は、次の瞬間‥‥爆裂し、こしゃくなアリどもへと引導を渡し、皆に逃げられるチャンスを与えた。
 苦しげなアリどもの叫びと、爆発でつぶれる音を聞くのがこんなに心地よいものだと思ったのは、みんな始めての事。そしてその音を聞くと同時に、全員が退却した。
 そのまま、来た道を引き返す。が、前方からもまた、新たなアリの手勢が襲ってくるのが見えた。後方のアリどもに比べるとそれほど数は無い。が、無傷で済むほどの数でもない。
 フォルトゥナ・マヨールー、強力なライフルを構えた夜十字は、目前に出現した黒い絨毯へと狙いを定め、それを放った。
「ほほほほのいほふは、あはへはいはいほ(そこそこの威力だ。当たれば痛いぞ)」
 強烈な弾丸は、期待に違わぬ被害をアリの群れへと与えた。
 総弾数は二発と、数は少ない。が、既にスペアの弾丸を口にくわえて用意を終えていた彼は、すばやくリロードする。
「‥‥いきます!」
「敵か、ならば‥‥容赦はしない!」
 夜十字の攻撃を避けたアリに対しては、クリスとクリムが対抗する。女性らしさを増した体つきになり、クリスは手元のライフルを構え、弾丸を放った。
 が、全てのアリが仕留められたわけではない。弾丸の死線を越えて襲い掛かるアリには、クリムの刃‥‥「蛍火」が炸裂した。
「蒼風紫裂流 円型 水面月光!」
 修羅がごとき顔と白髪に変化したクリムは、手の刃を振り下ろし、身体ごと回転させた。
 周辺が爆裂し、それに巻き込まれたアリは容赦なく破壊に巻き込まれ、地獄へと叩き落されていく。
 いくつものアリが切り苛まれ、体液を飛ばし、蟻酸の臭いをきつく漂わせる。それは悪臭だが、同時に奇妙な心地よさをもその場にいた者たちに与えていた。この悪臭が強くなるごとに、アリどもが殺されて数が減っていくのだから。
 戦い、後退する。退却しつつ、戦う。
 足に装着した「刹那の爪」をアリの体液でぬめらせつつ、アグレアーブルは脱出の道を冷静に見出していた。

「ったく‥‥こんなものが出るとは思わなかったよ」
 神埼は、自らが携えている強弓‥‥アルフォルで放った矢をもって、アリを壁へと縫い付けた。さながらそれは、即席の昆虫標本のようだった。
 ロケットを見つけた直後、黒い絨毯の一端が三人にも襲い掛かっていた。が、それぞれの得物が、アリを迎撃し、その顎の凶悪な一撃を退けている。
「はあっ! とっとと‥‥切れろっ!」
 ミラージュブレイドを、蜃気楼の刃を用いてアリを叩き切る瞳は、期待していた。目的のものは見つけた。ならばとっととここから脱出したい。
「出口は!?」
 焦るような瞳の口調に、リュドレイクが促した。
「こっちです!」SMGで牽制しつつ、退路を確保する。リュドレイクが指差したその先は、窓だった。
「どうせ壊される建物です。少しくらい早まっても問題無いでしょう」
 二階の窓を蹴破り、三人はそこから飛び出した。地面までの距離はあるものの、幸い大木が生え、枝を茂らせている。その枝のひとつにつかまる事など、百戦錬磨の能力者たちには容易いこと。
 日光が降り注ぐ中、数匹のアリも能力者とともに外に飛び出したが、光を浴びるととたんに苦しみ、屋敷へと戻っていった。死にはしないものの、やはり日光は苦手のようだ。
「‥‥そうだ、アグレアーブルさんたちは!」
 落ち着いたところで、ようやく瞳は仲間たちがまだ館の中に居る事に気づいた。
 が、その答えはすぐに出た。
 やはり、二階の外壁にて。内側からフォルトゥナ・マヨールーをぶっ放した夜十字が、脱出口を切り開いたのだ。

「ありがとう。本当に‥‥感謝する」
 司令官の手に、ロケットが手渡される。
 館を脱出後、能力者たちはすぐに司令官の下へ戻った。その直後、館にミサイル攻撃が加えられた。
「わしも、長くは無いだろう。だが‥‥誓おう。娘と、息子になるはずだった若者の命を奪ったバグアに、罪無き者を死に至らしめた怪物を作ったバグアに、然るべき報いを食らわせる事を。残り少ないこの命をもって、やつらに思い知らせてやるとも」
 司令官の前にはスクリーンがあり、そこにはミサイル攻撃で燃えている館、及びその周辺地域の映像が映っていた。
 館を燃やすその炎は、憤怒、復讐、そして、哀しみと鎮魂の炎だと、皆はそれぞれの胸中で思っていた。