●リプレイ本文
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アマゾン川流域の熱帯雨林地帯。
キメラが住まう高温多湿なこの森の中を10人の男女が歩いていた。
服装も違えば年齢も違う男女、彼らは目的地へ向かって無言での行進を
「シア、シア。腹減った。何か食い物持ってねぇ?」
‥‥していなかった。
「作戦が終わるまで我慢です」
シアと呼ばれた少女――シア・エルミナール(
ga2453)が子供をあやすように武藤 煉(
gb1042)を窘める。
「ちぇー‥‥仕方ねえなあ」
口を尖らせて不満を漏らし、煉は視線を逸らす。
逸らした先にはジングルス・メル(
gb1062)とカララク(
gb1394)の姿が。
かつての相棒と今の相棒の二人の姿に何だか気まずさを感じると、それを誤魔化すかのように再びシアにねだりはじめた。
「ふむ、通常兵器では必須という訳か?」
「そうですね。見えないところから砲撃するわけですし、やはり観測手の力は大きいです」
九条・命(
ga0148)の質問に綿貫 衛司(
ga0056)が丁寧に答える。
普通科(歩兵部隊)の出身とはいえ衛司の持っている軍事知識は今回の作戦にとって非常に助けになるものだった。
「とはいっても、それをやるのは彼らですから、私達はいつもどおりキメラ退治と行きましょう」
「ああ」
言葉を交わす二人の先には大型の無線と観測機器を持ったUPC南中央軍の兵士の姿が見えた。
「こちらでの生活は長いんですか?」
鉄 迅(
ga6843)が観測手(FO)役のUPC南中央軍の兵士に話しかける。
初めてのジャングルでの行動に不安を感じ、つい口にした言葉に兵士は嫌な顔せずに答える。
「まあな。キメ公がこっちに来てからずっと、このじめじめとした森の中だ」
苦笑の笑みを浮かべつつ答えるUPC南中央軍の兵士。
「まあ、なんにせよキメラは頼むぜ。砲撃はバッチリ当ててやるからさ」
「はい。任せてください」
兵士の言葉に快諾の意を表す迅。そんな彼らに注意の促すかのようにイレーヌ・キュヴィエ(
gb2882)が声を上げた。
「ねえ、あそこでいいのかな?」
彼女が指差した先には目的地である丘陵が見えていた。
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「うーし。ちゃっちゃと片付けますかっ!」
さっきまで気だるそうにしていたジングルスが目的地が視線に入るや否やエーデルワイスを片手に駆け出そうとする。
「待って!」
それを制するのはシア。その手には双眼鏡が握られている。
「キメラが居るはずだから、その位置を確かめないと‥‥」
イレーヌとともに双眼鏡を覗くシア、周辺を舐めるように双眼鏡を動かすとすぐに周囲に散在しているキメラの姿を見つけることが出来た。
ハーピーが1体、アタックビーストが2体、そして大型の牙を持った巨大な猛獣形キメラであるサーベルタイガー。
4体の異形の獣は丘陵への道を守るかのようにその場にたたずんでいる。
「あちゃー、上とられたね」
声を上げるイレーヌ。双眼鏡から目を離すと仲間の方を振り向く。
「どうする?」
「大先輩から頼まれては断りきれませんしねぇ」
苦笑しながら刹那を抜く衛司。
「それにあそこを確保しないと作戦が行えません」
「そうだな、では段取りは打ち合わせ通りに」
キアルクローを携える命の言葉に全員が頷き、そして各々の果たすべき行動を取り始めた。
「頭を低くしてくれ。俺達で片付ける」
前方に居るFOに指示し、カララクが拳銃「ラグエル」を抜く。その横ではシアがS‐01を両手で構えている。
「行けるか?」
「任せて」
義理の兄の言葉に短く答える、シア。
その照準の先は空を周回するハーピーを捉えていた。
呼吸で揺れる照準を上手く目標にあわせると、シアとカララクはハーピー目掛けて銃の引き金を絞った。
ジャングルに響き渡る銃声。
「やったか?」
「まだよ! もう一回!」
カララクの声に答えるシア。
シアの影撃ちによるニ連射とカララクの銃撃を持ってしてもハーピーを一撃で落とすのは叶わない。
彼女自身もそれは考慮していたので即座に強弾撃を込めた二射目を発射する。それに続くカララク。
次々と叩き込まれる銃撃でハーピーは敵の襲来を知らせることもできずに空から堕ちていく。
「へっ‥‥さっさと済ませちまうぜ? ジグ! カララク!」
墜落するキメラを視界に納めると、煉は鞘に納まったままの日本刀を持ち、キメラのほうへと駆け出した。
前衛を担う命と迅もそれに続き、その後ろをFOとジングルス、衛司、最後尾をシアとカララク、そしてイレーヌがついて行く。
丘陵を確保しようと走ってくる傭兵達に残った3体のキメラは牙をむき殺到する。
「と、いうワケで‥‥お前の相手はこっちだ」
迅が注意を引くためにキメラに向かって挑発する。それに応えるかのようにサーベルタイガーが迅の方へと突進、残る2体のアタックビーストも命と煉にそれぞれ襲い掛かる。
密林に響き渡る金属音。
命の爪がキメラの爪を打ち払い、煉の日本刀がアタックビーストの突進を受け止める、だが‥‥
「ぐぁっ!」
唯一人だけ覚醒をしていなかった迅はサーベルタイガーの一撃を受け止めることが出来ず、近くに木に叩きつけられた。
傭兵達がキメラと戦うにはSESの力をフルに引き出す覚醒が不可欠であった。
しかし覚醒は長時間の使用が出来ないという弱点があり、そのため迅は覚醒の発動を極力抑えようと考えていた。
だが傭兵といえど覚醒せずにキメラに立ち向かうのは自殺行為に近いもの。結果FOを守る壁は突破され、キメラは一番弱いと思われるFOをその長い牙で噛み殺そうと飛び掛った。
「う、うわあああああ!」
恐怖の声を上げながら自衛用のライフルを撃つ兵士。だが通常兵器ではキメラのフォースフィールドを打ち破ることなど出来ない。
その口を大きく開け、兵士にかぶりつこうとするキメラ。しかし瞬天速によりキメラと兵士の間に割り込んだジングルスがサーベルタイガーに向かって爪での一撃を叩き込む。
「エージ、任せたっ」
月下美人の香りを振りまきながらジングルスは衛司に追撃を託す。だがサーベルタイガーは衛司の斬撃を退いて避けると、咆哮を上げつつ睨みつける。
「ジグ!」
アタックビーストの突進を刀で受け止めながら後ろに声をかける煉。それを見てジングルスは持ち前の人懐こい笑みを浮かべ、応えた。
「ダイジョーブ、チャッチャとやっちゃいな、レン!」
かつての相棒の言葉に頷くと煉は日本刀の柄と鞘尻を握り、そして二本の小太刀を抜く。
二刀小太刀「牛鬼蛇神」――ひと振りの日本刀に見えるこの武器の本当の姿。
煉は二本の小太刀のSESを活性化させて両断剣の二段撃をアタックビーストの身体に叩き込んだ。
赤い防護フィールドが切り裂かれ、舞う赤の液体。
深い傷を負ってもなお、キメラはその殺意を消すこと無く、煉に襲い掛かった。
前衛を突破されて、衛司とジングルスがサーベルタイガーへの壁となってしまったが、勝利の天秤は傭兵達へと傾き始めていた。
イレーヌの超機械による回復、シアとカララクの苛烈な援護射撃。そして充分な支援を受けた前衛及び中衛の前には強大な力を持ったキメラの群れといえど勝ち目は薄かった。
「AI、出力全開だ。一匹残らず片付ける!」
先ほどの失敗を補うかのように覚醒した迅がサーベルタイガーに向けてファング・バックルを放つ、反撃しようとした虎の機先をカララクが制し影撃ちからさらにニ連射を撃ちこみ、シアもそれに続く。
強烈過ぎる集中攻撃がキメラの肉を穿ち、骨を砕く。剣のような牙を持った虎の獣は痛みと苛立ちに前足を振り上げて強烈な一撃を叩き込もうとする。
だが、そのキメラの懐深くに飛び込む影が一つ。
「獣の腹は急所と聞きますからね」
衛司であった。
彼の刹那はサーベルタイガーの急所を見事に貫いていた。
柄を持つ手に力を込め、刀をねじ込もうとする衛司、それに呼応してかSESを中心に浮かんでいる呪術的な紋様が強く浮き出る。
ゴキリッ!
鈍く嫌な音と感触が彼の手に伝わるのを確認すると元自衛官は力なく崩れ落ちる猛獣から刀を抜いた。
軽快なフットワークを活かし、アタックビーストの攻撃を避ける命。回避しては横からの攻撃を次々と加えていく。
俊敏さを活かした攻撃はキメラの生命力を徐々に削っていく。
シアはサーベルタイガーが倒れたことを確認すると、命が立ち向かうキメラに向けて照準を定める。
銃声が響き、アタックビーストが動きを止める。
そのチャンスを見逃す命ではなかった。狼を模った紋章が光り輝く右手をキメラの頭部に叩きこまれる。
SESによって増幅された拳の一撃は獣の頭部を吹き飛ばすには充分だった。
「キメルぜ、レン」
「ああ!」
隣に並ぶジングルスとともに最後に一体に向かう煉。カララクがその二人の様子を見て微笑み。そして援護の銃撃を放つ。
二人の間を縫うように飛んだ銃弾、最後のアタックビーストはそれを避けるために飛び上がる。
「よぉ」
しかし、その飛んだ先に居たのはジングルス。銃撃を飛んで避けるのを確認するや否や、彼は煉の肩を踏み台に高く飛び上がっていた。
拳銃「黒猫」を両手に持ち、その銃把をキメラの頭部に振り下ろす。
鈍い音を響かせて落下するキメラ。そして落下地点に居るのは煉。
裂帛の気合とともに放たれた牛鬼蛇神の一撃がアタックビーストを真っ二つにした。
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轟音が響き、密林の一角に煙が上がる
「左右問題なし、遠」
FOの兵士が弾着を確認し無線で結果を知らせる。
「‥‥暇だな。なぁ、その計算ってもっと、こう、ぱぱーっとできねぇの?」
「難しいですね、見えない目標に撃ってますから」
着弾観測をつまらなそうに見ながら言う煉に衛司がコーヒーを差し出す。
「ジングルスさんもどうです?」
「コーヒー苦いからパス。あー、プリン食いてー!」
護衛として周囲を警戒しているジングルスもつまらなそうにしている。
「右寄り、近」
「よし、これで大丈夫ね」
2射目が着弾し、轟音が響く中、イレーヌは迅の応急処置を済ませる。
「ありがとうございます」
「いいの、いいの。まだ終わってないし」
礼を述べる迅に答えるイレーヌ。そのうちに第3射が着弾する音が周囲に鳴り響いた。
「着弾!」
短く告げるFO、少しの沈黙の後、大量の砲弾が目標へと降り注ぐ。
小さい爆発のあと、大きな土煙が上がる。
「どうやら弾薬庫か何かに当たったようだな」
爆発の様子を見て命が呟いた。
「これで終わりだな。退路は大丈夫か?」
カララクが問う。
双眼鏡で周囲を確認していた義妹が問題ない事を告げると、彼は全員の方へと振り向く。
「それじゃ、帰還しようか」
彼の提案を拒む理由はなかった。