●リプレイ本文
■選手入場
――コウハクエン
日本にあるといわれている格闘技の聖地。
真っ暗だった会場に照明が灯り、リングと中央に立つ男が照らされる。
「只今より、人類対バグアの6対6対抗戦を行います!」
タキシードを着た若い男がマイクを握り高らかと宣言した。
その言葉に観客席にいるギャラリーから歓声があがる。
「青コーナーより、人類代表の入場です!」
青コーナー側の花道がスポットライトに照らされ、入場口から6人の男女が入場してくる。
リングアナウンサー役の男は入場してきた順に彼らの名をコールする。
最初に入場してきたのは黒川丈一朗(
ga0776)、元バンダム級のボクサーである。
次にくるのはレスリングの使い手の木場・純平(
ga3277)に拳法の達人の威龍(
ga3859)。さらに少林寺拳法の心得がある沢辺 朋宏(
ga4488)が続き、
最後は合気道と喧嘩の使い手、飯塚・聖菜(
gb0289)とこれまた喧嘩の達人である楓姫(
gb0349)。
リングインを済ませた彼らは視線を赤コーナーに向ける。
そこに立っていたのは6人の男女、その名はバグア格闘六傑集。
SESにより力を得た人間とバグアの生体兵器。超人たちの格闘のサーガが今始まる。
■第一試合 黒川丈一郎対スティンガーモハメッド
「両選手、中央へ」
レフェリーを務める吉田 弥兵衛(gz0205)がコーナーで待機していた黒川とモハメッドを呼び寄せた。
両者が来たのを確認すると弥兵衛が口を開く。
「さてルールじゃが‥‥」
「レフェリー、ルールの変更を要求したい」
割って入る黒川。モハメッドへ視線を向けると言葉を続ける。
「1R3分、ラウンド数無制限フリーノックダウン、TKO無いのボクシングルール! ‥‥こんな所でどうだ」
「望むところ」
彼の提案に笑みを浮かべるモハメッド。
二人の様子を見て肩をすくめる弥兵衛。
「しょうがない奴らじゃのう、じゃあボクシングルールで試合じゃ。二人ともグローブ嵌めて来い!」
両者がグローブを嵌めるのを確認すると弥兵衛は二人を再びリング中央に呼び寄せ、改めてルールの確認をする。
「仮面は外した方がいい。視界が妨げられるし、破片が刺されば失明する」
説明を受けつつ、モハメッドに忠告する黒川。
「大丈夫だ」
蝶の仮面越しに笑みを浮かべるモハメッド。
「これは体の一部だ、ほら動かすことも出来る」
彼の言葉の通り、蝶の仮面はまるで生きているように翅を動かした。
「ファイト!」
二人の間で両手を交差し、試合開始の合図を告げる。
ゴングが鳴り、黒川とモハメッドはグローブを軽くあわせると、それぞれ自らが得意な構えを取る。
「ほう」
「同じか」
黒川、モハメッドとも相手の構えに興味を示す。
両者とも取ったのは身体を半身に取ったヒットマンスタイル。アウトボクサーの一部が使う変則的なボクシングスタイルだ。
「両者とも同じタイプか‥‥」
セコンドに付いた木場が独白する。
「こりゃ動き回る試合になるぞ」
彼の予想通り、両者ともフットワークを駆使した戦いになった。
相手の特徴が分からないのもあるが両者とも足を使い、緻密にジャブを重ねていく。
黒川が戻りの早い左ジャブを放てばモハメッドはリーチのあるジャブを打ち返す。
それを黒川がパリングすればモハメッドはサイドに周りボディへのフックを打つ。
黒川が即座にこれを肘でブロックし今度は牽制を兼ねたジャブがモハメッドの顔に向けて放たれた。
フェンシングを思わせる拳と拳の争い。
ベアナックルから生まれグローブで発展した近代ボクシングの技術がこの試合に凝縮されていた。
「楽しそうだな?」
ラウンドが終了し戻ってきた黒川に椅子を差し出しながら木場が問いかけた。
「まあな」
漏れる笑みを隠さずに答える黒川にうがい用の水を差し出しながら木場は言葉を続けた。
「とはいえ、まだ序盤だ。相手の言う【毒の拳】の正体も分からん、気を緩めるなよ」
「だが、そんなに遊ぶなよ。あの男結構な腕だ」
相手のコーナーを見つめて武侠が警告する。
「分かってるさ」
忠告に答えつつモハメッドは洗ったマウスピースを口に嵌めた。
「これから思い知らせてやるさ、俺の【毒の拳】を」
インターバルが終わり次のラウンドが開始されるとモハメッドは戦闘スタイルを変えてきた。
半身だった構えを正面に戻し比較的オーソドックスなスタイルに、その構えから上体捻るように動かしつつゆっくりと前進してくる。
「そっちが本来のスタイルって訳か、じゃあこっちも飛ばしていくぜ!」
スタイルの変化に戸惑うことも無く黒川は得意のジャブをモハメッドの顔に打ち込んでいく。
2発、3発、4発!
戻りの早さ故に次々と叩きこまれるパンチ。しかしモハメッドも退くことなくウィービングでパンチを逸していく。
そこから上体の捻りを利用してのボディへのフック。
「ぐぅっ!」
ボディーへの一撃に思わず呻く黒川。
さらにモハメッドが追撃のレバーブローを叩き込もうとするが、それはパリングで打ち払い、腕でフリッカー気味のジャブから右のストレートで追い払う。
黒川がヒットマンスタイルからのジャブを中心に距離を取って攻めていけば、モハメッドはウィービングやクリンチ、ヘッドスリップなどで距離を詰め、ボディを攻撃する。
距離は違うが、お互い攻撃を積み重ねて勝利への道を作り出そうとしていた。
「‥‥いかんな」
「どうしたの?」
威龍の呟きに気付き、楓姫が問いかける。
「黒川の奴、毒が回ってる」
「ええっ!?」
威龍の言葉に楓姫は思わず声を上げた。
セコンドの木場も変化に気付いたのか、リングに向かって呼びかけた。
「黒川! それ以上貰うな、足が止まるぞ!」
(「分かってる!」)
モハメッドのボディを受けながら黒川は心の中で叫び、相手にショートフックを叩き込もうとする。
だが、モハメッドは距離を詰めフックを掻い潜ると、ボディに一発、さらに肩で相手を押し込んで空間を作り、そこから鋭いアッパーを顎先目掛けて叩き込んだ。
一瞬、浮き上がったかと思うとそのまま倒れこむ黒川。
「ニュートラルコーナーへ!」
弥兵衛は倒れた黒川に向かってカウントを取り始めた。
ボディへの打撃は内臓などに衝撃を与え、心肺機能へダメージを与える。
派手さは無いが徐々にスタミナを奪うこの攻撃は選手の動きを止め、フットワークを封じる。
これが【毒の拳】の正体だった。
「スリー、フォー、ファイブ‥‥」
続けられるダウンカウント。
シックスまで数えたところで黒川が身体を起こす。
「やれるか?」
「大丈夫だ」
弥兵衛の問いに答える黒川。それを確認した弥兵衛は試合を再開する。
「ボックス!」
ボクシングの由来となる掛け声とともに接近する両者。
「毒は充分回った! 諦めろニンゲン」
モハメッドがまた距離を詰め、再び2発3発とボディへ毒を打ち込む。
ボディへの打撃を懸命にこらえる黒川、だが耐え切れずにガードを下ろす。
「トドメェ!」
そこを好機を見るや、モハメッドはもう一度アッパーを放つ。
「甘いよ」
そう黒川が呟き、そして彼の姿が視界から消える。
空を切るアッパー、黒川の姿を見失ったモハメッドが思わず周囲に視線を巡らす。
「‥‥こっちだ」
声の方向へと振り向くモハメッド。だがそこに待っていたのは基本を積み重ねた結果、身に着けた必殺の右ストレート。
弾丸のように鋭い一撃に倒れるモハメッド、弥兵衛はダウンカウントを取ろうとしたが、すぐに両手をクロスして試合の終了を告げた。
「何度もジャブを顔面に受けていれば視界が塞がる。言ったろ仮面はとれって」
倒れ伏した蝶の仮面の拳闘士を見下ろし、黒川が独り呟いた。
■第二試合 威龍対ムエタイガー
「ムエタイ系か‥‥」
胸に虎の刺青を彫った男が奇妙な踊りをしているのを見つめる威龍。
「俺も中国武術を学ぶ者としては引けを取る訳にはいかないからな。勝たせて貰おう」
武術の源流を身に着けた者としての負ける訳には行かないといった気分なのだろう、自らの拳を硬く握る。
「ルールの変更は無いな? では武器の使用以外の全ての攻撃を認める。ファイト!」
試合ルールの確認をすると弥兵衛は試合開始の合図を告げた。
甲高いゴングの音が会場内に再び響き渡る。
両者はそれぞれ得意の構えを取り、相手との距離を詰めはじめた。
「間に合ったな」
試合を終えた黒川が傷の癒えていない身体で青コーナーの方に戻ってくる。
「状況は?」
「今、始まったばかりだよ。お互い探ってるみたいだね」
飯塚がリングから視線を外さずに返答する。
彼女の言葉どおり、二人とも相手の動きを見極めようと一定の距離から探りを入れていた。
ややあって、ムエタイガーが痺れを切らしたのか鋭いローキックを威龍の足へと当てていく。
ノーモーションからのスピードのある蹴り。予想外の蹴り足の速さに威龍の反応が遅れる。
ムエタイガーはさらに距離を詰め、追い討ちのジャブを放とうとする。しかし、それは威龍に見抜かれていた。
彼は半歩踏み出すように重心を前に移し、そのまま順手での掌底――形意拳における金行劈拳でムエタイガーの動きを止め、その手に沿って鑚拳へと繋げていく。
「くっ!」
慌ててクロスアームでブロックし、距離を取るムエタイガー。威龍自身は深追いせずにその場に対峙する。
それを見て構えを直すムエタイガー。今度はミドルキックから接近して腹部への膝蹴りに入る。
「甘い」
自らの膝を上げて膝蹴りをブロックする威龍。さらに無理やり打ち込んで来た肘打ちを肘でブロックするとそこから腕を円の様に回転させて双掌を胸に叩き込み、そこからさらに身体を横に向けて両腕を広げるように打開へと繋げていく。
大地を蹴る力と重力を重ねた中国拳法の震脚がリングに重低音を響かせ、同時にムエタイの使い手を大きく吹き飛ばした。
ロープまで吹き飛ぶムエタイガー、ロープを掴み、倒れそうになる身体を無理やり起こしているところに威龍の言葉が響く。
「武術の源流は大陸より起こり、その後周りに波及したもの。
お前が使うビルマ拳法といえど、大陸よりの伝わりしものの発展系でしかない!
お前が居る場所はすでに数百年前に先達が到達した領域だ」
「‥‥‥‥」
若き拳法家の言葉に黙するバグアのムエタイ使い。
彼は笑みを浮かべると再びファイティングポーズを取る。
「どうやら本当のムエタイを見せないといけないようだな」
先程とは雰囲気が変わった気がした。
「本当のムエタイ? だとしても負けるわけにはいかない!」
叫ぶ威龍。そして自らの拳が届くミドルレンジに距離を詰めようと動き始めた途端、肩口に衝撃が走り、突然押し返される。
ムエタイガーの前蹴りが威龍の肩から胸部にかけてヒットしたのであった。さらにそこからローキックへとコンビネーションが飛ぶ。
反応し、打ち払おうと手を繰り出す威龍、だが足を狙った蹴りを手で打ち払うのは難しい。
膝周りへのダメージを与えると今度はミドルへの蹴りへ移行していく。だがそれは受け流され、すぐに威龍の反撃の拳が飛んだ。
「これが本当のムエタイ?」
威龍が問う。
「これも本当のムエタイ」
ムエタイガーが答えた。
勝負は一進一退の攻防に変わって行った。
ムエタイガーは前蹴りで牽制し、そこからロー、ミドルの蹴りへと繋げ、威龍はそれを捌き拳を打ち、蹴りを放つ。
足の届く距離ではムエタイ、そこから拳の届く距離では中国拳法の戦いであった。
だが、両者ともそこからさらに攻め込むのは難しい状態だった。
ムエタイガーが前蹴りで牽制し、少しずつ蹴りを当てていっても大振りすると受け流されカウンターを受ける。
一方、威龍も自分の得意な距離で戦おうとすると前蹴りを受けてしまい距離を支配される。
受け流そうにも腕の付け根当たりを行動の頭を狙ってくるので受け流すのが難しい。
しかし、戦況は少しずつだが傾いていた。
それを知っているのはただ一人‥‥
「またミドルか」
ミドルキックをガードしながら威龍が呟く。
何度も同じところを打たれて正直うんざりな気分だ。
それを見抜いてかさらにミドルキックを繋げるムエタイガー、今度は受け流そうと威龍が腕を動かすと軌道を変え頭部へのハイキックに変えていく。
「――!?」
反応し、腕を上げようとする威龍、だが上段へのガードより先にムエタイガーの蹴りが威龍の頭部に叩き込まれた。
「なっ!?」
頭部への衝撃を堪え、懸命にバランスを取る威龍。
そこへムエタイ使いが一気に距離を詰めてきた。
「ちぃっ!」
対応し、拳を放とうとする威龍。だが突然腕に重さを感じ、拳を握るのが遅れる。
その隙を逃さずムエタイガーは両腕を相手の首の後ろに回し、そのまま体重をかけていく。
「ぐぅ!」
「腕が重くなったようだなカンフーマスター」
首相撲で威龍の動きを制しながらムエタイガーが口を開いた。
「お前はガードをしていたと思っていたようだが、俺のミドルはお前の腕を狙っていた」
彼の言葉に驚く威龍。腕を振り解こうにも体重をかけられ、尚且つ打撃を受け続けた腕は力を出すことが出来ない。
「前蹴りで距離をとり、ローで欺き‥‥大変だったぞ、お前の拳を受けながらこれを作るのは」
組んだ腕を左右に動かすムエタイガー、良いように相手の身体を操作し、そこに膝を叩き込む。
「振りほどくんだ、威龍!」
リングサイドで観戦していた沢辺が叫ぶ。
「ダメだ、あの状態だと相手の体重がかけられている」
木場の言葉に黒川が繋げる。
「それに形意拳の威力も殺される」
何度も叩きこまれるムエタイの膝蹴り。威龍は何とか膝を掴み、無理やり振りほどくと起死回生の崩拳を放つ。
だがムエタイガーはそれを皮一枚で避けると、その腕を軌道に身体を回転させ遠心力がプラスされた肘打ちを
威龍のこめかみに叩きこむ。
膝が折れ、崩れ落ちる威龍。
「肘膝だけと思ったか、手足は全て使う、それがムエタイだ」
倒れゆく拳士にそう告げるとムエタイガーはきびすを返し、リングを降りていくのであった。
■第三試合 沢辺 朋宏対グリズリー・プーチン
「総合ルール、四点ポジションでの膝は有り。どうかな?」
「問題‥‥ない」
沢辺の提案にプーチンはたどたどしく同意した。
「じゃあ、始めるぞい? 総合ルールゆえ噛み付きと頭突き、金的と髪を掴むのは禁止じゃ」
変更したルールを確認する弥兵衛。
両者が頷くのを確認すると距離を取らせ、ゴングを要請する。
第三試合のゴングがなり、開始早々プーチンは雄たけびを上げて突進してきた。
沢辺は掴みかかろうとする腕を払うと、サイドに回りこみ腹部への突きを打つ。
少林寺拳法の縦拳を受けつつもそのまま方向を転換し掴みかかる大男に今度は前蹴りでカウンターをあわせる。
カウンターでの蹴りにうずくまるプーチン。しかしその蹴り足だけはしっかりと掴んでいた。
「ふんぬがぁ!!」
「な、うああああ!」
声をあげ、無理やり足を引き寄せると体格差を生かして一本背負い投げの要領で投げつける。
うつぶせに叩きつけられる沢辺、プーチンはすぐさま上に乗ると体重をかけて寝技へと持っていこうとする‥‥が
「うがっ!」
悲鳴をあげ彼から離れると、自分の膝を押さえた。
「あれ? なんで離れたのかしら?」
リングサイドの楓姫が疑問の声を上げる。
「多分、経絡か何か突いたんじゃないか?」
立ち上がろうとする沢辺を見ながら、木場が答えた。
「‥‥それ、ずるいぞ」
「体格差だハンデだと思ってくれ」
「‥‥ワカッタ」
「いや、そこで納得されても」
プーチンの言葉に突っ込みを返す沢辺。だがその突っ込みは無視されたらしく。再び大男が掴みかかってきた。
「くっ!」
すり足でサイドに運足し、今度は肝臓付近へ足刀蹴りを打ち込む沢辺。
プーチンもそれを堪え、その足を掴みにかかるが流石に沢辺も反応し、すぐに距離を取った。
圧力をかけ、何とか掴んで投げようとするプーチンと、組み技を嫌い体捌きを駆使して腹部への蹴りを打つ沢辺。
打撃に対する防御が苦手なプーチンは何度も蹴りを受けるが、それを堪え無理矢理に投げにかかろうとしていた。
何度かは成功する投げ、だが経絡への恐怖があり、寝技へとつなげられない。
そういう戦いが繰り返されていたが試合が後半に入るとダメージを負ったプーチンの動きが次第に鈍くなってきた。
それを確認した沢辺も攻撃方法を変化し、足を狙ってのローキックでさらに動きを止めていく。
「うがぁああ!」
蹴りを嫌いタックルで倒そうとするプーチン、だがスタミナを削られているせいでタックルの勢いが弱い。
足を突っ張り、タックルを切ると、沢辺はそこから四点マウントからの膝蹴りを打ち、起き上がろうとするプーチンのこめかみにフックを合わせ、距離をとる。
大きなダメージを追いつつも立ち上がるプーチン。
そこへ沢辺はラッシュをかける。
顔面、鳩尾へとパンチを打ち、人中を狙った足刀蹴り。さらにそこから腕を取りにかかる。
組みつかれたのをチャンスと自分の有利な方へと引き寄せようとするプーチン。だが、手首を極められて思うように動けない上にその状態で足を蹴られる。
膝を落としたところを後頭部を踵で踏み抜く、沢辺。
それを見た弥兵衛は両者の間に割って入り、ゴングを要請した。
少林寺拳法の防御力を使いこなし、組み技を嫌う戦術を選択した沢辺の文句なしの完勝であった。
■第四試合 楓姫対ルリ子17歳
「‥‥ギブアップはありだけどタップは無し?」
ルール変更の要請を受けた弥兵衛が聞きなおす?
「つまり参ったって言わせればイイのね?」
割って入ったルリ子の言葉に頷く楓姫。それを見て興味を引かれたのかルリ子が顔を近づける。
「面白そうじゃない? ヒィヒィ言わせて上げるわ」
「そっちがね」
彼女をずっと睨みながら楓姫は答えた。
「ラウンドワン、ファイト!」
弥兵衛の言葉とともにルリ子がダッシュする。
一気に距離を詰め、腰へのタックルからリフトし、マットへと叩きつける。
「くぅっ!」
タックルを切り返そうとするも間に合わず投げられる楓姫。
受身は取ったがそのまま総合におけるガードポジションに移行してしまう。
「たわいも無いわね」
そのまま顔面へのマウントパンチを振り下ろすルリ子。
だが楓姫はすぐに相手の脛を蹴り、ルリ子のポジションを崩し、その隙に体勢を立て直す。
「‥‥やるわね」
「そっちこそ」
ルリ子の言葉に笑みを浮かべて返す楓姫、その言葉を聞くとルリ子はフットワークを生かしてスタンドでの立ち合いに持っていこうとする。
軽妙なステップからパンチのラッシュへ持っていくルリ子。楓姫も裏拳で弾き、攻撃を受け流すとジャブから回し蹴り、さらにはバックブローへと流れるように繋げていく。
「子供の喧嘩じゃないのよ‥‥」
そのまま攻撃に繋げながら挑発する楓姫。相手の蹴りを受け止めるとそのまま抱えて、投げに行こうとする。
「そうね、喧嘩じゃないわよねえ」
同意の言葉を口にするルリ子、同時に彼女は残った足を高く上げて楓姫の首に絡めにかかる。
「なっ!」
驚き、身体を引こうとする楓姫。しかしルリ子に腕を捕られてそのまま引きずりこまれる。
「これは格闘なんだから」
三角締めに楓姫を捕らえながらルリ子が言った。
相手の戦術に応じて臨機応変に対応しようとした楓姫。しかし喧嘩で培った経験とは違う攻撃に対してはどうしても対処が後手に回ってしまう。
それでも残った腕でパンチを何度も叩き込み、どうにか三角締めを振りほどく。
「ふふ‥‥組んずほぐれつは苦手みたいね」
舌なめずりをして再びタックルに入る、ルリ子。高速のタックルが楓姫の身体を捕らえようとする。
「‥‥何度も喰らわない!」
そう叫ぶと楓姫はカウンターでストレートをルリ子の頭部へと叩き込む。
強烈なストレートがルリ子の頭部に衝撃を与えるが、それでもタックルの勢いを殺すことは出来ず、そのまま押し倒される形になってしまう。
マウントポジションから逃げようとする楓姫。
だがルリ子は相手の顔を掴み、顎を上げさせるとそこへ腕をねじ込んでいった。
「か‥‥は‥‥ぁ‥‥」
気道を圧迫する腕を掴む楓姫、しかし体重の乗った腕を押しのけることは出来ない。
目の前が暗くなり、掴んでいた手からも力が抜ける。
幾ら臨機応変に対応とはいえ、出来ることには限界がある。
組み技に対する対策を立るか、沢辺のように最初から組むのを嫌っていれば勝負は違っていたかもしれなかったが、すでにあとの祭りだった。
楓姫の手がマットに落ちたのを確認した弥兵衛は試合終了のゴングを要請した。
■第五試合 飯塚・聖菜対シスター・アリアラ
「相手は空手かね」
道着姿の飯塚が対戦相手に視線を送る。
シスター服から道着姿へと着替えたアリアラはリングの上で膝を着き、祈りをささげている。
弥兵衛に呼びかけられ中央に集められる両者。
「神様にでも祈っていたのかい?」
反則行為などの説明を受けながら飯塚が話しかけるとアリアラはにっこりと笑って答えた。
「ええ、これから倒される貴女の無事を」
「ファイト!」
弥兵衛の声とともに鳴らされるゴング。
やや後ろに体重をかける猫足立ちのアリアラに対し、飯塚はバスケットで培ったフットワークで自分にとっての優位なポジションを探る。
じりじりと距離を詰めるアリアラ。拳が届く距離に入るとアリアラは一気に踏み込み、顔面への正拳突きを狙う。
鋭く重い正拳を受け止める飯塚、そのまま腕を捕ると捻りを加えて投げに入る。
一気に投げられてマットに叩きつけられるアリアラ。すぐさま飯塚が踏みつけにくるが、身体を転がして回避し、距離を取る。
今度は飯塚が攻めに移る。喧嘩で培った勢いを活かした打撃がアリアラの頭部を狙う。
パンチを打ち払うアリアラ、打ち払うことによって空いた飯塚の腹に正拳を打ち込む。
「‥‥!」
鳩尾への打撃に身体を九の字に曲げる飯塚。だがそのまま相手に身体を預けると大外刈りの要領で倒れこんだ。
合気道を主体とし、喧嘩殺法を混ぜていく飯塚と純粋に空手で勝負するアリアラ。
強力な打撃のラッシュに対し飯塚は下手に受け流さずにガードに徹し、修行と喧嘩によって培った体力で受け止めつつ、合気道の技を狙っていった。
だが、アリアラもそれを警戒してか、なかなか腕を取らせてはくれない。
「こまったねえ‥‥なら!」
フットワークを活かし、アリアラの周囲を回り始める飯塚。
相手に対応しようと動いたところで一気に距離を詰めると、道着を掴んでパンチのラッシュを叩き込む。
捕まれた状態でのパンチを嫌ったアリアラは無理やり振りほどくと、カウンターでの回し蹴りを打つ。
バックステップでかわす飯塚、そのまま戻る蹴り足に合わせて距離を詰める。
慌てて掌底で迎え撃つアリアラだが彼女はそれを真正面から受け止めるとそのまま腕を引き込んで、ねじり上げながらアリアラの背後に回る。
何とか逃れようと腕を動かそうとするアリアラだが、極められた腕から走る激痛が脱出を許さない。
日本刀を振り下ろすように腕を下ろす飯塚。
初段とは思えない完璧な四方投げがアリアラの頭部をマットに叩きつける。
何とか立ち上がろうとするアリアラ。そこへ助走をつけた飯塚の顔面蹴りが飛び、頭部ごと彼女の意識を吹き飛ばした。
■第六試合 木場・純平対赤星武侠
「これで最後だな」
リングに入り、サングラスを外しながら木場は呟いた。
三勝二敗と対抗戦としての負けは無くなった。
「まあだからと言ってここで負ける気も無いけどな」
その顔に浮かぶ笑みは自信の表れか、それとも格闘の腕を競ってみたいという格闘家の性か。
「‥‥勝てるかい?」
ロープの張りを確認する赤星武侠に声をかけるルリ子、自分の試合でのダメージが酷いのか手に持った氷嚢を顔に当てている。
「分からん、だが‥‥」
答える武侠、ルリ子の方には目もくれず言葉を続ける。
「しょっぱかったら潰すだけだ」
「プロレスじゃないのにねえ」
そう言ってルリ子は肩をすくめた。
「これが最後の試合じゃな」
ここまでレフェリーを務めてきた弥兵衛が言う。
「では、お互い悔いのないようにな、ゴング!」
試合開始を告げる声、会場に響き渡る金属音。
木場と武侠はほぼ同時に動き出し、相手に向かって挑みかかった。
最初に攻めに出たのは赤星武侠、フェイントから一気に屈みこみ足元へのタックルを狙う。
しかし木場も即座に反応し、タックルを切ってそのままがぶり、フロントネックロックで締め上げる。
「ふん!」
気合の言葉とともにネックロックを無理やり引き剥がす武侠。そして引き剥がした腕をくぐるとバックを捕る為に身体を移動させる。
「させるかっ!」
バックを捕られる直前に上手く首投げし、袈裟固めに持ち込む木場。だがヘッドシザースで無理やり引き剥がされそうになり、倒立して武侠のシザースから脱出する。
次の技を警戒し距離を取ると、膝立ちで対峙する両者。
純粋なレスリングの攻防に会場からどよめきの声が漏れた。
「ルチャリブレっていうから空中戦のイメージがあったんだが?」
じりじりと間合いを詰め攻撃のチャンスを伺いつつ問いかける木場。
「ルチャリブレでもプロレスでも基本はレスリングだ、やることは変わらんよ」
武侠も同じよう間合いを詰めていく。
次に仕掛けるのは木場、後半でのアドバンテージを狙ってか、ローキックを放つ。
大腿部に叩きこまれる蹴り、鞭を打つような音がその蹴りの威力を物語る。
だが、蹴られた武侠はそれを物ともしないかのように距離を詰め、胸元に逆水平チョップを打つ。
本能的に胸元でチョップを受ける木場、彼も負けじと同じように武侠の胸にチョップを打ち返す。続くチョップの応酬。その後に武侠はロープへ向かって走り、反動を使ったボディアタックを放つ。
「ぐあっ!」
肩で受け止めてカウンターを当てる木場。しかし勢いを殺すことは出来ず、両者とも倒れこむ。
倒れた直後、即座にお互い腕を伸ばして木場はヒールホールド、武侠はアキレス腱固めで相手の足を極めようとしてもつれあうがこれはロープに触れて弥兵衛からブレイクの指示を受けた。
レフェリーの指示を受け、リングの中央に戻る両者。
今度は真正面からロックアップに持ち込んでいった。
打ち合い、投げ合い、極め合う。
お互いバッグボーンが近いせいか、それとも木場が相手に合わせているせいか、勝負はレスリングを基調としたものになっていった。
総合の試合のようなパウンドも無く、グラウンドでの関節の取り合いや組み合いを中心とした戦闘。
だが、その戦いもそろそろ終わりへと近付いていく。
「捕った!」
木場の鋭いタックルが武侠の足を刈ろうとする。
耐える武侠、木場をそれを確認するや力ずくで武侠の身体をリフトし、背後へ投げていく。
フロントスープレックスで宙を舞う武侠。そしてそれを追撃しようと走り出す木場。だが‥‥
「甘いわ!」
ダッシュした足を武侠によって蟹挟みされ、前方に倒される。
倒れた先にあるのはサードロープ。
「〜〜〜〜!!」
喉笛を打ちつけた木場は声にならない悲鳴を上げる。
その隙に武侠はコーナーに登ると、後方宙返りをしながら自らの身体を浴びせていく。
プロレスにおけるムーンサルトプレスだ。
「これで終わりだ人間!」
勝利を確信し、叫ぶ赤星武侠。
「‥‥いや、俺の勝ちだ」
木場はそう言うと武侠が落下する直前に身を翻す。
リングに叩きつけられるバグアのレスラーにすかさず飛び掛る木場。
太い腕を相手の首に絡め、頚動脈を圧迫する。
もがき、脱出しようとする武侠。だが温存したスタミナの差が彼から脱出する力を奪っていた。
駆け寄る弥兵衛。
武侠の腕を取ると、意識があるかを確認するため。腕を持ち上げて離す。
一回、二回‥‥三回。
三度腕が落ちるのを確認した弥兵衛が終了のゴングを要請した。
■戦い終わって
「四対二でこの勝負、人類側の勝ちです!」
リングアナウンサーが人類側の勝利を告げる。
同時に歓声に包まれる場内。
リングの中では先程まで戦っていた12人の男女がお互いの健闘を称えあっていた。
それを見ていた弥兵衛は‥‥
「‥‥夢か?」
布団の中で目を覚ましていた。