●リプレイ本文
●冬の街
「防犯ビデオの映像は見せていただく事ができるでしょうか」
そうアグレアーブル(
ga0095)は会話を切りだす。それはキメラの攻撃手段を見極め、僅かでも手がかりを得るためだった。
職員が分かりましたと応え、備え付けられた端末を手早く操作すると、ミーティングルームの大画面プラズマモニターに十数件のリストが表示される。リストには日付と被害者の名前、場所が記載されている。
「そ、それじゃ上の方から」
矢印のポインタが画面の中を移動し、リストの上部に重なる。選ばれた項目は反転表示となり、カチッとスイッチを押すような音が響くと画面の中央部の表示領域に映像が流れ始める。
映像は路地裏のもので、雑居ビルの勝手口の周囲を映したものだった。時間は夕方のようだ。
画面中央下部の地面で白いトカゲのようなキメラが、地面に張り付くようにじっとしている画像が流れる。
数秒の後、画面の奥に恰幅の良い男性が現れ、キメラの方へ近づいてくる。
男は取り乱したように、キメラに近づいてゆく、一定距離に近づいた刹那、男の身体が跳ね上がるように震えそのまま地面に倒れる。キメラはいつの間にかに姿をくらましていた。そんな映像が続々と再生される。
「‥‥」
アグレアーブルが映像から判断出来た事は以下の通りであった。
1.キメラは自分からは能動的に動かない。近づいてきた者のみを襲っている。
2.何らかの幻を被害者に見せている可能性が高い。
3.攻撃手段は、腕、脚、尻尾である。
4.犯行後の移動は極めて早い。
そして、キメラが能動的に動いて居ない事は囮や陽動といった手段が不適切であることを意味していた。
「防犯カメラに画像が残っているということはー、何らかの施設近辺が多いということでしょうか〜?」
茶会の王子様 ラルス・フェルセン(
ga5133)は、溜息をつくと、ゆっくりとした口調で言う。
ラルスの要望により、これまでの捜査資料の説明が行われ、さらに下記の4点の事実が明るみになる。
5.被害者は身体の一部を必ず切り取られており、それがキメラの食料となっている。
6.犯行は通り魔的であり、職業・年齢・性別は関係ない。
7.キメラは下水道、川といった水路を使って移動しており、警察犬による追跡も効果をあげていない。
8.特殊部隊が下水道内部の主要地点にカメラを設置して足取りを追っているものの捕捉に至っていない。
「幻覚を見せているだろうとしてもー、犯行状況まで画像として残っているのに、後手に回る理由はー、何なのでしょう〜?」
ラルスの発言に、担当の職員は肩を落とし言葉を無くす。
自分の住む街で起こっている事を解決できない。
職員の態度にはそんな悔しさがにじみ出ているようだった。
『ダン!』と机を叩く音が響く。
「人の一番柔らかい部分を突いてくるとはな‥‥バグアめ! なんていうキメラを作ってきやがるんだ!」
威龍(
ga3859)は怒りにうち震える様子で言う。
心のなかで整理がついて居るとは言え、威龍にも大切にしている亡き老師の思い出がある。それは誰にも踏み込めない領域なのかもしれない。
「どうあっても始末しなくてはならないよな。これ以上被害者を出さない為に!」
威龍は担当の職員を励ますように言う。
誰の心にも恩人を慕う気持ちや後悔の念はあるはずだ。それは損得だけでは測れない人の持つ善性なのではないだろうか?
「幻覚‥‥ね。悪趣味にも程がある。なんとしてでも、この手で討ちたいものです」
宗太郎=シルエイト(
ga4261)も静かに怒りの闘志を燃やす。
「人の優しい心につけ込むなんて‥‥、気に入らないわね」
虹の翼 緋室 神音(
ga3576)が言う。
そして、念のためにと事件現場の位置を地図で確認できないかと尋ねる。
職員が端末を操作すると、プラズマモニターの画面にマンチェスター市の地図が表示され、事件発生の場所が光点で表示され、犯行日時も表示される。
事件は市の中心部から半径4マイル以内で発生しており、出現場所は完全にランダムであることがわかる。
「え?」
鳳 湊(
ga0109)が声をあげる。
彼女が指さした光点には、前日の日付が表示されていた。
時間は午後4時〜午後10時の6時間に集中しており、1日1件という正確なペースが続いている。
「こういったゲリラ的な相手が一番厄介なのです。大勢で探せば逃げ出し、少なければ見つけ難く犠牲者を増やしてしまう‥‥」
静かな口調であったが、重みのある言葉だった。
隣人が理由も無く突然に殺される。
明日は自分かもしれない‥‥、そんな思いは誰にもさせてはいけないのだ。
「人の心につけこむキメラ‥‥危険なので気を引き締めていきましょう」
妖を射る熾天使 霞澄 セラフィエル(
ga0495)はそう言うと、8人が2人1組のA、B、C、Dの4班に分かれて行動する計画を説明すると、
「よろしくお願いします」
担当の職員は、少し心配そうな表情を浮かべながらも、礼儀正しく言う。
他、現在地のマンチェスター市は、イギリスでも有数の大都市であるため、通常の状態であれば携帯電話は問題なく使える事。武器の使用・所持については、既に許可が出ているため、身分を明かせば問題ない。
武器については、既に参加者の誰もが直接目に付かないよう対策を講じており、改めて担当者がお願いをする必要は無かった。
こうして一行はミッションを開始する。
今日の犠牲者はまだ出ていなかった、今日は誰も殺させはしない、誰もが思うのだった。
●A班:スターリング社〜住宅街
青空の闘牛士 ホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)は、キメラがマンチェスターに現れた理由に思いを巡らす。
その思いの中で、最初の被害者であるマーガレット・ホルバインのプロフィールに疑問を持つ。
そして、謎を解くために彼女の勤務先に向かう事にするのだった。
「確かに、どうしてスノーリザードマンが現れたかも気になりますし、何より現地の方の意見が重要だと思います」
アグレアーブルもまた、拭いきれない疑問をもち、不慣れな地での判断基準を其処に住む者に求めようとしていた。 向かった先の一つスターリング社。
被害者であるマーガレットが勤務していたエンジン全般の設計・開発を行う企業である。
ホアキンとアグレアーブルの突然の訪問に、マーガレットの同僚であり親友だったアグネスは驚くが、それが事件調査の為だと聞くと積極的に協力を申し出る。
親友を奪ったスノーリザードマンは彼女にとっても許せない存在だったのである。
●B班:オフィス街〜駅への繁華街の裏路地
帰宅する勤め人で駅の周囲は混雑していた。
シルエイトと湊は、タクシーの運転手に用件を述べると繁華街に向かって歩き出す。
運転手と僅かに交わした会話によると、マンチェスターは近年、工業生産が伸び続けており、各地から人が集まり活況を呈してるそうだ。
「大切な奴‥‥恋人の姿か? こんな所に居るはずないよな‥‥」
シルエイトは胸の中に秘めていた大切な思い出に思いを馳せると、少し複雑な表情を浮かべる。
そして思う。心を弄ぶ敵を許すわけには行かないと。
繁華街には様々な人種の人間を目にすることができた。
湊は先を歩くシルエイトを見失わないよう、注意深く後に続く。
たくさんの路地裏があり、人の流れから少しでも外れると、全く人気の無い場所も無数にある。
「なにも現れませんね。これで終わりなら良いのですが‥‥」
湊は呟くのだった。
●C班:オフィス街〜研究所がある地域
「もし、私が幻覚に襲われたら‥‥、威龍さん、駆けつけてくださいね」
「任せておけ! 心の準備はできているぜ!」
セラフィエルは心配そうに言うと、威龍が力強く応える。
「信頼していますので、よろしくお願いします、威龍さんも気を付けてくださいね」
セラフィエルはクスリと微笑を浮かべると、パトロールの場所の確認をする。
事件の起こりやすそうな場所をセラフィエルが纏め、それを元になるべく多くの場所を回る方針であった。
威龍が怪しい場所を手早く確認してゆく様子を、少し離れた場所でセラフィエルが注意深く見守る。
オフィス街や研究所がある地域では、人の動きはまばらであり、誰もが足早に家路を急いでいるようにも見えた。
●D班:川も近い辺りを中心に探索
「トカゲって夜行性でしたね〜。それで暗くなってから‥‥で、会社帰りの人が多いとか〜?」
「ラルスはそう思うのね?」
軽〜い調子で言うラルスに確認を入れると、神音はすたすたと歩き始める。
夕方の会社帰りの人の流れに混じりながら、気になる場所を気に掛けながら歩を進める。
川に着目した行動は的を射ていた、不慣れな場所であることが不幸であると言えた。
神音は慎重にかつ確実に橋下や街の死角となる路地裏に足を踏み入れチェックを行ってゆく。
チェックすべき場所は多く、寒さが身にしみる。
(「でも頑張るしかないのです〜。亡くなられたー方々の為と‥‥残された方々の明日の為に」)
ラルスは静かに思う。そして、彼女の後ろを注意深くついて行くのだった。
●結末
「あの日は偶々、仕事の整理で退社が遅くなったのです。もし、一緒に帰ることができていれば‥‥」
アグネスは言葉を詰まらせる。
そんな彼女の心情を察したアグレアーブルが少しでも気が晴れればと会話を繋げると、いつしか会話は弾む。
「ここのパンはとてもユニークなのですよ。アグレアーブルさんもちょっと見てゆきませんか?」
そう言う、アグネスにアグレアーブルは付き合ってくることを伝えると、ホアキンは無言で手を振り、人気のない喫煙所のベンチに腰掛け、煙草に火をつける。
「それじゃ、すぐ戻りますので、少し待っていてくださいね!」
アグレアーブルは、ホアキンに向かってそう言うとアグネスと共にショッピングモールの中のパン屋に向かう。
独り待つホアキンの周囲から人が消え、いつしか周囲の風景が違ったものに見え始めていた。
「!! ば、馬鹿なそんなことあり得ん!」
見覚えのある人物‥‥その出現にホアキンは動揺する。
ありえない! 幻と判っていたとしても感情を持つ生物にとっては防ぎきれないものはある。
こみ上げる感情を必死に抑えながらメールの送信ボタンを押すのがやっとであった。
「ホアキンさん?」
携帯電話の着信にアグレアーブルは素早く反応し、ホアキンの危機を察した彼女の髪は長く伸び目には黄金色を映じていた。覚醒である。
疾風脚で早められた脚力で賑わうショッピングセンターを瞬く間に駆け抜けると、ホアキンがベンチの前に仁王立ちの状態。視線の先には大きな異形‥‥スノーリザードマンである。
「させないっ!!」
アグレアーブルの目にも止まらぬ速さの一撃が打ち込まれると、一瞬赤い障壁が現れたかのように見えたが、ホワイトリザードマンは盛大に吹き飛び壁に激突する。
刹那、ホアキンは幻から解放されて我に返る。
相当のダメージを受けたホワイトリザードマンは川の方向へと逃走を始める。
「首を斬れないのが残念ですが、電子の鉄槌をどうぞ」
駆けつけたラルスが放つ光の帯が命中するとホワイトリザードマンは全身の皮膚が焼かれたように爛れてピンク色の肉が露出する。
「アイテール‥‥限定解除、戦闘モードに移行‥‥抜く前に斬ると知れ――剣技・桜花幻影」
尚も逃走を試みるスノーリザードマン。
進路に立ちふさがる神音の一太刀が振るわれるとスノーリザードマンの腕が切断されて宙を舞う。
『グガガガガッ!!』
奇声をを上げるスノーリザードマン‥‥依然逃走方向を探している。
「ありったけをくれてやる‥‥しっかり受け取れ!」
シルエイトの振るう槍の刃が突き刺さる。
フォースフィールドは健在であるものの、満身創痍となり立っている事がやっとのスノーリザードマンに、湊の銃弾、威龍の爪が、そして、セラフィエルの矢が突き刺さる。
集結した能力者の猛攻の前になすすべもなく、スノーリザードマンは倒れるのだった。
誰彼と無く拍手が起こった。マンチェスターの街を覆う盛大な拍手は8人の能力者達に向けられたものであった。
「敵をとってくれてありがとう!」
「みなさんのお陰で、再び安心して暮らせます!」
続々と集まってくるマンチェスターの市民の口から次々と感謝の言葉がこぼれた。
八人の能力者達に向けられた感謝の言葉が止むことは無かった。
「バグアの目的は人が優しい心を持てなるようにする事だったのかもしれませんね」
セラフィエルは呟くように言う。
バグアがキメラを放つ理由は主に人々に恐怖を与えるためだと言われる。
今回の事件もまた、バグアが無差別に行っている事件の一つであったのかもしれない。