●リプレイ本文
能力者たちはまず、キメラの動向を調べるためによく襲われる村に立ち寄った。偵察をしていて怪我をしたという能力者の男もここに滞在している。まだしばらく安静にしていなければならないとのことだが、男は敵討ちがしてもらえるならと協力を申し出た。
ラウル・カミーユ(
ga7242)は男の話をメモを取りながら聞いていた。男は話すごとに痛そうに顔をしかめる。だがよほど悔しかったのか、痛みは彼にとって妨げにはならないようだった。
「俺に言えるのはこんなところか‥‥くれぐれも気をつけろよ」
カミーユはにこりと笑ってうなずく。
「うん、おじサンと強化月詠の仇は、任せて!」
が、すぐに首をかしげた。
「もしかして、月詠刺さったまま?」
「さあな、分からんよ。あの時は逃げるだけで必死だったから」
まるきり見た目は女性のナレイン・フェルド(
ga0506)が、女性らしさ全開できゅっと眉を寄せた。つややかな髪が決意を秘めた瞳にかかる。
「早く‥‥早く行って、少しでも被害を少なくしましょ!」
男はできる限りの動作で彼らに頭を下げる。
「あの刀、大事な相棒だったんだ。割り増しで落とし前つけてやってくれ」
ブレイズ・カーディナル(
ga1851)が男を安心させるように朗らかに笑って見せた。
「それが俺たちの役割です、任せてくださいよ」
村にはただ木の棒が立ち並ぶだけの墓地があった。キメラに連れ去られた者には遺体が存在しない。村人たちは宙ぶらりんの悲しみを抱えて日々怯えているのだ。
「みんな‥‥怯えてる。笑顔を取り戻してあげたいわ」
フェルドは働き盛りの息子を失ったという老婆の半ば諦めに似た悲しみを思い出してさらに決意を固めた。優(
ga8480)がうなずく。
「キメラは西から飛来するそうです。地図の情報と合致しますね。それから、やはり相当素早いそうです。急降下から一気に上空へ連れ去られるケースがほとんどです」
カミーユと黒桐白夜(
gb1936)は敵の行動時間帯を聞き込んでいたのだが、目立った行動パターンのようなものは見えなかった。
「残念だけど、敵サンが確実にいるって時間はわかんない。昼夜問わずって感じだねー」
「こっちも似たようなもんだ。尚更、昼間のうちに着かないとな」
黒桐がつぶやく。敵が鳥だといっても鳥目であるという期待は持てない。明るいうちでなければそれこそ彼らに勝ち目などないのだ。
彼らは二台の車に分乗して、できる限り距離を稼ぐことにした。しかし散々胃袋を刺激するスリリングなラフ走行の末、無数に突き出た岩が完全に車の移動を阻んだ。
いかに悪路に強いジーザリオといえども、車体より狭い岩場が延々と続くのではお手上げである。残念ながら目的地まではまだかなり距離がある。
八人は時に手を貸しあいながら先に進んだ。男が描いた地図は正確で、目印も設置されている。道に迷う心配はなさそうだった。
周囲は静かだった、いや、静かすぎた。もともとこの近辺には生き物があまりいないのだろうが、時折転がっている白骨が、今のここの支配者の存在を物語っている。
足場が悪く、足下に気を取られがちな状況の中、アンジェリナ(
ga6940)は時折足を止めては上空を警戒していた。優も常に覚醒状態で双眼鏡を覗いているが、常にというわけにはゆかない。険しい岩の間を渡る間に、八人はすっかり汗だくになってしまった。
突然アンジェリナが警告を発する。優は双眼鏡を彼女が指し示す方へ向けた。
巨大な朱の鳥が、ほとんど羽ばたくこともなく悠々と空を渡っていた。それは、老人が神と呼んだのも当然と思われるほどの神々しさを放っていた。
あの優美な鳥が、実は侵略者の手先で悪食の暴君だなどと信じられるだろうか?
「綺麗‥‥。善いキメラなら良かったのですが」
石動 小夜子(
ga0121)の言葉に応えるように、ブレイズが呟いた。
「どんな姿をしていようと、それが敵なら討つのが俺たちの役割だ。たとえ、それが神様だったとしても、な」
朱の鳥は足に何かをぶら下げていた。『狩り』の帰りなのだろう。木花咲耶(
ga5139)は眉根を寄せた。
「あれは似非です。神の姿を模したに過ぎませんわ。バグアは侵略よりも偽物作りの方が本業のようですわね‥‥皆様で叩きのめすわよ」
一瞬空気が冷えるような冷たい言い方をし「あら、はしたない」と、口元に手を当て上品に笑う。
優が無表情のまま足を早めた。
「急ぎましょう。あのまま巣に戻るなら好都合です」
キメラはあっという間に飛び去っていった。地上の彼らには気づいていないのか、それとも取るに足らない存在として無視しているのか。
「傷‥‥あの方がつけたという傷はあったでしょうか」
石動の問いかけに優は首を振る。
「遠すぎて確認できませんでした」
「もし傷がなければ、別に一羽いるという可能性がありますよね」
流れ落ちる汗を拭いて、黒桐は荷物を背負いなおした。
「そうじゃないことを祈っておこうぜ。で、あとどれくらいかかるんだ?」
更に歩くこと数十分、地図に記された地点にたどり着いた。八人は切り立った岩の柱に身を隠し進む。
ほどなく、ひときわ大きく突き出た柱脇のくぼみに、何かを引き裂き食らっている巨鳥の姿が見えた。長く伸びた首、鮮やかな冠と尾羽の朱色の鳥だった。体長は五メートル程度、翼を広げればもっと長いだろう。翼から首にかけてわずかに色合いを変える羽毛は、炎を思わせる色合いだった。
「‥‥あれが件の神鳥か」
ブレイズは漂う死臭に顔をしかめてつぶやく。
「どうもサンダーバードって感じじゃなさそうだな。あの色なら、どちらかと言えば火の鳥とか言われたほうがしっくりきそうだ」
「サンダーバードよりは四神・朱雀に近いようだな」
アンジェリナの言葉に、ブレイズはうなずいてかすかに笑った。
「ま、キメラなんて化物は、普通の人から見りゃどれも同じようなもんか」
石柱の間から垣間見える豪快な食事風景に、石動が口元に手を当てる。
「神様の名前で呼ばれているなんて不思議ですね」
「姿形は違っても、脅威の存在であれば、伝説の神鳥になっちゃうんだろーネ」
いい加減なもんだな、とカミーユ。
黒桐が彼の弓に練成強化を施す。八人は作戦通りに三組にわかれ、少しずつ距離を詰めた。
カミーユと木花咲耶は警戒しながら岩陰をぬうようにしてキメラに近づいていった。細かい石を蹴散らさぬように、不安定な石を踏まぬように。射線が通り、かつ敵から発見されにくい場所を慎重に選ぶ。油断なく常に敵を警戒するカミーユの額に汗が浮かぶ。
突然、キメラは首をあげて周囲を警戒するそぶりを見せた。全員息を殺して気配を消す。キメラは何かが気になるのか、鋭い目で周囲を警戒している。
彼らにとって都合の良いことに、キメラが警戒しているのはカミーユがいる方角ではなかった。彼は矢をゆっくりと引き出して手に取りやすいよう並べると、白銀の弓に番えて引き絞る。狙いは偵察の男が攻撃たことで怪我をしていると思しき右側の翼だ。深く息を吐いたカミーユの瞳と髪の色がダークグレーに染まってゆく。
キメラが食事に意識を戻したその瞬間。
「‥‥射抜けっ!」
文字通り矢継ぎ早に矢がはしり、翼に突き刺さった。三本目は胴体に、四本目は弾かれて地面に。キメラが地面を蹴り翼を広げて舞い上がる。翼に突き刺さった矢が一本折れ飛んだ。
銃弾が虚空を貫く。矢が突き刺さっているというのに、ほとんどキメラの飛行能力に影響はないようだった。
キメラは上空を旋回している。彼らを敵、あるいは獲物と認識したのだろうか。
キメラが一瞬体を傾けたように見えた、途端烈風が地をさらう。カミーユの体がよろめいた。体勢を立て直す暇もなくキメラが突っ込んでくる。
「仲間を傷つけることは許しません」
キメラの爪は木花咲耶がかざした小さな盾の表面を滑り、誰一人傷つけることなく天に戻る。
黒桐はキメラが降りてくるのを狙って超機械を発動させていた。効果範囲ぎりぎりの所でキメラに影響が及ぶ。
「なんて速さだっ!」
そのまますぐに岩陰に身を隠す。戦場から距離を取りたいところだが、敵の行動範囲から言って『見える範囲全て戦場』だろう。彼は近くにいる仲間に片っ端から強化をかけることにした。
戦闘においては、空にいるものの方が圧倒的に有利。地上の神狩り人は少ないチャンスを活かし戦うしかない。キメラは思うように攻撃できない彼らをあざ笑うように、地上を睥睨し、時折低空で恐るべき爪と嘴での攻撃をする。
彼らは回避が精一杯で、満足な傷を負わせることができない。襲われていない班が攻撃をするという作戦を立てていたが、目標が分かったときにはもう攻撃されているという状況、攻撃を当てられるチャンスもほんの一瞬でしかないのだ。
「そっちからも見えるだろーケド、こっちからも狙い放題だヨ!」
唯一効果を上げていると思われるのはカミーユのアサルトライフルだった。敵の進路を予測して弾丸をばらまくことによってある程度は当たっている。しかし決定打にはならない。
「遠距離攻撃なんて隠し球、ないだろうな」
黒桐は嫌な想像をひとまず心の片隅に片付ける。もしそうなれば彼らに勝てるチャンスはほとんどなくなる。
優はキメラが降りてきた時を狙い衝撃波で攻撃していたが。
「このままでは、埒があかないな」
僅かでも動きが止まればいい。ほんの一瞬でも。
キメラは一声鳴くと再び急降下してきた。狙いはブレイズだ。
「いい気になるなよ」
ブレイズの髪が風に煽られ、その名の通り炎のように揺れる。彼はキメラの体に強引にツヴァイハンダーを振り下ろし、爪に引っかかれるのも構わずにキメラの翼に全力をかける。彼の体中の筋肉が一瞬膨れあがった。キメラの翼が不自然な方向にねじ曲げられる。
「今だ!」
アンジェリナと優がすかさずサポートに入り、振りかざされるキメラの嘴を攻撃をしてそらし、翼に集中攻撃を加えた。
「役に立てばいいけど‥‥」
駆けつけたフェルドは手錠とロープを針金で括った手製のトラップを手に近づこうとした。キメラはブレイズにさんざん傷を負わせて自由になりつつある。石動が素早い動きでキメラに攻撃を仕掛け怒りを煽った。フェルドが近づく邪魔をさせないよう、できるだけ派手に動く。優も彼女の意図を理解し、攻撃を右の翼に更に集中させた。出血が酷くなったブレイズに黒桐が治療を施す。
「ブレイズ、さがれ!」
アンジェリナの体が宙に舞う。高い跳躍から生み出される位置エネルギーを刃に乗せ、キメラの翼に振り下ろした。
キメラが長い悲鳴を上げて力任せに羽ばたき、近くの人間をなぎ倒した、その時、全く反対側から近づいていたフェルドの手錠がキメラの足にはめられた。
「空に逃げられると面倒なの! だから‥‥きゃっ!」
キメラの翼が地をなぎ払い、今度こそ自由になったキメラが一旦体勢を立て直すべく舞い上がろうとした。が、
「本気を出させていただきますわ! これを味わってみなさい」
木花咲耶の刃が閃き、衝撃波が地をえぐる。地から振り上げた刃を返しながら距離を詰め、剛剣を叩きつける!
キメラは空中に逃げようと、死にものぐるいで羽ばたいた。フェルドの手からロープが急速に奪い取られてゆく。
「くっ! まだ力が有り余ってるみたい‥‥」
「フェルドさん!」
石動も加わったが、人の手で抗うにはキメラの力は大きすぎた。敵を拘束するどころか、もろとも空中へ連れ去られかねない。
アンジェリナの判断は早かった。
「斬るぞ!」
短い警告を発すると同時にロープに刃を振り下ろした。キメラが舞い上がり、フェルドと石動が倒れる。
「逃がさないヨ! ナッちゃんの作戦、無駄にしない!」
カミーユの銃弾が雨あられと撃ち込まれた。
「空をあなたのテリトリーとは思わない事ね」
同時に木花咲耶と優のソニックブームが羽根を散らす。キメラはとうとう悲鳴を上げて地面に叩きつけられた。
「引きずり下ろせばこっちのものだ。この一撃で燃え尽きろ!」
ブレイズの全力を込めた一撃がキメラの右翼を完全に沈黙させた。攻撃を避けながら、しかし万一にもキメラを逃さぬように、能力者たちは一斉攻撃を仕掛けた。
いかに神の名を持つものであろうとも、自分の舞台から引きずり下ろされては形無しである。爪も嘴もまだ鋭さには曇りすらないが、地上では狩り人たちの方に分があった。
「――丁度いい。おまえに相応しい型がある」
アンジェリナの真紅の瞳がすっと細められた。
「朱桜・漆型――『朱雀』」
振るった刃の軌跡が紅い斬撃波となり、キメラの首を通り抜けた。キメラが一瞬風圧に押されたように首を揺るがせた次の瞬間、鮮血が吹き上がった。
真っ赤な血で自らの体を染め上げ、キメラは重々しい音を立てて崩れ落ちたのだった。神と呼ばれたものの壮絶な最後だった。
キメラであっても弔いたいというのは石動の希望だった。だが墓を作るのはこの岩場では難しかったので、石を積み上げて墓碑とした。
キメラの体には、話通り月詠が深く突き刺さっていた。だがそれはもう折れ曲がって使い物になりそうにない。しかし石動は丁寧に抜き取って血をぬぐい、持ち帰ることにした。彼に愛刀を返し、これもまたキメラを倒した一助になったと報告しようと心に決めて。
優が微笑む。
「これで村の人々もあの人も、安心するでしょう」
「怪我してる奴は言えよー」
黒桐が全身真っ赤な木花咲耶に声をかけると、彼女は顔をしかめた。
「これは返り血です。‥‥嫌ですわ、染みになってしまうかしら」
粗末な墓碑を振り返り、フェルドはしばらく立ち止まっていた。
キメラはバグアが作ったもの。自由に生きることもできずあがく命。しかし情けをかけることはできない。村に並んだ遺体のない墓を忘れてはならない。
「ナッちゃん、行くよ?」
カミーユに何でもないと答え、彼は目を伏せて密やかに呟いた。
「どうしてなのかな‥‥命って奪う為にあるものじゃないのに‥‥」
完