●リプレイ本文
「ん〜‥‥どうやら飛行系キメラのようですね。それも‥‥」
ヴァシュカ(
ga7064)は時間を計算して到着が深夜になると結論づけると、「厄介な」とつぶやいて闇に紛れるよう黒のコートを選んだ。
敵は夜行性で光に攻撃を仕掛ける習性がある。対策を立てなくては人間などいい的だ。彼女は懐中電灯を片手にどうしたものかと考え込む。
「パーティーでもするのか? ハロウィンにはまだ早いぜ?」
メモを見た補給係の男の言葉に、御山・アキラ(
ga0532)は何を馬鹿な事をと眉根を寄せた。
コップ、蛍光塗料、風船。これらは、夜間、しかも光を使うことができないという圧倒的不利な状況をひっくり返すためのギミックだ。
リゼット・ランドルフ(
ga5171)は地図資料を探していた。だが、古く小さな、しかも治安が悪くなり訪れる者もなくなった墓地である。なかなか役立ちそうなものは見つからない。
「困りましたね‥‥墓守小屋の位置がわからないと、キメラをおびき寄せる場所が決められない‥‥」
「墓守小屋の位置くらいは把握しときたいところだよな‥‥」
隣の男と目が合った。男はアンドレアス・ラーセン(
ga6523)だと名乗った。
そんな二人の後ろから「ごめんなさいよ」と割り込んで、資料に手を伸ばす女性が一人。
「しっかし、嫌だねえ。全くさあ、宇宙人のくせに雰囲気出し過ぎなんだよバグアは。墓地によだかキメラなんてにゃー」
彼女はネコ語(?)でぶつぶつ喋りながら、ぶるぶるっとわざとらしいほどに体を――二人には幻の尻尾がふくらんでいるように見えた――震わせる。
「あら、あなたもですか」
「‥‥にゃ? アンタたちもよだかの‥‥ほし?」
フェブ・ル・アール(
ga0655)は眼鏡の向こうで目を丸くして首をかしげた。
明るくなるまで待てばキメラの掃討は容易だろう。だが傭兵たちは満場一致で到着と同時の行動を選択した。墓地には負傷者がいる。放っておけば状況は悪化する一方だろうと思われたからだ。
アンドレアスとケイ・リヒャルト(
ga0598)は要救助者の応急手当に向かう。残りのメンバーはキメラを光でおびき寄せて要救助者から引き離し、叩く。
幡多野 克(
ga0444)は流れを復唱して時計を見たが、さっきからほとんど進んでいるようには見えなかった。
「俺達が着くまで‥‥持ってくれてれば‥‥いいけど‥‥」
彼はスコーピオンにペイント弾をゆっくりと装填する。冷たい鉄の音が時計の秒針の音をかき消した。
「そろそろ明かりを消す。用意はいいか?」
御山が仲間を見渡し問いかけると、アンドレアスが肩をすくめる。
「さっさと済まそうぜ、こっちが埋められる前にな」
「ミイラ取りがミイラになるとか、嫌ですしね」
リゼットが小首をかしげて微笑んだ。
リゼットとフェブ・ル・アールは、結局地図はなかったので、昔撮られたこの近辺の航空写真に偶然写っていたこの墓地を無理やり拡大して作った地図を基に作戦を立てた。件の写真も、三人がかりでも見つけるのはかなり大変だったのだ。
フェブ・ル・アールの意見で、圧倒的不利な立場にある彼らが少しでも姿を隠せるよう、地上の遮蔽物が多く空中への障害が少ない、つまり墓石が集中して木が少ない丘に決まった。墓石はあまり頼りになりそうにないが、ないよりはましだろう。
かなり昔に棄てられた墓地には、草が生い茂り石が転がり、稀に割れた墓石や折れた十字架が倒れている。暗雲立ちこめる空は真っ暗で、周囲に何もない墓地は真の暗闇だ。その上明かりが満足に使えない、暗視スコープを持っているのは一名のみでは、まともな移動もままならない。
「‥‥まずは要救助者から遠ざけないと」
ヴァシュカ、フェブ・ル・アール、リゼットは小屋とは反対方向に向けて照明銃を撃った。地形の確認とキメラの数の確認。そしてうまく行けば小屋の近くにいるキメラを引き離し、こちらへ呼ぶことができるだろう。
隠れられそうな場所をそれぞれ把握すると、素早く身を隠すべく移動する。ヴァシュカは風を切る音が急速に近づくのを耳にした。敵はかなり素早い。あの速度で何羽も突っ込んできたら、いかに能力者であってもただではすまないだろう。
「ひとまず三羽‥‥万一掃討が無理なようなら、退くことも考慮すべきか‥‥」
御影・朔夜(
ga0240)は要救助者の治癒に向かう二人に声をかけた。
「‥‥救助の方は任せる。キメラの相手は此方に任せておけ」
「絶対に‥‥助けてみせる!」
ケイの力強い答えに聞き覚えがあった。これは以前経験したことだと、常に付きまとう既知感が御影をあざ笑う。そうだったな、と彼は唇を歪め、煙草に火をつけた。
しばらく棄てられた墓地に沈黙が戻った。光に反応して飛んできたキメラたちは必ずいるはずの獲物を探す。
やがて、ふたたび明かりがともった。ひとつ、ふたつと数を増やしてゆく。設置した御山が瞬天速で離れていることなどキメラたちに分かるはずもない。ただ不吉な予感を感じたか甲高い鳴き声を上げた。
闇の中に人間の姿を見、キメラは広い嘴で襲い掛かった。ヴァシュカが短い悲鳴を上げる。すぐに横からフェブ・ル・アールが割り込んで攻撃を受け流した。
他二羽のキメラは人間の目を奪うべく光に突進した。だが、いつもならば正しいその行動が、今回ばかりは彼らに死のペイントを施すことになる。明かりの正体は彼らの動きを利用した罠だったのだ。
ヴァシュカが設置したのは懐中電灯と蛍光塗料を使って作成した言わばペイントライトで、懐中電灯を破壊しようと攻撃すると同時に袋が破れて攻撃者にかかるというもの。
御山が設置したのは蛍光塗料を入れたコップと風船。これもすぐ近くのランタンに突っ込んできたキメラがついでに破壊するとペイント完了、という代物だ。
急ごしらえにしては効果は劇的だった。星もない暗闇であるということが人間にとっては最大の不利な点だが、完全なる闇の中ではほんの少しの塗料も目立つ。塗料は少しの間なら持ちそうだった。
‥‥それだけ時間があれば十分。
御影は四本目の煙草に火をつけると、愛銃を両手に不適に笑った。その瞳が黄金に輝く。
「――アクセス」
幸い、古い写真から推測できる場所に小屋は建っていた。すぐ近くを何かが風を切って飛んでゆく音が聞こえた。はるか西で始まった賑やかな祭りに参加しようというのだろう。
救護班の二人はしばらく息を殺して周囲の様子を伺う。
「久しぶりのセッションが、こんな陰気なハウスだとはね」
ケイがかすかに笑ったような気配がする。彼は小屋に声をかけた。
「おい、生きてっか? 神様でもマリア様でもねぇがな‥‥ULTだ」
「マジか? おい。足あるんだろうな?」
事情を説明すると、ややあって木がきしむ音がした。
「趣味の良い棲処じゃない?」
「冗談よしてくれ。俺たちはとっとと引っ越したいんだ」
中に入るとすぐ二人は手持ちのマントなどで光が漏れそうな場所に目張りをした。更にアンドレアスは頭からマントをかぶる。
覚醒状態で体から光を放つ能力者は少なくない。彼もその一人だ。治癒のための光をキメラに探知され襲われたのでは元も子もない。
もう胸がかすかに上下するだけの血まみれの男の手に手を重ね練成治療を行いながら、ひたすら呼びかけ続ける。
「いいか‥‥俺の声を聞け‥‥そうだ、まだそっちに行くにゃ早いぜ」
男のまぶたはぴくりとも動かない。
御影の攻撃が一羽のペイントされたキメラを撃ち落した。全く同じ記憶が彼の脳裏に重なる。彼にとって全てはかつて起こったことだ。
「‥‥つまらないな、この程度では‥‥」
御影はちびた煙草を捨てるとブーツの先でもみ消した。
幡多野はあえておとりの光に接近した。キメラが風を切って迫る。幡多野は敵の攻撃にあわせて地面に飛び込みつつ上空にサブマシンガンを乱射した。派手な蛍光塗料が墓石もろともキメラに浴びせられる。墓石に隠れていたリゼットが舞い降りたキメラの翼を狙う。二羽のキメラは怒りの叫びを上げた。
すかさずヴァシュカがエネルギーガンを撃つ。灰色の羽根が舞い散った。
まだ新手がいるかもしれないとペイント弾をこめたまま動かず懐中電灯の近くで待機していた御山は、更に風を切る羽音を耳にして身をかがめた。
「墓場にはよだかよりハゲタカの方が似合いなのだがな」
彼女は塗料入りの風船をぶつけるという案も考えたが、相手の速さを考えると当たりそうにない。最後の明かりに飛来する新手のキメラに狙いを定める。
フェブ・ル・アールもまたペイント弾をこめた銃を手に待機していた。
急速に気配が近づく。ライトの中に影が躍り出たその瞬間、二方向からのマシンガンによるペイント弾のばら撒きのおかげで、キメラは蛍光塗料で派手な水玉模様になった。二人は素早くマガジンを入れ替え、今度は鉛弾を浴びせる。ライトがキメラにか銃弾にかはわからないが破壊され、周囲は再び暗闇に包まれた。
フェブ・ル・アールは全力を込めた。初撃で敵の武器を奪ってしまえば戦況は大きく変わるものだ。
闇が戻ればキメラたちが有利。ゆえに焦ったのだろうか。三羽のキメラはばらばらに人間を襲うにとどまった。
ケイはもう一人の重傷者の血をぬぐい、止血と消毒を行った。後でアンドレアスが治癒を行えば十分間に合うはずだ。
だが、もう一人の瀕死の重傷者は回復する様子がなかった。眠り続ける男と周囲の眠りの地から自分の行く末を幻視したか、クシィが騒ぎ出した。が、アンドレアスが一喝する。
「簡単に助からないとか口にすんじゃねぇ」
クシィともう一人の無傷の人間――幼い少女だった――もまた、意識がはっきりとあるが故の強い不安と恐怖に精神をすり減らせている。
「早くちゃんとした施設がある所で休ませなくちゃね。キメラ班の手伝いに行くわ」
「お姉ちゃん‥‥行っちゃうの?」
冷たい手でケイの服の裾を掴んだ少女の頬は濡れていた。ケイは少女を優しく抱きしめ、彼女の震えがおさまるまで頭をなでていた。
「弱気になってはダメ。大丈夫よ、絶対に」
ヴァシュカはフォローのため足を止めずに戦っていたが、明かりが消えたことで動けなくなってしまう。むやみに動いては怪我では済まない。
キメラは彼女を標的にすることが多いようだった。
「‥‥ボクの武器ってもしかして、結構光源になる?」
ヴァシュカは花の香りを振りまきつつ、エネルギーガンの引き金を引き絞る。
光源がなくなったことで、闇に潜む人間を重点的にねらい始めたキメラたちだったが、体の奥底から命ずる声に一瞬意識を持ってゆかれた。再び低空を駆け上る強い光。あれは攻撃しなければいけない物なのか否か。それは大きな隙だった。わずかに高度を落としたキメラを御影の弾丸が正確に射抜く。狩り場に誘い込んだ獲物は逃がさない。彼は獣の瞳で笑う。
御山と幡多野が放った無数の弾丸がキメラを一羽引きちぎった。塗料に彩られた何かが鈍い音を立て落下する。
幡多野は意識の端をかすった羽音に目を見開いた。
「来るっ‥‥!」
予備のランタンを点火していた御山は、警告を聞いてすぐに伏せた。鋭い爪がカンテラの光を反射し、彼女の背をぎりぎりのところでかすめてゆく。身をかわした御山とは入れ違いに立ち上がったのはリゼットだ。ベルセルクがうなりを上げてキメラに振り下ろされる。突然別の攻撃目標が現れたことで、新手のキメラは身を翻して舞い上がった。
彼らの額に汗が浮かぶ。緊張にすり減らされる精神。暗闇の向こうに羽ばたく恐怖。戦うすべを持った彼らですらこうなのだ。無力な一般人が襲われる時、どんな思いを抱いただろうか。
幡多野は唇をかみしめ、闇の向こうを見据えた。
「すいかのキメラ?」
アンドレアスからもらったジュースを飲むことも忘れて目を丸くする少女に、彼は少し大げさにおどけて見せた。
「そう、しかも美味い」
動物ベースのキメラなど、意外と食べられるキメラは存在する。何しろアンドレアスが最初に受けた仕事が、中国での『食えそうなキメラ捕まえてこい』というものだったのだから。
アンドレアスの手元からかすれた声がした。
「はは‥‥チャイニーズは‥‥逞しいな‥‥」
少女が息をのむ。
キメラは怒っていた。もう光を目当てに不用意に降りてくることはせず、孤立した人間を襲うことにした。ちょうど、走っていたヴァシュカが目にとまる。
ヴァシュカは羽音を聞いていち早く墓石の影に滑り込む。急降下してくるキメラに向かい、照明銃を撃ってそのまま伏せる。キメラが光に気を取られる様子はなかったが、彼女には妙な確信があった。
閃光の中、一発の銃弾がキメラを射抜く。
「どうせ舞うならもっと華麗に踊ってみせて」
闇の中から現れたケイのフリージアが祭りの終演を歌った。
キメラ班はキメラの全滅を確認し、墓地に転がっていた遺体の回収をした。犠牲者は五名。いずれも無惨な姿だった。食うために襲ったわけではないのだろう。
御山がつぶやいた。
「ハゲタカよりたちが悪い」
「映画を‥‥思い出した‥‥。鳥に襲われる‥‥昔の映画‥‥。夜に訳も分からず‥‥襲われて‥‥怖かったと‥‥思う‥‥。亡くなった人には‥‥冥福を‥‥」
幡多野は再び安らかな眠りが訪れた旧い眠りの地に、祈りを捧げるように頭を垂れる。
キメラ班は負傷者運搬用の担架を持って墓守の小屋へ向かった。
小屋の外に男が一人座って、ぼんやりと朝焼けの空を見つめている。横に小さなトランクが置いてあることからいって、これが依頼人だろう。
「はいよ運び屋さん、マリア様がお迎えに来たぜ! お祈りはしたか? にゃっはっはー」
フェブ・ル・アールの言葉に、クシィは力なく笑った。
「騒がしいマリア様だなおい」
「アンタが後生大事に何を運んでるんだかは知らないが‥‥さすがにUPCからそいつを隠す手伝いまでは出来ないぜ。まー、報酬に色付けてくれるってんなら? 知らんふりしちゃってもいいけどにゃー♪」
クシィは苦笑して首を振った。
「おいおい、俺を何だと思ってんだ。ただの配達屋サンだぜ? こいつは軍事機密やらヤクのありかなんてステキなもんじゃない」
彼が軽く叩いて見せたトランクには、ライオンのエンブレムが描かれていた。嘘をついている様子もない。フェブ・ル・アールはなぜか残念そうに横目でトランクを眺めていた。
御影は煙草をくゆらせ苦笑する。
「‥‥今の時世、運び屋と言うのも大変だな」
「まあな。‥‥あんた、どこかで会ったよな?」
御影は、以前クシィが墜落寸前の飛行機に乗っていたところを救ったことがあるのだが‥‥あの騒ぎだ、覚えていないのも無理はない。
御影の声と、記憶の声が重なる。
「構わないさ」
別れ際、少女はアンドレアスの耳に内緒話をするようにささやいた。
「お兄ちゃん、パパを助けてくれて、ありがとうね」