●リプレイ本文
PM:4:00。
日が傾き始めた頃、作戦の舞台となる廃校にて。
現在は廃墟と言えども、かつては子供たちが集い、人々の生活の場となっていた場所がある。彼らの目前に広がる廃校もそれ。今は見る影も無いが、かつてはここも学び舎であった。
その一角にそびえる、大きな建物。初めて見る者には、巨大なカマボコのようだと思わせるそれも、かつては子供たちが集う場所であった。バグアの侵攻が無ければ、この建物は地方の文化を展示した博物館や資料館として利用する予定だったそうだ。が、今はそれどころではない。事体は切迫し、時間が押し迫っている。
森林の上空を流れる雲が、焦燥感を更に強めていた。
UPC隊員と警察の作業員たちは、何台も止まっている冷凍車の扉から、巨大な肉塊を運び出していた。怪物に、バグアのキメラに食わせるのがもったいないと思わせるような、牛の半身肉。それらを運搬するUPC隊員たちは、巨大カマボコ状の体育館へと、まるで働き蟻のようにせっせと運び込んでいる。その様子を見つつ、ティリア=シルフィード(
gb4903)は心中で何度も作戦内容を、すべきことを思い起こしていた。
作戦の概要は、非常にシンプルなもの。
「餌で、バグアのキメラを廃校の体育館へと誘い込み、一網打尽に」
体育館は、一箇所を除き全ての出入り口をふさぐ。そして中心にはUPCが用意させた半身肉を大量に積み上げておく。
肉につられ、キメラの群れが体育館に入り込む。そこを狙い、逃げ道をふさぐ。然る後に、キメラへと攻撃。
依頼を受けた能力者たちは、半分が体育館の内部に囮として待機。もう半分は屋上に待機し、必要ならば内部へとキメラを追い込む。
キメラの群れを全て追い込んだら、そこから戦闘開始。狙撃し、数を減らした後に接近戦に持ち込み、殲滅する。
仮に外に数匹が逃げたとしても、外に待機している能力者、そしてUPCの部隊がそれを狙い撃つ。
「うまくいけば、いいんですけどね」
ひとりごちたティリアの横で、事前作業を終えたナナヤ・オスター(
ga8771)が近づいてきた。
「そうですねー、作戦が滞りなく成功してくれれば万々歳なんですけどねー」
呑気さすら感じさせる口調は、これから命を賭すミッションに赴く者の言葉とは思えないほどの「ゆるい」印象を覚える。
ナナヤは、すでにこの時間にすべきことを済ませていた。仲間たちとともに、体育館やその周辺を調べ、体育館の出入り口を一箇所を除きふさいでおく。窓は施錠し、用意された針金や鎖、廃材や釘など。それらを用いて、体育館を閉め切るという作業を、ついさきほど終えたところだった。
「つばーきはー、釘を打ちーましょうー♪ トントンー♪」
既に自分の受け持ち分を終えた鳳 つばき(
ga7830)が、別の箇所を更に補強している。見ると、なかなか強固な補修状態で、キメラといえども破壊するには時間がかかりそうだと見て取れた。
「既に、守原有希(
ga8582)くんらが血を撒くのをスタンバってますね。ま、ちょっと時間が出来たコトですし、お茶など一杯いかがでしょう?」
PM6:00。
美少女と言っても過言ではない可憐な乙女が、手にしたバケツの血液を体育館の入り口付近に撒いていた。もっとも乙女の正体は男、異性はもちろん、同性ですら胸が高鳴る整った顔立ちを有した美少年なのだが。
「手伝うわ」
「あ、いや‥‥大丈夫っちゃん」
アズメリア・カンス(
ga8233)、クールなクォーター美女の手助けを断り、有希は囮に用いる血を撒きづける。
本当の事を言うと、ちょっと疲れたために手助けは欲しかったところ。だが、ちょっとした事情で女性が苦手な彼は、同輩や年上の女性にはちょっと緊張してしまう。彼女のような年上美人が相手だと、なおさらだ。
その様子へと目を向けた緑川安則(
ga4773)、青き瞳と緑の髪を持つ傭兵は、手元の超機械αへと目を向ける。
強力な電磁波を放つ武器。これを用い、キメラの群れへと大打撃を与えられればいいのだが。
別の場所では、落日の中。むっくりと起き上がる女性の姿があった。
「ふわ〜‥‥あ、あら。もう夕方、かしら?」
熊谷真帆(
ga3826)、美しい黒髪の大和撫子が夕陽を見つつ、戦いのために目を覚ましていた。
準備は整った。そして、戦いに参加する者たちも集まった。
あとは、怪物どもを誘い込み、そしてそれらを滅するのみ。
PM:8:00。
日も落ち、周囲には夜の帳が広がっている。
暗闇はまるで、胎動する悪意のよう。あの黒の中に、どういう殺意が潜んでいるのか。外へと視線を向けた有希は、油断する事無く体育館の屋根より注意を怠らない。
「どうでしょう? 奴らの姿は見えますか?」
丁寧な口調で問いかける真帆だが、有希は彼女が近づくとちょっと口ごもった。
「い、いんにゃ。まだキメラはいっちょん見えちょらん」
「え?」
「あ、ああ。えっと。まだキメラは、全然見えない、と言ったんです」緊張しつつ、長崎弁を標準語にして言い返した。女性を前にして緊張するというこの癖。なんとか直したいものだと、有希は改めて思った。
体育館の屋上には、真帆、緑川、有希が、残りのメンバー‥‥ナナヤ、アズメリア、つばき、そしてティリアは、体育館内部にて待機している。
だが、真帆にどきどきしつつも、アズメリアたちの事を考えると、気になった。
体育館内部で、犯人が入りこんだとしたら。その時に真っ先に襲われるのは彼ら。それを考えていると、おちおち恋愛ドラマのまね事などしていられない。
体育館内部には、一階を臨むように、二階通路がすえつけてある。そこには、やはり能力者四名が控えていた。ティリアは壁にうずくまり、その身体に血のにおいを付けんと包もうとやっきになっている。
アズメリアもまた、カーテンの陰から周囲の暗闇へと視線を泳がせている。においがきつく、それだけでも闘志をくじかれそうになる。
家畜の血を撒いた後、つばきは思った。
「うぷ‥‥においは我慢、我慢‥‥」
やがて、その我慢が報われる時が来ますよ。ナナヤは口に出さず、心の中でつばきへとつぶやいた。
PM:10:00。
外を見ていると、ちょっとした虫が、蛍のような虫が闇夜の中に光っているのだろうと誤解しそうになる。
が、虫の量は、次第に多く、大きくなっていく。「うじゃうじゃ」、そういった言葉がまさにぴったりしっくりくる、そんな存在の群れが、接近しつつあった。
「!」
そいつらが接近するのを、皆は肌で感じつつあった。
全員が、武装を確認する。真帆はアンバーシールド、傍らには斧槍ハルバード。緑川は超機械α、有希は蝉時雨。体育館内部のナナヤはライフルを、アズメリアは剣・月詠にリボルバー・アラスカ454を両の手に。つばきも緑川よろしく、超機械トルネードを。ティリアはそれぞれの手に、ゲイルナイフにチンクエディアと短剣の二刀流。
皆が皆、それぞれに十分な武装を携えている。だが、相手の数は予想以上に多い。武器を振るったところで、それが通用するか否か。
通用する事を祈りながら、ただ、待った。待ち続けた。
既に体育館の中心部分には、冷凍肉が山と積まれている。そして、凍っていたそれは徐々に溶け出し、周囲には充満し始めた。独特の、生肉のにおいが。
そして、そのにおいに引き付けられたかのように‥‥否、実際引き付けられ、そいつが、そいつらが姿を現した。
「!!」
声が漏れそうになるのを、アズメリアは何とか食い止める。
「これは‥‥!」可愛くないと続けそうになった。
実際、そいつらは小さな身体と大きな目を有していた。くりくりとした眼は、グロテスクなれどかわいらしさは感じないことはない。
が、まとった雰囲気がそんな感情を否定するようなもの、おぞましいそれだった。なんとなくそれは、巨大な目玉と全体の姿かたちから、メガネザル、またはロリスを思わせる。
キラー・ロリス、か‥‥。固唾をのみつつ、つばきは、そして他の皆はそんな事を考えていた。
周囲から見つめられつつ、そいつら‥‥キラー・ロリスの群れは、肉の山へと向かっていった。
光る眼を持つ数多の存在は、肉に興味を覚えていた。それに接近し、ぐるりと取り囲む。
数匹のキラー・ロリスが、まずは前足で、次に鼻先でつつく。反応が無い事を知ると、そいつらは猛然と肉へ噛み付きかぶりつき始めたのだ。
周辺は暗いため、肉にそいつらがかじりついている様子は、詳細なところまでは分らない。
が、見えずとも予想はつく。凄惨な状況が繰り広げられている、という事は。
五分とたたず、キラー・ロリスたちの興味の対象は、完全に目前の肉のみとなっていた。譲ることなどせず、互いに威嚇試合、深く牙を沈めては肉を噛み切り、引きちぎり、ほとんど咀嚼する事なくのみ下す。
「連絡です。全ての『眼』が、中に、体育館に入り込みました」
真帆からの連絡が入った。それとともに、全員が武装を握り締め‥‥変わった。戦士の顔つきに。
キラー・ロリスの一匹が、空腹が癒えたのが周囲を見回した。そいつの嗅覚とその他の感覚器官が、捕らえたのだ。
周囲にある、生きている存在の匂いに。
が、その時点で彼は終わった。その目玉を、ナナヤがライフルで打ち抜いたのだ。
それに続き、つばきがトルネードを放った。
「今、必殺のマジカルバスター発射ーっ!」
増幅された電磁波が、キラー・ロリスを巻き込み、弾き飛ばし滅ぼしていく。
「光溢れるこの世界に、汝ら暗黒、住まう場所なし!」
それが戦闘開始の合図となり、あたりに電灯がともって、光が満ちていった。
暗黒から光が満ちた世界に変貌したと同時に、アズメリア、ティリア、真帆、緑川、有希は、体育館の床へと、一階へと降り立ち‥‥戦闘を開始した。
そいつらの数は、多かった。たかだか人間のひざ下かそれくらいしかない動物。キラー・ロリスは口の鋭い牙で能力者たちに噛み付こうとするも、その全てが返り討ちに終わった。
「侵攻は、ここで終わりよ‥‥!」
「その食い意地の悪さ‥‥お前たちの命で償ってもらう!」
電光石火でアズメリアとティリアの手にある刃が走り、一閃ごとにキラー・ロリスの数が減っていく。
「はーはっは!! 装甲の硬さでは負けん。後は火力だ! 抜けるものなら、この龍の鱗の壁を抜いてみろ!!」
超機械αを撃ちまくり、キラー・ロリスどもの恐怖と狂気の死刑執行人と化した緑川は、覚醒した証拠、すなわち鱗を有した姿で、こしゃくな生き物どもを血祭りにあげていく。
「正義の生徒会長、真帆ちゃん参上! 今だ! ハルバードを使え、眼だ!」
覚醒した真帆の手にあるハルバードが、振り回されなぎ払われ、まるで大鎌を振るい実った麦を刈り取るかのよう。容赦なく両断されたキラー・ロリスが、先刻の肉よろしく床に転がっていった。
が、全てのキラー・ロリスが向かっていくわけではない。中には逃走するものもいた。
入り口へと駆けつける、小さな獣たち。だが、そこには既に別の戦士が立ちはだかっていた。
「やぜか(うっとおしい)奴ら! 悪いが‥‥逃がす気はなか!」
可憐なる美少年が、剣を構えていたのだ。
有希の刃の一撃が、十のキラー・ロリスを葬り、地獄へと送り込む。小さくとも、邪悪にして凶悪なバグアのキメラ、歪んだ科学で生み出された怪物どもは、瞬く間にふさわしい場所へ、本当の地獄へと送り返されていった。
最後の数匹が、苦し紛れにと同時に襲い掛かるが。
「せからしか!(うるさい!)」
有希の一撃が、それを切り捨て、終わった。
「うち等は此処に希望ば有らしめる、手前の絶望は手前で受け取れ!」
地獄へと向かう悪鬼どもへ、彼はとどめの言葉を投げかけた。その言葉とともに、戦いは終了した。
「念のために、周辺地域を確認した。その結果、かのキメラ、もしくはその同類と思われる生物の存在は見あたらなった。よって事件は、現時刻を持って解決したものと見ていいだろう」
数時間後、担当官が休んでいる皆を前に報告した。
「ミッション、コンプリートってところですね。みなさん、お疲れ様でした」
真帆が丁寧な口調で、皆に言葉をかける。人心地ついたように、皆は安堵のため息をついた。
「それにしても‥‥」
ティリアが、口を開いた。
「廃校とは言え、この学校で学んだ方々にとってはここは思い出の場所。燃やすことにならなくて、良かったです」
「ええ、まったく」
彼の言葉に、担当官はうなずいた。
「この際ですから、個人的に自分からも皆さんに感謝の意を表します。実はあの学校は‥‥私がかつて通っていた、小学校だったのです。燃やしてしまうのはあまりに忍びなかったのですが‥‥皆さんのおかげで、それは回避できました。怪物の退治とともに、本当に、感謝します」
そう言って、彼は敬礼した。