●リプレイ本文
●特別営業中
カランカラン☆ 軽やかなドアの音が鳴り響く。
「くいとめろ!」
ズビシッ!! 何かが切れるような音がした‥‥ような気がする。
ヒカル・マーブル(
ga4625)は、瞬間的こめかみに血管を浮かび上がらせながら、まるで『くいとめろじゃねぇよ』と言わんばかりの表情でたいさをひと睨みすると、何事もなかったかのような穏やかな表情で言う。
「取り敢えず、私が見本をお見せしますので、取り敢えず、コーヒーとかの方よろしくお願いします!」
そして、完璧なウェイトレストしての身のこなしを見せる。
たいさは無言でコクコクと首を上下させると、サイフォンの並ぶカウンターの中に立ちグラスを磨く。
何か怖い事があったらしい。
「いらっしゃいませ」
そう言うと、正確に30度の角度の礼。ゆっくりと顔を上げる。
次の瞬間。
「喫茶店とはコーヒーを味わう空間であると同時に、安らぎを得る特異空間。そう、来店したその瞬間、バトルが始まってるといっても過言ではない。コーヒーを飲むために支払う代金には、客にとって限りある僅かな時間をコーヒーを味わうために費やす代償も含まれているのだ!」
ランドルフ・カーター(
ga3888)は思いのたけを語りだすのだった。
(「まずは『お客様は大切に』でしょうかね?」)
ヒカルは冷静に心の中で反復する。
「怖れいりま‥‥」
そして、言葉を発しようとした瞬間、
「カフェインを摂取したければ支給のインスタントを飲めばいい。友と語り合いたければ自動販売機の前でも済む! なのに!! 強制してどうする!? 押し付けてどうする!? 疲れさせてどうする!? ‥‥ん?」
予測と違う物腰柔らかな気配‥‥? ランドルフがおそるおそる視線を向けると、ほんわか雰囲気の少女が立っていた。
ランドルフの表情に驚きの色が広がる。
「こ、これは‥‥!?」
「お客様、メニューはご覧になられますか?」
なんと、ヒカルは一足早く喫茶ティディスに潜入したいさの指導にあたっていたのである。
カランカラン☆
お客として入ってきた内藤新(
ga3460)は、店内の様子をぐるりと見渡す。
「なかなかいい雰囲気を出しているべ」
飛行機械という言葉がぴったりのドローイングや模型、紙張りの木製飛行機など、大空への憧れを感じさせるものばかりだ。
「うにゃ〜何か面白そうニャね〜」
いつの間にかに店内に入っていたアヤカ(
ga4624)が模型を指さして言う。
カランカラン☆
「‥‥事を急ぐと客を無くすでありますよ」
そう言うとゆっくりとあたりを眺め始める稲葉 徹二(
ga0163)。かばんの中にはナイフとランプ‥‥ではなくて、空になった酒瓶と携帯電話のみが入っている。
ドアの音が鳴りびびき続々とお客が増えてくる。
リゼット・ランドルフ(
ga5171)は窓際で寝込んでいるリーフを発見すると、スタスタと近づいてゆく。
「あ、お客様! その方のライフはとっくにゼロです!」
ヒカルが気持ちを切らせることなく言うと、45度の礼の後にゆっくりと頭を上げる。
「分る言葉でお願いします‥‥」
と、何か別のセリフがあったのではないか? というような表情で訂正を求めてくるリゼットに
(「ライフゼロとか、私のせりふじゃないのに!」)
などと内心思いつつ、にこやかに振舞うヒカル。‥‥堪忍袋の残量がゼロに近づいているような気がした。
「うわー! 個性的なお店なのです!」
アケイディア・12(
ga5474)は甲高い声を上げる。よく見ると、どこかの王国の紋章をあしらったような青い石のペンダントを首から下げている。‥‥付け加えるとたまに光りを放っている。
「素晴らしい!! 古文書にあった通りだ、この光こそ聖なる光だ!!」
たいさはまるで塔の上の少女を狙うような目つきで光を放つそれを見るとアケイディアの方へと近づいてくる。
ジリリリリン、ジリリリリン! 古風な電話のベルが鳴り響く。
たいさは歩みを戻すと、電話に手を掛ける。
「はい、こちら喫茶ティディス」
「稲葉徹二だ、通信回線が破壊された。緊急事態につき自分が臨時に指揮をとる。たいさは北の席の少女を狙っている、姿を現した瞬間を仕留めろ」
そう携帯電話に呟いた刹那、店内に鈍い打撃音が響く。ちなみに一撃が実は重要な意味を持っていたらしい。
「キャー!」
アケイディアの悲鳴が響く。
「安心したまえ。たいさの石頭は瓶より頑丈であります」
「気絶させてどうするのですか? ぐだぐだ言うと厨房で芋の皮剥きさせるのですよ?」
アケイディアの予測外のツッコミに徹二は、ちょっとやりすぎたかもと思うのであった。
●親切な西の魔女?
「人々の生活の厳しくなる最中、落ち着ける喫茶店が新しく開店するというのは喜ばしいことです。お店に個性は大事ですね!」
最後に姿を現したのは、廻谷 菱(
ga4871)である。
「こんにちわ、たいさ。お噂はかねがね。私は菱といいます」
菱は淡々とそう言うと、カウンター席でおしぼりを使って頭を冷やしている大佐の横に座る。
カシャン☆
倒れたグラスから零れた水が菱の着衣の袖を濡らす。
何事! と、菱が見つめる先にはツインテールの少女が泣きそうな顔をしている。
いつの間にかに仕事をさせられているヒカルが気づくも、対応が遅れた。
「どれ、見せてやるかな!」
たいさは菱に新しく出したおしぼりを渡すと、素早い身のこなしで机上を片づける。
頭をぶつけたショックなのかまるで別人のような物腰の柔らかさだ。
特別に気の利いた対応という訳ではない。
何かを補償してくれる訳でもない。しかし、最大限の速さでたいさは動いた事は確かだった。
この対応をアヤカがどう思ったかは分らないが、『ありがとう』と言葉をかえす。
そんなたいさに教育の甲斐があったかしらと、ヒカルも目を細くして微笑んだ‥‥ような気がした。
●アメリカン攻防戦
ヒカルを除く、7人とリーフはお客として、喫茶ティディスに来ていた。
騒ぎがひと段落すると、落ち着いた雰囲気が店内に戻ってくる。
「あんの〜、この店には、チャイは置いてないんだべか?」
新がメニューを見ずに注文する。ちなみに『チャイ』という言葉は意味が広いが、一般的には安価な茶葉で作った濃いめのミルクティーという認識で大きくは外さない。
メニューに無い注文にヒカルは少々お待ちちくださいと大佐に助言を求める。
「これは私の仕事です。私がせいふの‥‥ではなくて、店主であることもお忘れなく」
そう言うと、多めの砂糖は調節できるようにし、ポットとカップを預けるのだった。
本場とまったく同じという訳には行かないが大抵のものは代用が利く。
新にとって意外な展開である。
「私も、とにかくまずは注文をしませんと‥‥それではアメリカンを」
菱が狙いを定めたように注文する。
「インスタントがお好きなのかね?」
たいさの顔に失望の色が広がってゆく。
「ちょっといいだか? メニューに書いてあるものを、インスタントだからといって店自らが否定するのは、どうかと思うだよ」
新が割り込んで言う。
「時には薄い味を味わいたい事もある。私たち傭兵は前線に居る時、インスタントに助けられる時があるからだ!」
そう言うとランドルフもテーブルを叩く。
「君も店長なら聞き入れたまえ!」
徹二もここぞとばかりにたいさを指さして言うのだった。
さらに、リゼットがマシンガンのように言葉を紡ぐ。
「マスター、お客サマは神サマって言葉、知ってます? お客さんの注文を否定していたら、そのうち潰れますよ。それとインスタントを馬鹿にするのも如何なものかと。豆の方が当然美味しいですが、入れ方次第では美味しく飲めるんですよ。戦場の兵隊さんなんか、それしか飲めないんですから‥‥」
「‥‥、そこまで言わずとも、お入れしますよ、ご注文ください、お客様!」
「えい! みんな注文だ!」
誰かが言った。
「3分間だけお待ちください」
「40秒で用意するだよ」
たいさの言葉にすかさずツッコミを入れる新だった。
「お待たせしました」
40秒後ぴったりに運ばれてきたそれは、薄くて酸っぱくて、そして焦げっぽい味のするインスタント。合成ミルクの小容器、グラニュー糖の紙パックがセットで付いている。
徹二、新、ランドルフ、菱、リゼットは各々そのほかほかの珈琲を口に運ぶ。
不味い。確かに不味い。基地で飲んだ味でもあり、あるものには北での戦いの思い出の味かもしれない。
「‥‥たしかに、この雰囲気のお店でこの味では、何もかもぶち壊しかもしれませんね」
菱が言うと、
「そうきましたか‥‥しかし、なんでこんなものをメニューにいれておくんだべか?」
新が疑問の声を上げる。
ちょっときまずい雰囲気が流れる中、最初の注文から3分が経過した。
「お待たせしました」
ヒカルが2回目のコーヒーを運んでくる。今度は店内にいる全員分である。
「お〜い、ヒカルさんにゃ〜」
アヤカのお陽さまのように明るい声。
「あ、この珈琲はみなさんで試してくれたまえ! ですって。あたしもなりゆき上こんな事になっちゃってますが、なにやってるんでしょうね」
と、苦笑いを浮かべる。それでも、礼の角度から配膳の動きまで隙がない。たまにはドジって欲しいところでもあるが。
2回目に運ばれてきたそれは、1杯目のものと同様の薄味のコーヒー。
しかし、香りはずっと爽やかに酸味もフルーティーなものである。贅沢に豆を使用したわけでもなく、浅炒りの豆から大量につくったであろうそれは大らかに楽しもうと言うよきアメリカの味のような気がした。
(「折角の美味しい珈琲を、皆に楽しんで頂けないのは凄く残念なのです」)
と、アケイディアは思う。
「まぁ、たいさのご好意で薦めていただいたコーヒーも、思い入れを否定されれば、素直に味わっていただけなくなってしまいます。もったいないですよ?」
菱は諭すような口調で言う。
カウンターの中のたいさはメモ帳に向かいながら、
「分かる! それは分かっているんだ!」
と、応えるのだった。
●思いを乗せて
木の根っこが空に浮かぶ絵のついたジャケットのレコードを、たいさがプレーヤーにかけるとある意味典型的な合唱歌が店内に響く。
アケイディアの胸の上に垂直に下がっている青い石が不思議なことに光を放つ。何かの音声に反応するのかもしれない。それはそれで午後の薄暗めの店内の中では幻想的で美しくも見えた。
傭兵たちの言葉はどれも、たいさの店が立ち行くようにと願ったものであり、その気持ちを理解したいさも微妙なセリフを交えながら様々な質問に答えて行く。
Q&A集(※順序はランダム、敬称略)
リゼット:「店員が全員黒眼鏡かけてたりはしませんよね?」
たいさ:「NO。そう言うお店が流行りなのかね?」
菱:「ツッコミ、もといフォローのできる店員さんを雇われては。親戚のお嬢さんなどいらっしゃいません?」
たいさ:「おりませんな。尤も今日は偶然にも適任者が居たがな」
ヒカル:「このお店では階級とかは抜きにした方が良いのではないでしょうかね?」
たいさ:「私がせいふの密命‥‥ではなくて、そのようなものはもともと無いのだが」
アヤカ:「あたいはモンブランとかザッハトルテとかガトーショコラとかいいニャ〜☆」
たいさ:「考えておこう」
ランドルフ:「このような言動は辛いものがあるでしょう。柔らかくならないものでしょうか?」
たいさ:「素晴らしい!! 最高のショーだとは思わんかね!?」
新:「昔の偉い人が言っただよ。お客様は神様ですって。神様をないがしろにしては、いけないだよ?」
たいさ:「私は別の言葉を聞いているが、それによると神様ではないそうだ」
徹二:「店の前に説明書きを配置する事を提案」
たいさ:「考えておこう」
アケイディア:「どうやって産地から豆を調達しているのです?」
たいさ:「バグア占領地の物は流通していない。競合地域のものならば、かなり幻ではあるが入手できる場合がある‥‥イエメン産のモカ・マタリのようにな」
期待された大佐のネタは良心的な能力者の行動の前にことごとく封じられ、たいさは完全に毒を抜かれて、まっとうな店主に変身したかのようにみえた。
「まぁ、こんなところでしょうかぁ?」
たいさの改造結果を満足げに見入るヒカル。
「空飛ぶ城‥‥小鳥とお友達のロボットはラスト・ホープにも是非。地上からはどう見えているのでしょうね」
菱はかつて恐るべき破壊力で天を翔けたという設定のロボット模型の腕をアンニュイな表情で撫でながら話す。
「いろいろと楽しい時間を過ごさせてもらっただよ。たいさ殿」
新も素直なたいさに満足げだ。
〜るるる♪
レコードの演奏が終わった。
刹那、アケイディアが胸にぶら下げていた青い石がストロボのように光る。何かの音に反応しての誤作動らしい。
光が目に入ってしまったたいさは、めまいを覚えたように腰を下ろす。
「私の事なら安心したまえ、このメガネは色入りだよ‥‥」
心配ないようだ。
能力者達は憩いの場を守ったという達成感を胸に店を後にする。
もうこのお店は大丈夫。
誰もがそう思っていた。
そんな幸せいっぱいの一行を、たいさが追いかけてきた。
「君たちの気持ちはとてもよくわかった、ありがとう! これは僅かだが心ばかりのお礼だ、とっておきたまえ」
能力者たちの手に渡されたのは3枚のコインだった‥‥。