●リプレイ本文
●シカゴ上空
バグア軍の対空砲が点滅する風景を生み出していた。
その光と闇のなかを縫うように偵察隊は駆ける。
「無理無茶無謀は承知の上。それをひっくり返せるのも俺達だけなんだから。さぁ、皆、行くよ!」
疾風の戦士 新条 拓那(
ga1294)が、そう言うと、偵察隊は一気に高度を上昇させる。
「うへー! こりゃまた、随分と難儀だぜ。ま、ヤルからにはバッチシ作戦成功させようぜ!」
ノビル・ラグ(
ga3704)はそう言うと機首を上げて続く。
ヘルメットワームは居ない! 好機とばかりに、編隊はシカゴ市街への突入を開始する。
朝焼けの色を帯びた薄暗い風景、眼下にシカゴの変わり果てた街並みが広がる。
ランドルフ・カーター(
ga3888)の慟哭がコックピットの内部に響く。
全高440m余にも及ぶシアーズタワーを始め、いくつかの高層ビルにのみに光が灯り、繁栄のシンボルであったそれらは、今や街を威圧する存在へと変貌を遂げていた。
「叫けばせてください! 私は! 私は‥‥ううっ!!」
ランドルフの声、そして呻きが無線から響く。
朝焼けが照らす閑散とした街を照らす。
計画的とも思われる破壊の爪痕は街全体に及んでいるようだ。
仲間達も同じ風景を見ているとはいえ、シカゴに縁があるのは恐らく自分だけだ。
何も出来ずに脱出した。
仲間達との思い出‥‥心の内の思い出が感情の洪水となってランドルフの心を揺さぶる。
撮影を開始した偵察隊の周囲の空気は、猛烈な対空砲火により激しく揺さぶられ、その振動が絶え間なくパイロット達に届く。
さらに、速度を落とした機体は格好の標的であり、進行方向に打ち上げられた弾体の生み出す破片に晒された機体は、それらを避けきる事ができずに、ダメージを受け続けるしかなかった。
そんな状況のなか、ランドルフの言葉に応える者は居なかった。
振動する空気の衝撃、そして機体に命中する破片の衝撃を、その身に感じながら、偵察隊の一行はさらに北西へ飛ぶ。‥‥オヘア飛行場を目指して。
「皆にいと高き月の恩寵があらんことを‥‥」
静かに終夜・無月(
ga3084)が口を開く。
誰に向けられたものかは判らないが、その口調には誰かを気遣う深い情が籠もっていた。
無月もまた、忘れられない思いを心に秘め任務に臨んでいた。
ダウンタウンの随所にも、奇妙な空き地が作られており、シカゴ市全体で2〜3割もの建造物が破壊されている事が予測された。
「非道い‥‥」
アグレアーブル(
ga0095)はバグア占領下の街の実態を目にし、西海岸の故郷を思う。
(「私の場所は護ってみせる‥‥決してこうはさせない!」)
そして、心の中でそう誓うのだった。
ロッキー山脈から下ってくる風の吹く街。
「風の街」と呼ばれ親しまれていたシカゴは、今や風が通り抜けるばかりである。
バグアの跋扈を許せば、世界中がバグアにだけ都合良く作り変えられてしまう事だろう。
そんな日が来ることを指をくわえて待つわけには行かない。
所々に見える明かりの灯っているいる場所はバグアにとって利用価値のある場所である事は間違いないだろう。
シカゴ上空に到達した機体は8機。
偵察隊は第一、第二、第三からなる3小隊を編成し、第一小隊を先頭に第二小隊(右翼後方)、第三小隊(左翼後方)の布陣で侵攻していた。
第一小隊の無月(Seeker01)を先頭に拓那(同02)、ランドルフ(同03)が続き、第二小隊が、叢雲(同04)を先頭に希明(同05)、彩弥子(同06)、第三小隊ノビル(同07)、アグレアーブル(同08)が続く。
現在、機体の見た目の痛みは激しいが、ダメージは1割〜2割未満と軽微であり任務に支障はない。
「情報を制するものは全てを制す。戦の常道ですね」
叢雲(
ga2494)が順調に推移する作戦の進行にほっとした様子で言う。
今のところ、対空砲火のダメージは軽微なものに留まっており、ただちに撃墜に繋がる脅威にはなっていない。
しかし、炸裂する対空弾の衝撃はパイロットの臓腑を揺さぶり、避けきれない衝撃波と弾体の破片は機体に確実なダメージを刻み続けている事実は見逃せない。
叢雲は撮影を開始した第一小隊の右翼下方のポジションを維持しながら警戒を続ける。
「こんなこと何度もはなかろうが‥‥、敵の勘違いってのも、あるもんなんだねぇ」
角田 彩弥子(
ga1774)は、最大の脅威であるヘルメットワームの不在に驚く。
「まぁ、命あっての物種だし」
撮影隊の左翼下方を警戒するノビルが軽い口調で言う。
偵察隊が実行したシカゴ市への侵入手段は、
1.シカゴ市街の直前まで超低空で接近。
2.直近5kmから撮影高度にに上昇する。
という、極めて単純な事であった。
地上には、湖面の上にまで多数のキメラやワームが展開され、さらには新型ワームまでが配備されていた。
重厚な対空射撃も実施され、対ロボット戦の準備も万端であった。低空からの目標をよもや取りこぼす事など考えもしていなかったのだ。
そして、低空から接近するKVの存在をバグアが早期に探知して居た事も判断を狂わせる原因となる。
各地で地球軍との交戦が行われており、それがシカゴ市に侵入する『偵察部隊』であるという認識は持たなかった。
偵察隊は凍結した湖面の上空100mと言う超低空に接近し、そしてマッハ2に近い高速で一気に駆け抜ける。
低空域を地上部隊に任せたバグア軍の一瞬の判断ミスであった。
拓那が提案した、低空から高度を急激に上昇させて侵攻する作戦がが決め手となり、偵察隊は市街への侵入に成功する。
迎撃機の攻撃が開始されるまで2分にも満たない時間であったが、偵察隊が最終目標であるオヘア空港上空に達するには充分な時間であった。
「気をつけてください! ヘルメットワーム5! 出現しました!」
UPC北米軍からの緊急通信だった。
敵機の接近を示すアラームが鳴ると同時に、先頭を飛ぶ無月の機体に2本の光線が同時に命中する。
最初に狙われたのは、またしても岩龍であった。
左右に援護の小隊を配した事は敵の攻撃を分散させる効果はあった。
この布陣でなければさらに岩龍の損害は大きかったかもしれない。
しかし、特殊な電波を放ち、さらには先頭を飛ぶ岩龍が真っ先に標的になるのは仕方が無い。
一斉に警告のアラームが鳴り響きコックピット内部を赤い警告灯が照らす。
ダメージは大きく機体の損傷率表示は3割を超えていた。
砕け散った装甲の一部が木の葉のように地上に落下してゆく。
「不味いな‥‥こちら01。そろそろ潮時だ、撤退を進言する」
岩龍の行動半径からはギリギリの距離の偵察であった。
ブーストを用いた離脱のチャンスは1回限りだ。今なら敵の数は少ない。
ヘルメットワームの攻撃力が以前よりも上がっている可能性が高かった。
5機のヘルメットワームは編隊の後方に通り過ぎると、再攻撃の構えを見せる。
「さらに2機昇ってきます! 目標の相対距離‥‥速いっ!!」
伊佐美 希明(
ga0214)の放ったスナイパーライフルの弾丸が2機のうちの1機に命中すると1機は体勢を大きく崩す。
しかし、もう一機が放った虹色の光線が希明の機体を掠める。
「大丈夫! まだいける!!」
機体が大きく揺れ、被弾を示すアラーム鳴り響く、しかし、損害は軽微だった。
しかし、敵は次々と新手を繰り出してくるだろう。
「こちら02! 何だよ?! あの白いのは? 撮れているか??」
「こちら01! 大丈夫だ。撮れている筈だ! 離脱を開始する」
「うはぁー、なんだよあの数は!」
ノビルが呆れたような声を出す。
オヘア空港の周囲は巨大な白いドームで覆われ、周囲には無数のワームが蠢いている。
既に目的は達した。
後は帰還するだけである。
無月が最初にブーストを掛ける、計画通りに北西への離脱を開始する。
「03! ランドルフ!! 何をしているだよ! 撤退だ! 急いで!!」
続けて離脱を開始していた拓那が、低速飛行を続けるランドルフに驚いて声を上げる。
一瞬の気の迷いであった。
増速が遅れたランドルフの機体に、後方から5機のヘルメットワームの攻撃が殺到する。
機体の損傷は一挙に8割を超え‥‥煙を吐きながら高度を下げてゆく。
激しい衝撃に気が遠くなるランドルフ、このまま昔の仲間の元に‥‥そう思い始めた刹那。
「おっさん! くたばるには早いぜ!!」
止めを刺そうと迫っていたヘルメットワームにホーミングミサイルが命中する。
彩弥子の喝に我に返ったランドルフは、機体を立て直すと、ブーストを発動し離脱を開始する。
「まったく、世話の焼ける‥‥っ!!!」
ここまで巧みな操縦でダメージを減じていた彩弥子であったが、敵の数の多さはどうにもならない。
「04より05、06へ。ミッションコンプリートです。退きますよ!」
ランドルフの離脱を確認した叢雲からの通信であった。
「06 アロウ了解!」
そう言いながら希明は上昇してくる新手に向かってスナイパーライフルを放つ。
「07から08へ! 俺らも撤退だ!」
左翼に展開していたノビルはそう言うと煙幕弾を放つ。
「08了解しました」
そう言うと、アグレアーブルも続く。
そのタイミングに合わせるように彩弥子もまた煙幕を放つと離脱を開始するのだった。
こうして、偵察隊の一行はブーストで一気に加速し脱出に成功する。
●追撃
「へルメットワーム2! 後方より接近中! 気をつけてください」
偵察隊に通信が入る。
「ただでは帰してくれないわけですか?」
叢雲が苦い口調で言う。
人類側の防衛線を突破したヘルメットワームである。
「敵との相対速度250マイル/時! 5分後に追いつかれます!」
無月が言う。
スーセントマリーまで残り200キロ程、あとはヒューロン湖を超えるだけだった。
シカゴでの戦闘は短時間であったため、反撃の余力は保持していた。
しかし、燃料も心もとなかった。
特に岩龍の燃料は残りが少なくなっており、これ以上空戦は帰還を危うくする可能性が高い。
アグレアーブル、叢雲の機体の燃料も戦闘を行うには心許ないかもしれない。
他、集中攻撃を受けたランドルフのの機体などは損傷率が8割を超えてり、危険な状態である。
偵察隊の中には無傷の機体は存在せず、少ない者で3割程度、概ね5割程度のダメージを受けている。
想定外の追撃に偵察隊の一行は危機感を募らせる。
「この機体なら、時間稼ぎぐらいにはなろう」
ランドルフが言う。
若い者の盾となる覚悟をもっての言葉であった、その言葉は純粋でまっすぐなものであることは間違いなかった。
しかし、全員で帰れる道を探す方法をみんなで考える事が重要では無いだろうか? 誰かを犠牲にした簡単な解決よりも誰もが苦楽を分かち合う誰も犠牲にしない道があるかもしれないのだ。
「戦いは数学、勘違いで解ける式なんかねえよ! 時間稼ぎにもならねぇよ!」
すかさず彩弥子のツッコミが飛ぶ。
確かに人には命がけで何かを成さねばならないときがある。
そして、その決断は気持ちや感情だけで、成されるべきではないのだ。
「誰も落とさせはしない!」
アグレアーブルも覚悟を決めた声で言う。
「‥‥最悪すぎるぜ‥‥!」
彩弥子も吐き捨てるように言う。
「しかたねぇな! 全身全霊粉骨砕身で頑張るぞーっ!」
明るい声で言うのはノビル。
「まだ、75%には達していませんしね」
叢雲が続ける。
「何とかなるさ! 寒中水泳の趣味はないんだけどな」
拓那も己の力を信じて言う。
余力から言えば、かなり厳しい戦いになりそうだった。
「みんな早まるな! 前方から‥‥、お、味方だね!」
希明の明るい声が響いた。
ここは世界最強と謳われる北米の軍が護る空だ。
「よくやってくれた! 後は俺たちに任せておけ!」
クリストファー大尉は、すれ違い様にそう告げると、後続の編隊を率いて、侵入者に向かってゆく。
その中には、九条・命(
ga0148)の姿もあった。
「う‥‥。この、空を飛ぶ感覚、やっぱ‥‥慣れないなぁ」
基地に降り立った希明がやれやれと言葉を漏らす。
「え? なになに?」
ノビルが続々と集まってくる基地のスタッフに目を丸くする。
多くの勇者がこの基地から飛び立ち‥‥そして帰らなかった。
そんな困難な任務の達成した勇者をひと目見ようと‥‥そして讃えようと集まってきたのである。
わき上がる歓声に照れくさそうに応えるノビル、そして一行であった。
(「必ず、必ずシカゴを解放するからな!!」)
そんな喜びに沸く周囲の反応を余所に、傷ついた機体を軽く撫でると、ランドルフは静かに思う。
「さぁこちらへどうぞ。簡単なものですが、よかったら一休みしていってくださいね」
ヘレンが案内した部屋には、何故か、山盛りの『フィッシュ・アンド・チップス』。
クリストファー大尉と命が作ったものだという。
ヘルメットワームを撃退した迎撃隊の面々が帰ってくるのは間もなくのことだった。
こうして、最後に全員が揃い、任務の疲れを癒すのであった。
北米で始まった人類の反撃は、始まったばかりである。