●リプレイ本文
「んー、良い天気ね。絶好のハイキング日和‥‥って言うにはまだちょっと寒いけど」
鯨井昼寝(
ga0488)が寒さを感じるのも無理はない。湖面を除くすべての風景は白色で覆われている。
「ほう」
と、感心したように湖面を眺めるのはミハイル・チーグルスキ(
ga4629)である。
「よっしゃ! これならボートも乗れるか?」
ノビル・ラグ(
ga3704)が期待を込めて言う。
支笏湖はカルデラ湖であり、水深が深い。故に冬でも凍結はしない。
「うーん、お守りと指導監督いうことやけど‥‥うちあんまりそのお子らと年変わらへんさかいなぁ」
不安を口にするのは、樋野・よし美(
ga6460)である。
同行する能力者達の経歴に少しどきどきしながら、
(「そんなに人生も実戦も経験積んどりまへんし、あんまり他のお人みたいに偉そうな事は言えまへん」)
よし美はそんな事を思う。
実際のところ、人に考えを伝える事に年齢は関係ない。伝えたいことを整理できる能力と考察の方が重要だからである。尤も場数によるコミュニケーション技術に差はあるかもしれないが。
名簿のリストには記号でリーダー性、問題行動の有無など集められた児童の情報記載されており、備考欄には簡単なコメントが付けられいる。
(「『問題児』とは周囲の大人の手に負えないからそう呼ばれているだけで、根本的には他の子供たちと違いはないんです。道を示してあげられる『大人』がいないだけなんです」)
シャレム・グラン(
ga6298)はそう思いながら、要注意とかかれた児童に思いを巡らせる。
「こちらみたいなのです。あっ‥‥、小さいけど31人目の生徒とかではないですよ、うっうー!」
比留間・トナリノ(
ga1355)は自分で自分にツッコミをいれながら、ホールのドアを開ける。
「一同! 起立ッ!」
ザザザッ!!
「ただ今より、能力者の皆様方をお迎えします! よろしくお願いいたします!!」
「「よろしくお願いいたします!!」」
「礼ッ!!」
「着席ッ!」
ザザザツ!!
30人の児童達が一糸乱れぬ動作で合同あいさつを行った。
「なるほどな、上出来ではないか」
古槍術に通じ型への理解がある榊兵衛(
ga0388)は目を細める。
合同あいさつは一定の練習を積まないとばらばらになってしまうからだ。
生徒代表の山本史彦が儀式張った動きで能力者の一行を並べられたパイプ椅子に案内すると、兵衛は的確な動きで返礼する。そして、時間を惜しむように壇上へ向かう。
「ファイターの榊兵衛だ。前途ある君たちとここで出会う機会を得た事は俺にとってもとても良い経験だと思う」
殆どの児童達は目を輝かせ、好奇心に満ちた瞳で兵衛に注目する。
兵衛の話は、選ばれた人間、エリートの心構えと自己研鑽の重要性を説いたものであった。
兵衛は名簿の名前を軽く確認すると、
「山本! 玉川! 内藤! ‥‥あとは石井だな」
「「ハイッ!!」」
「前に出ろ!」
兵衛は壇上から降ると、呼び出した体力優良児の4名の前に立つ。
刹那、直立不動で立つ4人の顔が蒼白となり、脚がプルプルと震え出す。
兵衛の凄まじい表情と気配。
体育座りで後ろに控えている児童達にもそれは通じ、会場はざわめきはじめる。
「怖かったか?」
「怖かったであります!」
玉川が即答すると他の3人も同意であると続く。
兵衛は素直な反応を示す児童達に対し表情を緩めると、歩きながら無慈悲な戦場のイメージと日頃の自己研鑽の重要性を説いて話を終える。
「「ありがとうございました!」」
「「一同! 礼ッ!!」」
独特な雰囲気を漂わせながら葵 宙華(
ga4067)次に壇上に立つ。
数秒の沈黙の後、
ダン!! と壇を叩く。
「能力者の力に溺れず、神格化されず、日陰の存在であれ!」
近い未来に一緒に仕事をするかもしれない児童達に宙華は気持ちをストレートにぶつける。凄まじい剣幕と口調に児童達は押されるばかりであった。
「あたし達傭兵は共同体!」
宙華は傭兵の仕事とは仲間との協調が最も重要であると説く。
それは、自分自身の行動が他人に大きな影響を与える事で理由付けされ、協調に必要なのは相互のコミュニケーションであるという。
「迷いなさい。迷える今を大事にしなさい」
宙華が能力者になった理由は語られることは無かったが、自分のことを考える事が許された時間を大切にと、話を締める。
児童達は誰もが複雑な表情を浮かべていた。能力者の世界とは難しく自由の少ないものと考え始めていた。
「さて、少し難しい話をしよう。君達は能力者に対してどのようなイメージをもっているのかな?」
ミハイルは児童たちをなだめるように、ゆっくりとした口調で語りかける。
発言を許された児童達が暫くのざわめきの後に発表を開始する。
「特殊能力を持つ超人であります」
「神の恩寵を受けた救世主です」
それぞれの言葉に穏やかな表情で相づちをうつミハイル。
児童達の言葉は続き、奇跡を起こせる者、エースパイロットといった前向きなイメージだけ発表された。
みんなの前で話す言葉であるため、必ずしも本心であるとは限らないが、最近の能力者の活躍も知られており、一般的なイメージと考えて差し支えはなさそうだ。
「なるほどね、確かにそうだね。だけれど、それによって人ではなくなってしまうものもいる」
刹那、ミハイルの体表がざわめくと銀色の毛並みが見え始める。
想像だにしていなかった肉体の変化を見せられ、児童達の表情に驚きの色が広がる。
銀色の毛並みを持つ狐のような姿の獣人と化したミハイルは続ける。
「普通の人とは違うことをしなければならなくなる。しかし、それは特別だからではない。やれるから、やるのだよ。そして、戦いの先の目的を持って欲しい。私からはそれだけだよ」
能力者は人の手で作り出されたものである。そして技術は発展途上である。これからも新たな能力者が現れるかもしれない。
続いてノビルが能力者になって感じている不便を中心に語る。
能力者になることで周囲が期待する行動は変わる。期待される行動とは戦いに赴くことであったり、研究であったり‥‥、クラスによっても異なるが、総じて大きな期待を背負うことになる。
そうした周囲の目が能力者にとっての大きな足枷となる。
「能力者になっちまったら簡単に辞める事は出来ねーから、その辺の覚悟はしっかりしとけよ? それに、思ってたのとは違うから辞める! ‥‥って訳には行かねーし」
ノビルは軽くウインクをすると言葉を締める。
暫くの沈黙。シャレムは児童達の表情を充分に確認する。
じっと能力者達の方を見据える瞳は好奇心に満ちたもので、能力者になることで何が変わるのかや任務への純粋な好奇心があると思われた。
「この先、能力者となる道を選択するかも知れないけれど、それは自分で選んだ未来ですわ。自信を持って行動しなさい」
そう言うと微笑みを浮かべるのだった。
その後、昼寝が能力者といっても普通の人と思考が極端に違う訳ではないと言うことを話す。
トナリノが民間の出であったにも関わらず、能力者になることですぐにKVを操れるようになったことに言及すると児童達の表情が驚きの色にそまってゆくのが分かった。
そして、最後に話したよし美が集まった児童達と1つしか年齢が違わない事を知り、複雑な表情を浮かべるのだった。
能力者の話が終わったのは正午過ぎであった。
食堂のテーブルには紙製の弁当箱に詰められた昼食と大きなやかんに入った番茶が用意されている。
「「いただきます!」」
元気の良い合唱、能力者達も号令に合わせる形で手を合わせる。
「よっしゃ! イクラ食べまくってやるぜーッ! あれ?」
ノビルは弁当を開けると入っていたのはおむすびと塩鮭、それに卵焼きである。
「きっと! 夕ご飯に出てくるですよ」
リーフが慌ててフォローを入れる。
一方、昼寝は女の子のグループの中に混じり普通のお姉さんの視点で会話に入る。話題となっているバグアとの戦いを描いたものであり、登場する能力者が格好いいらしい。そんな話題の一つ一つに応えてゆく。
「うわぁ〜生臭ぁ〜、なにゃ噛んだらぐちゃってしはって‥‥」
よし美が泣きそうな顔で言う。
「よし美はイクラ苦手なのね、はいこれ」
よし美は昼寝の差し出した番茶を飲み込むと呟く。
「お皆はん普通に食うてられますなぁ」
そんなよし美の様子に、様々な海産物の話題にも花が咲いた。
ご飯が食べられて、楽しくお喋りして‥‥明るく過ごせる時間はとてもすばらしいものだから、そんな思いを胸に昼寝は会話を繋いでゆく。
食事を終えた一行はハイキングへと出発する。
湖畔の付近を散策するコース自体は初心者向けで2時間程度で踏破できそうなものであり、スケジュールでは日暮れ前に現在地に戻ってくれば良いと言う。時間には充分な余裕があり、ほぼ自由に行動できるといっても差し支えないだろう。
トナリノは昼寝やよし美と仲良くなった女の子のグループとともにコースの散策に向かう。
昼寝が疲れない歩き方‥‥一般的には杖を使って体重移動を分散させる手法であるが、を説明すると、誰もが『本当かな』と言った表情を浮かべる。ハイキングコースは歩くところだけが辛うじて雪がよけられており、足場はよいとは言えない。
「なんだか、こうしてみんなで歩くと大規模作戦のこととか思いだしますよね」
トナリノはそう言うと、激しい戦いの中で生まれた、見知らぬ人との連帯感について語る。
「でも、死んじゃった人もいるんでしょう?」
児童の一人である藤井久栄が鋭く言葉を返して来る。
トナリノの知合いからは死者はでていなかった。
だが、全滅してしまった偵察隊を始め多数の犠牲者が出ていることは確かだった。そしてそうした数値は一切公表されてはいない。
「あと、10秒早ければ‥‥」
久栄は呟く。データによると、彼女は目の前で両親を惨殺され、凶刃がまさに彼女に及ばんとするタイミングで能力者の部隊に救われていた。
「久栄さん、あなたは将来、能力者になる道を“選ぶことも”出来る。ただそれだけですわ」
シャレムの言葉はそんな彼女を突き放すものであった。
「今の私には誰も救えない? そうおっしゃりたいのですか?」
怒りに満ちた口調で言葉を返す久栄。
「貴方次第ですが、私と出会うことがあれば、みっちり鍛えてあげるから覚悟してくるように」
久栄はぷいっと背中を向けると言葉を交わさなくなる。
(「何だか子供達を戦争に駆り立てるようで、何か、すごく罪深い事をしているような‥‥」)
トナリノはそんな事を思う。
会話も少なくなってしまったので、宙華は持参していた飴を配る。
「ありがとう、甘い‥‥ですね」
誰かが言った。
お菓子が豊富な時勢ではない。貴重な甘味は一行の心を少し和らげてくれたのかもしれない。
こうして、女の子グループが微妙な空気のまま、コースを走破し終える。
昼寝の歩き方のアドバイスを受入れた者の足取りはそうしなかった数人の者に比べ確かに軽かった。
ちょっとした助言に耳を傾ける事は意外に重要なのだ。
宿舎に歩を進めると、体力にものを言わせて早々にコースを走破した男子のグループが、雪合戦に打ち興じている。
ノビルが希望していたボートは結局、都合が付か無かった。そのため、皆で何か遊べないかと言うことで急遽雪合戦が始まったらしい。
尚、ノビルと兵衛は成り行き上チームに混じっており、ミハイルがそんな2人の様子を生暖かい視線で見守っている。
ミハイルの姿を認めると、宙華は彼に近づいてゆく。
「どちらが優勢かしら?」
「そうだな、ノビルの居るチームのほうかな」
そう言うとミハイルは自分の身につけていたマフラーを宙華にかける。
ノビルのチームは走り回りながらの行き当たりばったりさであったが、和気あいあいとした空気はメンバー同士意思伝達を確実なものとしているようだ。
太陽が西に傾いていた。空は次第に色を帯びはじめている。
ミハイルと宙華の様子を女子グループは固唾を呑んで見守っている。色々の期待を込めて。
その時、強い風が吹いた。ポローンと独特の風の流れをなぞるような音がアンテナの林立した施設の方向から聞こえてくる。そして、空を覆っていた薄雲を割るように筋が通る。
「?」
宙華の首に巻いていたマフラーが静電気がパチパチと音を立てる。
近くにいた誰もがカミナリが鳴る予兆のような空気の帯電を感じていた。
「なぁ‥‥、そろそろ帰りまへんか?」
よし美が切り出す。
「風もでて、寒くなってきましたし、戻りましょうか? ‥‥あっあれ!」
トナリノが笑顔で空を指さす。
空には薄ぼんやりとした赤い光の帯が表れていた。
夕方の空の色づきも加わって光の帯は幻想的な動きを見せていた。
「あの子達の中で幾つの子がこの星空を護れるかしら?」
宙華が久栄の事を思い出しながら言う。
「私としては彼らが必死に守らなければならない状態を作りたくはないね」
少し考えると、ミハイルはそう応えるのだった。
「全員整列ッ!」
「点呼!」
児童代表の山本が全員揃っていることを確認すると、能力者の一行に報告する。
かくして、30人の児童達を一緒に宿舎へと戻る。
宿舎の食堂には大きな鍋が置かれており、カニや鮭、ホッキ貝と言った魚介が盛大に準備されている。
「「いただきます!」」
一同が手を合わせる。
能力者達が話しやすい雰囲気を心がけてくれたため、児童たちも、忌憚なく言葉を発することが出来るようになってきていた。熱々の鍋を楽しみながら会話が弾む。
兵衛を始め大人の方にとっては、お酒が準備されていないことが残念ではあったが。
鍋の他に、丼バイキングが用意されており、イクラでもその他の海鮮でも盛り放題の豪気さである。
ノビルが溢れんばかりに、丼にイクラを盛ると、負けじとトナリノが挑戦する。一粒も零さずにより多くを盛った方が勝ちらしいが‥‥どうやって判定するかは謎である。
楽しい食事が終わると、お風呂に入り就寝へ‥‥
只一人、昼寝が女子グループと一緒の部屋で寝ると言う。
当初は今回の合宿で気になる男の子の話題に終始するが、次第、表向きにははっきりとは言えなかった能力者になる事への不安が話題の中心となる。
総じて子供達は敵を殺す行為に対して恐怖を抱いており、他にも任務に失敗したときに責任が取れない不安であったり、肉体の改造に対する恐怖をもっているようだった。
昼寝はそれらの言葉を受け止めながら、自分に置き換えて考える。
「自分一人で背負うな、周りの者と一緒に考えろ、仲間がいるじゃないか?」
「そうね‥‥」
久栄が呟くのだった。
昼寝の言葉は直接の答えではない。しかし、考える道しるべを持たなかった彼女たちの心を少し楽にすることが出来たようだった。