●リプレイ本文
そこは、悪臭を放っていた。
まるで何かの生き物が、だらしなく口を開けているかのような、そんな錯覚を見る者に覚えさせる。汚水が涎の様に垂れ、漂う蒸気から、ひどくいやなにおいを周辺へとふりまいていた。
「まいったね、こんなとこに入り込まなきゃあならないとは」おどけた口調で、周防 誠(
ga7131)は感想を述べた。
彼の言葉に、他の四人も同感だった。
「仕方ないだろう。文句を言ったところで、バグアが聞いてくれるわけでもあるまい」
下水道の出入り口へ、メスのように鋭い視線を向けつつ、南雲 莞爾(
ga4272)は周防に言った。あの中に、討つべき怪物、殺すべき殺し屋が潜んでいる。それを思うと、彼の四肢には力がみなぎり、戦闘するための準備が整うかのよう。携えた月詠の刃が怪物の命を切り裂くその時は、じきに訪れるだろう。
「言われた機材は、こちらに用意しました」
警察とUPCの一般作業員が、彼らに言われて用意したものを脇へと置いた。漸 王零(
ga2930)はそれらをざっと調べたが、どうやら問題は無さそうだと判断した。
「ご苦労でした。あとは我々にまかせてもらいます」
機材の中から、ワイヤーナイフ‥‥一定の長さのワイヤーの両端に、ナイフを取り付けたもの‥‥を手に取りつつ、終夜・無月(
ga3084)は満足そうにうなずく。
「さて、それじゃあ参りましょうか。この悪臭の中に入り込んで、わざわざ臭くなるのもまた乙なものかと」機材の中から防臭マスクを取り出した斑鳩・八雲(
ga8672)は、にこやかな口調を崩すことなく、それを口へと付けた。
マスク越しにも、悪臭が漂い、鼻腔を侵食していくかのよう。このマスクは機能しているが、それでも完全に臭いを遮断できてはいない。そして目の前に広がる下水道内の闇は、小心な者ならば即座に回れ右をさせて、逃げ帰らせるに足る恐怖の臭いをもかもしだしている。
しかし恐怖の臭いは、五人の能力者にとっては何の障害にもならない。たとえ今回のキメラ以上の怪物が、十匹、否、百匹、闇の中に隠れていたとしても、彼らは恐怖など感じないだろう。彼らの有する豪胆さの前には、闇は進行の障害、臭いは不快な要素に過ぎず、任務を遂行するにおける邪魔者に過ぎない。そんなものに恐怖など感じない。感じる必要も無い。
闇夜の吸血鬼に対抗するかのごとく、彼らは五名で十字の列を組んで進んでいた。
周防を中心に、前衛を受け持つは王零。彼の手には名刀・国士無双とショットガンが握られている。ショットガンの内部には、蛍光ペイント弾。それが暗闇の中で、怪物に目印をつけてやれればいいのだが。
その周防は、ドローム製SMGを手に、ゴーグル越しに闇の中を見据えている。
周防の左右には、それぞれ南雲と斑鳩。
南雲の武器は、片刃の直刀「月詠」と小銃「ブラッディーローズ」。ジャケットとヘル メットなどで、防備も万全。だが、それでも注意は怠らない。
斑鳩もそれは同様だった。防臭マスクを付けた彼の顔には、目を守る防塵ゴーグルと頭部を守るヘルメット。ジャケットが彼の体を包んで守っている。
武装は、特殊拳銃、真・デヴァステイターと刀。これらをいつでも使えるように注意しつつ、歩を進めていた。
しんがりに終夜。彼も南雲同様に「月詠」を手にしている。もうひとつ携えているのは、大ぶりな特殊拳銃、フォルトゥナ・マヨールー。装弾数は少ないが、その分威力は凄まじい。その威力が実戦の時に役立てば良いが。
終夜は、申請し支給された肉‥‥精肉店から提供された、内臓や廃棄するクズ肉を、少しづつ撒いていた。撒きつつ、先へと進む。
地図は自分の手には無いが、すでに頭の中に内容は叩き込んである。それに、周防が有しているため、詳細の確認は彼に任せよう。
皆が、支給されたランタンや懐中電灯などを持ち、証明を確保していた。移動中に敵が襲い掛かってきた時。それに対処できるようにと、彼らは細心の注意とともに、大胆にも闇を切り開いていく。
だが、遠くの闇の中。
その光に惹かれたかのように、何かが動き出した。それは光、ないしは光を持つ者、撒かれている肉片を求め、長い手足を伸ばして歩み始めた。
進軍し、30分ほど。
何かが、彼らの前に現れた。
「!」
驚愕とともに、王零は目の前に現れた影に、ペイント弾を放った。
「どうした?」
「いや‥‥当てたと思うが‥‥」
全員が、そこに何かを「見た」。前方の闇の中に、何かが存在したのを「見た」。が、今は何も無い。気配も消えた。
あるのは、ペイント弾を撃ち込んだ「痕跡」のみ。王零は確かにそこに何物かの気配を感じ取り、ペイント弾を撃ち込んだのだ。
後ろの湿った壁には、当たり損なったペイント弾のペイントが付着している。
「‥‥外したか‥‥いや‥‥」
何かには、当てた。それが証拠に、下水道の奥、手持ちの光が届かない場所へと、ペイント弾の蛍光塗料が続いている。闇の奥の奥に、蛍光塗料を付けた「何か」が動き、消えていくのを彼は見た。
中継点にたどり着いた五人。そこは、以前に訪れた調査隊の手により、遺体は回収されていた。
しかしそれでも、漂う強い腐敗臭が残る。それは、マスク越しにも十分伝わってくるほどの強烈さ。
五人の勇士たちは、それに気分を悪くした。そして、五秒で立ち直り、十秒ですべきことをせんと活動を開始した。
「みんな、わかってるか?」
「ああ、まかせてくれ」周防の言葉に、王零が請合った。ランタンと懐中電灯が投げかけている光のみが、この周辺を照らしている。が、彼の言葉に周防は頼もしさを感じていた。
終夜が、申請した機材のなかより、ワイヤーナイフを手に取った。
ワイヤーの両端に、ナイフをとりつけたもの。この切っ先を、出入り口周辺部に突き刺して、出入りができる程度にワイヤーを張る。そして目標がここにきたら、残りのワイヤーナイフで完全に出入りできないようにする。
それでここからの逃走は不可能になるか、そうでなくともかなり動きが阻害されるはずだ。少なくとも、逃げ道をふさぐ事はできる。
終夜がそれを確認している間、他の四人は各々で迎え撃つ箇所を確認して、それぞれに散開する。
「それなりに、場所はあるな。ならば‥‥」
「ここをやつの墓場にする事は、十分可能じゃあないかな。にしても、この臭いと汚さにはまいったね」
王零の言葉に、周防が軽い口調で答えた。確かに周防の言うとおり、この腐臭と悪臭がないまぜになった臭いには、気が狂いそうだ。マスクをしてこれならば、この悪臭がいかにすさまじいものかが容易に想像できる。それを確かめたいとは思わないが。
懐中電灯を照らすと、ぬるぬるした壁には梯子があり、そこから続いてさらなる上にも下水口があった。あそこもふさいだ方がよかろう。
が、どうやらなんとかこの場所で戦う事はできそうだ。パイプの影や、壁のくぼみなど、各々が壁を背にして、どこの出入り口から出てきても対処できるようにと待機状態になった。
あとは、怪物がここに来てくれるかが問題。
探し出す戦いから、待ち続ける戦いへと切り替わった。それとともに彼らは、長い時間を下水道内で過ごし始めた。
ランタンの明かりのみが、周囲に光を投げかけている。一時間ほど経ったかと思い時計を見ると、ここに待機してから十五分ほどしか経っていない。五人は、ただひたすら待った。
終夜もまた、作業を終えていた。後は待つのみ。しかし、待機が終わったその時には、怪物の命も終わる時。
失った両親と妹の事を、あえてここで思い出した。そして、悲しみと怒りの感情を思い出す。その感情が、新たな力を、バグアとバグアが産み落とした怪物を討つ力を練り出すために。
「! ‥‥やつめ、来たようだな‥‥」
ランタンの明かりを持った南雲が、何かに気づいたように言った。それと同時に、ランタンの明かりを絞る。
暗闇に、ほのかに漂うは薄明かり、そして中継点の中央に盛られた腐りかけの生肉の山。
聞こえてくるのは静寂、‥‥いや、そのなかに、わずかではあるが、水溜りを踏むような、びしゃびしゃという音が。
かすかに響くそれは、次第次第に大きくなる。あきらかに、音の主が接近してくるのがわかる。
闇の中から、「それ」が顔を出した。
「!」
思わず声を上げそうになった一行だが、それを寸前で飲み込み、息を潜める。
水音とともに、それが現れた。
最初に見えたのは、ペイント弾の蛍光塗料によって汚れた、鋭い爪。
突き出した顔は、悪意にゆがんだ悪夢のそれ。歪ませた誰かによる、何かの悪意ある冗談の産物であるかのよう。
ひょろ長い手足は筋張っており、たくましさは感じさせない。が、そいつの秘めた怪力は侮るべきものでないことを、この場にいる五人は理解していた。そして、そいつは怪力に加え、電光石火の素早さをも持つ事も。
そいつは、光も暖かさも、生命そのものすら憎むように、バグアが作り出した怪物の一体。そいつの名は「オンコット」。
そいつは、散乱していた生肉の欠片を拾っては、薄汚い口へと放り込んでいた。そして、目前に捜し求めていたものを、ふんだんな腐肉を発見。それをさらにいぎたなく食らおうと、飛びつくようにして向かっていった。
が、すぐにオンコットは飛び上がり、天井へと張り付く。それに一瞬遅れ、オンコットがいた場所への銃撃掃射が、肉へと行われた。
「ちっ! やはり噂にたがわず、早いです!」
覚醒した斑鳩がうめいた。すでに彼の左のひじから先が、うっすらとした光に包まれているのを他の連中は見た。
他の者たちも、皆が覚醒を完了していた。天井へと逃げた怪物を追い、そのまま、そいつは消えていったという怪物の話。神社内では、そういった白紙の状態に引き戻された怪物がいる。
右目を銀色にした周防、および南雲とは、このこしゃくな怪物へと弾丸をぶち込まんと、銃を向け弾丸を放った。が、それでもそいつは軽やかに 攻撃をかわしつつあった。
が、金色の瞳と化した終夜と、体内から黒と銀の闇を漂わせている王零。覚醒した二人は、オンコットへと更なる一撃を食らわせた。
接近し、月詠の刃を食い込ませた終夜。彼の武装のエミタを作動させ、オンコットの長い手足のひとつを切り落としたのだ。
たまらず逃げ出すオンコットだが、逃げ道はふさがれていた。ワイヤーがかの怪物の阻害を完全に断っている。
「汝の悪しき業、全て我が貰い受ける‥‥流派極技‥‥閃断蓮破!!」
王零が、携えていた国士無双の、ないしはそのエミタを発動させて怪物に止めを刺した。苦悶の叫び声をあげつつ、そのまま、怪物は自分が今まで手をかけた人間たち同様、他者に命を奪われてその尊さを知った。
「悪魂滅葬‥‥何時の行き先は永劫終えぬ絶望の極地‥‥虚光と知れ」
王零の言葉が響く。後始末を終え、引き上げる時。
物を言わぬ屍と化した怪物の骸へと、皆は一瞥した。
その後、何事も無く住民はもとに戻り、そして暗闇に潜む怪物は居なくなった。
これで、亡くなった人々が浮かばれれば良いがと、思わずには居られない皆だった。