●リプレイ本文
●嵐への前奏曲
戦い終わって日が暮れて。能力者たちも任務から離れればただの人、のんびりとショッピングを楽しむこともある。
「何なら服でも買ってやろうか。綺麗に着飾れば彼氏も喜ぶと思うぞ?」
急に表情を硬くした葵 宙華(
ga4067)に、拙いことでも言っただろうかと怪訝に思う御影・朔夜(
ga0240)。だが彼もすぐに彼女が見たものに気づく。
彼らの前に止まったのは、雨の中飛ばしてきたのか泥だらけの装甲人員輸送車だった。中から眼鏡の少女が顔を出す。
「御影・朔夜殿と葵 宙華殿か? 連絡は聞かれたか?」
彼女の言葉を遮るように、御影の通信機が急な依頼を伝えるベルを鳴らす。
御影は葵と軽くうなずきあう。
「残念だったな、如何やら買い物は後の様だ」
八人の能力者たちを乗せた車両は猛スピードで走ってゆく。
情報と称されるのは、混乱状態で整理されていない証言がそのまま並べられたものだ。南雲 莞爾(
ga4272)は厄介だなとつぶやく。
おそらく蝙蝠が電波妨害、象が滑走路封鎖。滑走路の状況は不明。航空機の残り燃料は三十分飛んでいられるかどうか。
「随分と手の込んだ邪魔の仕方をするものだな‥‥」
嫌がらせとしか思えない状況に、白鐘剣一郎(
ga0184)はうなった。
「やれやれ、どうも最近突然の仕事が多いですね」
と鋼 蒼志(
ga0165)。
「任務は任務だ。血清‥‥守り抜くぞ」
梵阿(
gb1532)の言葉に、緋室 神音(
ga3576)が静かにこたえる。
「ええ。一つの村の命、消させはしないわ」
●到着
到着した彼らは、すぐさま貨物運搬用のゲートに向かった。あらかじめ開けておいてもらうよう提案したのは赤霧・連(
ga0668)だ。彼女が持っているのは旅行客向けの案内図だが、あるとないでは大違いである。
能力者たちは即座に三班に分かれた。いち早く通信系等を回復させるため管制塔に向かうスナイパー三人、そして二本ある滑走路それぞれの状況確認と障害の排除を行う二つのチームだ。全員の時計を合わせ、着陸に最低限必要な時間から逆算した時刻にアラームをセットする。
二本の滑走路はターミナルビルを挟む形でTの字を描くように一部交わっている。端まで行くとかなり遠い。
●滑走路 北
キメラがいるとされる北側を目指すのは、鋼、白鐘、梵阿の三人だ。
梵阿はいまだ沈黙する管制塔をあおぎ、通信が使えればと悔しそうに呟いた。白鐘が急速に足を速めてゆく。
「管制塔はスナイパーチームに任せよう。俺たちは北滑走路の状況確認と障害物の排除。時間との勝負だ、行くぞ!」
走る三人の中、梵阿は一人置いて行かれ気味だった。経験浅く、また肉体労働にはあらゆる理由で不向きな彼女には少々酷だったかも知れない。
鋼は覚醒して走る積もりだったが、梵阿の孤立を心配して全力を出せずにいた。それに気づいた梵阿がかすれた声で先に行けと言う。
「あなたがキメラに遭遇したら間違いなく死ぬ。俺たちは人命救助に来ている、人命に数えるのは依頼者だけじゃない」
実も蓋もない、だがもっともな鋼の言葉に梵阿は黙るしかない。
「キメラとて所詮は物理的な事象に過ぎん。世の万事全てが我らサイエンティストの領分よ」
梵阿は心をふるい立たせるようにつぶやく。
●管制塔
「葵、さっきは空港の人と何を話していたんだ?」
「不時着の為の準備を進めておいて下さいってね」
関係者は関係者なりに自分の仕事をすることが傭兵にとっての補助となる。彼らがいつも通りに間違いなく仕事をこなせるようにするために、キメラは速やかに排除しなければならない。
ターミナルやコンテナの陰に隠れながら管制塔に近づいてゆくと、蝙蝠型キメラは二匹だということがはっきりした。
「ほむ、大きいですネ」
赤霧がぽつりとこぼした。まともに戦っていたのでは時間がかかりそうだ。
葵は照明銃を取り出してロックを外す。
「御影兄、赤霧小姐、あたしが囮になる」
押し殺した声で赤霧が抗議する。
「一人でなんて危険です!」
「この中ではあたしが一番弱い。理由としては十分よ」
冷静な言葉の中に、葵の強い決意が感じられた。
「‥‥無理だけはするなよ」
「気をつけてくださいネ‥‥」
「買い物の続き、したいからね。‥‥そうだ、南雲と緋室小姐も誘おうか」
ゆらりと空気が揺れ、葵の顔から年相応の幼さが抜け落ちる。
キメラに荒らされたのか倒れた車両と崩れたコンテナがある。遮蔽物としては申し分ない。ライトも破壊されているのか、ターミナルからの光も届かずその一帯が薄暗い。御影と赤霧が身を隠すのを確認してから、葵は管制塔へ駆けていった。
御影の体を漆黒の炎が覆い、髪の毛が銀になる。
「赤霧、その弓でなら奴の翼を狙えるか?」
「問題ありません、任せて下さい?」
赤霧の純白の髪が闇に染まってゆく。
二人は呼吸も心臓の鼓動すらも鎮めるように、気配を殺して夜に潜む。
●滑走路 南
南滑走路に向かったのは緋室と南雲だ。並んで走りながらも、二人は滑走路のチェックを行った。ターミナル近辺では滑走路に少しヒビが入っている所もあるが、着陸に大きな問題はないように見える。
八人の中でもトップクラスに足が速い二人だ。端まで到達するのにそう時間はかからなかった。
無線機はまだ使用できないようだったので、緋室は滑走路が使用可能であることを伝えるため照明銃を撃った。
「まず誘導灯の点灯の確認ね。問題があったら困るから‥‥」
「最悪の場合に備えて航空燃料を散布しておこう」
航空燃料を誘導灯代わりに燃やす。火事の危険があり、更に被害を拡大させてしまう可能性もある。
「ここの消防隊にも連絡しておきたいところだけど‥‥」
まだ無線は耳障りな雑音を響かせている。緋室はSASウォッチを確認した。航空燃料の散布を考えると時間的に厳しい。
「誘導灯が使えることを祈りましょう」
きりりと唇を引き締め誘導灯のチェックに向かう緋室に、南雲は一瞬見とれた。
二人きりだ。
こんな状況でなければ、と彼は一瞬残念に思った。だがすぐに私的な感情を眠らせる。
管制塔の方が光った。どうやら戦いが始まったらしい。
●管制塔
照明銃を捨て、葵は走っていた。蝙蝠の一匹はもくろみ通り彼女を追ってきたが、一匹は遠距離から衝撃波のようなものを放って攻撃してくる。ひとまず敵は彼女一人だと思い込んでくれているようだ。それだけは幸いだった。
強い風が彼女の体をあおる。背に鋭い痛みが走る。何度も攻撃を受けた体は限界を訴えている。雨に濡れた路面で足が滑る。血に汚れたチャイナドレスが旗のようにひときわ大きくはためく。
蝙蝠たちは哀れな獲物にとどめを刺そうと、鋭い牙をむきだした。
が、獲物たる葵は突如偽りの絶望を脱ぎ捨て低く囁く。
「邪魔なのよ、これからデートだというのに‥‥早急に墜ちてもらおうか」
次の瞬間、葵の体を食い千切ろうとした蝙蝠の翼を御影の銃弾が射貫く。二発目は外れたが、狼の異名を持つ金の瞳を細め、動揺する様子もなく両手の銃を連射する。蝙蝠はどこから攻撃を受けたかも解らなかったに違いない。翼を傷つけられて揚力を失い、もがきながら落下する。
更に風雨を切り裂き、二本の矢がはしった。矢は狙い過たず管制塔で待機していた蝙蝠の翼を引き裂く。蝙蝠が不意打ちに混乱し、甲高い鳴き声とともに破壊の波を放とうとした、その刹那に再び赤霧の矢が風切り音をたて一直線にかける。黒い影がギャッと叫んで動きを止め、そして何かが地面に落ちる鈍い音がした。
落ちた蝙蝠はそれでもなお衝撃波で敵を近づけまいとする。しかしそれはあまりにも虚しい抵抗だった。
「時間もないのでな、一気に片付けさせて貰うぞ‥‥!」
三人の一斉攻撃があっという間に蝙蝠を蜂の巣にする。
●滑走路 北
どうやらこの滑走路は使い物にならないだろうと思われた。コンテナどころか破壊された運搬車の残骸まで散乱しており、これを少ない残り時間で排除するのは無理がある。
滑走路を破壊しているという象キメラが見あたらないのは気にかかったが、三人は南側の滑走路へ向かうことにした。と、梵阿の通信機から不意に赤霧の声が飛び出した。
「蝙蝠倒しましたよ! 聞こえますか、どうぞ!」
「電波良好。北は使えん。南に合流する。管制塔から問題の輸送機に連絡が取れるようなら、飛行限界時間まで上空待機しろと伝えてくれ。まだキメラは確認できておらん。気をつけろ」
「あたしたちもこっちが片づいたら車借りてすぐに向かうわ」
●滑走路 南
南雲と緋室はライトの確認を行ったが、ほとんどが破壊されていたのと、通電していないのとで使用は絶望的と思われた。
そこへ、空港の職員がひとり燃料運搬車を運転して現れた。空港に到着してすぐ梵阿と葵に頼まれて用意しておいたのだという。本当は合図があるまで待機するようにと言われたが、それでは間に合わないだろうと一人で来たというのだ。
「能力者は決して全てをこなす超人ではない。諸君らの協力が不可欠なのだ‥‥そんなこと言われて黙って見てちゃ、みっともないでしょ」
職員はにやりと笑って見せた。
三人はすぐに航空燃料の散布を始める。散布と簡単に言っても、もともとそういう風に使用するためには作られていない。作業は困難を極めた。
職員は、まるで映画だと苦笑した。彼もさすがにこんな非常訓練は受けていない。
「ライトの内側二メートルを保ってください。線が途切れないように。火を点けるのが困難になる。火花に気をつけて」
そこへ、御影たちからの連絡が入った。事情を説明すると、空港側の非常誘導灯設置は彼ら三人と空港の職員で行うとの答えが返ってきた。
「航空機と連絡が取れたらしい。管制塔の設備は破壊されているが通信は可能。今着陸準備を進めている」
●滑走路 北
三人は南側の滑走路へと向かっていた。
滑走路外に倒れたタラップの横をすり抜け、また少し遅れて走っていた梵阿が思わず足を緩めてあえいだ時だ。破壊音が脳天に響く。彼女は強い衝撃を受けて転がった。だが痛みはない。
「大丈夫か?」
鋼だった。彼がぎりぎりのところで守ってくれたのだ。
「すまん」
「退いてろ」
騒がしい音を立ててタラップが折れ曲がり、吹き飛ぶ。その向こうに黒々と巨大な影が見えた。象は頭が尖り、長い毛に覆われている。太く湾曲した牙が二本生えていた。マンモスだ。
「ふぅん、マンモスとはまた珍しい‥‥が、とりあえずは死んでもらおうか」
鋼は強い憎しみを込めて吐き捨てると、ドリルスピアをくるりと回した。赤い光が一瞬弧を描く。
「この螺旋の鋼角で――貴様を穿ち貫く!」
梵阿はすぐさま戦闘中であることを仲間に伝えた。すると無線機から緋室の声が飛び込んでくる。
「突撃の恐れがあるわ。足を狙って! 私たちもすぐに‥‥」
白鐘もまた無線に叫ぶ。
「力仕事は任せろ、そっちは灯に集中してくれ!」
戦場は南側の滑走路に近い。下手な動き方をすると、南側の滑走路の着陸準備が妨害されることになる。
「これ以上好きに暴れさせる訳にはいかない。慌てず焦らず短期決戦だ。さぁ、来い!」
白鐘は武器を抜き放ちマンモスに突進してゆく。無謀と思えるほどの近距離に踏み込み、修羅のごとき連撃をくり出す。
「天都神影流、斬鋼閃!」
鋼をも断つ刃が、マンモスの強靭な皮膚を切り裂き骨にまで達した。
●滑走路 南
南雲と緋室は戦場に近い場所の準備を引き受け、時計を見ながら燃料をまき続け、滑走路に散らばったわずかな残骸を時に覚醒しての力業で排除する。
アラームが鳴り響いた。
「限界だ」
南雲は唇を噛む。航空機が着陸態勢に入ったとの連絡が入った。まだ万全とは言えないが、やるしかない。
二人は滑走路で作業中の者に避難するよう連絡し、緋室のライターで燃料に点火した。滑走路に炎の道がはしる。だがそれは途中で闇に飲まれた。航空燃料が途切れているのだ。
南雲はとっさに駆け出した。その姿が一瞬消えたように見え、次の瞬間には彼は炎の端にいた。
緋室の悲鳴と同時に、南雲は炎の間近に手持ちのスブロフをまく。自らも炎に巻かれるかも知れない危険な行為。だが道は繋がった。
航空機のエンジン音の中、今度こそまっすぐに伸びた炎の道の向こうから南雲の声がかすかに聞こえた。
●限界
白鐘と鋼の全力攻撃はマンモスの意識を破壊行動から逸らした。滑走路を目指していたマンモスは足を止め、牙で二人を引っ掛ける。一撃一撃の重さが常軌を逸している。
強靭な鼻が鋼を捕らえて叩き付けた。常人なら一撃で飛び散っていたに違いない。鋼は全身を貫く激痛に耐え、辛うじて意識を保っていた。
白鐘の攻撃で、短い悲鳴とともに鋼の体が放り出される。運悪く刀が当たったのだ。しかし同時に開放された鋼は、土をかいて起き上がろうとする。
と、彼の体が急激に軽くなり、心地よい震えが全身を駆け巡る。振り向くと、梵阿の覚醒を示す手の輝きがおさまるところだった。
「おかえし、だ」
梵阿の得意げな顔に鋼は思わず失笑する。
エンジン音が急速に近づく。いよいよ航空機が最後の賭けに出ようとしているのだ。
「わしが援護しているのだ。仕損じるなよ!」
梵阿の声と同時に白鐘の刀が光を放つ。
更に白鐘は赤い炎に似たオーラをまとう。彼は太い鼻の一撃をかわしつつ、刀を交差させて真っ直ぐに懐へ飛び込んだ。
「勝負‥‥天都神影流『奥義』紅翼破!」
ふたふりの刀が光の軌跡を描いて振り抜かれ、一瞬後にマンモスの体から血が紅の翼のように噴出した。
むせ返るような血臭の中、三人は疲労のあまりしばらく立ち上がることができなかった。
「皆の治療をせねば」
「九死に一生とはこの事だな」
「俺達が命を張ったんです。先生には命を繋いでもらいませんと」
鋼は痛そうに顔をしかめながらも、降りてくる航空機を確信を持って見守る。
無線からは、スナイパーチームが消火班と協力して後処理に走っている様子が聞こえていた。
●エピローグ
事件から数日後の昼下がり。
赤霧は封筒に丁寧に写真を入れていた。一枚目は彼女が撮ったから七人で。二枚目は八人で。三枚目以降は空港の人たちも一緒に。
ふと目を留めた写真では、南雲が緋室の横で不自然に硬くなっていた。
南雲の片思いを進展させるため、御影と買い物の続きをするという葵が、南雲と緋室を強制連行しようとしたのだ。
当の南雲が緋室に声をかけようとしていたのを盛大に邪魔してしまった、ようにも見えたが。
「ほむ。あの後どうなったんでしょうネ?」
赤霧はくすくすと笑って、写真を南雲に送る封筒に入れた。
写真の一枚には、着陸した航空機から降りてくる医師たちの姿も写っていた。
航空機から降りるなり座りこんだ運び屋に、まだお前の仕事は終わっていないと怒鳴りつけた医師の声が思い出される。
彼女は、その写真を丁寧にアルバムに挟んだ。
完