●リプレイ本文
●
「鹿の角がついた馬? しかうま‥‥かば。いまいちですね」
道中フェイス(
gb2501)はそう呟くと顎に手を当てて考え込んだ。
切り立った崖の下に通る一本の通り道。いつもなら車が通るその道を8人の男女が歩いていた。
その目的はというと‥‥
「えーと‥‥わざわざ崖上から下りてきて馬に鹿の角キメラってことは‥‥名前は『猪突猛進馬鹿』かな?」
キメラの特徴が書かれた書類を確認しながら鳳覚羅(
gb3095)はフェイスと同じような言葉を呟く。
「鹿? 馬の体ちゅ〜ことはゴツイ鹿か? 凄いもんがでてきそうやな」
水無月 霧香(
gb3438)も覚羅の肩越しに書類を覗き込みながら、特徴ある大阪弁で言ってみる。
今回、彼ら傭兵達が請け負った任務は今歩いている道路めがけて崖の上から体当たりを敢行するキメラの退治。
良くある、普通の任務なのだが、そのキメラが鹿の角を持った馬のようなものと聞き、彼らは頭の中に浮かぶ連想を消すことが出来なかった。
「しかうまか馬鹿かはともかく‥‥補給路の確保は軍事的にも重要な意味を持っていますね‥‥」
そんな雰囲気を打ち切るかのようにセレスタ・レネンティア(
gb1731)が言葉を発した。カナダ軍で補給部隊に所属していただけあり、輸送の途絶に対する彼女の懸念は重みがある。
実際、何台もの長距離トラックがこの峠を越えて荷物を運んでいる。それがキメラの出現により不可能になると周辺の流通に悪影響が出ることは確実だ。
「そうだな」
セレスタの言葉にディッツァー・ライ(
gb2224)が同意する。
「猪突猛進は嫌いじゃないが、その先にあるのが破壊ならば‥‥叩き斬るっ!」
拳を打ち鳴らしながら言葉を続けるディッツァー、それに応えるかのように織部 ジェット(
gb3834)も頷いている。
「‥‥こっちにもいたか」
ディッツァー達の様子を見て、覚羅はこめかみを抑えながら呟いた。
●
「崖の上から‥‥ね。よくこれを駆け降りる気になりますよ」
双眼鏡の度を調節しながらフェイスが呟く、ピノクラーを持つその手には覚醒した証である赤い線が浮かび上がっている。
その横ではディッツァーが眉の上に手をかざし。キメラが降りてくると思われる崖の方に視線を向けていた。
「今回もまた、厄介な相手だな」
赤毛の戦士は独白し、フェイスのほうへと視線を移す。
「苦戦は必至、頼りにさせてもらう」
「こちらこそ‥‥」
彼の言葉にうわの空気味に返すフェイス。その視線は双眼鏡越しに崖へと向けられている。
「崖を駆け下り、勢いをつけての突進ですか‥‥」
マヘル・ハシバス(
gb3207)もスパークマシンを作動させて、同じように崖の上を見上げている。
「攻撃が外れた場合自分で止まることができるのでしょうか‥‥」
「それはわからへんけど‥‥」
マヘルの呟きに弓の弦を抓みながら霧香が答える。彼女は氷のような模様が浮かび上がった右腕で弓を一気に引き
「トラック吹っ飛ばすような力とまともにぶつかったら厳しいかんな。正面から立ち向かうようなことはせんようにせなあかん」
何もつがえずに空射ちし、弦の張りを確認する。
彼女らの後ろの方、反対側の崖の方では束祭 智重(
gb4014)とセレスタがライフルの準備をしていた。二人とも大型のライフルを用意しており、特に『麗しき蛇』を自称する智重のアンチシペイターライフルは全長1249mmもあり取り回しに難がある。セレスタのスナイパーライフルD−713も智重程ではないが長さがあり、近接した敵には使いにくい。故に二人は少し離れた位置での狙撃に従事することにしていた。
「来ます! 迎撃準備を」
双眼鏡を覗いていたフェイスが声を上げ、小銃バロックを構える。
その銃口の先には大きな角を持った異形の獣が二体、太陽を背に立っていた。
●
「皆、来たで! トラック吹っ飛ばすような相手や、正面からぶつからん様にな」
霧香が皆に声を上げたと同時に、キメラのうち一体が崖を駆け下りてくる。
「太陽を背に‥‥少しは考えているようですね」
サングラス越しに崖を見上げながら言うとマヘルは後方に下がる。同じようにフェイスや霧香も下がり、残ったのはディッツァーと覚羅、そして織部の三人。接近戦に長けた彼らは今回、キメラに対する防壁を引き受けることになる。
「来るのが分かっている『逆落とし』など、良い的になるだけです」
バロックを構えながら呟くフェイス。他の仲間も弓や銃を構えて、降下してくるキメラを迎撃しようと備えていた。
急な崖を下ることによって生じた勢いを利用しての突進攻撃。
トラックも粉砕する威力を持つ、この攻撃を正面から受けるのはリスクが大きい。
そこで傭兵達は射撃により勢いを減らし、そこを前に立つ人間が迎え撃つという作戦を立てた。
走ってくる場所が急な崖である以上、回避も難しく、うまくいけば転倒し転がり落ちる‥‥はずだった。
「ミストラル、力を貸しぃ、足を撃ち抜くで!」
「正直に上から向かってきてくれるとは本当に見かけどうりの馬鹿だね」
霧香と覚羅がキメラの足元を狙って洋弓ミストラルとM−121ガトリング砲を発射する。他の仲間もそれに倣い、足元を攻撃し機動力を削ぐことを狙い始めた。
だが弾丸はキメラの脚を射抜くことはなく、キメラ自身もそれに回避するため地面を蹴って大きく跳ねた。
どんなに優れた銃といえど、高速で動く目標に当てるのは難しい。しかもそれが脚のように小さな部位だとなおさらだった。
スナイパーであったならそれを補う技術を持っていたが、不幸なことに今回誰もそれを使用してはいない。結果、初撃が命中することはなかった。
「速い‥‥落ち着いて‥‥」
セレスタが自らに言い聞かせるように次弾を装填し、今度は目標を胴体に修正し引き金を絞る。
着地したキメラに向かってライフル弾が発射される。だがその弾丸はキメラの身体をかすっただけだった。
「私の牙はとっても猛毒‥‥掠っても痛いからご注意あれ!」
今度は知重がキメラの進路に向かって強弾撃を込めた狙撃をする。フェイスもそれに倣い、強弾撃で足場や進路を狙う。
行き先を銃弾で塞がれ、身をよじって回避するキメラ。何発か銃弾を受けてしまうが急所を貫くことは無く、銃弾が及ばない方向へと向き、また下り始める。
「筋肉が痙攣させれば!」
スパークマシンの射程に入ったのを確認すると今度はマヘルが機械を作動させる。
炸裂する光条。しかし獣の動きを止めるには威力が足りない。キメラは速度を落としながらも彼らのキルゾーンを突破し、傭兵達へと向かって行った。
「‥‥来たな」
ディッツァーはそう呟くと崖を駆け下りてきたキメラの方へと駆け出した。
立ち向かってくる赤毛の男にキメラは自らの角を突きたてようと頭を下げ、そのまま直進する。
「その勢いは必殺と言える」
先手必勝とばかりにキメラとの間合いを詰めるディッツァー。
「だが、それが諸刃の剣だと言うことを思い知れっ!」
一気に距離を詰め、キメラの攻撃のタイミングを狂わせると相手の側面を取り。
「胴ォッ!」
自らの身を炎として渾身の一撃を叩き込んだ。
淡く光る蛍火の一撃をその身に受けるキメラ、だが自らの身体を鮮血に染めながらも身体を捻り、自らを傷つけた男に横殴りの一撃を叩き込んだ。
その攻撃はディッツァーの身体を軽々と浮かした。
衝撃でフェイスのところまで吹き飛ばされるディッツァー、角に切り裂かれた身体から赤い飛沫を飛び、フェイスの顔を汚す。
「くそ‥‥とんだ貧乏くじだぜ」
呟きながらも立ち上がる赤毛の戦士、無理に回避せずに防御に徹したのが幸いしたか重傷には至ってはいなかった。
「これは酷い暴れ馬です」
顔を血で汚しながらもフェイスは動じずに淡々と狙いを定める。
戦友がその身を以ってキメラの動きを止めた今、チャンスを活かさないといけない。
セレスタ、霧香、智重がいっせいに射撃する中、覚羅が武器を大鎌に持ち替え、更に一撃を加える。
次々と叩き込まれる攻撃から逃れるために角を振り回そうと頭を振るキメラ。
その角がキメラにとって死角になった瞬間、フェイスはバロックのトリガーを絞った。
「皆さん、もう一匹が来ます!」
頭を撃ち抜かれたキメラが倒れるのと傷ついたディッツァーの回復をしていたマヘルが声を上げたのはほぼ同時だった。
●
片方が仕留め損なった獲物をもう片方がフォローに回るように狩りにかかる。
いくらキメラが動物を改造した生体兵器とはいえ、いやむしろ元が動物だからこそ、そう言う風に狩りをすることがある。
それを実践するかのように、全員が一体に集中している隙を突き、残った一体が崖を駆け下りた。しかも傭兵達の側面を突くように。
もし誰かが警戒をしていれば、もう少し早くキメラの動きに気付けたかもしれない。しかし誰もそのことを考えてはいなかった。
マヘルが警告の叫びを上げることが出来たのも彼女が練成治療の為に戦闘に参加しなかったから、だが、彼女が気付いたときには既に遅かった。
もう一匹のキメラは妨害されることなくトップスピードで降下し、傭兵達へと襲い掛かろうとしていた。
「一直線に走ってくるなんて、どう見てもサイじゃねぇか」
織部が突進してくるキメラの前に立ち、呟く。
今、彼の頭の中ではまるで物語のように、キメラがこちらに一直線に向かってくることになっていた。自分はそれにあわせてアッパーを打てば良いだけ。
そう考え、構えようとする織部。
しかしトップスピードに乗っていたキメラは織部が構えるより速く、自分の戦闘領域に彼を捉える。
もし織部が様々な予測を立てて対策をしていれば、何とかなっていたかも知れないが、彼の頭の中にあるのは自分がキメラをいかにして倒しにかかるかという予想図のみ。
その結果、彼は自らの初陣を血で染めることとなった。
織部を血祭りに上げると勢いを駆って今度は覚羅に角を向けるキメラ。
すぐに大鎌ノトスを構えるが時既に遅く、彼もまた角の一撃を受けることになった。
大地に叩き付けられる覚羅、幸いにも織部を倒した後の攻撃だった故、破壊力はわずかに減じており、かろうじて重傷を免れた。
彼が倒れたのを見て、負傷を幾ばくか回復させたディッツァーはすぐにキメラの前に立ちはだかり、後衛も援護射撃に入る。
「しっかりせえ!」
霧香が覚羅の腕を取り、引き起こす。マヘルもすぐに練成治療を施して彼の傷を癒そうとする。
「大丈夫だよ」
笑みをもらしながら立ち上がる覚羅。その黄金色の瞳にはまだ戦う意志が残っており、それに答えるかのように彼の細胞が活性化し、自らの傷を塞いでいく。
「やってくれたね‥‥じゃあ次は死神の鎌存分に味わってもらおうかな?」
その笑みをキメラに向けると覚羅はノトスを持って獣へと立ち向かった。
崖を降りたことにより自らの最大の武器を失ったとはいえ、まだキメラにはその鋭い角が残っていた。
角の威力を少しでも高めようと距離を取り始める獣。だがそれを赤毛の戦士が制しにかかる。
先手を取り、キメラの角に刀を叩き込むディッツァー。その勢いに耐えるためキメラが踏みとどまる。
瞬間、銃声が響き渡り、キメラの巨大な角のうち一本が根元から削ぎ落とされた。
「その立派な角、トロフィーとして貰い受けますよ」
フェイスであった。
自らの武器を失い、戸惑うキメラ。その隙を突き、傭兵達は一斉に攻撃する。
霧香のミストラルがセレスタのD−713が智重のアンチシペイターライフルが、獣に向かって次々と銃弾と矢を発射し、キメラを貫く。
飛来する無数の攻撃は回避するには難しく、次々と被弾し身体を血に染めていく。
それでもなお咆哮を上げ反撃しようとするキメラ、しかしその首には赤く光る刀身を持った大鎌の刃がかかっていた。
銃撃のを受けた隙を尽き。キメラの横に回り込んだ覚羅。
彼は微笑を絶やさずにノトスを持つ手を引くと、頭を失ったキメラはその身体は力を失い、大地に倒れこんだ。
●
「真っ向全力勝負の姿勢は、認めてやらんことも無い。‥‥って、最初のは不意打ちか」
「なーにつまらんこと言ってるんや!」
ディッツァーの呟きに包帯を巻き、湿布をビターンと貼り付けながら霧香が突っ込んだ。湿布の一撃が答えたのか赤毛の戦士はその場に悶絶する。
その様子にちょっと笑みをもらすと救急セットを持って今度は覚羅の方へと歩いていった。
「さてと‥‥今回は初依頼の方もいますし、この後歓迎会なんてどうでしょうか?」
応急処置が済んだのを確認するとセレスタが歓迎会を提案する。
殆どの人間が賛同の声を上げる中、彼女はフェイスがキメラの方に視線を向けていることに気付く。
「どうしました?」
問い掛けるセレスタ。フェイスは煙草を口から離すとキメラから視線を外さずに言った。
「あれでも一応馬肉なんですかね」
「ひょっとしたら鹿肉かもしれないですよ」
彼の言葉にマヘルが口を挟み、そして問い掛けた。
「食べるんですか?」
「いや、まあ。食べる気にはなりませんが」
困った顔を浮かべてそう答えると、彼はまた煙草を口に咥えた。